第4話:須美

3バカトリオの一人、カメラ小僧の男衾が、意気揚々と封筒を持ってきた。
「おーい、皆の衆、こないだの行楽の写真ができたであるぞ。」
生徒達が男衾の周囲に集まる。一週間前、まだミミナ達が転校してくる前に、クラスの皆で山に出かけた、その時の写真ができたというのだ。封筒の中から、次々と写真が出てくる。しかし、集合写真以外で男子生徒が写っている写真は1枚もなかった。男の写真など撮ると、大切なカメラのレンズが汚れると言い張っている。彼が3バカトリオの一人である所以であった。
「女の子の写真ばっか。まったく呆れて物も言えないよ。」
「そう言うな、深森ちゃん。君のことも可愛く撮ってあるから。」
「あら、私のこんな写真まで。凄いなぁ。」
「瑞穂ちゃん、君は特に可愛く撮ってあるよ。」
「…あれ?スーちゃんの写真が無いよ。」
「せりなちゃん、君も可愛く…って、何!?我が輩としたことが、須美ちゃんの写真を撮り忘れていたのか!?」
男衾は、寄居、玉淀の3バカトリオを総動員して、全ての写真をチェックしてみた。しかし、須美の写真は見当たらない。
「な、なんてこったー、男衾勘太郎一生の不覚なりぃぃぃっ!!」
馬鹿は放っておいて、生徒達は集合写真を一枚ずつ持って行った。せりなは席に戻り、集合写真をじっくりと見てみた。
「ねぇねぇせりな、私にも見せてよ。」
ミミナがせりなにねだる。彼女はまだ転校していなかったので、参加していないのだ。しかし、せりなは食い入るように写真を見ていた。いくら探しても、須美の姿が見えないのだ。
「みんなどうしたの?」
須美が登校して来た。いつも朝は早い彼女だが、この数日は毎日ぎりぎりの時間である。せりなは須美に質問してみた。
「ねえスーちゃん、一緒に山に行かなかったんだっけ?」
「山?一緒に?」
須美は一瞬焦った表情になった。瑞穂も写真を見て、首を傾げている。
「写っていませんねぇ。クラスの全員が参加したはずなのに…。」
「さすが男衾のカメラ、可愛い女の子しか写らないんだ。」
今日は深森が先にちょっかいを出した。いつもの須美なら、1.5倍くらいきつい言葉で反撃に出るところだが、何か焦ったような表情のまま教室から出て行ってしまった。深森は拍子抜けした様子だ。
「何よ…、調子狂うじゃない。」

教室の外に出た須美は、次の瞬間には裏庭に移動していた。
「写真のことをすっかり忘れていたわ…。もし写真のことを誰かが怪しんで調べ始めたら、入学式やその他のどの写真にも私が写っていないことなんて、すぐにわかってしまう…。」
やはり、昔からこのクラスにいたという設定には無理があった。途中から転校してきたことにすれば良かった。今から再び全校生徒に偽の記憶を送り直すか、それとも…。
「速攻で朝霞せりなを…ナースエンジェルを倒すしかないわね。この際、ちょっとずるい手を使うのも仕方無い。」
須美の体が黒い霧に包まれ、霧が晴れた時、彼女の姿は茨十字の女戦士・ショーテルの姿に変わっていた。

結局、須美はそのまま教室に戻ってこなかった。授業が終わり、せりな達は学校からの帰途に付いた。
「あいつ…、教室に戻って来なかったね。あれくらい、いつも言い合っていたことなのに…。」
深森は気にしているようだ。
「なんかさ、二人とも、会えばいつも口喧嘩ばかりしてるよね。」
「本当に仲がいいんだね。凄いなぁ。」
「仲がいい?あたしと須美が?冗談言わないでよ。」
否定しつつも、深森の表情はまんざらでもなさそうだ。
「でもね、何ていうのかな、上手く言えないけど…、本当に嫌いだったら無視してるよ。」
「ふぅん。何だかいいな、そういうの。」
深森の話を聞いて、ミミナは3年前、何かにつけナースエンジェルにケチをつけていた自分を思い出していた。

