原発なくてもエージャないか
左1左2左3ハートドジョウ右1右2右3


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■ 高松伝説 ■

オーガニック自然食品と有機野菜、無農薬野菜の専門店(宅配や通販や通信販売) ちろりん村より発信!

文責 大西光明

このお話は1987年から1988年に香川県高松市で実際にあった事件の個人的なドキュメントです
当時の現場に居合わせた人にしかわからない表現があります(単に表現力不足です(笑))

謎の電話!の巻

ある年の暮れ、夜遅く電話が架かってきた、後日この電話の主にコキ使われようとは、気付かなかった。「とにかく助けてください、私の子供が死ぬかもしれないのです、シュツリョクチョウセイ実験は危険なんです、ワーワーワー」と女性が喋りだした。もちろん何も解らないから、アーとかウーとか言って嵐が通り過ぎるのを待っていた、「それでは資料を送りますから、後はあなたが判断してください」ガチャン!電話が切れた。

小原良子さん(QTムービーファイル472K)との出会い!の巻

月日は過ぎ、電話の件は忘れた。祖母が亡くなって、お通夜に行く車中で始めて電話の主に頂いた資料に目を通した。1時間たらずの小さな旅だった、祖母の固くなった遺体を見たらなぜか涙が溢れた。なぜだか解らないが原発を止めようと思った。
電話の主の小原良子さんとの出会いは1月15日福善寺、私は酒でしたたか酔っていた。深夜12時、眼鏡をかけた背の高い大きな声の平井先生と黒装束の小原良子さんがやって来た。翌日は予備折衝があった。

九州から黒幕(中島真一郎)が隠密でちろりん村へやって来る!の巻

地元の活動家達は緊張した顔でその大物が到着するのを待った。 「ヤッ!どうも、エ、実はですね・・・」と軽〜く喋り出した、「マッ、あまり時間もありませんのでかいつまんで話します」と絶妙、軽妙な司会ぶり、全然軽いのだ!(時々イサミ足はするけれど)私はなるほどと思った、今回は完全に勝ち戦だ!

ちろりん村が連絡場所に決定!の巻

話はちょっと戻ります、1月16日の夜の集まりで小原さんが「市内でFAXと電話が2回線以上あるとこ手を上げて」で、ちろりん村が連絡場所に決定。話が行き詰まると九州の男達は彼女を見る「姫ご決断を!」と大分の佐藤が迫る、九大の平井孝治先生が何か話そうとすると「イーノ!あなたは何も解かっちゃいないんだから黙ってなさい」と叱られる(先生可愛そう)

頭のなかに中山千夏が出てきた!の巻

これを見ていたある活動家は「なあに彼等は役者よ、佐藤は元全共闘の活動家だし、平井先生も1968年の佐世保では名前を知られた男だし、中島もこの二人を操っているのだから全て芝居なのよ、でなきゃあ大衆の前でこれほどの指導力を出せるわけがない」(フ〜ンそうかねえ、違うと思うがねえ)いかん!頭のなかに中山千夏が出てきた、どうやら私の頭の中にはいろんな人が住んでいるらしい、というよりその人達が勝手にインターネットを始めたようだ。千夏さんメールでもいいからサインください
メールください、応援してます週刊金曜日のゲダンクラブ読んでます!

私が千夏さんなのか千夏さんが私なのか!の巻

(そおいうことならアタシもアンタの応援しようかね)ヤッター!(あたしゃ役者もやってるけれど役者という言葉は注意して使わないと差別になるよ)(アンタ達も認めているように、リーダーとしての指導力はあるわけだからいいのよ)(問題はその中味よねえ、人間は神様ではないのだから、間違うこともあるよ、アタイだってオカルト番組の司会でドジッちゃったもの、そういえば、あの超能力少年どーしたかしら?テレビって残酷よねえ・・・)あのう・・・もう結構ですこれ以上続けられると私が千夏さんなのか千夏さんが私なのか解らなくなります、後は自分でやりますから。(ほう?そうかね・・・♪あなたの〜心に〜風があーるーなーら〜アタイひとりーで何処までも歩いて〜♪ラララララ)ほんまに独りで歩いていった。

