旅話

こちらでは私の旅行話について綴っていきます。


東土佐に走る三本の鉄路

 2001年10月のある日、高知県の馬路村を目指して車を走らせてみた。 キッカケは同村に炭鉱列車を復元させて観光用に走らせているという話がマンガ「たびてつ友の会(白泉社、ヤングアニマル連載)」に掲載されていた事に始まる。 高知県東部には特に鉄道が走っていない(かつて、土佐電気鉄道が安芸市まで通じていたが、廃線になっている。)のだが、 そんな地方の一村に鉄道を走らせたという事実になにかとても興味引かれた(作品中で製作者達の思い入れや情熱を生き生きと描いていた事も大きい)ためである。 もっとも、雑誌掲載時から数年が経っていましたが(^^;)

 香川県塩江町の国道193号線から徳島側へ抜けて、徳島市から国道55号線を南に下って行った。 すると走っている道にJR牟岐線の鉄道が寄りそって来て、右に左に交差しながら共に下って行く。 そういえば、牟岐線の終着駅海部駅から先に阿佐海岸鉄道が高知県の甲浦まで通じていたな。(JRからの乗り入れ列車あり。 この線によって徳島県の海岸線沿いの市町村中唯一鉄道が通じていなかった最南端の宍喰町に鉄道が通じたのである。 )という事は高知県最東端の東洋町には鉄道が通じているのだな。そんな事を考えると同線に興味が湧いてきて、 海部町以降、国道から途切れ途切れに見える鉄路を頼もしく眺めながら走らせる。

 東洋町甲浦にある甲浦港からは大阪や足摺に船が出ている。そんな港や駅を後にすると、 野根川手前の交差点を左に折れて国道493号線(高知県の東洋町と奈半利町を山中を貫いて繋いでいる道路)に入って行く。 野根川に沿って平野が続いている・・・と思ったのはほんの一瞬で、すぐに急峻な山道に入って行った。 気がつくと人家も電柱もなくなり、鬱蒼と茂る木々の中を、只、細い道が曲がりくねりながらもひたすら続いて行くのみであった。
 その山道の頂点、四郎ヶ野峠には史跡として説明板が建てられていた。それによると、 この街道(国道493号線の元となった道)は奈良時代には成立しており、役人達の移動にも利用されていたとの事。また、 幕末には土佐藩を脱藩した維新志士達が京に上る時に通過したとの記述もあった。
 峠を過ぎると奈半利川の源流の一つに沿って山中を進む。ようやく小さな集落が現れた。 いくつかの集落を過ぎて、交差点から魚梁瀬ダム、久木ダムや馬路村に通じる県道へ入る。相変わらず山道に苦戦しながら進み、 ようやく馬路村にたどり着く。

 観光案内所で炭鉱列車の場所を聞いて行く。それは県道から川を渡って民家の建ち並ぶ北西側、観光協会の向かいにある。 その観光協会の駐車場に停めて眺めに行く。
 JR在来線等よりかなり狭い線路幅の鉄路がわずかに斜度のある広場に約200M×50Mの楕円に配置されており、 その上に小ぶりな機関車と一人ずつ縦にならんで座る天蓋付きの客車が3両ほど連なっていた。 残念ながら到着したのが3時過ぎだったため、乗る事はできなかったが、線路の周囲を歩いて眺めてみた。 その途中、1台の機関車が置いてあるのに気づく。説明書きを見ると、 来る時に眺めた阿佐海岸鉄道を建設する時にトンネルを掘るのに使用された掘削用機関車だという。 村では、そういった過去に活躍し、廃棄される予定だった車両等を引き取って保存しているのだという。
 また、それと同じ目的からか、線路が果てる先には江戸時代の民家を移築保存してありました。 そして、炭鉱列車乗り場の隣には水の重みで運行する環境保護型リフトもあり、なかなか興味深い施設が多いです。
 観光協会の案内板を見ると、馬路村の名所とともに、周囲の道が通じる地名が表記されていましたが、 そのうち、馬路村から東方の道が東洋町や徳島に続いている事を書いた上に「おすすめはしませんが」と並書されていたのには、 自分の走って来た道のりを思い出して苦笑しました。

 目的は概ね達成したので、馬路村を後にすると県道を南西に下って行き、国道32号線を利用して阿波池田経由で帰る事にする。 安田川に沿って、やはりカーブを繰り返しながら下って行く。この川流域は比較的低地があり、人家もそこそこあるので、 来る時とは大違い。再び馬路村観光協会の案内板を思い出す(^^;)

