「裁判には証人として出る事になるし、ちゃんとした服を用意しておかないとね
それと寝間着と普段着も必用よね」
そう言ってミサトは店員を呼び、カヲルを採寸して貰い服を次々と選んでいった。
レジに大量の服が詰まれ、レジに金額が次々表示されているのを見て、カヲルは内心
いたたまれなくなっていた。
「子供はそんな事気にしないのっ」 ミサトはカヲルの様子に気づいたのか、ウインク
をして言った。
「夕食はリョウジが作ってくれてると思うから、急ぎましょ?」
二人で手分けして荷物を抱えて立体駐車場に戻る時、ミサトは笑みを浮かべていった。
カヲルはこの時、シンジが家族と言って憚らない関係だと言っていたのを思い出していた。


アスカを訪ねて三千里
外伝1「遠い約束」 下


「御馳走様でした」

今日はいろいろな事があったせいでやや食事に集中出来なかったカヲルだが、
加持が煮込んだ牛肉のポトフとガーリックトーストは美味しく、
腹の底から温まるのを感じながらカヲルは使った容器を流しへと持っていった。

「カヲルお兄ちゃん、食べるのはやーい……」
加持御夫妻の娘のエミコちゃんは口の回りに茶色の染みをつけたまま、
カヲルが食べ終えたのを見て、少し寂しそうにしていた。
もっと側にいてかまってあげるべきかとカヲルは一瞬後悔した。

「あ、お風呂湧いてるから先に入っててよ」
ミサトはビール代わりらしい炭酸飲料を飲み干し、
カヲルが皿を洗おうかと迷っているのを見て声をかけた。

「え? いいんですか?」
カヲルは出羽の所に引き取られる前も後も一番風呂を経験した事はなく、
少しどぎまぎしながら二人の顔色を窺っていた。

「勿論いいわよ? 着替えを出しておくから、今着てるのは籠に入れておいてね」
ミサトはエミコちゃんの口元を拭いてあげながら、笑顔で答えた。


「ふぅ……エミコちゃんを風呂に入れてあげろって言われなくて良かったな……」
カヲルは自虐的に呟いて脱衣所で服を脱ぎ始めた。
カヲルが服を脱いでいくと、カヲルの躯に刻まれた傷跡が一つづつ姿を現した。

出羽に言われるまま男娼のような行為を重ねた事を忘れる事は不可能であった。
腕にも……肩にも……背中にも……アイスピックで無理矢理開けられたピアスの穴は
左右で位置が激しくずれており色が白いのが気に喰わないと言われ、行く度にカヲル
の躯に傷を増やしていった男は今も次なる獲物に真新しい傷を付けているのだろうか。

