新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第四部 春の日のように


 プルルルルル プルルルルル プルルルルル

 午前8時30分、ミサトの部屋の電話が鳴る。

 しかし、ミサトは起きる気配も電話に出る気配もなく、ただひたすら眠っている。

 「残業続きで疲れたから、昼まで寝るので起こさないでね」

 と、昨夜シンジに伝えてはいたのだが、電話というものは、そんな日には決まって
 掛かってくるものである。

 プルルルルル プルルルルル プルルルルル

 『あ〜うっさいわね! 早く切れなさいよ!! 私は今日は一日中寝るんだから!』

 そう思い、ミサトは頭から布団を被り、潜り込んでしまった。

 しかし、ミサトの願いも虚しく、電話が切れる気配は無かった。

 『も〜リツコも付き合い長いんだから、お休みの日は一日中寝てる事くらい分かり
 そうなもんなのに……』

 『分かったわよ。出ればいいんでしょ、出れば。とっとと用件聞いてまた寝ちゃる』

 そう思い、仕方なく布団から抜け出した。その動きは緩慢で、まるで冬眠明けの
 クマのようだった。

 「ちょっとリツコ。何よこんな朝っぱらから。私は眠いんだから、早く用件言って
 よね。また寝るんだから」

 ミサトの部屋に直接掛かってきたので、てっきりリツコからだと思っていたが、
 その電話の主はリツコでは無かった。

 「そうか、そいつはすまなかった。でも、元気そうで安心したよ」

 「え!?」

 ミサトは心臓が止まりそうなほど驚いていた。

 『こ、この声は……まさか』

 「か、加持君!? あなた加持君なの!?」

 「ああ、俺だ」

 「で、でも加持君、死んだんじゃ……」

 「ま、確かに一般的にはそう思われているようだが、俺は生きている。生きてこう
 して君と電話で話している。これは紛れもない事実さ」

 「……バカ」

 「ん?」

 「バカって言ったのよ! 生きてんなら何で連絡してこないのよ! 私が、私が
 どれだけ心配したと思ってんのよ、このバカ!

 「すまない、葛城。俺も君だけには知らせておこうと思ったんだが、盗聴されてる
 危険が高かったし、俺とかかわる事で君まで巻き込んでしまいそうだったから、
 どうしても連絡できなかったんだ。それほど、あの時は危険な状態だったんだ。
 それに、俺は死んでると思われてた方が仕事がやりやすかったからな。君には本当
 に心配を掛けてしまって、申し訳ないと思っている。どうか許して欲しい」

 「じゃ、今、こうして電話してくるって事は、もう危険は去ったの?」

 「ああ、その事を君に全て話そうと思って、こうして連絡したってわけさ。で、
 どうする? 眠いのなら、また後で連絡するが……」

 「こんな時に寝てられるわけないでしょ。全て話してもらうわよ」

 「ああ、そのつもりだ」

 そして、加持の説明が始まった。

 「……俺が特務機関ネルフ特殊監査部所属、加持リョウジと同時に、日本政府
 内務省調査部所属、加持リョウジであった事は、君も知っての通りさ。しかし、
 どちらも俺の本当の仕事じゃない。両方とも、ただのアルバイトさ」

 「俺の本当の仕事は、ゼーレから直接ネルフの、いや碇司令の監視を命じられて
 いたのさ」

 「ゼーレから!? それで副司令を?」

 「ああ、ゼーレは碇司令を疑っていた。だから、副司令を直接尋問するために、俺
 に拉致するよう、命令してきたのさ」

 「でも、どうしてゼーレなんかに?」

 「俺は、少しでも真実に近づきたかった。その為に、あらゆる手を使った。そして、
 ゼーレの手先となって、内部からゼーレのやろうとしている事を調べようと思った
 のさ」

 「危ない事をするわね。ま、まさか私のために?」

 「さぁてね。俺が好奇心が強いのは良く知ってるだろ。だからさ」

 「……加持君」

 「ま、危険をおかしただけあって、ゼーレが何を企んでいるのか、色々と分かって
 きた。だが、同時に俺は、ゼーレがやろうとしている事が本当に正しいのかどうか
 分からなくなってしまったんだ。そんな時、碇司令のやろうとしている事も分かっ
 てきた。まだ、そちらの方が自分にとって納得できたから、俺は碇司令に協力する
 事にした。俺の調べた全ての情報と引換えに、碇司令の知る事を教えてもらうと
 いう条件でね。そして、協力の証として、副司令をゼーレから逃がしたのさ。そし
 たら、すぐにゼーレから刺客が送り込まれてきたよ。ま、こうなる事は、ゼーレと
 かかわった時から分かってた事だけどな」

 「ゼーレは自分たちの秘密が外部に漏れるのを極度に恐れている。ゼーレに関わっ
 た者は、良くて毒殺。みんな消されるんだ。だから、俺も色々と準備をしていた。
 防弾チョッキや血のり、死ぬ演技も随分と練習したものさ。その甲斐あってうまく
 いったようだがな」

 「でも、危なかったんだぜ。頭を撃たれたらそれっきりだからな。随分と危険な
 賭けだったよ」

 「でも、そんな事で本当にゼーレの刺客をごまかせたの?」

 「ああ、何しろ俺が撃たれたのはネルフ内だからな。碇司令と協力している今、
 できない隠ぺい工作は無いさ。だから、ゼーレも俺が死んだと思ったらしく、随分
 と仕事がやりやすかったよ」

 「後は、君も知っての通り、ネルフとゼーレの戦いがあったってわけさ。自慢じゃ
 ないが、俺の情報も随分と役に立ったはずだ。と言っても、さすがはゼーレ。こち
 らも随分と危なかったけどな。もし、あの戦いでネルフが負けてたら、碇司令や副
 司令だけではなく、葛城やリっちゃん、ネルフの上層部は全員消されてただろう
 な」

 「じゃあ、今まで何やってたのよ? その戦いから随分と経ってるじゃない」

 「いくらゼーレの力を押さえこんだとしても、ゼーレに協力していた組織、個人は
 世界中にいるんだ。今まで、それらを一つ一つ調べてたのさ。そんな連中を放って
 おいたら、いつ殺されるか分からないだろ? それに、君に会いに行くのに、殺し
 屋をゾロゾロ連れて行くわけにもいかないからな」

 「で、それらの調査が終わって、さっき碇司令に報告した所さ。命の心配もなく
 なったから、こうして君に連絡したってわけさ」

 「あ、ところで葛城、俺の畑、ちゃんと面倒見てくれてたんだな。嬉しいよ」

 「え!? あんた今こっちにいるの? だったら何で私の所に来ないのよ?」

 「ああ、俺も君に会いたいのは山々だが、いきなり会いに行って、死人扱いされる
 のはイヤだし、なにより、葛城、怒るだろ?」

 「当ったり前よ! この私をここまで心配させたんだから、ビンタの二、三十
 発は覚悟しておきなさいよ!!

 「お〜コワ」

 「でも……」

 「ん?」

 「でも、今すぐに会いに来てくれるのなら、特別サービスでビンタ一発で許して
 あげるわ」

 「へ〜、そいつはすごいサービスだ。じゃあ、今すぐ玄関を開けてくれないか?」

 「え?」

 「でないと、葛城に会えないだろ?」

 それを聞くと同時に、ミサトはふすまを蹴飛ばし、玄関まで走っていった。

 「どうしたのかな、ミサトさん。『今日は昼まで寝るから起こさないでくれ』って
 言ってたのに」

 「トイレじゃないの? ふすまを蹴飛ばして開けるくらいだから、よっぽど慌てて
 たんだろうけど、本当にあれで女なのかしらね……」

 「でもアスカ、ミサトさん、玄関に向かったわよ」

 「じゃあ、寝ぼけて仕事に出掛けたとか」

 少し遅めの朝食を取りながら、三人はミサトの行動を不思議がっていた。


 ミサトは、玄関を開けるボタンを少し震えながら押した。

 開いたドアの向こうには、死んだと思っていた、もう二度と会えないと思っていた、
 懐かしい顔が微笑んでいた。

 「よ、葛城、久し振り」

 「あ、あんたなんか……あんたなんか!

 ミサトの右手が高く振りかざされた。加持は、あえてそのビンタを受けるようだっ
 た。しかし、頬を叩く音は鳴らなかった。ミサトの手は、ゆっくりと加持の左頬を
 なでていた。不精ヒゲのザラついた感触が、妙に懐かしかった。

 「加持君、本当に加持君よね、本当に生きてるのよね……」

 「ああ、俺は生きている。足だって、ちゃんと付いている。短いけどな」

 「う……うう……良かった。本当に生きてて……。
 うわ〜〜〜ん!!!