ちろりん村へやってきた、二人のお巡りさん!の巻

「頼むよー本当に教えてよ、何でもいいから」「そりゃー知ってたら何でも話しますよ」「ほんとかなー」「ほんとですよ」「そうやなーお宅の顔みてたら嘘ついてる様に見えんしなー」「そう言うお巡りさんも優しい顔してるわ、お巡りさんて目つきが悪いなんて人は言うけどあれは嘘やなあ。」なんて話しが弾んで当のお巡りさんがどういうわけか、あの沢田研二の♪片手にーピストルー片手にー手錠〜なんて歌いだしたもんだから、呆気にとられて、つい、今晩一杯やりましょうよ、ああええなー、あっ!しまった、わしここへ仕事できとんや。と言いながら、チェルノブイリクライシスを食い入るように見ていた、そして二人で、オイこれ本当はもっと死んどるで!ウン!ソ連のこっちゃ分かるもんか!とうなづきあっていた。二人の名前はもちろん言えない。

“祝 東京に原発を 四電大パレード”!の巻

この頃から私は自分が何をしているのか解らなくなることが多くなった、家にもあまり帰らなくなった。そうだ、セスナをチャーターして空からガンガンやろう、この計画は航空会社の大株主が四電なのでと断わられ、それなら新聞チラシを何万枚も入れよう、これもちょっと都合が・・・で断わられた。それなら1000枚のポスターを作って中央通りの電柱に全部貼ってしまえ!(法に触れることは知らなかった、なぜかその後中央通りから電信柱が消えたしまった)そのポスターのタイトルは“祝 東京に原発を 四電大パレード”というこの世に今だかって現われたことが無いまさにポスターのニューウェーブだと後世でも言われている。驚くなかれある大手新聞社の記者までが一緒になって作ったのだ。記者の名前は言えない。

ハハハ、釈迦に説法だ!の巻

「フロ!フロ!風呂ないのー」と小原さんが入ってくる、さて1月24日の朝は風呂から始まる、朝寝はするは、風呂は入るは、で小原さんまさかお酒は飲まんでしょうね、「ウン!いらない!」
平井先生は出発前に今回はドーモお世話になりましたと言うから、イイエ私は商売でやってますから心配無用です、頑張ってきてくださいと言ったら妙な顔をした、ちょっと説明不足だったかな?放射能は地上のどんな薬物よりも比較にならないほど害があります、農薬に反対しているちろりん村が原発に反対するのは当然です、ハハハ、釈迦に説法だ。

西川さん、酒を飲もうなんて言ったのはあんたでしょ!の巻

1月24日の前夜祭に不参加のためその件は省きます、ただ会場を借りる経緯でこんなことがありました。南コーセツさんの知り合いから電話があり会場を借りるので名前を貸して欲しい(実際の書類は見ていないのでどうか解らないが)とのこと、「ああいいよ」で市民会館から「大西さんですか?」と確認のTELあり、「会場で酒を飲んだり歌ったりしませんか?」「ハイしません」ではそういうことでよろしくお願いしますで終わり。私は2度とあの場所は貸してもらえんだろうなあ、西川さん、酒を飲もうなんて言ったのはあんたでしょ!(僕は知らんよ)証拠のビデオがあるんです!(まあええやん、な!)プッ!西川さんの顔見たら怒れへんわ(その代わりバナナボートの件はだまっとってやるさかい)もう遅いわ自白したモン(そうか、ほなゆかりちゃんの住所を教えたろか?)いらんわい!

ヤカマシニギヤカハデハデボロボロニヤニヤガオガオブー!の巻

1月25日昼、そわそわと落ち着かない、会場へ行っていないので様子が分からん、ビーテンも清水さんも落ち着かない、3人の目と目があってジャーちょっとだけ行くか、ということで車に乗る、中央公園に着いた、降りた、後は一目散、サラバちろりん村だ!もう二度と帰ることはないだろう。それにしてもいったいこの騒ぎは何だ!どう説明しろというのだ、いや想像だにできない光景だ。ヤカマシニギヤカハデハデボロボロニヤニヤガオガオブーという様子ですね、としか言えないよ、まあ勝手に想像してくれ!(想像だに出来ないことをどう想像するの?)そうくると思ってこんな音を入れたよ!片っ端から全部クリックしてみてよ、それが当日の現場だ。原発やめて音頭反原発祝島音頭謎の三味線引き獅子舞。どうだ!すごいだろ?なに!聞こえない?ネスケの設定でヘルパーアプリケーションのLiveAudioを選んでタイプの編集ダイアログのプラグインを選択して拡張子がauになってるかい?

