「第三芦ノ湖には伝説があってね…昔、天使が居たんだ。人々に幸せをもたらす天使がね。

 天使はある少年を好きになってしまった。でも天使は人間を好きになってはいけなかった。

 だから天使はその少年に話しかける事もなく、ただその瞳で少年を見つめているだけだった。

 …ある時「光の大蛇」が現れ、次々と人々を襲い始め、ついには少年にまで襲いかかった。

 …そして天使はその命と引き替えにその大蛇を滅ぼしたんだ。少年への一筋の涙と共に…。

 それをみた神様は心を打たれ、その天使の涙をもとに、澄んだ湖を産みだした。

 …って言う伝説が第三芦ノ湖には在るんだ。第三芦ノ湖はその天使の、少年に対する

 愛の印ってところかな?」

 

「ねぇねぇ!ホントホント!?」

「へ〜ぇ、ロマンチックぅ〜(はぁと)」

「碇先生、こう云う事にお詳しいんですね。」

「ねぇ、あそこで結ばれたカップルは永遠に幸せになれるんだって!」

「ハハハ…じゃあ今度みんなで第三芦ノ湖に行ってみようか?」

「「「「「「「「ぅわ〜いっ!!」」」」」」」」

「じゃあ今日はこれまで。」

「起立!礼!」

 

 西暦2025年初夏、青葉が眩しい。そんな事を思いつつ僕―碇シンジ―は教室の

窓の外に視線をやる。するとトビが悠然と空を舞っているのが見える。

 僕は今、小学校で教鞭を振るっている。予備パイロットとしてネルフにも籍はあるが。

僕は授業の時に子供達に色々な話をする。愉しい話、悲しい話、自分の話、仲間の話を…。

 

 子供の反応は至って素直だ。僕がした話の中で、特に第三芦ノ湖の伝説は子供の反応が

良い。小学生とはいえ、僕の受け持ちの5年生は多感な年頃だからなのだろうか?

 

 …伝説…か。みんながそう信じているならそれでいい。この湖の真実は語るべきではない。

そう、語ってはいけない…。それが僕に出来る、最大の償いなのだから。

 

 

「碇先生…泣いてるの?」

 

 

 

 

 

 

「…零号機を32番から地上に射出。弐号機はバックアップに回して…そう、初号機は

 私の権限では凍結解除できないわ…。」

 

 戦闘配置を淀みなく指示するのは作戦部作戦局第一課、葛城ミサト三佐。

 

「…使徒を肉眼で確認…か。」

 

 青のアルピーヌ・ルノーを駆りつつ呟くミサト。その視線の先には輝く螺旋の輪

―使徒―が悠然と滞空している。その動作はある種の美しささえあったが、ミサトは

それを見て舌打ちすると、アクセルを更に踏み込む。その濃褐色の瞳に怒気を湛えて。

 

 それと時を同じくして、零号機が地上に射出される。そして弐号機もまた、地上に射出

される。ただ弐号機パイロット―アスカの表情は生彩を欠いていたが。

迎撃地点でライフルを構えてその身を隠す零号機。そのプラグ内で使徒を見据えるレイ。

その様は研ぎ澄まされた日本刀の切っ先にも似ていた。

 発令所ではMAGIによる使徒の分析が行われていたが、データ不足のために思う様な

結果が得られない。…迂闊に手が出せない状況である。

 

「あれが固定形態でないことは確かね。」

「レイ!しばらく様子を見るわよ!」

「…いえ、来るわ。」

 

 レイの言葉をきっかけに、それまで滞空していた光の螺旋は互いに絡み合い、

輪は途切れ、一本の光の蛇となり、零号機に躍りかかった。

 

「…!」

「レイッ!応戦してっ!」

「ダメです!間に合いません!」

 

 蛇は零号機の腹部に、A.T.フィールドさえも貫き、噛みついた。刹那、零号機の

下腹部を喰らっていく…浸食していく。ミギミギと厭な音を立てて。

 

「使徒が積極的に一時的接触を図っているの!?」

 

 零号機内部―レイの肉体にも変化が現れていた。何かがレイの身体を…肉を這っている。

血管とも根幹とも思える物がプラグスーツ越しにレイの肉体を這っているのだ。

 

「…ん…ぅくっ…。」

 

 苦痛とも快楽ともつかない感覚がレイを取り巻いていく。レイは歯を食いしばり、身を

捩らせそれに抗う。レイに倣い零号機も藻掻く。しかし使徒は尚も零号機を浸食していく。

 

「アスカ!レイの救出急いで!エヴァンゲリオン弐号機、リフトオフ!」

 

 事態を深刻と見たミサトは即座にアスカにレイ救助を命ずる。だが弐号機は沈黙して

いた。その事態に柳眉を僅かに動かすミサト。同時にオペレータが悲痛な声で報告する。

最悪に最も近い、深刻な事態を。

 

「駄目です!アスカのシンクロ率が2ケタを切っています!」

「…アスカッ!」

 

「…動かない…うごかないのよぉ…。」

 

 俯いたアスカの小さな肩は小刻みに震えていた。

 

「戻して!早くっ!」

 

 今まで静観していた男…総司令、碇ゲンドウがその口を開いた。

 

「現時刻を以て初号機の凍結を解除。直ちに出撃させろ。」

「え…っ!?」

「出撃だ。」

「…はい…ッ。」

 

 ミサトは平静を装いつつ初号機に出撃命令を下した。ただ心の隅にある、黒い染みにも

似た疑問がさらに肥大化していくのを感じていた。

 

…何故碇司令はああまで初号機と…レイに固執するのか…?

