楽しかった小旅行も終わり 僕達は再び元の生活に戻った……ただ一人を除いては
だが僕はその事の重大さと真の意味に未だ気づいてはいなかった……
AD2041 5月……僕達は普段通りの学生生活を送っていた……
だが、何かが足りないのだ……何かが
今の僕にとって幸運なのは……何が足りないのか知らないからなのだろう……
裏庭セカンドジェネレーション
CHAPTER 17A
第17話【
ザ・ビューティフルメモリー
】Aパート
「シンイチ〜三谷さんとコウジ君が来たわよ」 階下から響いて来たミライの呼び声で、
僕は物憂げに考え続けていた思いから開放された。
僕はベッドから降りて 軽く背伸びをしてからドアを開けて階段を降りていった。
僕が階段を降りきる頃には、三谷さんと、三谷さんに無理やり連れられて来たのか、
いつものような少し不機嫌そうな顔をしたコウジ君がリビングの椅子に座る所だった。
「皆さん いらっしゃい いいリンゴが手に入ったからアップルパイを焼いてみるから、
後でお茶する時に持って来るわね」
今日は珍しくアスカさん……いや母さんが家にいてキッチンでパイ生地をこねていた。
「ふふ お母さん楽しそうじゃ無い」
手伝っていたのか、アヤさんが手を洗いながら母さんに笑いかけていた。
「昔は良く作ったのよ……中学生だった頃からお父さんの晩御飯とかも作ったし……」
母さんは少しノスタルジーを感じているのか、目がとろんとしていたが、
手の動きが止まるどころか、かなりのスピードで生地をこねていた。
「さて、始めましょうか」 アヤさんは薄紫の縁どりがついたエプロンを外して椅子にかけ
て居間の方に歩きながら言った。
「アヤさんがいてくれて、とても心強いです」 三谷さんが笑みを浮かべて言った。
確かに高等部に入って初めてのテストだ。 不安が無いと言えば嘘になる……
そこで、卒業生のアヤさんから試験対策の為の勉強を指導して貰う事になったのだ。
「木村先生は結構ものぐさだから、試験に出す所は私が一年生の時と変わらないと思うわ」
アヤさんは、昔使っていたらしいよれよれになった教科書をめくりながら言った。
学校から支給される端末の中にも同じ情報が入っているのだが、アヤさんは教科書の方が
理解しやすいのだそうだ……
この勉強会もすでに三回を数えており、これまで一回一教科を教えて貰っていた。
それぐらい時間をかけてくれるので、授業では良く理解出来無かった事でも、
ほんの一回2時間の勉強会で完全に理解する事が出来るのだ。
1時間後……
「すみません……ちょっと解らない所があるんですが……」 コウジ君がおずおずと教科書
を指し示した。
「あ、もしかして、この図Aの事かしら……これじゃ解りづらいのよねぇ……こうすれば
解りやすいんじゃ無いかしら」 アヤさんは大きいメモ用紙に図形を描いていった。
「あ……良く解りました これ貰っていいですか?」 「どうぞどうぞ」
アヤさんは笑みを浮かべてメモ用紙を手渡した。
その時キッチンの方から香ばしい香りが流れて来た。
「アップルパイが焼けたようだし、そろそろ休憩にしましょ」
アヤさんは教科書を片づけてテーブルの中央にスペースを確保した。
「アヤ〜お湯湧いてるから紅茶入れてね」
母さんの声にアヤさんは立ちあがってキッチンに向かった
「いい色に焼けて美味しそうね お母さん」 「ありがと アヤ」
「紅茶はダージリンでいいかな……」 「あっそうそう同じ店でリンゴのエッセンスの紅茶
があったから買って来たのよ ポットの上に置いてるから」
「アップルティーにアップルパイか リンゴつくしね」アヤさんは楽しそうに用意していた
数分後には テーブルの上に切り分けられたアップルパイと、
人数分のティーカップが並んでいた。
「いただきます」 僕達は母さんに一礼してからアップルパイを食べはじめた。
「高校生かぁ〜若い内で一番いい時代よねぇ〜」
母さんがティーカップをソーサーに置いて感慨深そうに呟いた。
「昔の偉い人も高校生の頃の一日は大人の頃の一ヶ月に相当するって言ってたしね」
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(c)1998 津田雅美 彼氏彼女の事情
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アヤさんもつい先日まで高校生だったのに、すでに遠い目をしていた。
「そういえばママもパパと一緒の高校で同級生だったのよね……想像付かないなぁ」
ミライがアップルパイを口に持って行きながら言った。