「無い無い、無いよー!」
「そんな、どこにしまったのか憶えてないの!?」
家に帰ったせりなとミミナは、大慌てで部屋の中を探し回っていた。緑のワクチンのカプセルが無くなっているのだ。
「確か、少しずつでも補充してくれるように頼んで、カプセルをマルル君に預けておいたのよ。」
「私も、マルルに預けておいたはずよ。」
「申し訳無いマル、学校で持ち物検査があると聞いて、全部この部屋に置いて出かけたマル。」
「そんな、柳瀬川先生の持ち物検査って、レスキューベルやライドルを持っていたっておとがめ無しの、ザル検査なのに…。」
「あのカプセルだったら、目薬とでも何とでも言い訳できたでしょう!」
「マル…。」
マルルを責めていても始まらない。緑のワクチンが無ければ、ナースエンジェルは技を使えないのだ。何とかしなくてはいけない。
「マルル、一回の戦闘で必要な最低限のワクチンを作るのに、どれくらいかかるの?」
「二日くらいかかるマル。」
せりなとミミナは顔を見合わせた。絶望的である。今はとにかく、紛失したカプセルを探さなければならない。
「マルル、あなたはワクチンを大急ぎで作って。その間に私とせりなは、カプセルを探すわ。」
何かの拍子に、机の裏側などに転がり込んだのかもしれない。学校に行っている間に、若葉ママが部屋の掃除をしたのかもしれない。二人は、盗賊でもここまで荒らさないくらいに家具類を引っかき回して、カプセルを探し続けた。

不意に窓ガラスを破って、部屋に鎖の先端が飛び込んできた。
「な…、このパターンはショーテル!?」
せりなが窓から身を乗り出すと、向かいの家の屋根の上にショーテルが立っていた。
「…まったく、本当に高い所が好きなのね。ちよっと、ガラス代払ってよね!」
「あははっ、そんな強気な態度でいられるのも今のうちだよ。これが何だかわかるかな?」
ショーテルの掌の上に、緑色の液体の詰まったカプセルが2つ乗せられていた。
「そ、それは!」
せりなの脇から、ミミナも身を乗り出した。
「それを返して!」
「返してあげてもいいけど、交換条件があるわ。ミミナ王女の身柄と交換っていうのはどう?」
「そんなことできるわけないでしょ!もう一つの方法を選ぶわ。力づくで返して貰うっていう方法をね!」
せりなはエンジェルキャップを取り出すと、空に掲げた。
「裁きの力、癒しの心、今!」
せりなの体が青い看護服に包まれた。
「闇を貫く一条の光、その名は希望、ナースエンジェル!希望の光の名の元に!」
せりなは窓から飛び出すと、向かいの家の屋根に飛び移った。空を飛ぶことはできなくても、これくらいの跳躍力ならある。
「屋根の上で暴れるとね、結構迷惑なのよ。下に降りて貰うわよ!」
ここまで跳躍してくるとは思っていなかったショーテルは、不意を突かれてせりなのタックルを許してしまった。屋根の上から落ちたショーテルは、器用に回転して、足から綺麗に着地した。後を追うように、せりなも屋根から飛び降りる。
「やるね、ナースエンジェル。さて、緑のワクチン無しで、どう戦うのか見せてよ。」
せりなはライドルを左手に構えた。ライドルの中には、まだ緑のワクチンが残っているはずだ。
「エンジェルウィーップ!」
ライドルが光を放ち、鞭の形になった。せりなは連続して鞭を振るい、ショーテルを攻撃した。しかし、その全てはかわされてしまった。
「単純な子、カプセルを持っている手しか狙ってこなければ、簡単に避けられるよ。」
「それを、それを返して!」
せりなの鞭を避けると、ショーテルはせりなの近くまで飛び込み、耳元で呟いた。
「い・や・だ。あははははっ。」
ナックルスパークをお見舞いしてやろうと、せりなは左手を伸ばした。しかし、寸前でショーテルは飛びのいた。
「(完全に読まれている…)」
カプセルを取り返そうとして、せりなは焦っていた。そのため行動が直線的になり、読まれてしまうのだ。
「今度はこっちからいくよ、そらっ!」
ショーテルが怪光線を放つ。せりなはバックラーを右腕に装着した。
「ディメンションシールド!」
しかし、ディメンションシールドは発動しなかった。バックラーに当たった怪光線は、そのまま尋常でない衝撃をせりなに伝えた。緑のワクチンが無い今、バックラーに特別な力は無く、ただ直撃を防ぐだけの盾と化してしまった。
「(どうすればいいの?もうどうにもならない…)」
「どうしたの、そっちが攻撃してこないなら、こっちから行くよ。そらっ!」
ショーテルは鎖を飛ばし、せりなの体を絡め捕った。普段のせりななら、この程度の攻撃など簡単にかわしていたに違いない。緑のワクチンが無いという事態は、彼女から精神的な落ち着きまで失わせているようだ。
しかし、せりなはショーテルが考えているよりも、ずっとしたたかだった。鎖でぐるぐる巻きに縛り上げられたせりなは、力なくうなだれていた。ショーテルはせりなの近くまで歩み寄ると、その顔を覗き込んだ。
「チェックメイト。もっと遊びたいけど、残念ながらここまでみたいね。」
その時、力なくうなだれていたせりなは、突然ショーテルに顔を向けた。彼女を縛っていた鎖がバラバラと落ちる。鎖に縛られていた手に握っていたライドルを剣に変えて、ショーテルが油断して近づいてきた時を見計らって、鎖の戒めを断ち切ったのだ。
ショーテルは大急ぎで飛び下がろうとしたが、せりなのタックルの方が早かった。転倒したショーテルに馬乗りになると、その手を強引に開かせた。
「さあ、カプセルを返してもらうわよ!」
しかし、ショーテルの手にあったカプセルは、せりなの目前で消え去った。
「残念でした。カプセルはもうファルシオン様に届けてあるのよ。ホログラフ相手に夢中になって、ご苦労様。」
「な!?」
唖然としたせりなを押しのけると、ショーテルは塀の上までジャンプした。

