この物語は、TV版エヴァ弐拾四話の続編。
 もう一つのエヴァのカタチです。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第一部 復活の日々


 その日、シンジはいつものようにネルフ本部内の廊下を歩いていた。

 そして、『303号室』と書かれた部屋の前で立ち止まった。

 「アスカ、入るよ」

 しかし、中から返事は無かった。

 『アスカ……今日もだめなのか』

 少し悲しくなりながら、シンジは部屋に入っていった。

 アスカは虚ろな瞳で天井を見ていた。時々、思い出したかのようにまばたきをして
 いる。しかし、その瞳に光は無く、シンジが部屋に入ってきた事すら気づいて
 いないようだった。

 アスカが入院してから二十日間、誰が来ても(ドイツから両親が来た時ですら)
 一言も話さず、誰も見ようとはしなかった。リツコの話によると、本人が生きる
 事を拒絶しているのだろう、という事だった。本人が生きる事を望まぬ限り、
 どんな治療も役に立たない。アスカが一番嫌っていた、ただ生きているだけの、
 魂の無い人形、それが今のアスカだった。

 シンジはベッドの横の椅子に座り、アスカの手を取った。驚くほど冷たく、細い
 手だった。

 アスカは何の反応も示さない。青白い肌と肉の落ちた頬が痛々しく、見ていられ
 なくなり、じっと手だけを見つめていた。

 『アスカ……どうして家出なんかしたんだよ。どうしてこんなになるまで……
 どうして……』

 シンジは、これまでの様々な出来事を思い出していた。綾波の死、自分は三人目
 だと言う綾波との出会い、僕の知らない綾波、僕の事を知らない綾波。
 ミサトさんの涙、リツコさんの苦悩、トウジを傷つけてしまった事、カヲル君を
 殺してしまった事、何日も苦しみ、眠れなかった事、みんないなくなってしまった
 事、……そしてアスカの家出と今のアスカの状態。それは十四歳の少年にとって
 あまりにつらく、苦しい出来事の連続だった。

 今、目の前にいる少女の代わりに、自分がベッドに横たわっていても何らおかしく
 はなかった。自分が今、辛うじて平静を保っていられるのは、アスカが自分より
 先に精神崩壊を起こしてしまったからだ。

 『何とかアスカを助けたい』

 その思いだけがシンジの生きる支えになっていた。

 しかし、シンジの心もまた、寂しさや孤独感で一杯だった。アスカのようになれた
 ら、どんなに楽だろうか、と思う事すらあった。

 シンジは、アスカの手を強く握った。

 「アスカ……みんないなくなってしまったよ。僕らの知っている人たちは、
 みんないなくなってしまった。この上、アスカまで僕の前からいなくなるのかい?
 僕を一人にしないでよ。僕を置いていかないでよ。元のアスカに戻ってよ。
 寂しいんだよ……。お願いだよアスカ……元に戻って……」

 シンジは、アスカの手を握りながら泣いていた。大粒の涙をこぼしながら泣き続け
 ていた。それはまるで、母とはぐれた迷子の子供のようだった。

 「……シンジ?」

 名前を呼ばれたシンジは慌ててアスカを見た。アスカは、目だけを動かし、こちら
 を見ている。

 「アスカ! 良かった、僕が分かるんだね……良かった」

 しかし、シンジの喜びは、アスカの次の言葉によって絶望の底に落とされた。

 「……私……まだ生きてるの……?」

 「なっ、何言ってんだよアスカ! まさか死ぬつもりじゃないだろうね!」

 「別に死んだって構わない」

 「どうして!? どうしてそんな事を。一体、何があったんだよ!?」

 「……私はもうエヴァには乗れない。ここにいる理由も無い。誰も私を見てくれ
 ない。生きている理由も無い」

 「そんな事ないよ。エヴァに乗らなくったって、アスカはアスカじゃないか」

 「無敵のシンジ様に、私の事なんて分からないわよ。シンジ一人いれば使徒は
 倒せるのよ。シンジ一人いれば私なんかいらないのよ。エヴァに乗れない私なんか、
 ただの足手まといなのよ……」

 アスカは淡々と話し、そしてまた黙り込んでしまった。そんなアスカを見て、
 シンジは悲しくなった。そして、ゆっくりと口を開いた。

 「……分かるよアスカ。僕も同じだったから」

 「……え?」

 「僕はここに来る前、誰からも必要とされない人間だった。父さんにさえ捨てられ
 た、いらない人間だと思ってた。でも、ここに来てエヴァに乗るようになってから、
 みんな僕に優しくしてくれた。大事にしてくれた。……嬉しかった。
 ……でも、それは僕がエヴァに乗れるからで、僕がエヴァに乗らなかったら、
 ……乗れなくなったら、誰も僕を見てくれなくなる。前と同じように、誰からも
 必要とされない人間になってしまう。だから、僕はエヴァに乗り続けなきゃいけ
 ない、そう考えてた。アスカもそう思ってるんだろ?」

 「…………」

 「でも、そんな時、思ったんだ。エヴァって、僕にとって何だろう? って。確か
 に、ここに来てみんなと知り合えるきっかけにはなった。でも、それだけだった。
 エヴァは僕の全てじゃない」

