「だから、本当に何も無いんだからしゃべりようがないじゃないか!」
実際には色々とあったのだが、さすがにそれらの事を話すとどうなるかくらいは
シンジにも分かっていたので、絶対に話さないと心に決めていた。
そして、シンジが絶対に話さないつもりなのを感じ取った二人は、作戦を変える
事にした。
こういう時のトウジとケンスケは、恐ろしいほどに息が合う。目配せも無しに、
お互いの考えが分かったようである。
「ところでシンジ、綾波はいつからあんな風に笑うようになったんだ?」
「え?」
「綾波が転校してきてから随分と経つけど、笑ってる顔なんか今日初めて見たよ」
「まったくや。ワシも今日初めて見たわ。恐らく、クラスの連中も見た事ないんと
ちゃうか?」
「ああ、そう言えば一緒に暮らすようになって、綾波は良く笑うようになったね。
でも、それ以前にも何度か笑ってるとこ見た事あるよ」
「ほんまか、シンジ?」
「うん。本当だよ」
「……なるほど、やはりそういう事か。」
「え?」
「どういうこっちゃ、ケンスケ?」
「いいかい二人とも。普通、笑顔ってもんは、嫌いな相手や信用してない人
には見せないもんだろ?」
「うん、そうだろうね」
「綾波は転校して来てから笑った事は無かった。少なくとも、僕やトウジは今日
初めて見たし、クラスのみんなも綾波が笑ってるとこなんて見た事ないだろうと
思う。まあ、嫌われてたって事は無いと思うけど、少なくとも信用はされてなかっ
た。ま、興味が無かったんだろうな、綾波にとってクラスメートってもんが。
だけど、その綾波がシンジには笑顔を見せた。これが何を意味するのか……
恐らく、シンジの事を信用できる人間だと思い、興味を持った。
そして、嫌いじゃなかったからだろう。
「そ、そうかな」
「まず間違いないね。そして、その信用してるシンジと一緒に暮らしてるから
こそ、精神的に安心し、シンジ以外の人間、つまり僕たちにも笑顔を見せて
くれるようになったんだよ、きっと」
「なるほど。確かにスジが通っとるな」
「だろ。そして、ここからが重要なんだが、笑顔にはもう一つの意味がある。
普通どんな女性でも、笑ってる顔が一番かわいく見えるものだろ。そして、
その事を本人たちも知っている。ま、綾波が意識的にやってるとは思えないから、
無意識のうちになんだろうけど……。そして、その笑顔を初めてシンジに見せた。
これが何を意味するのかは、いくらシンジでも分かるよな?」
「え? え?」
「かーーっ! ホンマ鈍いやっちゃなあ。つまり、綾波は、無意識のうちに
シンジにかわいく見られたいと思っとるんや」
「つまり、シンジの事が好きだって事だよ」
「え、そうなるの?」
「恐らくね」
「今の綾波見て気付かんのはシンジくらいのもんや」
『やっぱりそうなのかな……。委員長の気持ちにも気付かないトウジでも分かる
んだから、そうなんだろうな……。そりゃ、綾波には好きって言われた事はある
けど……』
「で、シンジは笑うようになった綾波の事をどう思うとるんや?」
「何も感じてないって事は無いよな、シンジ。男としてさ」
「う、うん。綾波の事は前から綺麗だなと思ってたけど、良く笑うようになって
から……その、何と言うか……とてもかわいくなったって言うか……
あっ!!」
シンジはそこまで言って、二人の誘導に引っ掛かった事に気が付いた。しかし、
気付いた時にはもう遅かった。よりによって、トウジとケンスケの前で、レイの事
を綺麗とかかわいいとか言ってしまったのだ。
案の定、二人はニヤニヤとしている。
「あ、いや、だから……今のは……その〜」
「とうとう言うたな、シンジ。もう言い逃れはでけへんぞ。」
「さあ、綾波と何があったのかしゃべってもらおうか」
「ず、ずるいよ今のは!」
「僕たちは別に、シンジに無理やりしゃべらせたわけじゃないよ」
「そーそー、シンジが自分から言うたんやないか」
「だ、だからあれは……」
「問答無用!」
「掛かれ〜〜!」
「わー! ちょ、ちょっと二人とも止めてよ〜〜〜!」
トウジはシンジに間接技を掛け、ケンスケはシンジの体をくすぐり始めた。
「いたたたた! ちょっとトウジ、痛いよ……あははははは!!