…碇司令は何を企んでいるのか、何をしようとしているのか…?

…何にしても、只事じゃすまなそうね…。

 

 ミサトの舌打ちと共に地上に射出される初号機。今は零号機の…レイの救出が最優先

事項である。そして動く事のなかった弐号機は格納庫へと運ばれていった。

 

「…何よ…アタシの時は出撃(ださ)なかったクセに…ッ。」

 

 アスカから小さな嗚咽が聞こえる。それは本来、号泣するに等しい屈辱であった。

アタシよりもあの人形女に価値があるなんて…!

 

「…シンジぃ…。」

 

 胸の奥に微かに痛みを感じさせるその呟きは…誰にも届く事はなかった…。

 

 それと時を同じくして初号機は轟音と共に地上に現れた。リフトのシャッターが開くと、

その眼の前で零号機が使徒に浸食されていた―為すが侭になっていた。零号機―レイ―は

必死に抵抗しているのだろう。シンジは零号機の動きからそれが推測できた。

だが、その動きが弱々しくなっていき…遂に沈黙した。大きな痙攣を断末魔にして。

それはパイロットにも少なからず変化をもたらしているだろう事は想像に難くない。

それは耐え難き肉体的苦痛。

それは度し難き精神的苦痛。

それとも…死。

 

「…綾波ッ!!」

 

 初号機―シンジは激昂と共にA.T.フィールドを展開し、レイの救出へと向かおうとした。

刹那、今まで零号機を浸食していた蛇は、もう一つの先端を初号機へと向け、躍りかかっ

た。先程とは比べ物にならない程の鋭さで。シンジはそれを紙一重で回避した。だが更に

蛇は迫ってくる。更なる機敏な動きで。…そこでシンジは自分の眼を疑った。

 

 沈黙したはずの零号機が初号機に近寄ってくるのである。生ける屍の如く、ゆっくりと、

しかし着実に初号機に歩み寄っている。その腹部から光の蛇を踊らせつつ。

その異様な光景にシンジは恐怖めいた物を感じていた。

 

 …果たして発令所は沈黙を守っていた…誰も声をあげることが出来なかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん…ぅくっ…。」

 

 時間を少々遡る…肉体を使徒に蝕まれているレイは、その眼を閉じ、歯を食いしばり

つつ、その苦痛に…しかしそのどこかに潜んでいる快楽に耐えていた。

 

 …どれだけ耐えたのだろう…不意に彼女の意識下に彼女自身の声が響いた。

レイは声の主に問う。「綾波レイ」を形作る「ココロ」の声で。

 

 

…誰?

…私…。

…エヴァの中の私。

…いえ、私以外の誰かを感じる。

 

 ややしてレイは眼を開けた。その眼の前には金色の凪の海が広がっていた。そして

そこには、半身を海に浸した自分自身の姿―「レイ」―が俯き加減に立っていた。

レイは問いかける。己の姿を模したそのモノに。

 

「あなた誰?…使徒…私たちが使徒と呼んでいるヒト?」

 

 それを意に介さず「レイ」は問いかけた。今の己の姿の基になっているヒト―レイ―に。

 

…私とひとつにならない?…

 

 それに対しレイは滔々と答える。一点の淀みなく。

 

「いいえ、私は私…あなたじゃないわ。」

 

 さらに「レイ」は言葉を―現実―を投げかける。

 

…そう…でもだめ…もう遅いわ。

…私の「ココロ」を、あなたにも分けてあげる。

…この気持ち、あなたにも分けてあげる。

 

 レイの身体を根幹が這い出しはじめる。ミギミギと厭な音を立てて。

だが、その速度はあまりにもゆっくりであり、結果としてそれはレイの鳩尾の辺りで

止まった。だがレイの表情は僅かに歪んでいた。

 

…痛いでしょう?

…ほら…「ココロ」が、痛いでしょう?

 

「痛い…いえ、違うわ…サビシイ…そう、サビシイのね…。」

 

 レイは、その瞳を僅かに絞った。それに何の感情も込めずに。

 

「独りが嫌なんでしょう?私達は沢山いるのに、独りでいるのが嫌なんでしょう?」

 

…それが…サビシイというの?…なら、それはあなたの「ココロ」よ。

…カナシミに満ち満ちている…あなた自身の「ココロ」よ。

 

 ミギッ…レイの身体を根幹が僅かに這う。だがレイも、それに意を介さず言葉を返す。

今の自分の「ココロ」を形作っている現実を。

 

「違うわ…私はサビシくなんか、無いもの。私はカナシくなんか、無いもの。」

 

…そう。なら、これでも?