 「僕は今までに二回、エヴァに乗らないと決めた。でも、そんな僕を、エヴァに
 乗らないと決めた僕を、ミサトさんやトウジやケンスケは心配して見送りに来て
 くれた。ミサトさんはネルフの作戦担当者なんだから、僕を止めなきゃいけない
 立場なのに、僕の好きにさせてくれて、本心まで語ってくれた」

 「エヴァに乗らない僕を見てくれている人はいる。心配してくれている人もいる。
 それが分かった時、嬉しかった……。きっとアスカだってそうだよ。委員長が
 アスカと仲がいいのは、エヴァのパイロットとしてのアスカじゃなく、惣流・
 アスカ・ラングレーとしての、友達としてのアスカだからなんだろ。学校の男子達
 がアスカの写真を買っているのも、アスカの写真だから欲しがっているんだよ」

 「もちろん、僕だってそうさ。最初は作戦のために一緒に暮らし始めたから、
 アスカの事、生意気だとも思った。でも、今は違う。アスカだから、一緒に暮らし
 ているんだよ。……アスカが家出した時分かったんだ。僕にとって、アスカが
 どれだけ大きな存在だったかって……。いつの間にか、アスカはそばにいるのが
 当たり前なんだと思える程になっていたんだ」

 「エヴァに乗るのがアスカの全てじゃないだろ? アスカはアスカじゃないか。
 いつもワガママで、乱暴で、すぐ僕の事をバカにして、……それでも、いつも
 元気で、明るくて、綺麗なアスカ……。お願いだよアスカ、僕の好きなアスカに
 戻ってよ。お願いだよ……」

 そう言うとシンジはうつむき、声を殺して泣いた。

 ……その時、再びアスカの声がした。

 「……シンジ」

 シンジが顔を上げると、信じられないものがシンジの目に映った。

 「……アスカ……泣いてるの?」

 シンジは驚いた。いつも強気なアスカが泣くなんて考えもしなかった。どうして
 いいのか分からず、ただオロオロしていた。しかし、一番驚いているのは、アスカ
 本人だった。

 「私が……泣いてる?」

 子供の頃から絶対的な自信と才能で常に回りの人々を見下し、決して他人に自分の
 弱い所や涙を見せなかった自分が泣くなんて……。そう思い、涙を止めようとした
 が、止まらなかった。涙は後から後から、とめどなく溢れ出てきた。

 そんな時、不思議な感覚に襲われた。泣けば泣くほど、心が軽くなる気がしたのだ。
 心の中の不安、孤独、焦りなどの感情を、涙が洗い流してくれるような気がして、
 とても気持ち良かった。

 『泣く事って、こんなに気持ち良かったなんて……』

 アスカがそう思っている時、シンジはただオロオロしていた。その姿がおかしくて、
 アスカは思わず泣きながらクスクスと笑った。

 「あ、アスカが笑ってる」

 シンジがアスカの笑顔を見るのは数カ月ぶりだった。そんなアスカの笑顔を見て、
 シンジも微笑みを返した。

 アスカは、その笑顔がたまらなく愛しくなった。

 『エヴァに乗れない私を好きだと言ってくれる人。私の事を大事な人と言ってくれ
 る人。私の事を本気で心配して泣いてくれる人。こんなにも素敵な笑顔を見せて
 くれる人。……こんなにも近くに、私を見てくれている人がいたなんて』

 そう思うと、アスカは胸が熱くなるのを感じた。空っぽだった心の中が、急速に
 満たされていくのを感じ、嬉しかった。

 「ねぇシンジ、キスしよっか?」

 アスカは悪戯っぽく微笑んだ。

 「えっ!? そ、そんな……何で急にそんな事?」

 いきなりのアスカの言葉に、シンジは動揺した。

 「私の事、好きって言ったでしょ。それとも、あれはウソだったの?」

 顔色は青白く、頬はこけていたが、目元と口調はいつものアスカに戻っていた。

 「い……いや、そんな事はないよ」

 「じゃ、キスして」

 真っ赤になったアスカは、そう言って、そっと目を閉じた。

 シンジは悩んだが、心を決めた。前と違い、今度は自分から唇を重ねた。

 しばらくしてから二人は離れ、真っ赤な顔でうつむいてしまった。

 「じゃ…… じゃ、また来るから」

 シンジは、そう言って立ち上がった。

 「う、うん。待ってる」

 アスカは、そう言ってシンジを見送った。

 シンジがいなくなってから、アスカはそっと唇を指で触ってみた。まだシンジの
 ぬくもりが残っている。

 「……シンジとキス……したんだ」

 そう言って、一人でニコニコしていた。



 ……そんな二人を見ていた人物がいた。

 「ミサト、シンジ君なかなかやるわね」

 「まったく……。シンちゃんったら、いっつの間にアスカとあんな仲になったの
 かしら? ちい〜〜っとも気が付かなかったわ」

 「それにしても、あそこまで自分の殻に閉じこもっていたアスカがあんなに元気に
 なるなんて……。やっぱり一緒に住んでると違うのね」

 「私だってアスカと一緒に住んでるわよ。でもアスカは、私が行っても何の反応も
 見せなかったわ」

 「そりゃそうよ。やっぱり同じ十四歳で、一番近くにいる男の子なんだから。
 ミサトとは影響力が違うわよ」

 「ふ〜ん。アスカってシンちゃんが好きだったのかしら?」

 「それより、いいの?ミサト」

 「何が?」

 「何が? じゃないわよ。ミサトが、『アスカが心配だから病室を映してくれ』
 って言うから映したら、まさかこんな面白い……じゃなくて、こんなシーンが見ら
 れるなんて……アスカに知られたら大変よ」

