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私たちは、サイバースペース、遺伝子工学など、数々の信じられないようなテクノロジーが実現する超現代的な世界に住んでいる。しかし、ことエネルギーに関する限り,大半の専門家たちは、数十年続いている石油と石炭に依存したエネルギーシステムが、まず変わらないと考えているようである。しかし、彼らが間違っていることは、世界各地で行われてきた開発ですでに立証されつつある。私たちはまもなく、世界のエネルギー経済の、この百年で最もドラマチックな変化を体験することになるかもしれない。
1995年10月にメリーランド州のランドオーバーで開かれた小規模な記者会見で、アメリカの大手企業二社が、後々、2l世紀のエネルギーシステムの幕開けへの大きな一歩となるかもしれない発表を行った。かつて原子力発電所建設の大手だったベクテル・エンタープライズ社とアメリカ北西部に石炭を燃料とする巨大な発電所を数か所運営する巨大な公益企業体のパシフィコープは、太陽エネルギーその他の「人間的エネルギーシステム」に共同して投資すると発表したのである。
エナジーワークスと呼ばれるこの合弁事業は、風力ターピン、バイオマス発電機、産業でのエネルギー効率化などに基づくプロジェクトを世界各地で遂行しようというものだが、これらは大手エネルギー企業の大半が、60憶近い人々の拡大するニーズを満たし得ない取るに足らないシステムだと鼻であしらってきたものである。
しかし、いまだに精油所や原子炉などと運命を共にするこうしたエネルギー企業の経営陣は、パーソナルコンピユータは趣味的なぜいたくな遊びのための大型コンピュータの優勢をゆるがすものではないとずっと思い込み、パソコン分野への参入が遅れたIBMの教訓に学んだほうがいい。科学技術の変化は、いったん弾みがつけば瞬く間に世の中を動かす可能性がある。
実際、後世の科学技術史の学者は、世界のエネルギー経済は1990年代半ばには、すでに大変革の初期段階に入っていたと論じるかもしれない。たとえば、比較的小さく効率的なジェットエンジンが効率の劣る石炭燃料タイプを駆逐して電力業界で優位を占めつつあることもその一つの兆候である。また電子工学の先進技術によって、照明効率が4倍に向上したことも挙げられる。一方、90年代前半に最も成長したエネルギー市場は石油でも石炭でも天然ガスでもなく、90年の2000メガワットから95年には4500メガワットに伸びた風力発電である。
パイプラインを通じて各家庭や企業に送られるだろう。この構想は遠い未来の話に聞こえるかもしれないが、これの実現に必要な技術のほとんどはすでに発明済みである。
世界中で、先進の電子工学や新素材や大量生産技術によって、エンジニアたちは暴力的な方法に代わって賢いテクノロジーを用いることができるようになっている。その結果、伝統的なエネルギーシステムよりもっと経済的で応用のきく可能性のある様々な新規格、大量生産のエネルギーシステムが生まれてきている。
変化の速いコンピユータやテレコミユニケーションの世界と同様、この世界も将来の予測は不可能である。しかし、新しいエネルギ一経済の大まかなストーリーはみえ始めている。その大きな特徴は、コンピュータ産業における大型コンピユータからパソコンへの転換に似た、急激な分散化であると思われる。新技術によって、世帯ごとのレベルにまで発電の分散化が可能になり、世界で最も潤沢なエネルギーである太陽エネルギーと風力を活用し、現在のエネルギーシステムが地球の大気にかけている負担を、大幅に軽減できるだろう。
これらは全体として、一つ一つの変化を単に合計した以上の変化をもたらす可能性がある。燃料電池や大量生産のできるソーラー発電装置などの技術を使って、いずれ、1世紀以上前にジユール・ヴェルヌが夢見たように、水素をべ一スにしたエネルギーシステムがすべての化石燃料に取って代わることもあり得る。水素は屋上や人里離れた砂漠の集光器で集められた太陽光線を使って生産され、パイプラインを通じて各家庭や企業に送られるだろう。この構想は遠い未来の話に聞こえるかもしれないが、これの実現に必要な技術の殆どはすでに発明済みである。