 ミサトは泣きながら加持に抱きついた。加持は優しくミサトを抱きしめる。

 「加持君、もう危ない事はしないで。私の前から黙って消えるのはやめて。私を
 一人にしないで。私は……私は……

 「ストップ、葛城。そこから先は俺の言葉だ」

 「『8年前に言えなかった事、もう一度会えたら伝えると約束していた事』を、
 今言うよ」

 「葛城、俺は君を愛している。昔から、今も、そしてこれからもずっと……」

 「葛城、俺と結婚してくれ」

 加持とミサトは見つめ合っていた。そして、ミサトは返事の代わりに、加持と口づけ
 を交わした。

 『加持さん、無事だったんだ……良かった。でも、ミサトさんすごいな、あんな
 事を……』

 『ミサトさん嬉しそう。でもなんだかドキドキする。あ、あんな事まで……』

 う〜〜〜う〜〜〜う〜〜〜!」

 『ミサトー! 加持さんから離れなさいよ! シンジ、レイ、離しなさい!!』

 影から二人を見ていた三人だったが、アスカが飛び出しそうになったので、シンジ
 とレイが気を利かせてアスカを押さえつけ、口を塞いでいるのである。

 「ん? よう! 三人とも、元気だったかい?」

 「や、やだ。三人とも見てたの?」

 「加持さん、無事だったんですね。良かった」

 「あれ? シンジ君は俺が何をしてたのか知ってるのかい?」

 「いえ。ただ、ミサトさんがずっと泣いてたから、加持さんに何かあったのかと
 思って、それで心配してたんです」

 「そうか……。葛城、俺のために泣いてくれたのか」

 「ちょ、ちょっとシンちゃん、何言うのよ。私は別に、こんな奴の事で泣いてたん
 じゃ無いわよ!」

 「美しいご婦人に涙を流して頂けるとは、男として光栄だな」

 「だから、違うって!」

 「どういう事なの、加持さん。何かあったの?」

 「ああ、俺は少し危険な任務についてたんだ。それで、一般的には、俺は死んだ事
 になってたのさ」

 「そうだったんですか」

 「それで最近見えなかったんだ」

 「アスカ、君のお見舞いに行けなかった事は、本当にすまないと思ってる。アスカ
 が入院して、ひどい状態だったのは知ってたんだが、俺も自分の命が危ないような
 状態だったし、皆を巻き込みたくなかったんだ。すまない。 ……だが、シンジ君
 がいれば何とかなるだろうと思っていたから、心配はしてなかったけどな」

 「シンジがぁ〜? 加持さんはシンジの事、買いかぶりすぎよ。シンジなんて、
 本当に情けなくて頼りにならないし、加持さんに比べて全然カッコ良くないし……」

 「悪かったね、頼りなくて」

 「あ〜ら、本当の事じゃない」

 「アスカ、碇くんはそんな事ない。ちゃんと私の事守ってくれてる」

 「ありがとう、綾波」

 「何よ、すぐレイはシンジの事かばうんだから!」

 「ははは。相変わらずアスカは素直じゃないな。本当はそんな事思ってないんだ
 ろ? 現に、そうして元気になったのは、シンジ君のおかげじゃないのかい?」

 「そ、そりゃそうだけど。ま、少しは感謝してやってもいいわよ」

 「まっ、アスカがそこまで言えりゃ大したもんさ」

 「ところでシンジ君、しばらく見ないうちに、随分と成長したようだね。男の顔に
 なってきてるよ」

 「僕がですか? 自分じゃ全然そうは思いませんが」

 「こういう事は、しばらく会ってない人の方が良く分かるもんさ。ジオフロント
 まで侵入した使徒から逃げず、自らの意思で戦う事を選んだ時から、シンジ君は
 少しずつ変わっていったんだよ」

 「人は、何か困難に直面した時、逃げずにその困難に正面から立ち向かう事を心に
 決めた時、その困難には既に勝ってるんだよ。結果として成功しようが失敗しよう
 が、確実に心の中では何かが変化している。シンジ君の場合、それが自信に繋がっ
 てるんだろうな」

 「自信……ですか」

 「ああ、シンジ君は立派な事をやったんだ。俺はあの時戦ったシンジ君の事を尊敬
 してるんだ」

 「ぼ、僕をですか?」

 「もう〜! 加持さんはシンジの事褒めすぎよ。それに、私やレイだって、あの
 使徒と戦ったわよ。……負けちゃったけどね」

 「もちろん、君たちの事だって尊敬してるさ。だが、考えてみてくれ。失礼な言い
 方だが、君たち三人の中で、シンジ君が一番気が弱いだろ?」

 「ええ、まあ」

 「だからこそだよ。あんな絶望的な状況の中、シンジ君は逃げなかった。気の弱い
 人間なら、逃げても全くおかしくない状況だったのに、だ。気の弱い人間が、使徒
 に向かって行くのは、普通の人の何十倍もの勇気が必要だ。その勇気を出し、戦う
 事を選んだシンジ君だからこそ、俺は尊敬しているのさ」

 「そうね。あの時、シンジ君はもうエヴァには乗らないって言ってたのに、ネルフ
 に帰ってきてくれて、初号機に乗ってくれた。そして使徒を倒してくれた。シンジ
 君が来てくれなかったら、今頃どうなっていた事か……」

 「ま、あれを倒したのはシンジなんだから大したもんよね。それは認めてあげる
 わ」

 「ほんと。碇くん、すごい」

 「そ、そうかな。でも、あの時、僕が逃げなかったのは、加持さんが励ましてくれ
 たからで、僕一人じゃ、きっと何も決められなかったと思います」

 「それは違うよ、シンジ君。俺はきっかけを与えただけだ。全てを決めたのは、
 シンジ君自身だよ。シンジ君、気が弱いのと臆病な事は同じじゃない。君は逃げて
 はいけない時を知っている。自分が何をすべきなのかを、ちゃんと分かっている。
 それを実行するだけの力がある。簡単なように見えても、それはとても困難で、
 大変な事なんだよ。シンジ君は、それができたんだ。もっと自信を持てばいい。
 君は大した男なんだから」

 「はい、ありがとうございます。加持さん」

 シンジにとって、あの時助言を与えてくれた加持は、自分がなりたい大人の一つの
 姿だったので、その加持に褒められて嬉しくなっていた。

 「ん? ところで綾波君はなぜこんな時間にここに?」

 「あ、あの、私も碇くんと一緒にここに住んでるんです」

 レイにとって、加持と話をするのはこれが初めてだったが、
 『シンジの事を褒める人 = いい人』
 の図式がレイの頭の中にあるようで、加持の事を安心できる人だと思ったようだ。

 「え? そりゃまたどうして?」

 「私は一人でいるのが寂しくなったんです。だけど、碇くんと一緒にいると楽しい
 し、落ち着けるし、とてもいい気持ちになるんです。だから、ミサトさんに無理
 言って、一緒に暮らさせてもらってるんです」

 「そうだったのか。で、どうだい、シンジ君と一緒に暮らせて?」

 「はい、とっても幸せです!」

 「あ、綾波」

 ムッ!

 「ははは。まいったねこりゃ。そこまではっきり言ってくれるとはね。こりゃアス
 カも、うかうかしてられないな」

 「……しかし、こんな美女三人に囲まれて暮らしてるなんてうらやましいな、シン
 ジ君は。替わってもらいたいくらいだよ」

  全くだ。炊事、洗濯などをしなくてはならないが、『シンジと替わりたいか?』
  というアンケートを取ったら、何人くらいが替わりたいと思うだろうか?

 「じゃあ、加持さんも一緒に住みましょうよ」

 「ん?」

 「レイが引っ越して来たとき隣の部屋と繋げたから、まだ部屋があいてるの。ね、
 そうしましょうよ!」

 「そいつはいいね。葛城、俺を養ってくれるかい?」

 「何バカ言ってんのよ! そんな事できるわけないでしょ!」

 「だめか? いや〜残念だな。ヒモは男のロマンなんだが」

 「バカな事言ってないで、さっさと安全な仕事見つけなさい」

 「へいへい」

 「あの、ミサトさん。加持さんと結婚するんですか?」

 「け、結婚たって、別に今すぐってわけじゃないのよ。加持君が安全な仕事を見つ
 けて、ちゃんと私を養えるようになってからの事なんだから、まだ随分と先の話
 よ」

 「でも、将来は結婚するんでしょ?」

 「ま、まあね、そのつもりだけど」

 「おめでとうございます、ミサトさん」

 「おめでとうございます、ミサトさん」

 「…………」

 「あ、ありがとう

 ミサトは真っ赤になっていた。

 「三人とも、俺たちの結婚式には出てくれるんだろ?」

 「ええ、もちろんです」

 「私、結婚式って初めて」

 「……………………」

 「どうしたアスカ? アスカは出てくれないのかい?」

 「私は……」

 『どうしたのかな、私…… あんなに加持さんとミサトの結婚を嫌がってたのに、
 今は嫌がってない。むしろ、祝福する気になってる。どうして……?』

 そんな事を考えながら、ふとシンジを見る。すると、シンジと目が合ってしまい、
 慌てて目をそらす。

 『バ、バカ! 何を考えてんのよ私は!』

 「ま、しようがないわね。加持さんがそこまで言うなら、出てあげるわよ」

 「本当にいいの? アスカ」

 「だって、ミサトにとってこれが最後のチャンスじゃない。私が嫌がって、ミサト
 が『いけず後家』にでもなったら一生ネチネチ言われそうだもの。仕方ないから、
 認めてあげるわ」

