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聴いた演奏
1983年同志社グリークラブ
1991年関西学院グリークラブ
1993年筑波大学メンネルコール |
1.指揮 北村 協一
2.指揮 北村 協一
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この曲は、個人的に多田作品の中でもっとも好きな作品です。作品としての評価は、
JMLで「21世紀に残る多田作品は?」というテーマで盛り上がった時に投稿した文章を最後に転載しておきましょう。
そのような評価をするキッカケになったのが、上で挙げた東芝EMIのCDでした。
大音量のフォルテを武器にした大変ダイナミックな表現で、
終曲「北陸にて」の「ちょうどスクリーンいっぱいのように」へ向けての盛り上がりには強烈に惹きつけられました。
さて、1位に挙げた関西学院は生演奏を聴いていたにも関わらず、
あえて「ライブCD」をベスト演奏に明記したのにはそれなりの理由があります。
実は生で聴いた時の評価はかなり低かったのです。
この頃の関西学院は色々と事件があったという話を聞いていますが、前年よりメンバーも減少し、
伝統であったバス系の重厚な響きもこの年を境に失われてしまったため、
かつての演奏を知る者からすれば物足りないと感じられ、また他の3団体からも見劣りがした事を覚えています。
再評価が行われるようになったのは93年、関西学院、横浜国大ジョイントを聴いたのが原因です。
その年の四連での「健闘」振りが光っていたものの、この時はむしろ横浜国大に期待していました。
実際、前半のタダタケ対決(関学「木下杢太郎の詩から」、横国「北斗の海」)では横国に軍配を上げた位です。
ところが、第3ステージで四連単独の「黒人霊歌集」の演奏を聴いて驚愕しました。
驚異的な精度の音程(おそらく、横でピアノを鳴らせば全パート、全く同じ音が出ていたのではないかと思われる程)と他を圧する音量。
その衝撃は後の2ステージが全く記憶に残っていない程でした。
まさに、「関学の底力を見せつけられた」という印象で、「恐れ入りました」と心中で頭を下げました。
この体験をキッカケにこの時期の演奏を改めて聴き直してみようという気になる。
この頃、部室で「北陸にて」の楽譜を発見してオルガンで弾いてみていたので、すでに同志社の演奏の音程に疑問を持っていました。
(最終的に1曲目の「ひともしころ〜」で一部Topメンバーの入りの音が60〜70cent高いと結論したのは97年の事)そのため、
改めて聴いた関学の演奏は実に高い音程精度が強烈な印象を残し、またそれによって、それまで感じていなかった、
この曲の音の東洋的な美しさを堪能する事ができて、改めてこの曲の魅力を認識する事ができました。
下記の「北陸にて」の音楽面での評価はこの関学の演奏によってもたらされたものです。
またこうした事から、私の中でこの91〜93年にかけての関学の演奏の評価は歴代トップクラスにまで跳ね上がりました。
この原稿を書くにあたって再び両CDを聴き直してみましたが、いずれもダイナミックで味わい深い曲想で表現されており、 特に関学の演奏は前述した「東洋的な美しい音」を巧みに生かした曲想であり、改めて名演であるという印象を持ちました。
筑波大学メンネルコールの演奏はノンビブラート発声によって音の美しさを引き出し、ロングトーンで独特の味わいを表現している等、 上記2演奏に勝る部分もありましたが、ソロ、パートソロの旋律で音が外れている箇所が目立つ事、 旋律処理に問題があって言葉に聞き取りにくい箇所がある事から外させて頂きました。
93年に車で能登半島等日本海側の海岸線を走破した時に、
能生や長浜も通った事があった(カーステレオからは当然「北陸にて」)のですが、
詩の中にあった日本的な風景美というか、詩人が感じたであろう風を感じた気がしました。
特に能生は山が海岸線まで張り出して、その狭間の平地に細長く伸びた漁業の町(漁船のたくさん停泊している港を見ました。)で、
北方には日本海が果てしなく広がり、
雲一つない晴天の元「ちょうどスクリーンいっぱいのように」と表現された風景を体験して感動しました。
多田氏の好む「水墨画」が似合う日本の風景美が良く表現されているのではないかと思います。
また、私としては音楽面で評価したいです。
多田氏自身が言われている「副三和音の効果的な使用」に加えて、
「草野心平の詩から」辺りから多用された「完全音程や長二度音程による邦楽的な音」を使用し、
「くずの花」では短く切った後の余韻や間を意識しており、
これらが渾然一体となって多田氏の作曲動機である「日本的な感情、風景美の表現」(ビクター合唱名曲シリーズのジャケットより)を成し遂げているので、
「タダタケ節」の集大成として一番評価しています。
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