「ここ?」
「もうちょっと右」
「ここ、かな?」
「あんっ、そこじゃないって。もうちょっと左よ。左」
「そんなこと言われても、僕、初めてなんだし。そんなに上手くはできないよ」
「しっかりしなさいよ。男でしょ」
「う、うん。もう一度やってみるよ」
シンジは再試行する。だが、
「違うって言ってるでしょ」
とうとうアスカは怒りだしてしまった。
「まったくもう! シンジったら下手くそなんだから」
「仕方がないだろう。そんなに怒鳴ることないじゃないか」
− 誘 惑 −
「卑猥ね」
ぼそっと、レイが呟いた。
「何か言った? ファースト」
アスカが声のした方向にきつい視線を向ける。
「二人の会話が卑猥だって言ったのよ。声だけ聞いてると、何してるのか誤解されるわよ」
レイは、リナ・インバースのような林原口調で答えた。
「何よ。ただテレビゲームしてるだけじゃない。そんなの勘違いする奴の方がスケベなのよ」
アスカとシンジ、二人は新作のテレビゲームをしているところだった。
アクションとパズルとシューティングとが組合わさったゲームで(どんなゲームだ?)、その言葉通りシンジがプレイするのは初めてだったらしく、横からアスカに口を挟まれながらかなり悪戦苦闘していた。
画面には『GAME OVER』の文字が点滅している。
「だいたい何であんたがここにいるのよ!」
「いいじゃない別に、遊びに来たって。それとも来られて都合が悪かった?」
アスカの問いかけに、フフン、と唇に小さな笑みを浮かべて答える。
「それより碇君」
そして、その笑みの矛先をシンジへと向けた。
「私といいことしない?」
「えっ」
シンジはもちろん、アスカまでも狼狽えている。
「ちょ、ちょっとあんた何言い出すのよ」
レイはちらっとだけアスカの方を見ると、
「こんな乱暴な女の子より私の方がずっといいわよ」
そう言ってレイはシンジの背中にしなだれかかってきた。
「テレビゲームなんかよりずっといいこと・・」
首に腕を回し、ぴったりと密着してくる。
背中には柔らかい感触。耳元で囁く声色には、どこか蠱惑的な色が含まれている用に感じられた。
当然、アスカが黙ってそれを見ているはずがない。
「キーッ! 離れなさいよ、あんたたち」
「うるさいわね。サル」
「さ、さるー? この私をサル呼ばわりするわけー?」
「そうよ。惣流・アスカ・ラングレー、イニシャルだけとると『SAL』。ほらサルじゃない」
「なによ! あんたなんて1匹見たらあと30匹はいる、ゴキブリじゃないの。ゴキブリが私のシンジに近づくなんて、1億年早いのよ!」
「『私のシンジ』? いつから碇君があなたのものになったの?」
睨み合う二人。
その目には紅蓮の炎が宿り、視線がぶつかるところには電流がスパークしていた。(と、シンジの目にはそう見えた)
おそれをなして、そーっと部屋から逃げ出そうとしたシンジだが、
「シンジっ」
「碇君」
怒気をはらんだ二人の呼び声に、足を止めざるを得なかった。
「「どっちを選ぶの」」
「ど、どっちといわれたって・・」
ふたりの顔を見比べる。
「シンジっ! あんた、私とキスしたこと忘れたとは言わせないわよ」
「碇君。私の裸を見て、胸まで触ったことがあるわよね。責任はちゃんととってくれるでしょう?」
「えっと、あの、その・・・」
二人の美少女に詰め寄られて、シンジはどうすることもできない。
どう返事をしてもただではすまないのは火を見るより明らかだ。
そこへ
「ただいま」
声とともにミサトが姿を現した。
「あっ、ミサトさん。お帰りなさい」
救いの女神が来た。シンジはあからさまに安堵の表情を見せる。
「今日は加持さんとデートじゃ・・」
しかし、ただならぬミサトの様子に言いかけた言葉を止めた。
「ふん。知らないわよ、あんなバカ」
思った通り機嫌が悪い。おまけにかなり飲んでいるようだった。
「まったく、人がほんのちょっと待ち合わせに遅れただけで、他の女を口説いているなんて」
ぶつぶつとなにやら呟いていたミサトだったが、そのうちにシンジの方に向き直り、
「ねぇ、シンちゃん。私と結婚しなーい?」
酒臭い息とともに、とんでもない一言を吐き出した。
「そ、そんな・・・ ぼ、僕、まだ中学生ですし・・」
突然のミサトの発言。予想だにしなかったことで、シンジの返答もどこか的を外している。
「そんなの、愛があれば年の差なんて関係ないわ」
今度はミサトに詰め寄られる番だった。
「そうしましょ。シンちゃんは優しいし、家事はうまいし。きっといい旦那様になれるわ」
だきっ
と、放漫な胸のところでシンジの頭を抱きかかえた。
「・・・」
先ほどの、背中に味わったレイの胸の感触よりもずっと強烈である。
息苦しさよりも恥ずかしさでシンジの顔は真っ赤になっていた。
が、それもすぐに終わりを見せた。
レイとアスカがふたり掛かりで、シンジをミサトから引き離したからだ。
「ちょっとミサト、いい加減にしなさいよ」
「碇君がいやがっているわ」
シンジは別にいやがってはいないの(無論ミサトの行為のみ)だが、それを口に出すのはなんとなくはばかれた。
「なによ、乳臭い小娘どもがなんか文句あるわけ?」
「おおありよ! 三十路に手が届く年増が。そんなだから加持さんにも相手にされなくなるのよ」
「碇君がいい旦那様になれるのはわかるわ。でも葛城三佐はいい奥さんにはなれないでしょう」
「女王様気取りと偏食娘が何言ってんだか。口惜しかったら、私みたいなナイスバディーになってみれば」
「はん、下り坂直滑降のくせに」
「ばあさんは用済みよ」
「だーれがばあさんだってのよ!!」
部屋の中では醜い女の争いが続いている。
いつの間にかシンジは密かにベランダへと避難し、膝を抱えて物陰に隠れていた。
「ペンペン。おまえだけは僕の味方でいてくれるよな」
胸のところでぎゅーとペンペンを抱きしめる。あまつさえ頬ずりまでしていた。
「クエエ」
間の抜けたペンギンの声が、第三新東京市の空に響きわたった。
END
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