白衣の天使達?





この作品を綾波マニア氏とBAK.ヤン氏に捧げる







「また……白い天井だ……」
少年は、眩いばかりの白の中で目覚めた。
全身にいまだ、けだるい感触が残っている。
暫くは、体のどの部分さえも動かすのがおっくうで、そのまま天井を、蛍光燈を、
白い空間を見続ける。
「どうしたんだろう………僕……」
真っ白な空間に浸されたせいか、頭の中まで白に侵された様にはっきりしない。
微かな蝉の鳴き声だけが聞こえている。
どれくらいそうして横になっていたのだろう。
少年には、ほんの数瞬にも、あるいは無限の長さにも感じられた時間に終りが訪れた。
コンコン
軽いノックの音が白い部屋に殊のほか大きく響く。
少年はけだるい頭を入口に向けた。
音もなくドアが開いていく。
その様子を、少年は何の感慨も無く、黙って見ていた。
入ってきたのは、純白のナース服。
少年は逆光でよく見えないその姿を確認もせず、また天井に視線を戻す。
これといった反応を見せずに、足音がベッドに近づいて来るのを聞くともなしに聞いていた少年の耳に足音以外の響きが入ってきた。
「………碇君…目が覚めた?……」
「あ…綾波!?どうしたの?」
そこに立っていたのは、少年が良く知っている少女。
空色の髪を輝かせ、微かにに微笑んで、純白のナース服に身を包んだ綾波レイが立っていた。
微笑みと、肌の白さと、ナース服の白さに輝いて立っていた。
びっくりして起きようとするシンジを優しく押さえつけてベットへ戻すと、
「痛い所とか……ない?」
心配そうな顔を寄せて聞いて来る。
「あ……いや……うん………ない。」
思いのほか近くにレイの顔を見てドギマギしてしまうシンジ。
心持ち、顔も赤くなっている様だ。
「そう……よかった。」
ドキッ
安心したように微笑んでいる綾波の顔を間近に見たシンジは自分の心拍数が跳ね上がるのがわかった。
「顔、赤いわ。……熱、あるの?」
そう言ったかと思うと、すっと顔を寄せ額をシンジの額に合わせる。
僅か数センチの空間を挟んで見詰め合う目と目。
ベッドに横たわったままのシンジの頬に綾波の髪が触れる。
髪の香りか、それとも綾波の香りだろうか、ほのかに甘い優しい香りがしていた。
なにか、心が休まるような感覚、そう感じた時、
【綾波さん、綾波さん。ナースセンターまで……】
「……熱も無いわ……私、呼んでるから行くわね。」
そう言うと、レイは額を放し、ドアに向かって歩き出した。
「あ、綾波!、……あの……」
どうしてかは解らない、だが、シンジは思わず声を掛けてしまっていた。
振り返ったレイは満面の笑みを浮かべほんのり頬を染めて、言った。
「……大丈夫!碇君は私が守るもの………」











レイが行ってしまった後、シンジは放心したように、先程のレイの微笑みと香りに心を囚われていた。
コンコン
どのくらい放心していたのだろう。
再び現実に引き戻されたのは、またもドアをノックする音だった。
「…はい、どうぞ。」
シンジが答えると同時にドアが開き、白衣を着た女性が入ってきた。
『あれ、……リツコさん………じゃない……』
入ってきたのは、予想していた金髪の女性ではなく、これもまたシンジの良く知っている、黒髪の、理知的な感じのする少女だった。
「山岸さん……どうして?……」
「……取り敢えず大丈夫そうですね。」
マユミは清楚な微笑みでシンジに答えると白衣を翻しベットに向かって歩み寄る。
「ちょっと……ごめんなさい。」
ささやくように言うと、シンジのパジャマのボタンを外しはじめた。
「いや……その……ちょっと待ってよ?……いったい何なの?」
あまりの妙な展開にパニックになっていたシンジもさすがにボタンを外され、
上半身をさらされるのは嫌だったらしい。
ボタンを外そうとするマユミの手を押しとどめた。
「恥ずかしがらなくて良いですよ。」
クスッと笑って、マユミはシンジの手を優しく握り、シンジに話し掛ける。
「簡単な触診をするだけですから。」
そう言いながら、シンジの手を戻してベッドに寝かせると、再びパジャマのボタンを外しはじめた。
同年代の少年と比べて決して肉付きのよい方ではない、シンジの肌の上を、
マユミの白くて細い指が、しなやかに滑って行く。
「ここは、痛くないですか?」
「ううん」
「それじゃあ…ここは?」
「大丈夫だよ」
マユミの、柔らかい指が自分の肌を滑って行くのを感じながら、シンジはいつしか目を閉じ、まどろみはじめる。
微かに残る意識の中でシンジは、清しい花の香りを意識した。