 ようやく海岸線の安田町に入り、国道55号線まで後わずかに迫った時、目前に白い高架橋が現れた。
 またこれか。まさかこんな東でも見かけるとは。
 数年前から高知市の東に来ると必ず目に入る高架橋があり、それは南東の方に伸びていた。まさか目の前の高架にまで通じているのか。 そもそもこれは一体、鉄道なのか、高速道路なのか。高速道路にしては幅が細すぎる気がするし、鉄道はある筈がない。 モータリゼーションの興隆で鉄道会社は廃線、廃業が続く昨今、まさか、今更新線を建設するとも考えにくい。 そうなると廃線跡か建設途上で放棄された路線と考えるのが適切か。 そんな事を考えていた高架橋に意外な場所で出会い、急速に探索欲に駆られてきた。一体この橋はどこに続いているのだろうか?

 海岸通りの国道55号線に出ると高知市方面に向かう。例の高架橋は人家の向こうに見えて、私の走る道と平行に続いて行く・・・、 と思うと山の中に隠れてしまった。しばらく海と山に挟まれた国道を走り、 安芸市に入って山が奥に引いて行くとトンネルから例の高架橋の続きが現れた。それから国道の上を横切って海岸よりに走って行く。
 車を走らせながら考える。これはやはり鉄道路線ではないだろうか。 しかし、鉄道路線にはつきものの架線・・・は非電化ならないか、でも信号機や駅らしきものは見当たらない。 そうなると・・・、でも昔の廃線跡?にしてはこの鉄道敷設技術はどうだろう。 古い路線ならば極力山等を避けて曲がりくねっているものだが、この路線はむしろ直線的に走り、 高架やトンネルを積極的に使っているのだ。

 やがて安芸市中心部に近づくと高架橋は再び内陸側に姿を消したが、それを過ぎると道の右側のトンネルから再び現れた。 そして国道の下を潜って左側に抜けようとする。ん!上から眺める事ができるならば正体を知る事ができるだろう。 期待と不安を抱きながら左方向を見る。果たしてその正体は?
 線路だ!
 国道の下には、二本の鉄路が真っ直ぐ西に向かって伸びている。 その先でトンネルに入って行く手前には脇に資材らしきものが置かれ、作業車が見える。もはや間違いない、新線の建設中なのだ!
 芸西村に入ると鉄道は国道左(海側)に林立する人家の中、地上を走る。その途中には踏切があり、 警報機には風雨にさらされたのかボロボロになった布がかけられ、いずれくる筈の開業の時を待っている。
 新線は赤岡町を抜けると進路を北に取り、野市町に入って再び西に向かい、JR土讃線後免駅で合流していた。 後免駅ではちょうどその工事の真っ最中で、駅の東側は足場が組まれ、周囲の道路も通行が難しくなっていた。 新線の敷設が着々と進んでいる様子を見て、妙に高揚した気分になりながら帰路に就いたのであった。

 その後、調べた所、同線は「ごめん・なはり線」といい、 JR土讃線後免駅から高知県東部の奈半利町に通じる約45キロの単線非電化(おそらく)路線で、 旧国鉄の中村線(高知県西部を走る窪川−中村間43キロ)を引き継いで営業し、現在は中村駅からさらに西、 豊後水道に面する宿毛市まで延長(23.6キロ)している「土佐くろしお鉄道」が運営していくらしい。開業は2002年7月1日との事。

 今日の鉄道を取り巻く状況を考えると、21世紀に入っての新線の開業と言うのは快挙と言える。 とはいえ、手放しで喜ぶ訳にはいかない。沿線はそれなりに発達しているので、地元の需要はある程度見込めるだろうが、 ほぼ平行して走っている国道55号線がかなりキチンと整備されており、 スピードアップの難しい単線非電化路線ではバスとの競争もかなり厳しいと思われる。 観光に用いる場合を考えても、徳島側まで繋がっている訳でもなければ、室戸岬まで通じている訳でもない。 むしろ路線バスの方が室戸岬を回って徳島側まで通じているのである。 室戸岬に行こうとすれば終点からバス輸送に頼るしかないだろう。所詮はローカル盲腸線なのだ。

 だが、そんなローカル線だからこそ応援したくなるのです。という訳で(勝手に)「ごめん・なはり線」応援企画。 2002年1月に再び同線沿線を訪れて魅力を探りましたので、旅行記形式で紹介してみましょう。


