SS「母の肖像」−2





  「・・・研究所の・・・抹消?」
  「そうです、新国家としては先の戦争の記録を一つして残しておきたくない。
   というのは表向きで他国にその情報を知られたくない。
   だから・・・」
  「全てを白紙にしてしまおう。そういうことなのね。」


情報を全て中央が管理し、その他のものは全て抹消してしまう。
それはただの噂だけではなかった。
一つ、また一つと軍事のために使われたと思われる施設が壊され、
そこに居た人達の所在が分からなくなるという情報が密かに流れてくるようになった。
いつかここもきっと・・・。


でも、あなただけは守りたい。






  「さ、レニ。
   ここに入って。

   うん、いい子ね。

   いい、これから言うことをよく聞いて。
   ここは私とあなたしか知らない場所だから
   他の人に気づかれることはないと思うけど。
   
   これから外でどんな音がしてもあなたはここから出ちゃ駄目よ。
   いい、ずっとここで休んでいること。

   分かった?レニ。」
 
   「うん、了解。エア。」

   「いい子ね。
    私はもう二度とここに来てあげることができないかもしれないけれど・・・。

    おやすみ、レニ。」


あなたが眠るカプセルの扉を閉じた後、私はもう一つの扉を開けた。
アイラ、ごめんね。
またあなたをこんなことに使ってしまって。
でもレニの姿がなかったら、あいつらは永遠にあの子の姿を探すでしょうから。
母さんの我侭、というよりエゴかもしれないけれど・・・
あの子を生かすために、もう一度力を貸して・・・





バタン


閉じられた扉
漆黒の闇
静寂

それはかえでさんがボクを迎えに来てくれるまで続いた。









エア=シュミットと名乗るその女性の手紙を読みながらボクは過去を、ボクの時間を巡ってきた。
ボクの記憶の中に残された音と映像。
それが確かに存在した時間なのかどうかを判断する術はないけれど。


その手紙は最後にこう綴られていた。




もし、無事あなたがこの手紙を読むことができたのなら

(もちろんそれを『仮定』ではなく『実現して欲しい』と願うけれど
今の状況からはそれは希望的な出来事であるようにしか思えないから
こう綴ることを許して下さい。)

過去は過去として受け止め、決してそれに囚われることなく未来を生きていって欲しい。
そう願うばかりです。







「ごめんなさい、レニ。
あなたに謝らなければいけないことがあるの。
当時、ヴァックストゥーム計画の一部始終は国家機密だったの。
そんな中、偶然あなたに関する記録、というのかな。
ある研究員の悪戯書きのようなものを見つけたのが結果的にあなたを発見するきっかけになったの。

本当ならあなたのこと『レニ・シュミット』って呼んであげなければいけなかったのだけれど。
諜報員の目を欺くためにあなたに偽名を与えてしまった。
もし、あなたが望むなら・・・。」


「かえでさん
別に謝らなくていい。

ボクは今のこの名前が本当のボクの名前だと思っているから。
ボクが今まで出会った人、皆が付けてくれて呼んでくれた名前だから。
感謝しているんだ。

それに・・・。」


「?」


「ボク、今になって思い出したことがあるんだ。
あの時
かえでさんが、ボクを迎えにきてくれた時
カプセルの扉を開けてくれたかえでさんの姿を見る前に一瞬誰か別の人が見えた気がしたんだ。

ボクに似た
というより雰囲気がそのままの
長い銀髪を後ろで束ねた青い目の女性。

ひょっとしてあの人が。」



「レニ・・・。」



「ありがとう、かえでさん。この手紙、読ませてくれて。」


そう言おうとした時、かえでさんはボクを抱きしめてこう言った。


「ごめんね、レニ。
ごめんね、今まで黙っていて。
どうしても・・・言うことができなかったから。
その勇気がなかったから。

ごめんね・・・。」



ぽたり


ボクの頬に温かいものが落ちた。


「かえでさんが謝ることなんてないのに。
かえでさんが泣くことなんてないのに。」




そうつぶやきながら
ボクの目からも一筋、温かいものが流れた。

−2000年11月4日 サクラBBSにて発表



製作裏話