 

 「レイ」は薄く、残酷そうな笑みを浮かべると、その輪郭が急速にぼやけていく。

そして、レイの眼の前に現れたのは碇シンジと…惣流・アスカ・ラングレーだった。

レイの肩が、身体がピクリと反応する。その表情は凪のままだったが。

 

―き〜んこ〜んか〜んこ〜ん―

「ねぇねぇシンジぃ、お弁当一緒に食べよ♪」

「うん、じゃあ屋上に行こうよ。とっておきの場所があるんだ。」

「とっておきの…うんっ!」

 

「給水タンクの上なんだけど…どう?」

「シンジと二人きり…うん…うんっ!」

 

「ほらアスカ、アスカの好きな一口ハンバーグだよ。あ〜ん、して♪」

「うん!あぁ〜ン♪」

「ホラ、どう?アスカ。」

「うんッ!とってもおいしい!シンジの愛がいっぱいいっぱいつまってる♪」

「よかったぁ。僕も一生懸命作った甲斐があったよ。」

「ねぇシンジ。アタシのも食べさせてあ・げ・る(はぁと)。」

「あ、うん。じゃあ僕はこの卵焼きがイイなぁ♪」

「うん♪いいわよシンジ♪。んじゃ、あ〜ん、して(はぁと)。」

「あぁ〜ん…ン…むぐむぐ…。」

「ねェねェシンジ!…どぉ?」

「うん!とっても甘くておいしい。まるでアスカみたいな味だよ(はぁと)。」

「あン♪もう…シンジったらぁ…そんな事ばっかり言ってるとこうしちゃうん

 だから!」

 

―がばちょ!!―

―ぅちゅっ

 

「ごちそうさま、ア・ス・カ♪」

「どういたしまして、シ・ン・ジ(はぁと)」

 

「…っ!」

 

 レイの顔は強張っていた。そしてその掌は何時の間にか拳に変わっており、それが

小刻みに震えていた。…レイ自身は気がついていないが。

 

…痛いでしょう?

…ほら…「ココロ」が、痛いでしょう?

 

「痛い…いいえ、サビシイ…違う…この感じ…わからない…。」

 

…羨ましい?…

 

「…ウラヤマシイ…望ましい相手の状態を見て自分もそうなりたいと思うこと…

 

 レイの身体が大きく反応した…否、「ココロ」が大きく反応した…。

 

「…私も、碇君とこうなりたいのね…碇君と食事を摂りたいのね…そして…

 碇君と…唇を重ねたいのね…。」

 

 そしてレイは両掌を胸の上に重ね、眼を閉じる…今、眼の前で起こった状況を己の姿と

重ねることをレイは試みた。しかし、うまくイメージできない。

…そういう経験が無いから。

…私は…ヒトじゃないから。

レイの表情がほんの僅かだが曇った…サビシそうに。

 

…ほら、あなたが望むことをイメージできない。あなた自身のことなのに。

「…。」

…あなたが望むなら、見せてあげるわ。あなた自身が望むことを。

 

 再び「レイ」は薄い笑みを浮かべ、その輪郭を薄れさせていく。はたしてそこには

碇シンジと…綾波レイがいた。だがレイは若干の違和感と戸惑いを感じていた。何故なら

眼の前の自分は…頬を桜色に染めて、微笑んでいたのだ。

だが、レイの違和感とは関係無しに、眼の前の事態は進行していた。

 

き〜んこ〜んか〜んこ〜ん

「綾波!」

「何?碇くん。」

「その…お昼ごはん、一緒に食べない?」

「碇…くん…ええ、一緒に食べましょう。」

「じゃあ、屋上へ行こうよ。今日は晴れてて、雲がなくて、気持ち良いからさ。」

「…ええ、一緒に行きましょう。」

 

「へぇ、綾波も随分料理が上手になったんだね。おいしそう。」

「…碇くんが喜んでくれると思って…だから…食べて…ほしいの…。」

「…!…ありがとう。じゃあ、その煮付けから…。」

「食べさせてあげる。」

「あ…ありがとう。んあ…。」

「…はい。」

「むぐむぐ…うん!おいしいよ!綾波!」

「よかった…碇くん。たくさん食べて。」

「うん…でも、僕のも食べて欲しいんだ。…気持ち…込めて作ったから…。」

「気持ち…碇くん…その…私も…食べさせて…ほしいの…。」

「う…うん…じゃあ…あ〜ん、して。」

「え…ええ…あ、あー…ん…ン…。」

「…どう?綾波…。」

「…おいしい…とてもおいしい…。」

「よかったぁ…。」

「これが…碇くんの気持ち…うれしい…嬉しいのね、私。」

「…あやなみ…ありがとう…。」

「感謝の言葉を言うのは私の方…ありがとう、碇くん。」

「…あや…なみ…。」

「碇くんの気持ち…もっと…欲しいの。」

「う…うん、いくらでも食べてよ!」

 

「…。」

 

レイの顔は「とても」ほころんでいた。彼女は普段感情を表に出さない。自らの「業」

を知る彼女は、自らを護る為に感情をココロの氷室に閉ざしている。だが彼女の今の顔は

「表情はないが、何処か嬉しそうに見える様な気がする」位の物なのだが、とにかく、

「とても」ほころんでいるのである…本人は気が付いていないが、頬がうっすらと桜色に

染まっている所でそれが推測できる。

 

…これはあなたの願望。あなたは、こうなりたいと願っているのよ。

「…そう…なのかも知れない。」

 

―ミギミギミギッ―

 

 そんな中、レイはふとある台詞を思い出す。サードチルドレン―碇シンジ―が、やわら

かい笑顔と共に言った台詞を。

 

…綾波って、案外主婦とか似合ってたりして…

 

 その台詞がレイの意識下を巡っていた。するとレイの表情が「さらに」ほころんだ。

そして「レイ」は、それに過敏に反応した。まるで新しい玩具を見付けた子供のように。

…或いは邪悪な薄ら笑みを浮かべた「残酷な天使」のように。

 

…主婦…あなたはこうなりたいとも思うのね…

 

