随筆

 ゲーム機や、ソフトに関して感じた事を気ままに綴っていきます。


第一回
「メガドライブとの最低の出会い」

 やはり、まずはコレに触れない事には始まりません。道を踏み外した・・・、 もといセガにハマるキッカケとなったメガドライブとの出会いと歴史。 これがなければ、SS、DCへと続くセガ崇拝はありえなかったのですから。
 ところで、アクションゲームをやらない私が何故メガドライブを選んだのか。 大体、やるソフトがないだろうに。 まあ、実際メガドライブを購入したのはちょっとしたはずみでした。 そう、「ちょっとしたはずみ」だったのです。メガドライブとの出会いは・・・。


せっかくだから、俺はこの黒いハードを選ぶぜ

 1992年12月、それまで使っていたFCも性能不足が目立つようになり、何より、 プレイしたいソフトが次世代ハードでしか発売されなくなったので、新しいハードを探してゲームショップをうろついていました。 お目当ては勿論、後継機SFC。しかし、その日はちょうど年末商戦の直前という事でか、どの店にもSFCは置いておらず、 おそらくは翌週末に山積みされる予定だったのでしょう。
 そうして、いい加減歩き疲れた頃、ふと店頭で目に止まったのがメガドライブでした。メガドライブに関する、 当時の私の知識と言えば、
「鳴り物入りで登場した家庭用初の16Bit機だが、後発のSFCにアッサリ性能で追い越された」
「テトリス裁判のアオリを受けて、メガドライブ版テトリスが発売中止になった」
程度でした。いずれも余りいい印象ではありません。実際、その店頭でも定価の半額(\10,500)で販売されている様子に、 同ハードの苦戦ぶりが象徴されていました。
 しかし、私が主にプレイする光栄の歴史SLGは概ね移植されているし、何より、 その時一番プレイしたかった「提督の決断」がすぐに入手、プレイできるという事から、 私にとっては充分であろうという結論に達し、購入したのでした。ようするに、SFCの代用品だった訳です。まさに最低の行為でした。


燃えたぜ!セガ

 「提督の決断」にはかつてないほどハマりました。米海軍を完膚なきまでに叩き潰す快感は格別で、 約4ヶ月程はこれ1本をプレイし続けました。
 93年4月、ようやく「提決」の呪縛も解けて新しい刺激を求めるようになり、 他のソフトやセガというメーカーそのものについて知りたいと思うようになりました。 そんな折、ふと立ち寄った書店でゲーム業界について書かれた本を見かけたのです。 その本では、92年末の北米市場でセガジェネシス(海外版メガドライブ)がSFCを超える売上を記録し、 「初めてセガが任天堂に土をつけた」という事実を皮切りに、 「王者任天堂VSセガ」という構図でゲーム業界を解説しており、 中でも、「覇道を行くセガ」という言葉は印象的でした。

 さて、察しのいい読者の方はもう後の展開が読めていると思います。 ・・・シビれました。 私は元々判官びいきな所があり、某西武ライオンズは球団成立以来の由緒正しきアンチファン。 またこれが強いもんだからアンチファンもやりがいがあるっちゅうか、某球団はこの辺が物足りないんだよなあ・・・。 おっと、閑話休題。そのため、SLGファンなのも「弱小勢力が強大勢力を打ち破る様を見たい」、 「(歴史的に)散っていった者達の雪辱を果たしてやりたい」といった欲求からでした。 実際、SLGはキャラに感情移入できれば面白さが倍増するもの。「信長の野望」シリーズでは最近足利義輝ばかり使ってるし。 (足利幕府再興のために奔走しながら、松永久秀によって非業の死をとげた第13代将軍。司馬遼太郎「国取り物語」でハマりました。 彼に悲願の幕府再興を果たさせようという訳。燃えますよ(^^;))って、またまた閑話休題。 ・・・となれば、セガにハマって行くのは全く自然な流れであると言えるでしょう。
 でも、そうするとPCは当然Macに走るハズなんだケド、今の所その衝動はないですね(^^;)。

 とまあ、火がついた訳ですが、やはり良いソフトあってのハード。 しかしながらメガドライブの得意とするACTは私のプレイしない分野。 当然ながら代表作の「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」シリーズ等にも食指は動かなかったのですが、 どえらいソフトがありました。

