時に、2015年。
最後の使徒が消えてから、二ヵ月が過ぎようとしていた。
全世界はパニックに陥っていた。国連直属の特務機関ネルフ総司令官碇ゲンドウに
よる、全ての資料の公開が原因だった。
西暦2000年に起きたセカンドインパクトの真の理由。使徒と呼ばれる謎の敵生体。
国連の通常兵器では全く通用せず、最終兵器N2地雷をも受け付けない、その使徒と
唯一戦える汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン。そしてその戦いの全記録。なお、
この時、生命の安全とプライバシー保護の為、エヴァのパイロットの情報は非公開
とされ、パイロットの情報を知る者たちには箝口令がしかれた。
さらに、ゼーレと呼ばれる世界的巨大秘密結社の正体、目的、主要メンバー……。
ゲンドウは、これらの情報をあらゆるメディアを通じて全世界に同時公開した。
さらに、MAGIを使い、各国の秘密回線にまで侵入し、ネルフの力をあらゆる組織に
見せつけた。
ゼーレはこれまで、一度も表に出てきた事はなかった。しかし、今、その存在が
あらゆる人々に知れ渡っていた。各メディアに圧力をかけて情報をもみ消そうと
したが、ゲンドウが世界中に手を回し、そのことごとくを潰していた。ゼーレは
あらゆる点でネルフに遅れをとっていた。何一つ有効な手を打てないまま、ただ
時間だけが虚しく過ぎていった。
その間にゲンドウは巧みに情報操作を行った。それは……
ゼーレがセカンドインパクトを起こし、世界を裏から支配しようとした。そして、
それに気付いたネルフがそれを阻止し、使徒を倒し、世界を守った。
という内容だった。
当然、ゼーレからさまざまな反撃があった。しかし、実際に使徒を倒したのは紛れ
もなくネルフだった。さらにゲンドウが世界中に潜伏させているスパイの裏工作に
より、人々は、ゼーレが悪、ネルフが世界を救った英雄だと思っていた。
そのスパイの中でも、特に重要な働きをした人物、かつてどの組織のブラックリスト
にも載っていた人物、既に死んでいたと思われていた人物、加持リョウジの働きは
特に大きかった。ゲンドウの目的を知り、それに協力。死んだと思わせておいて、
ゼーレの事を探っていたのだった。加持によりゼーレの情報は全てゲンドウに送ら
れ、この作戦の切り札となっていた。
このような事があり、ゼーレもうかつに動けなくなっていた。
「碇、我々を歴史から消すつもりか?」
「まずいぞ。我々の存在が世界中に知れ渡ってしまった」
「左様。このままでは、世界は我等を排除しようとするぞ」
「……加持、あの男が生きていたとは……うかつだった」
「各ネルフ支部を味方にできんのか!?」
「だめだ。既に碇によって抑えられている」
「エヴァシリーズもパイロットがいなければ意味が無い」
「碇は七号機を手に入れている。三体のエヴァ、これはまずいぞ」
「……今、私の国においてゼーレを倒すためのデモが始まったようだ。政府もそれ
を黙認したらしい。……君達の国でも起こっているようだぞ」
「バカなっ!? 早すぎる! ……これも碇の仕業か! このままでは……」
「諸君、それぞれの国において体勢を建て直そうではないか」
「そうだな。とりあえず自分の国を何とかしなければな」
「左様。全てはその後だ」
そう言って、キールを除く全てのモノリスが消えた。
「碇、我々を潰すのがお前の目的だったのか……。これほどの準備を我々に気付か
れずに進めていたとは……。お前の事を少しみくびりすぎていたのか……。
このままでは……」
そう言って、キールのモノリスも光を失った。そして、この部屋に光が灯る事は、
二度と無かった。
ゼーレのメンバーは、それぞれ各国の政治経済に深く関わっているため、ネルフの
力でも完全には排除できない。しかし、その影響力は著しく低下していた。
ゲンドウの裏工作により、それぞれの国はゼーレよりネルフを選んだ。使徒を倒せる
唯一の兵器、エヴァの存在が何よりも大きかった。ゼーレの力よりエヴァを持つ
ネルフの力を恐れての事だった。
ゼーレが持つ強大な権力、経済力は徐々にネルフが受け継いでいった。今やゼーレ
のメンバーは、それぞれの立場を守るのが精一杯だった。しかも、ゲンドウの放った
スパイにより、その動きは全て知られていた。
事実上、ゼーレは力を失い、ネルフは国連からも独立した組織となった。
なお、このゼーレとの戦いの間、エヴァのパイロット達はネルフでエヴァのテストを
行っていたが、外で何が起こっているのかは一切知らされなかった。だが、その存在
そのものが抑止力となり、ネルフの切り札にもなっていた。
