「おやすみ、綾波」

 シンジはそうつぶやくと、昼間の疲れからか、今度は深い眠りに落ちていった。


 そして、朝が来た。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 海の完結編


 ピカッ!


 「ん……」

 シンジは急に強い光を浴びせられたような気がして、目を覚ました。

 真っ白だった視界が晴れ、何とか目が慣れてくると、ケンスケがカメラを構えている
 のが目に入った。恐らく、今のはフラッシュなんだな、とシンジは思った。

 「何だよケンスケ朝っぱらから……もう少し寝かせてよ……」

 そう言い、目をつむろうとしたが、どうも様子がおかしかった。自分を取り囲むよう
 に全員が立っている。アスカやトウジは何か怒ってるようだし、ミサトとリツコは
 なぜかニヤニヤしている。

 「あの……どうしたの、みんな?」


 「あの……どうしたの、みんな?」

 「どうしたもこうしたもないわ! シンジ、お前一体、
 何考えとるんや!?」

 「え……? アスカ、一体どういう事なの?」

 「どういう事か聞きたいのはこっちよ! 一体どう
 いうつもりよ!!」

 シンジは何が何だかさっぱり分からないので、とりあえず身体を起こす事にした。
 しかし、左腕に何かが引っ掛かって起き上がれなかった。

 『何だろう?』

 シンジが左腕を見ると、そこにはレイの寝顔があった。

 「………………」

 シンジは、それがどういう事かしばらく分からなかった。しかし、やがて、レイが
 布団の中で腕枕して眠っているという事が理解できた。あまりの事に頭が
 真っ白になり、声を出す事もできず、ただ口をパクパクさせていた。

 「な な な 何で あ 綾波が……ぼ 
 僕のふとんに……!?」

 「それを聞きたいんはこっちや! お前ら二人で同じ
 布団で寝たんとちゃうんやろな!?」

 「僕たちに布団掛けてくれたのシンジと綾波なんだろ。二人だけ敷布団があるから、
 それくらいは分かるさ。その時、二人で同じ布団で寝たんだろ?」

 不潔よ! 不潔だわ!! 碇君がそんな人だったなんて!!」

 「ご、誤解だよ。僕はそんな事してないよ」

 「じゃ、何でレイと一緒に寝てんのよ!!」

 「知らないよー」

 シンジ自身、一体どうしてこうなったのか、まるで分からなかった。

 「シンジ君、私達は別に怒ってるわけじゃないのよ」

 「私は怒ってるわよ!!」

 「まぁまぁアスカ、落ち着いて。でもね、事が事だけに、ちゃんと本当の事を言って
 もらわないとね」

 「そうね。あなた達はまだ十四歳なんだし、帰ったらちゃんと検査しないといけない
 わね」

 「で、ですから僕は何も……」

 「じゃあ、何でこうなったのか、納得いくように説明しなさいよ!!」

 「それが、僕にも何が何だかさっぱり……」

 レイ!! あんたもいい加減に起きなさい!!」

 アスカの怒りは、未だシンジの腕枕で幸せそうに寝ているレイに向けられた。

 「ん……。あ、碇くん、おはよう」

 「お、おはよう」

 「な、何や? このいつもと変わらんような朝の挨拶は……」

 「何だか、慣れてるって感じ……」

 「アスカ、綾波さんて、いつも碇君と一緒に寝てるの?

 「んなわけないでしょ!」

 「だったら、何でこんなに落ち着いて朝の挨拶を交わせるのよ?」

 「こっちが聞きたいわよ! レイ、あんた何でシンジの布団で一緒に
 寝てんのよ!!」

 「え?」

 レイは、周りをキョロキョロ見回し、自分がシンジの布団の中にいる事に気が付き、
 真っ赤になる。

 「わ、私、碇くんと一緒に寝てたの……恥ずかしい……」

 「最初から一緒に寝てたんじゃないでしょうね? 腕枕までして!!」

 「そ、そんな、私そんな事できない……え、腕枕?」

 そう言われ、改めて自分の今の状態を確認してみる。同じ布団で一緒に寝るだけで
 はなく、腕枕までしていたとは……。レイは、目、鼻、口が分からなくなるほど赤
 くなり、身体を丸めて小さくなってしまった。

 「いーから、とっとと離れなさい!!」

 アスカはシンジの布団からレイを引っ張り出した。

 「最初から一緒に寝てたんじゃないって言うんだったら、何でシンジの布団で寝て
 んのよ! 納得いくように説明してもらおうじゃないの!

 「あの……多分、転がってきたんじゃないかと……」

 「は?」

 「私、寝相が悪くて……時々ベッドから落ちるの。それで、ここ、畳だから……」

 「つまり、レイは寝てる間にシンジ君の所まで転がってきて、布団の中に入り、腕枕
 で眠った、と言いたいのね」

 「は、はい。多分そうだと思うんですけど……」

 「何や、そういう事やったんか。ほんま人騒がせな話やな」

 「ま、シンジにそんな度胸あるわけないか」

 「そうだったんだ……。良かったわね、アスカ」

 「ちょっと待ちなさいよレイ! あんたのベッドの位置からして、転がり落ちるって
 事は左に転がるって事でしょ。だったら、なぜ右に寝てるシンジの方に転がってくる
 のよ? 逆じゃないの」

 「そ、そんな事言われても、寝てる時の事だから……自分でも分からないから……」

 「リツコ」 ヒソヒソ

 「ええ、分かってるわ。この部屋も撮影してるから、帰ったら確認しましょ」 ヒソヒソ

 「レイったら、寝てる間もシンジ君に引きつけられるのね。シンジ君から何か
 フェロモンでも出てるのかしらね」

 「調べてみようかしらね」

 二人にそう冷やかされ、シンジとレイは赤くなる。それを見て、アスカがとうとう
 キレた

 昨夜、ミサトの挑発に乗り、酔いつぶれたため、シンジ攻略計画−お泊まり編−が
 何一つ実行できなかった上、朝起きて見ると、シンジとレイが同じ布団で仲良く腕枕
 までしているのだから、機嫌がいいはずもなかった。

 「シンジ! とっとと着替えて海に出なさい! 特訓の再開よ!
 今日は私より早く泳げるようになるまで絶対に岸に上げないわよ!
 覚悟しなさいよ!!」

 「そ、そんな、無理だよ……。僕はまだまともに泳ぐ事もできないのに、アスカ
 より早く泳ぐだなんて……」

 「ぶつぶつ言ってないでとっとと起きなさいっ!!」

 そう言って、アスカはシンジの布団を引き剥がす。シンジは寝ている間に浴衣の帯が
 ほどけたのか、前がはだけていた。

 「あら、まぁ、シンちゃんったら……」

 「ふふ。シンジ君、若いわね」

 「うう…… いやーーー! エッチバカ変態! 信じらんない!!

