○健康増進政策「おいでおいで健康づくり」 埼玉県坂戸市
1.視察意図
「健康診断受診率が上がること自体が幸福なのではない」。
坂戸市を訪問し、レクチャーが始まってほどなく、説明者からそのような言葉が出ました。たくさんの視察を受け入れている様子で、スライドを使った説明はなめらか。それほどに、坂戸市では健康づくりに力を入れ、そして成功を収めています。坂戸市のホームページには楽しげに、また多彩に、施策が展開されています。
そこには単に市民個々人の健康づくりだけでなく、官学の連携や地域、企業を挙げての取り組みの展開があるようです。健康、「それだけじゃない」坂戸市の取り組みを見学したいと思いました。
2.健康政策の概要
平成15〜17年は市民協働を推進、18〜20年はシステムづくり、そして21年以降は連携強化、と、健康政策を展開してきた。「みんなの家庭の医学」、たけしの「やる」テレビ、などに紹介され、メディアが注目したことで大きく進展。
▽市民参画
その原点は平成15年。国が「健康増進法」を制定し、「健康増進計画」を全国の自治体が作ることになった。坂戸市では市役所が作るのでなく、市民会議で作ろう、ということになった。《市民の意識改革》と《市民の行動変容》とが、健康づくりには必要、との認識から。
そこで公募委員。全員が公募でボランティア。22人。ポイントは、
・肯定から始める ・何でも言える ・夜、土日に開催 市と協定し「いっしょ
に」との書面を交わした。 ・行政任せでなく、封筒貼りやパソコン入力まで市民
と「いっしょに」を徹底。 →何でも言える、楽しい、市民が主役、そのことに配慮
手法として、「課題から議論するとキリがない」。そこで、「健康なまちの姿を数値で設定しよう」ということとなり、「目標値」を定めることにした。例えば朝ごはんを食べている人の割合、など。
▽「元気にし隊」
平成16年、「元気にし隊」が発足。公募市民によるボランティアグループ。
10年計画を策定。毎年、その行動計画を作る。5年時点で見直しを行い、後期計画に入ることとした。
メンバーは毎年募集。27〜30人。15年の22人の中の6人も残る。
4分野に分担して行動。その一つ「やるぞう」セクションからキャラクター「やるぞう」君が誕生。
さまざまなアイデア、イベント、啓発情報誌、川柳、表彰、レシピ、オリジナル体験、PRティッシュ、パン作り教室など。成人式にも押しかけ。「噛む」ことの大切さから「かむりんとう」も誕生。公民館とも連携。
▽新市長が宣言
平成18年からは市民協働に加え、新任市長が「健康を市の中心施策とする」宣言を。
ここから「健康づくり政策室」ができた。
市民主体ばかりだと、しょっちゅう集まれない、スピード出ない。そこで、市がやるべきものは市がやる、ということに。「市民が望むのは健康よりも幸せ≠ネのだ」「そのために心と身体のバランスの取れた健康が大切だ」「それは、自分だけでは保てない」「サポートする社会体制が必要だ」と、発想を展開していった。
一病あっても満たされる生活もある。そこで、
・病気にならない…予防教室
・おいしい…安全食材、農業・商業
・お花見…道路の整備
・スポーツ…仲間、コミュニティ
など、健康づくりが大切とわかっていても一人でやるより人が関わり合うことで実現。
人々は、血圧だ、塩分だ、メタボだと一人で健康づくりに悪戦苦闘している状態。
そこから、本人、家族、地域、医療や行政などが連携して自助・共助・公助の地域づくりが大切、と結論。
どうしても公≠ノウェィトが置かれる。そこでコミュニティの再生に力点を入れようと、市長と市役所が自覚を持つようになった。
▽官学連携
女子栄養大学と「市民の健康づくりに関する連携協定」を締結、同大学の研究成果である「葉酸プロジェクト」を共同推進。厚労省基準摂取量(240μg/日)を上回る400μgを坂戸市の基準と設定した。
※葉酸…ホウレンソウやブロッコリーなどのみどり野菜、豆類、海草、レバーに含まれる水溶性のビタミン。妊娠初期に必須。認知症や脳梗塞のリスクを低減するといわれる。
→啓発パンフは妊婦に渡すのでなく婚姻時に渡す。高3生にも渡す。
→葉酸を摂取できる食品を市内業者、農業者と連携して開発。葉酸ブレッド、ドレッシ
ング、卵、かりんとう、カレー、うどん…。取り扱う業者を市が認定する。「応援店」
は46店からスタートし、現在52店に。
▽効果測定
効果測定で、医療費は埼玉県想定値を下回って推移している。近隣市町と比較して、H18から明らかに下降線をたどっている。指数では県下の市で最低1位(指数比較)。
医療費の推移 H19 8.6億 → 20 7.7億 → 21 4.5億
介護費用と医療費とは一般的に逆相関関係がある(片方が良いともう片方が悪い)が、坂戸市は両方とも良好である。
▽健康政策ネットワークの構築
地域連携事業の展開
・元気わくわくゼミナール
・応援店の売り上げ検証 売り上げ伸びた29%、評判いい24%
・報告会、店map、メニュー開発→TVで取り上げられた
・葉酸の日割引きセール
・ウォーキング、水中リハビリ運動教室、食と運動教室、野菜づくり
・ジャンボ「さかど葉酸のり巻き」を小学生114人が制作
・イタリア野菜「ルッコラ」を用いたブランド農産物の開発
…などなど、さまざまなアプローチを試みつつ、人々を巻き込むことで、健康政策ネ
ットワーク≠構築していく。
3.まとめと感想
健康政策の目指すものはあくまでも市民の幸せ=B受診率が目的ではないように、葉酸もまたひとつのツールに過ぎない。しかしそれがまちのカラーとしても成功している。さらに他のメニュー展開にも波及し、また坂戸ルーコラという地産作物の開発へ、農家も元気になっている。
キーマンがいるところが成功する。世話役のいるところはサロン化して賑わう。市役所任せでは頓挫する。
何種類かの、市が作製したチラシ類をいただきました。色使いも活字の躍り方もちょっとケバい(失礼!)かなと思わせるくらい、ともかく元気いっぱい。葉酸ならずとも、すでにチラシが元気を発散していて、スーパーの折り込みも顔負けという様子です。
健康づくり政策がそれだけにとどまらず、地域コミュニティ再生、知的・人的資源の活用、市民との協働という見出しと同等に、いやそちらがメインであるかのように扱われている、ここまで解説を受けないでいきなりこのチラシを見るなら、ちょっと飲み込めないであろう、しかしわかってみればなるほどそのとおり、と合点のいく、そんなチラシから、いつまでも目が離せません。
スタートは全国一斉。あの「健康増進法」でありました。しかし坂戸市はほかの自治体とは少し違う切り口、違う登り道を選びました。その選択は、いま、このチラシにある3つの要素がそのまま地域活性化の必須要素であることを思えば、大正解というべき道筋であったと言えましょう。
葉酸で健康になった、それ以上に、この政策で市全体が元気になった、そのような印象を受けました。
これこそが、「政策」と呼ばれるにふさわしいものと言えないでしょうか。
葉酸をそのまま丸亀市に移してきても意味がありません。丸亀市もこれを参考に、私たちにとっての元気の素プロジェクトを考案し、実践に向かわねばなりません。まさしく、市民の幸せ≠託されている行政と議会でありますから。