 「ず、随分とトゲのある言い方ね。若さゆえのゆとりかしら……」

 ミサトは、こめかみの辺りをヒクヒクさせていた。

 「やーねー。ひがまないでよ。私はミサトの事を心配して言ってるのよ。まっ、私
 が若くて美しいのは事実だけど」

 「ほ〜、つまりアスカはシンちゃんがいるから、もう加持君は必要ないわけね?」

 アスカのイヤミに対して、ミサトも少し意地悪く言い返した。

 「な、何でそこでシンジの名前が出てくるのよ!」

 「あ〜ら、違うの? 私はてっきり、将来シンちゃんと結婚しようと思ってるから、
 私と加持君の結婚を認めたんだと思ったんだけどなぁ〜」

 「そうか、俺はもうお払い箱か」

 「もう! 加持さんまでそんな事言わないでよ! 何で私がシンジなんかと結婚
 しなきゃいけないのよ!」

 「じゃあ、アスカはシンジ君と結婚する気はないのかい?」

 「当ったり前じゃない!! どうして美しい私がわざわざ好き好んで、こんな
 情けないやつと結婚するのよ! 常識で考えたら分かるじゃないの」

 「そっか、アスカはシンちゃんと結婚する気はないか……。
 良かったわね、レイ

 「はい!!」

 レイは、実に屈託のない笑顔でそう答えた。

 「え? 綾波、それって……」

 「ちょっとレイ! あんた何ハッキリ答えてんのよ! 私はただ、そんな
 先の事、今すぐ決められるわけないって言ってるだけでしょ!」

 「おいおいアスカ、それは今言ってたのとは随分と意味が変わってくるぞ」

 加持は、実に面白そうにそう言った。その横ではミサトがニヤニヤしている。

 レイは、アスカの言う事が急に変わったので、シンジを取られないように、そっと
 シンジの腕に抱きついていた。当然、そんな事をすれば、綾波の胸の感触がシンジ
 の腕に伝わってくる。

 シンジは慌てていた。

 「あ、あの、綾波。ちょ、ちょっと、その……ム、ムネが……

 くぉらレイ! シンジに抱きついてんじゃないわよ! 離れなさい」

 「いや」

 「な、何でよ!?」

 「アスカ、さっき『碇くんと結婚する気は無い』って言ったじゃない」

 「あ、あれは言葉のあやよ。とにかく離れなさい!」

 アスカはそう言って、シンジの別の腕を引っ張り始めた。レイも負けじとシンジを
 引っ張る。

 「ちょ、ちょっと二人とも止めてよ!」

 「やー、シンジ君もてるなー。うらやましいよ」

 「ほ〜んと。シンちゃんもスミにおけないんだから」

 「葛城、この三人はいつもこうなのかい?」

 「そ〜なのよ! もう見てるだけで面白くて面白くて」

 「確かに、毎日目の前でこれをやられたら、退屈はしないな」

 「でしょ〜〜〜」

 「もうー! 見てないで助けて下さいよ。いてて! 痛い、痛いよ二人とも!」

 「あ、碇くん、ごめんなさい!」

 シンジが痛がるため、レイは慌ててシンジの腕を離した。結果として、シンジは
 アスカの方に引っ張られてしまった。

 「ふっ。レイ、どうやら私の勝ちのようね」

 「いいえ。今の場合、レイの勝ちよ」

 「そうだな。まさかこんな所で『大岡裁き』が見られるとはな」

 「? どういう事、加持さん。その『大岡裁き』って何?」

 「ああ。『大岡裁き』って言うのはな、江戸時代に、一人の子供に対して二人の
 母親が名乗りをあげたんだ。『自分こそが本当の母親だ』と言ってね。それを見た
 大岡という人が、『子供を両方から引っ張って、勝った方が本当の母親だ』と言っ
 て、二人の女性に子供の手を引っ張らせたんだよ。今の君達みたいにね」

 「すると、子供は痛くて泣きだしたんだ。その時、子供の身を案じて手を離した方
 が、『より子供の事を考えている本当の母親』だという事になったんだ。だから、
 今の場合、シンジ君の身を案じて手を離した綾波君の勝ちって事になるんだよ」

 「私がそんな日本の昔話を知ってるわけないでしょ。レイはその事を知ってて手を
 離したんじゃないの?」

 「私、そんな話知らない。ただ、碇くんが痛がったから手を離しただけ」

 「本当かしら?」

 アスカはレイを睨んでいた。

 「アスカ、ちょっと待ってくれ。この話は、もともと紀元前にエルサレムのソロ
 モン王が行ったとされる事が、世界各地で翻訳されて伝わっているものなんだ。
 ドイツにも似たような話があるんじゃないのかい?」

 「さぁ、私は聞いた事が無いけど……」

 「まぁまぁ、いいじゃない三人とも。今日は加持君が生き返ったお祝いよ。
 ぷわーーっとやりましょう! ぷわーーっとぉ!!

 「おいおい葛城、俺は死んでたわけじゃないぞ」

 「ま、いいじゃない! シンちゃん、悪いけど料理作ってくれる?」

 「ええ、いいですよ。僕も加持さんが無事だって分かって嬉しいです」

 「じゃあ、私も手伝う」

 レイがすかさずシンジの元に寄ってきた。

 「あ、そうだ、リツコにも知らせてあげなきゃ。きっとリツコも加持君が無事だと
 知ったら喜ぶわよ」

 「うまい事言っちゃって。それだけじゃないんでしょ? ミサト」

 「ん? どういう事、アスカ?」

 「またまた、とぼけちゃって。加持さんと結婚する事、リツコに自慢したいんで
 しょ?」

 「わ、私はそんな事しないわよ」

 「本当に? 絶対に? これっぽっちも思わなかったって言える〜?」

 「う……。ま、まぁ、少〜〜〜しくらいは考えたかな」

 「ほら見なさい。ま、いいわ。気持ちは分からなくはないから。じゃ、私はビール
 を買ってきてあげるわ。どうせ徹底的に飲むんでしょ。家にある分だけじゃ足りな
 いだろうからね。ほら、シンジ、レイ、あんたたちも手伝いなさい。どうせ料理の
 材料を買いに行くんでしょ?」

 「そうだね。じゃあ三人で行こう。アスカにビール持たせるわけにもいかないし」

 「当然でしょ。やっと分かってきたようね」

 「碇くんって、やっぱり優しいわね」

 「そ、そうかな」

 「え〜いっ! いちいちイチャつくんじゃない!」

 「じ、じゃあミサトさん。ちょっと買い物に行ってきます」

 「あ、待ってシンジ君。はい、これカード。あなた達もジュースとかお菓子とか、
 好きなもの買ってきなさい。それじゃ、気を付けて行ってくるのよ」

 「はい、分かりました」

 そう言って、シンジ達三人は部屋を出ていった。そんな三人を見ていた二人は、
 少し真面目な表情になっていた。

 「あの三人も、明るく元気になったな」

 「ええ、本当に。でも一時はかなり酷い状態だったのよ、あの子達……」

 「ああ、その話は聞いている。葛城も苦労したんだろ?」

 「まぁね。でも、結局私はあの子達に何もしてあげられなかった。自分の事だけで
 精一杯だったわ……。保護者失格ね」

 「あんな状況じゃ仕方ないさ。あまり自分を責めない方がいい」

 「ええ、そうね……」

 「しかし、アスカがあんな風になって、明い三角関係を繰り広げているとはな。
 ドイツにいた頃からは想像もできないよ」

 「そうなの? でもアスカ、加持君にはなついてたし、良く笑ってたじゃないの」

 「あれは本当の笑顔じゃないさ。どこか作った顔だったよ。それに、なついてると
 言うより、年上の男に憧れていると言うか、自分を認めてくれる存在……父親を俺
 の中に求めてたんだろうな。家庭がうまくいってないようだったし……。なんだ
 かんだ言ったって、同い年の男の子がいいに決まってるさ」

 「リツコもそんな事言ってた」

 「アスカが葛城やシンジ君と一緒に暮らしたのは、アスカにとって良かったようだ
 な」

 「でも、最初は大変だったのよ。すぐにシンジ君とケンカするし、私とも加持君の
 事とかあってウマが合わなかったし……。でも、アスカが退院する頃には、随分
 とシンジ君と打ち解けたみたいね。加持君、知ってる? あの二人ね、キスした事
 あるのよ。それも二回も」