「碇、やったな。ゼーレを抑え込む事にほぼ成功した。各国政府も我々に協力して
くれるそうだ。
「ああ。よほどエヴァが恐いらしいな」
「それはそうだろうな。エヴァが三機もあれば世界を支配する事もできるからな」
「くだらんな。今さら人間同士で争って何になる? エヴァは監視に使う。戦争など
起こす暇があれば、世界を復興させるのが先だ」
「そうだな。軍に回す金があれば、復興も早かろう」
ネルフは世界の軍事バランスを監視し、世界の復興を進める組織として動きだして
いた。また、使徒との戦いで消滅した第三新東京市は、世界を守るために消えたの
なら、世界中の力で蘇らせようと、全世界から資金、資材、人材などが続々と
集まっていた。第三新東京市は、信じられない程の速さで復興していった。
この動きの陰にゲンドウの裏工作があった事を知る者は、殆どいなかった。
「碇、お前は歴史上、最大のサギ師だな」
「我々の目的は達成された。何と呼ばれようが構わん」
「しかし、なぜこの第三新東京市にこだわる? 疎開している人達への補償なら、
新しく町を造った方が遙かに早く安く造れるぞ」
「使徒を倒したモニュメントとして、世界中の人々が第三新東京市を残したがって
いるだけだ」
「嘘をつけ。本当の目的は何だ?」
「フ……。シンジはこの町で立派に成長した。多くの友人も出来たようだしな。
前の所に戻りたくはあるまい。……離れたくない人も出来たようだしな」
「それが目的か。しかし、息子のためだけに一つの町を再建するとはな……。
今までの反動か? 随分と親バカになったものだな……」
「彼らは世界のために命をかけて戦ったのだ。これくらいは良かろう。もう命を
かけねばならんような戦いも無いだろうからな。この町で平和に暮らしてもらい
たいものだ」
「……碇がこんな事をしているくらいだからな……。世界は平和になったと
いう事か。私も少しはのんびりと出来るか。……ところで碇、シンジとレイに
ちゃんと話はしたのか?」
「ああ、その事か……。まだだ。内容が内容だからな。二人とも今は理解
できまい。二人がもう少し大人になってから話す事にした」
「…………碇、逃げてないか?」
「そ、そんな事は無いぞ。冬月。」
「唯一の肉親に嫌われたくない気持ちも分からんでもないがな……」
「だから違うと言ってるだろう。シンジは、今やっと人と付き合えるようになった
のだ。今、わざわざつらい話をする事も無いと思ってな。人付き合いが出来るよう
になったとは言え、まだまだシンジの心は弱い。もっと心が強くならんとユイの話
は出来んよ……。な、なんだ冬月、その顔は?」
「いや、お前も人の子なんだなと思ってな」
「冬月、人の話を聞け!」
ネルフ創設以来、初めて総司令官公務室に笑い声が響いた。
・ ・ ・
「ただいま」
そう言って、レイはカギの掛かっていないドアを開けた。ただいま、と言っても中に
誰もいないのは分かっているので、返事は期待していない。以前、シンジが家に帰っ
た時に、「ただいま」と言っていたから、自分も真似しているだけだった。
玄関で靴を整え、誰もいない部屋に入った。照明をつけると、必要最小限なものしか
無い、いつもの殺風景な部屋が映し出された。ただ、以前とは違い、部屋が片付けら
れ、ゴミ一つ落ちていなかった。
ベッドに横たわり、そんな部屋をぼんやり眺めてみる。ゴミ一つ落ちていない部屋。
シンジが遊びに来た時、掃除をしてくれていたからだった。また、以前、シンジと
一緒に遊びに来たアスカに、
「あんたバカ!? 女が一人で暮らしているんなら、掃除くらい自分でしなさい」
と言われたのをきっかけに、今ではレイが自分で掃除するようになっていた。更に、
家事も一通りこなせるようになっていた。食事もレトルトや弁当ではなく、自炊する
ようにしていた。まだまだシンジには及ばないものの、シンジの指導のもと、その腕
は日に日に上達していった。
そして、小さなタンスの上には、ゲームや本が置いてあった。トランプ、ボードゲー
ム、カードゲーム、オセロ……。独り暮らしなのにテレビも無いのは寂しいだろうと
思ったシンジが、遊びに来た時に持ってきていたものだった。
レイは、シンジが遊びに来てくれる日を楽しみにして、いつもその日を心待ちにして
いた。……たとえ必ずアスカがついてきていたとしても。
レイにとって、シンジの持ってくるゲームは初めて遊ぶものばかりだったので、子供
のように喜び、はしゃいでいた。また、子供の頃、親や友達と当然遊んでいるはずの
これらのゲームを殆どやった事のないシンジやアスカにとっても、それはとても楽し
いひとときだった。
そして、シンジは食事も作ってくれた。レイは、シンジを手伝いながら料理を教えて
