瀬戸大橋が完成 1988(昭和63)年4月10日
瀬戸大橋完成の日、橋は歩行者天国となり、たくさんの人が橋上ウォークを楽しみました。参加者には、メダルがおくられたそうです。
またこの年、開通記念の500円硬貨がつくられました。
橋の完成によって、日本列島の四つの島(北海道、本州、四国、九州)が陸続きになりました。
そして、瀬戸大橋記念博覧会が行なわれました。その跡地は、記念公園として今も残っています。
瀬戸大橋の開通式の様子です。
瀬戸大橋ができてから坂出駅の利用客は、1日1万2千人と大はばに増化しました。
そして、調べていくなかで3つの問題点をみつけました。
おばあちゃんに聞いたこと
「瀬戸大橋ができて、船で岡山までいかなくなったよ。沙弥島は、博覧会場ができてたくさんの人が来ていたよ。あと地には、記念公園として遊び場ができているよ。
でも、瀬戸大橋ができてから、潮の流れが速くなり魚が少なくなった。それから、沙弥島のせみが少なくなったのがざんねんだ。」
| 場所 | 1987(昭和62)年 | 1988(昭和63)年 | 伸び率 |
|
栗林公園 屋島 琴平 小豆島 五色台 |
47万5461人 56万1088人 114万5000人 59万6646人 36万5761人 |
116万5169人 110万4949人 217万4000人 68万0439人 55万2863人 |
245.1% 196.9% 189.9% 114.0% 151.2% |
| 計 | 314万3956人 | 567万7420人 | 180.6% |
瀬戸大橋の開通によって、四国各地の観光地には、たくさんの人々がおとずれました。香川県でも、栗林公園・屋島・琴平・小豆島・五色台の五大観光地では、前年よりも80.6%増の567万人の人がおとずれました。とくに栗林公園では、例年観光客が減る7月が前年の4.3倍もの集客を記録しました。
開通の1988(昭和63)年の4月10日から8月末までの利用客数は518万人。
1日平均の利用客数は約3万6000人、これは岡山と高松を連絡線でつないでいた当時の3.13倍です。
瀬戸大橋やまわりの道路ができたことにより、新鮮さが大切な野菜や魚などを、天候にあまり左右されないで、各地の市場へ運ぶことができるようになりました。
私たちは、このテーマを調べてたくさんのことを知りました。その中でも、瀬戸大橋ができてから島の人のくらしや坂出の町がかわったということがわかりました。それと、本州との交通きかんがフェリーだったころに比べて、たくさんの人が瀬戸大橋を通って行き来するようになったことです。私たちが生まれた時から瀬戸大橋ができていて、本州といききできるようになっていたので、フェリーだけでいききしていたころと比べてびっくりしました。
ですが、瀬戸中央自動車道は通行料金が高いため、開通当時から不調だということです。最近は通行料金の見直しという声が高まっていますが、なかなか実現が難しい問題のようです。わたしたちは、これらの問題が早く解決し、これからもたくさんの人が瀬戸大橋を通って、私たちのふるさと沙弥島・坂出におとずれてほしいと願っています。