区切り平衡説
科学技術の変化は、自然界で起こる進化にたとえられてきたし、その類似性は必ずしも偶然の結果ばかりではない。つまるところ、科学技術は人間の生物学的能力の延長、すなわち利用できるエネルギーを使って、目や手や足がやることを格段に大きなスケールで行うという能力の拡大に過ぎないわけである。だとすると、もし進化の本質も長く誤解されてきた点があるなら、同じ誤解によって科学技術の変化に関する私たちの展望が歪められてきたとしても驚くには当たらない。
チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を著してから100年近く、生物学者たちは、一つの種とその後継種の間には無数の段階があり、進化は非常にゆっくりと進んでいくものだと考えていた。1970年代にハーバード大学の生物学者ステファン・ジェイ・グールド(StephenJay Gould)が、それに代わる理論を発表した。すなわちほとんどの進化上の変化は、たとえば生き延びるために種に急激な変化を強いる気候の変化や他の環境的影響によって、突如として現れるというのである。グールドによれば、こうした突然の発現は、長い均衡状態が続いた後に起こることもあり、これが進化は遅々として進まないものだという印象を与えている。「区切り平衡説」として知られるこのグールドの理論は、以来生物学者に広く受け入れられている。
科学技術の進化では、区切り平衡的進化の同じパターンを見ることができる。たとえば電話は、19世紀末に急速に進歩し、以後20世紀中盤までほとんど変化がなかった。現在、電話は再び爆発的転換期にあり、デジタル化、コードレス化、携帯電話化が同時に進行する一方、単に声を伝達するだけでなくファクシミリから決済カード取引きまで、声以外の情報を広範囲に伝達するようになりつつある。
将来のエネルギー動向の予測を仕事にしている人々にとっては、現在のシステムがほとんど不変のものに見える。大精油所、内燃機関、蒸気サイクル発電所の支配は70年以上に及び、その間施設はより効率的により大きくなってきたが、決して他に取って代わられることはなかった。動向を分析する人々が、今のシステムと大差ない将来像を描くのも、不思議ではない。
この偏向を反映して、国際エネルギー機関、世界エネルギー会議、および各国政府が公式に予測する将来のエネルギーシステムは、現在のエネルギーシステムを単に効率的にしたにすぎない。これらは、21世紀になってもずっと、私たちの孫の代もやはり内燃機関で走る自動車を運転し、石炭の全消費量の三分の二を費やす発電所でつくられた電力を使う、と示唆している。
こうした見通しは、最近数十年エネルギーシステムにほとんど変化がなかったことに惑わされて、もっと昔には急激な変化があったことを無視している。今日のエネルギーシステムは、1890年から19l0年にかけての多くの発明が行われた時期につくり上げられた。この短い期間に、多くの都市で馬車は自動車に代わりガス灯は電灯に代わって、都市は大きく変貌した。
馬車やガス灯は何百年も使われてきたものだったが、ひとたび急速な変化の条件が整うと、古い技術は瞬く間に消えていった。今日、革命的な新しいエネルギー技術が現れ、同時に消費者もきれいな環境とより柔軟で安価なエネルギーを求めており、私たちも同様の転機にあるのかもしれない。多くの他の産業を一掃する技術的大変動が、古いエネルギーシステムを無傷で残すとは考えられない。
今、保守的な経済誌でさえ、この考えを真剣に取り上げつつある。エコノミスト誌は10月7日号で「再生可能エネルギーはかつて狂気の科学者や夢想家の領域であった。……しかしもはやそうではない。ほとんど知られていないことだが、多くの再生可能エネルギーのコストは最近急激に下がっている。今でも化石燃料の方が安いことがほとんどだが、年問1兆ドルを誇る同産業の周辺で、21世紀の前半には後退を迫られるような闘いがすでに始まっている。
