(10)-07-2 尾崎放哉 俳句集
南郷庵にて(216句)
(1)眼の前魚がとんで見せる島の夕日に来て居る

(2)夜明けが早い浜で顔を出す

(3)ここ迄来てしまつて急な手紙書いてゐる

(4)いつしかついて来た犬と浜辺に居る

(5)町の盆灯ろうたくさん見て船に乗る

(6)島の小娘にお給仕されてゐる

(7)山の和尚の酒の友とし丸い月ある

(8)さはにある髪をすき居る月夜

(9)漬物石になりすまし墓のかげである

(10)すばらしい乳房だ蚊がいる

(11)あらしが一本の柳に夜明けの橋

(12)あらしの中のばんめしにする母と子

(13)あらしのあとの馬鹿がさかなうりに来る

(14)足のうら洗へば白くなる

(15)石山虫なく陽かげり

(16)螢光らない堅くなつてゐる

(17)大松一本雀に与へ庵ある

(18)海が少し見える小さい窓一つもつ

(19)わが顔があつた小さい鏡買うてもどる

(20)ここから浪音きごえぬほどの海の青さ

(21)わが庵とし鶏頭がたくさん赤うなつて居る

(22)すさまじく蚊がなく夜の痩せたからだが一つ

(23)とんぼが淋しい机にとまりに来てくれた

(24)四五人静かにはたらき塩浜くれる

(25)夜更けの麦粉が畳にこぼれた

(26)松かさも火にして豆が煮えた

(27)井戸のほとりがぬれて居る夕風

(28)なん本もマッチの棒を消し海風に話す

(29)山に登れば淋しい村がみんな見える

(30)雨の椿に下駄、こらしてたづねて来た

(31)髪の美くしさもてあまして居る

(32)叱ればすぐ泣く児だと云つて泣かせて居る

(33)花がいろいろ咲いてみんな売られる

(34)はく程もない朝朝の松の葉ばかり

(35)秋風の石が子を産む話

(36)投げ出されたやうな西瓜が太つて行く

(37)壁の新聞の女はいつも泣いて居る

(38)海風に筒抜けられて居るいつも一人

(39)盆休み雨となつた島の小さい実家

(40)風邪を引いてお経あげずに居ればしんかん

(41)風音ばかりのなかの水汲む

(42)鼠にジャガ芋をたべられて寝て居た

(43)盆灯籠の下ひと夜を過ごし古郷立つ

(44)少し病む子に金魚買うてやる

(45)風吹く家のまはり花無し

(46)青田道もどる窓から見られる

(47)山は梅の夕陽をうけてかくすところ無し

(48)家が建てこんで来た町の物売りの声

(49)水を呑んでは小便しに出る雑草

(50)船の中の御馳走の置きどころが無い

(51)花火があがる空の方が町だよ

(52)一疋の蚤をさがして居る夜中

(53)木槿の花がおしまひになつて風吹く

(54)追つかけて追ひ付いた風の中

(55)ぴつたりしめた穴だらけの障子である

(56)あけがたとろりとした時の夢であつたよ

(57)をそい月が町からしめ出されてゐる

(58)障子張りかへて居る小さいナイフ一挺

(59)思ひがけもないとこに出た道の秋草

(60)わが肩につかまつて居る人に眼がない

(61)蓮の葉押しわけて出て咲いた花の朝だ

(62)切られる花を病人見てゐる

(63)乞食日の丸の旗の風ろしきもつ

(64)天気つづきのお祭りがすんだ島の大松

(65)卵子袂に一つづつ買うてもどる

(66)お祭り赤ン坊寝てゐる

(67)その手がいつ迄太鼓たたいて居るのか

(68)陽が出る前の濡れた鳥とんでる

(69)夕立からりと晴れて大きな鯖をもらつた

(70)蜥蜴の切れた尾がはねてゐる太陽

(71)木槿一日うなづいて居て暮れた

(72)お遍路木槿の花をほめる杖つく

(73)葬式のもどりを少し濡れて来た

(74)道を教へてくれる煙管から煙が出てゐる

(75)病人花活ける程になりし

(76)朝靄豚が出て来る人が出て来る

(77)迷つて来たまんまの犬で居る

(78)山の芋掘りに行くスットコ被り

(79)人間並の風邪の熱出して居ることよ

(80)さつさと大根の種子まいて行つてしまつた

(81)夕靄溜まらせて塩浜人居る

(82)已に秋の山山となり机に迫り来

(83)蛙釣る児を見て居るお女郎だ

(84)久し振りの雨の雨だれの音

(85)都のはやりうたうたつて島のあめ売り

(86)厚い藁屋根の下のボンボン時計

(87)三味線が上手な島の夜のとしより

(88)障子あけておく海も暮れ切る

(89)山に大きな牛追ひあげる朝靄

(90)畑のなかの近か道戻つて来よる

(91)畳を歩く雀の足音知つて居る

(92)あすのお天気をしやべる雀等と掃いてゐる

(93)あらしがすつかり青空にしてしまつた

(94)窓には朝風の鉢花

(95)淋しきままに熱さめて居り

(96)火の無い火鉢が見えて居る寝床だ

(97)風にふかれ信心申して居る

(98)小さい家で母と子と居る

(99)淋しい寝る本がない

(100)竹藪に夕陽吹きつけて居る

(101)月夜風ある一人咳して

(102)お粥煮えてくる音の鍋ふた

(103)一つ二つ蛍見てたづぬる家

(104)早さとぶ小鳥見て山路行く

(105)雀等いちどきにいんでしまつた

