SS「つきのなまえ」






 『ツヴァイ(NO.02)?!
 違うよ、そんなの数じゃない。あたしが知りたいのはね、あんたの名前よ』
 
『…名前…?』

最近、<外>からやって来たばかりだというエルフ(NO.11)は変わった子だった。
この時もだったが、しばしば理解できないことを言っては、ボクを混乱させた。

『そ、名前。…パパやママがつけてくれた。あ、あたしはね、ローザって言うの』
だからエルフなんて呼ばれたって絶対返事しないんだから、と息まきながら
R−O−S−A、とリノリウムの床に、見えない文字を書いて説明してみせる。

『パパ、ママ…。父と母の愛称。両親のこと。ならばボクには名前は無い』

『どうして?』

『両親はボクにはいないから』

『そんなのヘンだよ。みんな、パパとママがいるから…、あ…!』
言いかけたローザは、何故か急に口を閉じた。ぎゅっと眉根をよせて、顔をしかめる。
突然体調でもおかしくなったのだろうか。それならば報告に行かなくてはならない。
そう考えて扉の方を振り向いた時だった。

『…ごめん、ごめんね…』
消え入りそうな小さな声だった。

多分、ボクはこの時、ひどく面食らった顔をしていたのだろうと思う。
彼女がつぶやいた言葉が謝罪のそれであるということすら、
よく分かっていなかったのだから。

しばらくボクたちは、そのままだった。
ローザは床にぺたんと座ったまま、ボクはそんな彼女を見下ろす位置に、ただ立っていた。

―――カラン、カラン、カラン、カラン…

不意の鐘の音が沈黙を破った。

『召集だ』

一歩踏み出したボクのズボンの裾をローザの手が掴む。
ボクを見上げてにっと笑うと、彼女は言った。

『…レニ』

それがボクのことだと気づくまでに随分かかってしまった。

『R−E−N−I、レニ。決めた。今からあたし、あんたのこと、レニって呼ぶからね。
 パパやママからのじゃないけど、…名前。』

『ボクの…名前…?』

『うん。……嫌?』
またあの難しそうな顔をする。
『…別に。ローザがそう呼びたいのなら』

別に何と呼ばれようと違いはない。そう思っていた。
そう、違いなんてない―――

レニ。ボクの名前。数字じゃない、ボクの名前・・・。



−2000.10.27 サクラ大戦BBSにて−






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