「それこそ小学校から大学まで一緒だったから……」 アスカさんは淡い思い出を一つづつ
呼び覚ますかのようにゆっくりとスプーンを掻き回していた。
「小学校から大学まで一緒……そして結婚ですかぁ……いいですねぇ」
三谷さんが羨ましそうに母さんを見ていた。
「もっ超らぶらぶだったんじゃ無いの? いまだに熱が覚めて無いみたいだし」
ミライが笑みを浮かべて母さんを見詰めていた。
「親をからかうもんじゃ無いわよ ミライ……さっき”ママも”って言ってたわよねぇ……
それはどういう意味なの? ミライ」 母さんはミライの追求をさらりと躱して反撃した。
「うっ」 アップルパイの小片を飲み込もうとしてたミライは喉に詰まらせてしまった。
「それにね……中学の時は中学の時でライバルがいたし、高校の時は…………」
「ライバルですか……けど、アスカさんが勝ったんですよね……結婚してるんだし」
興味があるのか三谷さんがおずおずと質問した。
「……私は勝ってなんかいない……私は負けたのよ……本当の意味ではね そのライバルが
シンイチの産みの親なのよ……あの子は私達が無事に暮せる為に……身を引いたのよ
もう27年も前の事なのに、まるで昨日の事のように覚えているわ……私もシンジもね」
母さんが持っているティーカップが僅かに震えているのを見て、僕は驚いていた。
いくら歳月が経っていようとも、変わらない思いと言うものを僕は感じた。
「私 小さい時にシンイチ君のお母さんに会った事あるんだよね……お母さん
これまで覚えて無かったんだけど、この前夢で見て僅かに思い出したの……」
「さ、昔話はもう終わり パイも紅茶もたいらげた事だし、頑張って勉強しておきなさい」
それから後の一時間の事はあまり覚えていなかった……
ただ、全員が触れてはいけないものに触れてしまった罪悪感に包まれて事しか。
「そういえば、今日は土曜日だったけど、ウエイトレスはしなくて良かったの?」
勉強会が終わり、帰り支度をしている時にミライが三谷さんに声をかけた。
「うん 前から募集してたアルバイトがようやく見つかったから……」
少しだけ三谷さんが笑みを浮かべたので、僕は少しほっとした。
「そういえば、そろそろバイトしないと……」 僕は財布の中身を思い出した。
「シンイチぃ〜 バイトしながら進級出来る程、高等部は甘く無いわよ」
ミライが僕の独り言を聞きつけたのか、振り向いて言った。
「解ってるよ……こんな時期にアルバイトなんてしないって」
僕は慌てて弁解したが、ミライの表情はあまり明るく無かった。
「それじゃ失礼します 皆さんありがとうございました」
「……失礼します」
三谷さんとコウジ君が礼を述べて、碇家を後にした。
僕達は玄関で見送って、それぞれの行動を開始した。
「お勉強の時間は終わりっと あ、そうだ鈴原さんち行って来るね 返さないといけない
ものがあるし」 ミライは靴を履いて外に出て行った。
僕は階段を上がり自室に戻って、手に持っていたノートや筆記用具をしまった。
その時、階下から掃除機のファンの音が鳴り響いて来た。
「掃除してるのかな……アヤさんの時間を割いて貰ってるんだし、手伝おうかな」
僕は階段を降りて居間に向かった。
「あら、シンイチ君 どうかしたの? 喉でも渇いたの?」
アヤさんは掃除機のスイッチを手元で切って言った。
「掃除 僕がやりますよ いや、やりたいんです……」
僕はそう言いながら掃除機に手を伸ばした。
「そう? じゃお願いしようかな」 アヤさんは笑みを浮かべて掃除機から手を離した。
「あ、そうだ……シンイチ君 バイト探してるの?」 アヤさんが少し寂しそうに言った。
「ええ……まぁ」 素直に父さんや母さんから小遣いを貰わない事に触れられてしまった
が、僕はなんとか平静を取り戻して言った。
「いいアルバイトがあるんだけど……日曜日のほんの30分で2千円なの……
仕事の内容はね……エレカの洗車とワックスかけの手伝いでいいの……屋根の上とかを
うまく塗れないからムラになっちゃうしね」 アヤさんはにこりと笑って言った。
「ありがとうございます……やらせて下さい」 「試験が終わってからでいいからね」
僕は掃除機を受けとって居間の掃除を始めた。
「あれ……何だろ……」 僕はテーブルの下に小さいノートが落ちているのを発見した。
地味なデザインのノートを開くと、最初の方は殴り書きでいろいろな事を書いていた。
まるで記憶の整理でもしているかのように……斜め読みして行くと風谷ミツコと言う名前や
碇シンジ NERV等の単語も目に入った。