 「え? な、何……あ、うわああああ!! しょ、しょうがないだろ、
 なんだから

 シンジは慌てて浴衣の前を閉じる。

 「ま、こればっかりはしゃあないわな」

 「そうだね。自分の意思じゃないからね」

 「…………ぽっ」 (レイ)

 「…………ぽっ」 (ヒカリ)


 その後、シンジは海に引きずり込まれ、特訓が再開された。もちろん、レイもついて
 来ている。

 アスカの特訓は熾烈を極めた

 まるで八つ当たりをしているかのようであった。 (八つ当たりだが)

 シンジが海に入って、すでに三時間ほど泳ぎっぱなしである。さすがに、普通に
 泳げるようにはなっていたのだが、今度は疲れて溺れる心配が出てきた。

 「ア、アスカ、そろそろ勘弁してよ……」

 「何言ってんのよ。言ったでしょ、上がりたかったら私に勝ちなさい。ほら、もう
 一度競争よ。レイ、ちょっと向こうまで行ってくれる? そっちに向かって競争する
 から、どっちが早かったか見てて」

 「ええ、分かった。碇くん、頑張ってね」

 「じゃあシンジ、行くわよ」

 「う、うん」

 「よーい、スタート!

 レイの声を合図に、二人は泳ぎ始めた。シンジは必死に泳いだ。

 『このままでは殺される』

 この時、本心からそう思い、文字通り死にもの狂いで泳いだ。そして、ギリギリで
 アスカに勝つことができた。

 「はぁ……はぁ……はぁ……あ、綾波、どうだった……?」

 「うん。碇くんの方が早かったよ。おめでとう、碇くん」

 「や、やったー!

 「はぁ、はぁ……レイ、本当なの? ほんとにシンジの方が早かったの? シンジ
 のためにも、甘やかさない方がいいのよ」

 「ほんとよ、アスカ。碇くんの方がちょっとだけ早かったの」

 「……そっか、とうとう負けちゃったか……」

 「アスカ、上がっていいよね。もうクタクタだよ」

 「ええ、いいわよ、上がって。そういう約束だものね」

 「よ、良かった〜」

 シンジは何とか岸までたどり着き、砂浜に上がる。すると、今まで身体を支えていた
 浮力がなくなり、倒れてしまう。重力はこんなに重いものなのかと初めて分かった。
 シンジは仰向けになり、肩で息をしていた。

 そして、シンジの隣にレイとアスカがやって来て、同じように倒れ込む。二人とも、
 シンジ同様、三時間泳ぎっぱなしだったので、クタクタだったのだ。

 そこへ、ミサト達がやってくる。

 「あなた達ね〜、特訓するのはいいんだけど、もう少し体力の配分くらい考えなさい
 よ。明日から学校なんでしょ。そんなに疲れきってて大丈夫なの? 今使徒が来たら
 世界はおしまいね」

 しかし、シンジ達は答える気力も無かった。

 「仕方ないわね。シンジ君も泳げるようになったようだし、明日の事もあるし、
 今日はもうお昼食べて帰る事にしましょう。鈴原君たちもそれでいいかしら?」

 「ええ。ワシはそれでええです。身体も焼けたし、十分泳いだし」

 「僕もいいですよ。写真の現像しなくちゃいけませんし」

 「私も構いません」

 「じゃあ着替えてお昼にしましょ。ほらシンジ君、レイ、アスカ、起きなさい」

 「う〜〜〜」

 しかし三人とも疲れきっており、起きる気力も無かった。

 「はぁ〜〜〜。鈴原君、相田君、シンジ君を部屋まで連れてってくれるかしら?」

 「はい、分かりました」

 「ほらシンジ、しっかりせー!」

 「洞木さん、手伝ってくれるかしら」

 「はい。アスカ、綾波さん、起きて!」

 「……眠い……」

 「……疲れた……」

 トウジとケンスケはシンジを引きずり、ミサト、リツコ、ヒカリはレイとアスカを
 部屋まで連れていった。

 その後、全員で食事をしたが、シンジ達はほとんど寝ているような状態だった。
 バスに乗り、リニアトレインに乗った頃、三人は本格的に寝てしまった。
 シンジを中心に、レイとアスカがシンジにもたれるように眠っていた。

 「……しかし、この三人は寝とってもこれかい」

 「ほんと、いや〜んな感じ」

 と言いつつ、写真を撮るケンスケだった。

 「でも、三人ともほんとに安心しきった顔で寝てるわね。よっぽどお互いの事を信頼
 してるんでしょうね」

 「そりゃあね。共に命懸けの日々を戦い抜いた仲間だからね。絶対に信頼関係は
 生まれるさ。戦場での仲違いはそのまま死に繋がるからね」

 「しかしなーケンスケ、ワシがパイロットに選ばれた頃の三人、とても信頼しあっと
 るようには見えんかったけどなー」

 「そうね。特にアスカは碇君や綾波さんの事を避けてたっていうか、顔すら合わせな
 いようにしてたものね」

 「じゃあ、あれだな。信頼以外のある種の感情が三人の中で働いてるんだろうね」

 「それは間違いないな」

 「いい事よね。アスカ達があんなに楽しそうにしてるの、初めて見たもの」

 「そうなんかイインチョ? シンジや綾波はともかく、惣流はいつも元気そうにし
 とったんとちゃうんか?」

 「ううん。あれはどちらかと言うとカラ元気っていう感じだった。いつも本心は
 隠してたもの。でも、今は心から楽しんでるみたいで、見てる私も嬉しくなって
 くるの」

 「そうだね。シンジや綾波があんなに楽しそうにしてるのも初めて見たけど、惣流も
 何だか人間が丸くなったって感じがするね」

 「色々辛い事があったみたいだけど、今日みたいに楽しそうにしててくれればいい
 わね。それが世界が平和だって事の証でもあるもの」

 「せやな。ところで、シンジ達、学校でもこの状態を続けるつもりなんやろか?」

 そう言って、トウジ達は改めてシンジ達を見る。

 「さすがにそれはないんじゃない? 今回は旅行に来てるから、たまたま開放的に
 なってるだけだと思うけど……。アスカだって冷やかされるのは嫌だろうし」

 「でも綾波は冷やかしなんてものともせず、自分の思う通りの行動に出るだろう
 なー」

 「間違いなく惣流は張り合うだろうなー。おもろーなりそうやな」

 「退屈だけはしないだろうね。見ててこれほど面白いイベントはそうないからね。
 シンジは何かと大変だろうけど」

 「ほんと。賑やかになりそうね」

 そう言いながら、トウジ、ケンスケ、ヒカリの三人は、シンジ達を優しく見つめて
 いた。


 一方、ミサトとリツコも、そんなシンジ達を見守るように見つめていた。

 「ねえミサト、この子達、本当に明るくなったわね。海では心からはしゃいでた
 みたいだし。三人とも一時期に比べて別人と言っても過言じゃないわね」

 「そーねー。でも、今の顔が本来の顔なんじゃないかしらね。何と言ってもまだ
 十四歳だもの。遊びたい盛りのはずよ」

 「全くね。私たちが、この子達が子供でいられる時間を奪っちゃったのね。取り戻
 してあげたいわね。少しでも多く……」

 「ええ。普通の十四歳でいられる時間を過ごさせてあげたいわね。これからも、
 お休みが取れたらまたみんなでどこかに出掛けましょ。私たち自身も失った時を
 取り戻さなくっちゃね」