 そしてレイの眼の前で繰り広げられている、幸せそうなレイとシンジの様子…題して

 

レイちゃん恋日記―中学校編―』(題字;アルミサエル)

 

は「レイ」の薄ら笑いと共に再び薄れていった。ややしてレイの眼の前に現れたのは…

再び碇シンジと綾波レイだった…否、碇シンジと…その妻、碇レイだった。

 

―プシッ!ヴィィン!プシッ!―

「…ただいまぁ。」

「お帰りなさい、あなた。お食事にします?それともお風呂にします?」(ニコ)

「うん、お腹空いたからご飯にするよ。」(にこ)

「ええ、わかりました。」

 

「へぇ、いつもながらおいしそうだね。」

「いつもあなたを想ってつくっているんですから…。」(ぷくぅ)

「ハハハ、それはごめん。でも僕もね、いつもレイを想って食べてるんだ。」(にこ)

「あなた…。」

「だから、いつもご飯がおいしいんだよ。レイ、何時までも僕にご飯をつくってくれる?」

「ええ…何時までもつくらせていただきます…あなたへの愛を…込めて…。」

「ありがとう…レイ。」

「あなた…シン…ジ…。」(うるうる)

「ほらレイ、泣かないで…一緒に食べようよ。ね?」

 

 

―ざばぁぁぁぁ…―

「ふぅ、相変わらずいい湯加減だな…。」

「あなた…背中…お流しします。」

「な…れ…レイ…!」

「やン♪見ないで(はぁと)」

「…い…イヤいいよレイ…一人で…出来るから…。」(狼狽)

「ダメ…なんですか?」(くすん)

「(うおっっ!?)…イヤ…お…お願いしよう…かな…なんて…。」

「…よかった(はぁと)」

―ごしっ、ごしっ―

「うん、気持ちいいよ、レイ。」

「(シンジの背中…私だけの背中…男の背中…とても愛おしい…。)」

 

―ぴと―

 

「…ッッ!!」(大狼狽…まだ慣れていないらしい)

「あたたかい…あなたを…シンジを感じる…。」

「…あ…あの…レイ…。」

「おねがい…このままで…いさせて…。」

「…。」(ちょっとキマリ悪そうな顔)

 

 

「レイ、明日もいつも通りの時間でいいよ。」

「わかりました…あなた…ン…。

わかってるよ…レイ。

―ちゅっ―

おやすみ、レイ。

おやすみなさい、シ・ン・ジ。

―ちゅっ―

 

 

―トクン…トクン…トクン…―

「(…レイ…)。」

「(シンジの心臓の音が…心の音が聞こえる…幸せなのね…私)。」

 

「…。」

 

 レイの顔は真っ赤に染め上がっていた。空色の髪に隠されたその耳さえも真っ赤に。

その様は彼女の白いプラグスーツと見事にコントラストを成している。

 

…どう?これがあなたが「主婦」になった時の可能性。

…そう…題してレイちゃん恋日記―新婚編―これもあなたの可能性。

「…いい。」

 

―ミギミギミギミギミギミギミギミギミギミギミギッ―

 

 そんな中、レイはある場面を思い出す。それは…或る夏の日の、出来事…。

 

 

―無機質なコンクリートに横たわる私の身体、肢体―

―それは「生」とは無関係と思わせるほど、より無機質なモノ―

―でも、私は生きている―

―ヒトとして、生きている―

―それに覆い被さるサードチルドレン…碇君―

―私の鼓動の側に、碇君を感じる―

―私は、生きている―

 

…どいてくれる…

 

 

 刹那、レイの顔がぼんっ!という効果音と共に、更に赤くなった。

その印象的な紅の瞳も更に紅味を増した様に見える。

そして何かから逃れるかのように、その視線を下に向けた。

 

「…碇…君。」

…そう…ぅおぉぉぉぉっっけぇぇぇぇぇぇぇ…ッ!

 

 「レイ」が嬉々とした表情で頷いた…その表情は先程まで「彼女」が見せていたあの

薄笑いではなく…喩えるなら…そう、「顔面是口」「チェシャ猫」「ミサトさん」の笑み、

というヤツである。

 

そして「レイ」はその姿をぼやけさせる。

…レイに「ココロ」を分けるために。

…レイと融合―ひとつになるために。

 

 …本当にそれだけ?

―プシッ!ヴィィン!プシッ!―

「…ただいまぁ。」

「お帰りなさい、あなた。お食事にします?」(ニコ)

「いや、まだいいや。」

「じゃあ、お風呂にします?」(ニコ)

「ん、それもいいや。」

「え…と、じゃあ何を…。」

「…やっぱり、食事にしよう。」

「ええ、わかりました。」

 

―ぎゅ…っ―

 

「…え…?」

「…レイを…食べたいんだ。」

「あなた…シン…ジ…。」

「レイ…ん…ッ…。」

 

―シュルッ…シュルッ…ぱさ…っ―

 

 

ぼうっ!!

ビクンッ!

