YAMAHA T-9
NATURAL SOUND FM STEREO TUNER ¥98,000
1979年にヤマハが発売した高級チューナー。プリメインアンプのコーナーで取り上げたA-9とペアとなるチューナーとして
発売されたもので,バリコン式からシンセサイザー式のチューナーへの過渡期に出現した高性能かつ非常にユニークな内
容を持ったチューナーでした。当時のヤマハのチューナーは同じ時期に発売されていたトリオのパルスカウント式の高級チ
ューナーの向こうを張るかのように独自の技術を展開した個性派でした。カタログの文章にもそのあたりがうかがえます。T-9の基本的な構成は,ローゲイン・アンチサチュレーション・フロントエンド→ユニレゾナンスセラミックフィルターによる,
Super DX付AUTO DX IF→ウルトラリニアダイレクトディテクタ→C MOS DCNFB+アンチインタフェアレンスPLL+
トラッキングサーボパイロットキャンセル回路によるリアルタイムダイレクト・デコーダー→低歪率オープンロードタイプノル
トン変換型ローパスフィルターとなっていました。(うーん,難しいですね。)また,デジタルシンセサイズドメモリによるモー
タードライブ10局プリセットチューニング回路を装備していました。フロントエンドには,高精度ワイドギャップ5連バリコンとデュアルゲートMOS FETを採用し,アンテナ回路と段間をダブル
チューンとしていました。RFアンプには,アンチサチュレーション回路を付加して,強電界での高選択度受信と弱電界での
高感度受信の両立を図っていました。IF段は,単共振構造と特殊な電極パターンによって帯域内の微分利得偏差を極小に抑え,妨害排除特性とオーディオ特
性のハイレベルでの両立を図ったユニレゾナンスセラミックフィルタとC MOS ICを含むリミッタ特性に優れた高性能IFアン
プとによって構成されていました。IF回路は,電波環境に合わせて適切な動作をさせられるように,2つのIF回路を自動的
に切換える妨害検出型のAUTO DX回路を持つLOCAL・DXの2系統に加え,200kHzの実効選択度を向上させたSu-
per DXポジションを装備していました。
LOCAL IF段は,ユニレゾナンスセラミックフィルター2素子とTr2段+C MOS IC1段+7段差動増幅器で構成され,30dB
という選択度を確保しつつ優れたオーディオ特性を実現していました。
DX IF段は,ユニレゾナンスセラミックフィルターとTr3段+C MOS IC2段+7段差動増幅器で構成され,実効選択度80dB
を確保しつつ歪率0.4%(1kHz),セパレーション38dB(1kHz)を得ていました。
FM多局化時代に備えたSuper DXポジションでは,100dB(±400kHz),30dB(±200kHz)の高選択度を誇りました。
さらに,隣接妨害局によって発生するビートを取り除くビートサプレッサ回路でステレオ放送でのノイズ成分を大きく減少させ
Auto DX回路と連動して自動的にコントロールされるダブルAUTO-BLEND回路を搭載し,ステレオ受信のサービスエリア
を従来機に比べて大幅に拡大していました。検波段には,ヤマハ自慢の新開発「ウルトラリニアダイレクトディテクタ」を搭載していました。これは,10.7MHzのIF信号を
ダイレクトに広帯域レシオトランスに入力して検波する,従来のヤマハのチューナー「Tシリーズ」に登載されていた「ワイドレン
ジ・リニアフェイズディテクタ」をよりワイドレンジ化,高SN化,低歪率化し,さらにDCスタビライザを装備したものでした。ヤマ
ハによると,ダイレクトに検波することで,パルスカウント検波に比べて情報の伝送能力は5〜10倍,復調周波数特性はDC
〜1400kHzと10倍の広帯域を誇るとうたわれていました。カタログの中の「検波段で,パルスカウント方式に対するヤマハ
の見解は,理論上の直線性は良いけれど,肝心の情報伝送能力に欠けているためオーディオチューナーには適さない過去
の技術」ということばには,当時のヤマハのこの方式に対する自信のほどがうかがえます。カタログの中でも,パルスカウント
方式との比較で論が進められていました。ステレオ復調を行うMPX段には,「リアルタイムダイレクト・デコーダー」が搭載されていました。これは,それまでの「Tシリー
ズ」でも採用されていた完全DC化が特長のDC・NFB・PLL・MPXステレオデコーダーにC MOS・DC・NFBスイッチング回
路を搭載してより高性能化したもので,ヤマハの基本特許であるNFBスイッチング平均値復調方式を,スイッチング速度がき