 
 「何だか良く分からないけど、碇司令、やたら物分かりが良くなったって言うか、
 融通が利くようになってるから、きっと許可してくれると思うわよ。何だかんだ言っ
 ても、たった一人の子供だもの。楽しそうにしているシンジ君を見るのは嬉しいはず
 だものね」

 「あの写真見せたときの反応が楽しみね」

 「ほんと。どんな顔するかしらね」

 二人とも、軽口を叩きながらも、幸せそうに眠る三人が、いつでもこんな風に、
 安らかに眠れる日々が来る事を、ただ願っていた。


 ・ ・ ・


 アスカは海にいる間、シンジを何とか人並みに泳げるようにしようと、心を鬼に
 して厳しい特訓を科していた。 (もちろん、八つ当たり込み)

 そして、その甲斐あってか、シンジは僅か二日でアスカより速く泳げるようになって
 いた。 (もちろん、死にたくないと思い、必死になったためだが……)

 シンジが泳げるようになったのはもちろん嬉しいのだが、こんなに早く抜かれてしま
 い、ちょっぴり寂しいと思うアスカだった。

 そんなアスカは、シンジを特訓する間、シンジと一緒に泳ぎ続けていたため、身体の
 限界を超え、クタクタになって泥のように眠っていた。

 その疲れがやっと取れたのか、アスカはゆっくりと目を覚ました。

 『……ここは……?』

 まだ目が覚めきってないのか、ぼんやりと天井を見上げていた。

 『……私の部屋? ……私、いつ帰ってきたんだろ……?』

 しかし、見慣れた天井のはずなのに、どこか違和感を感じた。

 『?』

 アスカは不思議に思い、身体を起こして周りを見てみると、自分の持ち物が一つも
 無かった。見慣れたかばんはあるのだが、どう見ても男物だった。

 『…………え? ここってまさかシンジの部屋!? な、何で私、
 シンジの部屋で寝てんのよ……?』

 アスカは何が何だかさっぱり分からなかった。と、その時、すぐ隣……つまり同じ
 ベッドの中に誰かが寝ている事に気が付いた。

 『ま、まさか……?』

 冷や汗がつーっと流れる。

 勇気を出し、寝ている人物の顔を見てみる。

 それは、予想通りシンジだった。

 『んなっ!!!』

 アスカは思わず叫びそうになるのを、口を押さえ、何とか思い止まった。この状態で
 叫べば、シンジが気付き、さらに大騒ぎになる事くらいは容易に想像できたので、
 叫ぶわけにもいかなかった。

 『ど、どうしてシンジが私の横で寝てるのよ!? ……そ、それよりここ、
 シンジの部屋よね? 何で私、シンジの部屋で寝てるんだろ……。レイもいるの?』

 そう思い、周りを見る。部屋の中にレイはいなかった。ただ、シンジが隣で寝て
 いるだけだった。

 『ま、まさか!?』

 アスカは慌てて自分の服装を確かめてみた。

 パジャマは着ていなかった。普段着のままである。パジャマに着替えていない
 ので、家に帰ってから着替える間もなく寝てしまったのだろう、という事が分かっ
 た。

 そして、少しシワになっているが、特に服装が乱れているという事はなかった。

 『よ、良かった。特に何もなかったみたいね……。ふ〜〜〜

 とりあえず何もなかったらしいと分かり、やっと一息つく事ができた。

 『でも、なんでこうなったんだろ? ……確か、シンジの特訓が終わってから、お昼
 ご飯を食べて……それから…………嘘? 何も覚えてない…………

 アスカは必死に思い出そうとしたが、何一つ思い出せはしなかった。いくらシンジ
 との間に何もなかっただろうとはいえ、目が覚めたら同じベッドの中にシンジが寝
 ていて、しかも記憶が全くないときている。いくら何でも不安になり、一気に顔が
 青くなる。

 『お、落ち着くのよアスカ。こ、こういう時こそ落ち着くのよ。と、とりあえず、
 この状態を何とかしないとね。こんな所をレイやミサトに見られたら、絶対に誤解
 されるわ』

 (シンジに気付かれるのはいいのか、アスカ?)

 アスカは、シンジの部屋からとりあえず自分の部屋へと戻ろうとした。しかし、一つ
 問題があった。

 今、自分が寝ているのは、ベッドの壁側

 つまり、部屋から出ようと思えば、シンジを超えていかねばならなかった。

 とりあえず、シンジが目を覚ますと厄介な事になりそうだったので、そ〜〜〜っと
 シンジを起こさないように動く。しかし、ついバランスを崩してしまい、シンジの
 頭のすぐ横に手を付いてしまう。

 ベッドが結構派手な音を立てる。

 その音のためか、シンジは少し寝返りを打つ。結果として、アスカと向き合うような
 形となる。もちろん、寝たままでだが……。

 いきなりシンジの寝顔を真正面から見て、アスカは固まってしまう

 もし今、誰かに見られたら、どんな言い訳も無意味

 といったような体勢のまま、動けなくなっていた。

 『シンジ、目を覚ますの? このまま目を覚ましちゃうの?』

 アスカは、シンジに目を覚まさないで欲しいのか、目を覚まして欲しいのかが分か
 らなくなってしまっていた。

 シンジが目を覚ませば、大騒ぎは間違いない。ミサトには徹底的に冷やかされる
 だろうだろうし、何よりレイの無言の圧力が毎日続く事になる。それは避け
 たかった。

 しかし、シンジに目を覚まして欲しいという気持ちも、確かにあった。

 シンジに今の状況を知って欲しい。自分もレイと同じように、シンジと一緒に寝て
 たんだ、という事を分かって欲しい。自分だけが知っていて、シンジはこの事を
 知らないというのは辛かった。

 しかし、幸いな事にというか、残念な事にというか、シンジは目を覚まさなかった。

 ホッとしたような、残念なような、複雑な思いがした。顔は、しっかりと残念そうに
 していたが……。

 『……私が起こしちゃおうかな……口を塞いで声を出せないようにしておけば、
 問題ないわよね……。でも、それじゃあ私がシンジを襲ってるみたい
 だし……』

 そんな事を思いながら、シンジの寝顔を眺めてみる。

 シンジの寝顔を見るのは、これで三回目である。

 一回目は、ビールを飲んでひっくり返った時。しかし、あの時はヒカリが暴走した
 ため、ゆっくりとシンジの寝顔を見る事はできなかった。

 二回目は、レイがシンジの隣で腕枕で寝ていたので、頭に血が上ってしまい、それ
 どころではなかった。

 従って、ゆっくりとシンジの寝顔を見るのは、これが初めてだった。

 見れば見るほど、線の細い、どこか中性的な雰囲気がある。これがほんとにエヴァの
 パイロットなのかと、今でも不思議なほどだった。

 『クラスの女の子よりかわいいんじゃないの……?』

 アスカはそんな事を考えながら、シンジを見つめていた。

 ドキ

 『え?』

 ドキドキドキ……鼓動が速くなってくる。

 『な、何で今さらシンジなんかに……』

 心ではそう思っていても、なぜかシンジから目が離せなくなっていた。

 そして、少しずつシンジに近付いていった。

 『ちょ、ちょっと私! 何やってんのよ? 止まりなさいよ!』

 しかし、少しずつシンジに近付き、やがてシンジの寝息が自分の唇にかかるほどに
 近付いていた。そして、アスカの動きが止まる。

 『…………私、何するつもりなの? ……やめた。意識のない相手に何かするなん
 てフェアじゃないものね。それに、シンジからしてくれないと意味がない
 もの……。

 そう思い、顔を元の位置に戻し、再びシンジを見つめる。

 『それにしても、悩みなんて何一つないような、幸せそうな寝顔ね。
 ……全く、私をこんな気持ちにさせておいて、のんきに寝てんじゃないわよ。
 人の気も知らないで……。知ってるくせに』