やめてケンスケ! 息が……息ができない」
「止めて欲しかったら、おとなしゅうしゃべるんや」
「そうそう。僕らがおとなしくしてるうちにしゃべった方が身のためだぞ、シンジ」
「こ、これのどこがおとなしいんだよ! いたたたた!」
「甘いよシンジ。口を割らせる方法なんていくらでもあるんだぞ。僕の持ってる本に、
『捕虜から情報を聞き出す百の拷問』てのがあるんだけど、
それはそれはエグイ内容ばかりだぞ」
「ま、まさか、そんなのやる気じゃ!?」
「それはシンジの心掛け次第だな。さ、シンジ、おとなしくしゃべるんだ。
綾波と何があった?」
「だから僕は何も……」
「うーん……。ここまでやってもしゃべらんとはな。余程重大な事があった
に違いない」
「まったくだね。絶対に聞き出さなきゃね。」
「あ、あの……」
さらにシンジへの拷問が続けられようとした時、頬を染めたレイが、ジュース
を持って入って来た。
「あ、綾波!? い、いつからそこに!?」
「………………」
「ま、まさか今の話……聞いてた?」
シンジが恐る恐るそう聞くと、レイは真っ赤になりながら、静かにうなずいた。
「は……はは……ははははは……」
綺麗だとかかわいいとか言っていたのを、よりによって本人に聞かれるとは……。
シンジはもう笑うしかなかった。
トウジとケンスケは、この後のシンジがどう反応するのかを見届けるため、シンジ
を開放した。するとシンジはなぜかその場に正座をし、真っ赤になってうつむいた
まま、何もしゃべらなくなってしまった。
一方、レイは、ジュースをテーブルに置くと、先程よりもさらにシンジに近い位置
(ほとんどくっつきそうなほど)に同じように正座して座り、真っ赤になってうつ
むき、何もしゃべらなくなってしまった。
「何や? 二人とも固まってしもた。まるで見合いやな」
「でもトウジ、見合いってのは、文字通り向かい合うもんだろ。この場合、隣に
座ってるんだから、夫婦雛って言う方が正しいんじゃないかな」
「確かに言えとるな」
「でもどうする? このままじゃ、いつまでたってもこのままだよ」
「うーーーん。そやなぁ……。お? 惣流戻ってきたんか。久し振り
やな。お邪魔しとるで。」
「え!? ア、アスカ!? ち、違うんだアスカ!
これは、その、トウジ達がからかっただけで、僕と綾波は別に何も……」
「そ、そうなの。私と碇くんは別に何も……ほんとよアスカ」
シンジとレイは慌てて言い訳をした。しかし、二人の前にはアスカの
姿は無く、笑い転げるトウジとケンスケがいるだけだった。
「あはははははははは!!! ト、トウジ、今のはちょっと、
ははははははは!! か、かわいそうだよ!」
「ははははははははは!!! ま、まさかこない簡単に
引っ掛かるとは! あ〜おかしい! ははははははははは!!
あ〜苦しい!」
シンジとレイは、ようやく自分たちがからかわれた事に気が付いた。
「もー何だよ二人とも! そんなに僕たちの事からかって楽しいの?」
「聞いたかケンスケ?< FONT SIZE=+2>僕たちやと」
「ああ、確かに聞いたよ。シンジ、何だかんだ言ってもしっかり綾波の事、自分の
彼女扱いしてるじゃないか」
「あう!」
シンジは反論できなかった。口ではこの二人に絶対勝てないと改めて思い知らされて
いた。そのシンジの横で、レイはとてもうれしそうに赤くなっている。
そんな二人がおかしいのか、トウジ達はなおも笑い続けている。シンジは、諦めて
二人が笑い止むのを待つ事にした。
「あはははははは!! く、苦しい!ははははは! い、息が……」
「くははははは!! み、水!!」
「まったくもー。息が出来なくなる程笑う事ないだろ」
そう言いながらも、シンジはレイが持ってきてくれたジュースを二人に渡した。
しかし、そのジュースは不幸な事に炭酸飲料だった。そのため、二人は
死ぬほど咳き込んでいた。そして、それを見たシンジは、少し気分が
良くなった。
「あー、死ぬかと思たわ」
「本当だね。でも、こんなに笑ったのは久し振りだよ」
「言われてみればそうやな。ここんとこ、暗いニュースばかりやったからな」
「トウジ、知ってるかい? 心からの笑いって、体にとってもいいんだって言うよ」
「あー分かる気がするわ。何か気分がすっきりしとるわ」
「笑われる方の身にもなってよ!」
「ほんとよ」
珍しく、レイも少し怒っているようだった。
「ははは、スマンスマン。しかしホンマ、シンジはからかいがいがあるわ」
「ほんと。やはり僕たちにとってなくてはならない存在だね、シンジは」
「……素直に喜べない……」
「まぁまぁシンジ、いいじゃないか。……ところでトウジ、僕たちシンジに何か
聞くためにここに来たんじゃなかったっけ?」
「あ、そう言や、何ぞ聞こ思とったはずやな」
「僕に? いったい何?」
「いや……それがその……ケンスケ、覚えとるか?」
「それが、今の騒ぎですっかり……」
「はぁ〜!?」
「う〜〜〜ん」
「思い出せない」
どうやら、二人は本当に忘れてしまっているようだった。シンジとレイは、ただ
呆れていた。
「あ、思い出した。シンジ、今度学校が再開されるのは知ってるだろ?」