―ミギミギミギミギミギミギミギミギミギミギミギミギミギミギミギミギミギッ―

 

 レイの精神は爆音と共に蒸発した。そしてその顔は…ただひたすらにかった…。

それに倣い零号機は、その身体を大きく痙攣させ、沈黙した。

そして零号機の、レイの肉体を根幹が急速に支配しだした。腹、胸、腕と云わずその全身を。

 

…これがあなたの本当の「ココロ」。そして私は、あなた自身の本当の「ココロ」。

…あなた自身の「ココロ」の中にある事実。それが私。

…あなた自身の「ココロ」の中にあるもう一つの現実。それが私。

…あなたはもう、私とひとつになるしか、無いの。

…これが、本来のあなた自身なのだから。

…そしてあなたは、あのヒト…碇シンジと一緒に、ひとつになるしか、無いの。

…これが、あなた自身の願いなのだから。

 

「…これが…私の願い…私は…碇君と一緒になりたい…。」

 

そして、零号機は再起動した…。

 

 

 

 

 

 

「…綾波ッ!!」

 

 初号機―シンジは激高と共にA.T.フィールドを展開し、レイの救出へと向かおうとした。

刹那、今まで零号機を浸食していた蛇は、もう一つの先端を初号機へと向け、躍りかかっ

た。先程とは比べ物にならない程の鋭さで。シンジはそれを紙一重で回避した。だが更に

蛇は迫ってくる。更なる機敏な動きで。…そこでシンジは自分の眼を疑った。

 

 沈黙したはずの零号機が初号機に近寄ってくるのである。生ける屍の如く、ゆっくりと、

しかし着実に初号機に歩み寄っている。その腹部から光の蛇を踊らせつつ。

 その異様な光景にシンジは恐怖めいた物を感じていた。

 

 蛇は初号機のパレットガンを粉砕し、ショルダーアーマーを破壊し、そのまま山間まで

初号機を追いつめた。装備していた武装はすべて蛇に奪われ、為す術のない初号機。

シンジの顔が恐怖に染まっていく。それでも猶、襲い来る蛇を紙一重で避けていた。

 

 そんな中、通信ウインドウが開いた。映像の中の人物が語りかける。

もう二度と聞く事のないと思われた声が、もう二度と聞く事のないと思われた言葉を。

 

「…これは私の「ココロ」。碇君と一緒になりたい…。」

「綾波!生きてた!?」

 

 シンジの顔に安堵の色が広がる。その刹那、蛇は遂に初号機を捕らえた。

 

「しまった!」

 

 初号機は浸食されなかった。しかし、その蛇は初号機の身体を巻き込みつつ、零号機

の方へ手繰り寄せていた。まるでカメレオンの捕食行動の様に。その先では零号機が

初号機を―シンジを―受け入れるかのように、慈しみを湛えつつ両手を広げていた。

 

「碇君と…ひとつに…なりたい…。」

「あ…綾波?」

 

 零号機―レイ―が初号機―シンジ―をその身体に包み込もうとしたその時だった。

 

「アスカのシンクロ率が、急速に回復していきますっ!」

「だぁぁぁぁめぇぇぇぇぇッッ!!!」

 

 甲高い絶叫と共に、エヴァ射出用ビルが細切れになった。それが崩れだす瞬間に、

紅の何かが空に躍り出て、そのまま零号機めがけて襲いかかった。

…標的に心持ち初号機も含まれていたのは御愛敬。

 

 虚を突かれた零号機だったが、それでもなお、その奇襲をかわした。

…無論、その胸―零号機の胸部装甲―に初号機を包みつつ。

 

 肉食獣の様なしなやかさで着地した紅の何か―エヴァ弐号機―は、ゆっくりとその

顔を上げ、二対のステレオアイで零号機を捕らえつつ、獣の姿勢からゆらりと

立ち上がった。その動作はシンジの知っている弐号機―アスカ―のものでは無かった。

『獣の本能』というヤツだろう…。それとも『オンナの本能』というヤツか。

果たして、蒼と紅が対峙した。両者の間に流れる張りつめた緊張を、蝉の声が猥雑に

飾り立てる。

 

「何をするの…。」

「何ってシンジの救出よ!」

「何から?」

「何って…アンタ馬鹿ぁ!?使徒からシンジを救出するのよ!」

「使徒はもういないわ。」

「じゃあアンタの土手っ腹からのたくってるそれは何よッ!?ヘソの尾とか言うん

 じゃ無いでしょうね!!」

「これは私の「ココロ」。碇君と一緒になりたい、碇君とひとつになりたいと願う、

 私自身の「ココロ」。」

「はーん、人形みたいなアンタにもようやく心が出来たってワケ?」

「…私は人形じゃない。」

「確かに心が在るンなら人形じゃないわね…でも、そんなのが心って言えるの!?」

「あなた、話を聞いていなかったの?これは私の「ココロ」。碇君と…。」

そんな事訊いてンじゃないわよッ!そんな紐ッ切れがアンタの心!?

 はン!ちゃんちゃらおかしいわね!

