現在の状況をどうすれば覆せるのか……仮に車についていっても、レイだけ先に降ろされ
ては、どうしようもないし、何らの拘束もせずにカヲルを同行するとは思えなかった。
トランクの中にでも入れられるのか、後ろ手で手錠でもかけられるのか……レイの身を
守るチャンスなどありはしない事が容易に想像出来た。

もし、行動を起こすなら、自らが拘束される直前しかあり得ない……。
カヲルはその決意を固めていた。
そして、カヲルは誰もが思いもかけない発想でレイとエミコの双方を守る事に成功した。


アスカを訪ねて三千里
外伝1「遠い約束」 下 解決編


「レイさん……僕は……貴方を愛しています……例え貴方がシンジ君を愛しているとし
ても……僕は貴方を思っています……こうして側にいながら、貴方を助けられないだな
んて……生きていても……仕方ありません。蓮華座の下で再会しましょう!」

カヲルはそう言い終えた後、舌先を唇から出し、歯で舌を噛み千切った。

「ふんぅー……んぐっ……んんー」
カヲルは口から鮮血を吐き出し、そのままの勢いで床に倒れ込み、もがき苦しんだ。

「って、おいをい……簡単にゃ死ねないって言ったろうにぃ……」
護衛だった男はひるみながらも、エミコから銃を離そうとはしなかった。

「カヲル……貴方だけを死なせはしないわ……私もすぐ後を追うからっ!」
そう言ってレイもカヲル同様舌先を出して舌に歯を食い込ませて鮮血を飛び散らせて、
床に転がり込んだ。

「んぶっ……らぁぁ……あぁぁ……」
レイもまた、喉に舌を詰まらせたのか、顔を蒼くさせて悶えていた。


「って、おいおい! それ洒落になんねって、おひいさま!」
ついに暴漢はエミコを放り捨て、銃をベルトに挟み、レイの気道を確保しようとした。


「んぶ〜〜」
その時であった……。
床でのたうちまわっていたカヲルがすっくと立ち上がり暴漢に立ち向かったのは……。


「てめ! おまえは死んでも誰も困りゃしね……うわっぷ!」
カヲルは口に溜めていた血を暴漢の顔に吹きかけて暴漢の視力を奪った。

「んがー!」
カヲルは避けられようのない距離から強烈な頭突きを放ち、暴漢が10分の一秒ほど意識
を手放した瞬間、ベルトに挟んだ銃に手を滑り込ませ腹に銃口を当てて二発撃ち放った。

「ぐぁぁっ……こんちきしょう……そんな事……ありえねえよ……ちぎれかけてるじゃ
ねーか、おめーの舌……」

カヲルは銃を奪った後はレイの側に駆け寄って起きるのを手伝った。

「レイ! カヲル!」
口の中の血を交互に吐き出している内にミサト率いる警官隊が突入し、三人は無事確保され、
レイとカヲルは救急車で簡単な処置をして、即座に病院に搬送された。

「…………」
カヲルはレイがそれほど深刻には舌を噛んでいなかった事が嬉しく、溢れる血を吸飲され
ながらもレイの手を握っていた。

「…………」
レイは自分の為にカヲルにそこまでさせた事が哀しかったが、
カヲルをなじる事など出来る状態ではなかった。



そして、一週間後……レイはほぼ快復し、何とか喋る事が出来る状態になっていたが、
舌を縫い合わせる手術を行わなければいけなかったカヲルは未だ病室に横たわっていた。

「…………」
レイが退院したらしい事を看護婦に聞いてから三日ほど経っていたが、
まだレイはカヲルの元に姿を現してはいなかった。

まだ完全ではない舌で喋りたくないのか……それともカヲルとはもう会わないつもりな
のかカヲルは少し悩まないでもなかったが、三人の命に支障がない事で満足していた。

そして更に二週間後……ようやく喋る事を許された頃になっても、レイは姿を現しては
いなかった。
毎日のように見舞いに来るミサトや加持はその事について何故か触れようとはしなかった。
トウジもケンスケも来ない事から、綾波グループの何らかの意志が働いているのかと、
カヲルは想像し始めていた。

治療費などの一切はNERVが負担している為、綾波グループの顧問弁護士が姿を現す
事すらもなく、レイとその周りの人たちとの間柄だけが拒絶された状態でもカヲルは
何も言わなかった。

そして、カヲルはようやく普通に話せるようになり退院の日を迎えたが、
綾波グループやレイからは見舞いの花束一つ送られて来なかった。


一ヶ月の不労で退去処分……それは入院している期間も適用され続けていた。
無論、何らかの企業に身を置いていれば適用される筈も無かったが、
カヲルはあの日にレイが持って来た用紙を破り捨てており、ミサトや加持の薦める仕事
にも就こうとはしなかった。

ミサトや加持に最後まで反対されたが、カヲルは不労による第三新東京市からの退去処分
を甘んじて受ける決意を固めていた。

処分執行日まで数日を残していたが、カヲルは退院したその足で去る事にしていた。


さすがに、そこまで嫌われるとはカヲルにも思えなかったので、恐らくは自分の過去の
事が問題で、父親に会う事が禁じられているのではないかとの想像をする程度だった。

だが、どこか遠くの地で日雇いの仕事をしてでも絵を描こう……それだけを心に決めて、
カヲルは第三新東京市から離れる為のバス亭で一日四回来ると言うバスを待ち受けていた。

最後には何も言わず送り出してくれた加持夫妻であったが、俺の手に預金通帳を手渡そう
にも、第三新東京市は他の地域とは隔絶しており、第三新東京市の通貨など紙切れにも、
ならなかった。

