第6話:死闘

「ミミナ…、何処まで逃げたのかな…、家に帰ったのかな…。」
先刻、茨十字の傭兵・セイバーからミミナを逃がすために、せりなは手痛い傷を負った。ミミナは無事に逃げ延びただろうか。家に帰ったのだろうか。せりなは家に向かって歩き出した。
「つっ…。」
せりなは怪我の痛みを思い出したようによろけた。倒れかかったせりなを支える者がいた。鶴瀬深森だった。
「せりな、どうしたのよ、この怪我は!」
数日前、意識不明の重傷で病院送りになった深森は、医者が仰天するほど凄じい回復力で、入院した次の日には退院してしまった。無論、人間にそれほどの回復力があるはずがない。せりなが緑のワクチンを使って、一瞬にして完治させたのだ。その事実を知る者はいない。医者も家族も友達も、深森本人ですら知らないはずだ。
「………」
せりなは答えられない。答えたところで、信じてはもらえないだろう。
「あたしにも言えないことなの?」
「…ごめん」
重い沈黙が二人の間を支配した。

プレハブの古い倉庫は長い間使われた形跡がなく、内部は誇り臭く、梁に蜘蛛の巣を張り巡らせ、天井近くに一つだけある窓はガラスが割れたままになっていた。頬に傷のある大男が壁に寄りかかり、腕を組んでいる。コンクリート剥き出しの床に、緑の髪の少女が直接座らされている。そして倉庫の中央では痩身の男が、空中に浮かび上がった若い男の映像と話していた。
「…すると、ミミナ王女の拘束に失敗したのか?クレイモア。」
「はい、ファルシオン様。ナースエンジェルの力は予想以上です。」
「あのセイバーすら撃退するとは…。わかった、追って指示を与える。それまでもうしばらく監視を続けてくれ。」
「御意。」
「健闘を祈る。」
空中からファルシオンの映像が消えた。定時報告を終えたクレイモアは、倉庫の隅で報告が終わるのを待っていたセイバーの方へと歩いて来た。セイバーはあからさまに怪訝そうに尋ねた。
「ミミナ王女の拘束に失敗しただと?なら、そこにいる娘は何だ。」
セイバーが指さした先には、緑の髪の少女が座り込んでいた。
「さあね。ナナミとかいう名前じゃなかったか?」
「ふざけるな!貴様、いったい何を企んでいる?」
天井が崩れるような怒鳴り声にも憶せずに、クレイモアは頬の片端を微妙に釣り上げて答えた。
「いいかい、豪傑くん。ミミナ王女は我々の手元にある。そのことは、ファルシオンの青二才も知らない。いわば、我々は切り札を手に入れた事になるんだよ。この娘に何か特別な力があれば、それを利用するもよし。この娘を傀儡に、我々がクイーンアースの支配者になるもよし。いずれにせよ、ファルシオンの青二才には消えてもらう。」
「下衆が。」
汚物でも見るかのように、セイバーは吐は捨てた。
「下衆なものか。真に才能ある者が正当な位置に就くだけの話だよ。あの青二才だって、クーデターで現在の地位に就いたんじゃないか。」
「勝手にやっていろ。俺は降りる。」
セイバーは背を向けると、壁に立て掛けてあった彼の相棒・鋼棍のリンドブルムを掴んで、そのまま倉庫から出て行こうとした。
「ナースエンジェルともう一度戦ってみたくはないか、豪傑くん。」
倉庫のドアに手をかけていたセイバーの動きが止まった。
「ミミナ王女が我々の手の内にあることを知れば、ナースエンジェルは死に物狂いで掛かってくるぞ。捨て身の力を出したナースエンジェルと勝負してみたくはないか?」
クレイモアは、まるで嫌味を言うような口調で淡々と話した。ドアの前でしばらく動きを止めていたセイバーは、いまいましそうに舌打ちした。
「何、お膳立ては全てこちらで済ませる。ただドームスタジアムでナースエンジェルを待っていればいい。」
「ふん。」
セイバーが倉庫から出て行くと、クレイモアは下品な笑みを浮かべた。
「ふん、所詮は力馬鹿、単なる道化だな。せいぜい頑張ってナースエンジェルを倒してもらおう。ナースエンジェルさえいなくなれば、あの男も用無しだ。」