「でも碇君を感じることが出来る。現に今こうして碇君を感じている。

 …とても…とても…あたたかい…。」

…う…いいな……何馬鹿な事言ってンのよ! ホラ!シンジから離れなさいよッ!」

「駄目。あなたの指図は受けないわ。」

 

 

…発令所は沈黙を守っていた…誰も声をあげることが出来なかった…。

 

 

 というよりあまりの出来事に呆けていたというのが正しいところか。

何故ならレイの精神状況を監視していたマヤが、その異変―精神汚染―の様子を、

MAGIを通じて映像化していたのである。

つまり…レイちゃん恋日記』を皆が観ていたという事である。

 

 この状況を敢えて説くならば…発令所は…呆けていた…

 

「ミサトッ!!何だまってンのよ!!あのバカ女

 に何か言ってやんなさいよ!!」

 

 その声に瞬時に我を取り戻すミサト。そして即座に銘々に喝を入れ正気に戻していく。

 

「伊吹二尉!チルドレン達の精神状態を分析!レイを最優先にして!日向二尉はエヴァの

 損傷と活動時間をチェックして!青葉二尉、マイク借りるわよ!」

 

 ミサトは青葉からマイクを引ったくると、深呼吸をして、モニターに写る零号機に

向かって口を開く。

 

「アスカッ!零号機からシンジ君を引き離して!レイッ!初号機を離しなさいっ!」

「…その必要はない。」

「…!」

 

 ミサトは一瞬呆けに囚われたが、即座に声の主を視界に捕らえる。その視線は、天を

仰ぎ見るかの物だった。その声の主は…碇ゲンドウだった。

 

「しかし碇司令!このままでは初号機が…シンジ君が!」

「問題ない…レイ。」

「はい。」

「…今日から私を「父さん」と呼べ。」

「…碇司令…はい…お義父さん。

「…それとシンジ。」

「…とう…さん?」

「…孫を…楽しみにしている。」

「…父さん…何を言っているのか理解らないよ…。」

 

 一連のやりとりを耳にしたミサトは、そこでハタと考えが浮かんだ。心の片隅にある、

黒い染みにも似た疑問の解が。

 

 …まさか碇司令、レイとシンジ君とくっつけたくて…わざわざシンジ君を出撃させない

ようにしていたの?それにさっきのレイの精神状態を考えると…。まさか碇司令、この日

にこうなることを知っていたというの?…

 

「馬鹿馬鹿しい…。」

 

 ミサトは自嘲気味に呟くと、頭を振ってその考えを散らせた。こんな非常時にこんな

話があってたまるか。しかし、ゲンドウの隣に立っている白髪の紳士―冬月コウゾウ―の

呟きが(運悪く)ミサトの耳に入った。

 

「碇。孫はユイ君に似ているといいな。」

「問題ない。レイが産む子は女だ。」

「…『お約束』か?」

「ああ。この世の絶対的な理だ。たとえゼーレの老人がとやかく言おうと、どうにも

 できんモノ。これが『お約束』だ。」

「そうだな。ところで碇…。」

 

 ゲンドウは身じろぎ一つ立てず、その視線を変えることなく、冬月に口を開いた。

ただその声色は牽制の色合いがあったが。

 

「…冬月、孫を最初に抱くのはだ。」

「フッ…お前の次でいいよ。」

 

 その呟きを(運悪く)耳にしたミサトは、凄まじい脱力感に襲われその場に崩れ落ちた。

その音と同時に司令用の通信機が着信を告げた。

 

「…まさか、ゼーレがこの事に気付いたのか!?」

「…。」

 

 無言で受話器を取り、耳に当てるゲンドウ。その刹那、受話器を砕かんばかりの少女の

大声がゲンドウの耳を襲った。

 

「碇司令ッ!なにふざけた事言ってンですか!あれ

 は使徒です!殲滅すべき敵ですッ!」

 

 通信機からはホログラフが出力されており、それには紅いプラグスーツの少女が、

仁王立ちの状態で映されていた。

 

「セカンドチルドレン…聞いていたのか。」

「ええ、『お約束』ですから。男同士の密談はえてしてヒロインに聞かれているもの

 です!その内容は大抵良からぬ事を企んでいることもまた『お約束』ですからッ!」

「…あの二人に手出しは無用だ。戻れ。」

「ダメですッ!あのままではシンジが汚染されますッ!」

「…セカンドチルドレン。君はシンジの何なのだ…?」

「アタシはシンジの…シンジの彼女に相応しい女の子よッ!

 キスもとうのとっくに済ましてるし!」

 

 シンジはそのアスカの爆弾発言に対し、即座に反論を開始した。

 

「あ…あああアスカッ!何言ってんだよ!あれは「あれはウソだっ

たの!?あのキスは、あの燃えるよう

なキスはウソだったの!?」…。」

 

…………………しぃぃぃぃ〜………………ん…………………

 

…発令所、完全に沈黙。

 

「…碇!不味いぞ!」

「…レイ。サードチルドレンは汚染されていた…。」

「汚染ですってぇぇぇぇぇえッ!!」

「……碇君…。」

 

零号機はその胸…部装甲に包まれている初号機の顔を見やる。

その紅のモノアイは初号機の頭部を悲しげに映していた。

 しかし、レイの瞳はある決意の色に染まっていた。

 

「…碇司令、いえ、お義父さん。問題、ありません。」

「…「浄化」するのか。レイ、否、義娘よ…やれ。」

はい(はぁと)。

「フザけた事言ってンじゃねェわよ!

 このヒゲメガネッ!!」

 

 ホログラフのアスカがゲンドウの顎にジャンピングアッパーカットをキめた。

その拳が正確にゲンドウの顎を捉えた刹那、その顔が大きく仰け反り、ゲンドウは椅子から

転げ落ちた。

 

「碇っ!大丈夫か!?」

「…ん〜ユイカちゃぁ〜んカワイイでちゅね〜♪私がおじいちゃんでちゅよぉ〜♪」

「…い…碇っ!?そんなにユイ君に似てるのか!?」

「…ン〜笑った顔がとってもかわいいでちゅよぉ〜ン〜ぷりち〜ィ♪」

「…碇!そんなに可愛いのか…答えろ!碇ぃッ!!

