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 <太正十五年 十二月三十一日>



「・・・らはん、さくらはん」


え?
「ああ、紅蘭。」

「『ああ、紅蘭』やあらへんで鍋ふいとるやないか」

「うわぁ〜〜〜〜〜!」



カランカランカラン



「もう、しょうがあらねんなぁ、さくらはんは。
ちっとは落ち着いた〜思うてもやっぱりなぁ。」

そう言うと紅蘭は落とした鍋の蓋を拾って渡してくれた。

「ごめんなさい、紅蘭。なんかぼ〜っとしてて。」
「朝からいそがしかったもんなぁ、もう一段落ついたんかいな。」
「ええ、もうこの年越しそば用のだしさえできれば。」



今日は12月31日。
今年も残すところ後1日。
朝からなんだかばたばたと忙しかった。
去年はみんな帰省を考えていたけれど、今年はどうしたのか誰一人帰るって言わなかった。
アイリスはちょっと言いたそうだったけど。

今年はここで新年を迎えよう。
そんな気持ちから、ここ2、3日は掃除をやったり買い出しにいったり。
中庭でお餅つきをした時には初めて見たレニや織姫はびっくりしていたっけ。

普段公演をやっている時よりもこの2、3日の方が忙しかったよう。
今日も朝早くからおせち料理を作って・・・

「そう言えば紅蘭は何処にいたの?
途中で姿が見えないようだったけど。」
「ああ、それはな。」

紅蘭はそう言うとごそごそと何かを取り出し始めた。

「紅蘭、何かするつもりなの?」
「まあ、ちょっとそこで見ててや」

白いかたまりを出してきた紅蘭。
それを適当な大きさに分けると、麺棒でひとつひとつを薄く伸ばし始めた。
次に伸ばしたそれに何かをつめると、ささっと包み込み・・・

「うわぁ、これ紅蘭・・・」
「かわいいやろ、金魚」
「じゃなくて紅蘭、これは何?」
「餃子やで。あ!そうか、さくらはんは見るの初めてかいな。」
「ええ、今まで見たことないわ。」
「これはな、中国では旧正月の時にな作るもんなんや。
日本はお正月を迎えるのが中国よりちょっとだけ早いんやけど、
今日はなんとなく作ってみたくなったんや。」
「ねぇ、紅蘭。あたしもやってみていい。」
「いいけど、そっちの方大丈夫なんか。」
「あ!」

あわてて鍋の火を止める。
蓋を取って中の様子を見て・・・

「大丈夫よ、紅蘭。」
「じゃ、はじめよか。さくらはん、これ持って。」

そう言って紅蘭は手の上にさっき伸ばしていた白い布のような物体をのせる。

「これ、ぎょうざの皮な。で、この上に」
「これは何なの、紅蘭?」
「ぎょうざの具やけど」
「ね、これところで食べられるもの?」
「あったりまえやがな、いくらうちでも食えんもん作らんわな。」
「そうよね。」
「なんやぁ、その不安そうな笑いは。ま、ええわ。
後で食べてみてびっくりするで、ものすごくうまいさかい。」

「ご、ごめんなさい、紅蘭。で、この後は」
「ああ、そうやったな。こうつまんでな。」
「こうね。あ、れ、紅蘭のようにうまくくっつかないけど。」
「ああ、それはな。すこぉしだけ水をつけてやるんや、こうや。」
「ちょっとつけて・・・こんな感じね。」
「でね、こことここをちょんちょんって切ってやると」
「うわぁ、できたぁ。」

「さくらはん、筋ええなぁ、さすがやで。」
「あら、でも紅蘭の教え方がいいから。」
「そんなこと当然やない、ってなんだか照れるさかいやめてえな、さくらはん。
じゃ、ちゃっちゃっとやってしまおうやない。」
「そうね、紅蘭。」

その後は黙々と・・・
なんて状態じゃなくていろいろとなんだか他愛もないようなおしゃべりをしながら
出来上がっていく、いくつもの金魚。

ふと、紅蘭がつぶやいた。
「さくらはん、よかったな。」
「え?」

「今年もなんとかみんな無事に正月を迎えられる。
なんか嬉しいことやないか。」
「・・・そうね。紅蘭」

みんな無事に・・・
そうね。
でも一人だけ・・・ここにはいないけれど・・・


今年最後の夕食
いつもと同じ場所で
いつもと同じ展開があって
「そう言えば・・・」
いつもと同じ話題が出たところで静かになるところまでは同じ

だけど


バタン


扉が開く音、そして声。


「みんな、ここにいたのか」

え?

「いきなり帰れるようになったもんで、連絡間に合わなくて・・・その・・・」

目の前にある場面。
夢・・・じゃないですよね。
どよめく声が聞こえる中
あたしは彼の近くに行く。
そして・・・


「・・・お帰りなさい、大神さん。」


「・・・さくらくん、ただいま。」



<おしまい>



−1999年12月31日 サクラBBSにて発表−



製作裏話