「うん。月曜から再開するってミサトさんから聞いてるけど・・。でも、学校が
再開される程、みんな戻ってきてるのかな?」
「ああ、その事なんだけどさ。パパのデータ見たんだけど、壱中に子供が通ってる
家庭が最優先で戻ってきてるらしいんだ」
「へぇ〜、そうなんだ。何でだろうね? ま、僕はその方がいいんだけど……」
この動きの影に、ある人物の働きがあった事は言うまでもない。
「それでさ、せっかく今は休みなんだから、どこかに遊びに行こうって事に
なったんだ」
「あー! そやったそやった。それでなシンジ、ワシら今年はまだ水泳の授業が
無かったから、海に行こいう事になったんや」
「海?」
「せや、シンジも行くやろ?」
海、それは泳げないシンジにとって最も行きたくない場所だった。
しかし、今断れば、なぜ断るのかを追求され、泳げないのがばれてしまう。
レイには泳げない事を知られたくない。
しかし、ほぼ毎日LCLに漬かっているので、水への恐怖感は消えている。ひょっと
したら泳げるようになっているかも知れない。
という淡い期待から、シンジも海に行く事にした。
「うん、僕は別にいいけど。で、いつどこに行くの?」
「ああ、それはまだ決まっとらんのや」
「え、決まってないの?」
「そうなんだ。僕たちは月曜まで休みだからいつでもいいんだけど、シンジはネルフ
のテストとかあるだろ? だから、シンジの休みを聞いてから決めよう
と思って、こうして聞きに来たんだよ」
「それであんなにからかったワケ?」
「まあまあ、その事はもういいじゃないか。で、どうするんだい? ネルフでも休み
くらいあるんだろ?」
「うん。確か、この土日は何の予定も無かったと思うけど」
「よっしゃ。土曜か日曜やな。そしたら、次はどこに行くか決めんといかんな」
三人が海の事を話していると、レイが話に参加してきた。
「碇くん、海に行くんだ。いいな……。私、海って見た事ないから……。
うらやましい」
「え? 綾波、海見た事ないの?」
「うん。私、この街から殆ど出た事ないから……」
「そうなんだ……」
「へー、今時珍しいなー。海を見た事ないやなんて」
「ほとんだね。電車に乗ればすぐに海に行けるのに」
「じゃ、綾波も一緒に行く?」
「え、いいの碇くん!?」
レイは顔を輝かせてシンジを見ている。
「いいよね、二人とも」
「ああ、もちろんや。こういう事は大勢おった方がおもろいからな。せや、綾波が
来るって事は、惣流も来るっちゅう事やろ。それやったら、イインチョーも誘って
みんなで行こやないか」
「あ、いいね、それ」
『ナイスだトウジ! 綾波と惣流と委員長のプライベートな水着……。
売れる! これは間違いなく売れる! さっそく帰ってカメラの
調整やフィルムやディスクの準備をしなくちゃ。忙しくなるぞ。』
「僕、ちょっと急用を思い出したから、今日は帰らせてもらうよ」
「何やケンスケ、まだ何も決めとらんのやぞ」
「惣流や委員長の予定聞かなきゃ決められないだろ。決まったら電話してよ。これ、
今の住所と電話番号だから」
そう言って、ケンスケはシンジとトウジにメモを渡した。
「それもそやな。ワシも引っ越しの片付けがあるんで、今日はこれで帰らせてもらう
わ。これが電話番号や」
そう言って、トウジもメモをシンジとケンスケに渡した。
そして、レイとシンジは二人を玄関で見送る。
「シンジ、ちょっと頼みがあるんやけどええか?」
「何?」
「惣流から、イインチョーを誘ってくれるように頼んで欲しいんや」
「別にいいけど、トウジが直接委員長誘えばいいじゃないか」
「ア、アホ! 何でワシがそないな恥ずかしい事せなあかんのや。それに、ワシは
イインチョーの電話番号知らんのや」
「ふーん。そうなんだ……」
シンジは先程の仕返しにトウジをからかおうと思ったが、実際自分は、傍から見れば
同棲していると言われても仕方がない状況で、圧倒的に自分の方が不利だったので
諦める事にした。
「うん、いいよ。アスカに頼んでおくよ」
「スマンな。じゃあ二人の予定が分かったら連絡してくれ」
「それじゃあシンジ、二人っきりの所を邪魔して悪かったな。邪魔者は消えるから、
たっぷりと二人っきりを楽しんでくれ。」
「そうそう、やかましい惣流がおらん今がチャンスや。頑張れよ
シンジ」
「だ、だからそういうんじゃないって言ってるだろ!」
シンジは真っ赤になって抗議したが、二人は笑いながら出て行ってしまった。
後には、真っ赤になった二人が取り残されていた。シンジはこれまで、レイと二人っ
きりになった事はあまりなかった。また、二人っきりになったとしても、その事を
あまり意識した事はなかった。現に、今日もトウジ達が来るまでは何も意識して
なかった。
しかし、さすがにあれだけ二人っきりを強調されると、どうしてもお互いを意識
してしまう。しかも、直接本人に言ったわけではないが、レイの事を綺麗だとか
かわいいと言っていたのをレイに聞かれているので、シンジはどんな事を話せば
いいのか分からなくなっていた。
もっとも、それはレイも同じだった。
「………………」
「………………」
しばらくの沈黙、そして……。
「あ……あの……碇くん……わ、私……」
<つづく>