 アスカは少しすねたように、シンジの頬をぷにぷにつついてみる。

 「んんーーー……」

 シンジは少し顔を背ける。アスカはそれがおかしかった。そして、寝ているシンジに
 そっと語り掛けた。

 「シンジ、知ってるの? 私がほんとに好きになった人は、シンジが初めてなんだ
 から。……私の初恋なんだから……。もっと私を見てくれればいいのに……。私も
 レイみたいに、自分の気持ちをはっきりと伝えたら、もっと私を見てくれる?
 ……でも、急にそこまでは素直になんかなれないわね、きっと。今の私じゃあ、
 寝ているシンジに伝えるのが精一杯ね。いつか、起きてるシンジに伝える事ができ
 たらいいのにな……。シンジの事が好きだって。そう言える日が、早く来るといい
 な……」

 『でも、何でシンジなんだろ? 全然私の好みじゃないはずなのに。裸のレイを押
 し倒したり、キスしてるようなやつなのに……。どうしてこんなにシンジがいいん
 だろ? ……どうしてこんなにシンジのそばににいると落ち着けるんだろう?
 普通、いくら寝てるからとはいえ、同じベッドに男がいたら、もっと緊張したり、
 警戒するはずなのに……。シンジに何かするだけの度胸なんて無いと思ってるから
 かな? 何かあっても私の方が腕力で勝ってるから、勝てると思ってるからかな?
 実際に喧嘩すれば私が勝っただろうし……。でも、ちょっと違う気もするな……。
 ……もしかしたら私…………な、何考えてんのよ私は! もう!!

 何を思ったのか、アスカは一人赤くなっていた

 『でも、どうしようかなー……。別にいいか。レイだってシンジと一緒に寝てたん
 だから、私が同じ事したって、とやかく言われる筋合いはないわよね。……相手が
 シンジじゃ何も問題ないだろうし……。もし何かあったら、その時はその時だし。
 ………………寝ちゃお

 そう決めると、アスカは再びシンジの隣で横になった

 『ふふふ、シンジのにおいがする……。なんだか落ち着くな……おやすみ、シンジ』

 アスカは再び眠りに落ちていった。

 そして、それからどれくらい経ったのか、シンジがようやく目を覚ました。

 『…………僕の部屋? …………いつ帰って来たんだろ?』

 ぼんやりと天井を見ながら、まだ寝ぼけている頭でそんな事を考えながら、いつもの
 習慣で目覚し時計を手に取る。

 6:58 目覚し時計はそう告げていた。

 『……え? もうこんな時間? 大変だ、早く晩御飯の用意しなくちゃ。またアスカ
 に怒られる』

 慌てて起きようとしたが、時間の横に気になる単語が目に入った。

 それは、AM と書かれていた。

 『AM? …………』

 !! あ、朝ぁーーー!?」

 シンジは自分の目が信じられなかった。夕方だと思っていたのだが、次の日、つまり
 月曜の朝になっていたのである。海からいつ帰って来たのかわからないが、これほど
 長く寝ていたのは初めてだった。

 パニックに陥りかけたシンジに、さらに驚くべき事態が起きた。

 「何よーーー? うるさいわねーーー」

 「え? う、うわぁぁぁぁぁぁ!! ア、アスカ〜〜〜!?

 シンジは、いきなりすぐ隣からアスカの声が聞こえたので、すっかり頭の中が真っ白
 になってしまった。アスカは、少し寝ぼけたような目でシンジを見ている。

 「え、シンジ? ……ちょ、ちょっと! 何でシンジが私の部屋にいるの
 よ!?

 「え、え、だって、ここ僕の部屋……」

 「え?」

 『あ、そうか。何でだか知らないけど、私シンジの部屋で寝てたんだ……。シンジの
 この慌てぶりからして、今初めて私に気が付いたみたいね。……何もなかった
 って事よね……』

 目を覚ましたら隣でアスカが寝ていてパニックに陥っているシンジと、なぜだか知ら
 ないけど、シンジの横で寝ている事を前もって知っていたアスカとでは、心構えが
 違う。アスカは、うろたえているシンジが面白くて、少しからかってみる
 事にした。

 「シンジ! 何で私がシンジの部屋で寝てんのよ!? シンジが
 私を連れ込んだの?

 「な、何言ってんだよアスカ! ぼ、僕はそんな事しないよ!」

 「じゃあ、どうして私がここに寝てるのか説明してよ!」

 「せ、説明しろって言われても、僕にも何がなんだかさっぱり分からないんだ。
 何も覚えてないし……」

 「ふ〜ん、何も覚えてないんだ〜。何も知らないから責任はないって言い張るん
 だ〜。ふ〜ん……」 クスクスクス

 「せ、せ、責任て……ぼ、僕、な、何かしたの!? ……アスカ、
 何か知ってるの!?」

 シンジはすっかり青くなってオロオロしていた。そのため、アスカがなぜこんなに
 落ち着いているのか、面白そうにしているのかに全く気が付かなかった。

 「それが、私も何も覚えてないのよねー」 クスクス

 「そ、そうなんだ……よ、良かった……」

 シンシは、ホーーーっと溜め息をついた。

 「何がいいわけ? 私が何も覚えてないだけで、何かあったかも知れない
 じゃないの。ま、その時はしっかりと責任を取ってもらうけどね」

 「え、え、え……」

 シンジの頭の上に、責任の二文字が重くのしかかっていた。

 顔はますます青くなり、縦線まで入っている。アスカは、そんなシンジを面白そうに
 見ていた。

 「ところで何騒いでたわけ? あんな大声出して」

 「あ、そ、そうだ。アスカ、これ見て」

 そう言って、シンジは時計を見せる。

 「え、もうこんな時間なの。シンジ、早く夕食の準備してよ」

 「違うんだアスカ、良く見てよ」

 「え、ええ? 朝!? どういう事よ、シンジ!?