 「へー、そいつは知らなかったな。あのアスカがねー、二回も」

 「それだけじゃないのよ。シンちゃんたら、レイともキスしたのよ。おまけにムネ
 まで触ったらしいの」

 「それはそれは。シンジ君、見掛けによらずなかなかやるねー。しかし、あの綾波
 君がそんな事をねー。ちょっと信じられないな」

 「ま、胸を触ったのは事故らしいけど、キスしたのは本当よ。しかも、レイの方
 から」

 「そうなのか。綾波君はそういう事にまるで興味が無いように見えたが……。
 あの子も少しずつ変わってきているようだな」

 「ええ。レイもシンジ君との間で色々あったのよ。あの子達は、三人でいる事に
 よってお互いに刺激し合い、少しずつ変化してるのよ。特に二人にとって、シンジ
 君の存在は大きいみたいね」

 「そのようだな。しかしさっきも言ったが、一番変わってきているのは、シンジ君
 のようだな。確かにアスカや綾波君も随分と変わった。しかし、それはシンジ君の
 変化を受けての事だろ? 周りの人に影響力を与えるほど、シンジ君の心は強く
 なってきている」

 「そうね。確かにシンジ君は嫌な事から逃げなくなった。そして自分から、今では
 自分から他人と積極的に関わろうとしているようにも見えるわ。特にレイとね」

 「そのようだな。こりゃアスカも大変だ」

 「本当ね。アスカは素直じゃないから。周りから見ればバレバレなのにね」

 「ああ。……しかし、彼らが笑顔で過ごせる時代が早く来ればいいな」

 「ええ。もうあの子達を戦場に送るような事はしたくない。もう二度と、使徒なん
 か来なければいい。もう二度と……」

 ミサトは少し涙目になっている。そのミサトを、加持は優しく抱きしめる。

 「葛城も辛かったんだな。指揮官として、子供達を戦わせた事が……。だが、一人
 で苦しむ事は無い。これからは、その苦しみを半分背負う事にする。だから、葛城
 には笑顔でいて欲しい」

 「……ありがとう加持君。そうよね、私がしっかりしなきゃね」

 「ああ、それでこそ葛城だ」

 「じゃあ加持君、飲みましょ。シンちゃんがレイやアスカと何があったか教えて
 あげる。アスカとキスした時の秘蔵VTRもあるのよ」

 「おいおい、そんなもんまであるのかい? 覗きとは趣味が悪いな。しかも、録画
 までするとは……」

 「だって、あんまり面白そうだったから、思わずリツコに録画を頼んだのよ。
 リツコも面白がって、すぐ録画してくれたし。シンちゃんにとっても、将来いい
 思い出になるって」

 「問題のタネにならなきゃいいがな」

 「それはシンちゃんがどっちを選ぶかの問題ね。それに、レイもアスカも、お互い
 がシンちゃんとキスしたのを知ってるのよ」

 「それでいてシンジ君を取り合ってるのかい? こりゃ本物だな。……シンジ君も
 嬉しいだろうが、これからが大変そうだな」

 「さ、飲も飲も」

 ミサトは嬉しそうに加持を引っ張り、リビングに入っていった。


 その頃、シンジ達はいつものスーパーで買い物をしていた。ミサトのしつけがいい
 のか、ビールに合うような物ばかり買っていく。しかし、それらの物は、殆どが
 レイが食べられない物ばかりなので、レイ用に別の材料も買う。この辺りの細かい
 配慮が、いかにもシンジらしかった。

 「でもミサトさん、元気になって良かったね。今までどこか無理して明るく振る
 舞ってるみたいな所あったし、時々、すごく寂しそうな顔してたから」

 「そうね。よっぽど加持さんが生きてたのが嬉しいのね」

 「しかし、今日は見物ね」

 「? どういう事、アスカ?」

 「鈍いわねー。いい? 加持さん、ミサト、リツコ。この三人は大学の頃からの付き
 合いよ。その三人の内の二人、加持さんとミサトが結婚するって知ったら、リツコ
 はどう思うかしら? しかも、リツコは30過ぎてまだ一人だし。これは見物よ。
 ……血の雨が降るかもね。

 「た、確かに、ちょっと揉めそうだな」

 「? そうなの?」

 「いつかレイにも分かる時が来るわよ」

 「アスカ、あんまりリツコさんをからかわない方がいいよ」

 「分かってるって。私だって、エントリープラグにを入れられたくないからね」

 「は、ははは……」

 『リツコさんなら、やりかねないな……』

 シンジは少し恐くなった。

 その後、自分達のジュースやお菓子を買い、近くの馴染みの酒屋へ行く。中学生
 なのに、馴染みの酒屋があるというのも問題があるが、ミサトのお使いで良く来る
 ので、知らずに馴染みの店となっていた。

 先ほどのスーパーもそうだが、この辺りは被害も無く、疎開していた人達も徐々に
 戻ってきているので、結構店は賑わっていた。

 「アスカ、これはちょっと買い過ぎなんじゃないの? 家にだって、まだ随分と
 ビールあったんだし」

 アスカはビール箱を二箱ほどシンジに持たせていた。いくら何でも重いので、フラ
 フラしているのを、なんとかレイが支えている状態である。

 「何言ってんのよ。加持さんもリツコも、あのミサトと大学の頃から付き合ってん
 のよ。ミサト並に飲むに決まってんじゃない。これでも少ない位よ」

 「で、でも、こんなに沢山、どうやって持って帰るんだよ? 他にも、ジュースや
 お菓子も結構買ってるんだよ。とても一度じゃ運べないよ」

 「何情けない事言ってんのよ。男でしょ、しっかりしなさい!」

 「こんな時だけ男扱いするんだからなーアスカは。いくら男でも、これは無理だ
 よ」

 「それくらい、『気合』で何とかしなさいよ! それで駄目なら『熱血』よ!
 『根性』よ! 『ド根性』よ! ちゃんと『激励』してあげるし、倒れたら『復活』
 かけてあげるから」

 「……アスカ、ゲームのやりすぎだよ……。だいいち、こんなに荷物持って
 たら、『足かせ』がかかってるようなもんだよ。部屋に着くまで、随分と時間が
 掛かってしまうよ」

 「何よ。あんただって新ウルトラスーパーロボット大戦GX7
 やってんじゃないの」

 「でも、あれに『エヴァ』出ないのかな?極秘じゃなくなったんだから、出ても
 いいのに……」

 「何でも、次の『GX8』には出るかも知れないって、雑誌に書いてあったわよ。
 ATフィールドで7000までのダメージ防御できるんだって。でも、5ターンまでしか
 動けないって」

 「ま、決戦兵器だから仕方ないか」

 「? ? ? ?」

 二人のゲーマーの会話に、すっかりレイは置いていかれていたが、数日後、しっ
 かりハマっていた。


 ……と、そんな三人を見かねた店員がカートを貸してくれた。シンジはお得意様
 だし、人が良さそうなので信頼してくれたらしい。

 シンジ達は店員に頭を下げ、その店を後にした。

 「しかしいいなぁー。あんな美人のいとこがいるなんて……」

 「え? 俺はハラ違いの兄妹だと思ってたけど」

 「案外、赤の他人が同棲してるだけだったりしてな(笑)」

 「あははははは! そいつはいい、傑作だ!!」

 などと、店員達は明るく笑っていたが、実際その通りなのである。困ったもんだ。

 「でも助かったよ。カート貸してもらえて。本当にどうしようかと思ったんだ」

 「良かったね、碇くん。これも碇くんの人柄ね」

 「そ、そうかな……」

 「何言ってんのよ。ウチほどあの店の売上に協力してる所なんて無いでしょ。
 これ位のサービスは当たり前よ」

 「確かに。ミサトさんの飲む量はハンパじゃないからなぁ」

 「良く体壊さないわね」

 「あの料理を平気で食べるんだから、丈夫な体してんのよ」

 「なるほど」

 「妙に説得力あるわね」

 「でしょ」

 そして、三人とも明るく笑い合ったりしながら、部屋まで戻ってきた。カートは
 玄関の横に折りたたんで置いておき、荷物を運び込む。

 「よ、三人ともすまないね。せめて、これ位は手伝うよ」

 そう言いながら、加持はビールやジュースを冷蔵庫に入れていく。

 「ねぇ、シンちゃん。悪いけどおなかすいたんで、何か作ってくんない?」

 そう言うミサトは、既にただのヨッパライと化していた。リビングの上には、
 かなりの量のビールの空き缶が並んでいる。恐らく、その大半をミサトが飲んだの
 であろう。加持と再び一緒に飲めるのが嬉しいようで、いつもよりペースが早い
 ようだ。

