2006年12月31日(日)
今年もお世話になりました

まだ午前ですけど、この「日誌」を送ったら、07年日誌のページを作る作業に入りますので、送らせていただきます。
午前、HP更新の準備をすませておき、夜中0時に更新するつもりです。

午後から月刊誌「公明」をまた2月分くらい読み、少々あいさつ回り、気になっている相談事の主を訪ねたり、訪問対話活動のしめくくりに歩くつもりです。

夜は心静かに、・・・ともかく積んである雑誌のシマツをしなければなりません。
それでは皆様、よいお年を。

2006年12月30日(土)
うちだ新聞制作完了

午前、月刊誌「公明」を2か月分、読みました。その記事のなかから・・・
東京のキー局でのテレビCMの相場は、ゴールデンタイムで15秒100万円とか。
もちろん内容により、変動相場です。
価格下げの典型として最近の巨人戦が挙げられていたのは、あわれ。
あんなに世間を騒がせ、迷惑以外の何者でもない、あの消費者金融のCMがなぜ止められないのか、
「ご利用は計画的に」などとたわけた妥協案でまかりとおるのか、
そこには「若年者が登場してないか」「コマーシャルソングが覚えやすくないか」などのチェック項目もあるとか。
なんとも民放、「あわれー」(笑)
ほとんど昨晩のアダウチです。笑ってご了承ください。

ウチの母親に話すと答えイッパツ!
「CMになったらすぐにチャンネル変えるがな」。
ナルホドー。こういう方がいるから、マジメに見ているモノがバカを見たのですね〜。
さて、もう忘れましょう。年忘れ。来年も民放は忘れましょう。

うちだ新聞31号。いろいろと手直しをして、印刷、紙折り作業。さきほど完了。
よかったー。これで新春が迎えられますー。

2006年12月29日(金)
城西もちつき大会

午前2時に「うちだ新聞」31号が完成。
朝は城西プルヌスで恒例のもちつき大会。
あとで振る舞われたうどんの割り箸もわなわなするくらい、私なりに頑張って餅をつきました(笑)。
午後からはひたすら部屋のお片づけ。
わりと大きなテーブルがあるのですが、テーブル面がなかなか見えてきません。

新聞のテレビ欄に「能面」の番組があってそれを見ようとテレビの前に座りました。
すると、あの日本ハム新庄選手が出ている番組が出てきて、少し迷いましたが能面の方を見ました。
で、25分で終わって(これは勉強になりました)先ほどの番組に戻ってみると、まだやってます。
ここから11時半まで、それはもう感動の連続で大満足のテレビでした。
「金スマ」ってどういう意味? と、隣の妻に聞かれ、「知らん」というくらい、私、テレビ見ないんですが、きょうはよかった・・・
と、思いきや・・・
「まだまだ続く・・・」だの「このから大切なお知らせ」だのの言葉に、ついつい画面を眺めていたら、いつの間にか終わってしまっていた・・・

これでもうプチコワシ。
これでもう、これまでのシンジョーの大活躍も、命を落とされたというシンジョーに日本一を誓わせた少女も、もうゴハサン。
民放番組のこのテの「作法」に慣れてないオメエが悪いんだよ、と言われるでしょうが。
きょう一日の楽しさも、いやこの一年のてごたえも、すべてを「冷やかし」されたような気分で、もうめっちゃブチコワシ。

来年も一年、民放は見ない人に徹することを今日は心に誓いました。
もっとも今年までもそれだったからこそ、これまで毎年、毎日、ほんと充実してましたから。
さあ〜年末年始もテレビを消して、充実の日々を過ごすぞ〜

2006年12月28日(木)
御用納めではありますが

10時役所に来客、相談事の対応。それから正午まで、庁舎内をあちこち。
クレーム処理に赴くのはほんとに足取りが重いです。
現場のナマナマしい声が私らには届きますからね。
オニのクビ取ったみたいに行っているのではありません。
50歳代ともなると、これまでの「やり方」を転換しようという気にはならないものなのでしょうか。

午後帰宅。それから深夜の現在まで、ようやく「うちだ新聞」31号がとりあえずの完成を見ました。

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2006年12月27日(水)
JA集荷場を見学

9時集合、杉尾、松浦両議員を先頭に、善通寺にある仲多度営農センターなどを見学させてもらいました。
レタスや青ねぎが手際よい作業で出荷される姿になっていくのを見ました。
その後作付け面積や人数、収益などについて細かく説明をいただきました。

午後から帰宅。ひるよる、ひたすら新聞づくりの作業をやっております。

2006年12月26日(火)
新聞づくりです

あさひる、自宅にてうちだ新聞31号の制作。
元旦に間に合わせたいものです。

2006年12月25日(月)
お城まつり協賛会役員会

午前、磯永秀雄童話集「おんのろ物語」に着手。
家を空けられないという事情があり、かかってきた相談事を電話で処理したりしました。
13時半、市役所の会議室で表題の会合。今年のまつりの決算、反省点を踏まえ、来年のまつりの充実へ、私も一員としてさまざま提言も行いました。
来年で58回という伝統のまつり。それだけにマンネリや、市の財政難からの規模縮小との戦い。
その中で「市民の力」を発揮するということで、私の常の主張とマッチします。
そのほか、先日亀山公園が全国の公園100選に入ったことともあいまって、城をどう生かすか、公園としての魅力をどう出すか、そして資料館の有機的な活用、さらにミモカの連携などについて、提言しておきました。
結果、文化課や生涯学習、また生活課が、商工観光課と緊密にリンクするのでなければ、目新しさは出ない、というのが私の結論です。

終了後も市役所にいて、相談事に課を訪れたり電話で問い合わせをしたりしつつ、朝の「おんのろ」を読了しました。
「文明とは、けむりに滅ぼされるいのちであってよいものか」p.279「お手玉バクダン」より
氏の社会正義観が盛り込まれたもの、河童の描写が愛らしいもの、鬼が走るすさまじさに感嘆したもの、などなど多彩。
先日のはぐるま座「天狗の火あぶり」も収録されていました。

「桃太郎」という作品では例の桃太郎がどのようにしてあの立派な桃太郎になったのか、が描かれます。
そこに列挙される能力、
@木から木へ飛び移る術
Aしばられた縄をほどく術
B足音を立てずに走る術
C遠いところに落ちる物音を聞き分ける術
D一目見ただけでたくさんのものをいっぺんで覚えてしまう術

これらは、
@課から課へスピーディに役所を駆け回る術
A理事者答弁の呪縛から自分の主張を実現する術
B犬にほえられないでうちだ新聞を配る術
C市民の嘆きが聞き分けられる術
Dたくさんの市民の声を聞く術
ということで、私もぜひおじいさんに訓練を受けたいものです。

夜は、年内に何とか区切りを、と、HPの準備と出張復命に精出しています。
桃太郎がうらやましい。

2006年12月24日(日)
北の零年

午前は読書。
池田大作著、「忘れ得ぬ同志」。昭和57年刊。
創価学会は昭和5年に創立。草創期を築かれた先輩たちの戦いぶりを描いた回想録。
厳粛な気持ちで読了しました。

午後、創価学会丸亀文化会館が新浜町に竣工。きょうはその完成式典の前日。地元近隣の皆様に内覧してしていただく催しに、私も参加させていただきました。
その完成を喜び、丸亀の草創を開いた同志の方々の喜びの表情に、午前の読書と思い合わせ、厳粛な気持ちでした。

夕方から訪問・対話活動。
世間ではクリスマス・イブですが、この夜も、ひとりで過ごしておられる高齢者の方などを訪問。
これまたしみじみとあいさつさせていただきました。

帰宅して、夜はテレビで映画「北の零年」を観ました。
淡路の国を追われ、北海道の新天地を目指し、そして夢に裏切られ、時代に翻弄されながら、それでも生き抜いた人々を描く大作。
これまたまんじりともせずに、ひたひたと感動にひたりました。

血のにじむ人々の労苦ありての今日。
主演、吉永小百合さんが最後のコマで、また鍬を握り、大地に打ち込むシーン。
あのように、私もまた微力の限り、耕す作業を続けてまいりたい。

2006年12月23日(土)
出張レポート書き、ほか

午前在宅、新聞スクラップなど。
午後市役所に行き、自室で出張レポートを書きました。
夕方から訪問対話活動。相談事あり。20時終了。
帰宅してレポートの続きを書いています。

2006年12月22日(金)
宣伝カーに乗りました

午前、HPの更新をしました。
午後から党の宣伝カーで高松方面を走りました。
夜は坂出にて、坂出市役所吹奏楽団の忘年会。
おみやげに市役所名物「飲酒運転絶対しないで」レッドカードをもらってきました。
きょうあたり、忘年会のピークなのでしょう。にぎわっていました。
ついでに、坂出駅北口の広場のイルミネーションは立派。
丸亀でもかつて議会で提案された議員がおられましたが、その後もさみしい駅前です。
駅前を電飾したところで・・・というところまで、冷え込んでいるということでしょうか。
そういう声すら、私は聞きませんね。
さみしいことかもしれません。

2006年12月21日(木)
都市経済委員会協議会ほか

9時半から都市経済委員会協議会。
都市計画マスタープランの素案につき、説明と質疑。

私の、マスタープランとか総合計画とかいったいわゆる「グランドデザイン」で、いま最も心すべきと思うことは「市民が主役、市民のためのもの」という視点。
「つまり、市民にやらせる、ということだ」と、市民の方は感じ取られるかも知れません。
私は、市民にご登場願う、その舞台をしつらえることこそが、今、市役所がなさねばならない最大の仕事と思っています。
こうした観点も含め、8点にわたり、質問や提言をさせていただきました。
役所側の対応はまことに誠実で前向きなものでした。

午後から講演会へのお招きがあり、聴講。あとは市民相談の対応で県、市の窓口をあちこち。

夜はアイレックスで劇団はぐるま座公演「天狗の火あぶり」を観ました。
このことはこのあと私の「ちゃりんこ」のページに書くつもりにしています。

2006年12月20日(水)
党の会合でした

10時、13時半、19時半、3会場で党の会合でした。
12月議会の報告をしました。

2006年12月19日(火)
12月議会が閉会

10時から本会議。
さまざま、反対討論や原案への修正案なども出され、にぎわいました。
内容はともかく、こうして議会がにぎやかになること、そして市民の皆様が関心を持ってくださることを喜びたいと思います。
正午過ぎ、閉会。
13時からは全員協議会。恒例の、外部監査委員による監査の報告(最終ではない)が行われました。
15時終了、その後議会だより編集委員会。
その後も市役所にいて、他の議員さんたちとの情報交換でにぎわいました。

夜は議会の忘年会でした。

外部監査は公認会計士を中心に弁護士、大学教授など5人で構成され、きょうは会計士さんからの報告と質疑。
これの正式版が発表されるのは次の3月議会。
200ページにも及ぶ膨大な報告書がいただけるそうです。
ここでは概要報告なのでコメントを差し控えます。
これがさらに市政に反映されることを願っております。

2006年12月18日(月)
対話訪問ほか

10時、相談事で訪問。
13時から会葬。
続いて市役所へ、相談事の対応で出かけました。

17時から対話活動。

いよいよ師走、という雰囲気が一番出ているは、やはり郵便局でしたね。
すごいことになってます。

夜は10月に行ったミモカ美術館探訪のレポートをHPに載せようと、その準備を進めています。
ただ、ミモカ側に内容チェックをお願いするため、掲載はまだしばらく後になります。
ついつい、凝ったものにしてしまうので・・・、時間を要しています。

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2006年12月17日(日)
無事演奏会終わる

9時集合、最後のリハーサル。
午後から本番、無事終了しました。
ご来場の皆様、まことにありがとうございました。

夜は片付けの後、打ち上げをやりました。
それで、これを書いているのは翌日です。
遅くなりました。
写真はさっそく、私の友人がメールで送ってくださったもの。
ありがとうございます。

2006年12月16日(土)
明日はいよいよ本番です

午前、党の議員の会合で高松へ。
仕事かばんの中から、一昨日探していた書類が見つかりました(感涙)。

そこで午後からは自宅にて、その書類を使った仕事をしました。

夜は市民会館でリハーサル。22時まで。

pp(ピアニッシモ)で叩く大太鼓。
夏みかんくらいの大きさがあるソフトなヘッドのマレット(撥のこと)で、太鼓の皮をさするように叩きます。
それが他の楽器の音色にあわさって、何ともいえないです。
打楽器は、人間の感情の種類だけ、音色があると思います。
明日はいよいよ本番。皆さんどうか、そんな奏者の心も感じとりに、演奏会に来てください。

2006年12月15日(金)
コンサート間近

午前、「磯永秀雄の世界」を読了。
13日に公演が行われた劇団はぐるま座の演目、「天狗の火あぶり」の原作者。
今回、ふとしたことからこの演劇集団とお近づきになり、この本に接しました。
そのことは近々、「ちゃりんこ」のページに書くつもりです。

午後は市役所にて、相談事の対応で各課まわり。
懇切な対応、ありがとうございます。

夜は市民吹奏楽団の練習。
今日は夕方から、練習場から市民会館へ楽器運び。
それからステージで練習でした。
今日初めて、ステージ第2部クラシックの部で演奏する「惑星」、その私の出番が完璧にやれました。
本番はあさって日曜日、午後2時からです。
皆さんぜひおいでください。

2006年12月14日(木)
大整理

午前、丸亀養護学校PTAの役員会。

午後から。ここからが面目ありません(涙)・・・

次の仕事にかかるにあたり、書類が見つからないのです。
午後からは徹底的に書類探しモード。
きのうノートをしたばかりの「トヨタ式カイゼン」の本の、「書類を探すムダ」という言葉が脳裏によぎりつつ・・・。
おかげて部屋中、モノはあふれていますが書類の整理が、年末にふさわしく、すっかりできてしまいました。
で、夜になって市役所の自分の部屋まで、一縷の望みを託し、探しに出かけましたが、やはり、ありません。

しかたありません。
別の用事からすませましょう。
自分なりの整理術を誇っているつもりなんですが、もう全く、面目なし、でした。

2006年12月13日(水)
さまざまな片付けにいそしむ

9時来客。それから「君を守りたい」「トヨタ式カイゼン」の本のノートを作る作業。
コンサートで撮った写真をCDに焼きつけ、上記の本の返却やCDお届けをしながら15時相談事で訪問。16時頼まれごとで現地(笑)。
それから役所にもどり「公職研」のノート。
こうしてさまざま、片付けごとが進みました。
夜は地域の忘年会に参加しました。

2006年12月12日(火)
2冊の本を読みました

議会では委員会が開催されていましたがそちらを傍聴せず。
読みかけの「首長と職員で進める『行政経営改革』」(淡路富男著)を読みました。
午後からは党の宣伝カーに乗る予定だったところ、議会中なので「今日は乗らないでよろしい」の指示をいただきましたので超ラッキー。
6時間というすごい時間をゲットでき、一気にこの本を読了、そのイキオイで読みかけの、公職研12月号も片付けました。
今年は1週1冊の読書目標にこれで追いつき、あと3冊で目標達成。達成感にあふれております。

夜は支援団体の会合に出席しました。

2006年12月11日(月)
議会は委員会へ

今日と明日の午前午後で、4つの常任委員会が開催されます。
今朝は私の所属する都市経済委員会。
11時の会葬をはさみ、午後からは教育民生委員会。後方の座席で傍聴。
その途中に来客あり。
15時半終了のあと18時近くまで控え室を出入り。
先日のアグネス・チャンの講演会メモを文書にまとめました。
これを少しでも多くの方に読んでいただきたい思いですが、ここに紹介するわけにもいきません。
夕食のあと「市民との対話」運動を20時すぎまで。赤裸々なる、市民の声が聞こえてきます。

2006年12月10日(日)
「市民の声きく2007」

10月くらいから構想していたことですが、支持者の皆さんに4年に一度、選挙の時しかお会いしないというのはナサケナイ、と思い、このほど皆さんのところに伺ってお声を聴く活動を始めることにしました。
題して「市民の声きく2007」〜訪問・対話運動〜。
そこで私は一枚のチラシを準備。
おもて面には最近の活動を報告。内容は月がわり。うら面は私へ、ご意見を書いて送ることができるような書式に。
おととい完成させ、いよいよ今日の午後から、訪問を始めました。
これからもこのコーナーに「対話活動」と表現するのが、このシリーズと思ってください。
きょうもさっそく、税金のこと、市職員の行動についてご意見をいただきました。

夜は支援団体の会合に出席しました。

2006年12月9日(土)
「市民の声きく2007」

午前、HPの更新。
午後、党関係の書類づくり、印刷。
夜は吹奏楽団の練習でした。

2006年12月8日(金)
国家が滅びる時

一般質問、今日が4日目、最終日。各日4人、計16人の議員が質問に立ちました。
15時閉会。

18時まで市役所を出たり入ったり。読み溜めた資料に目を通したり、まなびらんどで開催されている写真展に伺ったりしました。
そのあとJRで高松サンポートへ。
「瀬戸内海塾」という講演会。「国家が滅びる時」と題して月尾嘉男塾長が講演。
過去に滅びた国家を実例に、それが今の日本とどれほど酷似しているか、という論説。
国民が子孫を増やさない、挑戦の意欲がない、森林を伐採し、食物の自給率が下がる、文化芸術を軽んじる、母国語を大切にしない・・・などなど、いまの日本にあてはまることが論述され、なるほどと戦慄しました。

学校の歴史の時間に習った「単語」がたくさん出てきました。
ポエニ戦争とかハンニバルとかトロイの木馬とか。
あんなの習っても何にも役立たないように思ってましたが、こういうふうに世界史を「再編」されて示されてみると、なるほど初めて聞く言葉でないだけに、理解は進むものだなあと思いました。

こういう初歩的な感動から、講演の本論である国家を憂える深い論説まで、強いインパクトのある講演会でありました。
勉強は楽しくありがたく、そしてそれを生かすことはさらに楽しみです。
世界史に学ぶという豊かな経験をさせてもらいました。
議会での登壇は昨日、終わったばかりですが、活動の中で、政策立案の中で、これを生かしていかねばなりません。

2006年12月7日(木)
一般質問で登壇

10時から本会議。本日3番手の私は、ちょうど13時、昼一番の登壇となりました。
@市民を支援し市民に助けられる、ということについて
A副市長制と、部長制の廃止について
この2点を質問しました。
報告はまた、後日くわしくさせていただきます。
15時頃に本日の会議は終了。
17時まで在控え室。新聞の溜め読み、整理をしました。

19時からお通夜。

夜は公職研の読書をしました。

2006年12月6日(水)
一般質問2日目

きょうも4人の議員が登壇。
きょうは農業問題がメインテーマとなりました。

内外の打ち合わせ、相談ごとなどで出たり入ったり。
18時半まで役所におりまして、19時、支援者の会合、
同時刻に始まっていた飯山北コミュニティセンターでの自主防災会議の講演会に遅れて参加し、帰宅しました。

明日はわたくしの登壇があります。
「心の準備」をしております。

2006年12月5日(火)
一般質問初日

10時より本会議。4人の議員が登壇。
質問項目の中に4人の議員が皆さん、「いじめ」について触れていました。
今日の会議が終了したのを見計らい、来客あり、市民活動について懇談。
17時まで役所におり、他の会派の議員さんとさまざまに意見交換しました。

けさから、不覚にも風邪気味でして、夜は在宅。HP更新や出張報告の資料整理などしていますが、きょうは早く休ませていただきます。22時半。

2006年12月4日(月)
議案質疑

10時に本会議開会。今日は議案質疑の日でした。
6人の議員が登壇。16時に閉会。
16時、少しお待たせして約束の来客が自宅に。
19時、相談事で訪問。2時間に渡り、さまざま意見交換しました。

2006年12月3日(日)
駅前清掃ほか

9時から駅前清掃。ご参加の皆さんありがとうございました。
11時、ひまわりセンターでの福祉ママのチャリティバザーにお邪魔。
12時、市民会館で障害者のふれあいまつりへ。
14時、まなびらんどで開催している画展へ。
15時、アイレックスで行われている合唱コンサートにかけつけ。
17時、そのまま高松へ。招待されていた展示会に。
19時、丸亀に帰り、お約束していた訪問。
20時半、喫茶店にて、相談事を受けました。

2006年12月2日(土)
宣伝カーに乗る

朝、二つの葬儀に参列。
午後から党の宣伝カーで県内。大変な雷雨でした。
夜、吹奏楽団へ練習に。
帰宅後、「公職研」12月号を半分方、読みました。

2006年12月1日(金)
12月議会始まる

10時から議会開会。
12月議会の提出議案上程の前に、決算委員会の報告がなされ、了承。
それから上程議案の説明があり、正午すぎに終了。
13時から全員協議会。数点にわたり理事者から説明事項。15時に終了。
そして一般質問の通告書を提出しました。

そのあと帰宅し、溜めた書類や新聞に目を通し、夜は剣道「一心会」の忘年会でした。

2006年11月30日(木)
質問原稿を書く

8時50分、市長室へ。「市長に望む」政策提言第8弾を提出しました。内容はあさってになると思いますが、HPにアップします。
その後郵便局へ。「うちだ新聞」郵送分を無事完了。
それから帰宅し、いよいよ「一般質問」の原稿モードへ。
といっても、午後3時までは「トヨタのカイゼン」という本を読みました。
3時、役所で正副議長、正副都市経済委員長の打ち合わせ。
終わって早々に帰宅し、さきほどの続き。
といっても、また別の、質問に登場する「行政経営改革」という本を読み始め、結局原稿を書き始めたのは夜の9時。
今できあがり、時刻は3時半です。
健康によくないことですが、原稿書きはなんといっても、夜中!です。

2006年11月29日(水)
党総支部大会を開催

「市長に望む」政策提言の最終校正、うちだ新聞郵送の作業をしながら、夜の会合のための原稿準備などをしました。
夜は市民会館で、党の総支部大会を開催しました。

2006年11月28日(火)
うちだ新聞配布完了

あさ10時半から公明新聞の取材。
終了後も庁内にあり、議員と情報交換など、議会前ならではの雰囲気。
午後から新聞、クルマでの配送分を完了。
いったん役所にもどり、昨晩の「市長に望む」の添付書類など整備。
6時になっても居残る議員と、意見交換もありました。そして「公職研」11月号のノート取り。
夜となり、これから郵送分のこしらえをします。

2006年11月27日(月)
市長に望む

9時半、相談事で訪問。
11時会葬。
13時役所に来客。以降18時過ぎまで、議会棟をあちこちし、次の会議の資料ホッチキス閉じ、他の議員さんたちと意見交換、情報のやりとり。
帰宅して電話で相談事。
「市長に望む」政策提言の必要を感じ、カメノ議員と電話で協議。その後すぐ書き始め、0時に原案完了。
メールにて原稿チェック依頼が親友から来ましたのでこれに懇切にお答えし、2時半となりました。

2006年11月26日(日)
うちだ新聞郵送準備ほか

午前と夜、新聞の郵送準備をしました。
昼間は、支援団体の会合に参加しました。
「公職研」を勉強し、なかなか11月号を読み終えられませんが、憲法における「人権」、行政法における行政行為などを勉強しました。

2006年11月25日(土)
ミモカツアーで直島へ

ミモカの会員制度、「ミモカフレンド」への入会を、皆さんにおすすめします。
なかなか訪れるきっかけがなかった直島へ、しかもツアーのキャンセル待ちが実り、行くことができました。
早朝、ミモカからバスは出発、高松からバスごとフェリーに乗り、直島に上陸。
午前は地中美術館を見学。海辺を眺めるベネッセのテラスで昼食をいただき、午後は現在開催中の「直島スタンダード2」の展示を、直島島内全員を走って見学しました。
夜7時に帰宅しました。

わたしたちの方言のニュアンスで、一言で感想を言いますと「変わっとるわあ〜」。
一日中、こういうものに触れますと、なんだか「変わっている」ものが「クセ」になりそうな心地です。
ミモカでも展覧会をしたことのある草間彌生さん、先日の須田悦弘さんの作品もあり、してみると最初の出会いの「びっくり」を次第に超えていったところに、じわじわと「よさ」がわかってくるもののようですね。
ともかく「びっくり」の連続でした。
ついでに、町役場、郵便局の建物からが「変わっとる」。
「視野が広がる」というと月並みですが、自分の知らない世界に触れて、なんだか幸福な気持ちになります。