「僕なんかが入ったら……この綺麗なお湯は穢れてしまう……エミコちゃんや葛城さん
達も入るのに……そんな事は……許されちゃいけないんだ……」

結局カヲルは湯船に入る事を善しとせず、身体を石鹸で念入りに洗ってから、
これまでの習慣通り、冷水で泡を流していった。

「シンジ君を……逃がしてあげれて、良かったんだよね……シンジ君にまでこんな
思いをさせるなんて……そんな事は……」

そう頭では理解しているし、今のカヲルにとってシンジは魂の兄弟のように想っている
のだが、それでも自分はあくまでもシンジの影でしかない事にカヲルは苦悩していた。

綾波さんに優しくして貰ったのも……鈴原やケンスケに友達のように扱って貰ったのも、
ミサトさんや加持さんに暖かく迎えて貰えたのも……全てシンジのおかげだった。

自分自身では何もする事なくシンジと繋がりがあると言うだけで、
シンジの知己に受け入れて貰える事が今のカヲルにとっては苦痛であった。

あんないい人達とごく普通に出逢いたかった……シンジの代わりでは嫌だと言う、
心の奥底に隠していた心情にカヲルは身を焦がしていた。

ぱしゃり――
カヲルは自らのその考えを打ち消そうとしてかその身に冷水をかけつづけていた。

「もう……出ようか……」
カヲルは風呂場を元の状態に近づけてから脱衣所に出た。

「僕の為に用意された服……僕にこの服を着る資格なんかないのに……」

買ってきたパジャマと下着は既に一回洗われて乾燥機にかけられていたようで、
カヲルが袖を通すと下着もパジャマもまるで元々自分の物だったかのように馴染んだ。

「恩返しをした所で……自己満足にしかならないよね……きっと」
綾波クリンリネスに所属して働き、いくばくかの金を得て加持夫妻が自分の為に遣った
お金を返そうとした所で、きっとあの二人は受け取ってはくれないだろう……。
仮に受け取ったとしても、カヲル名義の預金通帳を作るだろう行動が予測出来た。

何の見返りも求めずに施された者は、どうやってその恩を返せば良いのだろうか。


「ところで、NERVに詰めていなくてもいいのかい?」
寝間着に着替えて居間に行くと、加持さんとミサトさんが何かの相談をしていた。

「例の窃盗犯が行動を起こすにしろ、内部協力者が必要な筈だし……わたしがNERV
に詰めていたら、行動を起こさないかも知れないでしょ?」

「お、早かったね。冷えるといけないから、もう寝るかい?」
加持さんはカヲルに気づき、屈託のない笑顔を見せた。

「あ、はい……あの、明日の予定はどうなっているのでしょうか?」
カヲルは用意して貰った歯ブラシに歯磨き粉を少しだけつけて歯を磨いた後問いかけた。

「そうねぇ……リフレッシュルームででも待機して貰う事になるかも知れないけど、
今の時点ではどうとも言えないわね……あ、そうそう。携帯端末を部屋に置いておいた
から、説明書とか読んでおいてね。第三新東京市では端末がないと何も出来ないのよ」

「あ、そうそう。もし自宅待機になったら書斎の本はどれでも読んでいいから」

「ありがとうございます……それでは、失礼します」
カヲルは二人にそう告げて頭を下げて背を向けようとした。

「ちょっと、違うでしょ?」
「申し訳ございません……」
ミサトが少し不満そうな声を上げたので、カヲルはすかさず振り向き、
その身に染みついてしまった命令待ちの姿勢を取ってしまった。

「そういう時はね……おやすみなさいって言うのよ? ハイ言ってみて」

「あ、はい……おやすみなさいませ」

「ませって何よぉ……家族の会話には聞こえないわぁ? もう一回」

「はい……おやすみなさい……」

「うーん……まだ、何だか違和感があるのよね……そうよ、一々”あ、はい”なんて
つけなくていいんだから、普通にそのままでいいのよ」

「ちょっとミサト……あんまり押しつけがましい事を言わなくても……」
加持は膝に抱いたエミコの頭を撫でながら、ミサトに注意した。

「発音を無理にしなさいって言ってるんじゃないのよ? ただ、そういうよそよそしい
んじゃ肩が凝るし、家族って感じじゃないでしょ?」

「んぇ? あ、カヲルおにーちゃん。おやすみー」
加持の膝でうとうとしていたエミコは満点の笑みを浮かべて言った。

「おやすみなさい」
カヲルは何とか及第点の挨拶をして、自室……いや、シンジの部屋だった所に戻った。


そして、翌日…………。

「ちょっと、それどういう事なの? 厳重に警戒してた筈でしょ?」

新聞配達員の姿が消えて久しいが、前世紀なら新聞配達員が新聞を配るような時間に、
ミサトは電話に向かって怒鳴っていた。

「あの、おはようございます……」
昨夜トイレに行っておくのを忘れたせいか、尿意で目覚めたカヲルは廊下に出るや否や
ミサトの怒号に驚き、目を丸くしていた。

「これから、すぐ行くけど……現場の保存と宿直職員の洗い出しとか頼むわよ?」
ちょっと待っててと言う意味のポーズを取っていたミサトはそう言って電話を切った。

「何かあったんですか? 綾波さんは大丈夫だったんでしょうか!」
カヲルは最悪の事態を想像してしまい、顔を蒼くした。

「綾波さんの方は異常なかったんだけど……あなた達を襲撃した犯人の一人が死亡……
もう一人は現在、意識不明の重体だそうよ……ちょっとNERVも安全とは言えないし、
警備を巡回させるようにしておくから、今日はここで待機していてくれる?」