「せりな…、私、最近何だかわからなくて…」
「………」
「あの時、そう、私が怪我をした時、何だか変な服を着たせりなが、変な相手と戦っていたような、そんな気がするんだけど…」
「………」
「ま、頭を打ったせいで、変な夢を見ちゃったのかもしれないけどね」
「………」
やはり深森としては真相が知りたい。だが、深森の質問に、せりなはただ沈黙で答えるばかりだった。
突如、大きな声が響き渡った。遠くで聞くだけで威圧されてしまいそうな太い声。紛れもなくセイバーの声だ。
『ナースエンジェル!貴様に戦士の誇りがあるなら、先程の場所まで来い!』
あからさまにセイバーの挑戦状だ。セイバーの圧倒的な力は、先程の戦いで十分に承知している。せりなの表情に恐怖の色が浮かび、彼女の顔を覗きこんだ深森を驚かせた。せりなはナースエンジェルになって以来、初めて、勝ち目のない強敵と相対したのだ。
『ナースエンジェル!貴様に戦士の誇りがあるなら、王女を見捨て逃走する醜態を見せるな!』
「王女!?まさか、ミミナがあいつらの手に…」
セイバーの声はそれで終わった。街の人々は何かのアトラクションだと思っていた。ただ一人、せりなを除いて。
せりなは深森にしがみつき、小刻みに震え出した。怖いのだ。これまで幾度も戦ったが、真に戦いを恐怖したのは初めてのことだった。できればこのまま逃避したい。しかしせりなは、逃避の道を選択できる少女ではなかった。
「せりな…」
深森は両手でせりなを抱きしめた。親友の抱擁の中で、せりなの震えは止まった。
「ありがとう、ちょっとだけ落ち着いたわ」
せりなは踵を返し、セイバーが指定していた「先程の場所」へと向かおうとした。
「待って、せりな。あなたが何をしているのか、私には全然わからないけど……危ないことはしないでね」
「うん」

緑のワクチンは貴重だが、この際仕方が無い。現場に到着する前に怪我を完治させる。
指定の場所にはセイバーの姿は無く、決闘の場所の指定が書き残されていた。
その場所とは、奇しくも、かつてケトーが、デューイが死闘を演じたドーム球場だった。