もらっていた。その時、アスカは本を読むフリをして、二人を監視していた。レイに
は偉そうな事を言っていたが、自分は全てシンジに任せているので、殆ど家事はでき
なかった。
そして、三人での食事。いつも一人で食べているレイにとって、誰かと話をしながら
の食事は、ただそれだけで楽しかった。
しかし、楽しい時間ほど、あっというまに過ぎる。大好きなシンジ、にぎやかなアス
カ、二人とも一度に帰ってしまう。これまでが楽しかっただけに、余計に寂しさが
募ってくる。……そんな事を思い出し、レイは胸が苦しくなってきた。
『不思議……。こんな気持ちになるなんて……。昔からずっと一人だったのに、
それが当たり前だと思ってたのに、今は一人が寂しいと感じているなんて……』
レイは、今日一日の事を思い出した。
いつもと同じようにネルフ本部に行き、いつもと同じように実験を繰り返し、一人で
帰宅する。……それは昔も今も変わっていなかった。ただ、昔は、この生活を苦しい
と思った事は無かったが、楽しいと思った事も無かった。しかし、今はネルフ本部に
行くのが楽しかった。本部に行けば、シンジに会える。シンジと話ができる。シンジ
が遊びに来てくれる以外、唯一シンジに会える場所、それがネルフ本部だった。
七号機とのシンクロテストがうまくいった事より、シンジに「おめでとう」と言って
くれた事の方が、遙かに嬉しかった。
しかし、実験が終わると、シンジとアスカは同じ家に帰る。自分だけ、一人で別の家
に帰る。それがとてもつらく、苦しかった。アスカが羨ましかった。
レイは、毎日毎日そんな事を考え、悩んでいた。そして、眠れない夜が続いた。
そんなある日、レイはふと、タンスの上にある、
黒ひげ危機一髪・復刻版
を見つけた。これがあれば寂しさが解消されるかも知れない。レイはタンスからそれ
を取り、机の上に置いた。そして、ナイフを手に取り、タルに刺してみた。
「……」
三人で遊んだ時は楽しかったのに、一人でやるととてつもなく虚しかった。
しかし、この事で、以前から考えていた事を実行する決意が固まった。
「決めた」
そう言って、レイは家を出ていった。
一方、その頃、シンジは久し振りに一人で食事をとっていた。ミサトは仕事で遅く
なるとの話だったし、アスカも月イチの人間ドックに入っているので、今日は遅く
なると言っていた。
「ほんと……。一人の食事なんて久し振りだな……」
ここに来てから、シンジが入院している時とアスカが家出している時期を除いて、常
に誰かと会話しながらの食事だった。いつもにぎやかな二人の女性に囲まれながらの
食事。時にはそのにぎやかさを疎ましいと思った事さえあった。しかし今、その二人
のいない食事を、寂しく、味気ない物と感じている自分に気がついた。
「僕も変わったのかな……。ここに来るまでは、ずっと一人の食事だったのに、それ
が当たり前だと思ってたのに、こんな気分になるなんて……。でも、きっとこれは
いい事なんだろうな」
「クワ?」
独り言を言っていたシンジを、不思議そうにペンペンが見つめていた。ペンペンは、
ひとまず使徒の脅威が無くなったので、洞木家から戻ってきていた。
「ん? ああペンペン、何でもないよ……。食事は終わったかい? 皿を片づける
よ」
「クワ」
ペンペンは頷いた後、ペタペタと風呂に向かっていった。
「さて、僕も片づけるとするか」
シンジは、エプロンを付け、食器を洗い始めた。恐らく、同級生の中で、最もエプロ
ンの似合う十四歳だろう。キッチンに立っている時間が、ミサトやアスカより遙かに
長いので、それも仕方のない事ではあった。
……その時、来客を知らせるベルが鳴った。
「ピンポ〜ン」
『ん? 誰だろう、こんな時間に。ミサトさんやアスカなら、キーを持ってるはずだ
し……』
シンジは、エプロンを外しながら、玄関へ向かった。
「はい、どなたですか?」
そう言ってシンジはドアの外を見た。……そこには、シンジの良く知る少女、綾波
レイが立っていた。
「あ、綾波。どうしたの、こんな時間に?」
「あ、あの……碇くんに……ちょっと相談したい事があって……」
「え、僕に? ……じゃ中に入って。今、ミサトさんもアスカもいないから何も遠慮
する事ないから」
「え、二人ともいないの?」
「うん。ミサトさんは仕事だし、アスカは身体の検査に行ってるから、今は僕一人
なんだ」
シンジは何気なくそう言ったが、ミサトもアスカもいないという事は、
レイと二人っきりになるという事に全く気付いていなかった。
また、男女間の事に疎いレイも、
『碇くんと二人でゆっくり話ができて嬉しい』
くらいにしか思っていなかった。
だから進展しないんだこの二人はっ!!
