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聴いた演奏
1986年神奈川大学男声合唱団フロイデコール |
1.指揮 坂田 真理子
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・・・なんとなく、いいんですよね、この演奏。
一般的に「これは上手い!聞いてみろ!」と推薦できる程上手い訳ではないのですが。
よく聞くと、時々高音部でかすれたり、それによって旋律が途切れそうになる所もあるので、
冷静に評価しようとすると今一つ物足りないと言うべきなんですが。でもいいんですよね、この演奏(^^)
なんというか、全体に妙に楽しい感じがしているんですよ。声が明るい事もあるのでしょうが、
特に「田舎のモーツァルト」なんかは弾んだ感じがとても心地いいです。
で、この原稿を書きながら演奏を思い出していて気づいたのですが、歌詩がスラスラと思い出せるのです。
特定の学生団体のエールなどは、何度生で聴いても歌詩が覚えられないという例もあるだけに、この事に気づいて非常に驚きました。
よく考えると、この組曲ではかなり長い詩をレシタティーヴォで歌っていく曲が多く、
その意味では後期多田作品の特徴が色濃く出ている組曲と言えます。
ところが、こうして改めて考えるまで、その事に全く気づいていませんでした。
この後期作品のレシタティーヴォ系の曲は、下手をすると非常に間延びして聞きづらくなる事も多いのですが、
この演奏ではその事を感じさせません。これは、この演奏が適度に曲想に変化をつけて飽きさせないようにしており、
また、歌詩を非常に明瞭に歌っているからだと言っていいでしょう。
9/9加筆
先日、知人の合唱団が多田氏の講義を受けるというので、私も便乗して受けさせてもらいました。
その講義の内容は旋律処理方法についてなのですが、
これまで私はこのテーマについて、これほど具体的で定量的(私的にはここが重要。
他人が理解可能な説明であるかどうかという問題)な説明を受けた事がなく、
正に「目からウロコが落ちる」という衝撃を受けました。
その講義を受けた後、氏の作品の旋律処理の視点からの評価する必要を感じました。
また、その事に思い当たった時に真っ先に気になったのがこの演奏でした。
上記のような感想(歌詩の明瞭さ)を持った理由がこの旋律処理法にあったのではないかという気がしてきたからです。
そして改めて聴いてみると、想像通り、この指導法の通り演奏されており、改めて多田氏の方法論の優秀さを感じさせられました。
また、合唱団、指揮者共に、こうした指導を忠実に実行して実際の演奏で表現している事に、
作曲者に対する深い尊敬の念を感じずにはいられませんでした。
その意味では本演奏は、作曲者の意図を十二分に表現している、初演に相応しい名演であると言っていいでしょう。
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