 『なるほど。こりゃアスカの言ってた通りだ……。リツコさんも、きっとすごく
 飲むんだろうな……』

 「はい、分かりました。今から作ります。ところで、リツコさんはまだ来てないん
 ですか?」

 「んー。さっき電話したから、もうすぐ来る頃よ」

 その時、ちょうどチャイムが鳴った。

 「あ、リツコさん来たのかな?」

 そう言ってシンジは玄関に向かおうとした。

 「あ、いいわシンちゃん。私が出るから」

 ミサトは嬉しそうにそう言い、玄関に向かった。

 「は〜〜〜い!!」

 「ミサト、どういうつもり? 用も告げずに『いきなり来い』だなんて……。
 おまけに朝っぱらからビールまで飲んで、一体何考えてるのよ?」

 「まあまあリツコ。とりあえず入って入って」

 「何なのよ。本当に……」

 ミサトはリツコを引っ張り、リビングまで連れていった。そこには加持が待ってい
 た。

 「よっ、リッちゃん。久し振り」

 「か、加持君!? ど、どうして……。加持君は死んだって……」

 「やれやれ。みんなよっぽど俺に死んでいて欲しいようだな。残念だが、俺は生き
 てる。碇司令に協力していたんだよ」

 「碇司令に? ……私は何も聞いてない……」

 「ま、『敵をあざむくには味方から』と言うからな。その為だろ」

 「全く碇司令らしいわね。リツコにも教えて無かったなんて」

 「……でも、良かったわね加持君。生きてて」

 「ああ、ありがとう。俺も良く生きてたもんだと思うよ」

 「ミサト、加持君の事で驚かそうと思って黙ってたのね」

 「へへへ。ま〜ね〜」

 「それだけじゃ無いでしょ、ミサト」

 「? どういう事、アスカ?」

 「あのね、ミサトはね……」

 「待ってアスカ、私が言うわ」

 「一体何なのよ? ミサト」

 「あのね、リツコ。実は、私、加持君と結婚する事にしたの」

 その言葉を聞いた瞬間、リツコの顔が引きつるのを誰一人として見逃さなかった。

 「そ、そうなの。それは良かったわね。おめでとう、ミサト」

 リツコは極めて冷静を装い、そう答えた。

 「リツコ、喜んでくれるの?」

 「当たり前でしょ。だって、私たち友達でしょ?」

 「良かった〜。やっぱり持つべきものは友達よね〜」

 「そうね。わざわざ呼びつけて自慢してくれるなんて、私はいい友達を持ったもん
 だわ、全く……」

 「まぁまぁリツコ、座って座って。さ、飲んで飲んで」

 「言われなくても飲むわよ!」

 リツコは、ミサトの手から奪うようにビールを取ると、一気に飲み干した。

 「お〜、いい飲みっぷりね。だ〜いじょうぶよリツコ! ちゃんと加持君の友達を
 紹介してあげるから。加持君、まだ一人の友達いるんでしょ?」

 「ん? ああ、俺達の仕事柄、一人者は多いからな。それに、大学の友人も何人か
 いたと思う」

 「私の心配までしてくれるなんて有りがたいわね。嬉しくて涙が出そうだわ」

 「友達だもの。当たり前じゃない」

 「……余裕ね、ミサト」

 「そ〜お〜? リツコの気のせいじゃないの?」

 二人を中心にして、一気に空気がピリピリと緊張してくる。シンジは、その重圧に
 耐えきれず、その部屋から出ていく事にした。

 「じゃ、じゃあ僕、何か料理作ってきます」

 「あ、私も手伝う」

 「じゃ、私は料理を運んであげる」

 三人は、そう言うと慌ててキッチンに向かった。

 「ふぅ〜〜〜。あの部屋は空気が重いや。加持さんも大変だ」

 「どうして赤木博士は、あんな言い方をするのかしら?」

 「いつかレイにも……って、私たちが『売れ残る』なんて事は絶対無いから、
 リツコの気持ちなんて一生理解出来ないでしょうね」

 ”私”と言わず、”私たち”と言ったあたりにアスカの成長が見て取れる。

 「売れ残る?」

 「結婚相手が見つからないって事よ」

 「ふ〜ん、そうなの」

 「じゃあ、作り始めようか。酔っぱらいを怒らすと恐いから」

 「シンちゃ〜〜〜ん、まだ〜〜〜!?」

 「ほら」

 「ふふ、そうね」

 「じゃあ、出来た料理は私が運んであげるから、どんどん作りなさい」

 それからのキッチンは、まるで戦場のようだった。シンジとレイが作る料理を次々
 とアスカが運ぶ。しかし、テーブルに置いた途端に、三人の胃袋に消えていった。
 嬉しさの余り、ついつい食べ過ぎるミサト、ヤケ食いが入っているリツコ、二人の
 ペースに付き合っている加持。三人の食べるペースと量は半端ではなかった。その
 為、シンジ達が食事にありつけたのは、二時を少し回ろうかとしている頃だった。