深森は須美のことを気にしていた。ちょっと癪だけど、あいつに謝んなきゃいけないよね。そう思って須美の家に直接行こうとしたのだが、何故か須美の家の場所が記憶に無い。アドレス帳にも、電話番号すら載っていない。どういうことなんだろう。須美とは昔から一緒だったはずなのに、一週間以上前の記憶が無い。深森は言い様の無い不安を感じていた。とりあえず、せりなの家へ行こう。あの娘なら、須美のことを知っているかもしれない…。
そして朝霞家を訪れた深森は、ナースエンジェルとショーテルの戦いを目撃してしまった。
「何をやっているの?特撮モノの撮影?」
深森は呆気にとられて様子を見ていた。
ショーテルの怪光線がせりなを襲う。せりなは素早く飛びのく。その後で、深森が様子を見ていた。
「深森!!!」
怪光線は深森を直撃した。悲鳴を上げる間も無く、深森は数メートル吹き飛び、コンクリートの壁に頭から激突した。
「深森、深森!いや、返事をして、深森ーーっ!」
せりながいくら叫んでも、深森は全く反応しなかった。ショーテルはいつの間にか姿を消していた。

救急病院に運ばれた深森は、未だ意識を回復していない。深森の両親が悲痛な表情で娘の回復を祈っている。
「ミミナ、ナースエンジェルの癒しの力とかで、何とかならないの!?」
せりなはミミナに問いかけた。ミミナはせりなを直視できず、言いづらそうに答えた。
「緑のワクチンがないと、あの娘の怪我を治すことはできないわ。」
「そんな…、それじゃあ、深森の怪我を治すのに、どれくらいのワクチンが必要なの?マルル君がそれを作るのに、どれくらいかかるの?」
「言いづらいけど…3日はかかるわ…。」
「そんな…。それじゃあ間に合わないわ。先生は今夜がヤマだって…。」
せりなは両手で顔を覆い、悲鳴のような嗚咽を漏らした。
「何でこんな事に…。深森…。」

話を聞きつけ、学校の友達が次々に病院に押しかけてきた。少し遅れて、須美も病院に現れた。
「深森は…どうなの?」
須美に問われて、せりなは無言で俯いた。無言であっても、その動作で、深森の容態が絶望的であることがわかる。
「そんな…。」
須美はせりなの肩を掴んで揺さぶる。
「あなたの力で何とかできないの?あなた、ナースエンジェルなんでしょう?」
「ど…どうしてそれを?」
須美は、ハッとした表情で掴んでいた手を放す。
「そうだよね…、緑のワクチンが無いと、どうにもならないよね。」
「スーちゃん、あなた一体…?」
その問いには答えず、須美は病院の外へと走り出た。
「待って、スーちゃん!」
須美を追いかけようとしたせりなの腕を、ミミナが掴んで制止した。
「私としたことが、なんで今まで気付かなかったのかしら。彼女、黒のワクチンに侵されているわ。」