 「それがさっぱり分からないんだ。とりあえず起きなきゃ。今日から学校なんだか
 ら。それに、朝ご飯も作らないと……」

 「そ、そうね」

 二人は慌てて部屋を出て、キッチンへ向かった。キッチンでは、レイが朝食の準備
 を始めようとしていた。

 「綾波!」

 「レイ、あんた起きてたの?」

 「あ、碇くん、アスカ、おはよう」

 「起こしてくれればいいのに」

 「そうよ。だいたい、昨日いつ帰って来たのよ?」

 「碇くんが起きないんだから、よっぽど疲れてるんだろうと思って、もう少し寝かせ
 てあげようと思ったの。それに、私も今起きたところでびっくりしてるの」

 「あ、ありがとう綾波。……え? 綾波も今まで寝てたの?」

 「レイも今起きた所? 私たち三人ってそんなに疲れてたのかしら? こんなに寝た
 たのは初めてだわ」

 「そうね、昨日、何時に帰って来たのかしらね? ところでアスカ、どうして碇くん
 と一緒にここに来たの? アスカの部屋あっちでしょ」

 「あ、いや、その、つまり、これは……」

 「……アスカ、碇くんの部屋で寝てたの?

 「え、えーと、えーと」

 シンジとアスカはただオロオロしている。

 「そう、碇くんの部屋で寝てたのね……」

 レイはじーーーっとアスカを見つめている。

 「べ、別にいいじゃないのよ。レイだってシンジと一緒に寝てたじゃないの。私だけ
 責められるいわれはないわよ。これでおあいこじゃないの。文句ないでしょ」

 「そうね」

 「え?」

 レイがあっさりアスカの意見を認めたので、かえってアスカの方が驚いていた。

 「でも、私は寝てる間に転がっていっただけよ。アスカは自分で碇くんの部屋に
 行ったの?

 「そ、そんな事するはずないじゃないのよ」

 「じゃあ、どうして碇くんの部屋で寝てたの?

 「そ、それが何も覚えてないのよ……」

 「僕も何も覚えてないんだ。朝起きたらアスカが隣にいて、びっくりしたんだ。本当
 だよ、綾波」

 「きっとアレよ。寝ぼけてシンジの部屋に行ったのよ

 「寝ぼけて?」

 「そ、そう。だってパジャマに着替えずに寝てたって事は、家に帰ってきて、着替え
 る元気もなくそのまま寝たって事でしょ。で、シンジの部屋はちょっと前まで私が
 使ってたから、その時のクセでシンジの部屋に入って寝ちゃったんだと思うの。これ
 が一番合理的な説明でしょ? つまり、私も寝ぼけて、というか覚えてないんだか
 ら、殆ど寝てた状態だったのよ。だから私もレイと同じよ。ね、問題ないでしょ」

 「そういう事なら……同じね」

 「でしょ。そ、それと今回の事はかなり特殊なケースだから、もうしちゃだめよ。
 シンジと一緒に寝ちゃだめよ、いいわね。これは非常識な事なんだから」

 「アスカもしないの?」

 「しない。だからレイもしちゃだめよ」

 「うん、分かった」

 「あ、そ、それと、この事は誰にも言っちゃだめよ。特にミサトには話しちゃだめ
 よ。いいわね?」

 「私がどうかしたー?」

 「あ、ミサトさん、おはようございます」

 「おはようございます」

 「ちょ、ちょっとミサト。昨日いつ帰って来たのよ? 何があったか説明しなさい
 よ」

 アスカは今の話を聞かれたのではないかと思い、必死に話を変えようとしていた。

 「聞かれなくても話してあげるわよ。昨日大変だったんだから。あなた達三人は、
 駅に着いても全く目を覚まさないから、リツコや鈴原君達に協力してもらって、
 タクシーで家まで運んだのよ。ちゃんとお礼言っときなさいよ」

 「そうだったんですか……。すいません、迷惑かけたみたいで……」

 「すいません、ミサトさん」

 「ちょっとミサト、まさか、あいつら私の部屋に入ってないでしょうね?」

 「大丈夫よ。送ってもらったのは玄関までだから」

 「そう。ならいいけど……」

 『シンジ以外の男に私の部屋に入って欲しくないものね』

 「じゃあ、アスカはそこから寝ぼけて碇くんの……むぐむぐ

 「だから、しゃべるんじゃないって言ってんでしょ!

 「ふぁ、ふぉーふぁ」 (あ、そうか)

 「わざとやってんじゃないでしょうね?」

 「そんな事ない」

 「全くもー、油断もスキもないんだから……」

 『ま、今の単語だけじゃ何も確信に触れる部分には触れてないから、ミサトには
 気付かれてないはずよね』

 そう思い、ミサトを見る。すると、ミサトはニヤニヤとかなりいやらしい笑い
 浮べていた。

 「な、何よミサト、そのいやらしい笑い方は?」

 「別にぃぃぃ。ただ、シンちゃんと寝た感想はどうかな〜〜〜
 って思ってね〜〜〜」

 「な、な、な、何よそれ!?

 「あら? だってシンちゃんと一緒のベッドで寝てたんでしょ?」

 「だったら最初からそう言いなさいよ!! 『一緒に寝た』
 『一緒のベッドで寝た』じゃ意味がまるで違うんだから!」

 「アスカ、どう違うの?

 「う……だ、だから、その……」

 「ほらほらアスカ、レイの教育係なんだから、ちゃんと答えてあげなさいよ」

 「何言ってんのよ。ミサトが保護者としての役割を放棄してるから、この私がわざわざ
 こんな面倒くさい事してんじゃないのよ。もういい歳なんだから、もっとしゃんと
 しなさいよ、しゃんと」

 私はまだ若いわよ。そんなに言うんだったら、私がレイの教育をしてあげましょう
 か? そもそも、アスカが自分でレイの教育をすると言い出したんじゃないのよ」

 「当たり前じゃないのよ! ミサトに任せてたら、レイの人生めちゃめちゃ
 になっちゃうじゃないの」

 「ふんだ。そう言うアスカだって、シンちゃんと一緒に寝てたじゃないのよ。人の事
 とやかく言えないじゃないの」

 「うるさいわね。大体、何でミサトがその事知ってるのよ? まさかまた覗いてた
 の?」

 「失礼ね。私は覗いた事なんて一度も無いわよ」

 「何言ってんのよ。ネルフの病室で覗いてたじゃないの。それに、海でも松林でも
 覗いてたし」

 え? あの時、ミサトさん見てたの?

 シンジは一気に赤くなる。

 「そうなのよ。ほんとに趣味悪いんだから……」

 「松林って何の事?」

 「え? あ……そ、その……レイは気にしなくていいのよ。それより、今はミサトの
 追求が先よ」

 「そ、そうだね」

 「?」

 「だから、あれはアスカの事が心配だったからモニターしただけじゃないの。そした
 ら、シンジ君とアスカがたまたまキスしてただけじゃないの。海の事だって、シンジ
 君を拉致したアスカを探してて偶然見つけたのよ。 (本当はリツコのおかげだけ
 ど……)
 
 「じゃあ、何で私がシンジのベッドで寝てたって知ってるのよ? 説明しなさいよ」

 「だって、アスカをシンジ君のベッドに寝かせたの、だもの」

 「は?」 (アスカ)

 「え?」 (シンジ)

 「ミサトさんが?」 (レイ)

 三人とも、特にアスカの目は点になっていた。

 い、い、い、な、な、な!?

