ここ?

もうちょっと右

ここ、かな?

あんっ、そこじゃないって。もうちょっと左よ。左

そんなこと言われても、僕、初めてなんだし。そんなに上手くはできないよ

しっかりしなさいよ。男でしょ

う、うん。もう一度やってみるよ

 シンジは再試行する。だが、

違うって言ってるでしょ

 とうとうアスカは怒りだしてしまった。

まったくもう! シンジったら下手くそなんだから

仕方がないだろう。そんなに怒鳴ることないじゃないか



− 誘 惑 −



「卑猥ね」

 ぼそっと、レイが呟いた。

「何か言った? ファースト」

 アスカが声のした方向にきつい視線を向ける。

「二人の会話が卑猥だって言ったのよ。声だけ聞いてると、何してるのか誤解されるわよ」

 レイは、リナ・インバースのような林原口調で答えた。

「何よ。ただテレビゲームしてるだけじゃない。そんなの勘違いする奴の方がスケベなのよ」

 アスカとシンジ、二人は新作のテレビゲームをしているところだった。
 アクションとパズルとシューティングとが組合わさったゲームで(どんなゲームだ?)、その言葉通りシンジがプレイするのは初めてだったらしく、横からアスカに口を挟まれながらかなり悪戦苦闘していた。
 画面には『GAME OVER』の文字が点滅している。

「だいたい何であんたがここにいるのよ!」

「いいじゃない別に、遊びに来たって。それとも来られて都合が悪かった?」

 アスカの問いかけに、フフン、と唇に小さな笑みを浮かべて答える。

「それより碇君」

 そして、その笑みの矛先をシンジへと向けた。

「私といいことしない?」
「えっ」

 シンジはもちろん、アスカまでも狼狽えている。

「ちょ、ちょっとあんた何言い出すのよ」

 レイはちらっとだけアスカの方を見ると、

「こんな乱暴な女の子より私の方がずっといいわよ」

 そう言ってレイはシンジの背中にしなだれかかってきた。

「テレビゲームなんかよりずっといいこと・・」

 首に腕を回し、ぴったりと密着してくる。
 背中には柔らかい感触。耳元で囁く声色には、どこか蠱惑的な色が含まれている用に感じられた。
 当然、アスカが黙ってそれを見ているはずがない。

キーッ! 離れなさいよ、あんたたち」

「うるさいわね。サル」

「さ、さるー? この私をサル呼ばわりするわけー?」

「そうよ。惣流・アスカ・ラングレー、イニシャルだけとると『SAL』。ほらサルじゃない」

「なによ! あんたなんて1匹見たらあと30匹はいる、ゴキブリじゃないの。ゴキブリが私のシンジに近づくなんて、1億年早いのよ!」

「『私のシンジ』? いつから碇君があなたのものになったの?」

 睨み合う二人。
 その目には紅蓮の炎が宿り、視線がぶつかるところには電流がスパークしていた。(と、シンジの目にはそう見えた)

 おそれをなして、そーっと部屋から逃げ出そうとしたシンジだが、

「シンジっ」
「碇君」

 怒気をはらんだ二人の呼び声に、足を止めざるを得なかった。

「「どっちを選ぶの」」
「ど、どっちといわれたって・・」

 ふたりの顔を見比べる。

「シンジっ! あんた、私とキスしたこと忘れたとは言わせないわよ」

「碇君。私の裸を見て、胸まで触ったことがあるわよね。責任はちゃんととってくれるでしょう?」

「えっと、あの、その・・・」

 二人の美少女に詰め寄られて、シンジはどうすることもできない。
 どう返事をしてもただではすまないのは火を見るより明らかだ。

 そこへ

「ただいま」

 声とともにミサトが姿を現した。 

「あっ、ミサトさん。お帰りなさい」

 救いの女神が来た。シンジはあからさまに安堵の表情を見せる。

「今日は加持さんとデートじゃ・・」

 しかし、ただならぬミサトの様子に言いかけた言葉を止めた。

「ふん。知らないわよ、あんなバカ

 思った通り機嫌が悪い。おまけにかなり飲んでいるようだった。

「まったく、人がほんのちょっと待ち合わせに遅れただけで、他の女を口説いているなんて」

 ぶつぶつとなにやら呟いていたミサトだったが、そのうちにシンジの方に向き直り、

「ねぇ、シンちゃん。私と結婚しなーい?」

 酒臭い息とともに、とんでもない一言を吐き出した。

「そ、そんな・・・ ぼ、僕、まだ中学生ですし・・」

 突然のミサトの発言。予想だにしなかったことで、シンジの返答もどこか的を外している。

「そんなの、愛があれば年の差なんて関係ないわ」

 今度はミサトに詰め寄られる番だった。

「そうしましょ。シンちゃんは優しいし、家事はうまいし。きっといい旦那様になれるわ」

 だきっ
 と、放漫な胸のところでシンジの頭を抱きかかえた。

「・・・」

 先ほどの、背中に味わったレイの胸の感触よりもずっと強烈である。
 息苦しさよりも恥ずかしさでシンジの顔は真っ赤になっていた。
 が、それもすぐに終わりを見せた。
 レイとアスカがふたり掛かりで、シンジをミサトから引き離したからだ。

「ちょっとミサト、いい加減にしなさいよ」
「碇君がいやがっているわ」

 シンジは別にいやがってはいないの(無論ミサトの行為のみ)だが、それを口に出すのはなんとなくはばかれた。

「なによ、乳臭い小娘どもがなんか文句あるわけ?」

「おおありよ! 三十路に手が届く年増が。そんなだから加持さんにも相手にされなくなるのよ」

「碇君がいい旦那様になれるのはわかるわ。でも葛城三佐はいい奥さんにはなれないでしょう」

「女王様気取りと偏食娘が何言ってんだか。口惜しかったら、私みたいなナイスバディーになってみれば」

「はん、下り坂直滑降のくせに」

「ばあさんは用済みよ」

「だーれがばあさんだってのよ!!」



 部屋の中では醜い女の争いが続いている。
 いつの間にかシンジは密かにベランダへと避難し、膝を抱えて物陰に隠れていた。

「ペンペン。おまえだけは僕の味方でいてくれるよな」

 胸のところでぎゅーとペンペンを抱きしめる。あまつさえ頬ずりまでしていた。

クエエ

 間の抜けたペンギンの声が、第三新東京市の空に響きわたった。


 END


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