 「ふぅ〜、やっと食べれる」

 「おなかすいた」

 「ミサト、嬉しいのは分かるけど、少しは遠慮して食べなさいよ。作ってる私たち
 が全然食べられないじゃないの」

 「ご〜めんごめん。あんまりシンちゃんの料理がおいしかったから。それに、アスカ
 だって、つまみ食いくらいしたんでしょ?」

 「失礼ね。私はそんな事してないわよ」

 「またまた〜」

 ミサトは、アスカの言葉を全然信用していないようだった。

 「ミサトさん、本当ですよ。アスカは何も食べてないはずです。ね、綾波」

 「ええ、アスカはずっとお料理を運んでいたから食べてないはずです」

 「ほら見なさい」

 「うう。アスカ、成長したのね。私は嬉しいわ」

 ミサトは、少し大げさにアスカを褒めた。アスカは妙に恥ずかしくなり、プイッ
 と上を向いてしまった。

 そんなアスカを見て、加持とリツコは少し驚いていた。

 『アスカがシンジ君や綾波君に気を使ってる? 二人が食べてないから自分も食べ
 なかった? ……確かに、アスカも随分と成長したようだな』

 『あのアスカが人に気を使ってる? あのアスカが……? ミサトの結婚といい、
 アスカの変化といい、サードインパクトが起こらなきゃいいけど』

 結構、失礼なリツコであった。

 「いやーすまないな、俺達ばかり食べて。しかしシンジ君、その歳でこれだけの物
 が作れるなんて大したもんだよ」

 「そんな事ないですよ。それに、僕一人で作った訳じゃ無いし」

 「謙遜しなくていいよ。な、リッちゃん」

 「ええ、本当に、お世辞じゃなくおいしいわよ、シンジ君。でも、いかに日頃から
 ミサトが何もしてないかが伺えるわね」

 「うっ!」

 さすがに本当の事なので、何も言い返せないミサトであった。

 ミサトから一本取って、機嫌のいいリツコは、更に続ける。

 「でも、加持君も大変ね。命懸けの日々がやっと終わったのに、また命懸けの日々
 が始まるなんて……」

 「? どういう事、リツコ? 加持君はもう危ない仕事はしないって約束してくれ
 たのよ」

 「あら、私は仕事の事なんて言ってないわよ」

 「? じゃあ、どう言う事?」

 「ミサトと結婚するって事は、毎日ミサトの手料理を食べるって事でしょ? これ
 は十分命にかかわるわよ」

 「……」

 ミサトは絶句したが、シンジ達は顔には出さないものの、心の中で頷いていた。
 うんうん。

 「失礼ね、リツコ。私は料理に毒なんて入れないわよ」

 「別に毒なんて入れなくても、あれは十分に激薬よ」

 うんうん。またしても三人は心の中で頷く。

 「リツコ、私の事ひがんでるから、そんな事言ってんでしょ?」

 「あら、私は極めて客観的に言ってるつもりよ。シンジ君もそう思うでしょ?」

 「え?」

 いきなり自分に意見を求められ、シンジは戸惑ってしまった。

 「あ……あの……僕はその……ミサトさんの前ではちょっと……」

 「じゃあ、レイはどう思ってるの?」

 「私は……その……」

 以前、ミサトの料理を食べ気を失ったレイは、答に迷っていた。

 「か、変わった味だと思います」

 「アスカはどう思うの?」

 「う〜ん……加持さんには嘘つきたくないけど、本当の事言って結婚が駄目に
 なっても困るし〜」

 「分かったかしら、ミサト」

 「よ〜く分かったわ、あんた達がどう思ってるか。本人目の前にして、それだけ
 言えりゃ大したもんよ」

 「あ、す、すいません、ミサトさん」

 「ごめんなさい」

 「何よ、本当の事じゃない。大体、ミサトのは料理とは言えないわよ。何よ、こな
 いだのカレー、得意料理が聞いて呆れるわ」

 「あれはアスカだって一緒に作ったじゃないの」

 「味付けはミサトがやったじゃない。大体、いくらシーフードカレーだからって、
 カレーにナマコなんて入れる? フツー」

 「アスカだって、タコを生きたままカレーに入り込んだじゃない。中で暴れるわ、
 スミ吐くわで大変だったじゃない」

 「い、活きがいい方がおいしいと思ったからよ。大体、暴れたのは、ミサトが生き
 たまま入れたカニとケンカしたからよ。私のせいじゃないわ」

 「…………な、何か、聞くだけで凄い状況だな。怪獣映画並みの出来事が、
 この家のキッチンで起こっていたとは……」

 「本当ね。聞いてるだけで気分が悪くなってきたわ……。で、シンジ君、その時の
 カレーって、どんな物が出来たの?」

 「すいません。あの時の事は思い出したくないんです」

 「私も、ちょっとあの日の事は……」

 「……そう。加持君も大変ね」

 「……俺もそう思う……。そうだ、シンジ君、葛城に料理を教えてやってくれない
 か?」

 「はぁ。僕も加持さんの気持ちは分かるんですけど……」

 「分かるわけ〜? シンちゃん」

 「あ、いや、その……」

 「まぁまぁ葛城。シンジ君、続けてくれ」

 「はい。以前、ミサトさんが料理を作る所をずっと見てたんです。そしたら、別に
 どこも悪くないんです。普通に作ってるんですけど、その……」

 「出来上がった料理は、とんでもない物が出来てるって事ね、シンジ君」

 「ええ、僕も原因が分からない以上、教えようが無くて……。すみません加持さん、
 役に立てなくて」

 「そうか、シンジ君でもだめか」

 「加持さんかわいそ〜。結婚式には胃薬の詰め合わせをプレゼントするからね」

 「とほほ。有りがたくて涙が出るよ」

 「だ、大丈夫よ加持君。ちゃんとした料理を作れるように練習するから」

 「本当に大丈夫なの? ミサト。あなたって味の変化には敏感なくせに、どんな
 酷い味の料理でも平気で食べられる舌してるのよ。一般人とは味の許容範囲が違う
 んじゃないの?」

 「……それって、褒めてんの? けなしてんの? ……ま、大丈夫よ。味見は
 シンちゃん達にやってもらうから。

 「え〜〜〜っ!!」×3

 「僕は遠慮しておきます」

 「私もいらない」

 「ミサトの場合、味見じゃなくて毒見でしょ。私はまだ死にたくないわ」

 「随分とハッキリ言うわね。……仕方ない、ペンペンに味見をしてもらう事にする
 わ」

 「ちょっとミサト、あなた人間の料理の味見をペンギンに任せる気?」

 「大丈夫よリツコ、ペンペンの舌は確かなんだから」

 「……呆れたもんね、全く」

 「あれ? ところでペンペンはどこ行ったの? さっきまでそこにいたのに」

 「ミサトさんが料理の話を始めた途端、自分の冷蔵庫にこもっちゃいました」

 「なるほど、確かにペンペンの舌は確かなようね」

 「うっ」

 「まっ、ペンペンだってまだ死にたくはないでしょうからね。しかし、ペンギンが
 嫌がる料理を平気で食べられるなんて、ミサトの舌ってペンギン以下なんじゃ
 ないの?」

 「ぬぅわんですってぇ〜!?」

 こうして、アスカとミサトの口げんかは果てしなく続いた。リツコは、それを面白
 そうに見ていた。


 そのリツコに、強烈な言葉が降りかかった。

 「赤木博士は結婚しないんですか?」

 パキーン!!

 このレイの強烈な一言は、まるで光子力研究所のバリアが破れたような音を発する
 と共に、その部屋にいた全ての人々が固まり、部屋の温度が二〜三度下がったよう
 な気がした。

 「? どうしたの、みんな?」

 レイの問い掛けには、誰も答えようとしなかった。いや、答えられなかったので
 ある。

 しばらく続いた沈黙を破ったのは、リツコだった。

 「そ、そうね……。別に結婚してもいいんだけど……私と釣り合う男がいないって
 いうのが……一番の問題ね……」

 リツコはまゆをピクピクさせながら、何とかそう答えた。

 「そ、そうだな。リッちゃんは理想が高かったから」

 「だ、大丈夫よ、リツコ。絶対いい人見つかるから」

 しかしリツコは何も答えない。

 アスカはレイを部屋の隅まで連れて行き、ヒソヒソ話を始めた。

 「ちょっとレイ、あんた何考えてんのよ」

 「? 私何か悪い事言ったの?」

 「当ったり前よ。いい? リツコは三十過ぎてまだ一人なのよ。その上、ミサトが
 結婚するって事は、同級生の中で最後の一人になるかも知れないって焦ってんだ
 ら、そう言う事は言っちゃいけないの。分かった?」

 「え、ええ。良く分からないけど、何となく分かった」

 「分かりゃいいのよ」

 しかし、そんなアスカにリツコが声を掛ける。

 「アスカ、何か言ったかしら?」

 「え!? な、何も言ってないわよ」

 「本当? 何だか、
  『三十過ぎてまだ一人』だとか、
  『最後の一人』だとか、
  『焦ってる』とか、
 随分と気になる単語があったような気がしたんだけど……」

 「き、気のせいよ。リツコの気のせい。私は絶対にそんな事言ってないから」

 アスカは、あぶら汗をかきながら弁解していた。

 「……ま、いいわ。でも、もし私の目の前でそんな事言ったら……
 しゃべれないように改造しちゃうから」

 そう言ってリツコはにっこりと微笑んだ。そのため、部屋の温度が更に二〜三度
 下がった気がした。

 それを聞いたアスカは、顔に縦線が入り、表情は青ざめていた。

 「ちょ、ちょっとリツコ。あんたが言うとシャレになんないわよ」

 「あら? 私は軽い冗談のつもりだったんだけど」

 「何言ってんのよ。リツコ、大学の頃から色々やってたじゃない。……確か、カエル
 のジャンプ力を倍増するんだって言って、カエルに薬物投与やら怪しい事やらやって
 できたカエルが、ジャンプした途端に天井にぶつかって死んじゃった事もあったわ
 よね」

 「そんな事もあったわね。懐かしい思い出よ」

 『……リツコさん、そんな事やってたのか。今と全然変わんないな……』

 「そう言うミサトだって、飲み会の時、カラんできたオヤジに、その日の飲み代
 賭けて飲み比べやってたじゃないの。それで結局相手は病院送り……。それも、
 一度や二度じゃなかったわよ」

 「そんな事もあったわね。懐かしい思い出よ。第一、リツコだってただ酒が飲めた
 って喜んでたじゃない」

 『あっきれた! ミサトって全然進歩がないのね』

 「リツコだってあの時……」

 「ミサトだってあの時……」

 それからの二人は、お互いの大学時代の秘密の暴露大会と化してしまった。

 「こ、これはちょっとスゴいな……」

 「何だか、二人ともコワい……」

 「何言ってんのよあんた達! こんな話滅多に聞けないのよ。しっかり聞いて弱み
 を握るのよ。あ〜録音しておけば良かった〜」

 アスカは、二人の話を楽しそうに聞いていた。レイも多少は興味があるらしく、
 真剣に聞き入っていた。

 そんな時シンジは、少し引きつってミサトとリツコを見つめている加持に気付いた
 ので、加持の元へビールを持って行った。

 ちなみに、この時加持は、

 『少し早まったかも知れん……』

 と、真剣に悩んでいた。

 「加持さん、どーぞ」

 「お。済まないね、シンジ君」

 「でも、加持さんも大変ですね」

 「ははは……。ま、こういう大雑把な所が葛城の魅力だからね」

 「それにしても限度があると思いますが……」

 「ま、シンジ君にも分かる日が来るさ。ところで、俺の事よりシンジ君はどうなん
 だい?」

 「何がです?」

 「アスカと綾波君、どっちが好きなんだい? 俺にだけそっと教えてくれよ」

 加持は、シンジにだけ聞こえるように、そう言ってきた。

 「な、な、何言うんですか突然!? 僕は別に何とも……」

 「何とも思ってない相手とキスしたりはしないだろ?」

 「ど、どうして加持さんがその事を……。ミサトさんから聞いたんですか?」

 「ああ。色々と面白い話を聞かせてもらったよ。シンジ君もなかなかやるね〜」

 シンジは真っ赤になり、うつむいてしまった。

 「シンジ君、そう照れる事は無いよ。好きな女性とキスしたいと思うのは当然の事
 だ。それに、無理やりした訳じゃないんだろ?」

 「ええ、まぁ」

 『綾波の場合は、無理やりされたって感じがするけど……』

 「その様子じゃ、シンジ君自身、自分はどっちが好きなのか分かってないみたい
 だね。ま、無理もないか。あの二人は全く正反対の美人だからね。だが焦る事は
 無い。シンジ君はまだ若いんだ。ゆっくりとあの二人と付き合えばいい。その
 うち、自分が本当に好きなのは誰か分かる時が来るさ」

 「そうでしょうか?」

 「ああ、きっと来る。もっとも、二人ともモノにしたいって言うんだったら、俺が
 色々とアドバイスしてあげれるがな」

 そう言って、加持はシンジに色々な話を聞かせた。思春期のシンジにとって、確か
 にそれらの話は興味をひかれたが、いくら何でも十四歳の少年に話すのは早すぎる
 内容も多く含まれていた。

 そこに、レイとアスカがやってきた。

 「碇くん、何の話?」

 「何なに? 加持さん、シンジと何の話?」

 ギクぅっっ!