喜納昌吉 高松中央公園に現われる!(QTムービーファイル748K)の巻

いきなり彼はいつものメッセージ(100K)をブチかました。マスコミ関係者の慌てようたるや!どうしてあの喜納昌吉がここに居るのか?やはりこれは『ちろりん村』がお金を出して呼んだのだと、まことしやかに吹聴するやからがいた。集会に参加している皆は『高松に来てよかった!タダで昌吉のライブが聞けるよ!得したー!』『昌吉ー!』と黄色い声を飛ばした。後はここをクリックしてくれ(ハイサイおじさんの始まり!はじまり〜)100K位だからちょっとの辛抱だ、ただし、サワリだけね!。暇な奴はこれ(QTムービーファイル547K)を見てくれ。

トランシーバーの最後!の巻

誰かが何処かで言ってたけれど今回の高松行動はハイテクの勝利だったと、しかしそれは間違い、本当のハイテク戦争はこれから始まる!当時のハイテクなんて玩具みたいなものだ、せいぜいこんなものだ!ある男がトランシーバーを借りてきた、連絡するために、ところが実際にはどういう具合に使われたかというとちろりん村の2階と裏の家の連絡(距離にして5m)に2度使っただけ、本当は四電とか中央公園で活躍するはずだったのに、こちらちろりん村、誰かいる?電話よー、とボタンを押したり離したりしているうちに面倒くさくなって大きな声で窓からオーイ!飯できたか?これがトランシーバーの最後だった。その後何を血迷ったのか2本1組のそいつを1本だけ持ち出した奴がいた!

ポケデル!の巻

ポケベル騒動もあった、ちろりん村には当時ポケベルが3台あった、それを小原さんや中島さんに貸していた、ところがいくら呼んでも返事が無い、会議中にピーピーいうもんだからポケットからつかみ出して投げ捨てたそうな、これがほんまのポケデル(ポケットから出て行くの意)

ファクスしよう!の巻

でももう私は飽きました、可愛い小さなボタンを押すのに疲れました、何でもっと大きくしないの?繰り返し繰り返し朝から番まで原稿を入れてボタンを押して日が暮れて、この苦しみは繰り返したくない、一変に100ヵ所でも送れるファクスはないのか!あります、これです!とメーカーが持ってきた、ヒヒヒ、しかしねえ情報なんて限度を超えるとゴミですよ!

モモタロウ鬼退治!の巻

こちらは1月25日昼下がり四電本社前、可愛い女性社員が無邪気にビルのテラスから眺めている(手を振っている人もいた、名前は言えない)彼女達はこれから何が起こるのか知らない、もちろん私達も同じだ!
デモ隊が着いた、1000人はいる、すでに平井さん小原さんが交渉をしてくださいという交渉を始めていた、機動隊はビルの影にいつでも飛び出せるよう待機している、となりが警察署ですから、あたり緊迫感200%!そのとき「みなさん!僕達は神さんに呼ばれてきたんです」と独りの異形の男が立ち上がった!これが後に有名な『岩倉獅子舞の宣言』であったとは誰も気付かなかった。その彼等が童謡『ももたろう』の節に合わせて♪〜ゲーンシリョクゲンシリョクー♪〜とやり出したときの度迫力たるや私は貴方に伝える術をもたない。鬼の機動隊は総崩れ!

キッチョムさんのミ〜ンナデ死んでやる!の巻

コラ!おまえら!耳の穴かっぽじいてよーく聞けよ、ええか!わしわなあ大分のキッチョム劇団の野呂ノロヘイだ!ここで死んでやる!死ぬぞー本気で死んでやる!わしわなあ本音やぞお!おまえらは建て前だろうが、寒くて凍え死ぬくらいだったら今ここでミ〜ンナデ死んでやる!ワカッタカ!(こちら大爆笑、あちらシーン、マスコミぽか〜ん)

菓子折の一つでも持ってこいよ、俺はまだ貰ってないぞ!の巻

私は神戸で保育園をやっております、子供達が怖がっているんです、日本がチェルノブイリみたいになったら先生どうするん、何を食べるんと心配をしております、電気を少しでも使わないように毎晩ローソクで暮らしております、子供達は本当に一生懸命生きようとしてるんです。えっ!それが何ですか、あなた達は!菓子折の一つも持ってこないで何をするんですか、えっ!人に迷惑を掛けるときには菓子折の一つでも持ってこいよ、俺はまだ貰ってないぞ、菓子折だけジャーないぞ、事故が起きたときのお金も用意しとけよ、日本中の人達の命の金だぞ、何百兆円もの金だぞ、えっ!そんな金、用意できるのか!えっ!(もう言いたい放題の独演会である)