地中美術館でモネ作品の来年の日めくりカレンダーを買って帰りました。
もったいなくて毎日破れませんんよね(笑)
めくるだけになりそうです。

2006年11月24日(金)
新聞お配りほぼ終了

商店街でははやクリスマスソングが流れていました。
お菓子屋さんにはケーキ、あちこちでクリスマスの飾り付けに出会いました。
呉服屋さんではもう猪の、新年の飾りも見かけました。
自転車でお配りする範囲を、うちだ新聞を配って今日、終了。これが第30号。
あと、会社企業を残すばかりとなりました。

午後3時までお配り。それから夜の、党の「政経文化パーティ」を目指して高松に向かいました。
ご参加の皆様に厚くお礼申し上げます。

われらも地域で頑張ります。
市民の皆様に議員の活動を報告し続け、そしてまた明日の市政を動かしていきます。
ご愛読の皆様の励ましの声で、また頑張っていくことができます。

2006年11月23日(木)
無言館講演会に感銘
きょうはお待ちかね、ミモカ誕生15周年のイベントの日。
昼前から出かけ、2階の猪熊作品のあと無言館の展示を鑑賞。
2時からはミュージアムホールでの講演会。
無言館に展示された戦没画学生の作品を全国を歩いて遺族から借りた当人、画家で同館顧問、野見山暁治先生の感動きわまるお話を聞けました。
感極まって、聴講者の多くが再び、3階に戻り、もう一度それらの作品をしみじみと眺めたことでした。

それにしてもまあ、きょうは全館無料の日。
私はこれまでに、こんなに賑わうミモカを見たことがありません。
無言館の部屋は、私がバードウオッチングの要領で数えただけでも、250人は数えることができました。
講演会はもちろん満席。どころか、20分前に並んだ私も通路のフロアにベタ座りでかろうじて入場できたという状況。

夕方4時半から約束の相談事の来客。2時間。
そのあと夕食の席で、きょうの感動を父母に語りました。
思えば戦没画学生は私の父母よりも年上。
ひっそりと遺されたそれらの作品や、それにまつわる、先生が話された数々のエピソードに、襟をただして向かい合った、
そんな感動の一日でした。
2006年11月22日(水)
議案が発送される

10時に約束の方が相談に来庁。11時、次の来客。12時会葬。亀野議員とうどんを食べながら打ち合わせするもうどん屋さんでは話が終わらず、一旦役所へ。
12月議会まで1週間となり、今日は議案が議員に発送される日。役所で受け取りました。
役所に帰ったが最後、次々と他の議員との情報交換、個々の協議事項あり。
夕刻まで相談事の対応、夕刻に相談事で訪問、電気屋さんなど回って帰宅しました。
それから就寝時刻まで「きょうは一仕事できるぞ」と思っていたのに、スクラップの溜め読みなどしているうちに、深夜が来てしまいます。

2006年11月21日(火)
新聞お配りほか

12月も近づき、うちだ新聞30号配布も大詰め。
自転車でそのまま15時、市役所に。ちょうど生活環境委員会が終わったところで、他の議員、職員らと意見交換。昨日うけたまわった相談事の対応など。
夕刻帰宅し、党会合の書類の印刷などの作業をしました。
配布の締めくくりは、どうしてもお届けできなかった親しい友人などへの郵送作業です。
差出人のハンコつき、あて先ラベル印刷、紙折り、糊付けなどの作業がこれから始まります。

2006年11月20日(月)
新聞お配りその他

相談事、新聞お配り、そして相談事。
夜は支援団体の会合に出席。
新聞お配りをしながらたくさんの市民の皆さんと話ができます。
会合でも、たくさんの相談事や提言をいただきます。
ひとつひとつ、個別の相談事に応じながら、一方で市政全体を動かしていく、それはまるで天体の自転と公転かなあと思います。
お城の樹木、大手前高校の樹木が色づいて、美しい街路を作り出しています。
私も少しずつ、円熟味を出したいものだと思います。

2006年11月19日(日)
拉致問題と日本外交講演会

午後から市民会館で、知り合いのグループによる映画上映会があり、私は映写担当でお手伝いしました。
「私、負けない」という作品。感動的でありました。
続いて市内ホテルにて、早稲田大学建学125周年を記念した講演会、チラシで案内をいただきましたのでちょうど間に合い、参加しました。
拉致問題と日本外交、とのタイトルで、同大学重村智計教授の講演。
専門の分野から、常日頃、一般のマスコミ報道、評論家の弁では入手できない情報をいただき、ありがたかったです。

2006年11月18日(土)
党の仕事

あさ10時から高松の党県本部で会合。
市内に戻って相談事の対応などしながら帰宅すると、雨が降り始めました。
残念ながら新聞お配りは中止、内勤をしました。
「支部会」ニュースというものを作り、印刷し、宛名書きをし、また今月末の党の会合の書類の印刷もしました。
夕食を終え、これから楽団の練習に行ってきます。

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2006年11月17日(金)
広域議会ほか

9時半から広域行政事務組合議会。
11時会葬。
12時半集合、杉尾、松浦両議員主催による議員の農業研究会「あぜみち会」で仲多度農協共同カントリーエレベーター、三条町のアスパラガス農家を視察。
15時帰着後、生涯学習センターのグループリバー絵画展ほかを鑑賞。
16時から庁内、市民相談の対応で各課。
17時から19時まで市内、相談事の対応で訪問など。
動けばそれだけ前に進む。大いなる手ごたえを感じた一日でありました。
地面から生えているアスパラガスをもぎってむしゃむしゃいただきました。絶品でした。ご協力ありがとうございました。

2006年11月16日(木)
都市経済委員会勉強会

9時半からこの勉強会。終わって約束の来客と要望書を提出に行き、午後からはコミュニティ、連合自治会長さんとの懇談。
3時半からうちだ新聞をお配り。5時半ともなるととっぷりと日が暮れて夜になりますね。
帰宅を急ぐ車で慌しい気持ちになります。
夜は自宅で書類の整理をしています。
これから、依頼されたPTA関連の原稿を書くつもりです。

2006年11月15日(水)
コミュニティ会長との懇談

午前午後、コミュニティ会長、自治会長のお宅に伺い、懇談をさせていただきました。
これでほぼ、すべてのコミュニティにお邪魔することができました。
これぞまさしく現場の声。
快く時間を割いてくださった会長の皆様にあらためて御礼申し上げます。
さてここからは議員たる私の仕事。
会長の皆様からいただいた熱い声を、せいいっぱい、限られた質問時間の中で訴えてまいります。
承ったことをそのまんま伝えるのでは意味がない。
わたしとして考え抜き、提言の形にまとめます。

2006年11月14日(火)
新聞お配りほか

空模様を気にしながら、新聞をお配りしました。
その合間に相談事、雨がぱらついて来たので昼食に一旦帰宅しますとうまいぐあいに来客、出張復命書のための書類や写真整理。
必要書類が役所の部屋にあるので、夜は市役所にでかけました。

2006年11月13日(月)
アグネス・チャン講演会

午前、出張報告書の準備など。

午後からアグネス・チャンの講演会。市民会館大ホールは満員。
私のHPの更新、きょうまでずるずる持ち越していてよかったです。今日、一気に更新しました。
もちろん、きょうの講演会のことを書きました。

アグネスの公式ホームページにダイアリーがあり、そこに今日の丸亀での講演のことがさっそく出ています。
こんなことまで調べるくらいですから、私、本日はアグネスの講演会にとことん、満足したのですね。

夜は支援団体の会合。
帰宅してからようやく、HP更新を完成させました、ふう。

2006年11月12日(日)
元職場OB会で研修旅行

年に一度、ご案内いただきますこの企画、今年は参加させていただきました。
宮島と、呉の大和ミュージアムを訪問。
観光地というところには、人がいるもんだなあと感心。

市役所を退職して8年。まだまだOB会では私など若いほう(あたりまえ)ですが、現役時代に大変お世話になった親しい顔顔。
そして92歳の大先輩まで、元気に参加しておられました。

バス道中の長い旅行でしたが、車中もなつかしい話が途切れず、また坂出と丸亀を比べての話題など、話に花が咲きました。
OBで行く旅行での話題は、さしずめ「紅葉のような」色合いと申しましょうか。お元気でまた再会したいものです。

2006年11月11日(土)
コミュニティ会長さんと懇談

朝、自宅にて出張報告書の準備など。
午後からコミュニティ会長さんを訪問、夕刻まで、有意義なご意見を聴く時間でした。
夕刻、同行の亀野議員と党のことで打ち合わせ。
夜は市民吹奏楽団の練習でした。

2006年11月10日(金)
総務委員会勉強会傍聴ほか

9時半から全員協議会、コミュニティ会長との懇談シリーズを経て、午後は総務委員会勉強会を傍聴。
あさ1件、ひる2件の説明を受けました。3つとも、「昨年度と比較してどうなの?」と聞くものでない、新しいことばかりなのが共通点でした。
次から次への新機軸が。
役所職員も勉強が大変でしょうし、私たち議員も必死で勉強。職員は一点に通暁していなければならないし、議員は全方位です。
ともかく勉強です。

夜はHP更新の下準備など行いました。

2006年11月9日(木)
本来業務に戻る

午前、出張で持ち帰った書類の整理、たまった新聞読み。
午後から党の活動、お見舞い、相談事、そしてコミュニティ会長との懇談などで走り、帰宅21時でした。

2006年11月8日(水)
九州方面視察

6日から広域行政事務組合で視察。
日田広域消防、
由布市の合併後のまちづくりと近隣市町で行っている広域窓口サービス、
そして大分県が取り組んでいる、合併で振興が沈滞するおそれのある町村に対するまちおこしの施策、
以上3つの視察を行い、今日帰ってきました。
まちづくりやまちの活性化は、市民に任せていても成功しない、さりとて行政主導でも成功しない。
ここに行政の知恵のしぼりどころがあり、これに乗り遅れたら市民が不幸である。
このことをいつもながら、視察に行って強く知らされます。

詳しい報告はこのHPの「視察レポート」に掲げます。

2006年11月5日(日)
妻の「青年の船」同窓会

今から27年前なんですが、独身時代に、妻が「青年の船」というのに参加したそうです。
55日間、船で世界各国を巡り、寝食を共にしたメンバーの団結は固く、今も同窓会が続いています。
昨日、今日の1泊2日、今年は別府で開催ということで、私も長女といっしょに同行させてもらいました。

八幡浜にフェリーで渡って高速を走り、さきほど帰宅しました。

さて、明日から出張ですので、また2日間、お休みさせていただきます。

2006年11月3日(金)
ボランティアフェスティバル

午前は自宅で何やかや、書類新聞の整理をしました。
午後からひまわりセンターでのボランティアフェスティバルに行きました。
雲ひとつない秋空、冷房すらほしくなるほどの陽気。お城は菊花展などで大賑わい、まなびらんども文化祭で大変な人出。市役所に車を入れようとすると、意外なことにここまでもが臨時駐車場に。きょう一日の賑わいのほどがわかります。
ボランティアフェスティバルも関係者によると子どものために準備した風船も全く不足。昨年度をはるかに上回る、今日の催しだったそうです。
普段は社長さんもタオルはちまきをして活躍し、先日お会いしたコミュニティ会長も本格的な衣装で奇術のステージ。

このあと私は一連の、コミュニティ会長、自治会長との懇談に伺いましたが、この会長ともフェスティバルが終わってからのアポ。お疲れでないのか、気遣いました。

こうしたイベントを支えるのがボランティアなら、これらの人々はイベントならずとも、平常毎日がボランティアのはず。
このことを重く見て、役所がさらにこれに甘えず、配慮をおこたりなくすべきだと思います。

新聞データの整理などで7時まで控え室で仕事をしました。

さて、明日は旅行のため、一日お休みさせていただきます。

2006年11月2日(木)
国体同窓会ほか

あさ9時から相談事来客、午後からは新聞お配りを夕刻まで。
夜は恒例、平成5年に開催された東四国国体で坂出市実行委員会事務局スタッフだった市職員の皆さんと、今年13回目となる同窓の集いを開催しました。

夕方、自宅から市役所に向かう途上、お城の南沿い、マンション前に、かねて念願の横断歩道が真っ白に完成されていました。

2006年11月1日(水)
新聞お配りほか

あさ、コミュニティ会長さんとの懇談。
午後から17時過ぎまでうちだ新聞をお配り。
18時相談事、19時党の議員の会合でした。

2006年10月31日(火)
コミュニティ会長さんの声を聴く

午前、会長さんにアポ取りの電話をしましたら「すぐ来れる?」との返事。
会葬をはさみ、何人かの会長さんに時間を取っていただき、懇談させていただきました。

夜はコミュニティセンターでの会合。

これらの集大成は、12月議会の質問で行うつもりです。

2006年10月30日(月)
コミュニティ会長と語る、など

あさ、出張期間の新聞溜め読み、写真の整理など。
正午会葬、続いて弔問、午後からはコミュニティ会長と語るシリーズを展開したほか、相談事で市内各所。
16時、全日本中学陸上の実行委員会、締めくくりとなる総会に出席。このことは「市役所の星」に書きます。

17時、相談事で人と会う。19時、コミュニティ会長と語る、の続き。
用事を済ませつつ、22時帰宅しました。

2006年10月29日(日)
城西まつりほか

曇天で、開催が心配された城西まつり。
9時半には花火の音がして、開催を告げていました。
ほかの用事を済ませて10時すぎに参加。盛り上がっていました。

きょうは同時刻、市民ひろばでも「シャトーライブコンサート」という行事が開催されており、そちらにもお邪魔しながら、楽しませていただきました。

16時からお約束の相談事の来客、夜は支援団体の会合に出席しました。

2006年10月28日(土)
自治体経営学会の研修会に参加

毎年開催され、今年は長野県茅野市で行われた表記の研修会に参加、せっかくですのでお隣岡谷市が制定した「市民総参加のまちづくり基本条例」とその取り組みについて視察してきました。
詳細は後日、レポートにまとめ、HPに掲載させていただきます。
古くから公民館活動が活発であった茅野市。その市民病院に東京から赴任してきた院長先生が、その市民運動との連携で、今ではどこでも行われている介護サービスというものをボランティアで、日本で初めて行った、そこから今や茅野市は市民活動の大変な先進地に。
その模様を現在は同病院の名誉院長をされているその先生と、これまたぜひ、くわしい後日のレポートを読んでいただきたい、活発な市長との対談という形式で勉強することができました。
また、例の、「教育委員会廃止論」の穂坂氏の講演も聴くことができました。

2006年10月25日(水)
党支部会そのほかで市内一円

月に一日、党の支部会という会合があり、朝、昼、夜の3会場を走りました。
中間、昼前には役所で相談事の処理、午後3時からは猪熊美術館にお邪魔し、これからの美術館振興策について意見交換をさせてもらいました。
小橋議員、松永議員と同行。ありがとうございました。
その内容は、後日、美術館の了承をいただいたうえで、このHPにも紹介するつもりです。
21時帰宅後相談事の電話で22時まで。

さて明日から長野に出張させていただきます。
2日間このコーナーをお休みさせていただきます。

2006年10月24日(火)
ここから先は市の仕事

午前、相談事の対応に追われました。

午後からうちだ新聞を配って自転車で市内。
あいさつを交わせば、いろいろな市民の皆さんの声を聞けます。
「あそこで工事をしている。結果豪雨のときにこちらに水が流れてくる。それを県に言うと『ここから先は市の仕事』と言われた」と。
水に色がついているのか。
国、県、市で権限や役割分担があることは言われなくても知っている。
が、こんな発言をする県職員には、治水の技能などないのだ。人間を相手にするハートもない。どこから給料をもらっているかの自覚もない。
市民の声を聴いてくれる市役所を作るために、私は力を注いでまいりたい。
二言目には「予算がない」と言われるが、口のききかたに、少なくとも予算措置は要らないのですから。

夜は自宅にて「教育委員会廃止論」という本を読んでいます。

2006年10月23日(月)
コミュニティ会長との懇談

午前から午後、会葬が3つ続きました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

午後からコミュニティ会長との懇談をスタート。これから11月いっぱいまで、市内すべてのコミュニティ、連合自治会会長に同僚亀野議員といっしょに懇談をお願いし、問題点や市への要望などをお聴きしようという企画です。

夜は在宅。ただいまホームページの更新作業中です。

2006年10月22日(日)
丸養まつりにぎわう

娘は高3。これが最後の丸養まつり。
午前8時半集合、うどん、コーヒー、フランクフルトのバザーと、不用品を集めてのバザー。私は締めくくりまで、後のほうの担当をしました。
城西高校バトンチームや丸亀高校吹奏楽部からの出演もあり、体育館は賑わっていたようでしたが、私どもはひたすらバザーのコーナーで。
障害者たちがそれぞれ住んでいる地元でお世話になる時代となりました。私たち障害者の親たちも地域の皆さんの活動と同化し、地域のために貢献していくことが求められていることを、いま私も懸命に訴えています。
どうかよろしくお願いいたします。
ともあれ今日は、秋空の下、無事故でまつりが開催されました。
バザーへの売り上げ、ご協力ありがとうございました。

終了午後3時。夕刻まで党の印刷、次の会合の準備など。
夕食後また関連の仕事で市内を走り、9時半に帰宅。

2006年10月21日(土)
明日は丸養まつりです

PTAでバザーをやりますので、今朝はその準備で丸亀養護学校へ。
バザー品の値段つけなどはお母さんがたにほぼおまかせ。会長は口出しすると、混乱させるばかりなので。
コーヒーを出してもらったり、結局ジャマという説もあったりして。
後半は先日研修を受けました「バルーンアート」の成果を発揮、みんなでプレイルーム入口を風船の花々できれいに飾りました。
といっても私はほとんど空気入れの係りでしたが。
生徒たちも本番前日、それぞれ準備におおわらわの、盛り上がった気配でした。

午後から党内部の用事がたくさんあり、期限もせまり、たいへんあたふたと日が暮れました。

夜は楽団の練習へ。
帰宅して、やはりまだ、事務をしていますが、ようやく一段落つき、日付が変わろうとしています。

明日は皆さん、丸養まつりにおいでください。お待ちしております。

2006年10月20日(金)
都市経済委員会勉強会

午後から都市経済委員会勉強会。議題は消防庁舎建設について。
入札のようにいちばん安い価格を提示したところが落札するというのでなく、ニーズにあったいちばんいい提案者を採用する「プロポーザル方式」で設計者が決定。
慣れないことですので、委員から多くの質問が出ていました。

さあそのあと、夜9時の帰宅まで、相談事、党の仕事、支援組織の会合への出席などで市内一円をぐるぐる。
11時を過ぎましたが、まだ仕事をしています。

2006年10月19日(木)
議会だより編集委員会

9時半から議会だより編集委員会。
次の「だより」は映画UDONのロケ地が表紙を飾ります。和気藹々のなかにも、少しでも市民のためにというムードの中、委員会を開催しています。
皆様のご意見もお寄せください。
10時半来客、その後会葬あり、党の仕事ありで一日が終わりました。
ここのところ連日、他県から議員の視察が相次いでいます。今日は新宿区議会から。
内容は自治基本条例について、とのこと。現場にいる私どもにとってはまだまだこれから課題も多い条例施行ではありましたが、こうして視察に来てくださるのはありがたい。
こういう交流もきっかけに、丸亀市がいいところを学んでいければありがたいと思います。

夜は支援団体の会合に参加。

2006年10月18日(水)
宣戦布告

うちだ新聞をお配りしました。
近隣を自転車で走るのでなく、行事にあわせて支援者の皆さんのところに、車で市内一円を走りました。
寸暇に車を停め、花や動物たちに元気をもらいます。

それにしても目が離せない北朝鮮。
夜は市PTA連合会の会長会に出席。子どもの安全安心のメール配信システムを採用するかどうかで質疑が交わされていました。
「そんなのは行政が費用を負担すべきだ」とのご意見ももっともでした。
会長は懸命に「自分の子どもは自分で守る」と、訴えておられました。
費用はまことに小額。心が揺れました。
行政が政策としてこれをやれというなら、それも一案。
けれども核爆弾が落ちてくるかもしれないというこの時に、実際、もう少し「自分の身は自分で守る」「地域で連携をとる」という姿勢があってもいいのでは、という意味で、私は会長に賛成です。

それにしても・・・「宣戦布告」とは!
「私は自分のメールアドレスを知られたくない」との市民の声があって、もうずいぶん前から私が提案しているこのメールシステムを議会で発言できなかったのです。
「お隣に回覧板を回すのもめんどくさいから、私は自治会に入らない」、この声も重なります。
台風も地震もコワいけど、核爆弾はもっと強烈です。
PTAという組織の、執行部の皆さんも大変ですが、議論を深めていただきたいと思いました。

なお夕刻、「公職研」04年07月号を数日がかりで読了しました。

2006年10月17日(火)
三木成夫の本

党の仕事で市内各地。市役所を出たり入ったりしてその間来客もあり。
夕刻、約束の来客、その後訪問2件、会合ひとつ。
丸亀市出身の医学者、三木成夫氏の著作「内臓のはたらきと子どものこころ」という本を読了しました。
「人間は何で二本足で立ったのか」「それは遠くを見るためである」との言葉が心に残りました。
胎内で、人間は発生以来の歴史をたどって赤ちゃんとして産まれる、というのは皆さんご存知ですが、そのくわしいプロセスが語られます。
それにしても隣国の未熟度はどうしたことか。
そしてそれを解決できない、われわれの「未熟」。

2006年10月16日(月)
非核三原則堅持の公明党がゆく

9時から正副議長、正副都市経済委員長打ち合わせ。
午前中は相談事の対応、来客、調べごとであっというまにお昼。
午後からは党の仕事で市内一円。各界の有識者と語らうことができ、先週以来、勉強になっています。
夜も控え室にて事務を続けました。

昨日のテレビ番組で自民党中川政調会長が日本の核保有について「前向き」?な発言。
言下に、ウチの斉藤政調会長か「ダメ」と反応したとのこと。
日々、ニュースは転変して過去はすぐに忘れ去られますが、こういう相対化されてはいけないこともあると思います。
夜のニュースでは非核三原則はいささかの変更もない、と正式な見解。
だったらあの発言はナニ? そう問わねばならないのは私たち国民です。
「そんなに与党でいたいんだったら自民党といっしょになれば?」というご意見は、これでもってナンセンスであることがおわかりいただけたことでしょう。
私ども地方議員も、声を大にしてこのことを訴える毎日です。

2006年10月15日(日)
新聞お配り

午後から新聞をお配り。
鐘や太鼓、雅楽の音も聞こえてきて、秋深い好天のもと、お練りがにぎやかに行われていました。

2006年10月14日(土)
党の会合

午後から党の議員の会合があり、高松でした。
朝と夜はそれぞれ新聞整理、「公職研」でバリアフリーのまちづくりの特集など勉強しました。夕方、相談事1件ありました。

2006年10月13日(金)
競艇事業改革について報告を受ける

9時半からの総務委員会協議会を傍聴しました。
今春、外部からの職員を招いた丸亀競艇事業。半年が過ぎ、どんな改革ビジョンであるのか、詳細に説明があり、これまでにない取り組みが行われていることが示されました。
どこをどう倹約するかに終始する緊縮方策にとどまらず、顧客獲得と顧客満足に向けて方向がだされています。
きょうの協議会での説明内容は、議員側には満足の評価が高かったと思います。
その上で、私は委員ではありませんから質問ができない関係で、終了後私からの質問や要望を伝えておきました。

午後からは昨日の続き、党の仕事で歩きました。
また先日来取り掛かっている過去の私の議会での質問や要望事項のとりまとめ作業、第2期の本会議の作業も終わりましたので、明日くらい、HPにアップできると思います。