「アドヴァンスド大戦略 〜ドイツ電撃作戦〜」

 メガドラユーザー以外には無名でしょうが、掛値なしにコンシューマ最高峰の戦略SLG。 コンビニで攻略本を見つけたのがキッカケでしたが、 第二次世界大戦という極めて壮大かつ重いテーマを「大戦略」というゲームに持ち込み、 膨大な種類の兵器を登場させる等、その世界観をリアルに表現している様子に興味を覚え、しかもよほどの事がない限り、 勝利を続けても国そのものは敗北へ進んでいくという凄まじい難易度にゲームを入手する前から激しい感動を覚えました。 それなりに勝ち進んでも終盤になると、米英ソの雲霞のごとき大軍に囲まれて絶望的な状況を見る事になり、 「勝利なきシミュレーションゲーム」という名称で呼ぶようになりました。 ナチスドイツを題材にする以上、倫理的にも勝ってはならないだろうし、 実際のドイツ将兵が味わった絶望的状況を少しでも感じられるようにする。 そんな開発者の肉声が伝わって来るような「作品」でした。 DCでも続編が発売されるので、大変楽しみにしています。このソフトについては、また別の機会に語る事にしましょう。
 このソフトの存在を知った時、心底「メガドライブと出会えたのは幸運だった」と確信しました。
不安定な政権時代とその終焉

 こうしてメガドライブ(以下MD)がメインハードとなった訳ですが、その道程は短く、かつ大変不安定でした。
 情報不足から闇雲に購入したソフトで痛い目をみているうちに、 友人から借りたFC「FF3」や自分で購入したFC版「大航海時代1」にハマり、しばらくMDから遠ざかる。
 「FF3」を返却し、MD版「大航海時代1」を入手。 また、引越しの都合でFCソフトをほとんど売却したのでFC時代は完全に終焉を迎える。 その後、メガCD2を購入し、同時購入したMCDソフトは失敗したものの、 「太閤立志伝1」(カートリッジ)や「LUNAR the Silver Star」(MCD)にハマる。 この頃がもっとも安定した政権時代といえるだろう。

 94年2月、SFC版「大航海時代2」発売。以前から特にプレイしたかったソフトだが、 MD版が発売されるかどうか不透明だった事からSFCを購入。同ソフトにハマりMDは御無沙汰となる。 6月、MD版「大航海時代2」が発売され、その出来がSFC版より良かった事からMDに戻る。 これにより、プレイするソフトのなくなったSFCは窓際化し、翌年友人に売却する事になる。
 94年9月。「The Atlas」等をプレイしたくなった事からPCエンジンDuo−Rを購入。 「LUNAR Eternal Blue」(MCD)による復権時期もあるが、結局メインハードの座を明け渡す事になった。 やがてサターンへの移行に伴い、MDを始め旧機種用ソフトの多くを売却したため、MDは休眠状態となる。


華麗なる復活

 休眠状態になったとはいえ、MDは私の中で奇妙な存在感を保っていました。 この黒いハードを見ると、なんとなく熱いモノがフツフツと沸き上がるような気がして、 「いつかはメガドラ」そんな想いを常に持っていました。 実際、MDは個性的なハードです。逆境に歯を食いしばる姿(自業自得だが)、 解かる奴だけついてこい!という強烈な主張(マニアックという)、 ハードにない能力はプログラム技術でカバー!という心意気(最初からハードに付いてりゃなぁ)、などなど、 そんな姿に「漢」を感じるのでしょう。

・97年5月、ユーズドゲームズと出会い、購読を開始。この影響で再びMDに脚光が当たるようになる。 主に、バックアップ電池切れが心配されるようになってきた「提督の決断」や「アドヴァンスド大戦略」の再プレイを行う。
・98年9月、インターネットを始め、MD関係のHPをチェックするようになる。そこで、NOMADの存在を知る。 以前から旅行に出た際の列車内での暇つぶしの方法を考えていた事から、99年5月購入。 「外でMD、内でSS」という住み分けを行う。しかし、むしろ冬場に布団にもぐって使用する事が多くなる。
・99年1月、上記HPやユーゲーで名作ソフトを知った事から、MCDのソフトを5年振りに購入。
・2000年1月、ユーゲーの人気連載「魔法大作戦」に触発されてMCD「LUNAR the Silver Star」を久しぶりにプレイ。
・2000年2月、「レンタヒーロー」「鋼鉄帝国」を発見し、6年振りにカートリッジソフトを購入。

 こうして復活を果たしたMDは現在もメインとはいきませんが、元気に稼動しております。