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聴いた演奏
1988年愛知教育大学男声合唱団
1989年愛知教育大学男声合唱団
1990年名城大学グリークラブ |
1.指揮 長谷川 伸弘
2.指揮 長谷川 伸弘
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愛知教育大学男声合唱団について
私の演奏会巡礼の特徴として、愛知県下の男声合唱団を頻繁に聴きにいったという事があげられますが、
その行動を決定づける効果をもたらしたのがこの愛知教育大学男声合唱団(以下愛教大男声)だったという事で大変印象に残っている合唱団です。
元々名古屋に向かったのは些細なキッカケでした。
ビクター日本の合唱名曲選35新実徳英作品集2(廃盤?)で「祈りの虹」をレコーディングした南山大学メイルクワイアーの団紹介で、
毎年上智大学グリークラブと、また隔年で関西学院グリークラブとジョイントコンサートを行っているという記述があり、
(現在はどちらも終了した模様(涙))88年に上智・南山交歓演奏会を聴いて関学・南山の方も行きたくなったので、
当時関西学院グリークラブに所属していた高校時代の先輩から開催日だけを教わって名古屋に向かいました。
そして、いい加減な根拠で降りた鶴舞駅の側に会場であった愛知県勤労会館を偶然発見して辿り着く事に成功。
その演奏会のパンフレットに折り込まれていたチラシを頼りに、愛教大男声と出会う事になった四団合同演奏会に赴きました。
エール交歓のため緞帳が上がり、初めて見た同団の印象は「(人数が)少ない」でした。
「さすがにこの人数では余りいい演奏は期待できまい。」
と思っていた私でしたが、エールを聴いて思わず座り直した。「こ、これは!」
伸びのある声、明確な音程、人数を超えたダイナミックな演奏。
思わぬ誤算に、この団の歌う「追憶の窓」のステージへの期待が膨らんでいった。
そして、その期待を大きく超えた演奏に驚愕させられました。
しかしながら、どこがどういいのかという事を明確に説明する事はできません。
それなりに気になる所もあるし、一般的に見て高く評価できるのかとなると疑問もあるのだが・・・、とにかく感動した。
それまでは半ば言い訳のような使い方でしか聞いた事のなかった「メンタル・ハーモニー」という言葉を見事に具現化してみせた演奏であったという事は言えるでしょう。
詩人の悩みや感情、瑞々しい感性が生き生きと伝わって来て、
特に終曲ではミスもあるものの、激しい感情の発露に胸を打たれました。
その感動体験をキッカケにその後5年連続を含む7回の定演来訪という長い付き合いが始まりました。
この演奏でスッカリ魅せられてしまった私はなんとしても定演を聴きたくなったのですが、団にツテがある訳でもなく、
座していても情報は得られません。という訳でこの演奏会のロビーコール後の混雑の中で団員を捕まえて問い掛けてみたが、
その団員が1年生だったので3月らしいという事しか知らなかった。・・・無念の内に名古屋を去る。
その秋、やはりチラシを頼りに愛知学院大学グリークラブ(以下愛学グリー)のジョイントコンサートを聴きに行き、
同団の「思い切り声を出して音楽を構成する」という豪快な演奏に好感を持ち、パンフレットに記載されていた定演に行く事にしました。
(そして、この合唱団も、その後6年連続で定演来訪しています)
冬に、当時私の所属していた茨城大学工学部グリークラブと付き合いのあった福島大学男声合唱団の定演に行った所、
前述の愛学グリーが翌年福島大学とジョイントコンサートを行うため、渉外担当者が来ていました。
そこで、その方と話した折に愛教大男声の定演日時について聞いてみたものの、
「3月の・・・6日か7日。名古屋市民会館中ホール」
と場所は分かったものの、正確な日時は判らずじまいでした。
結局、正確な日時が分かったのは愛学グリーの定演に行き、そのパンフレットに折り込まれていたチラシを見た時でした。
(そういえば、この愛学グリー演奏会は「大喪の礼」の前日だったので、
翌朝常陸多賀駅に帰り着いた時の「小雪の舞う、死んだように眠った街」の不気味な静けさが印象に残っています。閑話休題)
ともかく、苦労してようやく辿り着いた愛教大男声の定演。
そこで私を待っていたのは、またしても期待を遥かに超えたメンタル・ハーモニーの世界でした。
中でも秀逸だったのが「今でも・・・ローセキは魔法の杖」。
数々の味わい深い言葉が散りばめられたこの名曲を実に感動的に歌い上げていました。
しかも、学生指揮者のアンコールにこの曲の5曲目「深い眠りにつつまれて」を再び持って来たという演出にまいった。
私にとっては初めて聴く曲でもあったので、様々に意味ありげな言葉が印象に残るものの、
それらは脳裡に浮遊しているような状況であったのだが、このアンコールのおかげでそれらの言葉が急に有機的に結び付けられて行き、
「ああ、そうか!」
と、曲のテーマが私の体の隅々にまで伝わり、感動の余り涙が溢れてきました。
この体験のため、今でも「ローセキ」といえばこの愛教大男声の演奏を思い出します。
この他にも、やはりアンコールで演奏された同団ヴォイストレーナー田辺秀治氏作曲の「落ち葉のように」には、
自分の思い出というか、当時の感情を刺激されて感動しました。(そういえば、この曲名を知ったのは2年後だった。シミジミ)
かくして、初めての定演来訪は大変なお土産をもらって帰る事になりました。
入場料、旅費、それらをひっくるめても充分お釣が来る程の満足を得る事ができました。
(もっとも、この時は事情があって全行程で四千円程しか使っていませんが(^^;))
とはいえ、私の苦労はこれで終わった訳ではない。ツテのない状況に変化はなく、情報収集にはその後も悩まされ、
愛教大男声を始めとする名古屋演奏会巡礼の旅は綱渡りのような状況がさらに2年近く続いて行くのだが・・・。
それはまた後の話。
よく見ると全然演奏の解説になっていませんね(^^;)
この一連の行動と演奏への感動には余りにも強烈な印象を持っているので収拾がつかなくなりました。
何しろ書きながら感動して泣いていたのだから始末が悪い。
とはいえ、HPの真髄は「なんでもアリ」だと思っておりますので、これはこれでいいのではないかと思います。
読まされる方はたまったものではないって、ごもっとも。ゴメンナサイ。
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