ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち
拍手。
万来の拍手。
それは劇場全体を振動させているかのような錯覚すら覚えさせる。
海岸に打ち寄せる波のように、さざめくように、それは響いていた。
いつまでも続く、轟音。
ボクは……それをただ立ち尽して聞いていた。
その音が示す興奮と感動で、ボクは動くことができなかった。
秋公演『青い鳥』は、最高の千秋楽を迎えた。
数日後、『帝都倶楽部』に再び帝国歌劇団の特集がされることになった。
言うまでもなく秋公演『青い鳥』のことがメインで書かれており、
前回と同じような評論家たちが、美辞麗句をつらつらと並べていた。
そんな中、やはり隅の方に小さく、若手評論家の記事があった。
『ラストシーンのふたりは、まさしく青い鳥をみつけた兄妹のようだった』
サロンでそれを読んだとき、少し笑ったのかもしれない。
アイリスがボクの顔を覗き込んで、すごく嬉しそうに笑っていた。
多分ボクもこんな風に笑っているんだろうな、と思って、アイリスの笑顔を見つめた。
「ね、お兄ちゃん。やっぱりレニの笑った顔って、とってもかわいいでしょ」
アイリスがくるりと振り向く。
そこには、ボクを優しげな瞳で見つめている隊長がいた。
「ああ、とってもかわいいね」
「た……隊長」
少し頬が熱くなる。
照れくさくなって、隊長の顔がまともに見えなかった。
これも以前には全く知らなかった気持ちだけど、以前のように不快ではなかった。
むしろ、もっとその感覚に浸っていたいような、そんな心地よさがあった。
「大神中尉に敬礼!」
汽笛が鳴り響く。
波止場にあたり、砕ける波の音がする。
周囲の人々の喚声が聞こえる。
紙吹雪が舞い降り、色とりどりのテープが船の上の乗客と見送る人々を繋いでいた。
そんな中、ボクら花組は、隊長を見送って港で立っている。
ボクらの敬礼に隊長が応えてくれたとき、周り人の持っているテープが切れていった。
出航のときだった。
少しずつ離れていく、隊長の姿。
紅蘭が、ここぞとばかりに、昨夜皆で作った横断幕を広げた。
ボクもその横断幕を持つ。
『ガンバレ大神中尉』と書かれた横断幕を見た隊長は、
一瞬驚いたようだけども、すぐに微笑んでくれた。
いつもの、あの隊長の微笑みだった。
ボクは………最後の最後で、笑えなかった。
隊長がかわいいと言ってくれた笑顔をしたかったけど、どうしてもできなかった。
笑うことなんか簡単なはずなのに、どうしてもできなかった。
ごめん、隊長。
でも、次に会うときには、きっと…………。
《劇終》
港から帰ってきて、ボクらはそれぞれの部屋へと引き上げた。
後ろ手にドアを閉めると、乾いた音が薄暗い室内に響く。
何もない………。
誰もいない………。
それが初めてボク自身を締めつけた。
目に止まったのは、テーブルの上にあった鏡。
そこには、いつも通りの顔があった。
いつも通り………?
違う。
何だろう、これ。
ボクは片手で頬を伝う水に触れた。
とても熱い……。
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