実用純正律キーボード作成への道

 私(井上)の作成した実用純正律キーボードの成立過程について解説します。


59音律の考察から始まる

 キッカケはかつてこの実験室内にあった「おまけコラム」で解説していた、「純正律を実現するためには、 鍵盤は最低でもオクターブあたり53鍵(59鍵説あり)必要」という作曲家玉木宏樹氏のホームページにあった一文でした。
 ハーモニーディレクター HD-81(YAMAHA)に収録されているように、 平均律の12音階各音に対して純正音階を貼り付ける方法ならば一応全調演奏可能ですが、

 11×12=132

と、132の音が必要となります。 (HD-81に収録されているFシャープの音は意味がないので削除して考えます。)

 それではこの音数を減らすにはどうすればよいか。 五度関係で隣り合う調の基音関係を純正完全五度とすると共通音を増やす事ができるので、結果として全体の音数を減らす事が可能となります。
 C調の基音を基準(C=1/1)として具体的に考察しましょう。C調の音階は以下のようになります。

フラット フラット フラット
1/116/159/86/55/44/33/2 8/55/39/515/8

 これに対して五度上のG調をC調のG音を基音として純正音階をとると以下のようになります。(音階各音に3/2をかける)

フラット フラット シャープ
3/28/527/169/515/82/19/4 12/55/227/1045/16

 これを1/1〜2/1の範囲に収めてC調と並べてみます。 また、完全五度下のF調も同様の作業を行って並べてみましょう。

G調フラット シャープ フラット
1/19/8 6/55/427/2045/323/28/527/169/515/8
C調 フラット フラット フラット
1/116/159/86/55/44/33/2 8/55/39/515/8
F調フラット フラット フラット フラット
1/116/1510/96/55/4 4/364/453/28/55/316/9

 結果、一つ上の調に対して8つの音が共通で、3つの音が新たに必要になる事となります。 これを組み合わせていくとかなり音数を減らせるという事がご理解頂けると思います(以下の59音律についての解説は割愛)。

 ところで、ここまでをHD-81に収録した所である事に気づきました。 純正律の鬼門である2和音の和音(レファラ)を処理するためには2(C調のD音)を下げるか、 46(C調のF音、A音)を上げる必要があるのですが、 このD音を下げた場合の和音はF調に(F調の6和音)、 F音、A音を上げた場合の和音はG調に(G調の5和音)あるのです。
 また、ダブルドミナントの処理(5調の5和音)も、 C調の5和音とG調の1和音が共通である事から一つ上の調で可能になるのです。 この事は取りも直さず、5調と1調の調関係を表しています。 これによって転調処理も可能であると気づかされました。

 これらの事に気づいた時、純正律を実用化する可能性があると思い至ったのでした。
 上記を踏まえ、シャープ、フラット各7つずつ15調の調関係を以下に示します。

シャープ調シャープ調H調E調A調D調G調C調F調B調フラット調フラット調フラット調フラット調フラット調
(3/2)7(3/2)6(3/2)5(3/2)4(3/2)3(3/2)2(3/2)1(3/2)-1(3/2)-2(3/2)-3(3/2)-4(3/2)-5(3/2)-6(3/2)-7
C調の1=1/1として表記

平行調との関係を追加

 続いて平行調との音程関係を取り入れてみましょう。実用純正律の「平行調及びその同主短(長)調へ、もしくは同主短(長)調の平行調への転調」の項目で考察したように、主調−平行調の主音関係は以下の通り。

主調(長調)−平行調(短調)
主調の1 1平行調の1 5/3
主調(短調)−平行調(長調)
主調の1 1平行調の1 6/5(3/5)
 これを踏まえて具体的な調名で各調の主音関係を表現してみましょう。
A調(5/3)1
C調
フラット調(5/3)-1
C調の1=1/1として表記