「碇君……」
マユミの声がした。
「碇君……」
綾波の声だ。
「「碇君……」」
二人の声が重なる。
「シンジ君……」
これはマナかな?
「シンジ……」
アスカの声。











「シンジ!」
「うわあ!」
「起きたか。…ならば早く支度をしろ!」
「あれ……父さん……」
寝ぼけまなこのシンジの視界に映し出されているのは………
先程までの、二人の美少女のどちらでもなく、
髭面にサングラスを掛けた中年男。
シンジの父親、碇ゲンドウその人だった。
「はあ…なあんだ、夢オチかあ!」
思わずため息を吐くシンジ。
「なにを、朝から訳の分からん事を言っている!起きるなら早くしろ!
でなければ帰れ!」
「父さん……何を言ってるんだよ。僕にはわからないよ!」
「今日から早朝ランニングにつきあう約束だ。忘れたとは……おまえには失望した!」
「あ……そうだった…」
「思い出したか、では早くしろ!」
「あ……ちょっと…待って…」
「どうした?」
「な、何でもないよ!」
バサアッ
ベッドの上でモジモジしているシンジを見たゲンドウは、ニヤリ、と口だけで笑うと、いきなり掛け布団を捲り上げた。
「……!!」
あわてて、下半身を押さえるシンジ。が、遅かった。
「ふっ、よくやったシンジ。……母さんにも教えてやろう。」
そういってゲンドウは踵を返し、部屋を出て行こうとする。
「うわあああっ、………さあ行こう!、すぐ行こう!ランニング行こう!」
一瞬にして、トレーニングウェアに着替えたシンジは、ゲンドウの手をつかむと、
有無を言わさず家の外へと引っ張っていってしまった。
そして、誰もいなくなった。













ガサゴソ
誰もいなくなったはずの部屋だが…………
ベッドの下から………空色の髪の少女が這い出してきた。
ゴソゴソ
クローゼットの中からも……黒髪の少女が……這い出してきた。
「「ふふっ………睡眠学習…寝ている碇君の耳元で私の事をささやき続ける作戦………
うまくいったわ。」」
二人そろって呟く。
「「……!」」
這い出してきたままの姿勢で、お互いを見る二人。
「「そう……あなたもなのね…」」
バシイッ
二人の視線が重なり、中央で激しい火花が散る。
ミシッ
部屋の入口で何かが拉げる音がした。
はっとして二人が入口を振り向くと………
そこには、ドアノブを握り潰したまま、バックにまるで不動明王の様に燃え盛る紅蓮の炎を背負ったアスカが立っていた。
「どういう事か、ゆっくり説明してもらうわ!」
二人の襟首をつかむと、アスカは二人を引きずったまま、部屋を出ていった。
「「……ご、ごめんなさいーーーーー」」
そして、今度こそ、誰もいなくなった。

















「………だ、誰か助けてえー…………」
夜這いをかけようとして、誤ってベッドの隙間にはまって動けなくなった霧島マナが見つかったのは、その日の午後だった。


おしまい




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