「それじゃ、おじゃまします」
レイはそう言って、キッチンの椅子に座った。シンジは、お茶とお菓子を用意して、
レイの前に座った。
「……それで、僕に相談って何?」
「あの……今度、私のマンション、取り壊される事になったの」
「えっ! ど、どうして!?」
「第三新東京市再建計画の一環らしいの。疎開していた人たちが戻って来たときの
ために、古いマンションは取り壊して、新たにマンションを建て直すんだって、赤木
博士が言ってた」
「そっか……。みんな、戻ってくるんだ」
「ええ。零号機が自爆した時、地上にあったのは兵装ビルだけだったし、この地面も
エヴァの作戦活動用に丈夫にできてるから、あの爆発にも耐えたの。だから、芦の湖
の水さえ抜けば、地下のビルがまた出てこれるから、意外と復旧は早いんだって」
「そうなんだ。それで、綾波はどこに引っ越すの?」
「う、うん。その事なんだけど……あの……私も……私も……」
そう言ったまま、レイはうつむいてしまい、一言も話さなくなってしまった。
『珍しいな。綾波が言いにくそうにするなんて。いつも思った事はハッキリ言うの
に。……でも困ったな、このままじゃ話が進まない。えーと、話題、話題と』
「そ、そうだ綾波! こんな時間にウチに来るって事は、ゴハンまだ食べてないん
じゃないの?」
「え? あ、そう言えば私、何も食べてない」
そう言った途端、自分が空腹である事に気付き、小さくおなかが鳴った。
「あ」
そう言ってレイは真っ赤になり、再びうつむいてしまった。
「ははは。今、何か作るよ。幸い、ゴハンはまだあるから」
「あ、ありがとう」
レイは赤い顔でそう答えた。シンジは、エプロンを付け、冷蔵庫の中の残り物と卵を
使い、手際よく料理を作った。
「はいどうぞ。ゴメンねこんな物しか無くて。綾波が来るって分かってたら、もっと
ちゃんとした物を用意したんだけど……」
「ううん、そんな事ない。私がこんな時間に急に来たのがいけないんだから。作って
くれるだけでもうれしい。じゃ、いただきます」
「はい、どうぞ」
シンジの作った料理はおいしかった。好きな人が、自分のために作ってくれた料理と
いうのを差し引いても、十分においしかった。
「おいしい! 碇くん、本当に料理が上手なのね。どうやったら、こんなにおいしく
作れるの?」
「ありがとう。う〜ん……別に特別な事なんかやってないよ。ここに来てから、
ずっと僕が料理を作ってるから、多分慣れただけだと思うよ。それに、綾波だって、
最近随分とうまくなってるよ」
「ほんと!? きっと、碇くんの教え方がいいからね」
「そんな事ないよ。綾波の腕がいいんだよ」
「そうかな? ……そうだといいんだけど……。あっ、そうだ! 今日のお礼に、
今度私が碇くんに何か作ってあげる!」
「え、本当!? うれしいな」
「食べて……くれる?」
「もちろんさ! 僕はいつも作るばかりだったからね。僕のために作ってくれるなん
て、本当にうれしいよ!」
「良かった」
レイは浮かれていた。シンジと二人っきりの食事(シンジは食べていないけど)で、
すっかり気分が良くなり、普段は言えないような事も、すんなり言えた。
「ごちそうさま。ほんとにおいしかった」
そう言って、レイは食器を片付けようとした。
「あ、綾波、いいよ。僕がやるから」
「え、でも……」
「お客さんにそんな事までさせられないよ」
シンジにとって、それは何気ない一言だったが、レイは違っていた。
『……お客さん……』
その一言で、浮かれていた気分が一気にしぼんでしまった。自分は、この家の人に
とって、やはりお客さんなんだと、他人なんだと、改めて思い知らさせた。
「どうしたの? 綾波」
「碇くん! 私も、この家に置いて!」
レイはついに心を決め、シンジにそう言った。相談の内容はその事だったし、シンジ
の一言で決心がついたので、思い切って打ち明ける事にした。
「えっ!? ど、どうしたの綾波? 綾波もこの家で一緒に住みたいの?」
「うん。私は、もう一人はイヤなの。寂しいし、つらいし……。碇くんにお客さん
扱いされたくないの。アスカや葛城さんのように、碇くんと一緒に、ここに住みたい
の。お願い碇くん、私も、私もここに住まわせて! お願い!」
そう言って、レイは真剣な目でシンジを見つめた。
「そっか。綾波もやっぱり一人じゃ寂しかったんだ」
「うん。昔はこんな事なかったのに、最近、夜になると不安や孤独感で眠れない事が
あるの。だから、碇くんのそばにいたいの。……だめ?」
レイは少しうつむき、上目使いでシンジにそう言った。
うっ、か、かわいい……じゃなくって
「僕はかまわないよ。一人じゃ寂しいって気持ちは良く分かるから」
「本当!?」
レイは瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。それは、見ている方が幸せになれるほど
だった。