「三谷さんのノートか……そういえば、ミツコとしてでもヨシコとしてでも生きる事が出来
るって言ってたけど……」 僕は他人の秘密を覗くと言う罪悪感もあったが、三谷さんの事
が心配だと言う気持ちが上まわっていた。
最初の内は風谷・三谷 それぞれの記述が噛み合っておらず、
心の中で二つの記憶が整理されていないようだったが、終わりの方になると理路整然として
来ていて、あれからの一ヶ月を使って自分の心を整理しようとして来た事が理解出来た。
そして、ノートの最後のページに詩のようなものが書かれていた。
僕はその詩に目を奪われてしまっていた。
私の名はヨシコ。かつては第三新東京市立第一高校に通う平凡な一高校生であり
毎日帰宅後に家業のレストランを手伝う健気なウエイトレスであった。
だが、あの夜 旅館の庭で夢現のまま渚君の危機を目撃した時から
私の運命は大きく変わってしまったのです。
かつての風谷ミツコとしての記憶を取り戻してからの世界は、
生まれ変わったかのごとくその彩りを変えてしまったのです。
いつもと同じ町、いつもと同じ学校、いつもと同じレストラン。
だが、なにかが違うのです。アーケード街を覗いては渚君が入って来るのを夢想し、
勉強していても集中出来ず、店のカウンターでぼうっと店の入り口を見ている……
風谷ミツコとしての記憶を取り戻す前は、退屈な日常からの脱却を願っていたのに、
今ではあまりにも渚君の事や昔の事を考える事に忙しく仕事も手につかないのだ。
そして風谷ミツコとしての記憶に残る、あの懐かしい人々は突然姿を消してしまったのだ。
数日を居ずして私の胸には、もう会う事の無い人々への寂寥感が渦巻いていた。
かくも静かな、かくもあっけない目覚めを一体だれが予想し得たであろうか。
三谷ヨシコとして過去数年にわたり営々として築いた生活は終わりを告げた。
しかし、私を娘として愛してくれた養父にとってこの結末は新たなるはじまりにすぎない。
私が養父を父として敬愛し続ける事を決意したその日から、
私が三谷ヨシコとして生きる為の戦いの日々が始まったのである。
奇妙なことに、かなりの性格的な違いがあった二つの記憶は 記憶の整理の為のこのノート
を使って整理して行く内にいつの間にか統合されて来たのか、
押し寄せる違和感をものともせずに新たな記憶を今も記録しはじめていた。
そして更に奇妙なことにこれまでと同じ生活をしている時には、ヨシコとしての性格が
表に出て、渚君やその家族と会う時にはミツコとしての性格が表に出て来るのである。
当然私は、ミツコとしての意識の存続という大義名分のもとに渚君の家にたびたび
訪れる事となった。 幸い中間試験が近づいて来たおかげなのだが……
しかし何故か義父さんは私の変化に気づいたのか、私に干渉しない事を宣言した。
続いてアルバイトのウエイトレスを雇ってくれて、私の負担を減らしてくれたのだ……
そしてNERVは、恐らくこの事を知っている筈なのに、何も言っては来なかった。
あの運命の夜からどれ程の月日が流れたのか……いまだに私はあの日の事を忘れられない。
しかし、ヨシコとして生きる事を選んだ以上、あまり渚君に接近する訳にはいかないが、
渚君に危機が訪れた時には、ミツコとして きっと力になりたい……
私は不謹慎にも心の奥底ではその日を待ち望んでいるのだ……
そんな自分に幻滅しながらも……
渚君の力になれる……そう認識するだけで、眩暈にも似た感動を禁じ得ないのです。
その一点を心の中心に置く限りは……私が三谷ヨシコであろうと風谷ミツコであろうと
私の本質は何も変わる事が無いと信じて……
・
(c)メガネ著 友引前(全?)史第一巻 終末を越えて
・
僕はその詩を読み終えた時、自分の手が震えているのにようやく気づいた。
混乱している彼女にどうしてもっと何かしてあげられなかったんだろう……
「僕には……守られる価値など無いのに……」
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ヨシコよ……メガネをかけて下駄でも履くか?
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おまえには失望した
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第17話Aパート 終わり
第17話Bパート
に続く!
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