瀬戸大橋はなぜ造られたのか?
浅野伸吾
★このテーマを選んだ理由★
僕の家から毎日見える瀬戸大橋。誰がいつつくろうかと思い、どんな苦難があったのかを知りたくなったから。
1.瀬戸大橋建設のきっかけ
☆誰が?
(瀬戸大橋記念館所蔵の大久保ェ之丞銅像。)
大久保ェ之丞(当時の県会議員)が提案。
☆いつ?
明治22年5月23日、讃岐鉄道株式会社の丸亀〜琴平間の開通祝賀式が行われました。
大久保ェ之丞はその式で、『塩飽諸島を橋台として、本州と四国を結べば、風や波のうれいがなく南北交通がすみやかにでき、東西の交通も便利になり、これほど大きい国民の福利はない。』と時代を先取りした発言をしました。
2.紫雲丸沈没
1955年(昭和30年)5月11日午前6時55分、濃霧の中、瀬戸内海女木島西方約2.2キロの海上で国鉄連絡船紫雲丸と第三宇高丸が衝突し、紫雲丸は乗客781人を乗せて数分後に沈没。修学旅行中の児童生徒を含む168人が死亡、222人の負傷者が出た。
(本州四国連絡橋公団ホームページから許可を得て使用しました。)
↑紫雲丸の事故で海に投げ出された人々。
(四国地方整備局から許可を得て使用しました。)
↑沈没していく紫雲丸。
3.調べての感想
僕は、瀬戸大橋のことについて調べて、紫雲丸が沈没したことがきっかけで瀬戸大橋が造られたことを知りました。また、100年も前に瀬戸大橋を考えた人がいることも知りました。そして、時代を先取りしたすばらしい発表だと思いました。自分のふるさとに、こういうすばらしい橋があることを誇りに思い、これからもふるさとを大切にしていきたいと思いました。