夜は支援団体の会合あり、また書類を配って市内一円を車で走りました。21時帰宅。

2006年10月12日(木)
党の仕事です

9時30分から17時30分まで、党の関連で市内を走りました。
19時から相談事。帰宅20時でした。
帰宅して自分の仕事を続けています。

2006年10月11日(水)
党の仕事です

公明党議員として、きょうはあちこち仕事で走りました。
午後から市の幹部職員を対象とした行政関連の講演会があり、議員にもご案内いただいていました。残念ながら後半部分しか聴講できませんでした。

控え室に帰り、自分の仕事をしました。
19時すぎまで仕事をして、帰宅し、またその続きをしました。

2006年10月10日(火)
決算審査特別委員会

朝から続いた決算審査特別委員会は夕方5時を過ぎても終わる気配がありません。
今日の審査は教育民生、続いて生活福祉部というボリュームたっぷりの日。後ろで傍聴するのも大変良い勉強になるのですが、ときどき出たり入ったりして自分の用事も進めました。

偶然ですが、先日来少しずつやっている、これまでの私の発言のまとめの作業、ちょうど昨年の、私の委員としての発言をまとめていたところでした。おもしろかったのは、昨年私が述べたのと同じ趣旨の質問が今日、ある議員から発せられていたこと。
質問の趣旨は同じでも答弁者が変わっています。ずいぶん違う表現だったように感じましたが、まあつまり、「検討します」ということ。
質問者にケンカを売るような言い方もいけませんが、やはり毅然として、できないものはできない、いいものは「これでいいんです」と、力強く言ってくれてもかまわないように思う、いや、そうでなくてはならないと思います。
これから議会答弁のあり方について、議会内部でも議論を起こしていこうと思っているところです。

自室に帰り、ひそかに、昨年6月からつい先日の9月の議会での発言までのまとめを終えました。
次のHP更新で、アップさせていただきます。
誰も読んでくれないとは思われますが、自己満足と言われようとも、これは将来に備えての考えからです。
ヒマでやってるのではありません。

2006年10月9日(月)
新聞お配り

終日、うちだ新聞のお配りです。
いったん帰宅し、休憩をしてからまたお配りです。

空は澄んで雲高く、のどかにセスナ機が泳ぐように飛行しておりました。
キンモクセイの香りがとても心地よく、うっとりしながらのお配りでした。

2006年10月8日(日)
公明党香川県本部大会

高松のサンメッセで県本部大会がありました。

夜は城乾コミュニティのお月見会があり、家族で参加させていただきました。

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2006年10月7日(土)
城西月見会

午前、HPを更新。ローカル・マニフェストのコーナーを設けましたので、皆さんご参加ください。

午後から新聞のお配り。夕刻から雨となり、撤収しました。

その雨で心配されましたが、夜の城西月見会は雨も上がり、無事決行。
18時半に資料館に集合、今夜は例年になくたくさんの親子連れが参加。150名くらいでしょうか。がやがやと月見櫓跡の地点まで登りました。
曇天でしたが、城西小学校の先生方による影絵のお芝居も終わる頃、ついにお月様が顔を出しました。
めったにない機会で子どもたちはここぞとばかりはしゃぎまくり、オトナたちも年齢相応の楽しみ方。
コミュニティ役員の方がぽつりと
「月なんぞ、ゆっくり見たことなかったのう」
「若いころは貧乏やったし」
しみじみとした声も聞かれました。

お城をおりてから市民吹奏楽団の練習に、遅れましたがともかく顔を出します。

その後、書類を届ける用事があり、少々市内を走りまして、21時半、業務終了。
帰宅して、庭からあらためて、雲も飛び去った煌々たる中秋の月を、庭で鑑賞いたしました。

2006年10月6日(金)
震災体験談

朝は丸亀養護学校PTAの行事の一環で「バルーン・アート」の講習会というのがありました。
PTAを代表して最後にお礼の言葉を述べる、という役柄でした。

帰り道、映画UDONのロケ地を訪問しました。

午後2時からひまわりセンターにて職員を対象とした研修会に、コミュニティや議員にもご案内があり、私も参加。
これは得がたいお話でありました。明日、この内容をHP「ちゃりんこ」のページで紹介させていただこうと思います。
夕方5時から駅前にて、山本直久議員と先日から計画していた実験をしました。
ムクドリ対策です。このことはこのあと「輝け」のコーナーに報告します。

夜、ふたたび丸亀養護学校に赴き、親の会丸亀支部の会合に参加。
来賓で講演者にお招きした方に、お礼の言葉を述べる、という役柄でした。

2006年10月5日(木)
決算特別委員会

朝から決算審査特別委員会の傍聴。午後3時に終了しました。

来客予定の16時半まで、昨年の決算委員会、私も昨年は委員を務めましたので、その議事録を整理していました。
無責任で申し訳ないですが、やはり記録を整理しておかないとダメだなあと思いました。自分が質問したことも一部、忘失してしまってました。
そのひとつが駅前などの樹木で騒いでいるムクドリ公害のこと。実は明日、このことで実験を予定しています。お楽しみに。

夕方来客、相談事。
19時半まで、引き続きの仕事をしてから帰宅しました。
夜は党の仕事。21時半に終了。

2006年10月4日(水)
屋山太郎氏講演会

午前、役所に車を停めて控え室にたどり着くまでにさまざまな部署にて相談事の処理。
午後から善通寺市にて、県の市議会議長会が開催した評論家、屋山太郎氏の「新政権とアジア外交の行方」と題した講演を聴講しました。

安倍政権発足の直後というタイムリーな場面で、閣僚の横顔など、普段紙面に載らないことがたくさん聞けました。
講演の内容をどこまでここに書くことが許されるのか、心配でありますので、詳細は略させていただきます。
と、言いながら少々書くのですが・・・
冒頭、「中選挙区はカネがかかる」という話から始まりました。
私は従前から、二大政党制といったって、その体をなしてないじゃないか、という考えで、中選挙区制復活を望む一人でした。
ですがお話によると、それはもうケタ違いにカネがかかっていた。
派閥の親分に選挙資金を依存する仕組みが、小選挙区制度になったことで劇的に改善されたことは評価すべきでしょう。
小泉政権の5年余りで、たしかに日本の政治の仕組みが変わった、ということだそうです。
この話を聴きますと、なるほどと思うのですが、「そもそもどうしてそんなにカネがかかったの? 誰が終局、そのカネをポケットに入れたの? という問いを、あらためて私は発したい気持ちです。

実はこの前の日曜日、NHKのBSで京劇「楊門女将」というのをやっていて、録画しました。長いのでまだ観終わっていませんが、そこにこんなくだりがありました。
「国家の存亡には、民も責任がある」
楊門とは中国の宋の時代の帝に忠誠を尽くす一門で、西夏が攻めてくるのを防御するために戦いに出る、というお話。
自分の利益のために働く国会議員を出しておけ、というのは世の習いでしょうかね。
国民個々の利益と国会議員の欲得が合致して、結局国は方向をまちがえた、というのであれば、もう言っていくところがありません。

講演会から帰り、夕方6時まで、同僚議員と意見交換をしました。
そこで広がる議論も、小さいながら市政を動かしていく。

今日、講演で学んだ国政のことは、直接明日からの私たちの仕事に反映されるものではありませんが、市民の幸福にとって政治とはなにか、と考えるときに、背景に心しておかなければならない視点を、教えてくださったように思います。
抽象的ですみません。

夜は我が家で、党の会合を開催しました。

2006年10月3日(火)
新聞できました

朝から印刷に取りかかればいいものを、お昼までねばってミスはないか、校正に念を入れていました。
午後から印刷。紙折りを終わったのは夕食後。
それから党関係の書類づくりをしており、日付が変わってしまいました。
さあ、明日から勇躍、新聞お配りです。

2006年10月2日(月)
過去の質問の整理

あさひる、相談事に対応を2件。
きょうから、表題のことを始めました。
議員になって最初の1期、4年間の質問質疑は私のHPの「しごと館」に載せてありますが、2期目以降が整理できていません。
本会議のみならず、常任委員会などでの私の発言も記憶と当時の資料をたどって、概略まとめておくべきだろうと考えて、始めました。
本会議のほうは会議録が検索できますから、事務的にできます。委員会の方は正式な記録もないので、この先大変だろうと思います。いつまでかかるか。
こればかりもしていられませんし。
「後ろ向き」な作業ですが、なにか、「おかたづけ」をしておかないといけないような気持ちになりまして。

図書館に、借りていた3冊を返却に行きました。
月曜日だから例の、返却の口に戻しておくつもりで出か丈のですが、あれれ? 電気が灯っている、人がいる。
第一、第三月曜日は休日返上。サービス向上、ありがとうございます。
で、ついでにまたCDを借りました。この作業をしながらプッチーニのオペラ「ボエーム」を聴いています。

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2006年10月1日(日)
生花二人展示

あさ9時から駅前清掃。ごみカゴが全箇所山盛り一杯なのはどうしたことでしょうか。
作業をしている私のところにご婦人が「すみませーん」と近づいてきました。「生ゴミ出すの間に合わなかったんです。これから旅行に出かけるもので、これ、よろしく」と、ご家庭の生ゴミをわたくしに。
わたしらが清掃をしていなければ、すなわちそのゴミは駅前のごみカゴ行きでしたでしょう。なかなかハゲシイ、市民の方ですな。

午後からはお待ちかね、まなびらんどフェア、田尾和俊先生の講演を聴講。このことはこのあと「輝け」に書きます。

さて雨もようの中を外に出ますと、同級生に呼び止められました。
中のギャラリーで生花を親戚の者がやっているのでぜひ、と。そこでもう一度、建物に戻り、案内いただきました。
中野久央先生の乾漆などの漆器と福井環水先生による生け花の「二人展」。
中野先生ご本人が作務衣の姿で親しく私に作品を案内してくださいました。
乾漆のほか、縄、ロープ、ドンゴロス、牛革などのユニークな素材を漆で固めて造形した色とりどりの器。
そこに福井先生による近代的な印象のする生け花が。
顔を上げると中野先生の作品で、能や狂言の自作のお面が架けられていました。上の写真にもちょっと写っています。
狂言の面の鼻の先にキズがあります。使っていてついたものかと思いきや、「これは私がつけた。『キズゲショウ』と言いまして」
傷化粧・・・。
そういう手法もあるのですね〜。勉強になりました。いやー、もっともっと先生にお話を伺いたいものでした。

まことに残念ながら講演会のあとの時刻、こちらももう終了間際。
十分に堪能することもできませんでしたが、先生にご了解をいただき、作品前でパチリ。あつかましいですね。
私、生け花をめでるセンスないですが、器と花のコラボレーションの世界は、清潔であでやか。気品が漂う空間でした。
美の世界に浸る時間は格別です。

さて、夜は宋文州「ニッポン型上司が会社を滅ぼす!」という本を読了。
また、NHKスペシャル「プラネット・アース」を見ました。

2006年9月30日(土)
うちだ新聞30号が完成

まる2日間。今回はスムーズに完成。いま各方面の方にチェックをお願いしています。
昼、相談事がひとつ加わり、紙面の「相談件数」をひとつ増やしました。
夜は楽団の練習に。
これからHPの更新作業をするところです。

2006年9月29日(金)
うちだ新聞作成中

終日、パソコンの前。
新聞づくりの前段階として、「市民相談」の集計作業をします。前号発行から3ヶ月、今回は相談件数82件と出ました。ひと月平均27件というのは多忙さを物語ってくれてますが、ここ数日にいただいたものは、まだ着手もできていません。
いきおい、「未処理」の区分が多くなってしまいました。
この深夜、ようやく半分どころの完成というところ。続きはまたあした。

2006年9月28日(木)
土器川タウンがオープン

10時から、川西町に完成した身体障害者の施設「土器川タウン」の竣工式にうかがいました。

その足で相談事の対応に走り、午後からは少し党の用事で訪問のあと、私用のため、かつての職場、坂出市役所を訪問しました。
数日前の新聞で報道されたとおり、坂出市役所では飲酒運転事故撲滅へ、職員が「レッドカード」を持っていました。
市長の発案だそうです。
私も一枚、いただいて帰りました。

2006年9月27日(水)
環境講演会を聴く

今日は月に1度、党の支部会。
10時、13時半、19時と3会場で開催、合間に相談事やその対応の仕事をしながら1日が終わりました。
午後、ひまわりセンターで行われた環境講演会に少々遅れて参加。
県環境アドバイザーを務める小野知足先生による講演を聴講しました。
丸亀市のごみ袋について、あの袋の成分にはカセットテープやビデオテープ、フロッピーディスクに含まれているのと同じ炭素成分があり、それがごみ焼却の燃料となることを説明。
ダイオキシンを発生させない、そして燃料節約に貢献していることが紹介されました。
私がどこかで聞き漏らしたのでしょうか、このことは初耳でした。
昨年、ごみ有料化のときに、このことを大いに「売り」にすればよかったろうにと思いました。
ごみ袋による収益を一般財源とせずに環境教育、施策に使うように、との先生の提言は私も昨年、行ったところでした。今現実に、別の収入として取り扱われています。
市民の皆さんから、活用の仕方についていいアイデアが出していただけるといいなと思います。

2006年9月26日(火)
政治は動く、国も地方も

9月議会も終わり、やれやれ、なのではなくて、もう来年の参院選に向けて、早やスケジュール闘争の始まりです。
今日は同僚議員と今後の打ち合わせに時間を使いました。
統一地方選挙もあり、次の12月議会を迎えるまでの2ヶ月間、ほとんど予定がつまってしまった感があります。

夕刻、「これしかないよ日本の人事」という本を読了、今回はパソコンも立ち上げていて、読書ノートもいっしょに書き進めるという手法をとりました。

それから相談事を一件、続いて約束の、ある方を訪問してさまざまに市政への要望をお聴きしました。

帰宅21時。ちょうどテレビで安倍総理大臣、初の記者会見というところでした。
生活者の声をどうやって安倍さんに届けようか。
生活者が発する声を受け止めるのは市議会議員です。
地域社会のコーディネーター。この職に誇りと名誉を感じます。
日々、頂戴する「市民の肉声」を、わたしらは国政に届ける。
安倍さんがそういう覚悟で首相になられるのならそれで結構。わたしらもモノを申していく。そして、地方議員として、自分の守備範囲を懸命に守る。
われら庶民の生活の中にこそ、政治の理念があるのですから、地方分権を首相が明言したいま、われら地方議員の責務はいやまして重要です。

2006年9月25日(月)
飲酒運転事故撲滅決議

10時から本会議。
最終日の日程を無事終了、最後に表題の決議を丸亀市議会として採択し、閉会しました。
新聞ではお隣善通寺市もいわゆる「厳罰化」を実施したとのこと。丸亀ではまず議会人が行いました。

終了後、全員協議会で数点の議題。午後にまたがりそのあと議会だより編集委員会、新市建設特別委員会と続きました。
総合計画の審議を終え、使命にひとくぎりつけた同特別委員会ですが、今後どうするかを協議し、新市建設が未だ完了していないことから、同委員会を存続させ、総合計画の実現を市民とともに、議会も見守ることを決定しました。

この間数人のお客さんも出入りし、たいへん慌しい一日。夕刻からは相談事2件の対応で市内各所を歩いたり走ったりしました。
これから「新聞づくり」に突入するところです。

2006年9月24日(日)
宇高連絡船の思い出

午前、党の仕事。
午後からひまわりセンターにて「まなびらんどフェア」、表題のタイトルで元宇高連絡船船長萩原幹生氏の講演を聴きました。
世界の3大客船事故、というなかに、洞爺丸と紫雲丸が入っているんだそうです。そしてなんとなんと、残るひとつが、あのタイタニックなんだそうです。
紫雲丸の事故の詳細に学ぶこと、船長としての苦労話、タイタニックの話、趣味が講じてライフワークとなっている切り絵との出会い、などなど。
聴講者にもとてもマニアックな方、連絡船に特別な思い入れを持つ方がいて、終了時刻を過ぎても盛り上がっていました。
私の生まれは昭和30年5月1日。あの紫雲丸事故の数日前のことで、そんなことから特別な思いもあります。
またもう一つ、氏の経歴を拝見すると連絡船が廃止されたあとも観光船となった讃岐丸の船長を務められたとのことで、平成5年、東四国国体のとき、私の職場だった坂出では、選手の歓迎行事としてその讃岐丸を借り切ってイベントを開催したこともまた、私にとっての「連絡船の思い出」だったのです。
きっとあの夜も、瀬戸大橋クルージングをしたあの船で氏が船長を務めてくださっていたのでしょう。思いもひとしおでした。

さて講演後宋文州「これしかないよ日本の人事」を読み始めました。その話はまた後日。

2006年9月23日(土)
運動会焼け

「ウチダ会長、ええ日を選んだナァ」
来賓の方から祝福していただきました。先週は台風騒ぎでしたし。
私がこの日を選んだのでも、私の力で晴れにしたのでもないですが、そう言ってもらえると顔がほころびます。
絶好の運動会日和。来賓席最前列は日差しも強いですが、飯野山方面から渡ってくる風は冷たく、ここ丸亀養護学校の芝生のグランドは笑顔と歓声ににぎわいました。
私はPTA会長をさせていただいてますが、今日もパザーの運営など、役員の皆さんが一糸乱れず!やってくださるし、運動会の運営も先生方によりほんとにそつのない、洗練されたもの。
私は大きな口を開けて笑い、拍手をしているだけです。
そして何より、子どもたちの真剣な取り組みや、それを見守る家族たちのまなざしの温かさ。
おまけに、家族も総動員の「お片づけ」のダンドリのいいこと。
わが「丸養」の運動会には自慢がたくさんあります。

さて、今夜は会合がひとつあり、帰宅後そろそろ、新聞づくりに取り掛からねばなりません。

2006年9月22日(金)
「議会基本条例」

10時と12時に相談事で来室あり。
その後は庁内と市内各所を回ってお仕事でした。

「公職研」、昨年6月号を読了し、だいぶ追いついたと思ったら自席に10月号が届いていました(泣)。
それで本棚にしまう前にやっつけてやろうと、イキオイで読みました。
北海道の栗山町という町の議会では、全国初の「議会基本条例」というものを作った、と書いてあります。
いろいろな改革項目が紹介されていますが、その中に「年に一度、議会が町に出て議会報告会をやる」というのがありました。
全議員18名を3班に分け、町内12会場を回るのだそうです。
これに似た試みが、丸亀市でもこの春、ある校区で行われました。
ただ違うのは、その校区が町内から出ている議員をコミュニティが招いたのに対し、栗山町では「出身地盤にはできるたけ当たらないように公平感を保ちつつ、どこに当たるかは抽選」、というところでした。
こういうことを丸亀市でもぜひやりたいです。そのステップとして、私はこの2月28日に、議長宛て、「議会のあり方検討会」を作ってほしいと提言しました。
議会だよりやケーブルの放送は一方通行ですから、ぜひ市民の皆様と双方向のやりとりの実現を目指します。

2006年9月21日(木)
鉄は熱い奴が打て

今日も公職研という月刊誌を勉強し、午後から用務をすませながら役所へとたどりました。
私は今年も週に1冊の読書を年頭、目標に掲げましたが、今日、ようやく、そのペースに追いつきました。

柏市というところで市民NPOががんばっているというところを読んでいて、表題の言葉がありました。
「鉄は熱いうちに打て」と言いますが、市民活動に携わる人の実感は「鉄は熱い奴が打て」。
議員、市役所職員、そして市民、それぞれに言えることだと思います。
熱い思いを抱いているヤツが、社会を、時代を引っ張らなくてはなりません。
冷めてる人をどうのこうの、言ってもしかたないですもの。
活字を追いながら、いつしか思考が活字を離れ、勝手に構想に走っていることがよくあります。
「議員は市民の声のコーディネーター」
「議員マニフェストが冷めた市民を政治に巻き込む。これからは政治主導の時代」
こんな文言に打ち震えます。

私のHPの、次の更新のときに、「わがマニフェスト〜スケッチ版」というコーナーを作ろうと決意しました。
たたき台と位置づけ、少しずつ肉付けしていこうと考えています。

2006年9月20日(水)
「古地図の世界」展

勉強勉強また勉強。
朝、公職研臨時増刊82号「対応力の時代」という本を読了。続いて昨晩読了した「ここが変だよ日本の管理職」のノートづくり。さらにまた公職研06年6月号を読了しました。この月刊誌はタイムリーな地方自治関連の特集や先進地の事例紹介などのほか、巻末にはシリーズで公務員のための勉強講座があり、憲法、行政法、自治法、公務員法など、少しずつお勉強ができるようになっています。記憶喪失、との戦いです(笑)。終わっていま、23時。

さて夕刻には気分転換に、資料館で開かれている「古地図の世界展」〜江戸時代の地図を楽しむ〜を鑑賞しに出かけました。
古くは奈良時代の「行基図」、有名な「伊能図」から庶民に普及した地図、旅のガイドブック本のようなものまで、さまざまなものがありました。ユニークなのは、伊能図の四国の部分のコピーが展示会場の床一面に敷かれていること。その上を踏みながら、四国を旅する?ことができます。
若い時代に、歩いて四国を旅したことが思い出されました。あと阿南市から丸亀まで帰る約5日間の行程を完了すると、四国一周が完結するのですが、長い間諦めていたものの、今日また、挑戦してみる気持ちになったりもしました。
四国を測量した忠敬ら一行16名。その携えた測量機具のレプリカやわらじ、弁当箱、キセルなどの道具類も展示され、旅情を誘います。
地図を見る時って、皆さん必ず、自分の場所を探してみるのではないですか? 地球儀にしてからが、まず日本を見るでしょう?(笑)
故郷への思い入れというのは特別なものなんでしょうね。
お城を中心にした丸亀の地図、金比羅がおおきく描かれた四国の地図などを見ながら、やはり、帰るところがあるから旅ができる、などと感傷が寄せてきました。

2階の部屋では恒例の、「うちわに描こう絵画展」がにぎやかに開かれています。
うちのご近所の方が最優秀賞を。また知人の作品を見つけ、心がなごみました。

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2006年9月19日(火)
品種横断的経営安定対策

会葬参列のあと、10時からの「あぜみち会」に参加しました。きょうの勉強議題は「品種横断的経営安定対策」について。
あらましの説明は理解できたものの、複雑なこの制度、これまでの農業知識なくして「わかった」と言えるものではありませんが、丸亀における取り組み状況など、勉強させてもらいました。

午後から控え室にいて、他の議員との情報交換、経理などの庶務をしていたら、2時から玄関前で「青パト」の出発式があり、見ました。
これは市内の15小学校、6中学校にそれぞれ1台ずつ、公用車が青色回転灯をつけ、パトロールに役立てるというもの。
警察からもホンモノのパトカー3台が並び、青パトも今日は7台が結集。市長らのあいさつのあと、教育長の「出発」の合図で一斉に出発しました。
軽トラック、軽貨物などクルマはさまざま、既成のものではありますが、これで合計、市内で24台となった「青パト」が、子どもたちを守る抑止力になってくれればと願います。

読みかけの、宋文州氏の著作「そこが変だよ日本の管理職」を読了しました。

夜は党の議員の会合で高松へ。

2006年9月18日(月)
敬老会

朝、城西地区の敬老会にお邪魔しました。
台風が通過してくれて、心配されてましたが無事開催ができました。
晴れ渡った空、秋らしく心地よい風のもと、笑顔の皆さんが集いました。
運営を担当された婦人会の皆様も、お疲れ様、お世話になりました。
人口11万人の丸亀市に、75歳以上のお年よりは1万1千人、ちょうど1割とか。
若手にはマネのできない、あの深い笑顔皺。
健康にくれぐれも気をつけ、お元気で過ごされるよう、祈ります。

さて午後からは若者の世界。
市民吹奏楽団の集中練習でした。
12月の定期演奏会の曲目、ホルストの「惑星」。
CDで聴くのとはおおちがい、楽譜を見れば大変な難曲。団員たちは挑戦しています。
私も足を引っ張らないように、がんばりたいと思います。