 「だ〜いじょうぶよ。私は二人の保護者で直属の上司なんだから、二人の事を心配
 するのは当然の事よ。それにリツコだって面白がってたじゃないの」

 「私もアスカが心配だっただけよ」

 「またまた〜」

 アスカが元気になったので、二人も自然に明るくなっていた。

 しかし、そんな二人の後ろで、複雑な表情をしている少女がいた。検査のため、
 リツコに呼ばれていた綾波レイである。

 『どうしたのかしら、私。碇君とアスカのキスを見ていたら、胸が苦しくなって
 きた。こんな事、今までなかったのに……。この気持ちは一体、何?』

 レイは自分の中に生まれた初めての感情、『嫉妬』というものを理解出来ずにいた。

 『二人を見ていてこうなったのだから、二人に聞けば分かるかも知れない。
 ……アスカは病人だから、碇君に聞いてみよう』

 そう考えたレイは、リツコの研究室から出ていった。

 「? ……レイ、どうしたのかしら?」

 「リツコも鈍いわねぇ〜。レイはシンちゃんとアスカが気になるのよ」

 「レイが? まさか……」

 「レイにとってもシンちゃんは同じ十四歳で、一番近くにいる男の子でしょ?」

 「それはそうだけど、あのレイがねぇ……。ちょっとミサト、どこ行くの?」

 「面白そうなんで、ちょっちレイをつけようかと」

 「まったく……趣味が悪いわね、ミサト」

 「で、リツコはどこ行くのよ?」

 「科学者として、興味があるわ」

 「……人の事、言えないわね、リツコ」

 「ほらほらミサト、早く行かないと見失うわよ」

 「ヘイヘイ」

 こうして二人は、レイの後についていった。



 「碇君」

 レイは、角を曲がった所でシンジを見つけ、声を掛けた。

 「えっ……あ、綾波?」

 シンジは戸惑った。綾波の方から話しかけてくる事は、今まで殆どなかった。
 それに、この少女は自分の事を知らないと言っていたはずなのに、どうして?

 そんな事を考えているうちに、ダミーシステムの事を思い出し、どんな顔をして
 綾波と話していいのか分からず、目をそらしてしまった。

 「……碇君、私の事、嫌いなの?」

 「えっ!? ……ど、どうしてそんな事を?」

 「だって、私の顔を見ようとしないし…… それに、最近、私を避けてるような気
 がするから……」

 「そ、そんな事ないよ。綾波の気のせいだよ」

 「…………碇君、私の事、知ってるのね」

 「!! …………う、うん」

 シンジがそう答えると、レイは少し悲しそうな顔をして、うつむいてしまった。

 「……そう。碇君も知ってるように、私にはたくさんの代わりの身体があるの。
 死ぬ事も許されず、ただエヴァに乗るためだけに生きてるの……」

 「死ぬ事も許されない? それって一体……」

 「私の身体が生命活動出来ないほどの傷を受けると、次の身体に魂が引き継がれる
 の。エヴァに乗るためだけに……。でも、その時に、それまでの記憶や、感情と
 いったものは全て消えてしまう……それまでの私ではなくなってしまう。
 ……私は人間じゃないのかも知れない」

 そう言って、悲しそうにシンジを見た。

 シンジは、その赤い瞳を見ながら、ふっと気が付いた。綾波も自分と同じ、いや
 それ以上に孤独で、寂しいのだという事を。

 自分が何者かも分からない。人間じゃないのかも知れない。それは、自分には想像
 もつかない程の恐怖と絶望と孤独感があるのだろう。ひょっとすると綾波は、その
 重圧に耐えるために、出来るだけ感情を持たないようにしているのかも知れない。

 そう思うと、一瞬でも綾波の事を避けていた自分が恥ずかしくてたまらなくなった。
 子供には、自分の生まれる環境や両親を選ぶ事は出来ない。綾波も、自分と同じ
 ように、つらい子供時代を過ごしたのかも知れない。

 シンジは、自分の子供時代を思い出して、つらくなっていた。

 「……でも」

 「えっ?」

 「でも、私は碇君の事を覚えてる。他のみんなの事も……ぼんやりとだけど、最近
 になって少しづつ思い出せるようになってきたの」

 「ど、どうして!? 記憶は無くなってしまうんだろ?」

 「わからない。もしかしたら、使徒と接触したのが原因かも知れないし、私には
 もう代わりの身体が無いからかも知れない」

 「綾波……知ってたんだ」

 「ええ。何となくだけど分かるの……。私にはもう代わりはいない、私は最後の
 綾波レイなんだ、と。……もしかすると、そのおかげで人間になれたのかも知れ
 ない。みんなと同じ、人間に……」

