下に排出された操縦席の座席に座っていた若い男性がヘルメットを取った。

その瞬間、アスカの脳裏に様々な思いが駆け巡った。

「シンジ……本当にシンジなの?」
アスカは呆然としながらシンジを見つめていた。

「やっぱりアスカなのか……」 四年の歳月ですっかり青年らしくなったが、少し陰鬱な
表情をたたえたシンジが四年ぶりに再会するアスカを座席に座ったまま見つめていた。




第2話 「月日」


「ところで、どうしてこんな所に落ちてたんだ?」
シンジが発した第二声はいくぶん落ち着いていた。

「う……柵の向こうに私が今日から住むマンションがあるのよ」
14歳の頃のシンジは完全に声変わりしていなかったので、アスカは少し戸惑いを感じた。
見た目も14歳の頃の繊細な感じを殆ど残しておらず、大人の男と青年との端境に見えた。

「あのマンション? あそこはN○Tの職員住宅でマンションじゃ無いぜ
ドイツの大学院に進んだとは冬月さんに聞いたけど、卒業してNT○に入社したのか?」
いくぶん揶揄を含んだシンジの言葉にアスカは微かな抵抗を感じた。

いつも何かあればごめんなさい だの すみません だの言って誰にも歯向かわず
ビクビクしていた14歳の頃のシンジはもうそこにはいなかった。

「高崎コーポって所なの 地図ではあのマンションのあたりなんだけど……」
アスカは憮然とした表情で地図の一点を指し示した。

「高崎コーポ? あそこに住むのか?」
シンジは少し眼を丸くしていた。 ずっとクールな表情だったのが崩れたのが
アスカは内心嬉しかったが、10分もしない内にシンジが驚いた訳を知る事になった。

「知ってるんなら案内してくれない? 戦友のよしみでさ」
少し余裕を取り戻したアスカが笑みを浮かべて言った。

「……また妙な所に入り込まれちゃ迷惑だからな……少し待ってろ」
シンジはネルファの操縦席に座り、ネルファを再起動させた。

「エヴァに比べると小さいけど、こうして見ると充分大きいね」
そんな発言が出来るのもアスカが心に余裕を取り戻したからではあるが、
今のシンジには逆効果であった。

「あんなものと一緒にするんじゃ無いっ ネルファはパイロットに犠牲を強いるような
機体じゃ無いんだ」 何故か激昂したシンジにアスカは数歩後ろに下がった。

シンジが恋心を抱いていた二人めのレイ……彼女が零号機と共に自爆したのが
原因だろうかとアスカは考え、行動に出た。

「ごめんなさい……よく知らないのにあんな事言っちゃって……」

「すまん……大声を上げたりして……」
素直に頭を下げるアスカを見て、シンジも少し落ち着きを取り戻す事が出来たようだ。


数分後 アスカはシンジの乗るネルファの後をついて、
工事現場の隅にあるネルファの移動格納庫らしき建物までついて行った。

「よっと」ネルファの電源を落とし、コクピットから飛び降りて来たシンジに
アスカは僅かな胸の痛みを感じていた。

「案内するよ」 移動格納庫の鍵を閉めたシンジは手についた砂を払いながら言った。

アスカがさっき通り過ぎていた小さな小径を入り数分歩くと、
てっきり目標物だと思っていたマンションの裏手に出て、二階建てで四室しか無く、
中央に共通の階段を持つ対称的な作りのマンションに辿りついた。

張り出した部分にある小さなテラスからは隣の部屋のテラスが見えるような
開放的なマンション(?)であった。

「ここか……」 二階の東側にある202号室の前に段ボールがいくつか積み重ねられて
いるのを見てシンジは呟いた。

「確かに大きいマンションじゃ無いけど、普通じゃ無い……どうしてあんなに驚いたの?」
アスカはシンジが驚愕する程のぼろマンションなのかと心の覚悟を決めてたのが空振り
に終わり、少し安堵したが、シンジの言動に不審を覚えた。

「……冬月さんの手配か……」
シンジはぼそりと呟いたがアスカの問いに答えを返してはいなかった。

「あ、案内ありがとう……」 アスカがシンジの方に振り向き声をかけようとした時、
シンジはポケットから鍵を出して201号室のロックを外していた。

「な、何してるのよ……」アスカは一瞬シンジがピックロックでもしてるのかと思った。

「……俺の部屋なんだよ ここは……」
ドアが開き、シンジは中に入り 靴を脱ぎながらアスカに答えた。

「えっ? えぇぇぇぇ」 日本に帰国する事の理由にシンジと再会して
決着をつけると言う事も含まれてはいたものの、ここまでの展開を期待してはいなかった。

「いったい何? やけに騒がしいけど」
誰かがとんとんと階段を上がって来ながら呟いた。

「あっ 下の方ですか? すみませんっ」 アスカはすかさず頭を下げた。

「アスカっ アスカじゃ無いの?」
聞き覚えのある声にアスカは顔を上げた。
「やだっ ヒカリじゃ無いの! 何でこんな所にいるの?」
アスカは再会したかったもう一人にもすんなり会う事が出来たのに驚いていた。