2006年9月17日(日)
ナチュラル・コンサート

葬儀参列、明日の敬老会の準備手伝いなどがありましたが、合間を縫って表題の演奏会に少しだけお邪魔しました。
会場はミモカのミュージアムホール。演奏は坂出高校音楽家出身の声楽、ピアノ、フルートなどの6人のメンバー。我が家のご近所の方がピアノで出演されていましたので。
今回が2回目で、前回は母校の音楽ホールで行ったとか。こういう場合に実にもってこいのスペース、そして快適な演奏会空間。ミモカのミュージアムホールはやはりすばらしい。
構造上、市民会館のような貸し館にできないのが悲しいところですが、今回のように全く美術館行事以外には貸し出さないのではありませんので、皆さん使いましょう。

さて、台風の接近にくれぐれもお気をつけください。

2006年9月16日(土)
胎児の世界

夕方まで終日、読書三昧。「胎児の世界」という本は丸亀出身の三木成夫という先生の著作。マタニティ本ではありません。
胎児がすごす十月十日の間に30億年の生物の進化の歴史をたどるということがロマンあふれるタッチで書かれています。
これを読了し、感想ノートを。続いて公職研6月号を勉強しました。

夜は吹奏楽団の練習。帰宅してBS放送でやっていた寅さんの映画を観ました。

2006年9月15日(金)
新市建設特別委員会

今日は委員会の最後になる新市建設特別委員会。
総合計画の議案を審査。しかしこれまで詳細に、議会としても審議に加わってきましたので、中味については特段の意見もなく、ただ私は次のことを強調しておきました。

@行政評価システムと総合計画はどういう関係になり、その進捗をチェックしていくのか。
A本会議でも答弁いただいた「概要版」の発行について、ふりがなを振ること、子ども版の副読本を準備する考えはないか。
B市民のみならず職員全員も、自分のポジションのことは知っているだろうが、全市の取り組みを承知するように、研修など行うべきではないか。
C市民が総合計画の進捗をチェック、また必要なら改定意見を出せるようなシステムをぜひ確立すべきだが、どうか。
4点目につきまして、他市において市民委員会を設けて市といっしょに総合計画を進める仕組みをしていることを紹介し、これからは「市民委員会」がまさしく市とともにまちづくりをすることだ、と提言しておきました。

午後からは来客も多数の中、私は、先日来感じている、本会議の記録は議事録に残るが、委員会での発言は市民の皆さんの見るところとならないので、ここで委員会での自分の発言を記録しておこうと思い立ち、とりあえずその作業をしました。
なんの実りもない作業かも知れませんが、私として、これは市民の皆さんにお知らせする責務があるかと感じまして。

公職研の月刊誌、本年9月号を読破しました。
委員会ではさっそくこの中から、これからの「市民委員会」の必要を説く部分を紹介。
通常、市役所側から資料が配られるものですが、今日は私の方から理事者そして委員の皆さんにこれのコピーをお配りさせていただくということをしました。

2006年9月14日(木)
都市経済委員会

9時から都市経済委員会に出席しました。
土木工事の発注業者が倒産した場合の取り扱いを今回初めて知りました。
市として損失は発生しないことを確認。
垂水町の生物公園ゲートプラザの進入道路の整備について、今後の「客の入り」はどう見込めるのか。
公園管理を指定管理者にお願いする制度について、メリットやデメリット。
団地内道路を市道にすることについての条件をあらためて確認。
消防署、南署の女性浴室設置に関して、今後の女性職員採用とその業務内容はどうなっているか。
商店街の中の元114銀行の由緒ある建物が「スペース114」としてリニューアル活用されることにつき、歴史的建物としての価値をアピールする観点、建物自体の耐震性、ミモカ美術館との連携など。
以上のようなことを質問、要望をしました。

午後は生活環境委員会を傍聴。

夕方4時から公明新聞の取材、その他のことがあり、夕方帰宅しました。
これから読みかけの本をやっつけようと思います。

2006年9月13日(水)
食育

今日から議会は委員会審議が始まりました。
午前、総務委員会、午後、教育民生委員会を傍聴しました。

さて、今日の公明新聞から、こんな言葉を紹介します。
「春苦味、夏は酢の物、秋辛味、冬は油と合点して食え」
これは幕末の医学者、石塚左玄という人が「通俗食物養生法」という著書に記した言葉。
また次のようにも書かれているそうです。
「体育も知育も才育もすべて食育であると認識すべき」と。
今議会でも食育は議論のひとつになっています。
幼稚園での給食の是非。飯山に建設する給食センター、いわゆる「センター方式」の是非。
食育の大切さは、今となっては疑う人もいませんが、さて具体的にどう実現するかが問題です。

私は次のHPの更新の機会に、「うちだ版パブリック・コメント」のコーナーを作ろうと思い立ちました。
私に迷いがあるときは、市民の皆さんにお知恵を拝借するのが一番でしょう。
問題の第一は「幼稚園の給食、是か非か」にしたいと思います。

9月も早や半ば。ずい分と秋らしくなってきました。
辛いものを食し、夏の疲れをピリッとさせて、充実の秋をすごしましょう。

2006年9月12日(火)
副市長制

一般質問が今日で終了しました。
同僚、亀野議員が質問に立ち、地方自治法改正で来春から収入役は廃止して会計責任者へ、助役は副市長へと制度が改正になりますが、本市の取り組みについて質しました。
答弁では踏み込んだ内容はなく、これから検討、というに止まりました。が、これは我々からの第一陣です。

連日の一般質問。終わってからの時間は来客、相談事の対応もやってますが、私のHPの「資料室」に掲示する新聞スクラップの整理、読みかけの「公職研」の月刊誌のため読みなどもしています。
今日は公職研8月号を読み終えました。
ここに提起されるさまざまな行政課題も、その大もとのところで、この「副市長制」の立ち上げ如何によって、すべて解決の糸口は見えてくる、そのように確信しております。
今日の亀野質問を受け、12月議会では、私が、より踏み込んだ同質問を行います。
皆様のご意見や、参考になる情報をお待ちしております。

2006年9月11日(月)
あれか、これかの時代に

きょうも一般質問。
駅前開発をこれからどうするのか。高齢者向け低家賃住宅を駅前に設ける構想はどうするのか。文部科学省が乗り出した子どもの保育体制をどう実現するのか。飯山綾歌の消火栓が細いのをどうするのか。競艇事業の、中央が出したドリームプランをどう受け止めるか。そして幼稚園の給食は? 各議員から矢継ぎ早に、問題が投げかけられています。
あれか、これか。選択を迫られるときが来ました。
市役所、とりわけ市長の政治手腕が、今ほど問われた時代はなかったでしょう。
議会人としても、冥利につきるところです。
市民を含めた審議会のご意見を聞いてから、という姿勢も必要でしょうが、今は方向性をしっかりと開示するとき。
そして市民のご理解を得るため、懸命にしてしたたかな、情報共有戦略が必要。
議会そのものに対する市民へのモニタリングも、ぜひともほしいところです。

2006年9月10日(日)
整理整頓、処理処分

たくさんの方面から書類、雑誌、ネットからも情報入手、それに日刊紙、月刊誌。
きょうは積みあがった書類の山や雑誌のバックナンバーなどを徹底的に処分、処理しました。
こういうことをやると、「部屋がすっきりした」という達成感はあるものの、本を一冊読んだ、というときの充実感はないですよね。

一日中降ったり止んだり。昼下がりには激しい雷も。
きょうは植物に水遣りしなくてすみました。

2006年9月9日(土)
かき氷完売御礼

あさ8時集合。県営陸上競技場で、今日は障害者スポーツ大会。丸亀養護学校PTAでは恒例の出店。かき氷、アイス、ホットのコーヒー。
テントに吹いてくる風は幾分秋の気配ながら、観覧席やフィールドは風もなく、おかげてかき氷は飛ぶように売れました。
昼休みにはお客さんが列をなし、午後1時半には準備した氷が底をつき、完売。
一杯150円のかき氷では、大した「もうけ」にはなりませんが、これがPTA活動の大事な資源として使われます。なにより、大きな声を張り上げ、いっしょに汗をかく親たち、先生たちの交流と親睦の場。そしておいしそうにかき氷で涼をとる人たちの笑顔がすばらしい。
そして軒?を連ねる関係チームの皆さんとの笑顔の交流。
私たちはフィールドには参加しませんが、ここにももうひとつの「大会」があるのです。

2006年9月8日(金)
ミモカプロジェクトのつづき

きょうも一般質問。
昨日完成させました文書を関係者で討議。
本会議終了後、教育長、市長に申し入れをしました。
可能性はなきにしもあらず。期待して、しばらく検討結果を待ちます。

夕方、HPの更新をしました。
夜は先日の「模型飛行機大会」の打ち上げ、反省会に参加しました。
くったくのない、こうした市民パワーの集いの場こそ、これからのまちづくりの核。
よく言われる「市民参加」ということばが「行政に対する市民参加」を意味するのに対し、逆に市民活動に行政が参加させてもらう、「行政参加」ということばすら、最近は目にします。
私の依って立つ位置、スタンディングポジションは、まさにここにあります。

きょうの本会議には郡家コミュニティから35名の自治会長さんが傍聴してくださいました。
ぜひとも市民パワーが主役の時代を、創りあげたいと思います。

2006年9月7日(木)
ミモカプロジェクト

きょうは一般質問。
先頭バッター、松永議員がミモカへ子どもたちを招待することを提案。
答弁は「やります」とは行きませんでしたが、午後、彼と懇談。それは何としても、私も実現させたい。
それから私は学校教育課に問い合わせ、小学4年生の生徒数を学校別に確認。また知り合いのトラベル会社にバス費用を問い合わせ。
さあそれから、学校別に生徒数のちがう各学校の4年生をどうやってミモカにお連れするか、運行ダイヤまで考案しました。
私は、通告から答弁までの間に、これくらいの調査はやってほしいものだと思っております。
きょう、別の議員からは少子化対策として一人の出生に30万円の祝い金を、との提案に対し、昨年1年で出生した赤ちゃんは千人。すると単年で3億円かかります、と、説得力ある答弁が。
やはり数字には説得力がある。
私の試算で、市内のすべての小学4年生をミモカにお連れする費用は、48万円、と出ました。(城西と城乾は徒歩、本島は別途で計算)
すでに要望書、議員への趣意書案も完成。明日、松永市議と深い協議に入ります。
ああ、早くも、わたしはバスを連ねてやってくる小学生たちで賑わうミモカのゲートを思い浮かべます。

2006年9月6日(水)
議案質疑の一日

きょうは5人の議員が登壇し、それぞれ提出された議案に対して質疑を行いました。

私は4番手。補正予算に関わる障害者福祉が後退するのではないのか、これからさまざまな市の審議会に市民からの公募委員を募集し、またその公開をしていく条例に対して、ちゃんとした人選のルールを定めるよう求めました。
最後に総合計画について。これからは市民とともに策定し、そして市民とともに進捗具合をチェックしていくシステムが必要だろう、そのことを訴えました。

本会議が終わって、党関連の仕事。夜は党の会合がありました。

2006年9月5日(火)
就学啓発推進会議

全国特別支援教育推進連盟、香川県障害児教育諸学校会、香川県特殊学級設置学校長協会の主催。
全県下から、ひまわりセンターに関係者が結集しました。
わたしは養護学校PTAの一員として応援、あさ8時過ぎからJA跡地の駐車場係を務めました。
午後は講演を聴講、「子どもの気になる行動の理解とその支援方法について」。熊本大学の肥後祥治助教授のお話。
Kちゃんがおでこをたたく。これに対してどういう展開があるか。やめさせるのか、隔離するのか、あきらめるのか。経験の豊かさと学術的なアプローチで、障害児に向かう教職員や親たちに、示唆に富む話が展開されていました。

2006年9月4日(月)
9月議会始まる

9時半から全員協議会、10時から9月定例市議会が始まりました。
午後3時、議案質疑の通告の締め切りでしたが、きょうは早朝から原稿を完成させ、午後2時に提出しました。
夕方まで来客多数。
夜9時まで公職研の本など勉強しました。

きょうは、以前から配布されていた市議会ホームページに対する議員へのアンケート調査の締切日。
いろいろと提言を盛り込み、きょう提出しました。私は、
@市議会版「ひまわりBOX」、市民の皆様から議会への提言や意見に答えるコーナーの設置
A請願、陳情という、市民からの直接のアクセスである手法にもっとわかりやすい説明をすること
B議会、行政用語のわかりやすい解説コーナーを作ること
ほか、諸点を要望しておきました。
各議員が設けるホームページへのリンクを張ることも書いておきました。

2006年9月3日(日)
質疑の準備

11時、1時、2時と、さまざまな方と協議や懇談。
それぞれに強力な市民活動家や理論の持ち主。市民の活動を支えたり、市政に反映したり、・・・議会人に期待されることはとても大きいです。
夜、お通夜に参列し、そのあと質疑の準備をしました。

2006年9月2日(土)
映画「UDON」、観ました

正午の会葬をはさんで、夕方まで終日、党の関係の用事がありました。
夜はとまと園の夏祭りにお邪魔し、交流を楽しみました。
8時に終わりましたので、私はそれから電車に乗って、宇多津に映画を観に行きました。
私は、この映画館ができて以来今日まで、ここがこんなに混雑しているのをみたことがありません。
レイトショーの時刻なのです。

先に観た人の評価をさまざまに聞きましたし、あるコラムではあんまり褒めてないのもありました。
が、私としては、これはもう大変に満足。
おおいに笑い、泣くところは泣き、そしてちゃんとスジが通っている、と、これはもう少し詳しく述べたいのですが、皆さんのお楽しみとしておきます。
う〜ん、もっと感想を書きたいのですけれど、ここはグッとがまんします。

これでもかっ、というくらいに、讃岐富士が登場します。
主人公は飯野山か? というくらいに。
地元びいきで、楽しむのも一興。
こんな映画体験は、めったとできるものではありません。皆さん、大いに楽しんでください!

2006年9月1日(金)
鳥取自立塾の研修レポート

きのうはA4サイズで10ページ、きょうは表題のレポートを12ページ分、書いて書きまくりました。
今からわがHPに掲載します。箇条書きにして、できるだけわかりやすく読みやすくしたつもりです。
長いのが欠点ですが、興味のおありの方、ぜひご一読ください。
私がこれから目指そうとするところは、すべてここにある、そんなことを確認しつつ、また決意しつつ、書きました。

2006年8月31日(木)
北川講演のレポート完成

あさ9時から昨日の相談事の続き。
お昼、どうしても中府町のあるうどん店のうどんが食べたくなり、ムリにその方面に仕事を作って(笑)、うどんをいただきました。
付近はいまマンション建設ラッシュ。うどんやさんも現場の作業員さんたちが列をなしていました。
早く映画UDONを観たいものです。

午後から友人宅で少々パソコン指南。そのあと役所にもどり、ひたすら復命書作成。
東京で聴講した北川正恭氏の講演などを再度おさらいし、胸にせまるものがあります。
講演内容が明確なせいか、私のレポートもわかりやすいです。ぜひお読みください。
明日議長に提出し、そのあと、HPに乗せるつもりです。

2006年8月30日(水)
党の仕事

午前、相談事あり訪問、正午から会葬。
午後、夜まで党の仕事あり。今終了し、日付が変わっています。

2006年8月29日(火)
広域議会など

9時半から中讃広域事務組合議会。終了後役所にて、9月議会議案に目を通し、議案質疑の項目を検討しました。
項目を箇条書きに書き出して、これから通告締切りの4日午後3時まで、さまざまに情報集め、勉強をし、より実りのある質問を目指します。

2006年8月28日(月)
クーラーのきいた部屋で

朝、「うちだ新聞」の郵送を完了。それから役所に行きました。
今日は9月議会の告示日。議案が届きました。それを開く間もなく市民相談の対応をしたり、参考になる切抜きを市職員に差し上げたり、部長から説明を受けたり、他の議員との情報交換をしたり。
きょうは必ず、出張報告書を書くぞ、と決意して役所に行ったのですが、久方ぶりに同僚亀野議員と同室。それぞれがそれぞれの案件処理と応対でぜんぜんちがう動きをし、その後ようやく、党のことなどで情報共有することが山ほどありました。
結局、届いた議案も開けず、出張復命も手をつけられず、よる9時まで雑多な仕事に追われました。

2006年8月27日(日)
知的障害養護学校PTA全国大会

この土日、三重で行われた大会に出席してきました。
正式な名称は、全国知的障害養護学校PTA連合会第25回全国研究協議大会、です。

自立支援法全面施行を目前に、現今の状況が厚生労働省、文部科学省から説明されたほか、全国各地での目覚しいPTA活動の報告などが活発になされました。
大会テーマは「生きる力」を育む学校、家庭、地域の連携〜特別支援教育を推進するために〜。
昨今の時代の激変の、影響を受けない人は国民にたぶん一人としていないことでしょうが、障害児者についてもそのとおりです。
福祉の拡充、サービスの向上、と、お題目のように叫んでいればいい時代ではなくなり、国家財政そのものの存続が危ぶまれる中で、適正な選択と判断をしていかなくてはならない。
困難な時代となりました。が、それは絶望の時代ではありません。
きょう、持ち帰ったたくさんの資料や情報を、これから整理し、PTAで伝達していくだけでなく、議員としてもしっかり血肉にしてまいりたい。

2006年8月25日(金)
うちだ新聞郵送準備

今日は終日、郵送準備に時間を費やしました。
同じ新聞でも郵送となれば、封筒、宛名シール、送り状、紙折り、糊付けと、作業をいろいろと要します。
その上に郵送料がかかるんだから、いっそすぐに走って行って届けたい、という衝動というか、迷いを生じながら、作業をします。
実際、次回第30号からは工夫をしようと思います。

さて、明日は1泊で三重に行ってきますので、このページはお休みさせていただきます。

2006年8月24日(木)
うちだ新聞配布完了

午前、公明新聞取材や会葬などあり。
午後、うちだ新聞のお配り。今日で配達分を終了しました。これから郵送分に入ります。

夜は、坂出市役所吹奏楽団の打ち上げで宇多津のビアガーデン。
大橋まつりに今年は出演できなかったにもかかわらず、ご案内をいただきました。
市役所を退職して8年になりますが、その間メンバーは若返り、きょうも、新しく初々しいメンバーが2人入団。
昨年、団を解散した丸亀市役所とどう違うのか。
ここには玩味すべき教訓があるように思われます。

2006年8月23日(水)
PTAの会合など

午前、高松市内で県内養護学校のPTAの会合。
知的障害の養護学校、県下5校のワクを越えて、これからは聾学校盲学校など、他の障害種の学校とも連携をしていこう、との趣旨の、初会合でした。

午後は、昨晩わがパソコンのプリンタが壊れましたので、業者さんに来ていただいたほか、出張復命レポートその他。
夜はなつかしい親友が帰省し、またまた懇談の宴。
いっぺんに帰って来てくれ〜(笑)

大阪から夏休みで帰省していた次男がきょう、駅前からバスで帰りました。
その足で、同窓の旧友たちに会いに行きました。
ちょうどあの年代の自分たちだったのですが、今は50を越えたおじさんおばさんです。
次世代のために、ともかくがんばろう、公私ともに心配は尽きないけれども、だからこそ生きがいがある、そんな温故のひとときでした。

2006年8月22日(火)
市町村崩壊

午前、元埼玉県志木市長、穂坂邦夫氏の著作、「市町村崩壊」を読了。
午後、出張レポートを書きました。まだ途中です。
夜は支援団体の会合に出席しました。

「市町村崩壊」は戦後60年、制度としては立派な地方制度も国の制度も、時代の変遷で惹起した問題を政治家と行政が先送りして責任を持たないことから、2010年、国債のクラッシュが起きる、という想定のもと、近未来の小説仕立てで書かれた本。
単に責任を追及するのでなく、「こうすれば、破局は迎えない」という処方箋を、市長時代の実績も交えて訴えていきます。
この本もまた一過性の読み物ではなく、十分に玩味しなければならないテキストのような性格を持っています。
これから数回にわたり、「輝け」のページのほうに、内容をいくつか紹介していきたいと思っています。

フレーム
2006年8月21日(月)
若きアスリートたち

午前、陸上競技場はどんな具合か、運営のもようを一目、見ておこうと伺いました。
それにしても、目もくらむような日差しの中、ゴールを目指し、また横たわる一本のバーを見つめて、全神経と身体力を集中させる姿は、美しく、たくましく、そしてうらやましくもあります。

午後は高松へ。母が乳幼児を連れて気軽に集える「わはは(輪母)ひろば」を訪問し、子育て中の家族にとって何が必要か、勉強をしてきました。

せっかく高松にまいりましたので、夕方から友人を誘い、私のひそかなお気に入りスポット、サンポート海岸に出ている「ビアピア」というビアガーデンに立ち寄り、涼んでまいりました。

2006年8月20日(日)
夕立の婆娑羅2日目

午前、土器川運動公園で開かれた「全日本模型飛行機大会」のお手伝いを。
午後から自宅で一休み。すると激しい夕立に見舞われ、駅前もどんな様子かと車を出すと、ご近所で床下浸水の騒ぎです。
土嚢が届き、少々手伝ったりするうちに青空も見え始め、夕刻からしばし、駅前で婆娑羅まつり2日目を楽しみました。
たくさんの方々と出会い、それぞれに会話が盛り上がります。
2年前にはチームで踊りに出演したことから、「今年は踊らないんですか」と聞かれたりしますが、こうしたイベントは踊ったり見たりのほか、おじさんたちの社交の場、そして議員には仕事の場?でもあるんですね。
関係の皆様、ほんとにお疲れ様でした。

2006年8月19日(土)
大行進

朝、党関係の書類をまとめて、午後は高松で党の県本部の会合。
夜はおまたせ、婆娑羅まつりに行ってきました。
駅前の印象は、何と言っても中学生くらいの人たちが多かったこと。
それから、気のせいか、浴衣姿がとても多く感じたこと。

花火の時刻が近づくと、駅の北側には港に向かう大行進。
花火が終わって、こんどは南へ、歩く人々の大行進。
ふだんは、決してこんな長い距離を最近は歩かないのではないでしょうか。私も港から大手前高校まで歩きました。そこで家族の車を待ったからです。

夏のこととて、たくさんの戦争体験に触れる機会がありました。
子どもを捨てようかと煩悶しながらの、満州国からの逃避行。
その語り口はとても脳裏に焼きつき、きょうの楽しい花火見物でも、それはよみがえってきたのです。
世界のどこかでは今も花火ではなく、爆撃の火柱、そして死の避難行が繰り返されている。
そんなことを考えていてはおまつりになりませんが、それでもどこかで、人間はそれを忘れてはならないと思いましたね。
説教臭いことは言わず、きょうは幸せな大行進に加われたことに、心から感謝したいと思います。

2006年8月18日(金)
中学陸上開会式

早朝、高村薫「晴子情歌」を読了。
午前、うちだ新聞を自転車でお配り。
相談事の対応などの後、体育館での全日本中学校陸上競技選手権大会開会式に参加しました。
かつて市役所に勤務の頃、東四国国体、インターハイの運営事務局として、家にはフロに入りに帰るだけ、という毎日を過ごしたことがあり、揃いのTシャツで緊張して私たちを案内し、また式典運営に携わる中学生たちがなつかしく、親しみを感じました。
式典会場を埋めた全国からの選手たち。明日からの競技に全力を尽くし、また丸亀の思い出を作ってほしいものです。

さて30分の式典の間にも留守番ケータイに相談事が2件。夕刻まで、その対処に動きました。

2006年8月17日(木)
UDONの公開と今日の四国新聞

午前、党関連の書類づくり、午後は相談事で現地のあと、2時から歩いての新聞お配り。夕刻、市役所に戻り、6時まで仕事をしました。
市役所でいると電話が入り、さきほどの現地の件、解決しましたと当事者から報告をいただきました。よかったです。

さて、今日の四国新聞は、近づいた映画「UDON」の話でもちきり。
昨日の記事でも試写会を観た人の感想に「うどんで泣くとは思いもしなかった」というものもあったとか。
普段見えない「ふるさとのよさ」を、こうして映画を通じて教えてくれると、大絶賛。