 そう言って、少しだけ微笑んだ。シンジも少しだけ気が楽になった。

 「……だけど、それは記憶として思い出せるだけ。その時私が何を思い、何を感じ
 たのかは、全く思い出せないの。だから、碇君に私の事を教えて欲しいの」

 「え? 僕に? ……でも綾波の事なら、と……父さんの方が良く知っているん
 じゃないのかな?」

 「いいえ、碇君に会うまでの私は、ただ同じ毎日を繰り返していただけ。何の変化
 もなかったの……。それに、私のために泣いてくれたのは、碇君だけだった。
 ……だから、私は碇君に教えて欲しいの」

 シンジは嬉しかった。綾波が自分の事を頼りにしてくれている事、信頼してくれて
 いる事、そして父よりも自分の事を選んでくれた事が、とても嬉しかった。

 「分かったよ、綾波。僕に分かる事なら、何でも答えるよ」

 「ありがとう。……じゃ、一つ教えて欲しいの」

 「うん、何?」

 「碇君とアスカがキスしてるのを見てたら、胸が苦しくなったの。……その事を
 思い出している今も、同じように胸が苦しくなるの。これは一体、どうしてなの?
 ……こんな事、今までなかったのに……」

 「なっ!? 何で綾波が知ってるの!?」

 「赤木博士の部屋で、葛城三佐と赤木博士がモニターで見ていたの。私はその時、
 後ろから見てたの……」

 レイは正直に答えた。嘘をついた事も無いし、シンジがなぜこんなに慌てるのかも
 良く分からないでいる。その冷静さが、シンジを更に混乱させた。

 『リ、リツコさんはともかく、ミサトさんに知られたという事は、後でどれだけ
 冷やかされるか分からない……。綾波は冷静だ。何とも思っていないのかな?
 でも、僕とアスカのキスを見て、胸が苦しいって言ってたし……、まさか綾波が
 嫉妬している? でもなぜ? 僕が好きだから? まさか……、でもそれ以外に
 考えられないし……』

 『僕は一体、どうすればいいんだぁ〜〜〜』

 シンジは、心の中で叫び続けていた。

 「碇君? ……どうしたの碇君?」

 その声でシンジは我にかえった。

 「い、いや大丈夫。何でもないよ」

 「そう。……それで、私の事、分かった?」

 「僕とアスカを見てたら、胸が苦しくなるんだろ?」

 「ええ」

 『困ったな。多分、綾波は嫉妬してるんだと思うけど、そんな事言えないし』

 シンジは、どう答えていいのか分からなかった。まさか『綾波は僕の事が好きなん
 だよ。だから、僕とアスカがキスしたのを見て、嫉妬してるんだよ』とは、とても
 口に出来るようなシンジではなかった。しかし、綾波は自分の答えを待って、じっ
 とこちらを見ている。どうしよう……。