せりなは変身を済ませ、万全の格好でドーム球場に入った。いきなりセイバーの太い声が迎える。
「ナースエンジェル!忘れ物だ!」
セイバーはせりなに何かを投げた。受け取って見ると、それは昼間の戦いで回収せずに逃走したエンジェルライドルだった。
「武器を忘れて逃走するとは、戦士らしからぬ奴だ。」
せりなはライドルを調べてみた。偽物ではなさそうだ。
「どうしてこれを?私が武器を無くしたら、あなたにとってチャンスじゃないの?」
「それでは俺が納得できん。」
セイバーはあっさりと言い放った。
「それから、俺がお前の持つ…何と言ったか、何とかカルテという探知機に反応しない事だが…。俺の誇りにかけて言っておこう。俺は黒のワクチンになど侵されていない。」
ファルシオンが黒のワクチンを噴霧して会議室に集まっていた士官達を感染させた時、セイバーもその会議の席に着いていた。出席者のことごとくが黒のワクチンを吸い込んだが、セイバーの強靱過ぎる肉体と精神を支配するには量が足りなかったようだ。
「そ、それじゃ、何でミミナを狙うの?何で茨十字に手を貸すの?」
「ミミナ王女の事はどうでもいい。噂に聞こえたナースエンジェルとの真剣勝負、それだけが俺の望みだ。」
この鋼の男は、黒のワクチンの力を借りずに、いわば生身であれだけの力を出していたのだ。
「黒のワクチンに侵されていなくても…あなたはこのナースエンジェルがお手当てするわ!」
「勝負を受けるのだな?そう来なくては。」
せりなはライドルを棒に変化させた。セイバーも棒を構えた。お互い棒を構え合った二人はじりじりと前進する。二人の距離が少しずつ近付いてくる。
「(まだよ…まだエンジェルスタッフの間合いじゃない…)」
無理に踏み込めば、またあの強烈な攻撃の餌食になる。緑のワクチンで完治していたが、あの時の右腕の激痛を忘れたわけではない。あの攻撃をまともに喰らえば、今度こそ即死するかもしれない。
ふいにセイバーが踏み込んだ。その巨体からは信じられない速度で、強烈な突きを放った。唸りをあげて迫り来る棒を、せりなはエンジェルスタッフで受けた。受けつつ後方へジャンプする。二人の間合いが再び開いた。
「ほう、少しはできるな。」
「勝負は受けるわ。受けるから、ミミナを帰して。」
「そうはいかん。また昼間のように逃げられては困る。」
今度はせりなから仕掛けた。セイバーとの距離は約10m。ナースエンジェルの跳躍力なら、助走なしで飛ぶことができる。せりなは一気にジャンプして、空中から襲いかかった。全体重をかけて棒が振り下ろされる。セイバーは棒を頭の上に水平にかざして、片手で軽々と受けた。
「どうしたナースエンジェル。お前の力はそんなものか。」
せりなは棒を続けざまに振り回す。空を切り裂くような勢いで、次々と棒が繰り出される。周囲の人工芝が、何かに弾かれたようにちぎれて舞う。しかし、棒は一度もセイバーに当たっていない。セイバーの棒裁きは、せりなより遥かに早く正確だ。全ての攻撃はセイバーの棒に阻まれていた。しばらくせりなの攻撃を棒で受けていたセイバーだが、やがて棒を動かすのを止めてしまった。
「何のつもり?遠慮なく行くわよ!」
せりなは棒を高速で回転させると、流れるような動作で次々と棒を繰り出した。セイバーは全くかわそうとしない。棒立ちのセイバーに、次々と棒がヒットする。セイバーはびくともしない。
「そんなものか、ナースエンジェル!」
セイバーが凄じい気迫を放った。せりなは気迫に押されて吹き飛び、背中から地面に落下した。
「貴様の攻撃は軽すぎる。こんな攻撃、かわす価値もない!」
せりなはすぐに起き上がると、すぐにエンジェルスタッフを構え直した。
「(軽すぎる?そんな、私にはあの力で精一杯だったのに…。私の攻撃をかわそうともしないでまともに受けて、それで全く効いていないなんて…それじゃ、どうすればいいの?)」
せりなは微かに弱気になった。セイバーはそれを感じ取ったようた。
「貴様が相手なら久々に熱くなれると思っていたが、全く期待外れだったな。貴様に命運を託したミミナ王女も、不幸なことだ。」
その言葉を聞いて、せりなの頭に血が上った。全身の力を込めて、叫び声をあげてスタッフを振り下ろした。セイバーはやはりかわそうとしないで、まともに頭に受けた。それでもセイバーはびくとも動かない。
「ふん、少しは本気を出したようだな。」
セイバーの額から血が流れ出した。セイバーは地面に突き立てておいた棒を再び手に取り、構え直した。直後、セイバーの猛攻が始まった。嵐のような棒裁きで、次々とせりなに打ち込んでくる。せりなはスタッフで受け流す。受け流す度に、衝撃でせりなの腕が痺れてきた。
「くっ、このままじゃ…エンジェルビィィィーム!」
せりなは至近距離から熱線を放つ。不意を突くことは出来たようだが、それでもセイバーは鋼の棒で弾いてしまった。そのまま一気に踏み込むと、棒で下から強烈に突き上げた。せりなはスタッフとバックラーを交差させてガードした。セイバーはそのまま強引に突き上げる。せりなはガードの上からの攻撃に突き上げられ、宙に跳ねとばされて落下した。

使用されていない古い倉庫の中で、クレイモアは空中にスタジアムでの戦いの光景を映し出して見物していた。その傍らで、ミミナがコンクリート剥き出しの床に直接座らされている。見えない檻に囲われているため、この姿勢のまま動くことができないのだ。
「この様子では、セイバーの勝ちはほぼ確定だな。」
一方的に押しているセイバーの姿を見ながら、既にクレイモアの頭の中では、セイバーの力を利用するだけして始末する算段が始められていた。まずは目下の邪魔者であるナースエンジェルを始末させて、次は誰と戦わせるか。
クレイモアの皮算用をよそに、ミミナは食い入るように映像に視線を送っていた。せりなが押されている。このままでは危険だ。