明日は中学総合体育大会・陸上競技が丸亀で始まり、全国から選手や父兄が集います。
そのシチュエーションの中、丸亀は婆娑羅まつりでにぎわいます。
この夏最後の大イベント。わたしたちもふるさとのよさを発見しに出かけましょう。

2006年8月16日(水)
お盆で片付けしています

朝から、仕事部屋にちらばった書類、スクラップ、読みかけの本、徹底的に、お盆で一区切りつけようとお片づけモードをやってます。
それにしても整理と整頓とは違うと、誰かに教わりました。
整頓というのは新聞類なら新聞で集めてトントンとそろえる、本なら本棚に片付ける、というのを言います。
これに対して整理は大変。新聞は読んでジャンルごとにデータ化する。本は読んでしまう、ということになります。私の場合、読書ノートをつけて初めて読了、と自分で決めてます。
あー大変。
これから少し、県知事選挙の関連で外出し、帰宅してまた続きをやろうと思います。プロ野球など見ないで、がんばろうと思います(笑)

2006年8月15日(火)
炎暑の終戦記念日

午前、HPの更新。そのさなかにいただいた相談事で、午後からは市役所を出たり入ったり。
市役所玄関で「あら、ちょうどよかった」と知人から声がかかり、その相談事でもあちこちへ。それやら一昨日以来のノートの続きやらで終業のチャイム。
議会事務局にある議員各人のメールボックスには、また新しい「公職研」9月号が届いていました。
夜は、以前から知人にお借りして読みかけのままの小説、高村薫の「晴子情歌」、上下巻の大著をともかくも上巻読了。
年に一度、8月15日、正午の長いサイレンに追い立てられるように歳をとっていく感じ。そして9月の声を月刊誌の封筒に読み取って、そわそわと夏の片付けに追われる、そんな残暑の一日ではありました。

2006年8月14日(月)
高校のプチ同窓会

朝、休養させていただきました。
午後から相談事の対応をしながら役所に到着、昨日に続き、読書ノートの作業など。
夜は友人宅にて高校時代の旧友が集うプチ同窓会で盛り上がりました。
一連のお盆行事がこれで終了です。

2006年8月13日(日)
君は上質のワインのようだ

朝は休養させていただきました。
昼、読書のノートづくりなど。
例の「パリの女は産んでいる」。その中に、表題の言葉がでてきます。
「君は上質のワインのようだ。歳を重ねてますます熟成していく」とか。
これは子どもを産んだ後の妻に対して夫が口にする言葉。
この本では、フランスでは婚外子が全体の45%を占める(日本では1.9%)など、データも詳しく出てきますが、こうして生活にまつわる男と女のあり方についても、体験に根ざしたエピソードが紹介され、フランスの少子化対策成功の背景を立体的に見せてくれます。

さて、夜は中学時代のプチ同窓会。同窓生が営むお店に10数名が集い、深夜までわいわい盛り上がりました。
女性たちも多数参加。彼女らに「上質のワインみたいだ」・・・とは、思っていても言えませんでした(笑)。

2006年8月12日(土)
さんさん荘夏まつり

今日は午前、休養させていただきました。
午後は新聞スクラップや書類の整理をしながら、途中NHKハイビジョンで「チャップリン〜世紀を超えて」という番組を観ました。
世界旅行をしたチャップリンはチャーチル、アインシュタイン、そしてガンジーなどの偉人と会見、それが後半生の作品に強く影響を与えたとのこと。
先日からシリーズで放映されたほぼ全作品を録画しています。徹底した芸へのこだわり、人間愛が、今日のドキュメンタリー番組でさらに深く鑑賞できることと思います。

さて夕刻からうぶすな園、さんさん荘合同の第8回目の夏祭りを楽しませていただきました。
まつりを盛り上げてくださった出演者の皆さんお疲れさまでした。エイサーの踊りに交わっていっしょに太鼓を叩かせてもらいました。
準備に携わられたスタッフの皆さんほんとにご苦労様でした。ありがとうございました。

2006年8月11日(金)
総合計画が姿を現す

あさ10時半から新市建設特別委員会。総合計画がパブリックコメントの手続きを終え、ほぼ最終案の姿を現しました。
今回のパプコメは9人、39件のご意見あり。まだまだ少ない、寂しいと思いますが、われわれも努力工夫して、ほんとうの「市民手作り」のカタチへ、制度そのものも育てていきたいと思います。

午後から党の用事で高松へ。
夜は坂出の友人の開店祝賀会を企画。最終電車まで、盛り上がりました。

2006年8月10日(木)
パリの女は産んでいる

午前、道路の危険箇所改善のことで坂出の県土木事務所。正午から会葬。午後からは県知事選挙関連の用事があり、それから役所に戻り、来客などはさみながら表題の本を読了しました。
男女共同参画推進の機関紙「ゆめ」で紹介されていた本。著者、中島さおり、ポプラ社刊。

わが公明党が与党に位置し、推進する少子化対策の一角である児童手当の拡充について、やれバラマキだ効果はないとさんざんっぱら批判されている中、たしかにフランスでは劇的に少子化対策に成功している。
もとより児童手当の拡充は成功への入口、まだとっかかりにしかすぎず、女性の職場環境、男性の育児休暇ほか、さまざまな抜本的な対策が必要であることは百も承知。
しかし世間ではこれひとつが公明党の唯一のバラマキ戦略であるかの如く喧伝され、あるいは理解されていることが腹立たしく、視聴率狙いのあまりにわかりやすいマスコミ報道に世間のすべてを知り尽くしたかのように批判なさる向きにも腹が立ち、一方与党もその上をいくようなうまい説明をできてないことが情けなく・・・という中、この本にめぐりあいました。

読み終えて・・・いっそ読まないほうがわかりやすかった、この本のもたらした情報は一層、私を混乱に陥れた、との印象です。
むろんそれはひとつの印象に過ぎず、ことの重大さ、問題の深遠さにつくづく、途方にくれるような思いに陥っているというのが今の感想です。
何か光明が、あるいはヒントが、ここに見出されるかと期待しましたが、それは読後、すぐに得られるようなものでないことが、まずわかりました。

私は国会議員ではないわけですから、国の少子化対策にあれこれ悩む必要もないのかも知れません。しかし幼稚園保育所の運営の問題はまさしく現場市町の施策の問題であり、先日来語られているように、いま丸亀市での、合併後の体制整備と給食をどうするかという問題を前に、これはまさしく「私の問題」でもあります。

読了して、本は閉じたが、借り物の本にはマーカーもできず、結果いつもの例で、何十ものしおりが、「再度読むべし」のしるしとして、はさめられたままです。
これからしばらく時間をかけて、論点を整理していきたい。

それにしても日本とフランスでここまで制度や国民の意識、生活様式、子育ての観念は違う。
むしろ読み始めるきっかけとなった意識すら跳ね飛ばされて、昨今いわゆる「カルチャーショック」そのものの状態に、今、私は落ち込んでしまっています。

本を読んでの感想文なら、自分のHPに載せることもゆるされようが、その前提としてまず本の全体を見渡してみることが必要。
それをHPで報告したら、それこそ著作権の問題にもなることでしょう。最低限、皆さん、興味あったら、読んでみてください、としか申せません。
熟考を重ねて、それでも私は脳内を整理し、なんらかの市への政策に、とりまとめていきたいと、それだけはここに書いておきたいと思います。

2006年8月9日(水)
6mの努力

8時20分市役所集合。高松市牟礼町にある「高松市立はらこどもセンター」へ。丸亀まちづくりネットワークの皆さんからお誘いをいただき、訪問に同行させていただきました。

昨日、教育民生の協議会で幼稚園、保育所の運営が話題となったばかり。国でプランが出ている「認定こども園」のことも視野に入れ、幼・保両機能を持って運営されている同こどもセンターには関心がありました。

同センター長、二川艶子先生が懇切な説明をくださり、その後施設内を見学。旧牟礼町時代からの経緯、運営上の工夫点、成功の秘訣などなど。力のこもった説明には訪問者一同、舌を巻くばかり。
厚生労働、文部科学と、ともかく大元から割れているんだから現場は大変。そんな現実の中でも、教育、保育の現場では「こどもの味方になって」考えを進める二川先生。
先生がこれほどまでに悪戦苦闘されている、それを知れば知るほど、制度を作っている側がいかに「こどもの味方になっていない」かが浮き彫りにされます。

ご教示いただいたことのすべては書ききれませんので、場所をあらためます。ここではちょっと本題からははずれ、施設内を案内いただいた中でのエピソードを紹介します。

建物の裏側の一隅に、井戸が掘られてありました。
緊急用の水確保のための井戸だが、緊急用だけではもったいない。トイレやプールの水に利用しよう。
ところが規定の深さでは水は出ず、岩盤に突き当たってしまった。
お金は準備するからともかくもっと掘ってみて、と先生。
果たしてさらに6mのところで、きれいな水が沸きました。
「だから毎日、プールで遊べます」

さて、こうして勉強させていただいたことを、丸亀に持ち帰り、どう実現するか、どう活かすか。その時に、私たちは「岩盤」にも似た現行制度や利害の対立という「壁」に突き当たります。
私は、先生から教えていただいたこの「6mの努力」を、これから胆に銘じたいと思いました。

夕方から相談事で法律事務所。さきほど帰宅し、これからHPの更新をしようとしているところです。

2006年8月8日(火)
教育民生委員会協議会の傍聴、など

9時半から表題の協議会が開催され、傍聴しました。
合併から1年余。保育所、幼稚園の運営については、旧1市2町の制度の違いがまだ整合されていない、たぶん最大の課題でしょう。
子どものために、少子化状況下、どの判断が最も適切か、高い次元の議論と決断が求められます。
協議会閉会後も控え室に関係者が集い、議論の続きを。
食事をはさんで午後もこの続きを同僚議員と語らいました。

午後は相談案件の対応、フェンスが傷んだ場所で夏休みの子どもたちが遊び、危険である場所の改善など。
夜は8時半から相談事をお受けしました。

2006年8月7日(月)
ワンガニ、とは「勇気の子」

認定こども園のことで午前、説明を受けたあと、来客あり。
午後、ある政策案件で意見交換。一度役所にもどり、火事の見舞い、相談事の現地を回りました。
夜は四国学院大学教授、平和学のムアンギ教授の講和をお聴きする機会がありました。
ノーベル平和賞、ワンガニ・マータイ博士とは同郷。めったに聴けないお話を伺いました。先生は日本に32年在住、日本語は堪能で、さぬき方言も交えながらのユニークなスピーチ。
日本人の名前で田中とか平川とか、農耕や自然にまつわる名前が多いように、ケニアでは農耕のほか、狩猟にまつわるネーミングもあるのだとか。
マータイ博士の「ワンガニ」というのは「勇気の子」という意味を持つことを教えてくださいました。
博士が世界語にしてくださった「モッタイナイ」については先日、日本語古来の「もったいない」にはさらに深いニュアンスがある、と、別の講演で聴いたばかり。
こうして身に着けさせていただく知識を、ぜひとも仕事のうえで、市民の皆さんに還元していかねばなりません。
勇気と意欲を持って、意識をグローバルに、現場をローカルに持って、自分のフィールドで「勇気の子」となりたいと思います。

2006年8月6日(日)
拉致家族会のお話を聴く

あさ駅前清掃。午後はアイレックスで「わたぼうしコンサート」、夕方には相談事で訪問。
そして夜は高松国際ホテルにて「拉致被害者全員救出を!県民大集会」に参加。
約800席の会場はほぼ満席。横田めぐみさんの父親、滋さん(家族会会長)ほか、関係者が次々に登壇。家族としての悲しみや苦しみを語り、北朝鮮の無法ぶりはもちろん、わが国のこれまでの対応についての話が披瀝されました。
マスコミ報道に接してひととおり、わかったつもりになっている自分の思いを、家族の肉声は打ち砕くかのごとき力を持っていました。
ひとにぎりの被害者のために国交という国益を犠牲にできない、との路線を取ってきた政府の誤り、そしてひとりの声がそれをも変えていけるという希望。
きょうは8月6日ということで、テレビでも走行中のラジオでも戦争のことが取りざたされていました。拉致問題はこうして国を挙げて取り組む動きとなりましたが、世の中には、臭いものにフタをされて泣き寝入りという被害者、報われない被害者がどれほどいたでしょうか。そしてこれからも。
少々の犠牲はしかたない、わが身に降りかからないならそれでいい、という傲慢や横着との、これは心の戦いでもあるのでしょう。

2006年8月5日(土)
東京、鳥取で勉強

3日、東京で開催された「ローカル・マニフェスト講演会」、4、5の両日鳥取で開催された「鳥取自立塾」の両方を聴講して帰ってきました。

前者は元三重県知事、北川正恭氏、後者は現鳥取県知事、片山善博が主宰するもの。地方分権、地方主権論者では現在双璧をなすお二人。
今回の出張も実り多く、是非とも早く市民の皆さんとこういう意識を共有したいと興奮の中で強く感じております。
その詳しい内容は、なるべく早く、私のHP上で紹介させていただきます。

2006年8月2日(水)
海水浴日和

今日は長女、妻とともに海水浴に出かけてまいりました。
毎年、ともかく一度は海水につからないと、アセモというか、体がかゆくなります。
暑いところを避けていたらとても海なんか行けませんが、海にぷっかり浮かんで夏の空を眺めるのもいいものです。
夏休みに入った長女をどこにも連れてってやれてませんでしたが、とても喜んでくれました。

なお、明日から3日間、出張で留守にしますので、あす、あさってはこのコーナー、お休みさせていただきます。

2006年8月1日(火)
熱中症

午前午後、相談事の対応で一日が終わりました。
きょうは自転車にうちだ新聞を積んで市役所に行きました。新聞お配りにいま熱中。おかげて7月一ヶ月、順調に配布ができましたが、きょうは気にかかる相談案件に対応するうちに時間が来て、そのまま自転車で帰途となりました。

それにしてもこの炎天下、工事現場で、また道路わきの樹木の剪定に、ヘルメットをかぶって仕事をしておられる姿に目が止まります。
昼食のうどん屋さんでも、市役所の駐車場でも、たくさんの知り合いの方と会います。あいさつをして、それぞれにご活躍なんだと感嘆します。
仕事に熱中症、はいいけれども、健康管理には気をつけながら、いい仕事を残していきたいものです。

2006年7月31日(月)
正倉院1200年

午前、相談事で訪問など。午後から高松へ、県庁ホールで開催された高P連の研修会に出席。
前国際日本文化研究センター所長、山折哲雄先生の講演を聴講しました。

東大寺は戦火にさらされ焼失したのに、すぐそばにある正倉院はなぜ1200年間、戦火や災害を免れたか。
平安、江戸、通算600年の平和の時代の研究がなされてないが、そこにこそ、正倉院が焼けなかった背景と、日本と日本人の平和の真実がある・・・
マータイ博士が世界に広めた「モッタイナイ」から芭蕉の「あらたうと」まで・・・
京都の路地小路のたたずまい、金閣寺に想うこと、などなど・・・静かな語り口の中に美しい情景を描いて見せていただきながら、日本人の平和と宗教の「心」を教わりました。

2006年7月30日(日)
「UDON」ロケ地でうどん食う

9時から新聞お配りに出発。自宅から南に自転車を走らせ、ちょうどお腹も鳴るころに、映画UDONのロケ地に到着。
きょうはここに地元の人々を中心にテントを張り、うどんややきとりのイベントが行われていました。
神社のうっそうとした森、ため池の堤防の上にはとても心地よい冷えた風。池面に映る飯野山。そしてロケに使われた古い建物のセット。
農作業の手を止めて、汗びっしょりでテントの下に陣取り、うまそうにうどんに舌鼓を打つ地元の皆さんの輪に入り、「昔はこの池で泳いだのう」とか、楽しい語らいのひとときを過ごさせてもらいました。

午後から一旦帰宅し、読書がてら休憩。夕方から夜7時まで、ふたたびお配りに自転車を走らせました。

2006年7月29日(土)
夏風いと凉し

午前、高松にて党の会合。午後から帰宅し、頼まれごとを処理し、夕刻から新聞お配りに自転車で走りました。
帰宅19時半。真昼間よりはずい分仕事がはかどりました。

2006年7月28日(金)
夏は胃をしっかり使うこと

例の、昼時にやっている、身体に良いことを言っている番組を、うどんやさんのテレビで見ました。
ごまがいいとか、のりがいいとか、盛んにやっていました。

午前から意を決して自転車に乗り、うちだ新聞をお配り。
その途上で4つの相談や要望をお聴きしました。
途中から急ぎの相談事が入り、そちらに回りました。

そのテレビで言っていたことは、夏こそしっかり胃を使う、ということ。
「食欲がない」という言葉には今のところ、私は縁がありません。無理は禁物ですが、でも自分を鍛える、そのような夏でありたいと思います。

2006年7月27日(木)
夏の山脈が照り輝く

お使い物のお届け、市民相談、新聞の配布、そして県知事選挙がらみの行動など。
あれこれとりまぜて、猛暑の市内を走り、21時帰宅。
垂水町の土器川沿いを走っていて、阿讃山脈の屏風のようにそびえる遠景を眺め、道を行き過ぎてしまいました。
きのうは朝昼夜、3回の会合に皆さんが集ってくださり、100人以上の方とお会いしました。
きょうは私の方からお宅や職場を訪問し、これまた何10人の方とお会いしました。
忙しく立ち働く人々の顔また顔。阿讃の山並みを眺めて、車を停め、しばし眺め入る時間もなかったですが、車中、まぶしいその光景が、人間たちとまぶしさを競うかのように輝いていました。
ここに生きている、ここに居場所がある、ということへの限りない感謝が生まれてきます。
働けるということはありがたい。
たくさんの人々と、ともに生きているということがありがたく感じられる、そんな、夏雲の湧く南の空を見ました。

2006年7月26日(水)
党の会合で一日

今日は月に1度の党の会合。
朝、昼、夜、3会場を回り、市議会の報告をしたり、党員の皆さんからご意見をいただく一日でした。
今日は終日、暑い一日でしたが、皆さんがお疲れも見せず、ご出席いただけることに心から感謝しています。

2006年7月25日(火)
夕張ショック

9時から全員協議会。課長級の逮捕という不祥事に関する経過報告のあと、準備が進む後期高齢者に設けられる新医療制度について、あらましの説明を受けました。
さて午後から新聞のお配りに、と意を決した時、雨が降り始めました。
すぐに止みそうでもあるし、続きそうでもあるし・・・。午後は役所にて、新着の「公職研」8月号を読み始めました。
今号の特集がこれ。「夕張ショック」。
財政再建団体に転落した北海道夕張市について、これまでの背景や分析がなされています。
他人事とは思えず、注意深く読みました。
これから何回か、このコーナーでも、今号の他の記事から話題にさせてもらうことになりそうです。
入札改革、議員や議会改革などなど、この月刊誌は非常に有益、有用です。

かかってくる相談事にただちに対応しながら(毎日こうして待ち受けているのなら、ラクチンですねえ。すぐに対応もできますし)、あっという間に夕方が来てしまいました。

夜は支援団体の会合に出席し、21時から友人宅でパソコンのアドバイス。23時に帰途につきました。

2006年7月24日(月)
総合計画素案を再度検討

午前、市民相談の対応に議員打ち合わせ。午後から会葬がふたつあり、14時から新市建設特別委員会。これまで詳しく検討し、質問や意見の飛び交ったその結果を再度検討しました。

私がこれまでに提言した意見も大幅に取り入れてくださっており、大げさかも知れませんが、「ああ議員にならせてもらってよかったなあ」と感激しました。
あちこちで申しておりますが、「策定そのものが自治である」と、神奈川県大和市の土屋市長。
議員のアツリョクに屈したのではなく、再考の末、英断をしてくださったと理解し、担当部局に心から敬意。

ある文脈の改正について、あまりに感激したのでここで書きたいですが、まだ未定稿ですので差し控えます。
パブリックコメントも明日が締め切り。審議会での審議を経て、9月議会に出されます。
市民の参加がもっと盛り上がればよかったと思いますけれども、まあ「一日にしてならず」。
これから市民度が上がり、そのことが議会の意識を高めると、市役所はそれを上回る「市役所力」を要求されることでしょう。
いいことではないでしょうか。ここにこそ、今の時点での議員の最大の仕事があると、私は思っております。

2006年7月23日(日)
モダン・タイムスを観る

朝読書、午後から葬儀に参列、支持団体の会合に参加、ということがあり、帰宅しました。
ニュースでは九州の豪雨が悲惨な現場を映し出していますが、不思議なことにきょうは宮崎で、オールスターの第二戦が行われていました。
野球観戦は途中までにして、衛星放送でやっていたチャップリンの「モダン・タイムス」の方を、まだ観たことがなかったので、観ました。

私は「よしもと」のファンでもありますが、先日新聞に、池乃めだかさんがインタビューに答える記事があり、興味深く読みました。
いわく「今は笑わしているのか笑われているのかわからんタレントが」とありました。「よしもと」を観てゲラゲラ笑うだけでも私にはけっこう意味があるんですが、なるほど芸というものは味わいのあるものだと感じ入りました。
その点、チャップリンの世界は作品の面白さを超えて、芸というものに感動されられるものと言えるでしょう。
足の上げ方、目の見開き方にまで周到な計算がなされている、否、芸がある、それだからこそ結末の、一本の道を二人で、笑顔を絶やさず歩こう、というメッセージにはなんとも言えない深まりがあるのでしょう。
私も、あの歩き方はマネできませんが(笑)、一生懸命な歩み方を、身につけていこうと思います。

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2006年7月22日(土)
「まるがめ文化財の日」遺跡めぐり

亀山学園での演奏から市役所に引き上げ、それから岡田の「俊正遺跡」、続いて金倉の「中の池遺跡」を巡り、詳しい説明を聞きました。
午前の2遺跡はそのようなわけで私は参加できませんでしたが、午後からは地理的な理由か、暑さのせいか、参加者がやや少なかったですが、午前は100人を超すほどだったようです。

中の池遺跡のプレハブに到着すると、「ウチダさ〜ん、2階へどうぞ」。「えっ、遺跡って2階にあるの?」
階上には丁寧に発掘された物品が陳列展示されていました。それは後で説明をいただくとして、まずは「現地」。広いのう〜。これ、歩くとかあ〜?

