〇志木市「選挙管理委員会の取り組む主権者教育」 埼玉県志木市
視察場所 志木市役所
1.視察意図
市選管が総務大臣表彰を受賞。2023年2月7日付、志木市の記者発表です。本文をまずここに紹介します。
市選挙管理委員会(委員長:廣島直子)は、2月3日(金)、埼玉県庁で開催された総務大臣表彰伝達式にて令和4年7月10日執行第26回参議院議員通常選挙に係る総務大臣表彰 を受賞し、市長に喜びの報告をしました。
取組の評価
子どもの将来の投票につなげることを目的に、投票権のない子どもたちを対象とした投票宣誓書を各投票所にて配布したほか、市内高等学校美術部と協力し、美術部員が作製した選挙啓発イラストを投票済証明書へ採用するなどの主権者教育の取組が評価されました。
もとより国から表彰を受けることが目的ではありません。この取り組みが直接、明確に、ただちに投票率に反映したといえるものでもありません。さらに、究極の目的とは投票率を上げることでなく、民主主義がしっかりとこの国とこの町に根付くことです。誰もが口には民主主義の大切さを口にしますが、行政や教育現場がほんとうにそれにふさわしい行動、施策、教育を行っているのか、私には疑問があります。議会で主権者教育について質問すると、選挙の公正、教育の中立などを前面に、要するに「できない理由」が並べ立てられるように私には感じられます。諸外国で、民主主義が揺るぐ様子を見るにつけ、とりあえず平和な日本で今、手を打たなくていいのか、そのことで何とか行政と教育現場に「風穴」を開けたい。こうした意図で、この先進地に伺いました。
2.視察の概要
・志木市の人口は7万6千人余、面積は9.05平方キロで、全国で6番目に小さい市である。投票区は12。
・18歳投票権となり、10代の投票率はまずまずだが20代が低い。選挙に興味を持ってもらう、「また行きたい」と思ってもらうことに主眼をおいた。
・コロナで、対面での主権者教育ができなくなった。学校による主権者教育や選挙時の街頭啓発からHPによる主権者教育、投票所での啓発へシフト。目の前の選挙へのアピールというより中長期的かつ継続的な取り組みを重視。現在の若者へは成人式での選挙啓発、バースデーカード、投票立会人の募集、投票済み証明書を。未来の有権者への子ども向け啓発カードをアイテムに採用。
・市のゆるキャラ、広報大使である「カパル」を活用。平成30年、全国のゆるキャラグランプリで優勝している。
・成人式での選挙啓発。新成人に見てもらえる、興味を引く、使ってもらえるものの選定に苦心している。令和3年度の啓発グッズは「リサイクルエコカイロ」。寒い季節の成人式なので。4年度は「プロポリンス」。成人式の後の「飲み会」でのお口のエチケット。
・「バースデーカード」の配布。18歳になった市民(毎年約700人)に、選挙直前に送付。メッセージの表現を「18歳目線」に。内容は簡潔明瞭、詳細はQRコードで誘導。小さい字を若者は読まない。
・投票立会人の募集。12の投票所に立会人は午前、午後各3人の計72人必要だが、若者が20~30名応募してくれる。募集掲示は生徒が使うバス停など目につく場所を選ぶ。文中の「報酬 10800円」を強調。生徒たちには大きな魅力。応募手続きもQRコードから手軽に。若者が申し込みしやすく。親子で立会人をやった、友達同士でやった、お金ももらえるしお弁当もついている、など好評。
・投票済証明書の作成。選挙ごとにデザインを一新。従来の投票済証明書は名前の記入もしていたが廃止。デザインを高校美術部に依頼。県知事選の証明書には続く市議選をPRする内容を入れる。選挙「豆知識」も好評。これらにより、従来の証明書配布枚数は15枚程度だったが、現在は3000枚に。かわいいと人気を博している。市外の人も欲しいと言っている。
・未来の有権者へ、子ども向け啓発カード「カパルカード」の配布。3000枚。毎回、デザインを変えているが、シリーズ性を意識し、中央のイラストは変化させず、コレクションしてもらえるように配慮。裏面は「宣誓書」になっていて子どもにも記念になるように工夫。ただ親に連れられて投票所に行くだけならつまらない。統計的に、親といっしょに投票所に行った子どもは、成人してから投票に行く割合が20ポイント上がるとの数字もある(総務省)。