またセイバーの攻撃が、ガードの上からせりなを吹き飛ばした。既に相当なダメージを受けているため、起き上がることができないまま、地面にうずくまっている。
「せりな!」
ミミナは思わず声を上げてしまった。クレイモアはミミナの方に振り向きもせずに、嫌味な雰囲気の漂う独特の口調で答えた。
「ナースエンジェルが心配ですか?ご安心ください。もう苦しまずに済みそうですよ。」
まだ起き上がることのできないせりなに、セイバーの巨体がゆっくりと近付いてきた。とどめを刺すつもりなのだろうか。
「せりな、起きて、せりなーっ!」
いくら叫んだところで、スタジアムまで声が届くはずもない。だが、ミミナは叫ばずにはいられなかった。
「ミミナ…」
誰かがミミナの耳元で囁いた。ミミナは周囲を見渡した後、ポケットの中に入れたままになっている指輪に気付いた。ミミナは指輪をはめると、指輪の中に精神を移し替えている姉、ヘレナに問いかけた。
「お姉様、教えて。私、どうしたらいいの?どうすればせりなを助けられるの?」
「一つだけ方法があります。でも、あなたにはまだ無理かもしれません。」
無論、この会話はクレイモアには聞こえない。指輪とミミナの精神との間で、高速で交わされているのだ。
「私にはまだ無理…って、どういうこと?」
「ナースエンジェルと私達王女は、それぞれ対になっているのです。私と森谷りりか、そしてあなたと朝霞せりな。」
「私とせりなが対に?」
「ええ。私達はそれぞれのナースエンジェルの封印された力を開放することができます。3年前のあの日のように…。」
セイバーは棒を振り上げ、せりなに狙いを定め、とどめの一撃を振りおろそうとしていた。もう躊躇している時間は無い。
「お姉様、やり方を教えて!危険な術かもしれないけれど、いつもせりなは私のために、もっと危険な目にあっているんだもの。」
「わかりました。ミミナ、私の言う通りにするのですよ。」

セイバーは振り上げた棒を、今にも振りおろそうとしている。全身を覆う激痛に耐えかね、せりなは起き上がることができない。
「せりな…せりな…」
耳元で声が聞こえる。せりなの目前に、微かにミミナの姿が浮かび上がった。
「…ミミナ…なの?」
「せりな…私の力をあげる…私の力と…一体化するのよ…」
閃光が渦を巻く。あまりの眩しさに、さすがのセイバーも目を覆った。閃光が治まった時、せりなの戦闘服は青から白へと変化していた。戦闘服だけではない。瞳の色も青に変わっている。
「白い装束だと?まさか…伝説のナースエンジェル・ピュアホワイト!?」
突然の出来事に棒を振りおろしそこねたセイバーは、改めて棒を構え直し、せりなに打ち込もうとした。次の瞬間、セイバーの棒はせりなのスタッフによって止められた。今までのせりなは、セイバーの棒をスタッフで受けると、衝撃で手を痺れさせ、スタッフを落としそうになっていた。しかし、今のせりなはびくともしていない。セイバーは続けざまに何度も打ち込んだ。せりなはその全てをスタッフで受けた。明らかにせりなはパワーアップしている。
「光栄だ。あのナーエンジェル・ピュアホワイトと対決できるとはな!」
セイバーは空中高くジャンプして、棒に気合を貯めた。
「これならどうだ!豪旋一発!グラビトン!」
棒を激しく振りおろす。気合の塊が渦を巻きながら飛来する。しかしせりなは全く躱そうとせずに毅然として受けた。激しい爆風が巻き起こり、スタジアムの人工芝がその下数メートル分の土ごとえぐられて宙を舞う。土煙が止んだ後、気合の命中地点を中心にクレーターが出来上がっていた。せりなの立っている場所を除いて。
「無駄よ。私には効かないわ。」
「面白い!ならば!」
セイバーは棒を振り上げ、せりなに躍りかかる。せりなは地を蹴り、周囲に出来た窪地を飛び越して、迫り来るセイバーにスタッフを振りおろした。セイバーは棒で受けるが、あまりの衝撃に棒を落としそうになった。せりなは立て続けにスタッフを繰り出す。セイバーは防戦一方になってしまった。彼が相手に押され防戦一方になってしまうのは、彼がまだ駆け出しの兵士だった頃以来のことだった。