今から2300年も前にここに住んだ人たちも、あの飯野山を「きれいなのう〜」とめでて生活していたのでしょうか。
こんな場所からクジラの骨も発見されたとか。また人骨も見つかり、「この人は身長170cm、40歳代で、病気もしてない健康な男性」ということまでわかるんだそうです。
いにしえの人々の生活を組み立てていく、気の遠くなるような作業。人間ってすごいもんです。
私も弥生時代の人にあやかり、明日からもクーラーを遠ざけて過ごそうと思います。
夜はビールをいただきましたが・・・

2006年7月21日(金)
雨の止むのを待ちかねて

真室川音頭に「花の咲くのを待ちかねて」とありますが、雨の止むのを待ちかねたのはセミ、そして私。
まだちょっと心もとなげなせみ時雨(しぐれ)も聞こえ始めました。「この雨、どうなっとるんやろか」というようなセミのちょっと弱っちい声。そしてその中、私も午後から、雨の上がるのを待ちかねて、新聞お配りに飛び出しました。
雨で日程が狂ったのは、夏の高校野球だけではありません。
琴平の山が薄くかすみ、これはまた雨が来るのかと心配しながら、夕方まで自転車で走りました。
今日は市民の皆さんも久方ぶりに雨が止んで、外に出ている方にも多く出会いました。「よく降りましたね」とあいさつを交わしながら。
汗ずっぽりで、早くも腕の皮がむけ始めました。
山北神社の門のところで腰をおろさせていただき、休息してますと、夏の空、夏の風、「夏がまた帰ってきた」という感慨が押し寄せてきます。
セミの声も「がんばれ、限られた時間をせいいっぱい」と、鳴いているように聞こえます。
市民満足度、職員満足度、という言葉があるなら、議員満足度、という言葉もあっていいでしょう。
自分に納得できる仕事を、自ら目指して、やるのみです。

2006年7月20日(木)
親の会から県に意見書提出

県下5つの知的障害児養護学校親の会が、アンケートに基づく行政への意見書をとりまとめ。今朝、各校代表者が県障害福祉課を訪れ、意見書を手渡し、意見交換をしました。
私は親の会会長ではありませんが、なにやかや口出しする係り、ということで(笑)、同席させていただきました。

私は行政にいたこともあり、今は議員であり、また親でもあるという、二股も三股もかけた立場でありますが、いわゆるウデマクリ、ハチマキをして行政にモノ申す、というスタンスでなく、意見交換という感じで2時間も対話ができたのは大いなる収穫と思いました。

午後は在宅。ときおり役所に災害を心配する電話を入れながら、昨日の青い鳥教室視察のまとめなどをしました。
夜は役所へ。週末に行われる亀山学園での演奏の練習に、市役所吹奏楽団とごいっしょしました。このことはまた明日、書きます。

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2006年7月19日(水)
青い鳥教室を訪問

あさ9時に相談事でお客様。昼前まで各課を訪問しました。午後からも来訪者、相談事の処理など。
3時から市内の青い鳥教室、4校を議員たちとともに訪問。城東、郡家、岡田、飯山北の各小学校に設けられた施設。子どもたちでにぎわう時刻にお邪魔しました。
有料化、夕方の時刻延長、夏休みなどの開所など、議会でも最近、よく話題になります。
「時刻延長もいいですが、やはりおうちの方の愛情が一番です」「夏休みの1日10時間以上の保育をどのようにやるか」ほか、運営面での種々の課題や要望を、担当の指導者さんたちから伺いました。バスで移動中も担当者から、人員配置などについて説明を受けました。
秋田での事件は母親自身の犯行だったことが判明。この賑やかな子どもたちに、ともかくすくすくと育ってほしいと願います。
しかし男性議員からは「ボクには担当・・・できんなあ・・・」と弱音が。難聴になるかとさえ思える賑わい、激しい動き。目を離せばあちらでもめ事が・・・。指導者の皆さんほんとにご苦労様です。
少しでもいい環境づくりのため、行政にも応援をお願いしたいし、またビデオ番組の準備やおやつの手配など、家庭でお手伝いできる場面もあるのでは、と考えました。

夜は市民会館にて民音公演「イスラエル・エフロニ合唱団」の歌声をしみじみと鑑賞しました。

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2006年7月18日(火)
防災減災フォーラム

今日は9時半から議会だより編集委員会。従来の(というのは私が当選させていただいた頃の)委員会とは異なり、ずい分活発、実質的な検討がされるようになりました。
同時刻から始まっていた表題のフォーラムに遅れてかけつけました。

ここに掲載した写真は、被災されて救援物資に列をなす市民。
というのはウソで、これは会場の外に設けられたうどんコーナーの列。
冗談はともかくとして、会場には熱心な聴衆がたくさん詰めかけ、土嚢の作り方、ロープの結び方、非常用の物品にも大変な関心が寄せられていました。
こうしてうどんに列をなす間にも、「うちには歩けないおばあちゃんがいる」など、真顔で心配しているやりとりも聞こえていました。
救援物資を待つ、このような列ができないように祈るばかりですが、実際、日常のちょっとした心がけで、万が一のとき、被害は小さく食い止められるでしょう。
関心の高さが、強く感じられるフォーラムでありました。

午後からは断続的な雨の中、新聞のお配りと相談事に走り、一日が終わりました。

2006年7月17日(月)
羽田健太郎コンサート

「海の日」祝日の午後、丸亀市文化協会主催公演「羽田健太郎&羽田紋子(あやこ)ハートフルコンサート」が市民会館で開催され、家内と鑑賞しました。

軽妙なダジャレの連発、父と娘の気のおけないやりとり。そこに丸亀の少年少女合唱団やカメリアコーラスもジョイントして、ひとときくつろぎの音楽鑑賞を楽しみました。
大ホールはほぼ満席。「空席以外は全部満席」と笑わせながらおなじみの羽健さんが登場。
圧巻のスクリーンテーマメドレーまで、ピアノワークと澄んだ歌声を存分に堪能しました。

帰宅して夕刻まで「坂東ドイツ俘虜収容所物語〜ひびけ青空へ! 歓喜の歌」という本を読了しました。
青島(チンタオ)で俘虜になり、日本までチェロをかついでやってきたドイツ兵。木琴がなければ木琴を作った、という逸話もありました。
音楽は娯楽ということを超えて、生命の水のように大切なものと思いました。

2006年7月16日(日)
四国議員研修会

年に一度、この時期に開催される公明党四国議員研修。四県のすべての議員が今年は香川県さぬき市に結集。冬柴幹事長らを迎えて当面の政策課題など、学習しました。活動報告、質疑も活発に。

つい先日、ある市民から党の自民党との連立路線などについて厳しいご批判をいただいたばかり。国保税、市民税がアッと驚くほど上がり、通知書を持つ手が震えた、という方も少なくありません。わたしもその一人。
国政の現場からの率直な説明はなるほどと納得させられるものでした。とはいえ、市民の高い負担感はぬぐえません。ここからが、最前線で働くわたしたち地方議員の仕事となります。
市議会議員の仕事もしっかりやりながら、私たちは国政にも責任ある説明と納得ができるよう、たゆまぬ勉強をしなければなりません。

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2006年7月15日(土)
ミモカ須田悦弘展オープン

明日からミモカで須田悦弘(すだよしひろ)展がオープン。今日は午後、内覧会とレセプションが開催されました。
同時開催の2階展示室は猪熊作品も衣替え。私がいちばん好きな時代の猪熊作品が並びました(喜)。それらをひととおり鑑賞し、3階須田悦弘展会場へ。
壁になんにもない会場(驚)! 踏みつけそうな壁の立ち際に、可憐に雑草が生えている構図。これが作品。
芸術って、こんなのもアリなんだあ〜。
案内されてカフェレスト・ミモカへ。館長に続いて須田先生がスピーチ(写真)。懇談に移って少々、挨拶を交わさせていただきましたが、まことに気さくなお人柄。猪熊美術館のすばらしさを絶賛してくださいました(涙)。
丸亀市民に、もっともっと評価されなければなりませんよ。自信をいただきました。
明日から10月1日までの開催。皆さん、ぜひ猪熊美術館にどうぞ!

2006年7月14日(金)
ウインドヒルを見学

知的障害者更生施設、高松市にある「ウインドヒル」という施設を、丸亀養護学校PTA一行37名がバス仕立てにて、見学してまいりました。
1本の廊下でサカナの骨のように張り巡らされているというイメージの「ユニット」という設計のこの施設。機能的に、ひとつのユニットがそのままグループホームとして機能するように、うまく設計されていました。
まだできたばかりの施設ですが、ここに働き、ともに生活する利用者たちの場を見学してきました。
夕方からまたうちだ新聞のお配りをしました。

2006年7月13日(木)
夏雲を眺めながら

あさひる、新聞のお配り。その間に相談事にひとつ、対応しました。
南の空には夏の雲が鮮やかに湧き上がり、いよいよ暑さの到来を予感させます。
まだセミの声は聞こえず、それは嵐の前、といった雰囲気です。
自転車で走るのは健康的。ただ炎天下で汗をかくので、水分などに注意しながらやります。
体力気力が何歳まで持つのか。
当初からの発行部数を、私はできるだけ堅持したい。
暑さよ、来るなら来い。配りはじめで、まだ元気いっぱいです。

2006年7月12日(水)
うちだ新聞お配り開始

新聞に掲載しましたハザードマップのこと、昨日市長が記者会見で発表しましたから、私もちょうど今日からのお配りスタートで、タイミングもグッド。
6月議会の報告を1日も早く、と念じながらも7月も半ばが来てしまいました。しかし待っていていいこともあります。
今晩にはカラー版で、わたしのHPにも載せさせていただきますので、皆さんどうぞご一読ください。
今号でいちばんリキが入っているのは、アオサギがサカナをぐいっと呑み込むところの写真です(笑)

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2006年7月11日(火)
タウナギ

お初にお目にかかります。わたし、タウナギです。
生まれも育ちも香川県の里山だと思いますが、くわしい記憶はありません。香川県ではめずらしいとされてます。
わけあってここ、東小川児童センターでおります。
まあ、ここにいればエサの心配もなく、ときどき人間の子どもがわたしを触りに来るが、ワルサをする子どももいないので、相手をしてやってます。
今日はシギカイギインという人物が現れて、せっかくわたしが、ねぐらにしている管の中でじっとしているのを、こうしてムリヤリたたき出され、むやみにストロボなる光線を発射してぱしゃぱしゃわたしを撮影しておりました。
水中で耳を澄ましておりますと、なんでも今日はふたつの市民相談があり、ふたつとも無事解決でラッキー、とか言っておりました。
なんかあわただしくわたしを撮影したかと思うといちもくさん、これから「うちだ新聞」なるものを印刷するんだとかで、すっとんで帰りました。
「新聞」とか「印刷」とか、わたしにゃちっともわかりませんが、人間っちゅうものはなんか忙しい生きものですね。
聞くところによると、近隣のキタチョウセンという国ではわたしとよく似た長細い格好をした「テポドン」なる飛び道具を海に発射したそうで。
海に入ったとてわたしらのように泳げるわけでもなく、そんなものをなんでぶっ放すんでしょうかね。
まあわたしどもには関係ありませんけども。
ところで人間界ではこの、夏という季節にはわたしらの遠い親戚であるウナギが重宝されて、土用の日とか言ってずいぶん喰ってしまうそうですね。
わたしゃおかげさんでこの格好。うつぼみたいだとかヘビみたいだとかさんざん言われますので、「おいしそう」とかは言われません。
そもそもどこに目があるのかさえ、この写真ではわからんでしょう? よく見てください。
少しはわたしらにとっても住みよい世界になってきたけれども、しょせん人間たあ迷惑千万な存在ですよ。
もうちっとわたしらに住みよい環境目指して、がんばってくださいよ、ギインさん。

2006年7月10日(月)
新市建設特別委員会

きょうも一日、特別委員会をやりました。総合計画第二次素案をめぐっての部門ごとの検討会、2日目です。
委員は10人。それぞれご意見を聞けば、なるほどなあと思うところが多々あります。

ひととおり検討が終わりましたので、これを受けての修正案のとりまとめをこれからしていただけるようです。
パブリックコメント、総合計画策定委員会など、さまざまな方面からの意見も調整せねばならず、担当は大変なご苦労でしょう。
「策定そのものが自治である」と、神奈川県大和市の土屋市長が述べています。
市民の皆さんにもご参加いただき、「みんなで使える」総合計画(これは大和市の総合計画のキャッチフレーズ)にしたいものです。

さあ、いよいようちだ新聞29号の最終校正が終わりました。夜になり、ちとご近所に迷惑ですが、これから輪転機を回します。

2006年7月9日(日)
マクベス

新聞スクラップを片付けました。HPの「お役立ち資料館」に掲げているもののほか、用語解説記事など、さまざまなスクラップをしています。
こういう整理に時間をかけること自体いいことなのか、疑問ではありますが、7年間、やりつづけました。コピーでは経費がかさむので、最近はスキャナの手法を用いています。

さて、よる10時からNHK教育で放送されたお芝居「マクベス」を観ました。
シェークスピアはほんとに人生の警句に満ちています。
先日の「リア王」に続き、せっかく文学全集の一冊を出してきたので、これから「マクベス」も読むつもりでしたから、この番組を観ました。
こんどは原作を読んでみて、また感想を書こうと思います。

2006年7月8日(土)
うちだ新聞ほぼ完成

夕方、ようやくうちだ新聞29号が完成しました。
すぐに、いつもご指南いただいている方に校正を依頼しました。
これを待って、印刷機にかけます。
夜はたまりにたまった新聞切抜きの作業をしました。

2006年7月7日(金)
タウンミーティングに行こう

午前、城西プルヌスで「タウンミーティング」が催され、出席してきました。
明日も続きますので、その感想を今日のうちに、「輝け」のページにいま掲載したところです。
午後から少し相談事で走り、これからひたすら、「うちだ新聞」完成までパソコン前で格闘するつもりです。
今日が初日、明日から8月23日まで、各コミュニティで予定されています。どうか皆さん、足をお運びください。日程は広報7月号に載っています。

2006年7月6日(木)
あせりながら新聞を作る

午前、新聞づくり。午後から役所に約束の来客、相談事の処理で出たり入ったり。
帰宅20時半。テレビのニュースでは北朝鮮が胸を張って「またやる」と言い、土砂崩れの悲惨な現場、2歳の子に熱湯をかけて死なせた事件など。
それから気を取り直して新聞づくりに戻りました。午前3時。ひとくぎりついたので、今日はもう寝ます。

「これまでミサイルを撃たなかった。北朝鮮が寛大な証拠だ。日本は義務を果たしていない」ですと。ああ頭の中で土砂が崩れそうです。

2006年7月5日(水)
北朝鮮がミサイルを撃つ

朝からこの報道で沸き返った一日でした。

私は午前、高松のリハビリセンターで県下5つの養護学校のPTA会長、親の会会長の会合。これからの障害児施策について討議。
午後から帰宅して、党書類の作成印刷。夜は党の会合を市民会館で。

聞けば結局7発発射したとか。
そりゃあ長い人類史を眺めたときにひとり北朝鮮だけが愚かだと非難はできないでしょうが、それにしてもこの時代に、の感。
この報道を受けて瞬発的に「集団ヒステリー」にならないことが大事、と識者。それもそうでしょうね。

2006年7月4日(火)
市民相談の一日

相談事の処理で今日は一日、終わりました。

2006年7月3日(月)
新市建設特別委員会

早朝から、火急の相談事が出来てあちこち走り、ようやく間に合って10時から新市建設特別委員会に臨みました。
きょうと来週の月曜、それぞれ朝、昼の合計4コマで、常任委員会で割り振るところの4分野に区切って総合計画の詳細を議論するものです。
きょうは朝、総務部門、午後は教育民生部門について、理事者担当者を招き、素案の検討を行いました。

@総合計画は市の諸計画の中の最高位に位置するものである。諸計画の策定作業との競合の中で混乱があってはならない。
Aこれからの総合計画は、今後10年間の市の予算や政策を拘束するものであること。
B数値目標を掲げることは容易なことではない。市民から見て根拠と妥当性があり、目標設定が各課寄せ集めでなく整合性のあるものであること。
C「協創(きょうそう)」という新しい語彙を用いようとしている。思いつきでなく、理論背景が整備されるべき。市民の役割、行政の役割の分担をしただけでは「協創」とは呼べない。
Dいいものができたが市民は知らなかった、ですまされるものではない。策定プロセスにこそ民主主義の本質が見られるよう、手が打たれなければならない。
E計画の進捗を市民がチェックし、みんなで見守り、必要な修正を加える、PDCAのルールが確立されたシステムを備えねばならない。
Fアウトプットでなくアウトカムを、言い換えれば予算の使い方でなく市民の満足度を追求した品質の高いものとしなければならない。

以上のような大原則を確認しながら、個々具体的な点につき、質問や提言を行いましたた。

2006年7月2日(日)
バルトの楽園

宇多津マイカルで、映画「バルトの楽園(がくえん)」を妻と鑑賞してきました。HPにくわしく書こうと思います。
午後からはひたすらパソコンの前。新聞づくりですが、ネタに困って呻吟しているわけではありません。市民相談の整理にいつも時間がかかります。3ヶ月分。平素からマメに整理しておけばよかろうがっちゅうに(笑)
目の前の相談事から取り掛かっていくので、継続案件が次第に堆積していきます。
そして最後に「ウチダは何もしてくれん」とお叱りを受けます。
7月8月はこれらの「借金」を全部返済する意気込みで活動します。
あさ、新聞お配り、昼、相談事の対応、夜、勉強。
この基本スタイルを完遂したいと思います。

2006年7月1日(土)
京劇「三国志」に感動

午前、市障害者スポーツ大会に参加。パン食い競走などをファミリーで楽しみました。
ウルトラクイズでは家内が最後まで勝ち残り、賞品をいただきました。尊敬。

昼からはひたすらパソコンの前。新聞づくりに携わりました。

夜はお待ちかね。県民ホールで中国京劇院公演「三国志〜諸葛孔明」を鑑賞しました。
生まれて初めて京劇、なるものに触れました。例の、何とも言えない独特の演奏に乗り、三顧の礼、赤壁の戦い、そして五丈原の孔明の死などの場面が展開されます。
私の知る、オペラ、バレエ、そしてサーカスの要素をとりまぜて、独特の様式美、そして芝居の楽しさを堪能しました。
面白いですねえ。

自分の仕事も趣味も、限られた時間の中、品質の高いところを目指したいなあと思います。

2006年6月30日(金)
高松空襲展

今日も高松で四国人権教育研究大会、その第2日目に出席。午前で終了しましたので、昨日新聞で読んだ、高松市民センターで始まった高松空襲写真展のほうに寄り道して帰ってきました。
パネル展示もさることながら、すぐそばの常設展も、私は初めて見させてもらいました。
千人針、奉公袋、焼夷弾などの生々しい現物展示。とりわけ「さわれるコーナー」で手にした鉄兜の重さには驚きました。
歴史を追っての戦争の推移やアニメを用いた解説、防空壕のミニストーリーなど、内容は多彩で豊富。原爆関連の展示もありました。
まもなくその日、7月4日、高松空襲の日がやってきます。
県下でも空襲は高松市だけではなかったことも知りました。
焼け野原と化した高松市外の写真に見入って、しばし厳粛な思いをいたしました。

さて、市役所へ帰着15時から先ほど自宅への来客がお帰りになった21時まで、ともかく相談対応の仕事をしました。
明日から7月。「うちだ新聞」ができてなくてはならないのですが、まだ1行も書けていません。
がんばります。

2006年6月29日(木)
児童虐待と犯罪

今日明日、四国4県輪番で開催されている四国地区人権教育研究大会、今年は高松市開催、に出席です。
児童虐待と犯罪〜「人権」という観点から心の闇を解く とのテーマ。
講師は東海女子大学大学院の長谷川博一教授。
日程は10時から開会行事、全体会と続き、午後は分科会。その特別部会を、私は聴講しました。
その第一講は「私の生きざまと差別の実態」。こちらも事実体験に即した重要なお話が聴けました。
続く第二講がこれ。冒頭「休憩時間に眠くなられた人もいると思いますが、今起きなくて結構です。目が覚めますから」とおっしゃった、そのとおり、一言一句も聞き逃せない内容でした。
また「大体、講演では1時間程度しかくれませんが、今日は1時間45分で喜んでいます。ほんとは3時間くらいほしい」とおっしゃいましたが、なるほど、あっという間に定刻5時となりました。
さらにまた冒頭から「写真撮影や録音はご遠慮を」と繰り返し言われていたのも納得。スライド画面には一部、リアルなものがありました。
わたしはもったいぶって、ここで講演の内容をお話しないのではありません。
しかしそのくらいに、これは現実に発生した事件に直結する話題でもあり、ここではその内容に触れることがはばかられます。
どうかご容赦ください。
私たちの知らない、目新しい事実が発表された、というびっくりもありましたが、それ以上に、誰でも知っていることを、このように分析していく、その観点の深さ、自分にとっての新しさに納得させられました。
新聞見出しの「優等生が、なぜ?」という表現に、明日からは「優等生だからこそ」と書くべきなんだと、私は思うことでしょう。
犯罪を犯した人の心理を暴く、というよりも、身近の子供たちの中の心理のありさまが明らかにされました。
大いに啓発される講演。なんでも、聴いてみるもんだなあ、と感心しながらの帰途でした。

2006年6月28日(水)
あぜみち会で牛育てなど視察

10時から党の会合。終わって、実は9時半から始まっていた、杉尾、松浦両議員主宰の「あぜみち会」に途中から合流。
私は前半の、いちご、ネギなどの栽培農家を訪ねることはできませんでしたが、牛を飼育しておられる農家にお邪魔しました。
そのあと参加メンバーで昼食を共にしました。ひとときの懇談の中でも、知らないことがいっぱい吸収でき、ありがたいです。

午後は夜の会合に向けての準備などであっという間に夕刻が来ました。
夜は市民会館で党の会合。
先日のテレビ番組「TVタックル」というのに公明党坂口元厚生労働大臣などが出演したので、そのビデオを短くして紹介しました。
また、先日の私の本会議での質問と答弁を9分のダイジェスト版にして、皆さんにご覧いただきました。
少しでも議会のことを皆さんに知っていただきたいという思いです。
さて、それではこれからHPの更新やら、うちだ新聞の編集にかかります。

2006年6月27日(火)
人材育成計画

午前、養護学校PTA役員会、途中で抜けて11時、全員協議会、職員の不祥事の件。来客3人あり、14時半から行財政対策特別委員会を傍聴。16時半から来客あり。夜は明日の、党の会合の準備でビデオ編集をしました。

今日の論点は「行革特別委員会」に尽きます。
開会時点で、委員のほかに後ろで傍聴する議員も大勢いました。しかし70分経過時点での休憩を機に、再会時にはギャラリー?が激減しました。
行革の2本柱は、いわゆるコスト削減と、人材育成ということ。その後者について、ここ数年あまりの進展のなさに失望、というのがその場の雰囲気でした。
提案されている素案そのものに失望というだけでなく、委員からの質問に対してもさらなる失望。
「具体的にはどうするの?」「これから考えます」「これから考えるの?!」というやり取りが委員会室に響いていました。
ギャラリーが減るのもわかります。
ここから先は、今から「輝け」のコーナーに書きます。詳細はそちらをご覧いただければ幸いです。

2006年6月26日(月)
保釈金5億円

あさ、水曜日に迫った党の会合で上映するビデオの準備、相談事で訪問1件。午後葬儀に参列のあと市役所。来客、相談事の対応で各課を巡り、そのあと「対応力」と題された職員向けの本を読み始めました。
21時、相談事で自宅に来客、打ち合わせ。
私はあんまりテレビの前に座ることがないですが、こうして走る合間、なるべくラジオのニュースを聞くようにしています。
娘を性欲の餌食にされ、あげく殺された親のコメント。保釈金5億円。イラクからの撤収のために新たに派遣される100人の自衛隊員・・・。
報道内容が大きすぎ、重すぎます。その重さ、大きさを感じられなくなる、感覚がマヒしてしまうことが怖いと思います。
それでもこうして一日、生きていられるわけだから、ともかく何かをなそうと必死になりますよね。
そこへ、手にした雑誌で読んだのが、ある療養型病床施設のレポート。これはちと、一日の終わりには重過ぎました。
さあまた明日、元気を出してがんばりましょう。

2006年6月25日(日)
超バカの壁

養老孟司さんの本。「壁」三部作「バカの壁」「市の壁」そして「超バカの壁」で、あとがきに「もうだいたい書ききった」旨の表現がされています。
スピーチからの原稿起こしの手法で、ずいぶん読みやすく、親しみやすい語り口である反面、その内容は練られた、まことに示唆に富むものでした。
東大の先生、解剖学者。親しみやすい口調とはまた別に、やはり敬服せずにはいられない「重み」を感じるところも多々ありました。
氏が世界初となる「一般向けの死体の展示」をしたときのことが巻末近くに語られています。
「もしもトラブルがあったら自分が出て行く」。この考えを貫いたからこそ、トラブルは起こらなかった、と氏。
議員というのは実際「トラブル調停役」のような業務も多いです。そういう面から、この本には共感が持てました。「何かあったら自分を呼んでくれ」。この姿勢。これはまったく私の姿勢そのものです。
実は氏の言うとおり、こういうスタンスで臨めば、市議会議員というもの、毎日勉強であり、ひとつの案件で得た体験が、ほかの事案で思いがけず役立つことも多々あります。
「こうして大人になっていく」という氏の言及に心から賛同。
バカの壁をどうこうしようということでなく、それを踏まえて行動しよう、との氏の達観は、大きな説得力を持っていると思いました。

2006年6月24日(土)
伊吹島へ健康ウォーク

体協の催し、健康ウォークに家内といっしょに参加しました。
丸亀港から船に乗って、伊吹島へ。
降りもせず、照りもせずのウォーク日和。
きょうもたくさん、写真を撮ってきましたので、近日、「ちゃりんこ」のページなどに報告するつもりです。
帰りの船のデッキは真夏の輝き、潮風が心地よかったです。
身体を動かし、自然に触れる。いい一日を過ごさせてもらいました。