「こんな所とはお言葉ねぇ 私この下の102号室に住んでるのよ」
ヒカリの言葉にアスカはもう一度驚き、そして冬月の言葉を思い出した。
ネルフの面々との再会と言う意味かと思っていたのが、シンジとヒカリである。
アスカは素直に冬月に感謝していた。

「引っ越し……とは言ってもあまり荷物無いわね 終わったら今度下でお茶しましょ」
ヒカリはそう言い残して下に降りていった。

「まったく、一度にいろんな事がありすぎよ……」
アスカは玄関の前に置いてあった荷物を部屋の中に入れて一息ついた。

「ふぅ いい風が吹くじゃ無い……」
アスカは狭いテラスに出て備えつけの椅子に腰を降ろした。
「ん?」 反対側に201号室のテラス つまりシンジの部屋のテラスが見えており、
シンジがそこで何かを飲んでいるのに気づいた。

テーブルの上にはもう一本缶入りの飲料らしき物が置かれていた。

「何飲んでるの? 引っ越し祝いに私にも頂戴」
アスカは勇気を出してシンジに声をかけた。

「………… ほらよっ」
シンジは少し躊躇した後、アスカに向かってテーブルの上の缶を放り投げた。

「ありがとっ」 アスカはキャッチし、プルを開けた。

「きゃっ」 空中を飛んでたせいか少し泡が飛び出てアスカは驚いた。

「な、何よこれ ビールじゃ無い」 一口飲んでアスカは驚愕の声を上げた。

「労働の後のビールの一杯にケチを付けるなよ……それにミサトさんの供養なんだよ」
言われて見れば、ビールはミサトが愛飲していたエビチュであった。

「ま、私もドイツじゃ水のように飲んでたんだけどね」
夕飯の時コップ一杯飲む程度ではあったが、アスカは豪語した。

「じゃ、もしかしてリツコさんの供養に煙草も吸ってるの?」
アスカは14歳の頃の基準でシンジを見るのをやめ、18歳の男性として話しかけた。

「あんな物吸わないよ……それにリツコさんには恨みこそあれ恩なんかあるかよ」
憎憎しげにシンジは言い切った。

「そう…… けど、四年の間に変わったね あ、悪い意味じゃ無くて大人びたと言うか」

「…………アスカは変わらないな……ある意味ほっとしたよ」
シンジは僅かな微笑みを見せてテラスから引っ込んでいった。

「あいつぅ〜ツボ押さえた台詞吐きやがって」
アスカはシンジの去りぎわの言葉に苦笑した。

あんな事があったとはいえ、いい友人にならなれそうだとアスカは感じた。


翌日……シンジは朝から仕事のようで、出かけて行くのを物音で知った。

翌々日…シンジは帰って来なかった。 泊まりの仕事だったのだろうか

そして、三日後 アスカの初めての出勤の日である。

「うしっ 行くぞ」
ドイツ仕立てのもっとも品質のいいスーツを着こなしてアスカはマンションを出た。

前日にヒカリが近くの短大に進学している事を聞いていた為、
アスカは途中までヒカリと一緒に行く事にしていた。

階段を降りて行くと、もうヒカリが待ち受けていた。

「さっ 惣流先生 行きましょっ」 

「よしてよ、ヒカリ 何だかくすぐったいわよ」

「けど、今日からほぼ同い年の生徒の前で授業するんでしょう?」

「今日は一般教養だから、そうなるわね……」
いろんな分野で博士論文が認められただけの事はあり、
一般教養にも特別に出る事になっていたのだ。

「ところで、シンジは今日も仕事かしら……」
アスカは昨日帰って来なかった事を思い出した。

「仕事? ああバイトね ネルファのパイロットやってるんでしょ?」

「バイトって事は、あいつも学生? それとも他に本業あるの?
 NERV入りしたのかしら」

「それは本人から聞いてみたら?」

「そうね……今晩にでも問いただしてみるわ」
アスカは笑みを浮かべて言った。

三時間後 アスカは初めての教壇に立っていた。

「えーと出欠は点呼制か、えー青橋君」

「はいっ」

「次は、いっ? 碇君?」
名簿には碇シンジと書かれていた。

「へーい」 昨日聞いたシンジの声とは明らかに違う声で誰かが返事した。

「誰? さっき返事したの?」 アスカは声が聞こえて来た方向を凝視した。

「あちゃ 代返ばれたんか 新しい先生は厳しいわ」
教室の隅の方で、さっきシンジの代わりに返事した生徒が手を上げた。

「あんた、鈴原じゃ無いっ どうしてこんな所にいるのよっ」
手を上げた生徒は鈴原トウジであった。

「いっ? もしかして、アスカか? おまえ同い年やろが 何で先生やっとんねん」
トウジの台詞に教室内はざわめきが巻き起こった。
確かに見た目が若い先生ではあるが、本当に若かったとは気づかなかったのだろう。

「シンジはパンキョー(一般教養)なんかかったるくて出てられん バイト優先やゆうてな」

「いいことっ 私は代返なんか認めませんからねっ」
ざわめきが拡大しはじめていたのをアスカはぴしりとおさめた。

「まさかシンジが大学生だったとは……あの馬鹿(鈴原)まで……」
アスカは冬月の苦笑する姿が浮かんで見えた。




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どうもありがとうございました!


第2話 終わり

第3話 に続く!


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