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聴いた演奏
1989年メンネルコール広友会 |
1.指揮 牛尾 孝
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広友会の思い出 その1
メンネルコール広友会の存在を初めて知ったのはいつか、ハッキリとした記憶は残念ながらありません。第8回定演パンフに、
「東西四連へチラシの折り込みに行き、新入団員を2名ゲット。」
との記載があった(と思う)事から、おそらく第38回東西四連へ行ってチラシを見た時ではないかと思われます。
その時興味を引かれたのは、そのチラシの中央やや上に一際大きく書かれた「樅の木の歌(委嘱初演)」の文字でした。
多田作品の初演にはまだ立ち会った事がなかっただけに、すぐさま「行きたい!」と即決したのを覚えています。
さて当日、風邪をこじらせてしまったにも関わらず当時東京に住んでいた友人宅に無理矢理泊めてもらって(いい迷惑)、 2日は東京理科大学グリークラブ定演、3日はこちらという強行日程を遂行。 当日券を買うために窓口に行った時は、声もまともに出ない状況でした。
演奏の方は・・・、実はこの当時はそれほど良くはなかった。人数は多かったものの声は今一つ、まとまりも・・・、という状況。
前から5、6列目の中央に座っていましたが、通路を挟んだすぐ後ろの座席に多田氏と詩人のご夫人が並んで座られていて、
「樅の木の歌」の演奏中、夫人が多田氏に感謝の言葉を述べられていた事を覚えています。
しかしながら、この演奏会は演奏のみならず、ステージ演出、
パンフレット構成等全てにおいて合唱団の多田氏との関わりの歴史を伝える事に重点が置かれており、
また、それが多田氏への尊敬と感謝の気持ちが良く現れていたので感動しました。
特にパンフ中の多田氏の、
「詩人の『溢れ出しそうになる感動をじっと押さえこみ、そこからにじみ出てくるじんわりとした情感』を表現したい。」
という意味の文章(怪しい記憶)を読んだ後に、演奏中に終曲「樅の木の歌」の中で全くその通りの表現をした箇所を見つけた時は、
詩の感動を真摯に表現しようとする多田氏と合唱団の姿勢に大変感銘を受けました。
アンコールも尾崎喜八の詩による多田氏のオリジナルの小曲を2曲、詩人の話を交えながら演奏されたのが大変好印象でした。
特に最後の曲は詩人の肉声による朗読テープを流した後に演奏するという心憎いばかりの演出。
(そういえばこれらの曲については仲俣さんの所にデータを送ってないや(^^;))
温かい気持ちになって心地よく会場を後にし、熱でぼおっとした頭を抱えながら3時間揺られて帰り、
悔いなく寝込む事が出来ました。
でもその2日後、余り変わらない体調のまま今度は仙台に向かいましたが(^^;)
この演奏会のおかげで、メンネルコール広友会には好印象を持っており、 同団エール「ディオニュソスの息子たち」は好きな曲の一つです。 また、私共Single Singersの基本コンセプト「独身カルテット」がこの時のパンフに記載されていた 「除名嘆願 独身会」から頂戴した事は足跡に書いた通りです。
その2「吹雪の街を」へ続く
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