2006年6月23日(金)
ナショナリズム

あさ9時、相談事で訪問、それから本庁に帰り、来客、訪問、帰庁など繰り返し、夕刻帰宅しました。
オーボエの宮本文昭さんのコンサートで、市民会館には開場前、長蛇の列ができていました。

さて、サッカーW杯は日本にとって残念な結果でありました。
日本の国旗を振り、頬にペインティングをして盛り上がるのを、「あれはナショナリズムというべきか」と書いている記事を先日読みました。
愛国心という言葉をめぐって議論がありましたが、ほかに祖国愛、郷土愛などの言い方もあります。藤原正彦氏は著書「国家の品格」で、「パトリオティズム」という言葉も紹介していました。「ナショナリズム」が一国至上主義のエゴイズムなら、そうではない、郷土としての祖国を愛する心を言うのだそうです。
そして愛国心が戦争に駆り立てるのではなく、祖国愛のないこそ人が戦争を始めるのだ、とありました(趣意)。
なるほど。
世界を舞台の日本の活躍を通して、世界からも認められ、また日本国民も愛せる「日本」となればいいですね。
日本チームと、そして世界のチームに喝采を送りましょう。

2006年6月22日(木)
国家の品格

きょうも防犯灯のことほかで西へ東へ走りました。
夜、会合に参加した席で市職員逮捕という報道を聞きました。
このことは「輝け」の方に書こうと思います。

さて昨晩、藤原正彦さんの「国家の品格」という本を読了しました。
毒舌、といえばそれまでですが、数学者の筆者ならではの感覚と豊富な知見、そして深い洞察力で独自の所見を展開。
自由、平等、民主主義といった平常わたしたちが疑念を持たない語句に疑問を呈し、小学校での英語教育への反対意見も出て、示唆に富む著書でありました。
たとえば「いじめ」に対して学校に「カウンセラーを置きましょう」ではなく、武士道によって「卑怯」ということを教えることが大事、と氏は説きます。
欧米に感化され、なんでも「論理」を万能とする現代のあり方に警鐘を鳴らす一作。
その中でわたしの最も注目したのは、「国民は永遠に成熟しない」とのテーゼ。
小学校英語教育の是非よりも何よりも、この「史観」の是非こそこの本の本質でしょう。
「成熟するというなら、なんで人類はこうもおろかな戦争を繰り返すのか?」と問いかけるような氏の論調には、説得力があります。
ひとつひとつの論点に、なるほど、そのとおりだとうなずいて読み進めながらも、ことはあまりにも重大。
わたしの中で、消化し、整理するには少し時間がかかりそうです。
あまりにも強いインパクト。これはしばらく、私の脳裏にショックを与え続けてくれるでしょう。
忘れてはならない、大事なことが、ここには書かれていました。

2006年6月21日(水)
副市長

9時半全員協議会、10時本会議、終了後議会だより編集委員会、昼食まで来客打ち合わせあり。
13時新市建設特別委員会。終了後は相談事の解決やら来たる会合の準備、地方自治法改正法のお勉強など。
「会議ったって、座っているだけじゃん」とお思いかも知れませんが、さにあらず。脳の中はフル回転しています。
本会議が始まる時刻までに、すべての議員、議場に集うすべての幹部の皆さんに、先日も書きました「藤沢市の本」の抜粋集をお届けました。今朝起きてから印刷したものです。
今日の「新市建設特別委員会」は進行中の「総合計画」策定2次素案の説明をいただきましたが、7月にあらためて詳細を議論するための概略説明でした。が、「資料を読んでおいてネ」と言われてもなかなか、時間がとれるません。私には「説明中」が勝負。
「次回に答えてもらえばいいから」ということで、何点か気づいた点を、きょう、指摘させていただきました。
さらに本日いちばんのサプライズは、委員会終了後自室に戻ると机に置かれていた、来春から施行される「改正地方自治法」のレジメを目にしたときのこと。
「助役は副市長にする」とあるではありませんか。知らなんだ知らなんだ。くやしい。先日わたしがこれを思いつき、よほどこれを6月議会の質問ネタにしようかと思ったけれども、例の、「市民活動推進」でいっぱいであったため、見送ったのでした。
この改正法の公示は6月7日。私の質問日は翌8日でした。ああそれにしても、知らなんだとはお恥ずかしい!そうとも知らずに、先日市のある幹部の方に、ぽろりと構想はお話ししたばかり。
私の提案は、
@部長以上の幹部は政策マネジメントができる人でないとダメ。
A議会の常任委員会構成に対応させて4人の副市長を設置。
B部長職は段階的に廃止。議会事務局長のみ残る。
こういうものでした。もうここで、先に発表させていただいときます。

2006年6月20日(火)
全国中学校体育大会の総会

私道で、鉄板がたんたん鳴ってうるさいというところの修繕、信号をつけてほしいという道路の現地、東小川の児童館などを巡り、14時半からひまわりセンターで、この夏開催される全国中学校体育大会、丸亀市実行委員会総会に出席しました。
私もかつて市役所職員時代、東四国国体、インターハイの事務局員としてがんばりました。なつかしさがありました。
それにしても事務局からの大会概要の説明はまことにそつなく、長すぎもせず、すばらしいものでした。
パワーポイントを使っての説明もとても適切で分かりやすく、あの人物が役所に欲しいなあと思ったほどでした。
わたしも当時はビデオを自分で製作し、啓発に努めたものでしたから、思いもひとしおです。
開催は8月19〜21日。婆娑羅まつりと重なります。選手1500人はじめ、ピークで約3800人が集う規模。
競技成績もさることながら、丸亀からいい思い出を持ち帰ってもらいたいものです。

フレーム
2006年6月19日(月)
観光協会総会

2時半から丸亀市観光協会理事会・総会に出席しました。
18年度事業計画での審議で、

@8月26日は映画「UDON」の封切り日、その前週の土日、19、20日がまるがめ婆娑羅まつりとなっている。
 映画にはプレミアショーがつきもの。本編の上映はできないが、PR編など、まつりの会場となるミモカ美術館ゲートプラザの、あの壁面の余白を活用し、踊りの幕間で上映してはどうか。
 なお芸術作品の壁面に上映など許されるのか、という議論があるが、かつてミモカで聴いたところでは、生前猪熊画伯も「そういうのもいい」という意味のことをおっしゃったことがあると聞いている。
 婆娑羅まつり主催者に協力して、観光協会も働きかけてはどうか。

A先日訪問した兵庫県の但馬地方では、広域行政で「但馬情報特急(エキスプレス)」という素晴らしいHPを立ち上げ、観光誘致に成功している。
 これから本市でも「こんぴら街道」をアピールするのに、善通寺、琴平の観光協会とも連携が必要だ。積極的に働きかけるべきだ。

以上2点の提言をしておきました。前向きな答弁がありました。

総会の会場にはこんぴら街道をたどる大きな地図も用意され、ムードも満点でした。その意気で、イキオイつけて頑張りましょう(^0^)

2006年6月18日(日)
ゴールが決まらない

きょうはお葬式にふたつ、参列ということがありました。
相談事を3つ、処理に動きましたが、いい結果は得られませんでした。
帰宅して夕食の後、サッカーW杯の前半30分というところからテレビをつけましたら、キーパーが、味方選手から送られるボールをなすすべもなく後ろにとり逃がすというシーンを見てしまいました。
これはあまりにも情けなく、テレビを消しました。
自分もこういうことをやっているのかなあ、と思いました。
厳しく、市民のご批判を浴びながら、結果を出すことを心がけねばならないと思いました。

2006年6月17日(土)
リア王

終日、しとしとと梅雨三昧の一日でした。来たる猛暑を思うにつけ、何といとおしい雨音と涼しさでありましょうか。
午前、シェークスピアのリア王を読了しました。
今日は溜まった新聞切抜き、溜め読みなどを試みましたが、もうぜんぜん、情報量の多さに追いつけずにくたびれ果て、夕方からはHPの更新作業をしました。
ついに、5月12日に訪問した高松市にある「香川県動物管理指導所」を訪問したレポートをまとめました。いま、アップしたところです。
これから寝るまで、リア王の読書感想文を書こうと思います。
一節だけ、ここにご紹介しておきましょう。

「生みの親をないがしろにするような根性なら、
きっと人間の道をふみはずすに相違ない。
自分をそだててくれた親木からわが身を無理に引きさくようなことをすれば、
根の養分はとまり、やがて枯れはてて、
いろりにくべられてしまうにきまっている」(三神勲訳)

2006年6月16日(金)
藤沢市の本、お貸しします

午前、党の書類作成など、午後、葬儀、輪転機の修理、長年使ってついに壊れたカーコンポの付け替えなどがあり、市外へ相談事のために走っていました。
夜は党書類の配布のために市内を一巡。帰宅し21時、食事を終えると、テレビで加山雄三&東京フィルの豪華なゲスト陣の番組をやってるので、しばらく見ていました。
夕方から藤沢市の刊行した本から、少し抜粋集を作りました。これはぜひとも、多くの皆様に読んでいただきたいものです。
A4サイズで2ページです。これを読んでいただければ、ほんとに次の、市のあり方がわかってもらえると思います。
すばらしい本です。いつでもお貸しいたします。

2006年6月15日(木)
新リア王

11時、相談事で弁護士事務所。午後から高松の県民ホールで県高校PTA連合会の総会に出席。
帰宅して、おととい読了した高村薫「新リア王」、これは人様から借りた本であるので、抽出ノートを作りました。上下巻合わせてA4サイズ15ページ分も、書き写しました。
父と子の相克。これがメインですが、ほかにも夫婦の愛情、代議士にとっての秘書というもののありよう、本会議場に集まった衆院議員のありさまをサクラマスになぞらえた巧みな描出、などなど、いろいろな角度から読み方を楽しめる作品でありましたが、ことさら、私が15ページもの書き抜きをしたのは、やはり私にとってのこの作品への愛着、最大の共鳴点は、自分もまた選挙を戦う立場、そして政治理念と現実とのはざまに悩む一人としてのものでした。

父は、わが意に背いて国政から知事選に転じた息子のことを述べます。「少なくともあれは地方自治体の長に向いていないということだけは分かっておった。地方自治体は、教育や医療や福祉といった生活と人に密着したサービスを担うものである以上、その長はまず何より人間と郷土に対する強い執着がなければ務まらないからだ」下巻p350

最後の数ページは白眉でした。主人公、老いた王たる代議士がその息子たち、妻、秘書やその妻、新聞記者たちに次々と絶縁状をたたきつける。そしてどんどん孤独の度を増し、悲壮感を高めていく結末。
小説としての面白さを十分堪能しましたので、こうして残した書き写しノートを折に触れて読み返し、今度は自分の身に引き当てて、また別の読み方をする日も来ることでしょう。

2006年6月14日(水)
委員会が終わる

9時から私の所属する都市経済委員会。提出案件は消防団員関連の、法改正による条例改正案だけだったゆえに、短時間で終了。
11時葬儀、13時から生活環境委員会を後ろの席から傍聴。14時、相談来客。その後も相談事の処理などで庁内を動きました。

さて、夜は昨晩読了した高村薫の「新リア王」に続き、シェークスピアのほうの「リア王」を読んでいます。
その中に、こんな一節がありました。(三神勲訳、河出書房世界文学全集所収)

正直者の犬は外の小屋の中へ追いこまれて、笞(むち)でぶたれなきゃならん。おべっか言いのめす犬は炉ばたにぬくぬくと寝そべって、おならをしているのになあ。

2006年6月13日(火)
資料館「うちわ絵展」

おととい日曜日に実施した「ジャワ島地震被災者救援募金」でいただいた浄財を、きょうは高松の党県本部に届けました。県下全体の分をまとめて日赤に寄託します。ご協力ありがとうございました。

帰り、坂出で友人が開いたふたつのお店を祝福に訪問。丸亀に帰り、その足で資料館「涼をよぶうちわ絵展」を鑑賞しました。
単にいろんなうちわの図柄が並んでいるだけかと思いきや、高松塚古墳に描かれたうちわを持つ人の絵、うちわの歴史、丸亀の昭和30年頃、つまり私が生まれた年ですが、その頃、船に縛り付けて竹が県外から西汐入川に運ばれ、さらにそれを筏に組んで塩屋町まで運んだ、といった写真入りの解説、また屏風、掛け軸に描かれたうちわにちなむ作品が目を楽しませてくれています。
お侍さんの刀の鍔(つば)で、うちわをデザインしたものも展示されています。
暑い一日でしたが、ほんとに涼しさをいただきました。皆さんもぜひどうぞ。
夜は高村薫著、「新リア王」を、ついに読了しました。

2006年6月12日(月)
シュートを決める

早朝の地震からよる9時、相談事の来客まで、長い一日。
来客がお帰りになり、ふとテレビの前を通ると、ちょうど日本がゴールを決めるシーンを見ることができました。
いま勝敗を確認すると、残念ながら後半で逆転されていました。
今日は常任委員会がふたつ開催され、私は明後日が自分の委員会ですから、今日は傍聴です。
それぞれの委員が熱心に議論をされてました。
議員としてバシッとゴールを決めたいですが、それは決して理事者をやっつける、という意味ではありません。
一方理事者の皆さんには、カントクの采配の下、一糸乱れぬ連係プレーをお願いしたいところです。
11万人の観衆をどよめかせましょう。「イエローカードを恐れるなっ」

2006年6月11日(日)
ジャワ島地震救援募金

あさ9時から駅前清掃。引き続き駅前にて、先日のジャワ島地震の救援募金を実施しました。

友人から借りている「新リア王」という本。長編ですが、昨晩上巻を読み終えてきょうはノートを書きました。借り物の本は、私はノートを取っておきます。
それが大変な量でした。
また今日は「職員研修」のバックナンバーを読んで、読みながらうとうとしたりして、そしてさきほど未明からまた起きて読んで。
そうしているうち、地震がありました。震度4。

2006年6月10日(土)
ソーシャルワーカー講習会を聴く

朝、公職研の月刊誌の勉強をして、昼前、市役所へ。正午、丸亀城大手一ノ門できょう、時の記念日を機に、丸亀城伝統の「正午のドン」が復活しました。
そのもようを祝福して、それから高松に。
「自立支援法は障害者の自立を支えるのか」と題した講演を聴講。
東へ西へ、さまざまな識者の声、現場の声を聴くうちに、ほんとに目が見開かれていく心地です。
ジグソーパズルのように、自分の頭の空白部分に、皆さんが知恵を授けてくださり、ぱきっぱきっと部品が組み上がっていくような快感です。
選挙で選んでいただいた自分が、こうして足跡を残しながらハズルを組み上げていく、それを行政が反映してくれる、それで地方の民主主義はカンペキ、と思うのですが。
現実は、そうはいかないんですよね。悩ましいところです。
どうすればいいのか。自分のスイングの改良点は何か。日々、悪戦苦闘していくのが、これまた快感です。

2006年6月9日(金)
高松市美術館に立ち寄る

朝、昼、夕方、3件の相談事で走りました。夕方のは高松まで参りましたので、閉館間際の高松市美術館に寄り、開催中の「エミール・ガレとドーム兄弟展」を鑑賞してから帰りました。
1879年のパリ万国博覧会に出店されたガレの代表作など約100点のガラス工芸品や木工品など。ドイツ帝国の出現をけん制して結びついたロシアとフランス。その産物が、これらの芸術品とのことです。
ロシア皇帝の執務室などに置かれていたというフランスからの献呈品。それそはもうゴージャスですが、それだけでなく、ガレ独特の感性と気品・・・ここまでは解説に書いてあったことですが、そのうえに親しげな目線で草木や山野、湖、海底までもがガラスの器をカンバスにして巧みに描かれる。
100年以上の歳月を越えて、それらは天才工芸家とわたしのような市井の庶民をつなぐ、美のメッセンジャーでもありました。
高松市美術館は7時までの開館。結構人々が訪れていました。
われらが猪熊美術館も、「現代」にこだわる猪熊弦一郎の遺志を尊重しつつ、しかし一方、経営が破綻すればもともこもなし、ということを脳裏にちらっと浮かべました。
一度、識者の人に尋ねてみようと思いました。
経営難を理由に、なんか、芸術も福祉もあっさり切られていく。そこで悩むのがわたしの仕事でもあるなあと、帰途いろいろと考えたことでした。

2006年6月8日(木)
市役所よ円陣を組め

一般質問も今日で終わり。終了後関連の書類を整理したり来客があったりして、16時半から相談事で弁護士事務所、その足で別の相談事で訪問してから帰宅。
自分の質問したのをケーブルTVで見終えたところです。電話があり、相談事がひとつ入りました。

それにしても昨晩、市民会館の事務所を訪れると、ずいぶんサービス面で、小さなことかも知れませんが努力していることを実感しました。
大したもんです。ですから私は決して絶望しておりません。
指定管理者の制度が市民会館のサービス向上を実現させたと考えるなら、国もなかなかやるもんじゃないですか。そこには職員自らの努力もあります。すると、市のオリジナルで職員の努力を引き出すことに成功すればいいわけですよね。
防御の姿勢でなく攻撃の大勢を、そのために市役所が「政策会議」という「円陣」を組むべきだ、と、きょう質問で訴えました。
その円陣での幹部の激励次第では、それに応える優秀な職員がいることを確信しているからです。

さて、ともかく私の登板はひとまず終わりましたので、今夜はこれからHPの更新の作業をいたします。

2006年6月7日(水)
一般質問2日目

10時から本会議、一般質問を続行、4人の議員が質問に立ちました。
横川議員の質問への答弁で、商店街のデータが示されました。

      平日通行人 休日通行人 店の数 空き店舗  空き率
平成10年   9,782人       8,418人     269店      66店       24.5%
平成17年   6,901人       4,296人     272店      98店       36.0%

休日の通行人は、およそ半減ということなんですね。

さて、本会議が終了後来客あり、その後帰宅して今晩の資料作成。これを打ち終えたら1件相談事の訪問をし、それから市民会館へ、党の会合に向かいます。

2006年6月6日(火)
一般質問が始まりました

10時から本会議。今日から一般質問が3日間続きます。
今日は4人の議員が登壇しました。わたしの知らないこともいっぱいあり、勉強になります。
本会議が終わって、いま取り組んでいる相談事に関して時間を費やし、5時から別の相談事で法律事務所、6時から別の相談事の関連で人に会いました。
これではいったい何のことかさっぱりわからんですね。すみません。けれども仕方ありません。
「本会議でぼんやり座っているだけやん」と、議員を酷評しないでくださいね。それだけがお伝えできればさいわいです。

2006年6月5日(月)
一般質問日時決まる

わたくしの一般質問は8日(木)午前10時からとなりました。皆さんぜひご注目ください。

さて本日の本会議は議案質疑。ふたりの議員が質疑に立ち、お昼で終了。
午後から来客あり、合間を縫って市民相談の対応など。17時、18時それぞれ相談事で訪問先。19時、党の議員の打ち合わせ会。
でした。

2006年6月4日(日)
ローカルマニフェストは地方政治を変えるか

上京して講演会を聴いてきました。
知事や市長がマニフェストを掲げて立候補し、当選すればこれの実現のために行政を動かしていく。
まだまだ全国的には少数派かも知れませんが、分権時代の、必然的な流れであると思っています。
また詳しくは視察レポートに掲載します。

2006年6月2日(金)
通告提出し、市民相談に走る

あさ9時、通告書を議会事務局に提出、それから高松市でのあるイベントのオープニングイベントに参加。
15時市役所に来客あり。その後、じわじわと寄せられ、たまりつつある市民相談をひとつひとつ処理。
ふぁ〜眠たい。これからHPの更新を頑張るつもりです。それからできれば、一冊、本を読んでから寝るつもりです。
明日は上京します。「ローカルマニフェスト」の講演会を聴講してきます。

2006年6月1日(木)
6月議会はじまる

あさ9時から全員協議会、10時、6月議会が開会。初日ですので短時間で予定を議了、11時から市の理事者との協議。
12時葬儀参列、それから高松に走り、朝から開催されている養護学校県下5校PTAの連絡協議会に合流しました。
3時帰宅。それから現在まで、質問原稿の仕上げに費やしました。まもなく夜が明けます。

2006年5月31日(水)
藤沢市の本を読む

「藤沢市の市民参画・協働」。副題は「湘南の海に向かって」。
05年の3月に発刊、私がこれを購入したのは昨秋、東京でのフォーラムに参加したおり。そして読んでいるのが今ですから、いわゆる「周回遅れ」の感。
夜8時に読了しました。たくさん、メモをとりながら。

今朝は三宅議員ご紹介の愛媛県の「えひめAI(あい)-1(いち)」研究を進める曾我部先生が丸亀市に来られ、講義を少々聴講。少々、と言いますのは、かねて予定の、丸亀養護学校での人権講座にも出席しなければならなかったからでした。
午後からは6月議会の準備として、この本をはじめ種々の資料漁り。

「うちだ新聞」の郵送準備は結局、今朝明け方までかかり、あまり寝ていません。
正午、郵送を完了しました。ああ眠たい。
明日から定例会が始まります。

2006年5月30日(火)
うちだ新聞配布完了

朝から終日、自転車で新聞をお届け、「遅くなってすみません」とお詫びしながら、自分のダンドリの悪さが情けなくなります。
明日は郵便局へ郵送分を持っていくため、まだまだ深夜も準備中。夜なべになりそうです。
庭で作業している壮年の方から道路の問題で声をかけられ、またタバコ屋の奥さんからは「なんか、委員長?副?とやらになっとったね〜」と笑顔をいただきます。
自転車屋さんのご主人はだまってわたしのチャリを点検してくれます。ありがたいですー。
いつも愛嬌を振りまいて迎えてくれるワンちゃんがいるお宅があり、楽しみにのぞいてみましたが、今回はなぜか自分の家から出てきてくれません。あれ?病気なのかな?
おそるおそる犬小屋を覗くと、かわいい赤ちゃんにおっぱいあげていました。お母さんになったのね。
「今、忙しいのよ」という目をしていました。
夜はちょこっとコミュニティに顔を出させていただきました。お城まつりのことで、ここでも貴重なご意見、いただきました。

2006年5月29日(月)
免許書き換え

午前は高松の運転免許センターに行ってきました。もちろん、「優良」。
講習は30分で、高速道路でオートバイの2人乗りが認められたことなどを学習しました。
午後はチャリでうちだ新聞をお配りし、夕方から飯野山を活かすNPOの活動、まちおこし、などのお話を聞く機会があり、有益でした。
それにしてもこの、ウェブ日記のホームページビルダー。表題の、みどりに赤では、ぜんぜん見にくいですよね。きょうはあえてこの配色を選びます。ありえませんよねこの配色。

2006年5月28日(日)
うちだ新聞にこだわる

午後1時半から城西地区自治会総会に参加させていただきました。
午前中は「うちだ新聞」配達が遅れた地域へのお詫びのメッセージづくり、総会の後は自転車で配達をし、7時を過ぎて帰宅しました。
お届けが遅くなり申し訳あまりません。
3月議会が終わって4月、5月。あっという間でしたが、たしかな進展もありました。
追われるように6月市議会。
「議員はちゃんと仕事をしている」と市民から認められるようにしたいです。
昨晩、ホームページを更新しました。自治基本条例第8条、議員の責務、というところを、載せさせていただきました。
この4、5月に活動したレポートをまだたくさん積み残しています。なるべく急いで、HPにアップさせていただきます。

2006年5月27日(土)
出張復命書きからHP更新まで

午後1時、心身障害児(者)育成会総会に参加しました。
あとは終日、先日の茅ヶ崎、大和市への出張の報告作成、これを6月議会の質問原稿の下書きに、かつまたこれをHPの「視察レポート」に掲載するという作業をしました。