クイーンアース王宮は、多数の兵士によって厳重な警備が張られている。かつて、これほど物々しい雰囲気に包まれたことは、ダークジョーカーとの戦いの最中にも無かった。この警備はファルシオンの指示で行われていることになっているが、彼の直属である茨十字のメンバーは、常に彼に付き従っているシャムシールが勝手にやっていることだと知っていた。茨十字は、かつてファルシオンをリーダーとした近衛兵団のメンバーであった者達で構成されているので、お互いに顔見知りの者達ばかりなのだが、シャムシールを知っている者はいない。いつの間にか現れ、ファルシオンに様々な助言をするようになっていた。
もし自分が部外者なら、これほど厳重な警備を突破することはできないだろう。そう思いながら、ショーテルは王宮に帰還した。謁見室には向かわずに、地下へと続く階段を降りる。地下室の前にも警備の兵が配置されている。まったく、なんて用心深いんだ。ショーテルは舌打ちしつつ、地下室の扉に近づいた。
「お待ちください、ここから先は立ち入り禁止です。」
兵士達が型通りの台詞でショーテルを止めた。
「あたしはショーテルなんだけど。ファルシオン様直属の。」
「それはわかっています。しかし、何者も近づけるなとの御命令です。」
ショーテルは舌打ちした。舌打ちしつつ、兵士達との距離を詰める。左右に二人。自分が得意としているあの技で、何とかなりそうだ。
「お勤めご苦労様。えっとね…。」
ショーテルは両手を伸ばして、左右の兵士達に手を向けた。
「…ああ、ショーテル様はお通しするように聞いています。お通りください。」
地下室の扉の前を塞いでいた兵士達が左右に開き、ショーテルを中へ通した。この程度の相手なら、体力をほとんど消費せずに偽の記憶を送りつけることができる。

暗い地下室の中には、多くの棚が並べてある。その棚の一つ一つに、様々な道具、工芸品、宝珠などが納められている。最近では、戦いで得た戦利品なども納められるようになった。ショーテルは棚の中を探し、2つの小さなカプセルを見つけ出した。
「あったあった、これこれ…。」
ショーテルはカプセルを手に取ると、地下室から出ようとして振り返った。
「まだ間に合うよね…。」
「何が間に合うのだ?」
「!!!」
漆黒のローブから左右で色の違う瞳を覗かせる長身の男…いつの間にかショーテルの背後に立っていたシャムシールは、独特のいやらしい口調でショーテルに問いかけた。
「そのカプセルは、先刻、お前がファルシオン様に献上した戦利品ではないか?」
「あ、いや、その…、こんな所に置いておくと腐っちゃうんじゃないかって、その、私が預かっておいた方が、その…。」
「ほう、そのためにわざわざ兵士の精神を謀ったというのか。」
「う…。」
この男はとっくに自分の意図を見抜いている。それに気付いたショーテルは、この男を突破して地下室から出る方法を考えようとした。直後、シャムシールはローブの懐から黒いオーラの帯を飛ばし、ショーテルを縛り上げてしまった。
「お馬鹿。我らを裏切るつもりか?」
「裏切るなんて、そんな!私はただ…。」
「ただ何だと言うのだ?その深森という娘の怪我を治癒すると申すか?」
「な…何故それを!?」
「鶴瀬深森という娘は、お前の何なのだ?その娘を治癒することによって何か得があるのか?」
「それは…、ぞれは、深森が友達だから…。」
ローブから覗くシャムシールの瞳が、険しい角度に歪んだ。
「お馬鹿。どうやらお前は、我々の同志として相応しく無いようだ。消えよ。」
ショーテルを縛りつけている黒い帯に、黒いエネルギーが流される。黒いエネルギーはショーテルの体に到達すると、電気のように激しくショートし、火花を散らした。ショーテルは激痛の悲鳴を上げた。
「いまだ友情などという感情が残っていたとは。お前には黒のワクチンが足りなかったようだな。失敗を重ねたあげくに裏切るとは、もはやお前に弁明の余地など無い。」
黒い火花が激しく散り、ショーテルの全身の細胞を焼いて行く。腕から感覚が無くなり、握っていたカプセルを落とした。
「(ナースエンジェル…あんたならこういう時、どうするの?)」
体の至る所から感覚が無くなり、意識が消え掛かった時、気のせいだろうか、深森の声が聞こえたような気がした。
「まったく、何やってんのよ。須美はドジなんだから。」
もうろうとしていたショーテルの意識がはっきりと戻った。
「…あんたの憎まれ口をもう一度聞きたくて馬鹿やってるんだから、少しは感謝してよね…。」
腕の感覚を失って落としたカプセルが、ショーテルの足の高さにまで落ちてきた。
「でぇぇぇぇぇいっ!!」
ショーテルはカプセルの1つを蹴飛ばした。蹴飛ばされたカプセルはシャムシールの顔面を直撃した。
「おのれ、何をするか!…う、うぎぁぁぁぁぁぁっ!!」
蹴飛ばした衝撃でカプセルの蓋が開いたようだ。シャムシールの顔面に緑のワクチンがぶちまけられた。
「ふぐおおおっ!顔が、顔が溶けるぅぅぅ!」
シャムシールは顔を押さえてしゃがみ込んだ。その隙にショーテルは戒めを解くと、出口に向かって走った。王宮の結界の外へ出れば、テレポートが使える。全身がぼろぼろに傷ついていたが、ショーテルは可能な限りのスピードで走った。

