「私……恐いの……お願いだから側にいて……渚君……」 三谷さんが震える声で僕の腕を
掴んで哀願したので、僕は三谷さんが水着を着ている事もあり、頷いた。
僕は乾いている木製の椅子に座って、三谷さんを安心させた。
「俺はみんなに連絡して来る……」 コウジ君はぼそっと言って浴場から出ていった。
僕は湯船に再び漬かった三谷さんを見守っていた……
もう二度と……彼女があんな目にあわないように……


裏庭セカンドジェネレーション

CHAPTER 16E

第16話【呉越同車(?)】Eパート



「ふぅむ……この辺りには夕闇が濃くなってくると、大コウモリが飛ぶ事があるんですよ」
旅館のフロントにいた年配の男は首を捻りながら言った。

アヤさんとミライが三谷さんの話を聞いて恐がるので、話を聞きに来たのだが……
三谷さんがコウモリに脅えて悲鳴を上げたとは考えにくいし、狂言とも思えない……
僕は桔梗の間に帰りながら、三谷さんが見たものについて考えていた。

{空を飛ぶ旧支配者の眷族としては、ナイトゴーントやバイアクヘーがいる……
彼女が風谷ミツコだとしたら、名状しがたきもの……大いなるハスターの配下の
風の精の長であり、星間宇宙を飛行できる蝙蝠の翼をもつバイアクヘーだろう}

{{じゃ、誰かがバイアクヘーを召喚したの? ハスターを崇める一族は、滅亡したんじゃ
無かったの? 兄さん}}

{世界中にハスターの信奉者は数え切れぬ程いるだろう……あの事件では日本にいる信奉者
の一部を一掃したに過ぎない……もっともバイアクヘーの召喚など誰にでも出来る事では無
いのだがな……}

{{仮に召喚法を知っててもダメなの? 兄さん}}
{ああ……伝説では、古来より伝わる秘宝の黄金の蜂蜜酒と魔笛が必要だそうだ……
最後に確認された黄金の蜂蜜酒は110年も前の1920年代だ……}

「ハスター ……かつて風谷さんを寄り代に現代に復活しようとした邪神……」
僕はせめてこの旅の間だけでも三谷さんから目を離さずにいようと思った。



「シンイチ君〜鞄にリンスがあるから持って来て貰える?」
大コウモリだと言っても恐がるアヤさんとミライの為に、僕は更衣室で待機しているのだが。
「ちょっと待って下さい」 僕はアヤさんの鞄からリンスを探し出して、浴室の扉を開けた。
アヤさんとミライは水着を着て中に入った筈だったのに……
二人とも何も身につけずに僕に背を向けて頭を洗っていた。

「悪ふざけするなら、部屋に帰りますよ……」
僕は瞬時に目を閉じて、そろそろ歩いてリンスを置いた。

僕は部屋で横になっている三谷さんの方も心配だったのだ……
コウジ君がついていてくれるそうだから、こっちに来たのだが……

「二人とも、頭を洗い出してからリンスを忘れた事に気づいたの……ごめんね」
僕は二人に背を向けて目を開いて更衣室に戻った。

「はぁ」 僕は更衣室の籐椅子に座って、ため息を一つ吐いた。
しかし、もし三谷さんを襲ったのがバイアクヘーだとして……何故三谷さんは無事だったの
だろう……謎は深まるばかりであった。


アヤさんとミライが風呂から出た後、僕も風呂で軽く汗を流してから部屋に戻った。

僕が風呂から戻ると、丁度夕食が運び込まれる所だった。

5分程すると全ての料理がテーブルの上に並び、僕達は夕食を食べる事にした。
「烏龍茶とジュースだけど、一応 かんぱーい」
アヤさんは笑顔で烏龍茶の入ったコップを掲げて言った。
「乾杯!」 僕達はめいめいに持ったグラスを掲げて乾杯して、食事が始まった。

