徳島男声合唱団「響」はホールでの演奏会はまだ行っていませんが、毎年、団員が勤めている穴吹小学校で、
その団員が学校で指導している合唱団や鼓笛隊と共に演奏会を行っています。ただし、小学校の授業の一環として行われているため、
日曜日を登校日に振り替えて、午前中に行います。私は昨年に続いて2度目の訪問で、かなり楽しみにしていました。
ただ、今回は昨年参加したコンクールで披露した曲を演奏するステージがあったので、
コンクールに助っ人参加した私もそのステージへの協力を指揮者S氏より受け、ステージ衣装持参で会場に向かう。
去年は珍しい朝の演奏会という事で、寝坊から開演時間に遅刻するという失態を行ったが、
今年はキッチリ開演前のリハーサル中に到着。
到着してコンクール曲の練習を終え、次は愛唱曲ステージの練習という事で脇に避けようとすると、
S氏はニッコリ笑って自身の楽譜を渡し、
「じゃ、ヨロシク」
き、聞いてないよ〜。
私は学生時代はバス担当だったため愛唱曲は大抵バス、また一部はセカンドでとっていたので、バリトンは完全に初見状態。
結果は・・・聞かないで。
前々から北海道には行ってみたいと思っていた。実際、聴いてみたい合唱団もあるし。
しかし、距離はあるし、行く事も帰る事も困難なため、無理だろうというのが結論であった。
やはり、学生時代に行っておくべきであったか・・・。(行ってる事は行ってるんですケドね、
函館に40分程(^^;))
ある日時刻表を見ていると、大阪ー青森間の日本海側を縦貫する上り特急「白鳥」が大阪に20時到着する事(坂出まで帰れる)、
札幌発の夜行急行「はまなす」が青森で「白鳥」に連絡している事が分かる。ようするに、土曜日の演奏会の後、
「はまなす」「白鳥」を乗り継げば日曜日の内には帰り着く事が可能なのである。
(重要なのは在来線の急行、特急を使用するという事。ご承知のように、在来線の場合は一定距離以上になると急行券、
特急券の料金が一定になるため、多少なりとも旅費が安くつくという訳)中でも、
「白鳥」に乗って日本海側の街並の移り変わりを眺める事ができるのが大きい。
という訳で、土曜日の演奏会ならば(仕事は休むが)行きは飛行機を使う事で行けるのだ。
どうせ行くならば、お世話になっているmizuさんが現役のうちにお邪魔するというのが筋というもの。
・・・なにやら主旨が違ってきているような気もしますが、気のせいでしょう(^^;)
そして駅でチケットを押さえておく。帰りの列車の切符を購入しようとした折、新大阪ー岡山間の新幹線自由席特急券をとると、 在来線乗り継ぎで特急券が半額になるという事で、200キロの新幹線のためにトータル1000キロ以上の急行、特急料金が半額になってしまい、 (しかも、その浮いた金額で新幹線分がカバーできた)なにやら複雑な気分。
さて当日。高松空港で搭乗を待つ。飛行機を使って演奏会に行くというのは初めてで、なにやら大掛かりな事になっているという気がする。
・・・それにしても遅いな。到着、整備が長引いて、すでに1時間近くになる。これほど長引くと心配になる。
いや、開演に間に合うかどうか以前に、墜ちないかどうかをね。
ようやく整備も終わり、搭乗、離陸。・・・やはり速い。地図で見た室蘭の海岸線が見えて来て、降下していく。
一面の雪原に葉を落とした木々の群れだけが見える。長い道路が見えて来ると、雪の深さが感じられる。
千歳空港到着。JRに乗り換えて札幌へ向かう。客室は暖房が効いているが、デッキとの扉が開くたびにジンワリと足元から冷気を感じる。
札幌駅から会場まではmizu氏から地下鉄を使用した行き方を教わっていたが、せっかくだから歩いて行く。午後5時、気温は1度。
坂出より5度は低いが、風がないせいかそれほど寒いとは思わない。大通り公園に出て、雪の積もっている道を歩いていく。
歩道は雪が踏み固められたりして凍っているので滑りやすいため、むしろ雪の中を歩いた方が安全。
それに、人前で転んだりしたら「内地の人間」(北海道外の人の事 「いいひと」(小学館)より)である事がバレバレなので、妙に緊張して歩く。
会場到着。やはり室内は暖房が良く効いており、シャツ2枚で充分な程。
終演後、mizu氏とお会いして多少話すが、電車の時間があるので早々にお暇する。再び駅まで歩く。ところで、真に危険なのは歩道よりも車道。 車によって固められてアイスバーンと化した道路は本当にツルツル。車もスリップしている所を見る。 私も最大の難所が横断歩道を渡る時で、実際、一度見事にスッこける。なんとかたどり着いて「はまなす」に乗り込む。