(106)草花たくさん咲いて児が留守番してゐる

(107)爪切ったゆぴが十本ある

(108)来る船来る船に一つの島

(109)漬物石がころがつて居た家を借りることにする

(110)鳳仙花の実をはねさせて見ても淋しい

(111)夜の木の肌に手を添へて待つ

(112)秋日さす石の上に背の児を下ろす

(113)浮草風に小さい花咲かせ

(114)障子の穴から覗いて見ても留守である

(115)朝がきれいで鈴を振るお遍路さん

(116)入れものがない両手で受ける

(117)朝月嵐となる

(118)秋山広い道に出る

(119)ロあけぬ蜆死んでゐる

(120)咳をしても一人

(121)汽車が走る山火事

(122)静かに撥が置かれた畳

(123)菊枯れ尽くしたる海少し見ゆ

(124)流れに沿うて歩いてとまる

(125)海苔そだの風雪となる舟に人居る

(126)とんぼの尾をつまみそこねた

(127)麦がすつかり蒔かれた魔のぐるり

(128)墓地からもどって来てもー人

(129)恋心四十にして穂芒

(130)なんと丸い月が出たよ窓

(131)ゆうべ底が抜けた柄杓で朝

(132)風凪いでより落つる松の葉

(133)雪の頭巾の眼を知つてる

(134)自分が通つただけの冬ざれの石橋

(135)藪のなかの紅葉見てたづねる

(136)大根ぬきに行く畑山にある

(137)安まいてしまひ風吹く日ばかり

(138)今朝の霜濃し先生として行く

(139)となりにも雨の葱畑

(140)くるりと剃つてしまつた寒ン空

(141)夜なべが始まる河音

(142)よい処へ乞食が来た

(143)雨萩に降りて流れ

(144)寒なぎの帆を下ろし帆柱

(145)魔の障子あけて小ざかな買つてる

(146)師走の木魚たたいて居る

(147)松かさそつくり火になつた

(148)風吹きくたびれて居る青草

(149)嵐が落ちた夜の白湯を呑んでゐる

(150)鉄砲光つて居る深雪

(151)霜濃し水汲んでは入つてしまつた

(152)一人でそば刈つてしまつた

(153)冬川せつせと洗濯してゐる

(154)昔は海であつたと榾をくべる

(155)寒ン空シャッポがほしいな

(156)蜜柑たべてよい火にあたつて居る

(157)とつぷり暮れて足を洗つて居る

(158)昼の鶏なく漁師の家ばかり

(159)海凪げる日の大河を入れる

(160)働きに行く人ばかりの電車

(161)雪の宿屋の金屏風だ

(162)わが家の冬木二三本

(163)家のぐるり落葉にして顔出してゐる

(164)墓原花無きこのごろ

(165)山火事の北国の大空

(166)月夜の葦が折れとる

(167)墓のうらに廻る

(168)あすは元日が来る仏とわたくし

(169)掛取も来てくれぬ大晦日も一人

(170)雪積もる夜のランプ

(171)雨の舟岸により来る

(172)山奥の木挽きと其男の子

(173)夕空見てから夜食の箸とる

(174)ひそかに波よせ明けてゐる

(175)冬木の窓があちこちあいている

(176)窓あけた笑ひ顔だ

(177)夜釣から明けてもどつた小さい舟だ

(178)児を連れて城跡に来た

(179)風吹く道のめくら

(180)旅人夫婦で相談してゐる

(181)ぬくい屋根で仕事してゐる

(182)絵の書きたい児が喜びに来て居る

(183)山風山を下りるとす

(184)裸木春の雨雲行くや

(185)をそくなつて月夜となつた庵

(186)松の根方が凍ててつはぶき

(187)舟をからつぼにして上つてしまつた

(188)小さい島にすみ島の雪

(189)名残の夕陽ある淋しさ山よ

(190)故郷の冬空にもどつて来た

(191)一日雪ふるとなりをもつ

(192)みんなが夜の雪をふんでいんだ

(193)山吹の花咲き尋ねて居る

(194)春が来たと大きな新聞広告

(195)雨の中泥手を洗ふ

(196)枯枝ほきほき折るによし

(197)静かなる一つのうきが引かれる

(198)山畑麦が青くなる一本松

(199)窓まで這つて来た顔出して青草

(200)渚白い足出し

(201)久し振りの太陽の下で働く

(202)貧乏して植木鉢並べて居る

(203)霜とけ鳥光る

(204)久しぶりに片目が蜜柑売りに来た

(205)障子に近く蘆枯るる風音

(206)八ツ手の月夜もある恋猫

(207)仕事探して歩く町中歩く人ばかり

(208)あついめしがたけた野茶屋

(209)どつさり春の終りの雪ふり

(210)森に近づき雪のある森

(211)肉がやせてくる太い骨である

(212)一つの湯呑を置いてむせてゐる

(213)やせたからだを窓に置き船の汽笛

(214)婆さんが寒夜の針箱おいて去んでる

(215)すつかり病人になつて柳の糸が吹かれゐる

(216)春の山のうしろから烟が出だした






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