 いきなりの事にシンジは慌てた。まさか、今の話を二人に聞かせる訳にはいかない。
 しかし、加持は余裕だった。

 「いやー、シンジ君に料理の作り方を聞いてたんだよ。葛城があの調子だから、
 どうやら俺が料理を作るハメになりそうだからな」

 「そうだったんですか。碇くんは教え方が上手だから、すぐ作れるようになります
 よ」

 「そいつは頼もしいな」

 「ねぇ加持さん、あの二人とは大学の頃からの付き合いなんでしょ?」

 「ああ。もう随分と長い付き合いさ」

 「大変だったでしょうね。かたや料理も作れない大酒飲み。かたや三十過ぎてまだ
 一人者のマッドサイエンティスト。加持さんの苦労が目に浮かぶようだわ」

 「い、いや、そんな事は無いんだが……」

 「ア、アスカ、そういう事言うの止めた方がいいよ……」

 「私もそう思う……」

 「何よ? みんなあの二人の事かばうの? 私は本当の事言ってるだけじゃ……

 ひっ!?

 な、何!? ものすごい殺気を背中に感じる……」

 「そ、そうだろうね……」

 「アスカ、振り向いたら原因が分かるわ」

 ギ ギ ギ ギ ギ ・ ・ ・

 そういう擬音を出しながら、アスカはゆっくりと振り向いた。

 そこには、ニコニコ笑っているミサトとリツコが立っていた。はっきり言って、
 これは恐い。まだ怒ってる方がマシといった笑顔である。

 「あ……あは……ははははは……」

 アスカは、引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

 「アスカ、今度はしっかり聞こえたわよ。もう言い逃れはできないわね」

 「リツコ、私が許可します。改造してやって!」

 「ええ、そのつもりよミサト。ああアスカ、心配しなくてもいいのよ。人体実験は
 まだ未経験だけど、理論的には完璧だから。大丈夫、痛くしないから」

 「さ、アスカ、行きましょう」

 そう言って、ミサトとリツコはアスカの両側からそれぞれ腕を取り、引っ張って
 行こうとする。アスカは真っ青になっていた。

 「嫌〜〜〜っ!! 人体実験は嫌〜〜〜っ!!
 改造なんて嫌〜〜〜っっ!!」

 などと危ない事もありながら、宴は深夜まで続いた。


 世の中には、アルコールの臭いだけで酔ってしまう人もいる。ましてやシンジ達は
 まだ十四歳。あまりのアルコールの臭いですっかり気分が悪くなり、それぞれの
 部屋に引きこもり、既に眠っている。

 また、さすがの加持も二人のペースにはついていけず、リビングでつぶれていた。

 そんな中、ミサトとリツコはベランダに出て、風に当たっていた。

 「ふ〜っ……。こんなに飲んだのは久し振りね」

 「本当ね。大学以来かしら?」

 「…………」

 「…………」

 「……リツコ、何か言いたい事があるんでしょ?」

 「……ええ。シンジ君の事なんだけど……」

 「シンジ君の事? 私はてっきり、今日の事への文句かと思った」

 「それはまた今度でいいわ」

 「は……はは……リツコらしいわね。で、シンジ君がどうしたの?」

 「ミサト、シンジ君は見掛けによらず、随分と強いのね。私はシンジ君に『あれ』
 を見せたはずなのに、なぜシンジ君は今まで同様、いえ、今まで以上にレイと関わっ
 て生きていけるの? 私には……とてもできない」

 「…………」

 「酔った勢いだから言うけどね、私がシンジ君に『あれ』を見せたのは、碇司令へ
 の復讐のためなの」

 「碇司令への復讐?」

 「ええ。私は……私たち母子は、ずっとあの人に利用されてきた。そうと知り
 ながらね。いつか、いつかきっと私を見てくれる。私の方を振り向いてくれる。
 そう信じて……。でも、だめだった。結局私はレイに、いえ、ユイさんに勝てな
 かった。私は母さんの代わりでしか無かったの……。目的を達成させるための
 手段、道具でしか無かったのよ……。だから憎かった。だから、あの人に復讐
 しようと思ったの」

 「でも、ならどうしてシンジ君を?」

 「……ミサトは信じられないでしょうけど、あの人はあれで随分とシンジ君の事
 を気にしてた。そして、シンジ君はレイの事を気にしてた……。だから、シンジ
 君の目の前で『あれ』を破壊して、シンジ君を傷つける事で、あの人を苦しめた
 かったの……」

 「……リツコ……」

 「でも、そんなやり方は、目的のために人を傷つけるやり方は、あの人のやり方
 そのものだった。シンジ君には何も関係ないのに。シンジ君は何も悪くないのに。
 分かってたはずなのに。私は、自分の最も嫌う方法を取ってしまった。本当、最低
 の女よ。つくづく自分が嫌になるわ……」

 「……あの後、私は激しい自己嫌悪に襲われたわ。自分がどれだけ愚かな事を
 したか分かってるもの……。でも、そんな私に、シンジ君は何も言わなかった。
 ただ、悲しそうな目で私を見てるだけだった。その目を見た時、私はさらに惨めに
 なったわ。私はシンジ君にののしられたかった。殴られたかった。そうしてくれた
 なら、どれだけ楽になれたか……。でも、シンジ君はそうしなかった。十分に
 その権利があったのに……。ミサト、私には分からない。どうしてシンジ君は、
 こんな私を許せるの? どうして、今まで同様に接してくれるの? どうして!?」

 「リツコ、シンジ君はここに来て随分と悲しい思いをしている。そして、大人の
 醜い所もたくさん見てきた。だから、私達が思っている以上に、心は大人になって
 いるんじゃないのかしら。いえ、そうならざるを得なかったのよ、きっと」

 「あの時、シンジ君自身も深く傷ついていた。だからこそ、リツコの心の痛みが
 分かって、何も言わなかったんじゃないのかしら」

 「私の心の痛み?」

 「ええ。シンジ君は人の心の痛みが分かる優しい子。アスカが何だかんだ言いなが
 らも、シンジ君と一緒にいるのも、レイがシンジ君の事を信頼しきっているのも、
 リツコがシンジ君の事を強いと思うのも、シンジ君のそんな所を見てるんだと思う
 わ。私も随分と助けられてるもの」

 「そうね、そうかも知れないわね。私なんかより、よっぽどシンジ君の方が大人ね。
 人を許せるのだから……。いつか、いつかシンジ君にはちゃんと謝らないといけ
 ないわね。レイやアスカにも、私はあの子達を人間扱いしてあげられなかった。
 エヴァのパーツとして見てしまう時があった……」

 「それは私も同じよ。子供達に戦わせて、自分は安全な地下から命令を出すだけ
 なんて、いくらあんな状況下でも許される事じゃないわ。私もいつか、ちゃんと
 謝らないとね」

 「……許してくれるかしら?」

 「それは分からないわね。でも、謝罪だけはしなくては……」

 「ええ、その通りね」

 「……ねえリツコ。まだ復讐続けるの?」

 「ん? もう止めたわ」

 「どうして?」

 「それがね、信じられる? あの碇司令が私の所に来て、頭を下げたのよ。そして、
 『済まない』って言ったの。何だかもう、復讐しようとしてた自分がバカらしく
 思えてきてね、止める事にしたの」

 「あの碇司令がね……。ま、それがいいわ。憎しみは何も生まないもの。例え
 復讐が成功しても、お互い不幸になるだけよ。そんな事をするくらいなら、自分の
 幸せのために生きればいいのよ」