わめて速いC MOS(コンプリメンタリィMOS)双方向アナログスイッチとハイスルーレイトDCアンプICを組み合わせたもので
した。ここでもトリオなどが採用していた「サンプリングホールド方式」に対する優位がうたわれ,カタログ中の「復調段で,サン
プリングホールド方式に対するヤマハのチューナー技術の見解は,非直線抵抗でコンデンサを充放電してスイッチするため,
過渡特性に欠点があり,アンプの動作性で言えばC級動作で,オーディオアンプとしては見捨てられた過去の技術」というこ
とばには,ヤマハの自信が表れています。19kHzのパイロット信号を同振幅逆相のサイン波でスイッチング回路の入力でキャンセルするための「トラッキングサーボパイ
ロットピュアキャンセル回路」を備えていました。これは,通常のパイロットキャンセル回路に強力なサーボをかけたもので,放
送局によってパイロットレベルが異なる場合にも強力にレベル追従してパイロット信号をデコーダーにはいる前にキャンセルす
ることができ,キャリアリークが極めて少なく,デコーダーにはコンポジット信号のみが入力され,混変調歪が抑えられていまし
た。また,19kHzのパイロット信号から,コンポジット信号を復調するために38kHzのサブキャリを発生するためのPLL回路に
は入力に同調型の妨害除去フィルターを付加し,ステレオ信号によるサブキャリア信号の乱れが極めて少ないAuto Interfer
-ence PLL Systemを採用していました。
T-9は,周波数のデジタル表示も付いていましたが,5連バリコンを使用したアナログ式チューナーでした。このころ(1979年)
すでにチューナーのデジタル化が進みシンセサイザーチューナーが各社から発売されていました。しかし,普及機や中級機が
中心で,高級チューナーの分野ではアナログ式チューナーが主流でした。それは,使い勝手は優れているが,デジタル系回路
や水晶発振器の基準周波数からのノイズの問題もあって受信性能や音質面ではバリコン式チューナーが優れていたからでし
た。そのこともあり,あのトリオ・ケンウッドでも,高級機において最後までバリコン式チューナーにこだわったほどでした。T-9では,アナログ式のチューナーにシンセサイザー式チューナーのメリットの一つ,周波数プリセット機能を持たせた「モータ
ードライブ・プリセットチューニングシステム」を搭載していました。これは,受信したい周波数に対応するバリコンの回転角度を
10ビットの分解能でデジタル値に変換してメモリーに記憶させておき,選局時に希望する局のチャンネルキーを押すと,メモリ
ーされている10ビットのデジタル値を呼び出して回転角度に対応したアナログ信号に変換して出力し,サーボモーター回路に
送られてモータードライブによるチューニングが行われる機能でした。サーボモーター回路は,メモリーから送られてきたアナロ
グ信号とバリコンの回転角度信号を比較し,その差がゼロになるようにバリコンの回転角度を調整し,この動作が終わると,サ
ーボ回路からの信号に代わってIF回路からの中心周波数に対応したセンターチューニング信号により制御されて,バリコンが
補正ドライブされて最適同調点に微調整されて止まる仕組みになっていました。ちょうど,人間がバリコン式チューナーを使って
行うチューニング動作をそのまま自動化したようなユニークな機能でした。周波数のずれを補正するAFCのON/OFFはチュー
ニング操作と連動して自動的に行われ,その動作状態をLEDによって表示する機能を持ち,OTS(Optimum Tuning Syst
-em)という名称が付けられていました。
以上のように,T-9は,バリコン式からシンセサイザー式への過渡期に出現した大変個性的なチューナで,その中身には,ヤマ
ハの個性が詰まった高性能チューナーでした。繊細な感じのデザインに似合わず,キリッとして力強い感じの音を聴かせてくれ
T-1,T-2以来のヤマハのチューナらしい音だと感じたものでした。ヤマハはこれ以降,シンセサイザーチューナへと移行してい
きました。その意味でも,ヤマハ最後の高級アナログ式チューナーでした。
以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。
◎Ultra Linear Direct Detector |
◆復調周波数特性DC〜1400kHz(−3dB)のワイドレンジ |
◆10.7MHzをダイレクトに検波するウルトラリニア・ダイレクト
ディテクタ |
◆情報伝達能力はパルスカウント検波の5〜10倍 |
◎Real Time Direct Decorder |
◆n(ナノ)Secオーダーのハイスピードスイッチング
−C MOSディバイス |