ミサトはジャケットをひっかけながらカヲルに包み漏らさずに説明した。

「ふぅ……こんな時点で裏手をかかれるなんて、思ってもいなかったな……敵は想像以上
に手が長いって事だな……だけど、碇司令を疑ったりすると立場なくなるぞ?」

加持は髭を剃っていたようで、顎の具合を確かめながら居間に現れた。

「早いな……そういう訳なんだ……今日は休園日だし、エミコの事を頼むよ」
加持は背広を片手に持ったまま車の鍵を確認して、ミサトと共に外へ出て行った。


「とりあえず……トイレ行かなくちゃ……」
カヲルは考えを巡らせていたが、尿意を思いだしてトイレへと向かった。


数時間後……。


「ふぅ……やっと昼寝してくれたか……」
ちょっと早い昼食を食べてからカヲルはエミコにせがまれるまま、
落書き帳にエミコの望む人物像……加持さんとミサトさんとシンジ君の姿を書き、
ついでに綾波さんの姿を八分通り書いた辺りで寝息を立て始めたのであった。

「ん? なんの電子音だろう……あ、これか」
カヲルは昨夜渡されていた携帯端末を充電器から持ち上げて通話ボタンを押した。

「はい……渚カヲルですが……」
この番号を知っているのは、加持夫妻ぐらいだと分かっていながらもカヲルは丁寧に
電話に出た。

『綾波ですが、今ちょっと宜しいかしら?』

「あ、はい! 何の御用でしょうか?」

カヲルはエミコを起こさないように廊下に出ながらレイに応えていた。

『そんなにかしこまらないで欲しいんだけど。綾波クリンリネスの入社の手続きが必要
なので、今からそちらにお邪魔しようと思っているんですけど……』

「はい。わかりました」

恐らくはミサトから番号を聞いたのだろうし、その際にこの家に来る許可は貰っている
と判断し、カヲルは一も二もなく返事を返した。

『今巡回中だから、10分程で行けると思います。では……』

携帯端末の回線が切れたのを確認し、カヲルは左の胸ポケットに端末を入れて、
応接室代わりの居間へと向かった。

「お飲み物を用意しないと……これなら、問題ないかも……」
カヲルは今日代わりに受け取ったDMに同梱されていたローズヒップティーの試供品
ティーバッグを一包み取り出し、お茶の準備を始めた。
仕事で来るのだから、お茶菓子は不要と判断し、カヲルは出羽に叩き込まれた紅茶の
入れ方を思いだしつつ、用意を始めた。


数分後、レイはNERVが用意した二人の護衛と共に車を降り立ったが、
護衛は入り口と裏口に控えているようで、入って来たのはレイだけであった。

「このテーブルをお借りしましょうか……」
レイは必要書類などを居間のテーブルに広げていった。

「あの……どうぞ」
カヲルは用意していたローズヒップティーの入ったカップを書類にかかったりする心配
のないサイドテーブルに置いて薦めた。

「おかまいなく……」
そう言いつつもレイは漂って来る紅茶の香りが気になるのか、
カップを手に取って香りを楽しんでいた。

「これ……綾波グループのブランドの紅茶だと思うのですが、何か特別な事を?」
レイは香りを楽しんでから一口二口と味を確認するや、一気に紅茶を飲み干した。

「酸味が勝ちがちなので、はちみつを入れようかとも思いましたが、
沈殿した実を早めに取り除き、代わりにバラの砂糖漬けを刻んでいれて、
上澄みだけを注いで軽くかきまぜてみましたが……」