・投票所でBGM。ヒットソング、アニメ、ゲームなど有名曲のオルゴールバージョンを流す。毎回、曲は変えている。歌詞が入ると選挙に影響する恐れがあるからオルゴール(インスツルメント)にしている。
・期日前投票所は市役所のほか、駅前商業施設ビル、図書館の3か所。
・地元FM放送で啓発。
3.感想
立会人募集のポスター掲示場所は若者の目につくところに。親と来た未来の有権者にも楽しみを。成人式での啓発グッズやバースデーカード、投票済証明書などのデザインにも細やかな配慮。そして投票所のBGMの選曲まで。私たちの視察に応対してくれた選管の二人の職員。ともかく若者をターゲットにし、「どうすれば」との自問を繰り返しながらの毎回の悪戦苦闘。それでもいただいた資料には「印刷物には印刷費がかかる」「期日前投票所の開設には費用対効果の検証が必要」などと控えめなコメントが目を引きます。そして「丸亀に帰られたら、選管の職員にあまり”あれもこれも”と言わないでください」と念を押されました。それは、自分たちのやってきたことへの控えめな自信の表れではないかなと思いました。
これは地元FM局のスタジオで放送を収録しているシーン。冒頭に紹介した総務大臣表彰の記者発表の中にもありましたとおり、委員長は女性。ここに写っているとおり、委員長も、明るい選挙推進協議会の会長さんも女性。関わるスタッフも女性でスタジオ内は和気あいあいのようす。奥の女性は子連れです。とくにこのことが先進的な取り組みとは言えないかも知れませんが、この一葉の写真が、志木市のムードを象徴的に語っているように感じたのであえてここに載せさせていただきます。
何か、大々的な取り組みがなされているわけではありませんでした。一人の若い職員が、力まず、控えめに、しかし闊達にアイデアを出し、グッズ選定やデザインにこだわり、市民の共感を導き出している。選挙のたびに大変です、しんどいです、との言葉が出ていましたが、口ぶりはさほどでもなく、どちらかというと楽しんでいるような印象を受けました。「それが投票率アップにつながってこそ“実績”だろう」とも言えます。しかし投票率の向上は、選挙管理委員会だけのミッションではありません。説明の上では、コロナによって「直接の主権者教育ができなくなったから」ということでした。まさしく、選挙管理委員会が主権者教育をするというあり方そのものに無理があるとも言えましょう。私も、その主たる責任の所在は教育と議会とにあると考えます。もしこの先、投票率が50%から40、30、20、10%台に落ち込むとして、そこに民主主義はあるのか。そしてそれは誰の責任だったのか。そう考えるときに、それは選管ではないでしょう、と私は思います。その上で、しかし志木市の選管は自らの責任としてこうしたことに挑戦している。この姿に、私は私のこれまでの「主権者教育は選管じゃなく教育と議会の仕事である」との考えを変える気持ちになりました。とはいえ、教育と議会に責任があるとの思いに、私は寸分の変更もありません。その上で、「行政事務にやれることはある」との結論を、ここに見出すのです。
話はいったんそれますが、ここ志木市役所の庁舎は真新しく、お聞きすると令和4年7月竣工とのことです。恒例により議場を見せていただき、驚きました。議席と理事者席が半分ずつで、円形を構成しているレイアウトです。
私は以前から長崎市議会の「馬蹄形」の議席に注目し、それを「議会内討論の場」「合意形成の場」のシンボルとしてわが新丸亀市議会議場にも提唱しましたが、成りませんでした。議員と理事者が向き合うのでなく、議員同士が向き合うあり方。今年、その長崎市も新庁舎になり、たまたま今夏、そこを訪れると馬蹄形は新議場にも健在でした。さらに今夏、訪問した広島県府中市では円形、そしてここ志木市も円形であったことは感慨深いものがありました。選管がここまで挑戦している。教育現場でも主権者教育を、と訴えると同時に、議会にあってもこれまで以上に討論と合意形成がなされ、一丸となって主権者教育に打って出る議会へ。こちらにも注力したいと決意を新たにしました。