雪山に消ゆる面影を求めて

外伝3 【其の名はアスカ】




私・・死んだのかしら・・ここは・・


アスカの魂は、雪渓の上をさまよっていた。


「シンジ・・シンジは助かったのかしら・・」


アスカは傾いたモノレールを見付け、近づいていった。


「シンジ・・」


目の前で、目元を涙で凍り付かせたシンジが、傾いたモノレールの中で揺られていた。


4日程、アスカの魂は、シンジを見続けていた。

だが、そのシンジの姿は正視出来なかったのだ。

アスカの名をうわごとのように繰り返しているシンジを・・

アスカは少し離れた所から、モノレールを見続けていた。

そして、シンジはヘリに乗せられ、山を降りて行った。

「何故・・シンジに付いていけないの・・」

アスカの魂は、浅間山のこの雪渓に縛られており、

浅間山を出る事は、何度試しても出来なかった。

アスカは、毎日山を彷徨っていた。

そんな、ある日

アスカが山の中で、一匹のウサギを見付けた。

そのウサギは、出産のさなかであった。

アスカは、その模様を凝視していた。

そして、3匹の子ウサギが産れたが、一番最後に産れた子ウサギは、生後すぐ死んでしまったのだ。

「可哀相・・」アスカの魂は、子ウサギの亡骸を実体の無い、手で撫でていた。

その時!

アスカの魂は、そのウサギの亡骸の中に吸い込まれて行ったのであった。

数分後

アスカが目を覚ますと、自分の身体が、実体化しているのを、感じた。

そう・・ウサギの身体に憑依してしまったのだ。

だが、その子ウサギを産んだ、母ウサギは、最初の内は乳を与えてくれたが、

アスカが憑依している、子ウサギに違和感を感じているようで、

1月後には、巣を追い出されていた。

アスカは、山を彷徨して、餌を求めた。

雪の中に埋まっている、実を掘り出したり、ようやく手にいれた実体の身体をアスカは必死で操った。

そうして、アスカはウサギの姿のまま、二年の月日が流れた。

餌を取るのにも、慣れて、ウサギとして山を走っていた。

だが、ある嵐の夜・・

その日は、数日前からの悪天候で餌が取れず、空腹のまま、山を拙い足取りで歩いていた。

山を彷徨している内に、いつしか、中継地点の建物に辿り着いたのである。

だが、嵐の日に、外に残飯の入ったバケツを置いてはいなかった。


アスカは、中継地点の建物の裏で、ついに力尽きて、倒れてしまった。

(私・・また死ぬのかしら・・)

アスカはいつしか、意識を失ってしまった。

その時・・

碇シンジが、防寒服を着て、アスカの眠るすぐ脇を通り過ぎた。

「ウサギか・・」シンジはそのまま通り過ぎようとしたが、
つい振り返ってしまった。



アスカが目を覚ました時・・目の前のベッドでシンジが目に手を当てて、アスカの名を呟いていた。

(シンジ・・私はここよ・・ここにいるのよ・・)

アスカは入れられていた箱の中からごそごそと這い出した。

「目・・覚ましたのか?」シンジはアスカに手を伸ばしてアスカを手に取った。

「おまえ・・名前何にする?・・」

(私の名前はアスカよ・・)

「うさぎ・・うさぎは跳ねるから・・ピョン吉とか・・」

(そんなの嫌っ)アスカは思わず、首を横に振ってしまった。

「嫌なのか?じゃ、うさうさとか・・安直か・・」

(私の名前はアスカよ!)アスカは再び、首を横に振った。

「それじゃ・・ウサギといえば人参だから・・・キャロットとか・・」

(シンジ・・私の事分からないのね・・そうよね・ウサギの姿してるんだもん)

アスカは三度首を横に振った。

「そういえば赤木博士がメスだって言ってたな・・・」

アスカはシンジの手を離れ、寝ているシンジの首にじゃれついて、
その小さい舌でシンジの首筋を舐めた。

(シンジの事・・知ってるんだから・・ここ知ってるのは・・私だけなのよ)

「やめてよ・・そこ弱いんだから・・まるでアスカだな・・人の弱いところばっかくすぐるし・・」

(そうよ! やっと気付いてくれたの?)