「…せりな…。」
弱々しい声で名前を呼ばれて、せりなは振り返った。そこには、全身に火傷のような傷を負った須美が立っていた。
「スーちゃん!その傷はどうしたの?何があったの!?」
ミミナがせりなの腕を引っ張る。相手は黒のワクチンに侵されているから注意しろ、と言いたいのだろう。しかし、せりなはミミナを無視して、今にも倒れそうな須美を抱きかかえた。須美は小さなカプセルをせりなに手渡した。
「せりな、これを…。」
「これって…、緑のワクチンじゃない!どうしてスーちゃんがこれを!?」
「ごめん…、1個は逃げる時に使っちゃった…。でも、それだけあれば十分だよね…。」
「スーちゃん…、うん、深森はきっと治るよ。」

ナースエンジェルの姿に変身したせりなは、病院の庭の木に登ると、病室の窓に向かって右腕のバックラーを構えた。バックラーは、須美から受け取ったカプセルがはめ込まれ、そのパワーを取り戻している。
「緑のワクチン、お願い、深森をお手当てして…。」
バックラーから緑の光が放たれる。光は深森の体に注がれ、彼女を淡い緑色の光が覆った。
窓の外からの緑色の光に、病室にいた人達は驚いて外を見た。しかし、既にせりなは木の上から降りていた。
「う…ん…、あれ、あたし、どうしちゃったのかな…。」
深森が意識を取り戻した。人々は慌てて、視線を窓の外から深森の方へ戻した。

病室が歓喜に包まれた。もう絶望と思われていた深森が、奇跡的に意識を取り戻したのだ。家族も、友達も、先生も、皆が深森の回復を喜んだ。柳瀬川先生は声をあげて泣いていた。
そんな中、須美が病室に入ってきた。深森に飛びついて喜びたい感情を押さえて、いつものように憎まれ口を言ってみた。
「さすがじゃない。やっぱり可愛さと生命力は反比例するのね。」
しかし、深森の反応は意外なものだった。
「あれ…あんた、誰だっけ?」
深森は考え込んだ。どこかで会ったような気がするのだが、思い出せない。
深森だけでなく、病室に来ていたクラスの皆が、須美のことを忘れていた。
「そうだよね…。私の暗示って、一週間しか効かないんだよね…。」
一週間前、東條学園に潜り込む際にかけた暗示が解けた、それだけの話だ。須美はよろよろと病室を後にした。途中、廊下でせりなとミミナにすれ違った。
「ねえミミナ、あの傷だらけの女の子、誰だっけ?どこかで会ったような気がするんだけど…。」
「さあ…。でも、なんだか凄く悲しそうだった…。」

痛む体をひきずって、よろよろと歩く須美の前に、数人の男が立ち塞がった。
「ショーテル、君には背信の容疑がかけられている。一緒に来てもらおうか。」
須美は数秒間呆然としていたが、やがて声をあげて笑い始めた。笑いながら、その目から涙を流していた。

第4話:終

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