 

 ゲンドウはどうやら頭から落ちたらしい。そのショックで何かが見えている様だ。

冬月もどうやら錯乱している様だ。気に掛ける対象をドコか間違えている。

 

 アッパーをキめたアスカは吐く息も荒くマイクを握りつぶすと、零号機に向き直った。

レイは相変わらず初号機へと慈しみとそれ以外の何かが含まれている視線を向けていたが、

弐号機の視線を感じると、そちらへと向き直った。

 

 …零号機の紅いモノアイと弐号機のエメラルドグリーンのステレオアイに光が宿った。

 

「…最後にもう一度訊くけれど…アンタはシンジを解放する気は無いワケね…?」

「話を聞いてなかったの?私はこの腕から…この胸から碇君を離す気はないわ。」

「…どうやら、実力行使しか無い様ねぇぇぇぇファァァストォォォォ?」

 

 弐号機はその背中に担いでいた長い鞘からゆっくりと長身の刃を抜いた。

PK−01ex―プログナイフ改、通称「マゴロク・エクスターミネート・ソード」

―初号機用に極秘裏に開発されていた長身の刃である。

 

「任務…遂行します。」

 

 零号機はその胸の中で横たわる初号機の背中に腕を回し、抱きかかえる形でその口部を

接触させた。優しく、そして力強く…これを人間同士なら「キス」というのだろう。

 

「初号機の…碇君の唇…とてもやわらかい…。」

「人類の…基いッ!アタシの敵ィィィィ…ッ!!」

「碇君いきましょ。私達の「新世紀」へ…。」

「この人形オンナッ!シンジを返せ〜ッ!!」

 

 …初号機を抱きかかえつつ第三新東京市のビル群を薙ぎ倒しながら走るレイ―零号機を…

咆吼しつつ「マゴロク」を振りまわしながらそれを追う、鬼気迫る表情のアスカ―弐号機。

 「マゴロク」の切れ味は凄まじく、振るった衝撃波があたりのビル群を、山を、大地を

斬り裂き、抉っていった。そう、芦ノ湖と第三新東京市とを隔てる自然の隔壁さえも。

それに気付かず零号機と弐号機との、破壊をもたらす追いかけっこは続いた。

 

 …当のシンジはというと、レイに振り回されている間中「もう止めてくれ!」と

懇願していた…しかしレイ、アスカと発令所の人間は、聞く耳を持たなかった…。

否、聞く耳を捨てたのだろう。もう、どうにでもしてくれ…と。

 

 芦ノ湖に接する自然の隔壁を砕かれた第三新東京市は、元々盆地である…。

そして…湖に立ち尽くす二つの巨人を、夕日が淡い紅に染めている…。

 

…西暦2015年…

…二つの巨人の咆吼(痴話喧嘩)を以て…

…第三芦ノ湖は誕生した…

「第三芦ノ湖には伝説があってね…昔、天使が居たんだ。人々に幸せをもたらす天使がね。

 天使はある少年を好きになってしまった。でも天使は人間を好きになってはいけなかった。

 だから天使はその少年に話しかける事もなく、ただその瞳で少年を見つめているだけだった。

 …ある時「光の大蛇」が現れ、次々と人々を襲い始め、ついには少年にまで襲いかかった。

 …そして天使はその命と引き替えにその大蛇を滅ぼしたんだ。少年への一筋の涙と共に…。

 それをみた神様は心を打たれ、その天使の涙をもとに、澄んだ湖を産みだした。

 …って言う伝説が第三芦ノ湖には在るんだ。第三芦ノ湖はその天使の、少年に対する

 愛の印ってところかな?」

 

「ねぇねぇ!ホントホント!?」

「へ〜ぇ、ロマンチックぅ〜(はぁと)」

「碇先生、こう云う事にお詳しいんですね。」

「ねぇ、あそこで結ばれたカップルは永遠に幸せになれるんだって!」

「ハハハ…じゃあ今度みんなで第三芦ノ湖に行ってみようか?」

「「「「「「「「ぅわ〜いっ!!」」」」」」」」

「じゃあ今日はこれまで。」

「起立!礼!」

 

 西暦2025年初夏、青葉が眩しい。そんな事を思いつつ僕―碇シンジ―は教室の

窓の外に視線をやる。するとトビが悠然と空を舞っているのが見える。

 僕は今、小学校で教鞭を振るっている。予備パイロットとしてネルフにも籍はあるが。

僕は授業の時に子供達に色々な話をする。愉しい話、悲しい話、自分の話、仲間の話…

子供の反応は至って素直だ。僕がした話の中で、特に第三芦ノ湖の伝説は子供の反応が

良い。小学生とはいえ、僕の受け持ちの5年生は多感な年頃だからなのだろうか?