二人の戦いを遠く離れた倉庫の中で観戦していたクレイモアは、セイバーが押されている光景を初めて目撃した。クレイモア自身は、自分以外の者が失敗する様を優越感に浸って観戦することを何より好む性格だったが、このままナースエンジェルに勝たれてしまっては、邪魔な存在となるであろうナースエンジェルを倒せる者がいなくなってしまう。ここはセイバーに勝って貰わねば…。クレイモアはミミナを連れて、二人の決闘場であるスタジアムまで瞬間移動しようとした。
「ミミナ王女、あなたに一働きしていただきます。嫌とは言わせません。」
ずっと観戦に気を取られていて、ミミナの方への注意がおろそかになっていたクレイモアは、ミミナが気を失っていることにようやく気付いた。クレイモアは改めて、ミミナが何か特別な力を持っているものと確信した。それならば、ナースエンジェルが急に白くなってパワーアップしたことも説明がつく。
「ミミナ王女、何かやりましたね…。まあいいでしょう。今から私がやろうとしている高尚な作戦は、あなたが気絶したままであっても可能な作戦なのですから…。」

激しい打ち合いが続き、セイバーは次第に追い詰められた。
「さあ、もう観念してミミナを返して。」
セイバーの不利を見て、せりなは降伏を勧告してみた。セイバーが何か言おうとした時、何者かが口を挿んだ。
「それはどうかな、ナースエンジェル。」
せりなとセイバーは、同時に声の方向を向いた。ボックス席の上段で、クレイモアが二人を見下ろしていた。彼の頭上にはミミナが浮かんでいる。見えない檻に入ったまま、空中に吊されているのだ。ミミナがぐったりとしているのは、現在、せりなに力を送っているからなのだが、せりなはクレイモアが何かしたのだと思った。
「あ、あなた、ミミナに何をしたの!?」
「さあ。私に答える義務はないね。それより、私がこの娘にこれから何をするかを気にした方がいいぞ。」
せりなクレイモアの意図に気付き、その卑劣さに激しい怒りを感じた。
「卑怯者!そんな古い手を使うなんて…」
「確かに古いが、実に有効な手だ。現に君は今、手詰まりになっている。」
気を失っていたミミナが目を覚ました。ミミナの身体に危機が迫っていると判断したヘレナが、ミミナの精神を身体に戻したのだ。同時に、パワーアップして白く変化していたナースエンジェルの服が、元の青い色に戻ってしまった。
「ははははは、いいぞ。次は武器を捨てろ。そして変身を解け。そして…」
従うより他に手は無い。せりなはクレイモアの言葉に従おうとした。しかし、図に乗ったクレイモアがさらに注文を付けようとした時、気合の塊がうなりをあげて飛来し、クレイモアを吹き飛ばした。
「下衆め、勝負の邪魔をするな!」
セイバーが怒りの声をあげた。クレイモアは周囲のシートと共に吹き飛び、悲鳴をあげて消え去ってしまった。見えない檻は消え去り、ミミナは空中でじたばたした揚げ句、数メートル下に落下した。じたばたした割には上手く着地できたようだ。その様子を見て、せりなは安堵した。安堵した途端に全身の激痛を思い出した。ミミナの力との融合が解けたので、これまで受けてきたダメージがせりなを襲ったのだ。せりなは片膝をつき、スタッフを支えにして辛うじて立ち上がった。立ち上がったものの、もはや戦える状態ではない。しかしそれは、セイバーも同じだった。手酷いダメージを受けている上、先程の気合弾は相当無理して放ったようで、彼も棒を支えにして辛うじて立っている状態だった。
「邪魔者はいなくなった。行くぞ、ナースエンジェル!」
せりなもセイバーも傷付いている。両者の間で再開された死闘は見るも痛々しく、ミミナは正視できない。
「もうやめて、二人とも!」
ミミナは叫んだ。しかしセイバーは戦闘を止めない。セイバー止めない以上、せりなも応戦せざるをえない。