九大の平井先生ガンバル!の巻

そうこうしているうちに平井先生が、子供と病人がいますのでと、うまいこと言って(本当にいたのだ、嘘をついたわけじゃない)本社ビルに入れることになった。
皆さん!よーく聞いてください、いいですか、まず病人、次に赤ちゃんや子供連れのお母さん方、それから寒くて凍えそうな女性の方から順に中へ入ってください(この後すぐ「ウーサブッ」とか言って元気だとお見受けする女性が数十人入って行ったのを俺は見たぞ)男性で元気な方は中へ入らないでくださいネ、しかし気分の悪い方はどうぞ、遠慮なさらずに中へ入ってください。これを聞いて中へ入らなかったのは、気の弱い俺ぐらいなものだ。

四電テント村!の巻

このテントどうやって張ったと思います?またまた徳島の西川さん、彼の得意技なんです、すぐテントを張って寝てしまう、もちろん無許可です。大西君、ちょっとと呼ばれて行くと、これあっちへ運んでくれへんか、で見るとなんと鉄パイプだ、とうとう玉砕かと思ったけれど、よく見るとテントのパイプだ、むんずと掴んでお巡りさんにちょっとそこ退いて通してよ、と言って私の持っているものを見て真っ青、こんなんでええんやろか?それに自家発電機まで用意してるがな、お巡りさんのがっかりした顔ったら。(これで今晩も徹夜かい!クソ!でもこいつらオモロイナー、乱暴はせえへんし寒いのは、我慢すっか!仕事だもんなあ)

ビーテンの布団を担いだ姿を四電本社ビルの玄関に作るのだ!の巻

機動隊のバスが何台か待機してるぞ!夜も更けてきた、いつまでビルの中にいるのだろう、本当にお母さん達は今晩ここに泊まるのだろうか、あ〜もう涙がでるぜ。泊るんだったら布団がいるな、借りていた150組の布団を運び込んだ、しかも退去命令が出る度にワッショイワッショイと布団が入って行くのだ。私はもう決めている、ビーテンの布団を担いだ姿を四電本社ビルの玄関に作るのだ、お金がないときは、もう直接本人に立っててもらおうと計画している。

すわ!SOSだファックスだ!の巻

25日の夜は更けてあくる26日朝7時ごろ電話のベルで起こされた、たいへんです!私は記者です、今私は3階の便所の窓から降りて逃げてきました、全員が閉じ込められました、すわ!SOSだファックスだソレユケヤレユケドントヤレ、とは行かないよ、チッチッチッ(ファックスの音)と、のんきなものだ。日本語の遅々として進まずはこれだな!まあそれはいいとして、この情報は誤報でした、ご免なさい。

小原さんのオッパイ!の巻

26日夕方福善寺に行きました、もうほとんどの方は帰られて50〜60人ぐらいの人達が残っていた。ちろりん村さん一言ありませんかと言われ、25日の夜の四電ビルにいたお母さん達の姿を見て自分が本当に恥ずかしいという話しをしだしたらまた涙がいっぱい出てきて気がついたら小原さんと抱きあっていた。お寺さんの本堂ではあったけど、なんや小原さんのオッパイてええなあ。

空にはいつのまにか月が昇っていた!の巻

甘シャさん、お月様みたい。僕あのとき思わずキスしたいなあと思いました、でもご免なさいって言いませんからね。(すみませんシャの字がでないんです)彼女はちろりん村に可愛い娘さんと一緒に一晩だけ現われ静かに去ってゆきました、空にはいつのまにか月が昇っていた。ああ、甘シャさん(QTムービーファイル405K)は、やはりそうなんだ。二月の原発サラバ記念日にまた会いましょう。