屋上の電力
世界のエネルギー経済で最もおろそかにされてきた領域の一つは、電気や他の近代的エネルギー源が手に入らない20億の人々が住む数千の田舎の村々である。しかし、これらの村々はいま、最も革新的な開発の中心となっている。最近10年間に、太陽光線を直接に電力へ変えるシリコン電池が、スリランカ、中国、メキシコなどの辺境地域を中心に、25万世帯以上の屋上または隣接した場所に設置された。
ケニアでは、l993年、太陽電池を使って電気を引いた家が、送電線を延長して電気を引いた家より多かった。プラジルでは、電力会社が、アマゾン地域など送電線の延長が事実上できない地域で、太陽エネルギーによる電化への援助を始めつつある。南アフリカでは、政府が国民数百万に太陽エネルギーによる電力を供給する大規模な計画をスタートさせた。そして現在7200万の国民のうちわずか1400万人にしか電気が届いていないベトナムでも、ベトナム女性連合(VietnamWomen‐s Union)がソーラー電化プログラムを開始した。
ソーラー発電システムはまた、先進国の郊外の酒落た家々の屋根にも見られるようになった。カリフォルニアのサクラメントでは、市の公益事業で毎年100軒に青く輝くソーラー発電パネルを取り付けている。この屋上発電システムは送電線に接続しており、各家庭の余剰電力は他の消費者に売ることができる。消費者は月々の電気料金を通してこのシステム料を支払うが、その額は周辺の家庭より若干高いだけである。
スイスやドイツでは、政府の資金援助を受けて、ここ数年でl000以上のピルにソーラー発電システムが取り付けられ、さらに数千のビルへの取り付けが予定されている。日本政府は10年後には約6万2000のピルと一体になったソーラー発電機を設置する計画である。現在のところこういったシステムは補助金がないと購入できない価格だが、大量生産によって製造費が下がれば、従来の発電方式と十分競争できるようになるだろう。
電子工学革命の産物である太陽電池では、化石燃料、水力、原子力を問わず事実上すべての発電所で現在使われている機械的発電機が不要である。太陽電池は、1960年代にアメリカの宇宙計画で人工衛星に電力を供給するために使用されたのが最初で、今日のコンピユータを可能にしたマイクロプロセッサと非常に類似している。太陽電池は通常シリコンでできた半導体から成り、太陽光線に当たると電子を放出して電流が生まれる。
日本、スイスおよびアメリカの製造業者は、住居の建設と同時に内部の電気製品に電力を供給する実験的な「太陽タイル」を考案した。ヨーロッパでは建築用ガラスの大手メーカーであるフラッチグラスが、光を通し電力も得られる半透明の「カーテンウォール」を開発した。アメリカでは、コーニンググラスとシーメンスソーラーの合弁事業で同様の製品を開発中である。
コロラド州の国立再生可能エネルギー研究所(National Renewable Energy Laboratory)によると、太陽電池のコストは、1ワット当たり、1970年代には(1994年の貨幣価値に換算して)70ドル以上だったのが、現在は4ドルにまで下がっており、今後10年でさらに1〜2ドルにまで下がると予想される。その結果、実用可能性が増大し、世界のエネルギ一市場でも、88年には34メガワットだったのが、95年は90メガワットになると推定される。
たとえ曇天の多いイギリスの気候でも、国内に現存する平屋根全部に太陽電池を付ければ、晴れた日なら同国の現在のピーク時の電力需要の半分である6万8000メガワットの電力を生産できることが、航空写真からわかる。政府と民間投資家の強い後押しがあれば、2l世紀半ばには、屋上発電だけで世界の電力需要のほぽ25%を供給できる。
地下からの電力