2006年5月26日(金)
童門冬二氏の講演を聴く

9時半から広域行政の議会、11時来客あり、善通寺に向かう道すがらいろんな相談事をすませながら、2時から善通寺の境内で、作家、童門冬二氏の講演を聴講しました。
「こんぴら街道の歴史にまなぶ」と題された今日の講演。これからの丸亀のまちおこしに、大いに啓発されるところがありました。
氏は78歳。汲めども尽きない知識と淀みない語り口。学校の社会科の授業もこんなふうだったらと、少し思いました。
夕方帰庁、相談事の解決に走り、6時、横断歩道をつける現地、さらに昨日の相談事の続きで現地。
夜は、引き続きHPの更新を兼ねて6月議会の原稿準備をしています。

2006年5月25日(木)
蓬莱町からの海に感激

9時からいでざらいの現地、10時葬儀、その後は市内各所を回りました。
たくさんの問題解決に走ったつもりですが、けっきょく訪問先で、それ以上の相談事を承りました(笑)
蓬莱町を走り、海辺に出て、引き潮の、昼下がりの、きらきら輝く瀬戸の光景を目にしました。
コンサートなんかでステージにきらめくイルミネーションに目を奪われたりしますが、西に傾いた光を海満面にきらめかせている凪いだ瀬戸の光景は、絵にも描けない、言葉でも言えない、ほんとにひとときのくつろぎを私に与えてくれるものでした。
夕方から再び現地2箇所。
6月議会の議案は届きましたが、まだ目を通せないまま。
こうして走りまくっているのは心地よく、銀に輝く瀬戸内海を見て、そのときにFMで聞こえてきた曲に聴き入るのが、しばしの、えも言われぬ休息です。

2006年5月24日(水)
党支部会の日

朝、昼、夜、市内3つの会場で公明党の月例会合を開きました。
昼には、会場からそのまま参加者に導かれ、道路が狭い、という現地を見に伺いました。それからさらに別の相談事があり、そのまま夜の会合に走りました。
市民活動の充実へ、夜にはさまざまに建設的な活動報告がなされ、6月議会に予定している私の質問にも大いに参考になりました。

2006年5月23日(火)
6月議会のテーマは「市民活動推進」

あさ10時来客、11時から葬儀に参列。
午後からはよる8時まで、出張復命を含めた「市民活動推進」について、もうすっかり、パソコンに向かっておりました。それはそのまま6月議会への準備でもあります。
出張先で学んだことを、こうして書類をくりながら思い返し、そしてまた思索をめぐらすのは至福の時間です。次々にアイデアが浮かぶ、という前進的な展開をすることもあれば、考えがより深まっていくという展開をすることもあります。
だれかまうものか。わたしはわたしの頭脳をフル回転させて、知能の限りを市に貢献するのみです。

2006年5月22日(月)
お城まつりの反省

昨日開催された音楽療法の講演会。講師のローバッカー博士は丸亀に宿泊。けさは彼を猪熊美術館にご案内しました。
午後、お城まつり実行委員会に出席。今年の反省を踏まえて、来年に向け、活発な意見が出されていました。
いろいろと私も思い浮かぶ提案もあり、思いつくままに席上、話させていただきましたが、こういうのは考えれば考えるほど、次々と出てくるものです。
きちんとまとめて、当局の課長に文書にしてお渡しすることにします。
「お城」というアイデンティティにこだわること、商店街や市の歴史、そして飯山綾歌町の皆さんの登場、若者たちの出番、などなど、話題は多方面にわたりました。
ぜひとも、来年は今年をしのぐ、いいおまつりにしたいです。

2006年5月21日(日)
音楽療法

アメリカから著名な博士が来られ、宇多津町で講演会が催されました。
当然これ、全編英語で語られるので、通訳にこの道のオーソリティ、徳島文理大学の津山女子が当たられました。実は彼女は私の高校の同級生。そういうわけで、今回この催しに私も及ばずながら参画いたしました。
開会のあいさつでちょっと私もあいさつをさせていただき、途中、地元コミュニティの総会があるので地元に戻り、ここであいさつをさせていただいてから、ふたたび宇多津に戻りました。
夜は博士を囲んでの懇親会。さきほどホテルにお見送りし、帰宅しました。
県外からの聴講者を含め、130名。レベルの高いその講演内容に、皆さん感動されていたようです。
地元で活躍されているミュージックセラピーの皆さんに感謝します。

2006年5月20日(土)
市P連総会

きょうは終日、ホームページの更新準備に費やしました。
それでもまだ、アップできないくらい、情報を収集したここ半月でありました。
夜は市PTA連合協議会の総会に、丸亀養護学校PTA会長として出席しました。
続いて懇親会があり、さきほど帰宅しました。
子どもを見守る、という観点と、お年寄りの生きがいという観点とを結びつけ、どうして横断的な施策ができないのか、というご意見をいただきました。
まったくそのとおりで、私はそのビジョンをこそ、つねづね機会をとらえ、提言しているつもりです。
私の構想では、まず市役所に昨年の選挙で私が公約した「まちづくり推進課」、自治体によっては「市民活動推進課」、名前は何でもよろしいが、ともかくそうした「市民に向かった」課を創設することから、ものごとは始まるということをご理解いただきたいです。
もとより、市にひとつのセクションを設けたとて、それがすべてではありません。その機能、その仕事ぶりが大事です。
ですが、今のままでは、市民のニーズが市役所各部署に拡散して、一方で「市民とのパートナーシップ」を唱える割には、ぜんぜんその窓口が整備されていないです。
もし、このHPを他の市の住民がご覧になったら、「いまさら何を言うとるんじゃ」と笑うでしょう。
市役所が国の方でなく市民の方を向く、その窓口を創設しようというのに、それがなかなか理解を得られません。
くどく、くどく、私は言い続けます。

2006年5月19日(金)
都市経済委員会勉強会

あさ、正副委員長で協議の時間。葬儀参列があり、午後からは都市経済委員会勉強会が夕方まで開かれました。自室に戻り第二ラウンド、担当職員の方とやり取りをして5時。それから来客、相談事を受けました。
終わって6時。夜はHP更新のための準備。
その合間にお城のお堀の水を取りに行ったり、先日から続けている水質浄化の実験を継続。わが控え室は「理科の実験室みたいやな」と、各議員がおもしろそうに覗いてくれます。

2006年5月18日(木)
議会だより編集委員会

9時半から議会だより編集委員会。次号の編集について検討したほか、私から、「だより」の編集改革について提案しました。
メンバーも新しくなり、少しでも市民の皆さんに読んでいただけるように工夫しようと、各市のユニークな取組みをこれから探す。そして次回に皆で検討することになりました。
このあと午前中は市民相談で庁内走り回り。13時半から、杉尾、松浦両氏主導による農業問題を考える「あぜみち会」で、今回は現地視察。飯山の桃、綾歌のはっさくの畑、産直市場などを見学させてもらいました。
次の機会にHPで報告させていただきます。現地で迎えてくださった高橋(等)、長友、小松各議員の対応、ありがとうございました。

2006年5月17日(水)
幹子の物語世界展

天満町、さんがわ呉服店「つきのこぎゃらりぃ」で開催中の「幹子の物語世界展」にお邪魔しました。
旅に出て、食卓に出された料理もいただく前にちょこっとスケッチすることもあるそうで、そういうときにいつも携行している、コンパクトな絵の具セットも見せていただきました。感激。
ひととき、絵に触れて心なごむ世界です。
午後、市民相談来客あり、その後飯山町へ、ある方の相談事で農地を歩きました。その帰途、飯山総合センターを訪問。お悔やみをはさんで夜は会合、3件の相談や苦情をお受けしました。

2006年5月16日(火)
茅ヶ崎、大和市を視察

1日ごぶさたしました。
6月議会ではわが党から私が一般質問に立たせていただく予定ですが、だいたいこれでテーマはキマリ。
まだ5月後半、ちょっと考えている計画があり、それらを十分にまとめて、6月議会に臨むつもりです。

2006年5月14日(日)
友人議員のHP立ち上げをお助け

昨晩は早く休ませていただきましたので、今朝は4時から起き出して、次のHPの更新準備。
イベントもあり、競艇、堀の水質浄化、犬猫問題での視察など、報告を発表する内容があまりに多く、実はアップアップしています。
10時から、隣接するある市議会議員のお宅へ。本人ひとりでビルダーと悪戦苦闘。これまで3回、アドバイスに伺いましたが、本日ついに!彼は独力でHP立ち上げを成し遂げました。
お教えする間に、実は私もビルダーの使い方について、たくさん学ぶところがあったのです。
帰宅してまた朝の続き。夕方相談事で現地。夜になって読み始めた本をただいま読了。

2006年5月13日(土)
ミモカ新企画が始まる

ついに散髪に行きました。
2時からはミモカで明日から始まる「スティーブ・マックィーン展」のオープニングレセプションに参加。
ご本人は体格のしっかりした黒人の男性で、乾杯のあと気さくに語らい、サインに応じてくれたりしていました。
ところで私はきょう初めて知ったですが、この4月からミモカ館長に、小佐古前教育長が就任されたのですね。
教育委員会の組織から文化・芸術、生涯学習部門は市長部局に移すべき、との私の主張の中で、私はこれまで「例えば教育長さんが館長になればいい」と発言したこともありましたが、本当にそうなっていました。
館長に教育長で、ミモカ館長室は基本的に空室、というのではミモカの向上が図れない、というのが私の主張するところでした。ぜひとも新館長には辣腕をふるっていただきたい。心から応援します。

ミスト状の雨が静かに降る一日。あとは読書と新聞整理を行いました。

2006年5月12日(金)
どうぶつたちのいのち

10時、県の、犬猫の最終処理施設を視察しました。その内容は、別に詳しく報告します。
15時、コミュニティや自治会の振興のため、市役所に要請してヒアリングを実施。
夜は郡家町の「アイリス祭り」にお邪魔しました。

2006年5月11日(木)
来客多数

道路にかぶさった鉄板がやかましい音をたてる、という苦情で現地。それから市役所に行き、今日はお城のお堀のヘドロを汲み出すということをしました。
それから役所の自室で、昨日愛媛から持ち帰った液体を、採取したお堀の水に投入。浄化の実験が始まりました。
それやこれやで、控え室に来られる議員、市民の数は多数。
ここで書ききれないさまざまな情報交換がありました。
朝、お受けした道路は市道でないことが判明。私道の改善は、市にお願いすることはできません。知り合いの土木業者さんに、相談するつもりです。

2006年5月10日(水)
「リア王」読み始めました

市役所にいると、仕事が、処理よりも発生の方が多くなります。
夜の党の会合の準備をするつもりが、結局5時まで市役所にいて、おおわらわで7時からの会合に間に合わせ、書類を作成しました。
昨晩から高村薫の「新リア王」と同時にシェイクスピアの「リア王」も読み始めました。
・・・ああ、世も末じゃ。策略、虚偽、裏切り、その他身を滅ぼすようなありとあらゆる非行が執念ぶかく墓場の入口まで追いかけまわす。
(三神勲訳。河出書房世界文学全集)
世の中って、けっきょくいつの時代でも「世も末」なんでしょうかね。
仏教的発想では、世の末はすなわち次の世の始まり、となります。
果てしなき権力欲の果てに、それが「ない」世界でなく、それを「超える」世界を目指したいですね。
及ばずながらわたくしも、市政のなかでそれに向け、奮闘したいと思います。

2006年5月9日(火)
「えひめAI」を求めて

表題の言葉は「えひめ愛(あい)」と読みます。

今日はあさ8時半、シルバー人材センターの「朝市」というのにお邪魔。状況を見てきました。
9時、ある地域の市民から市への陳情に同席。9時半、丸亀を出発。松山市に行ってきました。
昨日のこの記事で「学者さん」と表現しましたが、それは私の認識違いで、正式には財団法人えひめ産業振興財団、産業情報センター所長であられる曾我部義明氏でありました。
昨日、丸亀城のお堀でポリタンクに汲み上げました水を積んで、高速をクルマで走りました。
氏は水質浄化を目的に、これまで表題の「えひめAI」を開発、普及されている当事者であられます。
私のような化学オンチにも分かるよう、丁寧にご説明をいただきました。
ここでは到底書ききれませんし、また頂戴した「AI」液の実物を活用して、まずは私も実験してみるつもりです。
今日、お伺いした結果、このAIが丸亀城のお堀の水質浄化に適用できるかどうか、という問題の前段として、地球環境そのものへの取組みという観点で、非常に啓発を受けることができました。
お堀の水への着眼が、これほど高度な問題意識に高められるとは。
こののち詳しく、別の場所で、報告したいと思います。

2006年5月8日(月)
お堀の水を採取

3.4両日はお城まつり、5.6両日は新聞配りで、おかげで真っ黒。きょうから日常業務が始まりました。
明日は松山市のさる学者さんのところに、お城の堀の水を持参し、開発中の浄化システムが適用できるか、調べてもらいます。そのためのサンプルを、きょうお堀で採取しました。
朝からさまざまな案件があって役所の各部署を歩くなどするうち、あっという間に5時が来ました。夜は土地問題で、ある方を訪問しました。
友人が「新・リア王」という大作をお貸しくださいましたので、今日から読み始めました。

2006年5月7日(日)
連休最終日は雨天で読書

まるで投手が試合後、肩をアイシングするように、きょうは一日、ひんやりと雨模様で結構でした。
「地方自治職員研修」4月号を読み終えました。この月刊誌を月々、着々と読破することができず、こうして5月号を読んでから4月号に戻る、というような虫食いの読み方をしています。
4月号も内容充実。ライン引きと、行間への思いついたことの「書き込み」で、手ごたえを感じて冊子を閉じます。最先端の法理を学び、役所の現場を歩き、先進地を視察し、そして市民の皆さんからの声をいただけば、もう年に4回、20分の質問時間などあっという間だということはおわかりいただけるでしょう。私が別コーナーで職員の皆さんに発信をし始めたゆえんです。
巻末には連載の公務員向けの「昇任試験講座」があり、毎号、しんどいけど読んでいます。憲法、行政法、自治法、公務員法、さらに会計知識から時事問題まで。こういう勉強のしかたもいいかなと思います。

2006年5月6日(土)
お配り、のち雨

夕方からいい雨となりました。
朝からひたすら「うちだ新聞」をお配りし、午後からだんだん雲行きがあやしくなるのを気にしながら自転車を走らせました。
「あらっ、もう選挙な?」との声もいただきました。
選挙はまだ3年先。市民の皆さんが税金を払って議員を雇っている、という言い方は語弊があるかも知れませんが、それならば議会報告は税金に対する領収書のようなものではないでしょうか。
当然、受け取る権利があります。
そうではなく、ギインというのは選挙直前にあいさつに来るものと、市民の方は思っていらっしゃるようですね。
そうした市民の皆さんの感覚に訴えるためにも、わたしは新聞お配りが大事と考えています。
つい数日前まで、まだストーブが必要だったのに、今はもう窓を開けて、外の雨音を心地よく聞いています。すぐまた、暑い暑いの毎日が来るでしょう。
日々これかけがえなく。与えられた使命をまっとうしていきます。

2006年5月5日(金)
こどもの日。「ガイナーズのおっちゃん」と呼ばれる

お城まつりの翌日。まだ連休が続くのですね。
しかし私はお仕事モード。自転車で「うちだ新聞」をお配りしました。
公園で遊ぶ子供たちの間を走り抜けると、後ろから「ガイナーズの帽子かぶったおっちゃ〜ん」との声。
そうそう。これは昨年夏、「丸亀市の日」と銘打たれた一日、生島の球場で買ったもの。石毛さんのサイン入りです。
石毛さんのアイランドリーグもすばらしい。子供たちに夢をもたらす偉業です。わたしも配りつつある「新聞」に「教える」から「学ぶ」へ、時代の転換を訴えています。子供たちの時代を作るため、おっちゃんは頑張りたいと思います。

2006年5月4日(木)
お城まつり2日目

きょうも晴天、人に酔う、というのがぴったりの一日。
今年のお城まつりは昨日の時代絵巻が当番だったこともあり、例年になく「参加意識」が強かったです。
フィナーレを飾る総踊りにも出ましたが、ここではギャラリーがやや少なかったのではないか、という印象を語る人が多かったです。
おまつりというのは、毎年伝統の、「同じ出し物」で売り出すのがいいのか、それではマンネリなので毎回目新しい出し物を出すのがいいのか、悩ましいところです。
総踊りにもフリースタイルを取り入れ、最後はめちゃくちゃ踊りということになると、あの夏の婆娑羅まつりに限りなく近いものになり、爆発力ではやはり若い衆の集う婆娑羅には勝てないという印象も残ります。
これまで、場面場面で工夫点を指摘してきたことはありましたが、まつり全体のプロデュースという観点で考えたことはありませんでした。今年はたまたま「都市経済委員会」に所属することとなりましたので、来年のお城まつりの成功に向け、今回のおまつりを分析してみたいという意欲を湧かせております。
市民の皆さんのご意見を、広くお聴きしたいものだと思います。

2006年5月3日(水)
お城まつり1日目

好天に恵まれ、今年のお城まつりは盛況。
朝9時に城西小学校体育館に集合し、ドーランを塗ってきれいに仕上がっていく子どもたちの姿をほほえましく、カメラに収めました。
「時代行列」も無事終了、婦人会、食改の皆さんで200食余りのお弁当の手配をしてくれ、校庭でおいしくいただきました。
お侍さんや腰元に扮した子どもたちは愛らしく、さかんな喝采を浴びていました。わたしはいっしょについて歩くだけなんですけど、楽しむことができました。
これからお城のほうに寄ってみるつもりです。

2006年5月2日(火)
御座船を学校に運ぶ

午後から、いよいよ明日に迫った「時代絵巻」。城西小学校児童たちのパレードを飾る大名が参勤交代で使用した「御座船」を、製作したプルヌス城西からオトナ何人かで引っ張りながら、城西小学校まで運びました。下校時の児童たちがそれを見て驚嘆の声を上げていました。お城まつりのムードもいやがうえにも高まります。
プルヌスに帰ってみると、厨房では明日のお弁当の下ごしらえもちょうど終わったところ。婦人会の皆さんもご苦労様です。
明日は役員でパレードに貼り付き。カメラも携え、おまつりのあちこちを撮ってきたいと思っています。

2006年5月1日(月)
東山魁夷せとうち美術館

市役所でいろいろしてから城西小学校でのお城まつり「時代絵巻」のリハーサルにちょっとお邪魔して、それから夕刻、東山魁夷せとうち美術館を訪問、いま開かれている「川端康成〜文豪が愛した美の世界」展を観てきました。
ここで見た一枚の絵、魁夷が川端康成の「月下美人」という作品に描いた挿絵を見て感動しました。
図録も買ってきましたが、残念なことに、ここにはその作品が掲げられておりませんでした。残念。
記憶と感動が失せないうちに、これから私の「くつろぎ館」に、このことを書くつもりです。

2006年4月30日(日)
しんぶんお配り

あさはゆっくりさせてもらいました。昼から自転車で「うちだ新聞」をお届け。
天気もよく、気温は上昇し、連休に入って子どもらの姿もありました。この季節は満開のご家庭の庭先の花々を楽しませてもらいながらのお配り。楽しみでもあります。
あるお宅で、よく見るスミレに混じり、モスグリーンのめずらしい品種を見かけました。その中心に、まるでホタルがとまっているかのように、黄色くぽつんとしべが置かれています。葉の緑よりもぐっと深いグリーン。
明日も天気ならば、午後から自転車を走らせる予定です。

2006年4月29日(土)
PTA総会&昆虫館

あさ丸亀養護学校PTA、親の会総会、昼食をはさんで第二回の役員会。
終わって本日オープンのニューレオマ、「夢虫館」を見学させていただき、夕方5時から市内某所にて市民相談、7時に帰宅しました。
レオマの昆虫館「夢虫館」はすばらしい。わたしが駐車した車の周辺は、見るところほとんどが県外車両でした。家族連れでにぎわうレオマ。標本のコレクション、エントランスのパネル展示、温室に飛ぶ沖縄の蝶々。くわしくはまたレポートします。
虫たちの生態を通して、子どもたちにはときめきを、オトナたちには癒しを。よくできている企画だと感嘆し、堪能させていただきました。

2006年4月28日(金)
老人クラブ総会ほか

午前は城西老人クラブの総会でごあいさつさせてもらいました。参加会員が減っているとの心配の声が聞かれました。対象となる方の人数の上では減っているはずはありませんから、積極的に参加いただき、盛り上がってほしいですね。
会合でいちばん感動したのは、先に挨拶された市長の言葉の中に、「わたしも90歳を越える父親を風呂に入れるのが務め」というのを聞いたことでした。
午後は剣道連盟のお手伝いの仕事。私は市剣道連盟の顧問という立場をいただいております。夜は火、木、土、本当に精力的にボランティアで子どもたちに剣道を教えてくださる先生方も日中はお仕事。せめてお手伝いできるのは、市内の小学生たちに向けての「初心者教室」の案内チラシを印刷し、これを教育委員会に配布方、持っていってお願いすることくらいです。今日はこれをやりました。
夜は読み溜まった月刊誌などを猛烈に読みこなしました。

2006年4月27日(木)
臨時議会&特別委員会

午前、臨時市議会で正副議長、各常任委員会正副委員長選任などがありました。私は今年度、都市経済委員会に所属、その副委員長を拝命しました。
午後は新市建設特別委員会。常任委員会は年度ごとに「席替え」をする慣行ですが、特別委員会は委員会が任務終了となるまで、委員は固定です。
来春制定の市総合計画の素案が示されました。いよいよ計画策定に着手。大事な3点のことを、私から提言しておきました。「輝け!市役所の星」の日誌に書き込んであります。
夕方まで控え室におり、市民相談の対応などし、夜は、私は党の県IT推進室長でもありますので、県内のとある市議会議員さん宅に伺い、ホームページ作りのお手伝いを9時までしました。

2006年4月26日(水)
定例の支部会の日

あさ9時労働基準監督署で市民の方の相談事に同道。10時、午前の支部会。それから市役所にもどり、市民相談の対応、午後1時半、ひるの支部会会場。夕方まで市役所にて市民相談の対応。夜、市民会館にて公明党衆議院議員石田氏を迎えての支部会。盛況で、国政のことを身近に説明していただきました。
特筆すべきは、後半20分、参加者からの質問の内容が、まことに高度、タイムリー、そして良質だったことです。
小雨が降り始める中、外で駐車場整理をしてくださった党員さんもいました。ほんとうにありがとうございました。

2006年4月25日(火)
職場としての競艇場

9時から12時まで、競艇場にお邪魔しました。
昨年夏、クリーン課の職場体験をさせてもらいましたが、それに続く第2弾。「職場としての競艇場」がテーマ。
わずか半日、業務に携わる各部署を訪問したからといって、すぐに改革案が浮かぶわけではありませんが、議会で報告される競艇事業を実際に見ておく必要を、以前から感じていました。

くわしくは後日、レポートで紹介します。

コミックスで「モンキーターン」というのがありまして、あれは勉強になりました。今朝はあのマンガに描かれたとおりの、モーターやプロペラを調整する選手たちの現場から、発券、審判、番組制作といった競艇を運営するあらゆる部署を案内してもらいました。

一様に受けた印象は、みなさんすがすがしいあいさつをしてくれていること。事業のトップである競艇事業部長もこの春新任、そして中央の競争会など外部からの職員を3人迎えて、改革に取り組もうとしている丸亀競艇。大いに期待のふくらむ研修内容でした。

2006年4月24日(月)
天気がいいのに一日内勤

昨日、朝から行政関連の雑誌を読んでいて、突然思いつき、市職員の皆さんに向けての情報発信をすることにしました。市役所庁内ではすでに、非常に便利なソフトを活用して、メールはもちろん掲示板や会議室の機能も有するシステムが活用されています。
よその市では、市民に開かれた電子会議室を設けているところも多くありますが、それとは別に、私は行政改革はなによりもまず職員の皆さんの意識の切り替えだろうと思います。

本会議は年に4回、限られたわずかな時間の発言で、しかも答弁は幹部からしか聞けません。
庁内の電子ネットワークに浸入することもできませんので、私はこのHPから職員の皆さんに訴えかけることにしました。で、昨日から、肩こりとたたかいつつ、ひたすらHPの改良を行っております。

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