アスカは、アスカと言う言葉を聞いて首を上下に降った。


「その名前ばっかりは・・つけたく無いんだ・・ごめんな・・」

(どうして・・私はアスカなのに)

「よし・・名前は”クレイン”だ!」

(嫌よそんな名前!)

アスカはそっぽを向いたが、シンジはその名前にする事にしたようだ。

翌日

「おいクレインおいで!」

シンジが餌を用意して声をかけてくれた。


(私はアスカよ!クレインなんかじゃ無いわ)

アスカは、振り向きもしなかった。

「アスカおいで」シンジが、小声でそう言うと、アスカはシンジの元に飛んで行った。

(そうよ私はアスカよ!気付いて!)


「・・・・参ったな・・」シンジはアスカの頭を撫でながら呟いた。

数日後には、夜な夜な、死んだ恋人の名を呟くシンジの声を聞いたと言う人が、研究所内に増えて行った。

「アスカおいで・・今日は寒いから一緒に寝よう」

シンジがそう言って、布団の端を持ち上げた。


(うんっ)アスカは喜んで、シンジの布団の中に潜り込んだ。


その瞬間 葛城警備課長と、赤木研究所長が血相を変えて飛び込んだ。

「シンジ君!」

「あなたをこんな所に呼び寄せて・・悪かったわ・・あなたの気も知らず・・ごめんなさい」

シンジはきょとんとした顔で二人を見ていた。

「なにか・・」シンジは訳がわからず困惑していた。

「なにか・・って言われても・・」二人は言葉を無くして口篭もった。

その時


シンジの布団から、アスカが顔を出した。

(うるさいわね 私とシンジの邪魔しないでよ)


「シ、シンジ君・・もしかして・・・」

「あ、聞こえたんですか?」

「聞こえたわよ・・シンジ君! ウサギにアスカの名前つけて・・

そんなにさびしかったの? それなら何故あの時に!」

ミサトはリツコがいるのも忘れて、口走った。

(何ですってぇ〜 ミサトの奴!)アスカはミサトを睨んだ。


「ミサト・・あんたやっぱり・・昔から怪しいと思ってたのよ・・

中学生だった頃のシンジ君を見る目・・あれは尋常じゃ無かったもの」


「な、な、何を言ってるのよ・・・」

「あんたも、人の事は言えないでしょ」

「な、何の事よ」

「こんな所で喧嘩しないで下さいよ」シンジは二人に声をかけた。

「あんたのせいでしょうが!」

二人はユニゾンでシンジに突っ込んだ。

(さっさと出て行けばいいのに・・)

数分後

「そうなの・・アスカって呼ばないと反応しないの?・・」

「ポチ!・・タマ!・・」ミサトは思い付くすべての動物に付けそうな名前を連呼していた。

(犬や猫の名前じゃあるまいし・・私の名前はアスカなの・・)

だが、アスカは無視していた。


「アスカ」ミサトが小声で呼んだ。

(ま、認めさせなきゃね)

アスカはとことこと、ミサトの足元まで歩いて行った。


「ほんとね・・不思議だわ・・アスカの生まれ変わりかもね・・」

シンジは思わずきつい目線をミサトに向けた。

「ごめんごめん・・まだ死んだと決まった訳じゃ無いのよね・・」

(そうよ!私はここにいるわ・・けど私・・幽霊なのよね・・ミサトの言う通りね)

数分後

「週末にはもう下山か・・どうする?ついてくるか? アスカ・・」

シンジはアスカの頭を撫でながら言った。

(シンジと一緒にいたい・・けど私はこの山を出られないの・・

私は自縛霊だから・・シンジ・・別れたく・・ないよ・・シンジぃ)


アスカはシンジの腹に頬を寄せて、眠りについた。


その後・・シンジにちょっかいをかける、綾波とか言う通信士に噛み付いたり、

いろいろあったが、アスカはシンジの元で、束の間の幸せを感じていた。

そして、二機のヘリに乗った、特殊部隊に占拠された時・・

綾波通信士とはぐれ、アスカは狭い部屋の隅で、ちじこまっていた。

そして、唐突に扉が開き、兵士二人に抱えられたシンジが部屋の中に放り投げた。


シンジは床に叩き付けられた衝撃で意識を回復したようだった。

がしゃーん  扉の閉まる音がした・・

「くそっ・・」シンジは目を閉じたまま、何か思いつめているようだった。

(シンジ・・無事だったのね・・シンジ)
アスカはその小さい舌で、シンジの頬を舐めた。

シンジは、アスカに頬を舐められて目を開けた。

「クレイン・・どうしてここに・・」

(まだ、私をそんな名前で呼ぶの? もう)
だがアスカはそっぽを向いていた

「そうか・・アスカだったな・・」

(そうよ!シンジ)

