KENWOOD L−02T
FM STEREO TUNER ¥300,000
とにかく,このチューナーが発売されたときには驚いたものです。その価格もさることながら,チューナーと言うより
アンプ並の大きさにはまずびっくりしました。そして,何より試聴したとき,その音の良さに,決定的に衝撃を受けた
ことを思い出します。ニュースや生放送のDJ番組などを聴くと,スタジオの音をそのまま聴いているかのような声の
生々しさには感動したものです。これ以降,この超弩級のチューナーを超える製品は現れていません。恐らく,現在
でもこれを超える性能のFMチューナーはないのではないでしょうか。このチューナーは,周波数直線高精度7連バリコンを採用していました。これは,ものすごく高精度なもので,これ
以降,チューナーはデジタルシンセサイザー化してしまい,このような優れたバリコンを作ることのできる技術者も
いなくなってしまったのではないかと思います。ですから,このL−02Tと同じチューナーを現在作ることは難しい
のかもしれません。音質をよくするために,「ノンスペクトラムIFシステム」,「ノンステップ・サンプリングホールドMPX」など,いわゆるフィ
ルターの悪影響を抑える努力が徹底的になされていました。このあたりには,現代のデジタル機器に通じるものがあ
るように思います。現在,ケンウッドが,CDプレーヤー,MDデッキなどのデジタルオーディオにおいて優れた製品を
開発しているのも偶然ではないのかもしれません。チューナーはつまりラジオ受信機ですから,高選択度と音質の両立が重要になります。周波数変調であるFM信号
は,オーディオ信号の強弱や周波数成分により,つねに帯域幅の変化するスペクトルとして情報を伝えていますが
このスペクトルがIFバンドパスフィルターを通過するときに音楽情報が大きく損なわれていました。IFフィルターを緩
やかな特性にしてスペクトルを通過させれば情報は損なわれませんが,今度は妨害波を排除する能力が低下して
音質が損なわれてしまいます。この「ノンスペクトラムIFシステム」は,IFに入る信号からスペクトルを取り除きIFを通
過させ,その後でもとの信号にスペクトルを戻して検波することで低歪みと妨害排除能力を両立させた方式でした。KT−9900以来伝統の「サンプリングホールドMPX」は,左右のオーディオ信号に分離するMPX段において,従来
の方形波に代わって立ち上がりの鋭いパルス波を使用し,パルスのピークを取り出し(サンプリングし)L・R分離のた
めのスイッチング信号とするもので,ピークだけをサンプリングするために低下しがちな信号の平均レベルを上げるた
め,次のサンプリング信号がくるまでピーク信号をホールドしSN比を上げるというものでした。ピークだけを取り出すた
めに,左右信号のもれが少なく,次段のローパスフィルターへの負担が少なく,高いセパレーションを誇りました。
L−02Tでは,さらにこの改良型の「ノンステップ・サンプリングホールドMPX」を搭載していました。これは,38kHz
付近のサブキャリア信号を除去するのにローパスフィルターを用いるのではなく,波形の組み合わせや合成で行い,
実際上ローパスフィルターを不要とした方式でした。そのほか,当時トリオの独自技術だったΣドライブサーキットを採用し,アンプの入力端子までケーブルの影響を抑え
ひずみのない信号電圧の伝送を目指していました。トリオは,この技術を,アンプ,CDプレーヤーなど広く展開してい
ました。電源部も,チューナーとは思えないほど強力でした。各動作ステージごとに,独立した電源を設置し,計6巻線の2ト
ランスというアンプ並のものすごいものでした。MPX部は3電源,L・R信号分離後は,左右完全独立2電源という徹
底したものでした。チューナーでこれほどの電源部を持つものも他に例を見ないと思います。
トリオ(現ケンウッド)は,通信機メーカーでもあったので,チューナーの受信性能については,抜群の技術を持ってい
たため,このチューナーの受信性能もすばらしいものでした。強電界においても歪むことなく,弱電界でも高感度を示
していました。当時,「FMはトリオ」とよく言われていましたが,オーディオの分野と通信機の分野の両方に精通して
いるメーカーならではのことだと思います。当時,同じクラスのFMチューナーを聴き比べると,同社のチューナーが断
然クリアな音を誇っていたのが印象に残っています。現在所有されている方は,ぜひ永く大切にしてください。これほどのチューナーは,まず2度と現れないでしょうから。
以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。
THE FM
OF JAPAN
かくて,FMを究めた。