「あ……。でも、ちょっと待って。ここは一応、ミサトさんの家だから、僕一人じゃ
決められないんだ。ミサトさんに聞いてみないと……」
「……そう……」
レイはそう言って、またうつむいてしまった。
「あ、た、たぶん大丈夫だよ! 僕からも頼んでみるから。だから、そんなに落ち込
まないで!」
「ありがとう、碇くん……」
「ミサトさん、もうすぐ帰ると思うから、二人で頼んでみようよ」
シンジがそう言った時、ちょうどミサトが帰ってきた。
「ただいま〜〜。あら、お客さん?」
そう言って、ミサトが入ってくる。
「あら? レイじゃない! 珍しいわね。いらっしゃい、ゆっくりしていってね」
「おじゃましてます。葛城さん」
「シンちゃん、やるじゃない! 私たちのいない隙にレイを連れ込む
なんてコノコノ!」
ミサトは、ヒジでシンジをつついていた。
「ち、違いますよ! 綾波は相談があるからって、うちに来たんですよ」
シンジは真っ赤になりながら反論した。
「相談?」
「はい。今度、綾波のマンションが取り壊しになる事になって……」
「ああ、その事。聞いてるわよ。レイはうちの隣に越してくる事になってるわ。
できるだけ近い方がいいだろうと思ってね。レイ、優しい上司に感謝してねっ!」
「あの、その事なんですけど、綾波も、その、あの、だから……」
「何? 言いたい事があるならハッキリ言いなさい」
「葛城さん! 私もここに置いて下さい!」
「え? ど、どう言う事よ、レイ」
「私、一人じゃ寂しいんです。だから、私もここでみんなと暮らしたい。
碇くんと一緒に暮らしたい! お願いします葛城さん。
私もここで住まわせて下さい!」
レイのあまりの迫力に、ミサトはたじろいだ。
「え、え〜と、でも、ほら、すぐ隣なんだから、いつでも来れるじゃない。それに、
一人になりたい時だってあるわよ。そ、それにほら、うちは家事当番制だから、
結構大変よ」
「構いません。炊事でも、掃除でも、洗濯でも、肩たたきでも、何でもやります。
だから、私も碇くんと一緒に、ここに置いて下さい! お願いします!」
レイは、そう言って、深々と頭を下げた。
「……シンジ君。ちょっと来なさい……」
「は、はい」
「レイ、ちょっと待っててね」
「はい、葛城さん」
そして、ミサトはシンジを自分の部屋に連れていった。
「何ですか? ミサトさん」
「シンジ君、怒らないから、ホントの事を言いなさいよ」
「何の事ですか?」
「何の事ですか? じゃないわよ。レイのあの態度からして、あんたたち、行く所
まで行ったんじゃないの?」
「な、なんでそうなるんですか!! 僕は何もしてません!!」
「じゃ、なんでレイがあんなにまでしてここに住みたがるのよ?」
「一人じゃ寂しいって言ってたじゃないですか! それが原因だと思いますよ」
「本当に、なにもない?」
ミサトは、シンジの目を見つめた。
「あ・り・ま・せ・ん!!」
「そっか……。ぜ〜〜〜ったい! 二人の間に何かあったと思ったけどなぁ。
私の思い過ごしか……」
ミサトは、そんな事をつぶやきながら、レイの所に戻ってきた。
「レイ、あなたの気持ちは分かったわ」
「じゃ、いいんですか!?」
レイの瞳が輝く。
「
でも、ほら、うち、もう部屋がないのよ。これ以上は、ちょっち……ね」
「……そう……です……か……」
見てる方も、読んでる方もつらくなるほど、レイは落ち込んでしまった。
「ミサトさん。なんとかならないんですか? このままじゃ、綾波がかわいそう
ですよ」
「う〜〜〜ん」
ミサトとしても、何とかレイの望みを叶えてやりたかった。それほどまでに、今の
レイは落ち込んでいた。
その時、ミサトにグッドアイディアが浮かんだ。
「そうだ!」
「レイ、要するに玄関を通らずに、いつでもシンちゃんに会えれば、それでいいん
でしょ?」
「はい」
「じゃ、こうしましょう。どうせ隣に引っ越してくるんだから、この壁に穴を開け
ましょう」
「穴?」×2
「そう。そうすれば、ウチと隣は繋がるから、一軒の家って事になるでしょ。だから
一緒に住んでるのと同じじゃない。これならいいでしょ? レイ」
「はい! ありがとうございます。葛城さん!」
「良かったね、綾波。ミサトさん、ありがとうございます!」
「碇くん、ありがとう!」
レイはそう言ってシンジに抱きついた。シンジは、いつものようにすっかり固まって
いた。
「あ〜〜こらこら、そこの二人。保護者の前でそういう事はしないように」
「す、すいません……」
レイは赤くなり、すぐに離れた。シンジは、ボ〜ッと鼻の下を伸ばしていた。
「それから、一緒に住むんだから、私の事は『ミサト』って呼んでね」
「はい! ミサトさん」
「じゃ、引っ越しや壁の工事の手続き、上への報告は私がやっておくから。……それ
と、シンちゃん」
「何ですか?」
「アスカの説得、お願いね」
「あっ!!」
