蝉の声が煩いほどに、響き渡っている。でも、
大きく開け放った窓のレースのカーテンをすり抜けてくる風が、秋の気配を感じさせる。
この街に四季らしきものが戻ってから、三度目の夏の終わり。
心地よい温度の風。
その涼やかな風が、窓に向けて置いてある机の上の、薄桃色の便箋を揺らめかせている。
便箋には流麗な文字が綴られていた。
碇シンジ様、お元気ですか?。私は元気です。
この街に、新しく生まれ変わってやってきてから4年、越してきた当初は、バタバタしちゃったけど、
周りの人たちが親切な人ばかりで、とっても助けられました。
おかげで、高校にも無事合格できたし、何事もなく平穏にとは言わないけど、
とりあえずは、かわりばえのしない平凡な日常を過ごせています。
サードインパクトの時はちょっと大変だったけど、こっちでは大きな被害もなかったし、
それよりも、碇君達が無事か心配でした。
無事だって聞いたときはとってもホッとしちゃった。
何度も連絡しようと思ったんだけど、………
できなかった。………
ごめんね。
でも、本当に心配したんだよ。だって、多分碇君が関係してるってわかってたから…
ほんとに、ホッとしたの。ほんとうに。
あの時と逆だね。ほら、私がカプセルから救出されて病院にいた時来てくれた、あの時。
碇君、とってもホッとした顔してたもん。
うれしかった。心配してくれたんだって。
今でもね、あの頃の事、よく思い出すの。
初めて会った時の事。
デートの時の事。
ミサトさんの家におよばれした時の事。
病院から逃げ出した時の事。
助けに来てくれた時の事。
全部、忘れてない。今でもはっきりと思い出せる。
たまにね、夕日を見てるとね、思い出すのよ。
山上での初めての……KISS。
あはは、書いてて恥ずかしくなってきちゃった。
実はね、私、今度第三新東京市に行くの。
大学ね、そっちの大学を受験する事にしたの。
下見も兼ねて、○月○日に、行くの。
その時に、もし良かったら、会いたいの。
迷惑じゃなかったらだけど………。
デートに行った時と同じ場所で、○時に……待ってる。
もし……もし、来てくれたら……
ううん。何でもない。
それじゃ、長々と乱筆乱文でごめんなさい。
お体に気をつけて、お元気で。
PS. 一つだけお願いがあるの。もし、来てくれたら、もし、会えたら……………
何も言わず、・・・・・・・思いっきり抱きしめてね。シンジ。
窓からは、変わらず涼やかな風がそよそよと流れてくる。
便箋は、風に煽られて、机の上でひらひらとはためいている。
少し強い風が、窓から飛び込んできた。
便箋は、風に運ばれ、部屋の床の上に舞い落ちた。
ガチャ
部屋のドアが開いて、部屋の主が入ってくる。
床に落ちた便箋を、見つけると、拾い上げて机の上に戻す。
窓から射す、夏の日の照り返しに映るその背中は、すでに少年とは呼べない広さがあった。
便箋を机に置くと、重しの変わりに、机においてあったフォトスタンドを上にのせ、
部屋を出ていこうとする。
クエエッ
彼の足元でなにか訴えるように、小さな生き物が一声鳴いた。
「おまえも、いっしょに迎えに行きたいんだね」
そういうと、連れだって部屋を出ていった。
そして、閉まる部屋のドアを、フォトスタンドの中の、楽しそうに腕を組んで微笑む少女と、照れて緊張した表情の少年が見ていた。