あなたは今、古い写真の整理をしている。
二か月後に迫った結婚を控えて、新居に持っていくものを整理するついでに写真も整理
しているというところだ。
この時代、写真などというものはデジタル情報として整理するのが普通であったが、な
ぜかここではその常識は通用していなかった。
この家にある写真は、その6割以上が前世紀から使われている感光式のフィルムを使っ
た写真である。
昔、なぜデジタルカメラを使わないのかと、母に聞いたことがあったことをあなたは思
い出す。
「ん?  ああ、母さんの母さん………つまりあなたのおばあちゃんがフィルム好きだっ
たのよ。だから、おばあちゃんたちの写真もそのほとんどがフィルムだし、その影響で
母さんの写真もフィルムになったのよ。母さんもね、学生時代の一時期デジタルカメラ
を持ったことがあるんだけど………フィルムに慣れてしまうとデジタルフォトは見れた
ものじゃなくってね、結局我が家でもカメラは前世紀のスタンダード………今では一部
のアーティストしか使わない高価なフィルムを使っているのよ。」
母のその台詞を思い出して少し苦笑いする。
確かに、今時フィルムなんて誰も使わない。
通常のデジタルフォトよりもコストが数倍になってしまうからだ。だから今ではカメラ屋さ
んへ行っても昔ながらのフィルムを使うカメラはめったに扱っていない。フィルムにしても、
カメラにしても、注文して取り寄せない限り手に入れることはできない時代になっている。
この事実だけで、通常は誰がフィルムを使うのか、少なくとも一般家庭でスナップに使
うようなものではないことが分かる。
二日かけてようやく整理の終わった写真の山を見て、あなたは溜め息をついた。
通常のデジタルフォトであればフロッピー一枚程度に収まる量しかないのに、目の前
に積み上げられているアルバムは4冊にもなる。
もう一度溜め息を付いたところで母のアルバムと目が合った。
まだ数えたほどしか開いたことがない母のアルバム。
前回開いたのは小学生の頃だったように思う。
母の少女時代がどんなだったのか、好奇心に駆られあなたはアルバムを開いた。
アルバムを開いた瞬間に、あなたは自分が母親似であることを痛感する羽目になる。  
写真の中の少女が驚くほど自分と似ていたからだ。
おまけに、七五三の時の写真は着ている着物も場所も同じ物である。
違っているのは、母の七五三の写真には若かりし頃の祖父母と母の三人だけが写ってい
るのに対し、自分のものは、年老いた祖父母と若かりしころの両親に自分を合わせた五
人が写っているということくらい。
祖母や祖父があなたを見る度に「ほんとにレイカに似ている」といっていた理由がよく
分かると言うものだ。
はっきり言って、これでは似ているというよりも同一人物といったほうがしっくりくる。
あきれながらもあなたはアルバムのページをめくっていく。
母の幼稚園の頃の写真に続き、小学校時代の写真になる。当たり障りのない小学生だっ
たようだ。吹き出したくなるような写真も幾つかあった。
アルバムが変わって小学校の卒業式の写真になる。
そしてすぐに中学校の入学式。
ダブダブの制服を着た母が可愛い。
パラパラとページをめくっていったところで、あなたは一枚の写真に目を止めた。
中学生くらいの女の子と男の子のツーショットである。
その一枚だけ、ほかの写真とは違った雰囲気を持っている。
緊張した面持ちの男の子と、ちょっと大人びた笑顔で男の子の腕に抱き付いている女の
子。どこかの観光地で撮ったと思われるその写真、一見どこにでもありそうな風景だけ
ど、このアルバムにあることが異様に不自然だった。
そう、写真の女の子が母ではなかったのだ。
あまりにも不自然すぎる。
確かに、この写真だけ見せて「母です」と言えば、十人中十人が納得するだろう。しか
し、母の小学生時代の写真を見せた上でこの写真を見せれば、十人中十人が別人だと気
付くだろう。
似てはいるが別人………それも近い親戚の人物………というのが真相のようだ。
写真の真実を知りたくて、あなたは母親を呼んだ。
「あれ?  ………おばあちゃんとおじいちゃんに見えるんだけど………おかしいわね。
あの二人が出会ったのは24か5のときのはずなんだけど………。明日にでもおばあち
ゃんかおじいちゃんに聞いてみたら?  ちょっと母さんには分からないわ。ごめんね、
役に立てなくて………」
母は済まなそうにそう言ってキッチンへと帰っていった。
あなたはしばらく考え込んで結論を出す。
そして翌日、あなたは例の写真のカラーコピーを持って祖父母の家を訪ねる。