個々の建物で必要な電力を個別に生産するとを可能にするもう一つの技術は、燃料電池である。燃料電池は当初、1960年代にアメリカの軌道ロケットに電力を供給するために使われたバッテリーのような装置で、燃料(通常は水素)を効率的に電力に変換する。機械的装置である現在の発電機と比べて、燃料電池は大気汚染を最小限にとどめ、また事実上無騒音である。さらに、小型で建物の内部に設置できるため、現在の発電所の大半でやっているように発生した熱を大気中に排出するのではなく、有効に利用できる。燃料電池の動力源である水素は、アメリカやヨーロッパの家庭暖房燃料として現在最も普及している天然ガス中のメタンを水素と二酸化炭素に分解して簡単に生産できる。多くの種類の燃料電池が現在開発されつつあり、そのうち幾つかは政府の援助を受けている。
過去5年間に、都市の大気汚染を改善する必要が高まり、燃料電池への投資が急激に増えた。幾つかの企業は、燃料電池を病院やビルに設置して、燃料電池発電の使用によって汚染を避けられることを立証した。一般的には、燃料電池は24時間稼働し、余剰の熱を温水器や暖房に利用する。
アメリカでは競争が始まっている。昨年9月、ユナイテッドテクノロジー社の一部門であるONSIコーポレーションは世界で初めての商業的燃料電池工場の操業を開始し、当面は年問約50台の燃料電池を以前の半分以下のコストで生産することになっている。他方、アライドシグナル社は、同社が航空宇宙事業で開発した技術を使って5〜10キロワットの家庭用燃料電池の開発を進めている。そしてIBMは昨年夏、ダウケミカル社と合弁で行なう、より安価な燃料電池の製造に向けて、多層セラミックサプストレートに関する同社の専門技術を応用していると発表した。カナダでは、バラードパワーシステムがバスエンジン専用に設計した燃料電池を開発した。
このような熱心な開発からして、燃料電池の商業化は10年以内に始まると思われる。そして生産量が増えるにつれ、コストは大幅に下がることが予想される。もしこの技術が隆盛になれば、現在三つか四つの発電所から電力を供給されている都市が、数千の小さな発電機のネットワークを持つ時代がまもなくやって来るかもしれない。これからの時代を示すものとして、オランダはすでに、同国の電力の三分の一を工業用や一般用の排熱利用型の発電機で賄っている。コストの低い燃科電池ができれば、いつかこの数字が三分の二かそれ以上になるかもしれない。
電力の貯蔵
将来の建物は必要な電気を自家発電すると思われるが、それを貯蔵することも同様にできるかもしれない。最近5年間で、少なくとも5社がバッテリーと同様の機能を持つフライホイール(はずみ車)の開発に着手した。フライホイールはろくろと同じ原理で動き、フライホイールのディスクが電気モーター兼発電機によって高速で回転するようになっている。ディスクは真空のケースに入れ、ほとんど抵抗がない状態にして長期間回転させることで運動エネルギーを貯蔵し、必要に応じて発電機がそれを電力に変えられるしくみになっている。
はずみ車が発明されたのは100年以上前だが、実用化されたのは、1970年代から80年代に強くて軽い合成素材が開発されてからである。現在の合成素材は真空状態で1分問に20万回転の速さで回転し、90パーセント以上の効率でエネルギーを貯蔵し放出することができる。実質的に無摩擦の電磁ベアリングを使用しているため、フライホイールは何週間にもわたって電力を貯蔵でき、何年も使い続けることができる。
カリフォルニアのローレンス・リバモア研究所では、科学者とエンジニアが協力して、夜間に安い電力を貯蔵し必要な時に送電線に、放出するという、建物の地下に置ける洗濯機の半分の大きさの装置を、大量生産を目指して開発中である。他にも大小の企業数社が、同様の装置の開発を進めている。
フライホイールは化学電池よりずっと寿命が長く、毒性のある物質も使わない。製造に必要な材料は高価なものではないし、容易に大量生産できる設計で、しかもいままでよりずっとコストが安い。フライホイールは建物同様に電気自動車でも蓄電装置として使えるため、最終的にはフライホイールの市場は数百万台に上る可能性がある。フライホイールが広く市場に出回るには10〜15年かかると思われるが、その後は1990年代前半の携帯電話と同様の速さで普及するだろう。(パート2に続く)