「お姉様、もう一度せりなと融合できないの?」
ミミナは指輪に話しかけた。
「今すぐは無理です。先程の融合で、あなたも私も力を使い切ってしまいました。」
「そんな…、あいつを止めないと、もうせりなは限界よ!」
ミミナの言う通り、せりなはもう限界だった。
「これで幕だ!ナースエンジェル!」
セイバーは空中に跳ね上がり、棒を大きく振り上げた。一気にとどめを刺すつもりだ。
「豪旋一発!グラビト…」
「隙ありっ!」
せりなはセイバーの懐に飛び込んだ。必殺技を放つ瞬間が、唯一大きな隙のできる瞬間だったのだ。
「エンジェルビィィィーーム!」
バックラーの先端をセイバーの胸板に押し当て、エンジェルビームを放った。
「エンジェルビーム!エンジェルビーム!」
ありったけのエネルギーを叩きつけるように、連続でエンジェルビームを直接叩き込む。
しかしセイバーは倒れない。せりなの襟を掴むと、凄まじい咆哮と共に、まるで砲丸投げのように投げ飛ばした。 満身創痍でふらふらと立ち上がるせりなに向かって、セイバーは雄叫びを上げて突進する。 もうこの突進を回避する力は残っていない。
「こうなったら一か八か…私の最後の力で…エンジェルボウガン!」
せりなはバックラーをボウガンに変化させて、突進してくるセイバーに狙いを定めた。
「キュアー・クリティカル・ウゥゥーンズ!」
光の矢が放たれる。矢はセイバーの胸に突き刺さった。しかしセイバーの突進は止まらない。そのまませりなに強烈なショルダータックルを入れた。せりなの体は宙を舞い、バックネットを突き破り、客席を次々となぎ倒し、ミミナの前まで来てようやく止まった。
「せりな!」
ミミナはせりなに走り寄り、抱き起こした。せりなは重症だ。もはや戦闘の継続など完全に不可能だろう。
セイバーは胸に光の矢を刺したまま、客席に上って来た。ゆっくりとせりなに近付いてくる。
「あ、あなたの勝ちよ、あなたの勝ちだから、もうせりなを傷つけないで!」
ミミナはせりなを庇うように抱きかかえた。セイバーは立ち止まり、笑い声を上げた。
「お前の勝ちだ、ナースエンジェル。」
そしてスローモーションのように倒れ、そのまま動かなくなった。

ミミナはせりなの手を両手で掴み、念じ始めた。
「緑の祈り、ここへ…。」
せりなの体が淡い緑の光に包まれる。いまだ未熟なミミナの力では、これほどの重症をすぐに治すことはできないが、全身を包む柔らかく温かい光は、せりなの苦痛を和らげ、安堵させるに十分だった。
「ねえ、せりな…。私のこと、迷惑だと思ってない?」
気を失っているため、せりなは答えない。しかし、せりながどう思っていようと、自分を助けるために必死に戦ってくれたことに変わりは無い。これまで、ずっとそうだったではないか。
「ありがとう、せりな…」

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翌日、せりなの傷は癒えていたが、激闘に消耗しきった体は、いまだにベッドから起上がれずにいた。
ミミナはマルルをお供に、買出しに出かけた。先日、大事な場面に居合わせることの出来なかったマルルは、すっかり恐縮していて、今度こそ王女をお護りすると張切っている。
「もう、昨日はどこに行ってたのよ。本当に大変だったんだから」
「かたじけないマル…」
マルルと話し込んでいたミミナは、前方に不注意になり、曲がり角で見事に少年とぶつかった。
「いたた、どこを見て歩いて…」
ミミナはその少年を見て、思わず声をあげて驚いた。少年も驚きの声をあげた。
「あー!」
「あっ、お、お前は…」

第6話:終

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