ガサタイって何ですか?の巻

1月27日から2月10日ごろまでの間、いったい何をやってたんだろう、殆ど記憶がない、毎日の仕事と電話、ファックス、手紙・・・アッ!そうだ、たしか平井先生のガサタイ騒動があったのが2月9日だったのかな。薦田弁護士よりTEL「ガサがある危険、ガサタイ準備せよ!」。平井先生「いいですか皆さん、よ〜く聞いてください、それでは今からガサタイをやります、まず人の名前、住所」・・・「ガサタイって何ですか?」「ガクッ」「あのですね、つまりガサタイとは警察の家宅捜査に対する対策のことです」「あのーこの中にですね、ガサタイの経験のある方はいらっしゃらないですか?」「シーン」「ガクッ!私だけですか、それでは説明しましょう、全ての名前、住所、又はそれに該当するものを段ボールにいれて車に入れてください、お巡りさんはガサに来ても、たぶん家の中しか触りません、身体につけても安全です、それではやりましょう」バタバタドタドタと名簿を箱にいれ外のちろりん村の車に入れた、そして高知から来てた誰とは言わんけれど、自宅に電話を必死でしている人がいた。「今ちろりん村では、いつガサが来るかで大変なの、私のところも危ないから大事なものは箱に入れて車か何かに入れておいて、ちろりん村の重要な名簿は全てちろりん号の中へ隠したのよ!」「その電話は盗聴されとるんよ」「ああ、どないしょう」もう遅いわ!

喜納昌吉さん『花』を歌ってください!の巻

昔の窪川反原発フェスティバルを思い返していた、あのとき始めて喜納昌吉さんに会い、そして別れるとき、今日の日があるのを予感してたのだろうか、電話をすると「コーメイさんでしょ!待ってたよ、いきますから」「花を歌ってください」「ハイ、私もそう思ってます」あくまでも私の勝手な願だった。(まさか当日本当に現われるとは!)

ああダメ、小原が出た!の巻

夢の話し、夢を見た、貴方と二人だけになると胸がドキドキするんです、それでついキスしてもいいですか?なんて聞いてみたくなったけどその件は自分で決めたらいいことなんで一々相手に聞かなくても自分でそうしたいなあと思ってください、それでご自分で堂々と行ってください、責任は全て貴方が取ればそれでいいのよ。(ああダメ、小原が出た)相手の立場もあるでしょう?何いってんのよ、命の問題よ!アッ!桜江さん逃げないで、桜江さん!桜江さん!(何度も何度も呼びかけるが振り返りもしない)ここで説明をしないと意味不明だが今は省略します。

閑話休題

まだまだ一杯あるけれどここらでちょっぴり急ごうか、いつまでたっても終わらない、アッ♪ゲーンパーツや・め・て!時〜間がたりません♪〜げーんぱーつや・め・て!〜
さて11日のフェスティバル、これは四国の高松で想像するだに恐ろしや世にも稀なる出し物と歌舞音曲の艶やかさ、ずらりとそろって出たけれどとてもビデオにゃ適わない、よって活字の説明はここらで終わりにいたします(映像をお送りできるよう準備中!)

葵ちゃんと一緒に暮らしたい高松単独行動!の巻

2月10日夜、ちろりん村の2階で素敵な人に遭遇、狭い事務所に何十人と人が集まっていました、ちょうど私の横に16歳位の美しい女性がいたのです、(おまえの年はなんぼじゃ?)無視!20年前にその女性を愛しすぎて大失敗をしたのです、今私の横にいるのは別人だとは分かるのですがこうなってしまうのです。誤解されてもいいです、いつもこうやって生きてきたのです、反省はしてません。で、その女性の横にジャンパー姿の男がいて兄か父親のような雰囲気だったので、「あの、失礼ですが、どちら様でしょうか?」「ハッ!いつも家内がお世話になってます、私は『名もなき夫の会』の小原と申します」エーッ!とのけ反る、それではこちらの方は?と、その可愛い女性へ向けると、「アッこれは娘です」ということは、小原さんのお嬢さんですか!ナントうれしやアリャホリャリャ、あーもっと原発反対やデー、「な!な!名前は?」「アオイです」どんな字書くんやろ、と、またまた私は反原発へと闘志を燃やすのであった。

窪川原発をつぶしたのは、彼である!の巻

あくる12日は朝からテント村で寝たり起きたり食べたり、七輪に練炭をおこしてそれでもまだ寒いので豆炭を地面の上に山盛りにしてメルトダウン!だなんていって遊んでいた、ビルの谷間から聞こえてくる♪げーんぱーつや・め・て・いーのーちーがだいじでしょ!の声、ダイインが始まったらしい、こぼれる涙も拭かずにテントの中で転がっていた。私は本当にムードに弱い、谷ブチさんを見ろ「さあ、メッシャメッシャ!コラ、はよ飯炊かんかい、飯も食わんとあんなことバッカシやっとたら負けるでぇ」本当に心強い、奥さんになってる人幸せだろうなあ(奥さんの気持ちは分からないけれど)この谷ブチさん、食事の用意ばかりをしてたかと言うとそうじゃない、窪川原発をつぶしたのは、彼である!

