自然派の貴方に、ちろりん村的スローフードでスローライフな通販生活のすすめ
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社長の自己紹介

社長_有機食品や有機野菜の宅配
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社長の経歴年表

私、大西光明(おおにしみつあき)四国香川県丸亀市1948年生まれ、義務教育後、金の卵として単身15才、大阪の個人商店に就職、昼は小間使い、夜は夜学、ところが田舎から祖母が急に出てきて将来性がない!と下請け大工の親方に預けられた、いい親方で幸せだった。

が、しかし大学に行くため2年で夜学も中退し一旦四国へ戻る。

高校3年間を高松で過ごし20才で東京へ、当時大学解体の嵐の中、とても受験する気にはなれなかった、沢山の人が傷ついて大学や高校を去った。親には悪いが私にはその選択しかなかった。

小さな旅に出た、与論島で半年、昼は石割人夫日当500円、夜は洞穴で寝る、その洞穴は?私が去った後ヒッピーで溢れ、島の風紀が乱れると怒った島の青年団が爆破!名誉のため言っておくが採石の親方も島の人も自然もヒッピーも優しかった。鹿児島に着いた時は文無し!仕方がないので桜島のミカン農家で収穫が終わるまで住み込みアルバイトで旅費を稼ぐ。

それから八丈島の無料キャンプ場で自作テント生活半年、ホームレスだ。なぜだか仲間が増えてカラフル創作テント会場となり、見学者が殺到!私設キャンプ場経営者が自分のキャンプ場の宣伝に使いたいと写真撮影。ある日、東京都の役人が退去勧告。従わないと深夜にパトカーに先導されたトラックから屈強な男が10数人降り無言で私達のテント目がけ岩石を投げた!テントの中で耐えた、役人もトラックの男も島外の人だ

ある日小笠原墓参団専用船が八丈島に入港、出港間際に無許可無賃で飛び乗り船員に叱られ墓参団に助けられ小笠原諸島へ!そこで見た空!海!筆舌不可!ムルロアは知らないが目の前に私のムルロアがあった。七転八倒、抱腹絶倒、危機一髪だが以下省略!知りたい方はメールを!(笑)

命からがら小笠原から逃げ帰った私はニューヨーク行きの準備に追われていた(理由割愛)ところが偶然東京のJR中野駅で女神に遭遇、これでニューヨーク行きは没!それが妻の佐和子だ、翌日から在野の哲学者小阪修平先生宅に妻?と居候、この時期本を乱読、有吉佐和子著『小説複合汚染』に遭遇、子供が産まれたのを機に家族で四国山中へ戻り有機農業を開始「小阪先生お世話になりました」

電気ガス水道電話テレビFAXパソコン車バイク原付なし、ランプと囲炉裏の無手勝流自給自足型有機農業生活歴10年、この間詳細省略、高知県有機農業研究会会長の原田先生に師事(本当は愛媛の自然農法家、福岡先生にも師事したが半日でお尻を割ったので書きません)だが金の卵だった私も金欠病と山猪に襲われ1983年頃里に下る。そして1984年ちろりん村オープンの助っと!から始めて現在に至る、あとは年表をご覧下さい。

と、駆け足でお話ししましたね、では今日はこのへんで・・・


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