世界最高の低ひずみ率と高SN比を開発テーマに完成したFMチューナーL−02T。
新技術「ノンスペクトラムIFシステム」,「ノンステップ・サンプリングホールドMPX」に
より長年の課題であった受信特性とオーディオ特性の両立を実現。ひずみ率0.004
%,SN比98dBとチューナーの範疇をはるかに超えた桁外れの性能を達成しました。
FMの歴史に新しい1ページを開きます。
◎ひずみ率0.004%の信号伝送を実現した
ノンスペクトラムIFシステム |
◎ローパスフィルターを追放,ひずみの発生を抑えた
ノンステップ・サンプリングホールドMPX |
◎IMや大入力特性にすぐれた
ダイレクトコンバージョンシステム |
◎受信特性にすぐれたRFノーマルポジション
フロントエンドIF・AGC |
◎オールプッシュプルのフロントエンドIF増幅 |
◎Σドライブサーキット |
◎全ステージ独立電源 |
◎110dBfまで入力を直読できる
高精度シグナルメーター |
◎ダイヤルスケールアジャスター |
◎A,B2系統のアンテナ端子 |
●FMチューナー部●
受信周波数範囲 | 76MHz〜90MHz |
アンテナインピーダンス(A,B2系統) | 75Ω不平衡 |
感度 NORMAL(75Ω)
DIRECT(75Ω) |
10.7dBf(新IHF) 0.95μV(IHF)
25.2dBf(新IHF) 5.0μV(IHF) |
SN比50dB感度 NORMAL(MONO)
NORMAL(STEREO) DIRECT(MONO) DIRECT(STEREO) |
15.8dBf(新IHF) 1.7μV(IHF)
37.2dBf(新IHF) 20μV(IHF) 31.2dBf(新IHF) 10μV(IHF) 51.6dBf(新IHF) 105μV(IHF) |
高調波ひずみ率
(ANT・IN→Σ・OUT アンテナ入力85dBf) |
WIDE 100Hz 0.004%(MONO)0.015%(STEREO)
1kHz 0.004%(MONO)0.01%(STEREO) 6kHz 0.015%(MONO)0.03%(STEREO) 15kHz 0.01%(MONO) 0.1%(STEREO) 50Hz〜10kHz 0.015%(MONO)0.04%(STEREO) NARROW 100Hz 0.005%(MONO)0.08%(STEREO) 1kHz 0.02%(MONO) 0.05%(STEREO) 15kHz 0.05%(MONO) 0.5%(STEREO) 50Hz〜10kHz 0.2%(MONO) 0.2%(STEREO) |
SN比
(ANT・IN→Σ・OUT 100%変調85dBf入力) |
98dB(MONO) 88dB(STEREO) |
キャプチャーレシオ | 0.9dB(WIDE) 2.5dB(NARROW) |
実効選択度(IHF) | NARROW 65dB(±300kHz)
WIDE 45dB |
ステレオセパレーション
(ANT・IN→Σ・OUT) |
WIDE 1kHz 60dB
50Hz〜10kHz 50dB 15kHz 45dB NARROW 1kHz 47dB 50Hz〜10kHz 35dB |
周波数特性(ANT・IN→Σ・OUT) | 15Hz〜15kHz +0.2dB −0.5dB |
イメージ妨害比 84MHz NORMAL | 120dB |
IF妨害比 84MHz NORMAL | 120dB |
スプリアス妨害比 84MHz NORMAL | 120dB |
AM抑圧比 | 70dB |
サブキャリア抑圧比 ローパスフィルターON
ローパスフィルターOFF |
70dB
65dB |
レックキャリブレーション | 440Hz 50%変調 |
出力レベルおよび出力インピーダンス | FM 1kHz 100%変調 固定出力 0.75V 1Ω以下
Σ出力(可変) 1.5V 1Ω以下 |
マルチパス出力 | 垂直出力 0.5V 3kΩ
水平出力 0.01V 10kΩ |
ダイヤルスケール・アジャスター | ±2mm |
●電源部その他●
電源電圧・電源周波数 | 100V 50Hz/60Hz |
定格消費電力(電気用品取締法に基づく表示) | 28W |
最大外形寸法 | 480(W)×147.5(H)×423(D)mm |
重量 | 12.4kg |
※本ページに掲載したL−02Tの写真,仕様表等は1981年12月のTRIO(KENWOOD)
のカタログより抜粋したもので,ケンウッド株式会社に著作権があります。したがって,これら
の写真等を無断で転載・引用等することは法律で禁じられていますのでご注意ください。
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