「あっ! じゃないわよ。それが一番大変なんだから。男ならしっかりやりなさいよ」
「ミサトさぁ〜〜ん」
「なに情けない声出してんのよ。……とにかく、今日はもう遅いからレイを送って
行きなさい」
「……はい」
「ところでシンちゃん。レイを変な所に連れ込んじゃダメよ〜」
「わ、分かってますよ!」
シンジは、少しむくれてミサトに言った。
「碇くん、変な所って?」
「じゃ、じゃあ行こうか! 綾波!」
「?」
そして、三人で玄関に向かった時、アスカが帰ってきた。
「ただいま」
「あ、アスカ。お帰り」
「え? 何でこんな時間にレイがうちにいるのよ? ……まさかシンジ、私がいない
事をいい事に、レイを連れ込んだんじゃないでしょうね?」
「違うよ! アスカ、だんだんミサトさんに似てきたね!」
「何よ、それ? 私がミサトに似てきたって言うの? 失礼ね」
「どういう意味よ、アスカ」
アスカはこれまで、レイの事ばかりが気になって、ミサトの存在を忘れていたが、目
の前の声を聞き、改めてミサトの存在に気が付いた。
「え!? あ、あははは……。じゃ、じゃあ何でレイがここにいるのよ?」
「相談があるからって、うちに来たんだよ」
「相談? 何の相談よ?」
「えっと……そ、それは……つまり……その……一言で言うと……だから
……早い話が……」
「ちっとも早くないじゃない! ボケボケ〜としてないで、さっさと言いなさいよ!」
シンジが言いにくそうにしているので、レイが自ら話し出した。
「アスカ、私もここに置いて欲しいの」
「な!? ど、どういう事よ?」
「今度、綾波のマンションが取り壊される事になって……。それで、レイもうちに
一緒に住みたいって言うんだよ」
「何でうちなのよ? このマンションだって、いっぱい部屋があるじゃない! だい
いち、うちにはもう部屋は無いわよ! どうすんのよ?」
「隣の部屋との壁に穴を開けて繋げるって、ミサトさんが言ってた」
「お願い! アスカ、私もこの家に置いて欲しいの。もう一人は嫌なの。孤独なのは
もう嫌なの。お願い!」
そう言って、レイはアスカの目を真っ直ぐに見つめた。
「だ……だからって……だからって……」
アスカは迷っていた。レイが一緒に住む事になれば、当然シンジと二人っきりでいら
れる時間は、殆ど無くなってしまう。しかも、レイはシンジの事がスキだとはっきり
と言っている。恋敵を助けてやるほど、自分はお人好しではない。
しかし、一人は寂しい、孤独は嫌という気持ちは、今のアスカにも良く理解できた。
心でそれを認めても、感情がそれを許さない。
この二つの相反する気持ちの中で、アスカが悩んでいると、ミサトが助け船を出して
くれた。
「あなたらしくないわよ、アスカ」
「どういう事よ? ミサト」
「いいアスカ。あなたは今、レイに対して圧倒的に優位な立場にいるのよ。
それで勝てたとして、アスカは嬉しいの? ……それに、例え勝てたとしても、
『一緒に住んでいるんだから、アスカを選んで当たり前』って陰口を叩かれるわよ。
アスカは、そんなプライドの低い子じゃ無かったはずよ。女なら、同じ立場で、
正々堂々とやりなさい!」
ミサト、レイ、シンジが揃ってアスカを見た。
「う……。分かったわよ。ここで私が反対したら、私一人が悪者になるじゃない。
レイの好きにすればいいわ」
「アスカ! ありがとう。本当にありがとう!」
レイは、アスカの手を握り、ただお礼を言い続けた。
「そ、その代わり、後から来るんだから、私の家事当番、一週間やってもらうわよ」
「ええ、何でもするわ」
アスカは照れているのか、それだけ言うと、自分の部屋に入ってしまった。
「ミサトさん、ありがとうございます。助かりました」
「シンちゃ〜〜ん。私の家事当番、一ヵ月お願いね〜〜」
「…………はい」
「じゃあシンちゃん。アスカの事は私に任せて、レイを送って行きなさい」
「はい。じゃ綾波、行こうか」
「うん。ミサトさん、本当にありがとうございます」
「気を付けて行くのよ! 二人とも」
「はい! 行ってきます」
そう言って、二人は出て行った。
「さ〜て、シンちゃん。男になれるかな?」
(……あんた、それでも保護者か)
「……さて、問題はアスカね」
ミサトは、アスカの部屋の前で話し始めた。
「アスカ、ごめんなさいね。でも、レイの気持ちも分かってあげて。あの子も寂しい
のよ」
しかし、中から返事は無い。
『アスカ、まさか泣いてるの? ……仕方ないわね、今はそっとしておくか』
ミサトはそう思い、部屋から離れた。
しかし、部屋の中のアスカは泣いてなどなく、燃えていた。
「ふふふふふ……。『正々堂々とやれ?』ハン!? 上等じゃない! この私が、
あらゆる点においてレイより勝ってる事を、
レイとシンジに見せつけてやるわよ! 見てなさいよ〜。ふふふふふ……」
アスカはそう言って、こぶしを握りしめ、目を燃やしていた。
……同じ頃、レイは寒気を感じていた。
ブルっ!
