「あ、鈴原君! 今日は、リフトの定期検診よね 時間かかりそう?」

ここ、浅間山頂の研究所で、栄養士をしている、洞木女史が、

分厚い、耐寒用のオーバーオールに身を包んだ、鈴原トウジに声をかけた。

「あ、洞木さん 半日くらいは、かかると思うけど」

「じゃ、これ・・お弁当作って来たから、よかったらどうぞ」
洞木女史は、少し頬を赤らめて、弁当を差し出した。

「あ、ありがとうございます 洞木さん」

「お昼を作ったら、材料あまっちゃったのよ・・
こうでもしないと、作業に夢中になっる時は、ご飯食べないじゃ無い」

「そういえば、そやなぁ 毎週夕方になって、腹が減って食堂に駆け込むんだよなぁ」

「あ、時間や 洞木さん ありがとうなぁ!」鈴原整備士は、襟を正して、外への扉を開けた。

ビュウーーー

「こらまた、今日も風が強いのぉ」


雪山に消ゆる面影を求めて

外伝5 【鈍感野郎と健気な娘】


雪の混じった風が吹く中、鈴原整備士は、リフトの点検作業をしていた。


数時間後

「さて、次は中の点検や その前にっと」


鈴原整備士は、リフトの中に入り、扉を閉めた。

「ふぅ〜 毎度の事ながら、凍り付きそうやで」

そして、リフトの中に置いておいた、弁当箱の入った袋に手を伸ばした。

ズズっ ポットに入れてある、お茶を鈴原は一心不乱にすすっていた。

「ぷはぁ〜あったまる さて、飯飯」

鈴原は、嬉しそうに弁当箱を開けた。

「こりゃぁうまそうやのぉ これが余りもんなんか」ひとしきり眺めた後、
思い出したかのように、箸をつけた。

「うん うまい! 洞木さんにお礼言っておかんとなぁ」


洞木ヒカリ栄養士24才 高校卒業後、2年間専門学校に通い、

栄養士の資格を取った後、2年程別の店で働いていたが、

ここNERV浅間山頂研究所に、研究員になった、

同級生の惣流・アスカ・ラングレーの紹介で、山頂研究所で栄養士を勤めていた。


鈴原トウジ23才 工業高校卒業後 整備士としての腕を磨き、

先輩である、加持に誘われ、山頂研究所に赴任して1年

今では、リフトの整備は、彼にほぼ任されていた。

「さて、ごちそうさん」鈴原は弁当箱をしまい、お茶を一口飲んで、作業に戻った。


パラパラパラ ザーーー

作業も終わり、帰り支度を始めた途端、大粒の雨がリフトの天井を叩いた。

「あちゃぁ 傘なんか持ってへんで」鈴原は、ガラス超しに、雨に包まれた浅間研究所を見ていた。

「山の天気は変わりやすいって言っても限度があるで!なんやこの雨は」

鈴原は一人雨に文句を言っていた。

その時

ガチャ

洞木栄養士が、傘を持って現れた。

「洞木さん やないか どないしたんや、この雨の降るのに」

だが、洞木栄養士は、リフトに向かってまっすぐ歩いて来た。

コンコン 洞木栄養士は少し微笑んで、リフトのドアを叩いた。

ガシャ 鈴原はリフトのドアを開いた。

「ふぅ すごい雨ねぇ」傘を畳んで、洞木栄養士がリフトの中に入って来た。

「あ、御弁当たべてくれたんだ」軽くなった弁当袋を持って、洞木栄養士が言った。

「あ、うまかったで ありがとな 洞木さん」

「まだ、点検終わらないの? 終わったら、傘持って来てあげようか」

「もう終わったんや けど雨が振り出してなぁ」鈴原は頭をかいた。

「そうなの・・よかったら、傘あるから、一緒に帰らない?」

「そりゃ、ありがたいですけど、洞木さんの、肩濡れるんじゃ」

「いいのよ 鈴原君がずぶぬれになるよりは さ、遠慮しないで」

洞木栄養士が傘を開き、鈴原を招いた。

「すまんのう」

二人は一つの傘で、リフトを出て、玄関に向かった。


「晩御飯の準備も出来たし、喫茶室でお茶でも飲まない?」

「わしも、これで今日は終わりやし、付き合いますわ」

「そう? じゃいきましょ」


ジャズが流れる、喫茶室に、二人の姿があった。

ガチャリ カップが乱暴に皿に置かれて、不協和音が響いた。

「何ですて? ここ辞めはる言うんですか?」

「ここにいる、理由・・無くなっちゃったしね・・・前に話した事あると思うけど・・

私がここに来たのは、アスカに誘われたからなの・・同級生で親友だったし・・」

「アスカさんって、確かリフトが出来る前に、モノレールに乗ってて・・」

「そう・・彼女が死んで、もう一年・・彼女の墓のあるここで仕事するのは辛いのよ・・

同級生であり、アスカの恋人だった、碇君も山を降りたし・・」


「そんな、それだけの理由で辞めるって言うんか?」少し語気が荒くなった鈴原の声が響いた。


「それだけじゃ無いのよ・・私の実家がね、定食屋やってるんだけど、

早く戻って、婿取って、後を継げってうるさいの・・・明日から3日間、半年に一回のリフレッシュ休暇なんだけど・・

親が勝手に、お見合いをすすめてて、会わなきゃいけないの・・」


「そう・・ですか・・」鈴原は心なしか肩を落とした。


「そんな沈痛な顔しないでよ まだすぐに辞める訳でも、結婚する訳でも無いんだし・・」

「わし・・わがままなようですけど・・洞木さんには、ここにいて欲しいです」鈴原はそれだけ言って、立ち上がった。

「鈴原君・・」


深夜

鈴原は自分の部屋で、ベッドに寝そべって天井を見ていた。

「何で、わしあないな事いうたんかいのぉ・・」

