「春送歌〜君を見送る日に〜」






  その夜………



 「さ・く・らは〜〜〜ん」



 あれ?
 いつもの紅蘭とはちょっと違うようだけど
 でも大丈夫よね


 不安な気持ちもあったけど
 あたしは扉の所へと向かった。
 ドア越しに声をかけてみる。

 「どうしたの、紅蘭?」

 「ま、ええからここ開けてえな。」



  ………


  かちゃり
  あたしは思い切ってドアを開けた。



 「もう、待たしたらあかんでぇ、さくらはんたら」

 笑いながら部屋の中へ入ってくる紅蘭


 ちょ、ちょっと
 お邪魔しますとかそういった挨拶は?


 って、そういう間柄でもないわよね。


 「まぁちょっとつきあってぇな。」


 そう言って部屋の真ん中
 畳の上に腰を下ろす紅蘭。
 手には黄金色の液体の入った瓶とグラスがふたつ
 そう言えば紅蘭
 なんだかちょっと顔色が赤いような気がするけど………



 その黄金色の液体をグラスに注ぐと
 「さ、どうぞ。」
 そう言ってあたしにそれを差し出した。


 「紅蘭………これって………」



 「ひらたくいうとお酒や
  これな、うちが漬けたんやでぇ。



  このお酒はな
  『桂花陳酒』っちゅう中国のお酒や。
 

  うちのな
  小さい頃住んでた北京のな。
  おかーちゃんにこれ作るの教わってな。
  って言っても
  あんまりにも小さかったから
  おかーちゃんがこうやってかな
  っていう記憶だけを頼りにな
  つくってみたんやで。


  これはな。
  金木犀の花を漬けたもんでな。


  ま、米田はんに言わせりゃ
  なんちゅう酒らしゅうない酒や
  って言うかも知れへんけどな。

  うちらが飲むには
  ちょうどいい甘さのお酒やで。


  さ、さくらはんも一杯どうや?」


 「………って、紅蘭。
  あなたまだ未成年じゃ………」

 「もぅ〜堅いことはこのさいなしや。
  旅立ちのお祝いや。
  二人でな、大神はんのこと祝うてあげんと。」



  
 「………紅蘭………」





 明るく振るまっている風に見えるけど
 きっと一人でそのことを考えるのが辛くなったのね。
 だって紅蘭
 目は笑ってなかったから。
 さきほどまでそうだったんじゃないかと
 ほほをつたう涙の跡
 うっすらと残ってた。


 それに………


 あたしもこれでいいと思った。
 一人でこの時を過ごすよりも
 誰かが居てくれた方がいい。
 
 きっと一人でいると
 ぼ〜っと何も考えていなくても
 涙が流れてきそうな
 そんな夜だったから。




 りん


 グラスを鳴らす音


 ふと見ると
 紅蘭、寝ちゃったの?
 畳の上に倒れ込んだ彼女の姿

 すぅっという寝息の音
 既に熟睡状態






 「もう………紅蘭ったら。」


 ふふっと声に出して笑いたくなったけど
 あ、いけない
 紅蘭、起きちゃうかも。
 きっと疲れてるのね。
 このまま眠らせてあげましょ。

 そうあたしは思った。




  

 大変だったもんね、今朝まで………






 あたしがそれに気づいたのは夜も遅くなってのことだった。
 大神さんに手紙を渡した後、部屋へと戻る途中
 紅蘭の部屋から明かりが漏れていた
 少し開いた扉の向こう
 赤い布と格闘する彼女の姿………




 「ああ、明日までに終わらさんとあかんのに。」



 最初はあたし
 続いてマリア
 カンナ、すみれ

 いつのまにか織姫が鋏を持ち始め
 慌ててレニとアイリスが止めに入る

 狭い部屋はいつのまにか人で一杯になる



 
 まるでそれは
 初日を迎える前の夜
 準備の間に合わない小道具や衣装を
 徹夜で作る現場のよう

 時間がない
 間に合わないかも
 気は焦っているはずなのに
 何故か和やかな雰囲気
 


 お祭りを迎えるのが楽しみで仕方ない
 待ち遠しくて眠れない

 そんな夜だったように思う


 ちょっとさみしいお祭りだったけど




 開け放たれた窓から
 春の夜風と共に
 すぅっと何かが流れこんできたようだった
 花びら………


 ううん
 もう桜の季節は終わってしまったわよね


 よく見ると
 それは一枚の桜葉のようだった
 風と共に訪れたその珍客は
 留まることを知らぬが如く
 二度夜風と共に窓の外へと流れていった



<終わり>
2002.3.20



あとがき