 シンジが迷っていると、後ろから声がした。

 「それは、嫉妬ね」

 「ミ、ミサトさん! リツコさんまで。何でこんな所に?」

 「レイの様子がおかしかったんで、心配になって見に来たのよ」

 「ホントですか? ただ、面白そうだからつけて来たんじゃないんですか?
 僕とアスカを覗いていたようだし……」

 シンジはジト目でミサトを見た。

 「うっ……」

 「さすがシンジ君。ミサトの事、良く分かってるじゃない」

 「うっさいわね! 今はレイの事が先でしょ」

 「しっと?」

 レイが、ミサトに尋ねた。

 「そう。好きな人が、他の女の子と仲良くしてるのがつらいと思う心、悲しいと
 思う心、胸が苦しくなる事、それらを嫉妬というのよ」

 「好きな人?」

 「そう。その人に、自分だけ見て欲しい、自分の事だけ考えて欲しい、他の女の子
 は見ないで欲しい、そんな気持ちを好きというの」

 「私は、碇君の事が、好きなの?」

 「今までの話を聞くと、そうなるわね」

 「ミ、ミサトさん!」

 「い〜じゃないシンちゃん、照れなくったって。もてるわねコノコノ」

 「からかわないで下さい!」

 二人が騒いでいる時に、レイは一人で考えていた。

 『嫉妬? 好き? 私は碇君が好きなの? 私は、私は、私は……』

 「? ……ちょっとレイ、どうしたの? レイ」

 リツコの声を聞く事なく、レイは気を失った。

 「あ、綾波っ!」

 シンジは、慌ててレイを支えた。

 「ちょっとリツコ、これは一体どういう事?」

 「そうね……。一度にいろんな事を考えたり思い出そうとしたから、脳に負担が
 掛かったのだと思うわ。記憶喪失の人にたまに見られる症状ね」

 「だ、大丈夫ですよね!?」

 シンジが心配そうにリツコに聞いた。

 「気を失っているだけだから心配いらないわ。念のため、目が覚めたら検査はして
 おくけど」

 「……とりあえず、レイをベッドに寝かさないといけないわね。シンジ君、
 レイをお願いね」

 「ハイ。分かりました」

 三人はレイを近くの病室のベッドに寝かせた。レイは、静かな寝息をたてていた。

 「大丈夫よ、シンジ君。レイはしばらくしたら目を覚ますわよ。それまで、そばに
 いてあげてね。目を覚ました時、シンジ君がいれば落ち着くと思うから」

 リツコはそう言って、不安そうなシンジを落ち着かせた。

 「じゃ、私はまだ仕事があるから……。シンジ君、レイが目を覚ましたら連絡
 してね。……ミサトはどうするの?」

 「そうね……レイは大丈夫みたいだから、アスカのお見舞いにでも行ってくるわ。
 ……シンちゃ〜ん、レイを頼むわよ。気を失ってるからって、いたずらしちゃ
 ダメよ


 「し、しませんよ。そんな事!」

 シンジは真っ赤になりながら否定した。ミサトとリツコは、笑いながら部屋から
 出て行った。

 「まったく……ミサトさんって、いっつもあーなんだから……」

 文句を言いながらも、ミサトの笑顔を見るのは久しぶりだったので、怒る気には
 なれなかった。

 それでも、あんな事を言われたので、変に意識してしまい、レイの顔を見て真っ赤
 になってしまった。

 『綾波は僕の事を覚えてるって言ってくれてるし、僕の事を頼りにしてくれてるん
 だな……。誰かの役に立つって、誰かに頼られるって、こんなにも気持ちのいい
 事だったのか……』

 『……とりあえず、今は綾波が目を覚ますまで見守っていよう。綾波がいつも
 そうしてくれてたように……』

 シンジはそう思い、優しい瞳でレイを見続けていた……。



 ミサトは、アスカの病室の前に来た。

 「アスカ、入るわよ」

 そう言って病室に入ったミサトは、目を丸くした。

 「アスカ! あんた何やってるの!?」

 「ん? ああ、ミサト。見ての通り食事よ」

 「食事よったって、どう見ても三人分はあるわよ」

 「何だかおなかがすいちゃって、幾らでも食べられる気がするわ」

 「そりゃそうでしょ。アスカが入院してから二十日間、何も食べてないんだから」

 「えっ!? 私、そんなに入院してるの?」

 「覚えてないの? 一言も喋らず、何一つ口にせず、点滴と栄養剤の投与で辛うじて
 生きてたのよ。ホントに危なかったんだから」

 「そうだったんだ……」

 アスカは自分の腕や手を見て、改めて恐怖が沸いてきた。

 「シンちゃんにもお礼言っときなさいよ。毎日お見舞いに来てたんだから」

 「えっ? シンジ、毎日来てくれてたの?」

 そう言ってから、何かを考え、再び食事を始めた。

 「食欲があるのはいい事なんだけど、おなか壊さないでよ」

 「大丈夫よ。早く元の私に戻らなきゃ」

 『こんなに痩せたんじゃ、シンジに嫌われるかも知れない。早く元の私に戻らな
 きゃ』


 アスカは心の中で、そうつぶやいた。ミサトには、そんなアスカの心が手に取る
 ように分かった。

 「こんなに痩せてたらシンちゃんに嫌われるかも知れない、って心配してるんで
 しょ?」

 ミサトは少し意地悪く言った。あまりに心の中の核心を突かれたアスカは戸惑った。

 「なっ、何言ってんのよミサト! 何でそこでシンジが出てくるのよ。私はシンジの
 事なんか何とも思ってないんだから!」

 そう言って、アスカは真っ赤になって抗議した。

 「またまた無理しちゃって〜、可愛いんだから。それにしても、アスカがあんなに
 泣き虫だとは思わなかったわ」

 「なっ、何でミサトがそれ知ってるのよ! まさかシンジから聞いたの!?」

 「ここは『集中治療室』よ。アスカの身に何か起きたらいけないから、24時間
 モニターされてるの」

 『み、見られた。シンジとキスしたのを……見られた』

 その恥ずかしさと怒りで、アスカはますます赤くなった。

 「ミサト!」

 「何?」

 「私、部屋替わる! こんな一日中監視されてる部屋で、乙女が
 寝てられますか!」


 「ハイハイ。それだけ元気があれば大丈夫ね。手続きしておくわ」

 ネルフ本部内にいる限り、リツコに見れない所は殆ど無いので、どこに移っても
 同じなのだが、アスカにその事は言わない。

 『またリツコに頼んで、見せてもらおっと』

 ミサトは密かにそんな事を考えていた。

 「ま、アスカも早く元気になって退院した方がいいわよ」

 「? どうして?」

 「レイがね、シンちゃんの事、好きなんだって」

 「何ですって〜! ファーストがシンジの事を!?
 どういう事よ、ミサト!」


 ミサトは今までの事をアスカに教えた。ダミーシステムの事はごまかしつつ……。

 「ミサト、私をファーストの所へ連れてって」

 「何言ってるのよ。アスカは絶対安静なのよ。だいいち、レイの所へ行ってどう
 するの?」

 「そこにシンジもいるんでしょ。あの女をシンジと二人っきりになんか、ぜーったい
 させない!!