「美容にいいから愛飲してるんですけど、こんなに美味しく頂けたのは初めてです」
レイは暗にお代わりを要求するかのように空のカップの底を見せるようにして言った。

「ありがとうございます……」
カヲルはすかさず空になったカップを回収したが、念のため用意して温めていた別の
カップを使って二杯目を出した。

数分後……。

「貴方なら、綾波家の執事でも勤まりそうですけど……何か希望の職種は?」
レイはまず基本的な条項だけを記入させてから、問いかけて来た。

「いや、希望などと……働かさせて貰えるのなら、身を惜しんだりしません」
カヲルはいつから自分がここまで饒舌になったのかを内心不思議に思っていた。

「労働者というものは、その労働を対価に契約するものなのだから、基本的に雇用者
と立場は平等と言っていいのよ? そういった古い慣習を改めようとしている所なの
ですから、そういう消極的な言葉は聞きたくありません。何かやりたい事は?」

「希望……やりたい事……絵が描きたいんですけど……仕事にはなりません」
カヲルは少し逡巡してから、そう答えた。

「絵を描かれるんですか……是非一度拝見したいのですけど……」

「そんな、拝見などと……」
カヲルはどう答えるか悩みながら口を開いた。


「あれ、おきゃくさんなの? あ、レイお姉ちゃんだー。ほら、見て見て?
この絵、レイおねーちゃんでしょ? とっても綺麗だよねー」

エミコはカヲルが最後に描いていたレイの似顔絵を誇らしげに見せていた。

「いや、その……それは……いたずら書きで……」
カヲルは必死で取り戻そうとしたが、レイに一瞥されてしゅんと項垂れた。

「あ、それ、レイおねーちゃんにあげるね? お話終わったら呼んでねー」
エミコはそう言って元いた部屋へと戻っていった。

「どうして…………どうして、やりたい事がないなんて言うんですか?」
まじまじと絵を観ていたレイは耐えきれないとばかりに口を開いた。

「それは…………」

「これは、碇君が描いてくれたあの絵にも匹敵する……いや、比べるのは失礼ね……
方向性は違うけど、他に代わりのきかない立派な才能だと思うわ……美化しすぎだけど」

「美化だなんて、そんな事はありません……綾波さんは……その……」
カヲルはどもらないように気をつけながら抗弁しようとしたが、
レイの眼力に負けたのか、尻すぼみになってしまっていた、

「ありがとう……カヲル君にはこういう風に映っていたのかしら……光栄です」
レイは切り離された落書き帳の一頁を丁寧にカヲルに返そうとしていた。

「いや、それはエミコちゃんの為に描いたもので、エミコちゃんがレイさんに差し上げた
ものですから」
カヲルは慌てて拒否した。

「エミコちゃんには後でお礼をする事にします……」
レイは書類などを入れているクリアファイルに似顔絵を丁寧に挟み込んだ。

「先程言いかけてましたけど、どうして絵を描きたいと思わないんですか?」

「それは……僕にその資格がないからです」
カヲルは服ごしに躯に刻まれた傷の一つを軽く撫でた。

「どうして? 貴方は孤児出身だったかも知れない……けど、それは貴方に責任がある訳
ではないでしょう? 辛い立場にいたとはいえ、何をそんなに卑下する事があると言うの
ですか? 碇君は決してそのような…………ごめんなさい」

「その……違うんです……シンジ君と僕とは決定的な違いがあるんです……」
カヲルは最早レイの眼を見る事も出来ないようで、ややどもりながら告白した。

「間違っていたらごめんなさい……その、犯罪を犯した事があるのですか?」

「いえ……孤児院を出てすぐ引き取って頂いたので、盗み一つ働いた事ありません」

「ならば、何故? 自分の好きな事……やりたい事をしてはいけない理由なんて……」
レイは一時、自ら孤児達の窃盗団を率いていた事さえ誇りに感じている程なので、
カヲルの言い分が到底理解出来ないようであった。

