シンメルピアノについて

創始者のウィルヘルム・シンメルは、ピアノ造りの本場だったライプツィヒのピアノ技術者の息子として生まれ、16歳からキャビネットメーカーに勤め、22歳からはピアノ工場で見習い工としてスタートしました。

1885年の5月2日に念願の独立を果し、ライプツィヒの郊外でシンメル社を設立し、そのわずか約9年後の1894年5月1日には、早くも製造番号1000台目のピアノを出荷し、1895年にはライプツィヒ・リュードニッツに会社組織として工場を建て、従業員は30名程になりました。 

1897年にはライプツィヒ・スターリッツの新たに設立した工場へ移転。この頃にはアメリカ、イタリア、ロシア等の国々へ輸出され、1898年には、製造台数2500台という偉業を成し遂げました。

1899年にはワイマール王室の、また1909年にはルーマニア王室御用達の栄誉を授与され、会社は飛躍的に成長を続け、ライプツィヒを代表するメーカーになりましたが、1927年ウィルヘルム・シンメルは引退し、息子のウィルヘルム・アルノ・シンメルが引き継ぎ、1930年には、新たな鍵盤とアクションの設計により、小さなアップライトピアノを開発し、それまでの大きなアップライトピアノは次第に過去の物となっていきました。

1931年ブラウンシュヴァイク(旧西ドイツ)へ移転。20年後ドイツは分割されましたが、丁度この時期、ドイツで製造されたアップライトピアノとしては、1951年にはドイツで、また1958年には世界でNo.1の売上げを記録しました。

1961年、ウィルヘルム・アルノ・シンメルが死去。ニコラウス・シンメル(現社長)が継承し1966年には町の南側にある産業地帯に工場を設立し業務を拡大。その後も多くの需要により1975年には二つ目の工場を新造しました。

1970年からパリのガボー・エラール・プレイエルの発売権元の要請で許可を得て、それらのブランド名で1993年までOEM生産をしました。

世界が活況だった1980年頃には年間の製造台数が一万台を超えたこともありました。

1台1台に行き届いた入念な仕上げ、格調あるデザイン、豊かな音色を守るばかりでなく、改良に改良を重ねてその完成度を高めていき、今日では、ドイツで最大の製造台数を誇るメーカーとして、また世界のピアノ産業界でのトップブランドとして、多くの人々に求めやすい価格で様々なモデルを提供しています。

 

ドイツのシンメルピアノ社のホームページ


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