 「『一体何を考えてるのよ?』でしょ、アスカ?」

 と、レイがさりげなくフォローを入れる。

 「そう、それよ。一体何を考えてるのよ!? 年頃の乙女を男のベッド
 に放り込むなんて! 何かあったらどうするつもりなのよ!!」

 「あら。それこそアスカの望むところじゃないの?」

 「そ、そんな訳ないじゃないのよ!! 私をどういう目で見てんのよ、
 全く!」

 「冗談よ、冗談。その辺はちゃんと考えてるわよ」

 「何をどう考えてるって言うのよ!?」

 「だって、二人とも疲れきってたみたいだから、何かする元気なんてないだろうし、
 もしシンジ君が目を覚まして隣にアスカが寝てるのに気が付いたとしても、問題は
 ないと思ったのよ。シンジ君が寝てる女の子に何かするような男の子じゃない事は
 アスカも知ってるでしょ。ま、それでも不安なんだったら、リツコにでも言って検査
 してもらえばいいわ。……あ、しまった

 「え!? な、何ですかミサトさん!? 何かあったんですか?」

 「いや〜、アスカが先に目を覚ましてシンジ君を襲うっていう可能性を
 忘れてたのよ」

 「何よそれ〜!?」

 「碇くん、大丈夫?」

 「う、うん」

 「ちょっとレイ、何言ってんのよ!? だいたい、そういう事は女の
 私に聞くもんでしょ!? なんでシンジに聞くのよ!?」

 「だって、ミサトさんが言うように、碇くんは寝てる女の人に何かするような人じゃ
 ないから」

 「私だって寝てる男に何かするような危ない女じゃないわよ!
 実際、何もしてないわよ!!

 「あらアスカ、そこまではっきり言い切れるって事は……一度目を覚ましたの
 かな〜〜〜?

 「あ!」

 アスカはしまったと思い、手を口でふさいだ。しかし、ミサトはこう言う事に関して
 は異様に鋭かった。既にアスカの行動を見破ったようだった。

 「なるほどねー。シンちゃんの隣で寝てるのに気付いたのに、その
 まま寝てたって事か〜〜〜」

 「え、と、アスカ。そ、そうなの?」

 「だ、だからシンジ……それはつまり……」

 「……アスカ、さっき言ってた事と違う

 レイがじーーーっとアスカを見つめる。

 「べ、別に違わないわよ。ミサトが私を勝手にシンジのベッドで寝かせたんだから。
 私の意思でシンジの部屋に行ったわけじゃないのよ」

 「でも、シンちゃんのベッドから出なかったのは、アスカの意思
 よね〜〜〜」

 「う、うう……

 じ〜〜〜〜〜〜

 レイはずーっとアスカを見つめていた。

 『ううう……やだな、この視線……。ひょっとして、ずっと続くのかしら……』

 「まぁまぁレイ、そんなにアスカを責めないであげて。アスカはレイの事が羨まし
 かったのよ」

 「え? アスカが私の事を……羨ましい? ……どうして?」

 「だって、レイは偶然とは言え、シンちゃんと一緒に寝てたでしょ。あの時、アスカ
 は怒ってたけど、ほんとはレイの事が羨ましかったのよ。自分も同じようにしたいと
 思ったのよ」

 『……私の事を羨ましがってたの? アスカが……。碇くんと二回キスしてるアスカ
 を、私が羨ましく思ってたように……?』

 「だから、優しいお姉さんがアスカの望みを叶えてあげたってわけよ。実際に、
 あのままじゃぁ、三人の仲がぎくしゃくしちゃう可能性があったでしょ。特に、レイ
 とアスカがけんかしちゃうかも知れないし。レイとアスカがけんかしてたら、私や
 シンジ君だって暗い気持ちになっちゃうから、今のうちに二人の立場を同じ
 して、けんかの原因を無くしちゃおうと思ったのよ」

 「だからって、やる事が無茶苦茶なのよ。もっと他にやり方がなかったの?」

 「あら、迷惑だったかしら? でも、迷惑なら目を覚ました時に自分の部屋へ帰る
 はずよね〜。そうしなかったんだから、説得力ないわね。ひょっとして、何か起きる
 事を期待してたとか……」

 アスカは真っ赤になり、ただうつむいているだけだった。

 「ふふふ……。ま、とにかく、これでレイもアスカも貸し借りなし。対等な立場なん
 だから、けんかなんかしちゃだめよ」

 「はい」

 「分かってるわよ」

 「それと、今回の事は保護者の私が特に認めた特例なんだから、これからはシンジ
 君の部屋で寝ちゃだめよ。ちゃんと自分の部屋で一人で寝るのよ。いいわね、二人
 とも」

 「はい、分かりました」

 「それはさっき私もレイに言ったわよ」

 「それから、シンジ君も二人の部屋に夜這いなんてしちゃだめよ。まだ中学生
 なんだから」

 「し、しませんよ、そんな事……」

 「そういうミサトこそ、シンジに手ぇ出すんじゃないわよ、いいわね!」

 「失礼ね、私は子供に手ぇ出すような趣味は持ってないわよ」

 「何言ってんのよ。海でシンジに日焼け止めクリームを無理矢理塗ってた時の目つき
 なんて、危なかったわよ」

 うんうん、とレイもうなずく。

 「何よ、私よりリツコの方がよっぽど危ない目をしてたじゃないのよ」

 「確かに、今後はリツコの監視がいるわね。あのマッドサイエンティストはミサト
 よりさらに危ない性格してそうだし……。レイもしっかりとシンジを見張るのよ。
 いいわね?」

 「分かってる、任せて。ずっと碇くんのそばにいるから」

 「そ、それもちょっと問題あるわね……」

 「そう?」

 『ま、私もそばにいるからいいか』

 『ふ〜。やっと矛先がリツコにそれたか……』

 「じゃあ、とりあえずこの話はこれでおしまいね。……そうだ! あなた達、帰って
 からずっと寝てたから随分と寝汗をかいてるんじゃないの? お風呂に入ってきな
 さい。髪だってぼさぼさじゃないの。そんなんじゃ学校行けないでしょ」

 「確かにそうね。すぐ入らなきゃ……」

 「シンジ君だって入るだろうし、あんまり時間無いんだから、早くしなさいよ。
 アスカのお風呂長いんだから」

 「分かってるわよ。ちょっとレイ、あんたまさか、『時間無いんだったら、シンジ
 も自分と一緒に風呂に入ればいいのに』とか考えてるんじゃない
 でしょうね?」

 「え?」 (シンジ)

 「ちょっとアスカ、いくらレイだって、まさかそこまでは考えてないわよ」

 「アスカ、どうして私の考えてる事分かったの?