 「あらあら、いきなり素直になったわね〜」

 「連れてってくれないのなら、病院中探すわよ」

 「あのね、自分の身体を人質に取ってどうするのよ……仕方ないわね、おとなしく
 してるのよ」

 そう言って、ミサトはアスカに肩を貸し、ゆっくり立ち上がらせた。足元がふらつく
 が、何とか歩く事は出来た。

 『ファーストがシンジを好き? じょーだんじゃないわよ!』

 その思いが、アスカの歩く力になっているかのようだった。



 ちょうどその頃、レイも目を覚ましていた。

 「んっ……」

 「あっ、綾波。気が付いたんだ。良かった」

 「……碇君? ここは……?」

 まだ寝ぼけ気味のレイは、ゆっくりとシンジに聞いた。

 「大丈夫。病院のベッドだよ」

 「私、どうしたの?」

 「急に色んな事を思い出そうとしたから、脳に負担が掛かって気を失ったんだろう
 ってリツコさんが言ってた」

 「ずっとそばにいてくれてたの?」

 レイは身体を起こし、シンジを見つめた。

 「う、うん。綾波は覚えていないかも知れないけど、僕が入院して目を覚ますと、
 いつも綾波がそばにいてくれてたんだ。だから、僕もそうしようと思って」

 「覚えているわ。それに、私がエントリープラグの中で目を覚ました時も、碇君は
 私のそばにいてくれてた。……ありがとう」

 そう言ってレイは微笑んだ。以前と比べ、さらに優しく、綺麗な笑顔だった。

 シンジは見とれてしまった。顔が赤くなるのを感じた。アスカとは全く違った魅力
 があるレイを、ただ見続けていた。

 「碇君、私、もう一つ聞きたい事があるの」

 「え? 綾波、大丈夫なの?」

 「ええ、私は大丈夫だと思う」

 自分の事を心配してくれたのが嬉しいのか、レイは少し微笑んだ。

 「綾波がいいんだったら、僕は構わないよ。で、何が聞きたいの?」

 「……あの時……16使徒との戦いの時、私は使徒と共に消えたでしょ?」

 「う、うん。あの時は……ありがとう」

 シンジは、あの時何一つできなかった自分が悔しく、自分を守る為に使徒と共に
 自爆した綾波を助けられなかった事が辛かった。その事を思い出し、悲しくなった。

 「……あの時、どうして私はあんな事をしたのかしら……」

 「えっ?」

 「あの時、私には代わりの身体があった。でも、一度死ねばそれまでの私は消えて
 しまうはずだった。……私は、それまでの記憶を全て失ってでも碇君を助けよう
 としたの? 私にとって、碇君はそんなに大事な人だったの? 私は、碇君が好き
 だったの? ……分からない。自分の事なのに、とても大事な事だった気がする
 のに、何一つ分からないの」

 レイにしては珍しく、感情を高ぶらせていた。

 そんなレイを見てシンジは気が付いた。前に比べ、遥かに表情が豊かになっている。
 それに、感情の起伏が大きくなっている。……少しずつレイは変化しているよう
 だった。その変化を見られて、シンジは嬉しかった。そして、そんなレイの苦しみ
 を少しでも和らげたい。シンジは心からそう思った。

 「大丈夫だよ、綾波」

 そう言ってレイの手を取った。

 「綾波は僕の事覚えてくれてたんだろ。だったら、その時の事も思い出せる日が
 きっと来るさ。僕ならいつもそばにいるから、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

 シンジにとっては何気ない一言だったが、レイは、ある言葉を思い出していた。

 『碇君と一緒になりたい』

 そして、その言葉と共に、全ての記憶と感情が蘇ってきた。

 「あ、ああ、私は……碇君を……」

 「綾波、どうしたの? 大丈夫?」

 シンジはレイを心配そうに見つめた。

 「ありがとう碇くん! 私は思い出せたの。全てを」

 「ほんと!? 良かった。良かったね、綾波!」

 「ええ、碇くんのおかげ!」

 レイは懐かしそうに、嬉しそうにシンジを見つめていた。

 「あれ……私……これは……涙。私、泣いてるの? どうして……?」

 「きっと、記憶が戻って嬉しいんだよ」

 「嬉しい時にも涙が出るの?」

 「うん。よっぽど嬉しい時には泣く事もあるんだよ」

 その時、レイは理解した。シンジの涙の意味を。あの時、シンジが泣いてくれたの
 は、自分が生きていた事が嬉しかったからだという事を。そして、その事が理解
 できる、今の自分が嬉しかった。