そして、バスの運転音が響きだした頃、カヲルは考えたくなかった結論に思い至った。
恐らくはレイはシンジの事を愛しておりそのシンジから連絡があったのかも知れないと。

バスが止まり、運転手がドアを開け、煙草に火をつけて、発車は5分後だと告げた。

カヲルは荷物を手にバスに乗り込み、ドアの側の席に腰を降ろした。

「ん? なんだぁ、ありゃ……」
一分が過ぎ、二分が過ぎた頃、運転手がバックミラーを見ながら呟いた。

一台の黒塗りの高級車が左右に蛇行しながらバス亭に突っ込んで来ようとしているのが
カヲルにもわかり、すわ追っ手かと席の間に身を潜ませた。

「おいおい……あんちゃん。あんた何かやらかしたのかい? 俺ぁ関係ないぜー」
運転手は桑原桑原とばかりに駅のトイレに避難していった。


車が止まり、ドアが開く音がしたが、最早バスから飛び降りても逃げられるとは想えな
かった。レイの誘拐が失敗した腹いせなのだろうかとカヲルは想像していた。

コツコツと足音は近付いて来ており、カヲルはこのままバスを運転して逃げ出そうと
思った時、バスの入り口から聞き覚えのある声が響いて来た。


「いるのは分かってるのよ……出て来なさい!」
「!?」

「綾波……さん……」
カヲルは立ち上がってバスのドアの前に立ち、バス乗り場に立ちつくしているレイを
見下ろしていた。

「さよなら…………貴方の絵を……これから描いていこうと思います……。
許して下さいますよね?」

カヲルは久々に口を開いて言葉を紡いだ。

「…………」
レイは少し厳しいまなざしで指を立て、ちょっと来いとの仕草を見せた。

「え? もう治ってるんじゃないの……んっ!」
不安に思い、レイの様子を見ようとした瞬間、カヲルはレイに唇を奪われていた。

「レイ…………」
あの時に偽りの言葉で発した以外では初めて綾波の名を呼び、
カヲルは少し呆然と立ちつくしていた。

「ありがとう……シンジ君と……幸せに……」
カヲルはこれ以上レイといると涙を抑えられなくなるので、背を向けようとした。

「うぁっ! な、何?」

だが、レイはカヲルの着ていたコートを掴んで手繰り寄せた。

「ちょっと、待ちなさいよ! まさか別れのキスでもしに来たとでも思ってたの?」
レイは心底怒っているのか、カヲルのコートを離そうとはしなかった。

「え、そうじゃないんですか?」

「一寸待って……貴方まさか、この一ヶ月近い間……新聞の一つも読んでない訳?」

「え? 新聞? 病室から出なかったし……」

「携帯端末で読めるでしょうがっ!」

「知りませんでした……」


「私への襲撃と同時にお父様も狙われて……そう、私はお父様を脅して全ての利権から
手を引かせる為の道具だったの……でも、お父様は急性心不全で亡くなって…………
綾波グループの全てを受け継ぐ事になって……いつ貴方が訪ねて来てくれるのかと……」

「あの……加持さんもミサトさんもそんな事一言も……」
カヲルは混乱しながら、事態を理解しようと勤めていた。

「そんな事言える訳はないわよね? お父様を襲撃していたのはNERVのオーナーの
企業体だったんだから……今は綾波グループが統括してNERVを支えてるけどね」

「あの……なんか口調変わったよね……いろいろ……辛かったんだね……」
カヲルはレイのあまりの豹変に、なかなかついていけなかった。

「悪い? これが地なのよ。元はといえば孤児を集めて窃盗団もしてたのよ?
私も元孤児で、お父様に拾われたのよ? 強いていえば拾われた相手が違っただけ……
私と貴方は何も違いはないの。同じ立場な訳……理解した?」

「え? そうだったの? 知りませんでし……いや、理解しました」

「貴方にとっての唯一の光が女手一人で第三新東京市の屋台骨を支えようとしてるのに、
貴方はどうして、尻尾巻いて逃げられる訳? ミサトさんに聞いて卒倒しそうになった
わよ……って、知らなかったのよね……ごめんなさい……」
さすがのレイも混乱気味のようであり、それが何故かカヲルにはおかしかった。

「何を笑っていらっしゃるのかしら? 私には理解出来ませんわよ?」

「いや、ごめん……綾波さんがそういう言葉をどう使っても君の品位は衰えないなって」

つい君と言う言葉が飛び出してしまったが、それはレイを喜ばせるだけであった。

「何よ……舌の手術して、急に口説き方が上手くなったとでも言うの?

「いや、上手くなってはないかな……これしか言えないから……君の事を……愛してる」

「上出来……グループの半分は貴方に取り仕切って貰うからね……あ、貴方と結婚して、
表向きは男が社長って事にする手もあるわね……」

「って、シンジ君の事が……んぐっ……」

「それ以上言うと……足腰たたなくなるような事するわよ? ほら、これに血判でも押し
なさいよ……」

「あ……わかりました……分かりましたから」
カヲルは舌の脇の方を少し噛みきり、親指に血をまとわせて車のボンネットに広げた
書類に判を押した。

「もしかして、悪魔に身を売る契約だったのかも知れないけど?」
レイは書類をバインダーに挟みながら笑みを浮かべた。

「大丈夫……君となら、泥中だろうが魔界だろうが、毎日がハッピバースデーだよ」
そう言ってカヲルはレイを車のボンネットの上に押し倒して唇を重ねた。


−完−




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作者コメント
えー、約四年ぶりぐらいに何とか完結させる事が出来ました。

感想をくれた方にいつか完結させると約束してましたが、ようやく履行出来ました。
ちなみにこの後の二人の展開を書くと本業のゲームのシナリオに成りかねない
ので、敢えて描きませんでした。 「血の味がする……」「そういう趣味でも?」とかw

どうもありがとうございました!






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