「はまなす」では余り寝付かれず、函館駅では機関車連結の様子を見るためにわざわざホームに降りる。 時に午前3時(^^;)ホームに残った雪は凍り付いている。その後はさすがに眠ってしまい、青函トンネル内の様子は分からなかった。 青森駅では乗り換えに1時間程あった(「白鳥」は入線済み。)ので、 駅そばで食事を済ませて(早い時間にも関わらず売店も開いており、大変有難い。)から駅前をうろつく。 昼間は賑わうのであろう駅ビルも静まり返っており、客待ちのタクシーだけが数台白い煙を上げている。やはり雪が深いが、 こちらも風がないせいか余り寒さは感じない。青森駅も変わったな。12年前のちょうど今頃、5時前に着いた青函連絡船は特急にしか連絡しておらず、 普通列車を待つために古い木造の待合室で10人程の人々と共に小さなストーブを囲んでふるえていた記憶があるが、 その待合室も改装されてキレイになっている。場所も代わっているのかな。
6時過ぎ青森発。弘前を過ぎるまでは内陸を走るためかなり雪深い。民家の屋根には潰れそうなほど厚く積もっており、
その周囲に落とした雪も棄てきれない程大量である。線路も枕木ごと雪に埋もれており、
前に走った列車のおかげで表出した2本の鉄路を頼りに走って行くような感じ。
ようやく日が上がって来て、日本海側に出てからは意外に雪は少なめで、地表が見えている所もある。
秋田、山形の辺りは海岸線まで山が迫っているためか、国道7号線と平行して走る。
あれは。海岸とその手前の国道を眺めていると、岩場と共に見覚えのある建物に気付く。
7年前に青森から日本海側の海岸線を米子までドライブした時に立ち寄った「道の駅」で、
そこから見る海岸は洗濯板状の岩場が続いていたのを思い出す。見た所、余り変わっていないようで一安心。
新潟県に入ってからは国道と離れて走る。雪もさらに少なくなったようで地面が見えている所も増えて来たようだ。
新潟駅では方向転換のため座席を反転させる。大半の乗客が降りてしまっていたのでその作業もスムースに進む。
新潟からは半分眠ってしまい、余り覚えていない。気がつくと能生も糸魚川も通り過ぎてしまい、生「北陸にて」を実感できなかったのは残念だ。
金沢に着く頃には、空は雲に覆われて雨が降り出す。金沢の街は、所々雪が残っているというのにその上から雨が降るという、
なかなか奇妙な光景。翌日、ある冊子を眺めていると、この時期は二十四節句の一つ「雨水」にあたるそうで、
「気温上昇により、それまで降っていた雪が雨に変わる時期」だという。この地方の季節感を表した言葉なのだろうか。
香川のように、雪がほとんど降らない地方の人間には貴重な体験であり、日本ならではの季節の細かな移り変わりの趣きを味わう事ができた。
敦賀から内陸に入り、雨に煙る雪の琵琶湖を左に見ながら、終着大阪へ向かう。瀬戸内海側に出るとさすがに雪は全くない。
かくして24時間余りに渡る帰路は終わりをつげた。さすがに疲れた。
翌朝、出社するため外に出ると、いつも通り強い風が吹きつけてくる。 先日の札幌や青森より寒いと思った(^^;)
休憩時間に「響」のメンバーのS氏、M氏と話す。その中でターキーズサイドから依頼されていたアンコールでの演出に関する相談をする。
それは
「アンコールで観客をステージに上げて一緒に歌おうと思うのだが、
その観客を呼ぶ際にサクラとなって率先して上がって来て欲しい。」
というもので、まあ、ありがちな話。
特に私はJAMCA演奏会でターキーズメンバーに同じ協力をしてもらっているので否はない。S氏、M氏も了承してくれる。
とはいえ、2人ともガタイはデカいがシャイな人達なので、
ここは図体同様、態度もデカい私が先頭に立つ必要があるだろう。
さてアンコール。指揮者のN氏が観客に向かって呼びかける。さあ来たぞ。「響」のメンバーが様子を伺っているようなので、
私は率先して立ちあがり、荷物を座席に置いていると、「響」のS氏、M氏も安心したのか立ちあがり始める。
するとN氏が続ける。
「・・・ただ、私共は相撲協会ではありません・・・」
その瞬間、重量級の3人はピタッと動きが止まりました。
「・・・相撲協会ではありませんが、女性の方には登壇をご遠慮願いたいと思います。」
とまあ、実は直前の大阪府知事の土俵入り問題に引っ掛けた挨拶だった訳です。
という訳で3人ともホッとしてステージに上がり、アンコールも大成功に終わりました。
・・・しかし、この一件で一番キツかったのは、私達に交じってステージに上ってしまおうと画策していた、 グリークラブ香川の指揮者、T女史であった。
| 演奏会ページのトップに戻る | |
| 本コーナーのトップに戻る | |
| トップページに戻る |