普通ならば……現実的にやりたい事が出来ないと言うのは良くある事だ。
だが、それを目指す事すら出来ない理由と言う物がレイには想像出来ずにいた。

「もしかして、貴方が絵を描く事によって誰か不利益が生じる人でもいるの?」

「いえ……そういう事ではありません。私個人だけの問題なんです……」

「けど、絵を描くのは好きなんでしょう? 子供の戯れにまでこんな見事な絵を描いて」

「はい…………好きなんです……でも……でも……」

「お願い……誰にも他言しないから教えて頂戴……どうして、その資格がないの?」
レイは祈るように両手を合わせてまでしてカヲルに懇願していた。
それだけの資質があるのに、光を目指さず暗闇に自らを追い込んでいくようなカヲル
の言動の根源をレイは知りたがっていた。

単にこれから従業員と雇用者になる間柄でする話ではない。
命を救って貰った恩人とする話でもない……。
だが、今のレイにはカヲルの事しか頭に無かった。

「僕の身が……穢れているからです」
カヲルは身も狂わんばかりに悩んだ末に、ついにその身の暗黒をレイに覗かせた。

「けがれて……いる? 貴方のどこが穢れていると言うの? 貴方は何の躊躇もなく、
私の命を救ってくれたような……そんな貴方のどこが……」

「男娼と言う言葉を知っていますか?」

「男娼……って、どうして? 貴方は孤児院を出た後に養父に引き取って貰ったんじゃないの?」
レイの想像を遙かに上回る告白に、さすがのレイも慌ててしまっていた。

「引き取って頂いた方に絵を教わったのですが……街の有力者がことある毎に難癖をつけ
て来るので……私がその折衝として……求められるままに身体を差し出していました。
やはり……私には貴方にお世話になる資格は無かったのです……」
そう言ってカヲルは途中まで書いた書類を二つに引き裂いた。

「一寸待って……その、養父に命じられて男娼まがいの事をした……
だから、身体が穢れてしまった……それ故に自分の好きな事をする資格がない……
そう言いたい訳なの?」

「はい」
カヲルは微かにレイの顔を窺い見てから、そう答えた。

よりにもよって最も知られたくない人に知られてしまった……。
シンジが描いたレイの絵を慰めに生きている内、絵のモデルであるレイに憧れていた
カヲルは最も秘したい自らの汚物を晒してしまった事が哀しかった。

レイの会社に勤めれば、何度かレイと話す機会もあっただろう……。
だが、いつかは破局が待ち受けていたのだとカヲルは納得しようとしていた。

「顔を上げなさい」
レイは冷徹な声を響かせた。

「はい……」
カヲルは最後にレイの顔を瞼に焼き付けるべく顔を上げた。


パン――
乾いた音が響いてからもカヲルは自らがレイにぶたれたのだと気づかなかった。
何故なら、レイが涙を流しており、その美しい泣き顔に見とれてしまっていたからだ。

「どうして……どうして、そんな事を言うのですか……貴方を産んでくれた御両親が、
もしその事を聞いたら……どう……うっく……貴方に責任なんかないじゃないですか!
貴方の身も心も何一つ穢れてなどいませんっ!」
レイは涙が鼻に入り、しゃくりあげながらカヲルを叱咤した。

「ですが……人間として……最も尊厳から遠ざかるような真似をした私が……絵画で美を
表現するなど……」
カヲルはレイが泣いているのを、おろおろと見ながら尚も抗弁した。

「私は……蓮の花が好きです……美しいが棘のあるバラよりも……」

「はぁ……」
カヲルはレイの言葉の真意を測りかねていた。

「何故なら……蓮は誰もが汚れと感じる泥中に根を張り……それでも健気に美しい花を
咲かせるからです……貴方の心には……花を咲かせる根はないのですか!?」

「もうここにもいられませんし、街を出るつもりです……ですから、これだけは言わせて
下さい……お願いです」

「誰も出て行けなんて言ってないじゃないの……どうして貴方はそんな事ばっかり言って
私を困らせるの? 言いなさいよ……何でも……」

「シンジ君の絵で貴方を知ってから……貴方と実際にお会いしてから……僕の心の闇の中
ではレイさんだけが光輝を放っています……ですが、僕がいては汚してしまいます」

「ねぇ、教えて……貴方といて私がどう汚れると言うの? 今、貴方が言った言葉は私
を侮辱している事が理解出来ないの? 貴方は自分の心の暗闇しか観ていない……。
その、たった一つの光を追い求めてみたいとは思わないの?」
レイは立ち上がり、両手を開いてカヲルに言いはなった。