「どうしたの綾波? 寒いの?」
「え? ううん。今何か、首の後ろに風が当たった気がして……」
「ああ、綾波も? 僕もだよ」
「碇くんも? じゃあ、やっぱり風だったのね」
「あ、うん! きっとそうだよ!」
シンジはそう答えたが、先ほどの寒気に心当たりがあるので、少し憂鬱になった。
『アスカ、怒ってるだろうなぁ……。帰ったら何されるんだろう……はぁ〜』
しかし、そう思いながらも、綾波が喜んでるからまぁいいか、と思っていた。
「ところで綾波、引っ越しはいつになるの? 手伝いに行くから」
「ありがとう。でも、殆ど荷物は整理してダンボール箱に入れているから、壁に穴
さえ開けば、いつでも引っ越しできるの」
「そうなんだ。……で、マンションはいつ取り壊されるの?」
「十日くらい先だって言ってた。だから、碇くんに料理を食べてもらうのは、引っ
越してからになるわね」
「そうだね。楽しみにしてるよ!」
「碇くんって、嫌いな物ってあるの?」
「いや別に。特に嫌いな物は無いよ」
「じゃあ、好きな物は?」
「綾波」
「えっ!?」
レイは、みるみるうちに顔が赤くなっていった。
「の、作ってくれる料理なら、何でも好きだよ」
「も、もう! からかわないでよ!」 ぽかぽか
レイは、少しほほをふくらませて、軽くシンジをぽかぽかと叩いた。
「はは、ごめんごめん」
シンジはそう言って軽く逃げる。そんな二人は、はた目には、付き合い始めたばかり
で、どこかぎこちなさの残る恋人のように見えた。
シンジは、レイと話しながら、ふと考えていた。
『でも綾波、ホントに変わったな。以前だと、話しかけても殆ど受けごたえくらい
しかしてくれなかったし、最小限の言いたい事だけしか話さなかったのに。それが
今では綾波の方から話しかけてきてくれる。ほんと、うれしいな』
二人の会話は途切れる事なく続いていた。そしてそれは、シンジにとっても意外な事
だった。
『僕は人付き合いが苦手で、人とこんなに喋る事なんか今までなかったのに。しかも
女の子とこんなに楽しく話せて、いくらでも話す事がある。……きっと僕も変わって
きているんだ。いい事なんだ』
シンジがそんな事を考えている時、レイもまた、自分の事を思っていた。
『どうしたのかしら、私。碇くんと話をしてると、こんなに楽しい。普段、碇くん
と一緒にいても、言いたい事も言えないのに、今は後から後から言いたい事が出て
くる。そして、それを碇くんに伝える事ができてる……。うれしい』
そしてレイは、今の自分たちの状況を考えてみる。
『夜の街に碇くんと二人で楽しく会話しながら歩いている』
『はっ! こ、これって、クラスの女の子が言ってた、
デ、デート
なのでは!?』
そう思って、レイはますます舞い上がってしまった。これまで、エヴァのパイロット
としてのみ育てられたレイは、他人との付き合いが殆ど無かった。そのため、一人で
暮らしていく上では何も問題は無いが、他人と一緒に暮らすようになると、一般的な
知識の欠落があった。
特に、男女間の事は全く分からなかった。クラスの女子の会話、アスカが持ってきた
少女マンガ、インターネット等に登録されているエヴァのラブ米小説の世界、それら
がレイにとっての知識の全てだったので、かなりの偏りがあった。そのため、ただ
一緒に歩いているだけなのに、デートだと思ってしまう。以前、シンジにキスしたの
も、当時はアスカに対するライバル心からの行動だった。だいぶ後になり、自分が
した事の意味を知り、一人で真っ赤になっていた。
とにかく、今、レイはシンジと初デートだと思っているので、幸せだった。
『ああ、碇くんと一緒に歩けるなんて夢のよう。こんな事なら、もっと遠くのマン
ションに住んでれば良かった。そうすれば、もっと長い時間、碇くんと一緒にいられ
るのに……』
そんな少女的な事を思っても、マンションが逃げる訳は無く、二人は綾波の部屋の前
に着いてしまった。
「碇くん、送ってくれてありがとう。あの……お茶でも飲んでく?」
レイは精一杯の勇気を出して、そう言った。
「え? あ、ありがとう。でも、今日は遠慮しておくよ」
(なに〜っ! レイちゃんの誘いを断る気かシンジ!)
「え!? ど、どうして……?」
『私、何か嫌われるような事したのかな……?』
レイは不安になった。
「だってほら、今日はもう遅いだろ。こんな時間に独り暮らしの女性の部屋にお邪魔
するのも失礼だから……」
『……良かった。嫌われてる訳じゃないんだ』
「私は別に構わないけど」
「ごめんね、せっかく誘ってくれたのに。でも、遅くなると二人とも心配するだろう
から……。本当にごめんっ!」
「そう……。なら仕方ないわね……」
「ごめん!」
もちろん、シンジだって部屋に入り、レイとお茶を飲みながら楽しく話ししたかった
し、せっかくレイが誘ってくれたのだから断りたくはなかった。しかし、アスカは、
レイのマンションまでの時間を知っている。恐らく、今頃、時計をにらんでいる事だ
ろう。少しでも遅くなれば、何をされるか分からない。また、ミサトのひやかしも、
1分遅れる事に激しさを増すだろう。
レイと話しはしたいが、今は二人が恐い。
というのが、シンジの本音だった。
「それじゃ、引っ越しの時は呼んでね。じゃ、おやすみ」
「え?」
「ん? どうしたの、綾波?」
「あの……私、誰かから『おやすみ』って言われたの初めてだから……」
レイは少し恥ずかしそうに、そうつぶやいた。
「そうなんだ。でも、これからは一緒に住むんだから、毎日言えるね」
「ええ、そうね」
「じゃ、改めて……。おやすみ、綾波」
「おやすみなさい、碇くん」