最新鋭非電化路線を行く
※尚、文章中に登場する駅名は仮称です
ディーゼルカーで出かけよう
 ごめん・なはり線を旅するなら晴れた日、それもできれば夏が最高である。 なぜなら、このごめん・なはり線は高架が多いため、高い所からの景色が楽しめるからです。
 もちろん、高架されている路線は他にも数多くあるのだが、 他線では大抵、高架と共に電化もされているため、架線やそれを支える電柱によって邪魔されたり、 スピードが速いために暴風壁も多くなり、折角の高架なのに余り景色を楽しむ事ができない事も多いのです。 琵琶湖の西を走る湖西線は全線高架なのですが、暴風壁で遮られている場所が多く、 意外に景色を楽しめる箇所が少なくて残念に思った事がありました。
 しかし、ごめん・なはり線は非電化区間のためにそういった視界を遮るものがほとんどないため、 南側に果てしなく広がる太平洋を車窓から存分に眺める事ができるのです。 最新の鉄道らしく高架が多いのに、その上を走るのは昔ながらのディーゼルカー。のんびりと高架を走り、 ゆっくりと車窓に広がる太平洋を楽しむ事ができるというアンバランスさがごめん・なはり線の魅力と言えるでしょう。 愛称は「むろと黒潮ライン」でどうだろう。まあ、余り太陽が低い季節や時間帯ですと、太陽がまぶしくて少々つらいかもしれませんが。

 高知駅から各駅停車に乗って出かけよう。(※1) ホームに止まっている2両編成のディーゼルカーに乗り込む。しばらくはJR土讃線のレールを走って行く。
 高知市街を約15分走ると後免駅に到着。ここからごめん・なはり線に入り、高架橋を上って行く。 平行して走っていた土讃線のレールを見下ろすようになり、徐々に地上を離れていく。 郊外の田園の中を右に左に自在に走ると最初の駅である後免東駅に到着。
 駅到着寸前、 左に緩やかなカーブを切りながら減速していく列車の右側下方にはグリムかアンデルセンの童話に出てくるようなデザインの建物とその脇を複線の線路が走るのが見える。 だが残念ながら鉄道はすぐ東の駅で尽きている。 この鉄道は高知市街を走る路面電車である土佐電気鉄道線で、かつてはさらに東の安芸市まで乗り入れていたのだが、 現在はここ後免町駅で打ち切られている。後免東駅とは100mほどの間があり、高知南部の市街地から、 もしくはそこへの乗り換えが活発に行われる。

 さて前述の西洋風建物だが、これは「はらたいらとオルゴールの館」と言って、 その名の通り漫画家はらたいら氏の歴史を表示したパネルと共に作品や原画の展示してあるのと同時に、 アンティークオルゴールの展示がされており、こちらでは30分おきに実演がなされている。 (入館料:500円 無休 9:00〜16:30)(2002年1月現在)
 中にはテレビ東京系列「開運なんでも鑑定団」にて500万の鑑定が下されたスイス製のオルゴールもあり、これも演奏を聞く事ができる。
 これらは2階で同時に行われていて、1階はオルゴール等の土産物販売を行っている。

 列車は物部川を渡ると野市町の市街に入り、商店街になっている旧街道を左に見ながら次の野市駅に到着。 この駅の北方には幕末を駆け抜けた風雲児、坂本龍馬の生涯を紹介した龍馬歴史館がある。 これは龍馬の誕生から歴史的シーンの名場面をろう人形でリアルに再現しており、 幕末、龍馬ファンならば是非訪れておきたいポイントです。(入館料:1050円 無休 9:00〜17:00)(2000年1月現在)

車窓には太平洋が広がる
 野市駅を出ると南に進路を取り、平行して走る国道55号線よりも一足先に海岸に出る。ここは絶好の眺望ポイントその1です。 右には陽光に輝く太平洋が、左には山と田園が広がり、そんな中をディーゼルカーがのんびりと走る、実に風情ある区間である。
 しばらく海沿いに走った後、国道55号線の下を潜って山側へ移動、やがてトンネルを通過する。 このトンネルを抜けた先が絶好の眺望ポイントその2。 単線の高架橋がまるで太平洋に飛び込むような勢いで海に向かって下って行く様は迫力満点。 そこから海に沿って走り、徐々に下って行くと人家の中を走って行く。ここは全線でも珍しく地上を走る。 そして沿線最大の街、安芸市に入ると再び内陸に向かう。