 この関係を前項に重ねてみましょう。尚、中央が基準調であり、上下の平行調は転調の結果登場する調です。
 これが実践編(演奏法)で示した練習用キーボードです。

シャープ調シャープ調シャープ調シャープ調シャープ調H調E調A調D調G調C調F調B調フラット調フラット調
(5/3)1(3/2)7(5/3)1(3/2)6(5/3)1(3/2)5(5/3)1(3/2)4(5/3)1(3/2)3(5/3)1(3/2)2(5/3)1(3/2)1(5/3)1(5/3)1(3/2)-1(5/3)1(3/2)-2(5/3)1(3/2)-3(5/3)1(3/2)-4(5/3)1(3/2)-5(5/3)1(3/2)-6(5/3)1(3/2)-7
シャープ調シャープ調H調E調A調D調G調C調F調B調フラット調フラット調フラット調フラット調フラット調
(3/2)7(3/2)6(3/2)5(3/2)4(3/2)3(3/2)2(3/2)1(3/2)-1(3/2)-2(3/2)-3(3/2)-4(3/2)-5(3/2)-6(3/2)-7
E調A調D調G調C調F調B調フラット調フラット調フラット調フラット調フラット調フラット調フラットフラット調フラットフラット調
(5/3)-1(3/2)7(5/3)-1(3/2)6(5/3)-1(3/2)5(5/3)-1(3/2)4(5/3)-1(3/2)3(5/3)-1(3/2)2(5/3)-1(3/2)1(5/3)-1(5/3)-1(3/2)-1(5/3)-1(3/2)-2(5/3)-1(3/2)-3(5/3)-1(3/2)-4(5/3)-1(3/2)-5(5/3)-1(3/2)-6(5/3)-1(3/2)-7
C調の1=1/1として表記

転調の可能性

 ここで、転調の可能性を考察してみましょう。
 「総合和声(音楽之友社)」によると、 主調1から転調可能な内部調はその調と同主短調(長調)の音階構成音それぞれを主音とする調とその同主長短調という事になります(下図)。

転調の可能性表
主調1をCdur、molとした場合の内部調

 ところで、純正音階というのは分解すると純正完全五度を積み重ねた音の列を何パターンか組み合わせたものなのです。 つまり、1に完全五度を重ねた音、 1の短三度下である6に完全五度を重ねた音、 1の短三度上である3フラットに完全五度を重ねた音、 という三つの五度列によって構成されています。

1の五度列
4−五度−1−五度−5−五度−2

1の短三度下6の五度列
2低−五度−6−五度−3−五度−7

1の短三度上3フラットの五度列
2フラット−五度−6フラット−五度−3フラット−五度−7フラット

 さらに特殊転調法の解釈を踏まえて主調との主音の音程関係をまとめると以下のようになります。

主調と転調可能調の関係
1シャープ調
(5/3)2(3/2)1
4シャープ調 7調3調 6調2調低
(5/3)1(3/2)3(5/3)1(3/2)2(5/3)1(3/2)1(5/3)1 (5/3)1(3/2)-1
2調5調 基調調4調 7フラット調低
(3/2)2(3/2)1(基)(3/2)-1 (3/2)-2
7フラット調 3フラット調 6フラット調 2フラット調 5フラット調
(5/3)-1(3/2)1(5/3)-1(5/3)-1(3/2)-1(5/3)-1(3/2)-2 3/5(3/2)-3
1フラット調
(5/3)-2(3/2)-1

 これが、前項で示した具体的主調関係と一致する(増一度関係を除く)事に気づくでしょう。つまり、これによってほとんどの転調を網羅する事が可能となる訳です。


各調配置の工夫

 前項までで一応転調演奏も可能になりました。しかし、これを見ているうちにやや不満を感じました。それは基準音から離れると実際に使用する調の基音とは音程のズレが生じてくる事です。HD-81には全体の音程を微妙に高低する機能もあるのでそれで調整する事も可能ではありますが、どうせならその辺りも調整できた方が練習で使用する場合に都合が良いのではないかとさらに一考を加えてみました。

 私が曲頭等の音取りをする場合、音叉(A=440Hz)から各調の基音を取って各パートの音程を取るのですが、そのやり方(松原千振氏に聞いた方法を独自解釈)で取った音程の理想値を考察して以下に構成してみました。
 その各調の基音の取り方は次のようなものです。

・その調(長短に関わらず)の音階上にA(異名同音は除く)がある場合はその音を基準に音階を決定して基音の音高を決める。

 G調の場合、2にAが来るので以下のようになる。

1 2
フラット 2 3フラット 34 5 6フラット 6 7フラット 7
フラット フラット シャープ
8/9
16/9
(3/2)-2
128/145(基)
1/1
16/1510/932/274/3 64/4540/278/55/3

 C調の場合は6にAが来る。

1 2
フラット 2 3フラット 34 5 6フラット 6 7フラット 7
フラット フラット フラット
3/5
6/5
(5/3)-1
16/2527/40 18/253/44/59/10 24/25(基)
1/1
27/259/8

 H調の場合、短調の7(本項の音階上では7フラット)がAとなる。

1 2
フラット 2 3フラット 34 5 6フラット 6 7フラット 7
シャープ シャープ シャープ シャープシャープ
5/9
10/9
5/3(3/2)-1
16/279/5 2/325/3620/275/6 8/925/27(基)
1/1
25/24