そしてシンジは帰って行った。レイは、シンジが見えなくなるまで見送っていた。
「おやすみなさい……初めて言われた言葉……初めて言った言葉……何だか、恥ずか
しい……」
レイは、シャワーを浴びながら、そんな事をつぶやいていた。そして、その時、鏡に
映るレイの顔はほほえんでいた。また、無意識のうちに、生まれて初めての鼻唄を
歌っていた。
そしてレイはシャワーを浴びた後、部屋に戻り、下着を付け、ベッドに寝転がった。
「もうすぐ、碇くんと一緒に住めるんだ……。朝起きたらすぐ碇くんに会えて、
おはようと言える。寝るまで碇くんといられて、寝る前にはおやすみと言える。
……うれしい!」
レイは、顔がほころぶのを止められなかった。
「私におやすみと言ってくれる人、私がおやすみなさいと言える人ができるなんて、
考えてもみなかったな……。おやすみなさい、碇くん」
そう言ってレイは、静かに目を閉じた。シンジの名を呼んだだけなのに、胸の中に
暖かいものが溢れ出してくれるような気がした。そして、ここ数週間、夜になると
襲ってきていた孤独感や不安感は全く訪れる事なく、幸せな眠りにつく事ができた。
一方、その頃シンジは、玄関の前にいた。
『はぁ〜。きっとアスカ、待ってんだろうな、僕が帰るのを……。仕方ない、ここ
でこうしていても、時間が過ぎてくだけだ。ますます僕に不利になるからな……』
覚悟を決め、シンジはドアを開けた。
「ただいま」
「お帰りシンちゃん、早かったじゃない!」
「遅いじゃないシンジ! 何やってたのよ!」
『……やっぱり……』
シンジが思った通り、玄関にはミサトとアスカが出迎え……いや、待ち構えていた。
シンジが今帰るのが分かっていたかのように。
『やっぱりアスカ、ずっと時計をにらんでたんだな……』
「いや〜お泊まりはないと思ってたけど、休憩もなかったの? ちょっと意外ね〜」
「ミサト! 何言ってんのよ! いやらしいわね。自分を基準に考えないでよ」
「あ〜ら。私は中学生の頃に同棲なんかしてなかったわよ」
「な!? ど、同棲って何よ! ミサトがいるじゃない!」
「何言ってんの? 私はいつも帰り遅いでしょ。帰って来ない日もあるし……。そん
な時は、あなた達二人っきりじゃない。何やってるかなんて、私は知らないわよ。
現に、キスしてたんでしょ、私のいない時に。」
「あ、あれは……その……つまり……」
「ま、どうせアスカがシンちゃんに迫ったんでしょうけど」
「う、うるさいわね! それよりシンジ、何やってたのよ! レイの
マンションまで往復で四十分。三分もオーバーしてるじゃないのよ!」
「僕は機械じゃないんだから、それくらいの誤差くらい出るだろ。引っ越しの時は声
をかけてくれって、綾波に言ってただけだよ!」
「ほんとうに?」
アスカは、シンジをにらみつけた。
「ほ、本当だよ!」
「あやしいわね……」
さらにシンジをにらみつける。
「ま〜ま〜アスカ、たった三分じゃ何もできないわよ。できたとしても、せいぜい、
キスくらいね」
「十分問題よ! シンジ、レイとキスしたの? してないの? 答え
なさい!」
「何でそうなるんだよ!してないよ!ミサトさん、いい加減な事言わ
ないで下さい!」
「な〜に、本当に何も無かったの? 結構、奥手ね、シンちゃんって。……良かった
わね、アスカ。レイが一緒に住むようになって」
「? どういう事よ? ミサト」
「だってそうじゃない。自分の目の届かない所で、レイとシンちゃんが何かあったん
じゃないかって心配する必要が無くなるでしょ。いつも目の前に二人ともいるんだか
ら」
『その分、こっちもシンジと二人っきりになれないじゃない!』
アスカはそう思い、ミサトをにらみつけた。
「……それにしてもミサト、随分楽しそうね。何かあったの?」
「これから起きるのよ。目の前で女の戦いが見られると思うと嬉しくて嬉しくて。
ああビールがおいしい!」
そういって、エビスビールを一気に飲み干した。
「ミサトさん。まさか、僕たちの部屋にカメラ隠して、覗くつもりじゃないでしょう
ね? 本部で覗いてたみたいに」
「そ、そういえば、そうね。ミサト、まさかカメラなんか隠してないでしょうね?」
二人は、ジト目でシンジをにらんだ。
「隠してるわけないでしょ。第一、あれはアスカが心配だったからだし、本部の施設
の内部だからできたのよ。そんなに、私が信用できないの?」
「できません!」
「できないわ!」
二人は、見事なユニゾンで答えた。
「そ……そんなに言うなら、部屋中探せばいいでしょ?」
「そうします」
「そうするわ」
又も見事なユニゾン。
そして、二人はそれぞれの部屋を探し始めた。
「なによなによなによ、二人とも! そんなに私が信用できないって
言うの? あ〜腹が立つ! 飲まなきゃやってられないわ!」
そう言って、冷蔵庫からビールを山ほど取り出した。そして、隣の冷蔵庫を開け、
寝ていたペンペンに抱きついた。
「あ〜〜ん! ペンペン! 二人が私の事いじめるの〜。私は、
保護者としてアスカの事を心配していただけなのに〜 ……あんな
所でキスする二人が悪いのよ! ペンペン! 今日は朝まで飲む
わよ!」
「ク、クワ?」
いきなり、寝ていた所に抱きつかれて、ペンペンは目をパチパチしていた。そして、
くちばしにビールを押し込まれた。
「ング、ング、ング」
「お〜〜! いい飲みっぷりね! さ、次行こ、次!」
そう言って、嫌がるペンペンに無理やりビールを飲まし続けた。
シンジとアスカが部屋を探す物音、ミサトの愚痴、ペンペンの絶叫。ミサトのマン
ションでは、それらの物音がいつまでもこだましていた……。
「クワ〜〜〜〜〜〜!!」
(訳:誰か何とかしてくれ〜〜!)