現在のマスメディアの情報送出の過程では、世論誘導のために番組内容が初めから規制されている場合が多々ある。テレビのようにある特定番組の提供スポンサーがはっきりしている場合はとくに、その番組制作に多大の貢献をした組織や企業を全体としてほめるか、すくなくともそうした企業のご機嫌をそこねる番組内容ははじめから自主的にカットされる仕組みになっている。さらにいえば、放送作家じたいが執筆注文を受けたり、ディレクターが番組制作を依頼されたりした時点でスポンサ−名を知り、そのスポンサーに配慮した行動をとるという場面から、制作現場の番組規制は「自主的」なかたちではじまっているということである。また、政府の直接的関与、あるいは政府の意を体した放送局側のそのような自主規制も日常的におこなわれている。
「原発パイバイ」というコピーが含まれているということだけで突然、瀬戸内海放送によってそのCM放映が中止されたことによる本請求事件は、93年2月16日、放送番組の編成権は放送局にあるとされ、高松地方裁判所から棄却されたのであるが、その直後の3月27日付読売新聞と産経新聞の朝刊、同31日付の毎日新聞朝刊は、資源エネルギー庁の依頼で広告代金(総計5500万円)を受け取る替わりにプルトニウムの安全性をアピールする座談会を、わざわざ自社の編集委員等を参加させておこない、それを広告提供者名を隠して一ページ大の一般解説記事の形で掲載した。それらを具体的にのべればつぎのようである。
読売新聞は中村政男論説委員に司会をさせ、「原子燃料再利用の時代」「プルトニウム専門家座談会」との見だしをかかげた。産経新聞は飯田浩史論説委員の司会で「環境守リ、経済成長と調和を」「プルトニウム適切管理は可能」などとの見出し。毎日新間は原剛編集委員司会で「二十一世紀へエネルギーは」「座談会原子力行政を問う」などとしたのであった。
このころ、日本の動燃はフランスからプルトニウムを船で運ぼうとしていた。そして、この日本のプルトニウム輸送は国際的な反核の市民運動団体だけではなく、通路にあたるいくつかの国の政府も声明を出したりして反対の意を表明した。さらに朝鮮民主主義人民共和回(北朝鮮)は日本が大量のプルトニウムを貯めこんでいるのに核に関連し北朝鮮だけを批判するのは不誠実であるとする論評などをおこなった。韓国もまた、日韓・韓日議員連盟合同総会の安保・外交分化委員会での発言として、プルトニウムに関連した日本の核武装を懸念する声を表明した(92年9月3日、東京にて)
以上のことからいえるのは、これら三紙の「プルトニウム安全記事」(じつは提供者名を隠した悪質な「広告」)は、政治権力と新聞が組んで背後から世論誘導をした典型的な「やらせ」記事の具体例である。この経緯はすでに大手の一般商業新問でさえ利権誘導の社会的諸権力によって日常的に汚染されていることを証明している。
今回の場合、全国紙のなかで朝日新聞と日本経済新聞はこうしたかたちでの資源エネルギー庁からの申し出にたいし、それを断るという見識をしめした。が、この両社もいうまでもなくこの種の報道機関としてのマイナスの事例にはことかかない。いずれにせよ、この「プルトニウムの安全広告」は日本新聞協会の広告倫理綱領の違反、とりわけ「新聞広告掲載基準」の三、にいう「編集記事とまぎらわしい体裁、表現で、広告であることが不明確なものは掲載しない」という規定の明白な違反であり、メディアの犯罪であるといえよう。
こうした陰の力学関係は旧八野党による細川連立政権においても歴然としている。たとえぱ、現在の経済団体連合会の会長は平岩外四氏であるが、氏は細川首相の私的諮問機関となった経済改革研究会の座長にも選ぱれている。ところが、この平岩氏は出身母体が東京電力(元社長で現相談役)なのである。また、この平岩氏はエネルギー業界の一方の雄であるガス業界に依頼され、自民党に年三億円の広告費名目の裏政治献金をおこなった経団連の外郭団体、経済広報センターの会長でもある(93年10月9日付朝日新聞朝刊)。さらには、細川政権の成立に貢献したといわれる日本労働組合総連合会(連合)の山岸章会長をささえる副会長のひとり、笹森清氏は電力会社の労働者でつくる電力総連の出身であり、これもまた、労働界にも原発肯定の構造が歴然としてあることの証明である。くわえて、山岸会長の出身母体であるNTT労組・全電通を中心とする情報通信労連も原発について批判的ではない。こうした関係が現政府・与党による原子力政策の世論形成にも影響を与えないはずがないのである。
このプルトニウムは核兵器の原料であると同時に、日本では原発の核燃料でもある。今のところ治療方法のない病気をつくりだすこの猛毒物質については、核戦争防止国際医師会議他著『プルトニウム』(ダイヤモンド社、93年)が警告するとおりである。しかもその「安全広告」は、(有)ちろりん村による請求事件の裁判所での棄却の時期ともほぼ同じだから、それをこの「バイバイCM」の放映中止と関連させて考えると、現代日本の権力層の中心をなす政府やそれと抱き合わせの関係にある一部巨大企業からマスコミが経済的に強制される「やらせジヤーナリズム」による巧妙な世論誘導とマスメディアの側からの権力への迎合の実態がいっそう明らかになってくる。
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