「まさかな……」
シンジは再び電話機に手を伸ばそうとした時、気配を感じて振り向いた。
「響先生 二年C組の物理の授業があるんじゃ無いんですか?」
授業開始3分前なので、殆どの教師が出払っている職員室の窓枠に悠然ともたれかかって
いる響教諭を見てシンジは問いかけた。
「小テストにしました さっきクラス委員長が資料を貰いに来てたのでね」
確かにミライと電話をしている時に生徒が中に入っては来ていた……
だが、響教諭の行為がシンジにはいぶかしく見えてならなかった。
「ところで……なんとかするんじゃ無かったんですか? お急ぎなんでしょう」
響教諭のこの言葉はシンジを硬直させるのには充分だった。
裏庭セカンドジェネレーション
CHAPTER 20B
第20話【
苦悩の天秤
】Bパート
「え、ええ……幸いこの時間は空いてるので、心当たりの所に電話してみますので」
碇シンジは動揺を押さえて立ち上がったが、
椅子に添えられたその手が震えているのは隠せなかった。
そう言ってそそくさと職員室を出ようとした碇シンジに響教諭は追い打ちをかけた。
「電話なら机にあるじゃ無いですか……どこに行かれるんです?」
「あくまで私用ですから、公衆電話を使いますので……」
シンジは何とかその場をごまかして職員室を出た。
「ふぅ……」 碇シンジは生徒は使えない教師専用のトイレに腰をかけた。
「しかし、響教諭は一体何者なんだ……」
碇シンジは内ポケットから取り出した携帯フォンの裏ぶたを開け、
ペン先でディップスイッチをいじり、元に戻してから受話器を耳にあてた。
「あ、私だ シンイチの現在位置が解るか」
碇シンジはNERVのオペレーターに小声で命令をした。
「それでは携帯フォンの現在位置検索をまず行います……学校ですね……
端末に取りつけられたままで、教室に置いたままのようです」
「じゃ、腕時計に仕込んだ発振器のパルスを確認してくれ」
「はい……少し時間がかかりますので、お待ち下さい」
「ああ……」 シンジは苛つきを押さえるかのように煙草を一本口にした。
もっとも、火を付けて吸い、肺がニコチンまみれになる旧時代の煙草では無い。
口で吸うだけで精神を落ち着かせる事が出来るレッキとした医薬品だ。
その時、職員用トイレのドアが開く音がした。
シンジは個室の中で息を潜めて、闖入者が出て行くのを待っていた。
「ふぅ〜〜」 何者かが小用を足している音を聴き、シンジは少し落ち着きを取り戻した。
「碇先生〜学生じゃあるまいし、トイレで煙草を吸うこた無いでしょうに……」
小用を足している職員……響教諭の言葉で碇シンジは心臓を掴まれたかのように
驚いたが、何とか声を漏らしはしなかった。
響教諭もその言葉の後には何も言わずに、ただ沈黙がその場を支配していた。
永劫の長さかのように思った沈黙は携帯フォンから漏れ出た
NERVのオペレーターの声が終わりを告げた。
「現在位置特定出来ません……完全にロストしました!」
シンジは携帯フォンを内ポケットに手早く放り込み、
次の瞬間には両足の靴底から銃の部品を取り出して、数秒後には組み立て完了していた。
隠し持つ為の用途とは言え、その銃は5発も撃つとエネルギーパックが空になるような、
小型の銃ではあったが、シンジは両手で銃を握り締めて、ドアに向けて構えた。
「おっと銃とはおだやかじゃありませんな……これは少々驚かせすぎたかも知れませんな」
その言葉を聴いてシンジは更に驚愕した。
さっきも個室にいて見えない筈のシンジが煙草を口にしている事を言い当てたり、
今度も銃を構えている事を知られる筈も無いのに、気づかれているからだ。
「卷族に……教職員資格が取れるとは……思わなかったよ」
碇シンジは震える声で語りかけた。
「は? けんぞく? そりゃ何ですか……碇先生」
だが、シンジの問いには気の抜けた返事しか帰って来なかった。
「卷族では無く、ただの透視能力者だとでも言うつもりか……」
シンジはいつでも撃てるように、引き金にかけた指に少し力を入れた
「……これは弁明しないと問答無用で撃たれそうですな……」
「弁明? 私を消しに来たのでは無いのか……」
シンジは緊張を緩めず銃を握り締めたまま答えた。
「その……私は、先生のおっしゃるような卷族でも透視能力者でもありません……」
「そうで無いなら何故解る!」
「……煙草を口にされてたのは、ジャスミン配合の薬用煙草でしょう?臭いでね……」
「じゃ、銃は……」
「……本当に構えてるんですね……恐いなぁ」
「答えろ!」
「……グリースの臭いですよ……隠しておく時に塗っておいたんじゃ無いんですか?」
「構えた事まで何故解る……」
「それはまぁ、殺気と言うか雰囲気ですね……ねぇ碇先生……信用して下さいよ」
「君が何者なのかをまだ聞いていない!」
「ふぅ……仕方無いですね……仕事もほぼ終わりましたし、いいでしょう……
私は教育オンブズマンに依頼されたただのエージェントですよ……
普段は普通に教師やってますがね……要は学校内での汚職や不正を暴くのが仕事です」
「汚職も不正な事も何もしてはいない!」
「まぁ、汚職とも不正とも言えない結果でしたが、問題無しって訳でも無いですな……
この中学校に割り振られた予算だけでは到底作れそうも無い施設があったりね……」
「文部省も教育委員会も承知の上の筈だ……」
「そう……それなんですよ……まるで聖域のように扱われている……
この学校に手を出すのはタブーだって言う人もいましたよ……
理由は教えちゃ貰えませんでしたけどね……」
「まさか、反応を探る為にシンイチを攫ったんじゃ無いだろうな!」
「そんな事してませんよ……信じて下さい……」