シンジがそう言うとアスカはシンジの首筋にじゃれついた。


「こら・・くすぐったいだろ・・アスカ・・・」

シンジは野ウサギを手に抱いて、目を閉じた。

(シンジ・・あったかい)


「アスカ・・仇をとる事が出来なくて・・」

シンジは堪えようとしたが、涙はあふれて流れていった。


(シンジ!私は仇なんかとってもらわなくてもいい!

シンジさえ・・生きて・・幸せになって・・くれたら・・)

「・・・・・」シンジは無言のまま、アスカを部屋の隅においやった。

(どうしたの?シンジ)

「これは気づかなかったか・・」シンジは上着に仕込んであったデリンジャーを引き抜いた。


「アスカ・・・もう寂しく無いからね・・今そっちに行くよ・・」

(何言ってるのよ・・私は・・今、シンジといるから、寂しく無いのに)

シンジはデリンジャーを口に咥えて目を閉じた。

(シンジ・・嘘だよね・・そんな事・・・)

そして引き金に指を当てた。

(駄目っ)

バーン

乾いた銃声が室内に響いた。




「アスカ・・」アスカは、シンジの腕にがっぷりと噛み付いて離さなかった。

その痛みで銃口は口から外れ、弾丸は天井に食い込んでいた。


「僕に・・生きろって言うのか・・・アスカ・・」

(そうよ・・当たり前じゃ無い・・私なんかの為に死なないでよ)

アスカは口を離した。

「アスカ・・」シンジはアスカを抱きしめた。

(シンジ・・)



「おい銃声が聞こえたぞ」

「あっちだ!」

シンジはアスカを懐に入れ、扉の死角に隠れた。

バババババ




小銃の音が断続的に聞こえ、
扉の向こうから扉を突き破って数十発の弾丸が室内に飛び込んで来た。

「いない・・」

「逃げられたか」

二人の兵士は崩れかけた扉を蹴破って中に入って来た。


バーン バーン

シンジは二人の兵士の後ろから、頭部に向かって、無慈悲な一撃を与えた。

そして二人の兵士から手早く、鍵束と小銃二挺・手溜弾3ケを奪った。


「アスカ・・もう僕は二度と逃げたりはしない・・

君の元に行くのはもう少し先になるかも知れないけど・・

寂しくなんか無いよね・・待っててくれるよね・・」


(シンジ・・私はいつまでも待ってる・・だから無茶しないで・・シンジ・・)

アスカはシンジの服の中で、涙を流しながら、目を閉じた。


そして、翌日・・

(シンジも、レイも戻って来ないけど・・大丈夫なのかな・)

アスカは、レイの部屋でぼーっとしていた。

(レイ・・あの子になら・・シンジを・任せても・・けど・・嫌・・

でも・・でもシンジが・・シンジが・・もう私は口出し出来ない・・

けど・・シンジの悲しい顔はもう見たく無い・・・この前、お墓の前で言ってたけど・・

忘れてもいいのよ・・シンジさえ・・幸せなら・・)

アスカは、数日前のシンジの独白を思い出した。



「二年の間・・君を失った悲しみから・・・僕はずっと逃げてたんだ・・

だけど・・一生逃げ回る事は出来ない・・人は忘れる事が出来るから生きていけるって

誰かが言ってたけど・・僕には、忘れる事すら出来なかったんだ・・

アスカ・・僕の半身とも言える君を亡くして・・僕は僕で無くなったんだ・・

だけど、今、僕を必要としている人がいるんだ・・アスカ・・

その子は明るく振る舞ってはいるものの・・僕以上に悲しみに満ち満ちてる・・

君を忘れてもいいかい・・アスカ」シンジは目を閉じた。

・・・・・・・・・・・・
「忘れる事はやっぱり出来ないよ・・アスカ・・

もし僕が君を忘れたなら、それはもう僕じゃ無いよ・・

女々しい男だと思うかも知れないけど・・忘れる事なんか・・」


バカよ・・死んだ私の事なんか、さっさと忘れちゃえばいいのに・・

シンジが、私の事忘れた時には・・私も成仏出来るのかな・・

何度か試したけど、この身体から出られないの・・


その時


「おい聞いたかよ!」

「なにが?」

「雪渓の中から、氷漬けの死体があがったってよ」

「もしかして、あの?」

「そうらしいぜ 今研究室に運び込んだそうだぜ」

「どうして、研究室に運ぶんだろうなぁ」

「さぁ」

(私の身体・・発見されたの・・)