徳江さんには合わす顔がなかった!の巻

サラバ記念日の間、私はあまり四電ビルの前に行かなかったのです、10万人が来るかもしれないと豪語してた手前、何とも恥ずかしくて、特に東京の大地を守る会の徳江さんには合わす顔がなかった。電話で「大西君、1万人は固いだろうネ!」と念をおされて「アッそりゃあもう間違い無いですよ、すでに数万は来るみたいですよ」なんて言っちゃったからねえ、ほんまにホラやねえ。

TBSが取材に来た!の巻

2月12日の夜11時頃、にわかに四電ビル前が活気づいた、TBSが取材に来たのだ。皆も大喜びで、小原さんはエージャナイカエージャナイカエージャナイカと踊だし、あっと言うまに行列ができ、北へ向かいだした、そのときビルの角からギターをもった昌吉が『♪花』を歌いながら100名ほどで南下してきたのだ。「♪泣きなーさアイー笑い〜いなさ〜い〜♪ヤッ!コウメイさん楽しいねえ!」このときのビデオ誰か持ってないですか?お巡りさん達のガックリ肩を落とした姿、そうだろう、夜の11時だよ、ますます人が増え続けるばかりなのだ、北と南からめいめい勝手な歌を歌いながら擦れ違っていく。私は笑った、地球も笑っていた。

ああ神様仏様、どうかここへ新撰組をお呼びください!の巻

あくる13日は、ちろりん村がアワヤ池田屋かハタマタ寺田屋か!と言う場面を迎える。ヘーイ、お一人様ご案ナーイ。二階には九州諸藩を脱藩した小原氏、中島氏、平井氏、佐藤氏他20名、徳島暮らしをよくする藩の西川氏他10名の面々、総勢3〜40名が、部屋が狭いのでモソット向こうへ寄られてはどうであろうか、とか、お主の足は臭いノウとか談論風発のところへ屋久島藩のプラブッダとニシムが「愛の出力全カーイ!」とか言って飛び込んできた。別室には土佐窪川藩の谷ブチ氏他10名が息をこらして控えていた、他10名と言ってもこれがまたスゴイ、あの岩倉獅子舞の連中である、いつカネ太鼓が飛び出すか分からない危険な連中である、そこえ琉球藩の喜納昌吉氏が「ヤッ!間に合ったか」と言って駆けこんだのだ。ああ神様仏様、どうかここへ新撰組をお呼びください!

野草社の石垣さん!の巻

名は体を表わすというか、四角いがっしりとした顔と身体、おまけに握手したその手がまた石垣の様なごっつい手だった、それでいて女性の様な柔らかさと暖かみ、これぞほんまの男やで。後日はっきりと気付かされたのですが、私一人が縁の下の力持ち、なんて思ったのは大きな間違いでした、恥ずかしい思いで一杯です、彼のような人がこの日本に何人いるのだろうと思うと又勇気が湧いてきた。

3人の新しい女性が残った!の巻

殆どの人が高松を去り、ちろりん村には清野さん(あだ名はサホちゃん)とマキちゃんと原さんの3人の新しい女性が残った。彼女達もちろりん村がどんなところか全く知らずに飛び込んできたのだ、ある人は勝手に惚れ込んで、又ある人は情報が集まりそうなので、又ある人は仕方無く(なぜなら、高松でお金をカンパカンパで使い果たし、文無しになって、もはや、ちろりん村に身売りするより道はなかった)と本人は言うが高松に着いたときにはオケラだったと言う話しもある。