  その後〜二つの奇跡が二人を導く〜


     written byMykey




「あらいらっしゃい。今日はどうしたの?」
玄関であなたを迎えてくれたのは、相変わらず若い祖母だった。
あなたは靴を脱ぎながら、二人に聞きたいことがあることを伝える。
「聞きたいこと?  まぁいいわ、紅茶を用意するから少し待ってて………、あなた〜、
ちょっといいですかぁ?」
祖父母の家は相変わらず独特の雰囲気があった。
そこだけ時間の流れが違うかのように、のんびりとした空間。
「良く来たね。」
祖父も相変わらず、元気そうだった。
「庭の西瓜に水をやっていてね。ミサトの結婚式にはどうやら間に合いそうだ。今年も
いい出来だぞ。」
祖父は農家でもないのに西瓜を育てている。
昔、なぜ西瓜を育てるのか聞いたことがあった。
『この西瓜はある人からの預かり物でね、その人が帰ってくるまで枯らさないように育
てておく約束なんだ。』
確か祖父はそんな事を言っていた。
でもそれはあなたがまだ小さい頃のことだったはずなのに、今でもまだ西瓜を作り続け
ているということは、それから今に至るまでその人は帰ってこなかったということにな
る。しかも、昨日見た母の写真の中に、この西瓜畑があったような気もする。だとすれ
ば、この畑はあなたが生まれる以前からあったことになる。
ずいぶんと長く人を待つんだなと、あなたは感心しつつ祖父の言葉にうなづく。

紅茶とケーキ、そしてあなたが持ってきた写真のコピーを前に、祖父母は固まっていた。
まるでここにあってはならない物がそこにあるかのような、そんな驚きぶりである。
固まったままの祖父母に、あなたがここへきたわけをゆっくりと話す。
母のアルバムに挟まっていた一枚の写真。
妙な違和感を感じたので母にその写真について尋ねてみたところ、母が祖父母なら知っ
ているかもしれないと言ったこと。
母にそう言われて、それでここまできたと祖父母に伝える。
あなたが話を終えても、祖父母は固まったままだった。
やがて、震える手で祖母が写真に手を伸ばす。
愛しそうに写真を胸に抱き、突然祖母が涙を流し始めた。
驚いたあなたが立ち上がろうとすると、それを祖父が止めた。
「すぐに落ち着くから、少し時間をくれないかな?」
祖父はそう言って、あなたの返事を待たずに祖母を支えて部屋を出ていった。
一人部屋に残されたあなたは、何が起きたのか分からずにただ呆然としている。
写真を見たときの二人の反応。
そして、ただ事ではなさそうな祖母の様子。
気になることは山ほどある。それらに決着を付けるためにここへきたはずなのに、かえ
って謎が増えてしまったようにあなたは感じた。
あれこれとあなたが悩んでいるうちに、二人はかえってきた。
「ごめんなさいね。とりみだしちゃって………」
席に戻りつつ、祖母はそう言って謝った。
祖母が席につくのを待ってから、あなたは再び写真について尋ねてみた。
祖母はちらりと祖父のほうを見る。祖父はゆっくりとうなずいた。
「………この写真はね、確かに私たち二人よ。そして………ここにあってはならない写
真………。今から話すことをだれにも話さないと誓ってくれる?」
あなたは無言でうなずく。
「………ありがとう………そう、それは私たちが14才だったときのことよ………」
そう切り出した祖母が語った内容は、とても信じられるものではなかった。
もし、祖母の語った内容が事実であり真実であるならば、文字通り歴史が変わってしま
う。
グラグラする頭を支えて、よろよろと家にたどり着いたあなたは、心配そうな両親に少
しの笑顔を見せて床に就く。
あなたの祖父母は、あなたが思っていた以上に偉大だった。