 

 …伝説…か。みんながそう信じているならそれでいい。この湖の真実は語るべきではない。

そう、語ってはいけない…。それが僕に出来る、最大の償いなのだから。

 

 

「…碇先生…泣いてるの?」

 

 

 …え?…泣いてた?僕が?…どうやら僕は知らず涙を流していた様だ。でも…確かに

泣きたくもなる…あの事を思い返すと。(←ゼェタク云うな)

…そしてこれから起こる事を考えると。   (同上)

 

 

「…碇先生。」

「碇先生!」

 

 廊下から僕を呼ぶ女性の声が聞こえる。僕の同僚であり…僕の大切な…仲間。

 

「綾波先生、惣流先生…。」

「「給食…一緒に食べませんか…!!」」

 

 ギンッ!!何かが干渉した様な音が聞こえた…様な気がする。

 

「綾波先生?碇先生はアタシと一緒に食べるんです!」

「惣流先生…碇先生は私と共に給食を食べるんです。」

「綾波先生は先週アタシよりも多く一緒になったじゃないですか!」

「惣流先生…だからといって先生に権利を譲る理由になりません。」

「なります!っていうか大アリよ!レイ!大体アンタは…。」

「…アスカはいつもそうだわ。そうやって駄々をこねて…。」

 

 …この二人のこういうやりとりを聞く度に…僕は思い出す。

 

教科書では語られなかった歴史を…。

第三芦ノ湖が出来た真実の理由を…。

 

…僕は…思い出す…ハァ…

 …あの後、破壊の限りを尽くされた第三新東京…第三芦ノ湖にて二人は立ち尽くす

二体のエヴァから救助された。アスカはその後シンクロ率が回復し、同時にふさぎ

込んでいた精神も快方に向かっていった。

 使徒に浸食され、生命の危機に瀕したと思われた綾波は何事も無かった様だ。

ただ彼女に、ホンの少しずつ、そして急速に「感情」というものが芽生えてきた。

 その時は何事もいい方に動いているんだと、少しだが僕は安堵した。

その後は綾波もアスカも、僕に色々と良くしてくれた。だがやはり綾波とアスカの仲は

悪かった様だ。前ほどの刺々しさは無くなった様だが。

 

 「シンちゃ〜ん、モッテモテねェ。」と、ミサトさんはしきりに僕にこう言ってきた。

だがいまいち、意味が判らなかった…。

 

 そして全ての使徒は倒された。だがフィフスチルドレンが来る、という話があったが、

結局それが誰だったのか判らずじまいだった。ただ、到着するという日に綾波とアスカは

二人してバットを持って出かけていったのを憶えている。野球でもしに行ったのだろうか?

 …ただ、そのバットは後で赤く染まっていた。スイカ割りでもしたのだろうか?

 

因みに「スイカ割り」の直後、某所にて某秘密結社の面々がアワを食ったのはこの話に

大した関係は無いのでここでは割愛させていただく。

 

…碇君は私が一生守る。使徒からも…弐号機パイロットからも…そして二人は…

…アイツに一生毒虫が付かない様にしてあげてンだから、感謝して欲しいわ!…

 

「シンジは!」

「碇君は…。」

「「アタシ(私)のもの!!(…(ぽっ))」

 

二人の呟きは、シンジの耳に届くことはなかった…

 毎日の様に繰り返される二人のやり取りを見ていた僕は、このままでは終わりそうにない

と思ったので、二人に提案した。

 

「あの…綾波先生、惣流先生?一緒に…屋上で食べませんか?」

「「碇…先生…ハイ♪」」

「なら生徒達も一緒に…」

「「イヤです」」(キッパリ)

 

「オレたちはイイからセンセーたち食ってこいよ!」

「先生!行って来て下さい!」

「せんせぇ!女を待たしちゃいけないんだぜ〜!」

「ニクいね先セ!ヒューヒュー!!」

「イカリ先生どっちが好きなんですかぁ?」

「やっぱり惣流先生と綾波先生って…。」

「碇先生…フケツですっ!」

「せんせ〜!子供は何人欲しいですかぁ?」

「野球チームが作れるくらい欲しいんですかぁ!?」

 

「せ…先生をからかうんじゃない!ホラみんな!早く給食の支度をして!」

 

「「「「「「「は〜い!!」」」」」」」

 

…今、僕はとても幸せだ。

…僕を必要としてくれる子供達がいる。

…僕を必要としてくれる人々がいる。

 

…綾波とアスカが、ここにいる…。

 

…神は天に在りて、全てこの世は事も無し…

 

 

…猶、この一年後にこの二人が「婚約指輪」を巡り、

「第四芦ノ湖」を作ってしまうのは、また別のお話…

「え?…また?」

 

―第弐捨参話『涙のアト』了―

 


 

散り際の

―後書きに代えて―

 

 初めまして。五拾壱式・丙”BLACK HEART”と申すモノです。

「四国の三愚者」来場五拾万人突破、おめでとうございます…って、もう五拾参万人か。

御祝いの意を込めまして、稚作ながら小説風を投稿させていただきました。

参愚者の皆様を肇とした管理者ならびに来場者の皆様のご多幸をお祈りいたします。

 

「マゴロク・エクスターミネート・ソード」の意味が判らない、という方は

模型店へ行き、「人造人間エヴァンゲリオン初号機輸送台仕様」を買って下さい。

付属武装の鞘付きサイバー日本刀です。

 

 第三芦ノ湖誕生秘話が今回の趣旨でしたが、歴史とは大抵こういう物ですよ。

あの「タイタニック」だって、あの二人が船首でイチャついていたから沈没したんです。

ええそうなんですよ!絶ッ…対ェそォです!

で地球が救えるかッ!!

 …でも、っていいよな…(小声)

…人間にはLOVEは必要だよね…

…単なるヒガミです。ハイ(T^T) 

 

 …そうそう、言い忘れてましたが、あのタイトル画にはある「オチ」が在ります。

気になる方はもう一度見直して下さい。

…五拾壱式・丙”BLACK HEART”がお送りいたしました。






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