アスカは部屋を抜け出して、エレベーターの前まで歩いて行った。

その時、エレベータが開き、中から、碇所長が出て来た。

「ん?」

アスカはエレベータの中に飛び込んで行った。

「ウサギ? シンジの飼っている・・ウサギか・・」

アスカは、床を手でばんばんと叩いた。

「下に行きたいのか?」ゲンドウが俯いて言った。

(そうよ!おじさま!)アスカは首を縦に振った。

ゲンドウも、エレベータに再び乗って、カードを通して下に向かうようにセットしてくれた。

「・・・」そして、ゲンドウは出て、扉を閉めた。

ガーー

エレベータは、下に向かって行った。

(ありがとう・・おじさま)

下に降りて、研究室に向かって、アスカは歩いて行った。

(確かこっちよね)

研究室の前に、ミサトが座り込んでいた。

(気付いてよ・・ミサト)

アスカは研究室の扉が閉まっているので、困っていた。

(そうだ・・この身体が死ねば・・この向こうに行けるかも・・・・)

アスカは頭から、扉に体当たりを続けた。

ガンっ ガンッ ガンッ

「こら・・・どこからまぎれこんだのかしら・・」

ようやく、ミサトが気付いて、アスカを止めてくれた。

その時、中から、扉が開いて、シンジが顔を出した。

「あ、シンジ君・・クレインが、扉に体当たりしてたのよ・・」

「クレイン・・」シンジはクレインを抱いて、葛城警備課長に礼を言って、扉を閉めた。

アスカはシンジの腕の中でおとなしくしていた。

数度の対当りで、衰弱していたのだ。


シンジが再び、もの言わぬアスカの前に立った時、アスカが飛び降りて、アスカの横に倒れ込んだ。

「おい・・クレイン・・クレイン・・どうしたんだ・・」

だが、アスカは目を閉じたまま、何の反応もしなかった。

シンジはアスカを手に取り、腕に抱いた。

「おい・・クレイン・・いや、アスカ・・アスカ!」

シンジはアスカに声を掛け続けた。


だが、すでにウサギの身体は役目を果たし、アスカはウサギの身体から抜け出していた。

(私の身体・・)アスカの霊体は、横たわったアスカの身体の上に重なった。

(神様・・)アスカは、初めて神に祈った。

ドクン

次の瞬間アスカの魂は、アスカの身体の中に吸い込まれていった。

「アスカ・・」シンジは、ウサギの亡骸を手にしたまま、泣いていた。

「シンジ・・」アスカはかすれる声で、シンジの後ろ姿に向かって其の名を呼んだ。

ようやく、アスカの五感が戻って来ていた。

「アスカぁ・・・おまえまで・・俺を残して死ぬのか・・嫌だよ・・」シンジは涙を流し続けた

「シンジ」今度は、さっきより大きい声で、シンジを呼んだ。

まだ、身体が痛くて、起きられないのだ。

「・・・・!?」シンジは涙で濡れた瞳で、振り向いた。

「アスカ・・」



アスカはベッドの上から蒼い瞳で、シンジを見つめていた。

「アスカ!」

シンジはアスカの元に駆けつけた。

「アスカ!」



「聞こえてるわよ・・シンジ」

「シンジ・・」アスカは2年ぶりに、シンジの名を口に出来た事に感動していた。

「アスカぁ・・」シンジが、大粒の涙を流して、アスカの手を握った。

アスカは、ふと思い出したかのように、シンジに言った。

「ただいま・・」


「おかえり・・アスカ」 涙を流しながらも、シンジが微笑んだ。

時に西暦2022年・・
二人の時計は今再び歴史(とき)を刻み始めた。


雪山に消ゆる面影を求めて

外伝3 【其の名はアスカ】




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