やがてあなたは結婚して子供を産んだ。
生まれてきた子供は二卵性の双子で、男の子と女の子が同時に生まれた。
そこであなたは周囲の反対を押し切って、偉大な祖父母の名前を二人の赤ん坊に与えて
やることにした。
自分らと同じ名前の曾孫を、あなたの祖父母はなんだか複雑そうな表情で見守っていた。
それから6年。
二人の曾孫が小学生になるまではと頑張っていた祖父が、二人の入学式を見届けたとこ
ろで死んでしまった。
風邪をこじらせて肺炎を併発してしまったための………いわゆる老衰と言っても差支え
ない死に際だった。
祖父が死んでから、祖母はめっきり口数が減ってしまった。
あれ程若々しかったのに、年相応かそれ以上に老けて見えるようになった。
そして、祖父が死んでからちょうど一年。
同じ日の同じ頃に、祖母も死んでしまった。
不思議だったのは、あれ程老けて見えていた祖母が、死ぬ三日前くらいから急に若く見
えだしたことだ。
結局、死に顔は年相応に老けてはいるものの、同じ年の老人と比べればはるかに綺麗に
なっていた。
死ぬ前日の祖母の遺言で、遺影には例の写真が使われることになった。
皆その写真を見て一様に首をひねっていたけれど、あなたは黙ってそれを見ていること
にした。

祖母の葬儀の帰り道、小さな公園の片隅のベンチに、夫と二人で並んで座っても、話題
はやはりあの遺影だった。
あなたの夫はどうやらあの遺影については否定的な意見を持っているようで、さっきか
らぶつぶつと文句ばかりを言っている。
「ま、あの二人は良く分からない人たちだったからな。」
そう結論付けて、夫は二人の子供を捜して視線を泳がせる。
二人はブランコをこいでいる最中だった。
キャッキャと楽しげに笑う二人に目を細めて、夫はつぶやく。
「分からないといえば、ミサトも分からないよな。よりによってあのばあちゃんらの名
前を使わなくてもよかったろうに………。」
そのつぶやきに曖昧な笑みを返して、あなたは立ち上がった。
「ん?  そろそろ帰るか?」
あなたがうなづくのを見て、夫も立ち上がる。そして、双子の可愛い子供の名を呼ぶ。
「お〜い  マナ〜!  シンジ〜!  帰るぞ〜!!」



−THE  END−




参愚者のコメント

尾崎 「次はシンジとマナの結婚式かと思ったのに早送りされてる(笑)」

ゆさく「チミの書いてる裏庭SGだって次世代モノじゃないか。
    いい話は誰がメインでもいいものだよ。」

加藤 「マナって美味しい?」(←すいません、まだ読んでません(^^;)


ちょっと短めに後書き

こんにちは、Mykeyです。
前作からまだ1ヶ月も経っていないのに、もう最終話の発表ということになりました。
「二つの奇跡が二人を導く」ようやく完結しました。
まずは完結までの三作の掲載を快く承諾して下さった四国の三愚者の皆さんにお
礼です。
ありがとうございました。
続いて、ここまでの三作を読んで下さった読者の皆さんにお礼です。
ありがとうございました。

ほんとに短くなってしまいましたが、これにて後書きを終わらせてもらいます。
ではみなさん、機会があればまた別の作品でお会いしましょう。

'99.8.27 Mykey


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