 「……ええっ!?」 (シンジ、ミサト)

 レイはきょとんとしている。シンジとミサトは呆然とし、アスカは、は〜〜〜っと
 溜め息をついていた。

 「はぁ〜……やっぱりそう考えてたか……。まったく、どうしていつもいつも
 そういう発想をするのよ? そういう事しちゃあいけないって何度も何度も教えた
 でしょ。まったくもー」

 「あ、そうだったわね」

 「……しかし、さすがはレイといった所ね。まさか、そんな発想をするとは……。
 それにしても、アスカは良くレイの考えてる事が分かったわね。さっきもレイの口
 塞いでたし……。どうして分かったの?」

 「それがね、最近、何となくだけど、レイの発言や行動の先が読めるようになって
 来たのよ。どういうわけだか知らないけど。その時その時において、私が考える
 最悪のパターンを必ずレイがやるのよ。ま、先が読める分、対応もしやすい
 んだけど」

 「ふーん、そうだったの。ま、確かにレイほど裏表のない人も珍しいわね。何一つ
 隠す事なく、心のままに生きてるものね」

 「そこが一番問題なのよ。私に対する嫌がらせとか、わざととか、悪意を持って
 やってんならまだいいのよ。叩き潰せばいいだけなんだから……。でも、レイの場合
 本心からそう思って行動してんのよね。悪意がないっていうのが一番やりにくい
 わ」

 「そうね。アスカはレイに色々と常識を教え込んでるみたいだけど、シンジ君が
 絡んでくると、全ての常識がリセットされちゃうものね……。アスカも大変だわ」

 「なに他人事みたいに言ってんのよ。ミサトが一番レイに悪影響を与えてん
 のよ。分かってんの?

 「あら、そ〜お〜? 私はほんの冗談のつもりでやってんだけどな〜」

 「いくら冗談でも、言っていい事と悪い事があるのよ。それと、世の中には冗談の
 全く通じない人もいるんだから、相手を見て冗談を言いなさい」

 「はい、はい、分かったわよ」

 「それとシンジ、なに赤くなってんのよ!?

 「い、いや……その……」

 「全くもー。どいつもこいつも……。いい、レイ。改めて教えとくけど、夜は一人
 で自分の部屋で寝る事。お風呂も一人で入る事。いいわね? だいたい、中学生に
 もなって混浴してるやつなんて一人もいないわよ」

 「そうなの?」

 「そうなの!!」

 「あらアスカ、そういうあなただって、シンジ君と混浴したじゃないの」

 な、なによそれ〜!? いつ私がシンジと混浴したって言う
 のよ!?」

 「そうですよミサトさん。僕はアスカと混浴なんてしてませんよ」

 「……碇くん、本当なの? 本当にアスカと一緒にお風呂に入ったの?」

 レイは悲しそうな瞳でシンジを見る。

 「ち、違うよ綾波! 僕は本当に混浴なんてしてないよ! いつか温泉に
 行った時だって、ちゃんと男湯と女湯に別れてたし。ほんとだよ綾波」

 「ほんとよレイ、私とシンジはそんな事してないんだから。ちょっとミサト!
 どういうつもりよ!? 喧嘩するなって言っときながら喧嘩のたねをまくなん
 て……。しかもそんな嘘までついて」

 「あら、別に嘘なんてついてないわよ。シンジ君とアスカは二人で弐号機に
 乗ったじゃないの」

 「それがどうして混浴になるのよ!?」

 「だって、エントリープラグという密閉した空間の中で、同じ液体に漬かってるん
 だから、十分混浴と言えるじゃない。それに、二人でシンクロしてたしね」

 「ね、じゃないわよ。紛らわしい言い方するんじゃないわよ! それに、
 あの時、ちゃんとプラグスーツ着てたじゃないのよ」

 「そうね。あの時、シンちゃんって確かアスカのプラグスーツ着てた
 のよね〜。結構似合ってたわね」

 「よして下さいよ。せっかく忘れようとしてるのに……。恥ずかしかったんですよ、
 あの時」

 「碇くん、私のスーツも着てみて

 「え?」

 「ちょっとレイ! あんた何バカな事言ってんのよ!?」

 「あら、いいわね。結構似合うかも知れないわね

 「ミサトまで何言ってんのよ!?」

 「そうですよミサトさん。からかわないで下さいよ」

 「でも、実際にあの時、シンジ君とアスカのシンクロ率は過去最高を記録したのよ。
 シンジ君とレイの二人でも試してみる価値はあるわね」

 「まさか本当にレイのプラグスーツを着せるんじゃないでしょうね?」

 「まー、あの時はシンジ君のプラグスーツが無かったからアスカのを着せたんで
 しょ。今回はネルフ本部でテストするから、シンジ君は自分のスーツを着ればいい
 わね」

 「……そう……ですか……。

 レイは思いっきり残念そうにしていた。

 「あ、そーだ! いい事思い付いちゃった!」

 ミサトは不気味な笑いを浮べていた。

 「…………ちょっとシンジ、ミサトのあの顔……絶対にろくでもない事を考えてる
 わね」

 「そうだね。あの顔してる時は危険だよね」

 「私も何となくそう思う」

 「そそ、レイもやっと分かってきたみたいね」

 三人が不安そうにしているのを気にもせず、ミサトはある提案をした。

 「んふふふふふふ。確かあなた達、プラグスーツなしでシンクロテストした
 時があったわよねぇ

 「それがどうしたって言うのよ?」

 「今回はあの時と同じ状態で、二人でエントリープラグに入るという
 のは……」

 「ずぇったいに、だめ!!!

 「あはは〜〜〜。やっぱりだめ?」

 「当ったり前じゃないの! 何考えてんのよまったく!!」

 「まぁまぁ、アスカ。ほんの冗談なんだから、そんなに青筋立てて怒んなくてもいい
 じゃないの」

 「怒りたくもなるわよ! 毎日毎日そんなバカな事ばっかり言ってるん
 だから」

 「あの……ミサトさん。……私は……その……命令なら……構いませんけど……」

 「……え?」

 レイの発言に、ミサトは目が点になっていた。もちろん、シンジとアスカもだが。

 そんな中、レイは少し恥かしそうに下を向き、自分の服を指先でもじもじと触って
 いた。そんな姿を見て、三人はますます固まってしまった。しかし、こういう反応に
 一番慣れている、自称『レイの教育係』のアスカが、いち早く復活した。

 「ミサト、今ので分かったでしょ! レイには冗談が通用しないんだ
 から、うかつな事言っちゃだめなのよ。見なさいよ、しっかり本気
 してるじゃないのよ」

 「そ、そうみたいね……。あのね、レイ、さすがに今のは冗談よ。いくら何でも
 そんな命令は出せないわよ。だいいち、シンジ君なんてきっとシンクロどころの
 騒ぎじゃないわよ。エントリープラグの中が鼻血で真っ赤に染まるのは目に見えてる
 わね。それに、モラル的にもちょっと問題あるしね」

 「ちょっとどころの騒ぎじゃないわよ! まったくもー」

 「だから、今のはナシね」

 「……そう……ですか……

 「ま、まぁ、そんなにがっかりしないで。シンジ君と二人でのシンクロテストは
 ちゃんとやらせてあげるから。それならいいでしょ?」

 「プラグスーツは?」

 「もっちろん、シンジ君にはレイのプラグスーツを着てもらうから」

 「はい、それならいいです!」

 レイはとても嬉しそうに微笑んだ。

 『……僕の意思って一体……』

 シンジは、自分の存在に関して、思いっきり悩んでしまった。

 (諦めろシンジ、女三人には勝てんさ)

 「はぁ〜〜〜。相変わらずレイはシンジの事になるといきなり押しが強くなるん
 だから」

 アスカは呆れたようにそう言った。

 「そう?」

 「そうよ。それとシンジ! あんた何また赤くなってんのよ! まさか
 レイの裸を思い出してんじゃないでしょうね!?