 「ええ、私は嬉しいの。こうして、また生きている事が。碇くんと一緒に生きて
 いける事が嬉しいの」

 あまりのストレートな言い方に戸惑いつつも、シンジは言った。

 「綾波、一つ、僕と約束してくれないかな」

 「何? 碇くん」

 「自分の事を三人目だとか、最後の綾波レイとか言うはやめて欲しいんだ」

 「綾波は世界でたった一人しかいない、『綾波レイ』という人間なんだから。
 ……それと、自分の命を犠牲にするような事はしないで。……必ず、僕が守る
 から」

 シンジは、真っ赤になりながらそう言った。レイも顔が赤くなっている。

 「うん。私も今は死にたくない。前はいつ死んでも良かった。死を望んだ事も
 あった。……でも、今は死にたくない。碇くんのそばにいたいから」

 「……綾波」

 二人は互いの手を取り、見つめあっていた。

 しかし、その静寂を破るかのように、ドアが開いた。

 「ファースト、起きてる?」

 シンジは慌ててドアを見た。

 見ると、部屋にアスカとミサトが入ってきていた。

 「ア、アスカ!? ミサトさん、アスカ動いて大丈夫なんですか?」

 「いいわけないわよ。だけど、絶対ここに来るって聞かないから、仕方なく」

 「ちょっとファースト! 何シンジと見つめ合ってるのよ!
 手まで握っちゃって」


 アスカは真っ赤になって怒っている。シンジは慌てて手を離そうとしたが、レイが
 離してくれなかった。

 「いい、ファースト。シンジは『私が好き』って言ったのよ」

 「それは見てたわ」

 「あ、あんたまで見てたの!? ……それじゃ知ってるでしょ。私とシンジは、
 もう二回もキスした恋人同士なのよ」

 「へ〜二回目だったの。シンちゃんやるわね〜。一体、いつの間に……」

 ミサトは面白そうにシンジを見た。シンジは、レイとアスカを見比べ、ただオロオロ
 するばかりだった。

 「恋人同士?」

 「そっ。だから、今更あんたがシンジの事好きって言っても、もう遅いの。分かった
 かしら?」

 アスカは勝ち誇ったかのように、そう言った。

 一方、レイは、何かを考えていた。

 「……碇くん」

 えっ、とシンジが振り向くと、レイの顔が急に近づいてきた。そして、二人の唇が
 重なった。

 「んっ!?」

 『綾波が……僕にキスしてる……

 それだけでシンジは固まってしまい、頭の中が真っ白になってしまった。

 「あーーーーっ!」
 「おーーーーー!」

 「ちょっとファースト! 何やってるのよっ!! 離れなさいよっ!!
 一体、どういうつもり?」


 アスカは、レイとシンジを離して、詰め寄った。

 「キスすれば、恋人同士になれるんでしょ?」

 「な……」

 「それとも、二回しなければいけないの?」

 そう言って、もう一度シンジにキスしようとした。が、アスカに止められた。

 「……キスなんてものはね、好きな人同士がするものよ」

 「私は碇くんの事が好きだわ」

 「だからって、無理にするもんじゃないのよ」

 「アスカだって、碇くんにキスして欲しいって頼んだでしょ?」

 「うっ……」 (引き)

 『この女、前より更にやりにくくなったわね。……こうなったら、どちらが好きか、
 シンジに決めてもらうしかないわね』

 そう思って、シンジを見たが、シンジはまだボーーっとしていた。

 『くっ、ダメね。優柔不断のシンジに決められるハズないし……。最悪の場合、
 ファーストの事も好きと言いかねない』

 一瞬でそう判断したアスカは、ミサトに言った。

 「ミサト、私、今日退院する」

 「何言ってんのよ!? アスカは絶対安静だって言ってるでしょ。本来、歩く事すら
 許可できないのよ。……だいいち、退院してどうするの?」

 「私の事は大丈夫よ。シンジが面倒見てくれるから。それに、私がシンジを見張って
 ないと、この女がシンジに何するか分かったもんじゃないわ」

 「ダメよ。シンジ君だっていつもアスカを見ていられるって訳にもいかないし、
 使徒だっていつ来るかも分からないんだから」

 そんなやり取りを見て、レイが口を開いた。

 「大丈夫です、葛城三佐。私が碇くんと一緒にアスカを看病します」

 「なんで、そこであんたが出てくるのよ?」

 「遠慮しないでいいわよ。女でなければ困る事もあるでしょ? 碇くんに、そんな
 事までさせられないわ」

 レイはそう言いながら、アスカと静かに睨み合っていた。

 「……とにかく、アスカの退院は認められません。退院したければ、早く身体を
 治す事ね」

 アスカは不満顔だったが、認めざるを得なかった。

 「……仕方無いわね。シンジ、私を部屋まで連れていって」

 そう言って、わざとらしくシンジにもたれ掛かった。レイの眉がピクっと動く。

 『……この感じ、これが葛城三佐の言っていた嫉妬なのかな……』

 そう思うと共に、シンジを取られたくない、アスカには負けたくない、といった
 ような、独占欲やライバル心が沸き上がってきた。

 「碇くん、私もアスカの病室に行くわ」

 「どうしてファーストが来るのよ」

 シンジにしがみつきながら、アスカはレイにそう言った。

 「お見舞い」

 「え?」

 「アスカは、そんな身体で私のお見舞いに来てくれたんでしょ。だから、私もアスカ
 のお見舞いに行くの」

 「無理しなくていいわよ。あなたは寝てたら?」

 「私は大丈夫。碇くんがずっとそばにいてくれたから」

 今度は、アスカの眉が動いた。

 二人の間に火花が散っていた。ミサトは、そんな二人を面白そうに見ていた。

 シンジは、二人が元気になって良かったと、ただ微笑んでいた。

 「ちょっとシンジ、何ニコニコしてんのよ?」

 「え? い、いや二人が元通り元気になって本当に良かったなって思って」

 そう言ってシンジは微笑んだ。それは、心の底から二人の事を喜んでいる、極上の
 笑顔であった。

 そんなシンジの笑顔を見て、アスカは何も言えなくなった。

 『う……。この笑顔は犯罪的ね。何も言えなくなるわ。……まぁ、今日は私の事が
 好きだとはっきり言ったんだから良しとしよう。…………それにしてもシンジって
 こんなにカッコ良かったんだ』

 と、赤くなりながらも、絶対レイには負けない、シンジは渡さない、と改めて誓っ
 ていた。

 一方、レイもまた、シンジの笑顔を見て、赤くなっていた。

 『私は、碇くんの笑顔をずっと見ていたい。碇くんもいつもそばにいるって言って
 くれたし、私を守るとも言ってくれた。私は、碇くんと同じ時を生き、同じ記憶を
 共有したい』