 安芸市は童謡の町。同市土居で生まれ、幼少期を過ごした童謡作曲家、弘田竜太郎(1892〜1952)をしのんだ町づくりが進められており、 市内八ヶ所に「春よこい」「叱られて」などの曲碑がたち、かつて土佐電気鉄道が乗り入れていた、 市西部の旧安芸駅跡の公園にある鐘の時計、カリヨン時計は午前8時から午後5時までの時間毎に弘田竜太郎の曲が流れます。 ただし、各曲碑間、及び公園はそれぞれかなり離れているので、折り畳み式自転車持参で出かけたい。 車で行こうとすると、駐車場はそれなりに充実しているものの狭い道を走り続ける事になるので、 安芸駅前にはレンタサイクル店の設置を望みたい所。
 また、安芸といえば阪神タイガースの春季キャンプ地として有名。 トンネルを抜けて安芸市内に入るとすぐに停まる球場前駅から北に上り坂を7分程歩くとすぐに球場があり、春は賑わっています。 (カリヨン時計も同駅から南に徒歩2分程、国道55号線を越えた所にある。)

 安芸駅を出ると列車は再び海岸線を走り、また内陸へトンネルを抜けて行く。安田町には四国八十八ヶ所の第27番札所、 神峯寺があるが、駅からは遠い。また、炭鉱鉄道を復元させて観光用に走らせている馬路村へはここから県道を上って行く事になる。 CMによるとバスは日に3往復との事。

終着駅は見所一杯
 終着奈半利駅とその手前、田野駅からは外来入浴可能な二十三士温泉が近くにある。 幕末に奈半利川で尊皇攘夷派23名が藩の反逆者として惨殺されたという悲しい歴史、 また、その殺された藩士の一人の子孫がこの地で温泉を掘り当てて開業したという事実にちなんで名づけられたもの。 両駅から一旦、国道55号線に出て奈半利川の西岸側まで行き、そこから上流に向けて歩いて行くとあり、距離はいずれも1キロ余り、 徒歩20分位で到着できる。施設は大浴場、サウナ、打たせ湯、露天風呂を備え、食堂や休憩所も完備と充実している。 (入湯料:800円 第1・3水曜定休 8:00〜21:00 毎月23日は入湯料700円、 他にも年始サービス有り)宿泊も可能(朝食付(税・サービス別)7,200円)(2002年1月現在)
 さっぱりしたら目の前の二十三士公園を散策するのもいいでしょう。 二十三士温泉の向かい、奈半利川の河川敷に広く造成されています。

 奈半利駅そばの国道55号線を歩いていると北川村「モネの庭 マルモッタン」という看板が一際目を引きます。 ここは是非訪れてみたい所。奈半利町から国道493号線を北東に2.5q程進むと右に坂道を登って行く道があり、 そこをさらに500m登るといきなりパッと視界が開ける(※2)。ここが「モネの庭 マルモッタン」。
 ここは印象派の画家クロード・モネが多くの代表作を生んだフランスのジヴェルニーの庭をモデルに創られたとの事。 庭は大きく分けて3つ、季節毎に色とりどりの花々が楽しめる「花の庭」、 そこから施設や駐車場を挟んで少し斜面を登った所にある「水の庭」。 ここはフランスのモネの庭から譲り受けた睡蓮が青、赤、黄、白色等の美しい花を咲かせるのを、 多くの水路とそこを渡る橋等で演出しています。 そして、さらに上った所に山々と太平洋を望む展望台や各種遊具を備えたこども広場があります。
 また施設としては、北川村特産の良質なゆずを使った「ゆずワイン」を販売しているワイナリー、 モネの名画(複製)を展示する等、モネの画家としての活動やガーデニングに関する書物が見れるギャラリー(グッズ等のショップ併設)、 展望デッキで花々を眺めながら食事ができるレストラン等があります。
 自然の美しさを満喫して下さい(HPアドレス http://www.kitagawamura.net/monet/)。 現在の所入園無料なのも魅力(庭がまわりの自然にとけこむまでの間)(2002年1月現在)。

 また、北川村は坂本龍馬と共に維新回天に尽力した幕末の志士、中岡慎太郎の生地でもあり、 この中岡慎太郎の生涯を紹介した中岡慎太郎館がさらに国道493号線沿いに10q程走った所にあります。 (入館料:500円 毎週火曜休館 9:00〜16:30)(2001年現在) 前述した野市町にある龍馬歴史館とセットで幕末偉人の足跡を巡るのもなかなか興味深い旅になるでしょう。

※1
 本稿執筆時点ではダイヤは分かっていなかったが、その後ごめん・なはり線からは高知駅へ16往復の列車が乗り入れる事になり、 3/24のダイヤ改正でひとまず同線に乗り入れる列車の高知−後免間が先行運転される事になった。

※2
 奈半利町の看板には「モネの庭」まで約2qと表記されていますが、実際には駐車場まで上がると約3qありますので注意。


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