 『ぎっくぅ……!』


 「な、何言ってんだよ、アスカ。そ、そんな事あるわけないだろ」

 「……じゃあ、今のぎっくぅ!ってのは何よ?」

 「き、気のせいだよ、気のせい。あははははは」

 シンジはあぶら汗をダラダラと流していた

 「ふふふ。ほんとシンジ君って正直な体してるわね〜。一切嘘が付けないタイプね」

 「……碇くん……」 ぽっ

 「あんたもいちいち赤くなってんじゃないわよ。大体、何が『命令なら』よ。
 昔と言い方が全然違うじゃないのよ」

 「そうかな?」

 「いつもいつも私が言ってるでしょ。命令されたからって何でもほいほい引き受ける
 んじゃないって。嫌な命令や無茶な命令は断ればいいんだから」

 「私は別に嫌というわけじゃないんだけど……」

 「何であんたはいつもそうなのよ!? 男の前(特にシンジの前)で
 下着姿や裸になっちゃいけないって教えたでしょ! それとも何、
 シンジに裸を見られてもいいって言うの?」

 「碇くんなら構わないけど……」

 「え?」

 「ほぉー」

 「どーしてそういう発想するのよ!! 何でシンジに見られても
 いいと思うわけ!?」

 「だって……私も碇くんの裸見たことあるから……」 ぽっ

 「え!!」

 「ほー」

 ちょっとシンジ!! どういう事よ!? 何でレイが
 シンジの裸を見た事あるのよ!? まさか二人で何かあった
 わけ!? 黙ってないで何とか言いなさいよ!!

 「……あのね、アスカ。気持ちは分かるんだけど、そんなに首絞めてたらシンジ君、
 しゃべりたくてもしゃべれないんじゃないかな? それに、そろそろ息させないと
 危ないわよ」

 「え?」

 見ると、シンジは真っ青になっていた。

 「ちょ、ちょっとシンジ! 何やってんのよ! 早く息しなさい!」

 アスカは慌てて手を放した。

 「碇くん! しっかりして、碇くん!!」

 「げほ げほ げほ……あー死ぬかと げほ 思った

 「アスカ、ひどいじゃないの。碇くんの首を絞めるなんて」

 「あんたがさらりと爆弾発言するからよ! 一体いつ、シンジの裸
 なんて見たのよ!?」

 「ヤシマ作戦の時」

 「は?」

 「アスカが日本に来る前にそういう作戦があったの。その時、碇くんは使徒の攻撃で
 入院してたから、私が作戦スケジュールを伝えに行ったの。その時に偶然……

 そう言ってレイはまた赤くなる。

 「あ、そっか、あの時……」

 そう言い、シンジも赤くなる。

 「そう言えば、レイに頼んだんだったわね。食事と着替えのプラグスーツも届ける
 ようにって」

 「はい」

 「確かあの時って集中治療室からそのまま病室まで運んだから、シンジ君何も
 着てなかったんだったわね。映画では服着てたけど」

 「はい、だから私は碇くんの裸を見た事があるから、私の裸を見られてもいいん
 です。おあいこだから」

 「なるほど」

 「『なるほど』じゃないわよ。騒ぎの影には必ずミサトがいるわね。いい加減にして
 欲しいわね、まったく……」

 「まぁまぁ、そんなに起こらなくてもいいじゃないの。あ、そうだアスカ、あなたも
 シンジ君の裸見たい? 見たいんなら見せてあげてもいいわよ」

 「な、な、何言ってんのよ!?」

 「そ、そうですよミサトさん。いきなり何言うんですか?」

 「だから、さっきも言ったでしょ。レイとアスカが喧嘩しないように、二人の
 立場を平等にしておこうと思ってね。私もシンジ君の裸見た事あるし。
 アスカだけ見た事ないんじゃ不公平でしょ」

 「ま、でも、それだとアスカもシンジ君に裸を見せて押し倒されないと
 いけないわね。どーするアスカ? 私とレイは隣の部屋にでも隠れててあげよー
 か?」

 ミーーーサーーートーーー!!

 「あははははは。さーて、今日の世界情勢はどーかしらねー。新聞、新聞っと」

 ミサトはそう言って玄関に向かって走っていった。

 「まったく、言いたい事言って都合が悪くなるとすぐ逃げるんだから。よくネルフは
 あんなの雇ってるわね。私が司令なら今日付けでクビだわ」

 「そっか。ミサトさんも碇くんの裸を見た事あるんだ……。だからいつも碇くんの
 前であんな薄着でいるのかな? 碇くんの裸を見たから自分も見られてもいいと思
 って……。私と同じなんだ」

 「レイ、その発想は今すぐやめなさい。それと、ミサトは女にとって、いえ、人類に
 とって例外中の例外よ。あんなの参考にしてたら人生終わるわよ」

 「そ、そうなの?」

 「そうなの。ミサトに何か言われたら、絶対に私に確認取りなさいよ、いいわね!

 「う、うん」

 あまりの迫力に、レイはただうなずくだけだった。

 「あ、あのさ、二人とも」

 「ん?」

 「何、碇くん?」

 「だから、その……僕の事気にしなくていいから、ゆっくりとお風呂入ってくれば
 いいよ。僕はその間に朝ご飯作っておくから」

 「そう? ありがと。ま、できるだけ早くするわ」

 「ありがと、碇くん」

 「どうするレイ? 先に入る? 私は後でもいいわよ」

 「アスカが先でいい。私は碇くんと朝ご飯作るから」

 「じゃあ、先、使わせてもらうわね」

 「じゃあ、碇くん、朝ご飯作ろ」

 「うん、そうだね」

 ・
 ・
 ・

 こうして葛城家の、賑やかで慌ただしい朝が始まった。

 アスカがいつもより随分とシャワーを終えたため、シンジとレイもそれぞれ食事を
 取り、シャワーを浴びる事ができた。


 そして、三人は支度が終わり、玄関を出る。

 「じゃ、行ってきます。ペンペン、行ってくるね」

 そう言ってレイはペンペンの頭を撫でる。

 「クゥ〜〜〜」

 「行ってくるわね」

 「それじゃあミサトさん。行ってきます!」


 そして、シンジ達の学園生活が再開される。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 海の完結編(第八部) 


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