「うん……なかなか美味しいわね このエビ」
「ミライ……エビ 食べてよ」 「じゃ、椎茸の天ぷらあげる」
僕達はなごやかに食事をしていた。

「一時はどうなるかと思ったけど、こうして温泉にも入れて御飯も食べれて良かったわね」
アヤさんは漬け物をかじった後、感慨深げに呟いた。
「あ、シンイチ おかわり要る?」ミライはおひつから御飯をよそいながら問いかけて来た
「あ、半分ぐらい」 僕はミライがおかわりを入れてくれるのを、何気無く見ていた。

「あ、コウジ君 お茶もっと飲むでしょ?」 三谷さんは笑みを浮かべてお茶をいれていた。
「す、すまない……」 三谷さんの顔色もよくなって来たので、僕は少し安心していた。
コウジ君も少しぎごちなくはあるが、食事を楽しんでいるようだった。


僕達は食事を終えてテレビを見ながら寛いでいた。
「泊まると決まってたらトランプとか持って来たのにね」 ミライは少し残念そうに呟いた
「まぁ、たまにはこういうのんびりしたのもいいんじゃ無いかな……」
僕は壁に背中を預けて、ぼんやりとテレビを見ていた。

コウジ君はまだ風呂に入って無かったので、風呂に出ていて部屋にはいないのだが、
4人部屋なので、こうしてみんなが身体を横たえたりしてると、あまり広くは無かった。


「9時に布団を敷きに来るって言ってたわね……」 ミライは時計を見ながら呟いた。
時計は8時40分を指していた。

「あら、アヤさん……もう寝入ってるみたいですね……」 
三谷さんが座卓にもたれているアヤさんの顔を覗きこんで言った。

寝間着の用意の無かった三谷さんは浴衣を身につけていた。

「もう布団を敷いて貰うように頼んで来ましょうか……」 僕は立ち上がりながら言った。
「そうね…… その方がいいみたい……」 ミライもアヤさんの寝顔を見て言った。
「じゃ、頼んで来ます」 僕は部屋を出てフロントに向かっていた。
客室係のいる場所が解らなかったからなのだが……

「あれ……いないのか……」 フロントには誰もいなかったので、
僕は戻って来るまで待つ事にして、テレビの正面にあるソファーに腰かけた。

僕達が見ていたチャンネルとは違い、どこかの事故現場が移っていた。

”えー小田原市に住んでいる野崎さん一家4人の遺体はまだ見つかっておりません
谷底に落ちた車の中から遺留品は見つかった事から、落ちる途中で投げ出された模様ですが
今日の捜索は……” 「あ、何か御用事でしょうか」
フロントに年配の男が戻って来たので、僕は立ち上がった。

「桔梗の間なんですけど、少し早いんですが布団を敷いて貰いたいんです」

僕達は敷いて貰った布団に、アヤさんを起こさないように苦労して寝かせた。

窓に面した椅子が置かれていた場所に僕とコウジ君の布団を敷く事にして、
男性用エリアと女性用エリアを分ける事にしたので、僕は月を見ながら眠りについた。


「ん?」 僕は微かな物音で浅い眠りから覚めた。

僕は胸騒ぎがして、居ても立ってもいられなくなったので、
そっと仕切りを開けて、女性陣が寝ている場所を眺めた。

「三谷さんが……いない」 三谷さんが寝ていた布団ははだけており、
三谷さんが先程部屋を出て行ったのは間違いが無いようだ。

僕はアヤさんとミライを踏まないように気を付けて部屋を出た。
どこからか微かに笛の音が聞こえて来ていた。

僕は薄暗い廊下を小走りで三谷さんを探していた。
旧館へと向かう渡り廊下のドアを開けて歩いていると、
どこからか風に乗って何かの呪文を詠唱するかのような無気味な声が耳に入った。

イア イア ハスター!
「三谷さん!」 僕は渡り廊下から靴も履かずに外に飛び出した。

ハスター クフアヤク ブルグトム
{{兄さん!}} 僕は兄さんに呼びかけたが、反応はあったものの返事は無かった。
恐らく何者かの召喚の邪魔をしているのだろう……

ブグトラグルン ブルグトム
だが、研ぎ澄まされて来た聴覚のおかげか、呪文を詠唱している方角は掴めた。
この声が聞こえて来る場所に三谷さんがいると確信して僕は走り続けた。