「それは………………」
カヲルはレイの衝撃的な言動に眼を丸くしてしまっていた。

「おやおや、お楽しみの最中かと思ったら、愁嘆場の真っ盛りかい?」
廊下の方から足音が聞こえたので、ふと廊下を見ると、護衛の筈の男性が片手で抱いた
エミコの頭に銃を突きつけているのが見えた。

「何をしているっ!?」
レイはNERVの護衛の行動に眼を向いた。


次の瞬間、カヲルとレイの携帯端末が鳴り響き、レイの方は自動着信にしていたのか、
通話が繋がり、ミサトの叫び声が聞こえた。
『レイ? 大丈夫? 今すぐそこから逃げて! あなた達の護衛の一人も買収されてい
たのっ!』

その頃NERVではようやく大事な証人を殺そうとしたNERV内の裏切り者を発見し、
自白剤を打って共犯者の名前を割り出した所であった。
窃盗犯はブラフでしかなく裏を突かれたのであった。


「もうちょい早く気づけば何とかなったかも知れないけどねぇ……」
NERVの護衛だった男はサイレンサーを付けた銃でテーブルの上のレイの携帯端末を
打ち抜いた。

「おにーちゃん……おねーちゃぁん」
エミコは涙を滲ませながらカヲルとレイを観ていた。

「くっ……何が目的だ……」
確かにレイを殺すのが目的なら、すでに人質が取られている以上抵抗もままならず、
今すぐ胸を撃ち貫かれていても不思議ではなかった。

綾波グループに対する警告ならば、元孤児の社員の一人や二人を射殺でもすれば事が
足りる筈であり、綾波グループの次期総帥の身柄を確保しようとする理由はレイにも
思いつかなかった。

「時間を稼ごうってのか? そうはいかんよ……昔のお仲間が追いつくまでに移動して
貰わないとな……あ、そうそう。もう一人は潔癖すぎたんで死んで貰ったから」

「俺にもなんであんたを生きたまま連れていかなきゃいけない詳しい理由は知らないん
だけど……ま、恨むなよ。こんな小さい子や、そこの若造のどっちかを物言わぬ死体に
しないと、言う事を聞けないのか?」

絶体絶命の危機であった。
もし、相手がレイの命が目的なら身を挺してでも最初の一撃から守る事が出来たかも
知れない……だが、今や殺されそうになっているのは、エミコやカヲルであった。

ようやく、NERVの警備カーのサイレンの音が遠くに響きだしていたが、
到底間に合うとは思えなかった。

「二人のどちらかにでも手を出したら……舌を噛んで死にます」
レイは敢然と言い放ち、最後のカードを露わにした。

「それ、出来るのかぁ? お嬢ちゃんにぃ…………舌を噛みきった所で必ずしも死ぬと
は限らないんだぜぇ? ただ、痛い思いをするだけだっつの……」

現在の状況をどうすれば覆せるのか……仮に車についていっても、レイだけ先に降ろされ
ては、どうしようもないし、何らの拘束もせずにカヲルを同行するとは思えなかった。
トランクの中にでも入れられるのか、後ろ手で手錠でもかけられるのか……レイの身を
守るチャンスなどありはしない事が容易に想像出来た。


もし、行動を起こすなら、自らが拘束される直前しかあり得ない……。
カヲルはその決意を固めていた。
そして、カヲルは誰もが思いもかけない発想でレイとエミコの双方を守る事に成功した。



果たしてその発想とは…………解決編は2006年の正月を予定しています。





さぁ、みんなもその方法を考えてみよう!










ってウソウソ……ちゃんと解決編も書いてます。