 二人の少女にここまで想われているとは知らず、シンジは微笑んでいた。

 そんな三人を見ながら、これから始まるであろう、シンジを巡る三角関係の事を
 思い、ミサトはニコニコしていた。

 『私は二人の保護者だし、三人の上司なんだから、この三人の一番そばで見ていら
 れるのね。この先、面白くなりそうだわ』

 と、無責任に喜んでいた。

 そして、そんな四人を、またしても見ている人物がいた。

 「ふられたな、碇」

 「…………」

 ネルフ総司令官公務室。モニターを見ていた碇ゲンドウと冬月コウゾウが会話を
 していた。

 ネルフ内においてプライバシーというものは存在しない。この部屋からなら、ネルフ
 内のあらゆる場所を映し出す事ができるのだ。彼らは、先ほどからのやりとりの
 一部始終を見ていたのだった。

 「それにしても、お前の息子は立派に成長したな。親として嬉しかろう?」

 「私は弐号機のパイロットの状態が気になっただけだ。パイロットは貴重だからな。
 ……だが、この調子なら、新たにパイロットを探す必要はないようだな」

 「……全く、お前という男は、もう少し素直に息子の成長を喜べんのか……。
 しかし、一度に二人の女性の心を盗むとはな……。それも意識的にやっているの
 ではないという所が末恐ろしい。……血は争えんという所か」

 「……冬月……」

 「そう怒るな。シンジ君はユイ君に似ているようだな。あと二、三年もすれば、
 周りの女性たちが放っておかないんだろうな。……あの二人も苦労するぞ」

 生前のユイを知る冬月は、シンジの中にユイの面影を感じ取っていた。そして、
 それはゲンドウにとっても同じだった。

 シンジはユイに似てきている。

 ゲンドウは、モニターに映る自分の息子を見ながら、生前のユイの事を思い出し、
 複雑な表情になった。

 「……ユイ、シンジは立派に成長したぞ。お前にも見せてやりたかった……」

 そう言って、少しうつむいてしまった。ゲンドウの事を良く知る冬月でさえ、こんな
 ゲンドウを見た事は殆どなかった。過去にただ一度、ユイが亡くなった時に、今と
 同じような表情をしていた事を覚えていた。

 ゲンドウの目には、かすかに光るものがあったが、冬月は気付かないふりをして、
 ゲンドウに語りかけた。

 「いいのか? 碇」

 「……あぁ。レイは自らの意思でシンジと共に生きる事を望んだ。ダミーシステム
 はもうないのだ。……赤木博士も、もう私には協力せんだろう。
 それに、私のやり方はユイにまで拒絶されたようだ。私は、……これ以上ユイに
 嫌われたくはない。……所詮、人は神にはなれんよ。死んだ人間の事をどうにか
 しようなどと……」

 「そうか。で、これからどうするんだ、碇?」

 「そうだな。シンジとレイには私が何をしようとしたかを全て話すつもりだ。その
 上で私を拒絶するのならば、それは仕方のない事だ。もし……もし私を許し、受け
 入れてくれるのであれば、父親の真似事でもしてみるさ」

 「それも良かろう。これからは、彼ら新しい世代の時代だからな」

 「あぁ、我々古い世代の人間は、新しい世代のために、この世界を残すためにのみ
 セカンドインパクトの後、生きてきたのだからな」

 「だが、それももう終わろうとしている」

 「あぁ、いつまでも古い人間が世界を支配してはならないのだ。ゼーレのように」

 「碇……。やはりやるのか? 苦しい戦いになるぞ」

 「あぁ、だが、そのための準備は進めてきた。そのために私は生きているのだから
 な。……もうすぐ、弐号機の修理が終わる。イギリスで建造中の七号機も明日には
 届くだろう」

 「……しかし、よくイギリス支部が七号機を渡してくれたな。最後の使徒を倒した
 のだから、ここにエヴァを集める理由がないぞ。……いくら極秘にした所で、
 ゼーレに気付かれるのは時間の問題だぞ」

 「イギリス支部には話をつけてある。いくらエヴァがあっても、パイロットがいな
 ければ何も出来んからな。全ての切り札は、こちらが握っている。今さらゼーレが
 気付こうが、彼らには何も出来んさ」

 「死海文書にもとづいて動いている老人たちにとって、イレギュラーな事、という
 訳か」

 「我々を阻止するだけの力は、もう残ってはいまい」

 「そうだな。だが、勝負は一瞬だぞ。失敗すれば、我々は全員死ぬ事になる。時間
 がないのは我々も同じだ」

 「あぁ、分かっている」

 二人の男が戦いの決意を新たにしている時、モニターの中では、シンジにもたれ
 かかるアスカ、それに張り合い、シンジの腕を取るレイ、冷やかすミサト。そして、
 真っ赤になっているシンジの姿が映し出されていた。

 「シンジ、あとしばらくでいい。父に力を貸してくれ」

 モニターの中に映る平和な光景を見ながら、ゲンドウはつぶやいた。

 彼らの長年の計画が、今、始まろうとしていた。

 この平和な光景を守るためにも、失敗は許されなかった。


 戦いの時は、目前に迫っていた……。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

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