・それ以外の調はA音の長三度下のFを基準に音階を決定する。

 Eフラット調調の場合は2にFが来るので以下のようになる。

1 2
フラット 2 3フラット 34 5 6フラット 6 7フラット 7
フラット フラット フラット フラット フラット フラット
32/45
64/45
(5/3)-1(3/2)-3
512/675(基)×4/5 64/758/9128/13516/15 256/22564/2732/254/3

 Aフラット調の場合は6にFが来る。

1 2
フラット 2 3フラット 34 5 6フラット 6 7フラット 7
フラット フラット フラット フラット フラット フラット フラット
24/25
48/25
(3/5)-2(3/2)-1
128/125 27/25144/1256/532/25 36/25192/125(基)×8/5216/125 9/5

・上2つに入らないCフラット調はそれ以外の調の配置(4つ毎に下の段に降りる)と整合を取ってGフラット調の完全五度下に配置する。

各音階の配置構成

基準音Aに対する15の基準調
シャープ調 シャープ調 H調
(5/3)1(3/2)1(5/3)15/3(3/2)-1
E調A調D調G調
(3/2)1(基)(3/2)-1 (3/2)-2
C調F調B調 フラット調
(5/3)-1(5/3)-1(3/2)-1 (5/3)-1(3/2)-2(5/3)-1(3/2)-3
フラット調 フラット調 フラット調 フラット調
(3/5)-2(3/2)-1 (3/5)-2(3/2)-2(3/5)-2(3/2)-3 (3/5)-2(3/2)-4

 この配置が前項の転調関係と一致する事はすぐに分かると思います。これらの基準調の周りに転調によって生じる調関係を追加するとより効率のよい純正律キーボードになる訳です。
 ところで、基準調の配置と主調−転調の関係はいずれも上の段(5/3上の五度列)に行く程、完全五度上の調性が増えるので、全体の構成は菱形状になります。しかし、これよりは一つずつずらして長方形になるようにした方が実際に使用する場合に便利になるのでそのようにしてみました。

シャープシャープ調 シャープシャープ調 シャープ調
(5/3)3(3/2)2(5/3)3(3/2)1(5/3)3
シャープシャープ調 シャープ調 シャープ調 シャープ調 シャープ調 シャープ調 シャープ調
(5/3)2(3/2)4(5/3)2(3/2)3 (5/3)2(3/2)2(5/3)2(3/2)1(5/3)2 (5/3)2(3/2)-1(5/3)2(3/2)-2
シャープ調 シャープ調 シャープ調 シャープ調 シャープ調 H調E調A調
(5/3)1(3/2)4(5/3)1(3/2)3 (5/3)1(3/2)2(5/3)1(3/2)1(5/3)1 (5/3)1(3/2)-1(5/3)1(3/2)-2 (5/3)1(3/2)-3
シャープ調H調E調A調D調 G調C調F調
(3/2)3(3/2)2(3/2)1(基)(3/2)-1 (3/2)-2(3/2)-3(3/2)-4
D調G調C調F調B調 フラット調 フラット調 フラット調
(5/3)-1(3/2)2(5/3)-1(3/2)1(5/3)-1 (5/3)-1(3/2)-1(5/3)-1(3/2)-2 (5/3)-1(3/2)-3(5/3)-1(3/2)-4 (5/3)-1(3/2)-5
B調フラット調 フラット調 フラット調 フラット調 フラット調 フラット調 フラットフラット調
(5/3)-2(3/2)1(5/3)-2(5/3)-2(3/2)-1 (5/3)-2(3/2)-2(5/3)-2(3/2)-3 (5/3)-2(3/2)-4(5/3)-2(3/2)-5 (5/3)-2(3/2)-6
フラット調 フラット調 フラット調 フラットフラット調 フラットフラット調 フラットフラット調 フラットフラット調 フラットフラット調
(5/3)-3(5/3)-3(3/2)-1 (5/3)-3(3/2)-2(5/3)-3(3/2)-3 (5/3)-3(3/2)-4(5/3)-3(3/2)-5 (5/3)-3(3/2)-6(5/3)-3(3/2)-7
フラットフラット調 フラットフラット調 フラットフラット調 フラットフラット調
(5/3)-4(3/2)-2(5/3)-4(3/2)-3 (5/3)-4(3/2)-4(5/3)-4(3/2)-5

 この構成変更によっていずれの調性でも実際の演奏時の音高で表現する事が可能になりました。また、転調先調性をいくつか統合できるようになったので、前項で必要だった調性数は87(増一度関係も含む)に対し、今回の構成によって54まで減らす事が出来ました。

以下次回

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