SS「母の肖像」−1 |
「ママの絵を描いてもらったで〜す。」 雨降る休日の午後、サロンでくつろぐボクたちのところへ小さな額縁を抱えて現れた織姫。 そんな彼女の元に集まるみんなの様子を横目で見ながらボクは一人その場を離れた。 これから始まる話題の展開を予想できるから。 前のボクだったらそんなこと少しも気にならなかった。 もちろん、今でもそうだけれど・・・・・・・。 ふと気づくとボクはかえでさんの部屋の前に立っていた。 「だから、あなたはここに来たのね。」 そう、あの場からボクを救い出してくれた。 かえでさんならきっと、ボクの真実を知っている。 そう思ったから・・・ 「どうして?」 ? 「どうして、あなたは自分の過去が知りたくなったの?」 その問いに、ボクは一瞬戸惑った。 なぜ? そんなこと・・・分からない。 でも・・・ 「ボクは自分がどうやって生み出された存在なのか。 そのことは理解しているつもりだ。 そこでどうやって生きてきたのかも。 だけど、あの時は気づかなかった何かが。 見えなかった何かが。 あるのではないか? そう今になって考えられるようになった。」 だから・・・・・・ ボクの答えを聞いて、かえでさんは一瞬笑みをうかべたように思えた。 でも、その後の返答はなかった。 何か考えるようなしぐさを見せるかえでさんに 「やはりどうしても話せないことがあるんだ。」 そう思った。 コトッ 長い沈黙がその音によって破れた。 机の引き出しから何かを取り出したかえでさんはそれをボクに手渡した。 「たぶん、今のあなただったら、これに書かれていることが理解できるはず。」 ボクの手に握られたもの。 茶色く褪せた封筒にはこう書かれてあった。 RENI 〜もう一人の 愛すべき娘へ〜 その日、一人の女の子がこの世に生を受けました。 「おめでとうございます、シュミット博士。」 「これで博士の名声がまた帝国全土に響き渡ることになりますな。」 「しかしながら、恐れ入りました。 まさかヒトを人工的に造り出す、そんなことができるとは。 実際こう素体を目の前にしながらも、信じられないというか。」 称賛と羨望の眼が集まる中に私は居た。 恐らくは世界初だろうという声さえ聞こえてくる大事業をやり終えた。 そんな充実感に漂いながら 「いえ、素体はまだ生まれたばかり。研究はこれからです。」 そんな答えを返す中、ふと聞こえてきたあの声。 「おや、こちらは?」 「博士も人が悪い。こちらは試験体と言ったところですか。」 「違いますよ、それは本当の私の娘です。」 そう、彼女は私が本当に産んだ娘、アイラ。 あなたより、ほんの1週間ほど前に生まれた彼女は 当時は私が隠れて造り出した実験体だとよく皮肉られた。 私だって本当の「母」なのに・・・ でも、私にはそれを言う資格、なかったのかもしれない。 「おかあちゃま、まだおしごと、おわらないの?」 「ごめんね、アイラ。もうちょっとだから。」 「うん、アイラ、まってる。 だからおかあちゃまもおしごとはやくおわらせて いっしょにおたんじょうかいしようね。」 その日は、アイラ5歳の誕生日だった 「博士、大変です。お嬢さんが・・・。」 不慮の事故だった。 でも、あの時私がアイラを待たせなかったら。 起きていなかった出来事だったのに。 彼女の生命についてはどう手を尽くしても絶望的の言葉しか出てこない状態だった。 情けない・・・。 遺伝子学の号だけでなく外科医としての実力もありと認められていたにもかかわらず、 我が子の命一つ救うことができなかったのだから。 それでもと将来に望みを託し、私は我が子を冷凍保存することにした。 それから数時間後 「博士・・・ こんな時に失礼とは思いましたが。 素体が眼を覚ましましたのでご報告にきました。」 これまで一度も眼を開けることなくただ成長を続けていたあなたが眼を開けたこと。 アイラが呼んだ奇跡だという喜びの声。 でも、それもほんのわずかな時間の出来事だった 「どうするんですか?博士。」 「このままだと、素体は・・・ 研究全てがまた初めからやり直しになってしまうんですよ。」 「辛いかもしれないけれど、これしか方法はないんです。 どうか決断ください、博士。」 ごめん・・・ ごめんね、アイラ。助けられなくて・・・ それからのあなたの成長はめざましいものがあった。 知識を吸収するのも普通のヒトより断然早く、判断力の適格性も目を見張るものがあった。 それに、もう一つ。 あなたの能力には普通のヒトには存在することが希なものが見られた。 ただ唯一、生まれてこなかったもの。 −感情− 人間であれば誰でも持つその特性をあなたは持ち合わせていなかった。 当時、欧州大戦の真っ只中に人間兵器を創り出そうとする集団が帝国の一部に存在した。 私のいた研究施設がその集団に目をつけられたのは、当時の社会の状態では仕方がなかったのなのかもしれない。 『人工的に生命を創り出す』 そんな目的でつくられた研究所は、戦争の中戦うための兵器を造り出す、そんな目的にすりかえられていった。 研究対象としてごく普通の子供たちもこの施設に集められるようになった。 「あたしはエルフって呼ばれたって絶対返事してやらないんだから。 だからあんたもレニって呼ばれないと返事しちゃ駄目よ。」 〜それは、命令?〜 「命令じゃないわよ。 や・く・そ・くよ。」 〜約束?〜 「そうよ、お友達同士の間で守るもの。 あたしとあんたはお友達なんだから。あたしの言うことは守る必要があるの。 分かった、レニ?」 〜・・・了解〜 「も〜、なんでそういう言い方しかできないのかなぁ。 お友達同士の会話でそんな答え方しないでいいの。 『うん。』でいいの。 さ、言ってみて。」 〜・・・・・・う、うん〜 「はい、よくできました。 ってなんかあたし、あんたのおかあさんみたいね。」 「博士、大変です。」 「もう、騒がしいわね。いったいどうしたって言うの。」 「ツヴァイが・・・・・・・・・・・・・失礼しました。 素体がこんなことを言い出したんです。 『これからボクのことはレニと呼べ! でないと以後私たちの指示には反応できない』と。 博士、なんとか言い聞かせてください。 素体に名前をつけるなんて・・・。」 「いいじゃない、呼んであげれば。」 「博士〜〜〜〜。」 「いけない?素体に名前があっては。」 「変わったな、博士も。 素体に愛情を感じるようにでもなったのだろうか。」 「いや、そうじゃないだろ。 気に入らないのさ、初めての素体を皆が『ツヴァイ』と呼ぶのがさ。 本当なら『アイン』と呼ぶべきなんだろうがな。 誰もそう呼ばないのがさ。 気に食わないんだろう。」 そんな気持ちがなかった訳じゃない。 でも、その時はなんとなく嬉しかったから。 「これじゃなきゃ駄目」 どんな形であれ、あなたが自分の意志を持って言い出したこと。 理由は分からないけれど、なんとなく笑えてしまったから。 でも、名前をつけるなんてそんな単純なこと。 私はどうしてできなかったんだろう・・・ 戦時中という状況にもかかわらず、他の子供たちとの接触が結果的には あなたにとって良き体験を得ることになったのは、皮肉なものなのかもしれない。 ただ、そういった状況はそう長くは続かなかった。 戦争の終結 帝政の崩壊 新しい国家の樹立 そんな中、不安な噂が私の耳にも届くことになった。 |
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