「それで君は何をする為にわざわざこんな所まで追いかけて来たんだ……」
「いやね……あの電話の後、普段になくそわそわしていらっしゃったから……」
「君が今回知りえた事を報告されちゃ国家の安全保障上、困るんだよ」
「私をどうするんですか……それこそ”消す”んですか?」
「ばかな……そんな事をする訳が無いだろう……”忘れて貰う”だけさ」
「記憶の操作ですか……まだ応用段階には無いと聞いていたんですがね」
「もう、すでに我々のエージェントがここを固めている筈だ……」
「でも、それだと……また現れますよ……何らかの答えを得るまではね」
「それもそうだな……じゃ、我々の仕事を”理解”して頂くとするよ」
「洗脳ですか? それもぞっとしませんな……」
「言い方が不適切だったようだな……”知っていただく”だけですよ
「碇先生を信じましょう……」
「響教諭を確保しろ」 シンジは切らずに放り込んだままの内ポケットの携帯フォン
に聞こえるように呟いた。
次の瞬間には職員用トイレが外から開き、数人の足音が響いた。
「響教諭を確保しました」
内ポケットからの携帯フォンの声を聴き、シンジは立ち上がった。
個室のドアを開けて外に出ると、
三人のエージェントに響教諭が壁に押さえつけられている所だった。
「身体検査が終わったら丁重にNERVまでお連れしろ」
シンジは見た目は用務員の身なりをしているエージェントに命令した。
「あの……次の時間の授業……どうしましょうかね」
響教諭は身体検査をされながら問いかけて来た。
「響教諭は風邪で早退って事で、代わりに伊吹先生にやって貰いますよ」
「ははぁ、伊吹先生は副主任とは言え、授業がやけに少ないと思ったら
こんな時の為ですか……なるほど」 響教諭は笑みを浮かべて言った。
「身体検査終わりました……これからルート125を通ってNERVにお連れします」
「了解した」 シンジはエージェントに答えて、職員室の方を向いて歩き始めた。
授業中なので、人気の無い廊下を歩きながら碇シンジは首を捻った。
「じゃ、シンイチはどうなったんだろう……」
シンジは内ポケットの中の携帯フォンが繋がりっぱなしだと言う事を思い出して、
内ポケットから携帯フォンを取り出して耳にあてた。
「その後、シンイチからの連絡は無いのか 居所はまだ探知出来ないのか?」
「依然ロストしたままです……何か解り次第御連絡します」
「了解した。」 シンジは電話を切り、内ポケットに戻した。
「シンイチ……おまえは今どこにいるんだ……」
一瞬シンイチが全てを投げ出して逃げ出したのでは無いかとも思ったが、
シンジは頭を振ってその疑念を追い払った。
「それとも渚カヲルが再び現れたのやもしれんな……」
その時、授業が終わる鐘の音が学校に響き渡った。
その洞察は半ば当ってはいたのだが、
その時シンイチが知りえた情報をシンジが知る由も無かった
「碇先生……今 事情を聴きました」
職員室に入るやいなや、碇シンジは葛城教頭から声をかけられた。
「熱があるのを解熱剤で下げて来てたみたいですね……用務員の方に送って貰いました」
NERVの事を知らない教師もいる為、欺瞞に満ちた受け答えをシンジはしていた。
「さて……次は一年D組の授業か……」 シンジは席に戻り教材を用意していた。
「碇先生……お電話です」 6時間目まであと僅かで立ち上がろうとしていた時
電話が鳴り、シンジは席に戻って受話器を取った。
「碇先生 お久しぶりです」
「木村君か……子供たちが世話になっているのに、挨拶もして無かったな」
「先程、シンイチ君が戻って来ました 私が担当する授業がこれからあるので、
あまり長くは話せませんが……」
「そうか……戻って来たか」 シンジは文字通り、胸を撫で下ろした。
「その件とは別なんですが、今度お邪魔させて貰って宜しいでしょうか」
「何、水臭い事言ってるんだ いつでも来るといい」
「ありがとうございます……それでは」
「ふぅ……」 シンジは受話器を置いて、安堵のため息を漏らした。
「碇先生! 授業が始まりますよ」
響教諭の代わりに教壇に立つ伊吹教諭が職員室の扉の所で、シンジに声をかけた。
「いかん もうこんな時間か」
「急ぎましょう!」
二人は足音も高らかに廊下を駆けていった。
「廊下は走らない……って何度言えば解るんですかね」
最年長の老教師が苦笑しながら呟いた。
「まぁ、いいじゃ無いですか シンジ君……いや碇教諭が元気を取り戻したようですし」
「あなたにとっては、未だ可愛い生徒のようなもんですな 彼は」
「ええ……もっとも教えられる事も多いんですけどね」
葛城教頭と老教師は夕日の射しこむ職員室で語り合っていた。
「あれ……確か校長先生の代わりに4時から会合に行くんじゃありませんでしたか?」
老教師がふと思い出して問いかけた。
「えっ?今日は……6日……」 葛城教頭はカレンダーに付けた印を見て青ざめた。
「それでは、行って来ます! 今日は直帰です おあとはよろしくぅっ」
10秒で書類を鞄に詰め込んだ葛城教頭は老教師に早口で報告した後、
職員室を飛び出て、駐車場目指して廊下を駆け出していった。
「やれやれ……」 だが、老教師のその呟きはいくぶん暖かみのあるものだった。
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よくやったな・・シンジ
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どうもありがとうございました!
第20話Bパート 終わり
第20話Cパート
に続く!
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