スパイ大作戦!の巻

その方の名誉のために作戦当日の日時や名前は伏せておきます。ある日ちろりん村に電話があった、受けたのは、あるお寺の住職、お名前は仮に童銅さんとしときます、彼はあの竜(QTムービーファイル368K)の作者でもある(どうしても見たい人だけがみて下さい、時間が掛るよ。誰かファイルを軽くする方法を教えて)
「ハイちろりん村です」「原発のちろりん村ですか?実は名前は明かせませんが極秘文書を持ってます、どうしてもちろりん村さんへ渡したいのです、時が来ればこれを世に出してください、お願いします」「ちょっと待ってください、そんな重要なものをどうやって手に入れたのですか?」「そ、それは、つまりごみ箱からです、拾ったのです」「ええっ!」「はずかしながらJRです、私はこのことがバレルと首になります」「で、何処から来たのですか?」「これも秘密ですが松山からです」「それでは逢いましょう、お互いあまり目立たない格好で、さりげなくネ、いいですか、JR高松駅から私鉄に乗って三つ目の駅で降りてください、貴方の目印は何ですか?」「ハイ、顔を見られないように顔が全部かくれる大きな白いマスクと頭には毛糸の帽子をかぶってます、これで私は誰にも顔を見られずにすみます、アッそれと寒いので両手をコートのポケットの中に突っ込んでます」「フーン!?ジャーこっちの目印は太鼓を駅前でたたいていますから人違いの心配はありませんね」で、もらった文書を大事に金庫にいれて新聞社に連絡、飛んできた、見せた、「なんだ、これか、一杯出回ってますよ」である、残念。
文書の内容は、「原発サラバ記念日にJRを使って高松へ行きそうな乗客がいたら、その人数を知らせろ」という命令文である、この文書が各駅に回った。
それにしてもはるばる松山から持ってきてくれてありがとう、彼等のような人がこの日本に沢山いて私達を影ながら応援してくれてるのかと嬉しくなった。

俺は脱ゲンカクせなあかんなあ!(原発バイバイ台風、東京へ上陸)の巻

この夜、姫だけがベッドに寝て我々家来は板の間に綿のはみ出たせんべい布団で寝ました、2月26日の夜は更けた。肩口が冷え、部屋の空気がシンと張りつめている、妙に明るい、朝だ。まだ誰も眠っている。布団で汚れないようにそっと払い除けて立ち上がりざま外に目をやった、雪だ!一面白銀である、しまった!かかとを踏みつぶしたドタ靴で東京へ来てるのだ、しかも素足だ、まあよい死ぬことはなかろう、それよりも各々方討ち入りの用意は抜かりござらぬか、陣太鼓はまだか、はよう支度セイ!「大西さん!どうかしたんですか?」清水氏が目を覚ました。「まだ7時前ですよ」ああ又ゲンカクだったのか、俺は脱ゲンカクせなあかんなあ。

相手のほうが一枚上手ジャ!の巻

めざすは東京国分寺ポラン全国の本部である(なにも、討ち入に行くわけではない)案内されてドアを入ると、そこはロシアのボルシェビキ、トロツキー率いる赤軍本部とジョン・ウェイン率いる米海兵隊のグリンベレーを足して二で割ったような雰囲気だった。男ばかりで、髭をのばしたり髪をのばしたり、毛糸の帽子をかぶったりアーミースタイルで決めてたり、坊主頭もいた。
その彼等が20名ほど狭い部屋で封筒詰めをしている、中央にアーミースタイルがよく似合う男がデンと座っている、小柄だけれどナポレオン皇帝の様な威厳がある(もう分かった?でも言わせて)「言わんでもいい、『俺の辞書に不可能はない』と、私の名前が狩野(カノウ)であるという、ダジャレだろう」図星です。
「小原さん達に一度逢うだけでいいからお願いします、素晴しいから、素敵な人だから、本当に面白いから、感動的だから、傑作だから、・・・だから、・・・だから」「だから、もういい、分かった、素晴しいは一度言えばいい、どうして素晴しいのか論理的に展開してみろよ、できんだろう?だから私は君が嫌いなんだよ」「ウウッ」どうも弱いところをつかれたワイ、相手のほうが一枚上手ジャ!

ホビット村のキコリさんと、ノリちゃんが竜を作っていた!の巻

2月28日、東京の社会文化会館は予想を上回る人がやった来た、来たときは皆いきいきした目をしてきたけれど帰りは寂しそうに見えた、失敗だったと思う、それを小原さんは、あっさりとこれが私達の力量ですと認めてしまう。
夜はホビット村へ!下にも置かぬ大歓迎、ここでもやはり女の人が風呂に行こうというのでてっきり一緒にはいるのかと思ったら風呂屋だよと言う。
夜遅くまでキコリさんと、ノリちゃんが竜を作っていた、美しい夜だった。