 「自分の幸せのためか……。ミサト、幸せになりなさいよ。私の分までね」

 「何言ってんのよ。リツコだって幸せになれる権利はあるのよ」

 「私はだめよ。この手は汚れきってるもの。とても幸せにはなれないわ」

 そう言って、リツコは自分の手を自虐的に見つめていた。

 「リツコ、復讐は止めたんでしょ? なら、その思いと共に、過去の嫌な事はみんな
 忘れちゃいなさい。今言った話もね」

 「ミサト?」

 「私は今酔ってるからね。リツコから何を聞いたかなんて覚えてないわよ。だから、
 リツコも忘れちゃいなさい」

 「……ありがとうミサト。あなたのそういう所、助かるわ。……加持君の友達の事、
 よろしく頼むわよ」

 「任せなさいって! いい男選んであげるから」

 「じゃミサト、飲み直しましょ」

 「え!? まだ飲むの? さすがに、これ以上飲むと明日の……いや今日の仕事に
 影響が……」

 (注)普通の人なら、この段階で動けないか、病院行き決定です。

 「何言ってんのよ。誘ったのはミサトでしょ。今日は何だか徹底的に飲みたい気分
 よ」

 『まっ、しゃーないか。それでリツコが過去を振り切れるのなら』

 「よーし! じゃ、飲むか!」

 「その意気よ! ミサト!」

 こうして、二人だけの飲み会は朝まで続いた。


 シンジは軽い二日酔いの中、目を覚まし、目覚まし時計を止めた。

 「いてててて。一口も飲んでない僕がこれなんだから、ミサトさん達は大丈夫なの
 かな〜?」

 そう思いながら着替えを済ませ、キッチンにやって来た。そして、そこで信じられ
 ないものを目にした。

 寝る前にきれいに片付けたはずのテーブルの上に、ビールの空き缶が山積みされて
 いたのである。

 「こ、これは一体!? ま、まさか……」

 「あ〜シンちゃ〜ん、おっはよ〜〜〜」

 「おはようシンジ君、相変わらず早いわね」

 「お、おはようございます。え? まさか二人とも、今までずっと飲んでたんです
 か?」

 「そ〜よ〜。ちょうど今、最後の一本を飲み終えた所よ」

 「はぁ〜〜〜」

 シンジは溜め息をつく事しかできなかった。

 「じゃあ、『今日は休みます』ってネルフに連絡しておきます」

 (いいのかネルフ、そんな事で)

 「な〜に言ってるのよ、シンちゃん。私たちは休んだりなんかしないわよ〜」

 「え? でも……」

 「そうよシンジ君。私たちはまだまだ若いんだから、こんな事くらいでは休んだり
 しないわよ」

 「タフなんですね……」

 シンジはあきれるしかなかった。

 そんな事を話している時、レイが入って来た。

 「おはよう、碇くん」

 「あ、綾波。おはよう」

 「あれ? 二人とももう起きてるんですか? おはようございます。早いんですね」

 「違うんだよ綾波。二人ともずっと飲んでたんだよ」

 「え!? 一晩中? タフですね」

 一緒に住んでいると思考が似てくるのか、レイはシンジと同じ事を言った。

 「おはようレイ。そう言うあなたも早いわね。どうしたの?」

 「私は碇くんの手伝いです」

 「シンジ君の? どういう事?」

 「それがね〜リツコ、レイはこうして、毎朝シンちゃんと一緒に朝ご飯を作ってる
 のよ〜」

 「そうだったの。あら? 言われてみればお揃いのエプロン。やるわね、レイ」

 そ、そんな事……

 リツコに冷やかされて、レイは少し赤くなり、うつむきながらエプロンの端を指で
 いじっていた。

 その表情としぐさを見て、リツコは軽い衝撃を受けた。

 『あのレイが恥じらいの表情を見せるなんて……。レイとの付き合いは長いけど、
 こんな顔見るのは初めてね……。これもシンジ君の影響かしら』

 「碇くん、今日は何を作ればいいの?」

 「う〜ん、そうだな。ミサトさん達は何がいいですか?」

 「あ、私はいいわ。何も欲しくないから」

 「私もいいわ。コーヒーだけちょうだい。思いっきり濃いやつを」

 「私もね」

 「はい。コーヒー二つですね。加持さんはどんなんだろ? 朝食べるのかな?」

 「加持君は朝は食べなかったはずよ」

 「そうですか。じゃ綾波、今日は目玉焼きにしよう。三人分作ってくれるかな?」

 「ええ、分かったわ。目玉焼き三人分ね」

 そう言って、レイはフライパンを火にかけ、卵を準備し始めた。そんなレイを、
 リツコはじっと見つめていた。

 「レイ、あなたいいお嫁さんになれるわよ」

 「は、はい。ありがとうございます!」

 リツコのこの一言を聞き、レイは嬉しそうに微笑んだ。映像で見せられないのが
 残念なほど、この笑顔は綺麗だった。

 (単行本3巻の笑顔並みと思って下さい)

 その笑顔を見て、リツコはさらに衝撃を受けた。

 『レイ、こんな私にも微笑んでくれるの? あんな事をした私に……。ありがとう
 レイ。本当にありがとう』

 リツコは、レイの笑顔を見て、随分と救われた気になっていた。


 レイが目玉焼きを作る横で、シンジはコーヒーメーカーでコーヒーを入れつつ、
 みそ汁を作っていた。

 そんな二人を、ミサトとリツコはニヤニヤしながら見ていた。

 「ねぇミサト、こうして見るとあの二人、まるで新婚さんみたいね。お揃いの
 エプロンだし、とっても仲がいいし」

 「そーなのよ。もう毎日見せつけられるのよ。参っちゃうわ」

 「確かに、これは一人身にはつらいわね」

 「でしょ〜〜〜」

 「でも、毎日これじゃ、さぞアスカの機嫌も悪いでしょうね」

 「ええ、毎日朝から不機嫌よ。そんなにシンちゃんとレイが仲良く朝食作るのが嫌
 なら自分も起きてくればいいのに、シンちゃんに起こされるまで寝るって所が、
 いかにもアスカらしいでしょ」

 「そうね。でも案外、アスカはシンジ君に起こされる事に喜びを感じてるんじゃ
 ないのかしら?」

 「あ、そうかも知れないわね」

 二人がそんな事を話している所に、シンジがコーヒーを持ってきた。

 「あの……二人とも、そういう事は本人に聞こえない所で話してもらえませんか?」

 「な〜に言ってるのよ、シンちゃん。幸せ者が冷やかされるのは宿命よ」

 「なら、ミサトを冷やかしてもいいわけね」

 「あう!」

 「ねえシンジ君、私と賭けをしない?」

 「賭けですか?」

 「そう。ミサトが料理を覚えるのが早いか、加持君が入院するのが早いか」

 「そんな分かりきったもん、賭けになんないわよ」

 「あれ? アスカ珍しいね。起こさないのに起きてくるなんて」

 「これだけ賑やかにしてたら、寝てらんないわよ」

 「ははは。それもそうだね」

 「ちょっとアスカ、賭けにならないってどういう事よ?」

 「あら、私の口からハッキリ言わせたいの? そんなの、みんなが加持さんの入院
 に賭けるに決まってるじゃない。だから、賭けは成立しないのよ」

 「なるほど」

 「ちょっとリツコ、なに納得してんのよ。『私が料理を覚える』が来れば、超大穴
 じゃないの」

 「……ミサト、自分で言ってて虚しくない?」

 「…………ちょっとね」

 そんな事をしているうちに、加持も起きてきた。

 「いや〜、ここの家は朝が早いんだな。しかし、葛城がこんな時間に起きてくる
 なんて信じられんな」

 「違うんですよ加持さん、ミサトさん達は一晩中飲んでたんですよ」

 「ほ〜。そりゃまた元気なこって」

 「あっきれた! 信じらんないわね全く。こんなのがネルフの作戦指揮と技術開発の
 責任者かと思うと……それで良く使徒に勝てたわね。ま、これも私たちパイロット
 が優秀だったからね。……ところで二人とも、その格好でネルフに行くの? 昨日
 と同じ格好じゃ、変な噂がたっても知らないわよ。

 さすがに、アスカは女の子らしい心配をする。

 「ん〜そうね。確かにこれじゃまずいか」

 「ミサト、私に合う服貸してね。何かあるでしょ」

 「まー、何かあるでしょ」

 こうして、シンジ達が朝食をとる間、二人は身支度をし、加持も申し訳程度に髪を
 とかしていた。

 そして、六人で仲良く出社。

 しかし、シンジ達はミサト達から少し離れた所を歩いていた。あまりに強いアル
 コールの臭いのため、近くにいると気分が悪くなる上、すれ違う人がみんな振り返
 るので恥ずかしかったためである。もっとも、ミサト達は何とも思って無かったが。

 シンジの右側でアスカが歩き、当然左側にはレイが歩く。知らない人が見れば、
 美女二人を独占している極悪人
 に見える事だろう。実際そうだが……。

 「しかしシンジ君、両手に花だな。ま、苦労も絶えないだろうけどな」

 「見てる分には面白いけどね」

 「本当ね」

 後ろを歩くミサト達は、シンジ達を温かく見守っていた。


 ネルフに着いてからも、あまりのアルコールの臭いで注目の的だった。ゲンドウも
 冬月も、怒るよりも呆れて何も言えなかった。

 徹夜と大量のアルコールのため、体はボロボロだったが、もう二度と会えない、
 死んだと思っていた加持との再会、そして加持との婚約が決まったミサト。過去を
 振り切る事を決めたリツコ。二人の心は晴々としており、その顔は生き生きとして
 いた。また、加持もこれまでの働きが認められ、特殊監査部の主任に任命された。
 実際にスパイ活動をするのは、部下に任せる事になるので、今後は、危険な仕事を
 する事は殆どなくなるだろう。

 これで、ミサトとの結婚に関しては、何の問題も無くなったのである。

 なお余談になるが、読者の方の予想通り、ミサトの婚約を知った日向君が、次の日
 二日酔いで遅刻したのは言うまでもない。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

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