◆トランジェント特性にも秀れたリアルタイム・ダイレクトデコーダー |
◆トラッキングサーボパイロットピュアキャンセル回路 |
◆アンチインタフェアレンスPLLシステム |
◆低歪率オープンロードタイプノルトン変換型ローパスフィルター |
◎IFステージ |
◆秀れたオーディオ特性を実現するLOCAL IF段 |
◆妨害の多い受信環境で威力を発揮する実効選択度80dBの
DX IF段 |
◆実効選択度100dBのSuper DX |
◎モータードライブプリセットチューニングシステム |
◆秀れた音質・受信性能と快適な操作性を両立させたデジタル
シンセサイズドメモリ・モータードライブ10局プリセット チューニングシステム |
◎OTS |
◎メータ回路 |
◆デュアルモードシグナルクオリティメーター |
◆オプティカルバランスタイプチューニングインジケーター |
◆ダブルAUTO-BLEND回路 |
◆デジタルリードアウト |
●T-9の主な規格●
■チューナー部■
受信周波数 | 76〜90MHz |
50dB SN感度 | MONO 3.2μV(15.3dBf,DXポジション)
STEREO 20μV(31.2dBf,SUPER DX,BLEND ON) 38μV(36.8dBf,DX,BLEND OFF) |
実用感度
(IHF・MONO・84MHz) |
300Ω 1.8μV(10.3dBf)
75Ω 0.9μV(10.3dBf) |
イメージ妨害比(84MHz) | 120dB |
IF妨害比(84MHz) | 120dB |
スプリアス妨害比(84MHz) | 120dB |
AM抑圧比(IHF) | 68dB |
実効選択度 | (±400kHz)LOCAL/DX 30dB/80dB
SUPER DX 100dB (±200kHz)DX/SUPER DX 18dB/30dB |
SN比 | MONO 92dB
STEREO 85dB |
全高調波歪率 | (LOCAL) (DX)
MONO 100Hz 0.02% 0.08% 1kHz 0.03% 0.15% 6kHz 0.05% 0.3% 10kHz 0.03% 0.08% STEREO 100Hz 0.04% 0.5% 1kHz 0.04% 0.4% 6kHz 0.06% 0.6% 10kHz 0.07% 0.8% |
IM(混変調)歪率(IHF) | (LOCAL) (DX)
MONO 0.03% 0.10% STEREO 0.04% 0.4% |
ステレオセパレーション | (LOCAL) (DX)
1kHz 60dB 38dB 20Hz〜10kHz 55dB 30dB |
周波数特性 | 50Hz〜10kHz±0.3dB
20Hz〜15kHz+0.3dB,−0.5dB |
サブキャリア抑圧比 | 75dB |
ミューティングレベル | 5μV(19.2dBf) |
AUTO-DX動作レベル | 50μV(39.2dBf) |
■オーディオ部■
出力レベル/インピーダンス | (FIXED) (VARIABLE) |
FM(100%高調・1kHz) | VRセンター 1V/600Ω 500mV/3.3kΩ
VR MAX 1V/600Ω |
REC CAL信号
(333Hz:FM50%変調に相当) |
FIXED 500mV/600Ω
VARIABLE 250mV/3.3kΩ(VRセンター) |
■付属機構■
DCサーボモーターによる10局プリセット選局機構 |
スタティック点灯によるデジタルリードアウト |
RXモード切換(AUTO-DX,SUPER DX) |
FMミューティング&OTS |
デュアルモードシグナルクオリティメーター |
オプティカルバランスタイプ・センターチューニングインジケーター |
ダブルオートブレンド |
レコーディングキャリブレーター |
■総合■
使用半導体等 | IC23,FET11,Tr92,ダイオード38,LED15,ツェナーダイオード3,
セラミックフィルター7,水晶振動子1,ニッカド電池1 |
ACアウトレット | 1個(300W・MAX) |
定格電圧・周波数 | 100V・50/60Hz |
定格消費電力 | 16W |
外形寸法 | 460W×95H×335.5Dmm |
重量 | 6.2kg |
※本ページに掲載したT-9の写真,仕様表等は1979年10月のYAMAHA
のカタログより抜粋したもので,日本楽器製造株式会社に著作権があります。
したがって,これらの写真等を無断で転載・引用等することは法律で禁じられ
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