超特別エンディング:この命尽きるとも …………… …………… 頭がぼうっとしている。 ここはどこだ? 思い出してみよう。 …………… …………… そうだ、今は手術の最中なのか? これは夢…? 周囲を見渡してみる。見渡す限り草原だ。 霧にでも包まれているのか、あまり遠くの方は見えない。 降り返ると、そこには加奈がいた。 草の上に座って、表紙に何も書いていない本を読んでいる。 隆道「加奈…。」 加奈は読んでいた本から顔を上げて、こちらに視線を向けた。 隆道「加奈…、お前、もっと生きたいんじゃないのか?」 加奈「うん、生きたいよ」 隆道「だったら、俺の命をやる」 加奈「生きたいけど、それはいいよ」 加奈は寂しそうにかぶりを振って、再び本に視線を落とした。 加奈「もう、行かなきゃ」 加奈は本を閉じて立ちあがり、スカートに付いた草を払った。 加奈「今度生まれてくる時は、お兄ちゃんの隣の家の幼馴染っていう設定がいいな」 しかし、加奈の言葉は耳に入らない。聞いていられる状態じゃない。 加奈が行ってしまう!どうすればいい?どうすれば引き止められる? 加奈は軽く別れの挨拶をして、走りだそうとした。 待て、行くな! 加奈の腕を掴む。 凄い力だ。加奈の力じゃない。掴んだ腕が放されそうになる。 くそう、行かせるものか! 加奈を力任せに組み伏せる。 加奈「お兄ちゃん…、だめだよ、そんなことしたら…」 隆道「構うものか!絶対に行かせはしない、何と引き換えにしてでも、絶対に!」 そう、何を犠牲にしてでも! 俺にはその覚悟がある! すると、加奈を引っぱって行こうとする力が、急に弱くなった。 代わりに、俺の体が引っ張られる。 正確には、そこへ行かなければならないような衝動にかられ、引き寄せられるように歩き出した。 加奈「あ…」 隆道「じゃあな、加奈…」 背後から弱々しく、お兄ちゃんと繰り返す声が聞こえる。 声が次第に小さくなる。 降り返って見ると、もう加奈の姿は霧の向こうに消えていた。 そう、これで良かったんだ。これで…。 何やら外の世界から、喧騒のような声が聞こえる。 ??「レシピエントの容態が突然回復しました!」 ??「ほぼ絶望だったのに…奇跡のようだ!」 ??「待て、ドナーの様子がおかしい!」 ??「そんな馬鹿な!腎臓の摘出ぐらいで、そんなことはありえん!」 俺の名前を呼ぶのは父さんの声か? この泣き声は母さんだな。 鹿島先生の声だ。気に病まないでくれ、俺が望んだ結果なんだ。 美樹さんの声、ひどくうろたえているな。半泣きの顔が目に浮かぶようだ。 みんな…ごめん。 夕美…さよなら。 加奈…頑張れよ。 あれから2年が経ちます。 加奈「お兄ちゃん、私、就職が決まったの。隣町の本屋さん。」 碑銘の刻まれた石に話かけてみます。石は何も答えてくれません。 けれど、今にもあの優しい声が聞こえてきそうな気がして。 加奈「これからは毎日会いに来れなくなるけど…、 私、いつだってお兄ちゃんのこと、忘れないよ。だって…」 私は無意識のうちに、腹部に手を当てていました。 兄のぬくもりを感じるような気がするからです。 つらい時、嫌なことがあった時、無意識に、腹部に手を当てるようになっていました。 「変な癖だね」と、高校でできた友人にも指摘されました。 視界が潤んできました。声の震えが止まりません。 頑張らなきゃ。ちゃんとお兄ちゃんに報告しなきゃ。 加奈「だって…、お兄ちゃんがくれた命なんだもの…。」 背後に人の気配を感じました。夕美さんでした。 夕美さんも頻繁にお墓参りに来るので、よく会います。 最初は話し辛かったけれど、今ではよくお話をします。 夕美「きっと同じ男を愛したから、なんてね」 そう言って気さくに笑う夕美さんですが、どこか寂しそうです。 寂しさを紛らわせるために、気さくな態度を装っているように思います。 夕美「就職、決まったんだって?」 加奈「…はい」 夕美「偉いわ。私なんて、まだ思い出に縛られているのに」 加奈「私だって…、でも、私、聞こえたんです。聞こえたような気がしたんです。 兄の最後の言葉が…、私に「頑張れ」って…。 だから…、私は…、わ……」 夕美「いいわよ。泣きたいんでしょう?」 加奈「………」 夕美「ほら」 加奈「う、うあぁぁぁぁ」 夕美「…………」 私は夕美さんにすがって、思いきり泣きました。 声は出していませんでしたが、夕美さんも泣いていました。 そして、私は温かいぬくもりの世界から、社会へと巣立ちます。 私を見ていてください。 貴方のくれた命で、私は精一杯生きていきます。 世界で一番大好きなお兄ちゃんへ −加奈ー−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−