「洞木さんが、おらへんかったら、他に気の会う知り合いもおらんし・・わしも山降りるかのぉ」

「・・・・」

鈴原はいつしか眠っていた。

同時刻

洞木栄養士も、自室でハーブティを飲みながら、夕方の事を思い出していた。

「鈴原君・・引き止めてくれるのかなぁ・・・けど・・私の想いには気付いて無いようだし・・

私・・馬鹿よね・・言ってしまえばいいのに・・けど・・それで今の関係が壊れてしまったら・・」

「鈴原君・・誰か好きな人いるのかしら・・用度課の伊吹さん・・彼女はよく鈴原君に声かけてるけど・・」

「今晩は、いつも以上に冷えるわね・・明日・・・半年ぶりの下山・・か」

彼女もいつしか眠っていた。


そして、翌朝


洞木栄養士は、外出着に着替えて、部屋を出た。

「おはようございます」

「あ、洞木さん 今日下山でしたね 」鈴原の同僚の、整備士がリフトをコントロールする、コンソールの並ぶ部屋に立っていた。

「今日、鈴原君は?」

「あいつ、今日は休みです 多分ごろごろしてるでしょう」

「あ、もう時間かな」

「そうですね、じゃお気をつけて 足元滑りますんで!」

洞木女史は、リフトに向かって慎重に歩いて行った。


ガーー


洞木女史を乗せたリフトは、頂上から降りて行った。


10分後


鈴原は、目を覚ましてはいたものの、天井をにらみつけていた。

「もう・・山・・降りたんかな・・」

ビービー

「何や」鈴原は、受話器を取った。

「おい 鈴原か? リフトが、第二次ポイントをまだ通過してないんだ!

何か事故でもあったかもしれん! 来てくれるか?」

「だ、誰か乗っとるんか?」鈴原は震える声で聞いた。

「洞木さんが乗ってる・・」

「よっしゃ! すぐ行く!」鈴原は、すばやく着替えて、リフトのコントロール室に走って行った。


「おう 休みなのに悪いな」

「非常事態に、休みは無いからなぁ・・で、どうなんや・」

「多分、昨夜の大雨の後、かなり冷えたから、ワイヤーが凍り付いてるかも知れんな・・」

「そんなもん リフトに付けられてる、ウオーマーで何とかなるように設計されとるやろ」

「多分・・リフトのウオーマーが壊れたのかも知れんな・・あるいは、それを上回るほど、
氷が付着しているのかも知れん・・いくら暖房があっても

長時間、この寒さの中じゃ・・彼女が危険だ・・」

「点検用のワイヤーでわしが降りる! 緊急用の、ハンドウオーマーを2個用意してくれや」

「わ、わかった」

数分後

鈴原はストラッチを身につけ、その背には作業用のワイヤーが取り付けられていた。
昇降は、専用ヘルメットに音声入力装置がついているので、両手がふさがっていても動作可能である。
そして、両手に、ワイヤーの凍結を暖める事で、解除する為のウオーマーを持っていた。

「気をつけてな!

10分後

「やっと見えたで・・」

鈴原の眼前に、立ち往生しているリフトが見えた。

リフトの中では、洞木女史が、寒さに震えて丸まっていた。

コンコン

鈴原は扉を叩いた。


音に気付いた洞木女史は立ち上がり、鈴原の方を見た。

そして、リフトの緊急用の回線をヘルメットから伸ばした線で直結させた。

「洞木さん 大丈夫か?」

「鈴原君?」

「今氷をのけるからな!大丈夫や。わしが必ず下に送り届けたる!」

「鈴原君・」

鈴原は二本のワイヤーに付着した氷を取り除いて行った。

10分後

「よし・・氷は取れた! 今少し動かすから、何かに掴まって!」

「うん・・」

鈴原は外の緊急回線を使って、リフトを少し下降させた。

「こりゃひどいな」

軋み音を上げてリフトは少し下降した。

さっきまで、リフトが止まってた位置のワイヤーが

他の部分より、大量に、氷が付着していた。

「こりゃ、ここの部分のワイヤーのグリースが不完全やったんやな」

鈴原は付着した氷を全て剥がし終わって、少し下降し、リフトに並んだ。

回線をつなぎ、鈴原が声をかけた。

「これで大丈夫や! じゃ、下に降ろすから・・気をつけてな」

「待って!」

「どうか・・したんか?」

「鈴原君・・ありがとう・・」


「なんや、そんな事か これはわしの仕事やさかいな」

「じゃ、降ろすから・・早よせんと、列車に間に会わんなるかもしれんし」

「待って・・」

「洞木さん・・」

「上に上げて・・」

「そりゃ・・上げろと言われたら上げるけど・・お見合い行かなくて・・いいんか?」

「どうせ、親の押し付けよ・・それに・・」

「それに?」

「あ、何でも無いのよ・・この事故を口実にして、パスするから・・鈴原君と・・話したい事もあるし・・」

「洞木さん・・」

20分後

上まで上がった二人は、喫茶室でコーヒーを飲んでいた。

「なぁ、洞木さん さっき言ってた、”それに”って何や・・教えてくれんかのう」

「・・・・鈍感・・・」洞木女史はコーヒーカップを置いて、ため息をついた。


彼等が結ばれるまで、まだかなりの月日が必要なのかも知れない・・・

だが、彼女が山を降りる事は、避けられたようだ。


雪山に消ゆる面影を求めて

外伝5 【鈍感野郎と健気な娘】




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