僕は旅館の裏庭の一角……小さな池のほとりに辿りついた。

池の側に頭から灰色のローブを被って、腕を振りながら呪文を詠唱している謎の人物と、
明らかに何かに操られているのか、目に生気が無い三谷さんが立っていた。
風のせいで浴衣が揺れて、土に汚れた三谷さんの素足と白い足首が目に入った。
だから胸じゃ無いってば

アイ アイ ハスター!
その時、灰色のローブを被った謎の人物は腕を振り上げて呪文の詠唱を完成させた。

「おまえもハスターを崇める一族なのか!」
僕は謎の人物の行動を邪魔する為に飛び出した。

「またしても我等の邪魔をする気か 渚シンイチ!」
灰色のローブの謎の人物は懐から瓶を取り出して口に含んだ。
「何をするつもりだ!」 僕はにじり寄ろうとしたが、謎の人物は左手に小刀を持ち、
三谷さんの首に突きつけていたので、うかつに飛び込めなかった。

ローブの謎の人物は三谷さんを抱き寄せて、口移しで黄金の液体……
恐らくは黄金の蜂蜜酒を飲ませているようだった。
僕は何とか三谷さんを救い出す為の策を練っていたが、
三谷さんの喉が動く度に焦燥感に駆られ初めていた。

少しすると三谷さんの身体が淡く金色に光りはじめていた。

{まずい……バイアクヘーを使って星間宇宙に飛ばすつもりだ……}
{{どういう事なの?兄さん}}
{間違って伝わってたようだが、黄金の蜂蜜酒を飲んでバイアクヘーに乗ると、
大気圏を脱出して、星間宇宙に飛ぶ事が可能だそうだ……}

{{阻止するには、どうすればいいの?}}
{バイアクヘーに乗せられる前にバイアクヘーを倒すしか無いだろう……しかし、
彼女はハスターに魅入られし者だ……下手にバイアクヘーを倒すと、精神が同調していた
場合、彼女もダメージを受ける事になるだろう……}

その時、どこからか奇妙な鳴き声と共に何かが飛んで来た。

{足止めをしてはいたんだが……} 兄さんの言葉から珍しく焦りの感情が感じ取れた。

{{三谷さん……いや風谷さんがバイアクヘーに危害を与えられる事は無いの?}}
{その心配は無いだろう……同調しているのなら逆もまたありえるからな……
殺すつもりなら夕方襲われた時、我々が駆けつけるまでに殺されているだろう……}

{{バイアクヘーを倒す以外の方法は無いの? 兄さん}}

「ええい 邪魔だ 死ね!」 謎の人物はまず僕を殺す事に決めたようだ……
風谷さんとバイアクヘーが同調している故に僕が反撃出来ないと踏んだのだろう……

僕は右に左にステップしてバイアクヘーの攻撃を避けた。

「ふはは この娘は大いなるハスター様のみもとに行くのだ 邪魔はさせんぞ」
お約束なまでに
高笑いを始めた謎の人物の顔のフードが風にはためいて、その素顔が夜風に晒されていた

「あなたは確か……」 僕はその顔に見覚えがあった。
ここに来る時に車に乗って現われた、蓮田とか言う従業員だった。

{ふん 舐められたもんだな……蓮田=はすた=ハスターと言う訳か……}
僕はバイアクヘーの攻撃を避けるので精一杯だったが、兄さんには余裕があるようだ。

{{方法があるんでしょ? 兄さん}}

{ああ……彼女の風谷ミツコとしての人格と記憶を呼び戻せばいい……
そうすれば、バイアクヘーの一匹や二匹 簡単に始末出来るだろう……}

{そ……そんな それじゃ折角新しい家族と新しい生活を送っているのに、
辛い過去に無理やり引き戻す事になるんじゃ無いか!}

{おまえと彼女を救うには、それしか無いんだ……どうするかはおまえが決めろ……
彼女も傷つくのを承知でバイアクヘーと戦うか、風谷ミツコとしての人格を取り戻させる
か、二つに一つだ……}

殆ど夢有病者のように突っ立っている風谷さんを見て、僕は決断を下した。




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どうもありがとうございました!


第16話Eパート 終わり

第16話Fパート に続く!



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