どうにかしなさい、通産省!エイズも原発も、問題は貴方です!の巻

2月29日、日比谷公園から竜を先頭に出発(しかし私はある不安を感じていた、先が読めるのだ、と言うことは相手も先が読めてるはずだ、これでは勝負にならない)東電本社前ではいきなり盛り上がり、小原さんはもう門柱に登って踊っている、いつまでたっても通産省へ着かないのでと、いやがる小原さんを引きずり降ろし出発。こんなのに付き合ってたら通産省に着く前に日が暮れてしまうわ、まあ飯でも食おうと典子さん(お元気ですか?)を誘ってビールを飲みにいった、そのまま飲み続けるわけにもいかなく竜の後を追いかけて通産省へ、東京の街は大きい、人間なんてシミの様な存在、遠くにウジャウジャとした人の塊が見えた、異様である、いみじくも右翼さんからウジ虫と呼ばれたように通産省の玄関にウジャラウジャラとたかっていた。

♪カエルの歌が聞こえてくるよー!の巻

リーダーがいない、勝手に好きなことをやっている、柵に登っている奴、石段に座ってる奴、ガラスのドアをたたいてる奴、歌う奴、踊る奴、ハンドマイクで喋る奴、太鼓をたたく奴、ガラスや柱に署名用紙をベタベタと張る奴、それを見てエヘラエヘラと笑う奴、怒る奴、泣く奴、真面目な顔で道行く人に話しかける奴、タバコを喫ってその吸い殻を捨てる奴、それを拾う奴(シケモクじゃない、掃除をしてるのだ)
突然!右翼の大型バスが二台突っ込んできた、後何台かは機動隊のバスに阻まれて追い返された、うまいもんだなあ、さすがは東京の機動隊だ。
通産省の正面に戦車を止めた右翼は「皆さん、市民の皆さん、彼等を見てください、汚い格好しやがって、おまえ達は、な!ウジ虫だ!」。ウジ虫と言われたもんだから皆興奮してワーと盛り上がった、竜が踊り全員総立ちのエエジャナイカが始まった。最高の盛り上がり、このときばかりはビルというビルの窓が全部開いたなあ。
びっくりしたのは右翼さん達です「アーアー踊ったなあ、み、皆さんこれが彼等の実体です、お、踊ってますよ、こんな場合に、踊ってるんですよ」と必死になるがウジ虫達の踊りと歌が大きくて殆ど右翼さんの声は聞こえなくなった。しばらくすると♪カエルの歌が聞こえてくるよーゲッゲッゲゲゲゲゲゲゲゲグワッグヮグヮー!と大音量で歌いながら帰って行った(これ本当なんです)

地球の未来!の巻

タ方になり機動隊が仕事に来た。全員排除、その時二人を逮捕、うち中字生一人、翌々日までには全員釈放。しかし、まだ彼ら脱原発に反対している一部の反対派(旧推進派)は分かってないみたいだねえ。逮捕したりしたってもう私達はビクともしないってこと。地球の未来がなくなるかどうかの問題に逮捕なんて!?皆で話し合いましょう。

もう一度通産省前でひと踊り!の巻

通産省の前から追われ道路の向こう側へ皆集まった。五人くらいで署名用紙を回収していた。 2、3時問くらい待ったかな・・・。今年になってから色んなことが走馬燈の様に頭の中を通り過ぎる。今も目の前で東京の大地を守る会の徳江さんが本気で警察官に抗議している。彼の大きな体全身から怒りの言葉が飛び出す。その姿は悲しくも美しいと思った。いつか私もあの様な立場に立つこともあるだろう。(ないない)ほっといてください。
「みんな!逮捕された中字生達を救いに行こう。応援に行こう。」その前にもう一度通産省前でひと踊りと、九州水俣の柳田耕一さんが、それではご当地ソングでやりましょうよと♪ハーアおどりお〜どーる〜うならと束京音頭を歌いだした。1988年2月29日午後9時、通産省前。

この話は、ここで終わります、有難うございました。最後に一言、今回の行動のリーダーはいません、一人一人が主役でした。しかし、大分の小原良子さんに一言御礼を申しあげます、ありがとう。小原さんのさようならの声(234K)を最後にサヨウナラ。

なお、動画で観たい方は下記↓をご覧下さい、この動画は2008ねん12月22日早朝アップしました。撮影は犬塚さん、編集はケンチャンです。主に小原さん(原発サラバ記念日)をメインに編集したようです。この他にも弊社には数十本のビデオが転がっています(笑)

原発バイバイ1

原発バイバイ2

原発バイバイ3

原発バイバイ4

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