いよいよ待ちに待った土曜日!
まるで海水浴に行ってくれ! と言わんばかりの晴天。
降水確率もゼロ、まさに絶好の行楽日和。
そんな中、シンジとレイは楽しそうにお弁当を作っていた。もちろん海の家にも
ちゃんとしたレストランがあるので、まずくて高い焼きそばや、学園祭で作る
タコヤキのような物を食べさせられる心配は無いのだが、『こういう時はお弁当に
限る』というミサトの意見により、お弁当を持っていく事になっていた。
大勢で賑やかにどこかに行く事が苦手だったシンジだったが、自分が泳げない事も
忘れて、楽しそうにしていた。また、レイも初めての海に初めてシンジと遊びに
行けるのがよほど嬉しいのか、ニコニコしながらおにぎりを握っている。そして、
そんな二人を見ているアスカも、この日を相当楽しみにしていたようで、それほど
やきもちを焼いたりせずに、ニコニコしている。
ミサトはそんな三人を見て、嬉しそうにしていた。
『やっぱり無邪気なもんね。これが歳相応の子供たちの反応ね。よっぽど今日の事
楽しみにしてたんだわ。あんなに楽しそうにして……。この子たちがずっと
微笑んでいられたらいいのに……。もう使徒なんて二度と来ないで欲しいわ。
少なくとも、旅行中には絶対に来ないで!』
ミサトも歳相応に、大人らしい考えでシンジ達を見ていた。
『やっぱりアスカ、何か企んでるのかな? ひょっとして、一気に既成事実
作っちゃうつもりなのかも……。これはしっかり監視しなくちゃね。あんまり
あっさりと決着が着いちゃ面白くないもんね』
結局、一番はしゃいでいるのもミサトだった。
そして四人は、待ち合わせ場所の駅前に到着した。しかし、まだ少し早かったので、
まだ誰も来ていなかった。
「ほら。まだ誰も来てないじゃない。だからもっとゆっくりでも大丈夫だって言った
のよ」
「でもアスカ、時間決めたのこっちなんだから、遅れる訳にはいかないだろ」
「そりゃあそうだけど……。あ、ヒカリだ! おはよーヒカリー!」
アスカはヒカリを見つけ、駆け出していた。
「あ、おはよーアスカ、いい天気で良かったね」
「ほんと。これも私の日頃の行いの賜物ね。ところでヒカリ、随分と
気合の入った格好してるじゃない。やっぱり鈴原のため?」
アスカは、少しからかうような口調でそう聞いた。
「な、何言うのよ!? そう言うアスカだって気合の入った格好じゃない。
碇君のためなんでしょ?」
「えへへー。分かる?」
アスカは少し恥ずかしそうにしていたが、あっさりとそれを認めた。そんなアスカ
に、ヒカリは驚いてしまった。
『あのアスカがこんなにもあっさりと認めるなんて……前までだったらむきになって
否定してたのに……。それだけ碇君の事が好きなのかな。それに、トゲトゲしてた
雰囲気が無くなったし、いつも張り詰めてたような感じも無くなってる。すっかり
可愛くなっちゃって。碇君がアスカをこんなに変えちゃったのかな。だとしたら、
碇君って結構すごいのかも……』
「ん? どうしたの、ヒカリ?」
「え? ううん、何でもない。それじゃあ私、ミサトさんに挨拶してくるね」
そう言って、ヒカリはミサトのもとに行き、礼儀正しく挨拶をしていた。
「ミサトさん、今日は私まで誘って頂いて本当にありがとうございます」
「あら〜、確か洞木さんを誘ったのは鈴原君だって聞いたけど〜〜〜?」
ミサトは、さも楽しそうにそう言った。ヒカリは一気に赤くなる。
そして、それを見ていたシンジとレイ。
「ねぇ碇くん。ミサトさんってほんと誰でもからかうのね」
「そうだね。ビールと人をからかうのが生き甲斐みたいだね」
二人がそんな事を話していると、ヒカリがミサトのもとから逃げてきた。
「碇君、綾波さん、おはよう」
「おはよう、委員長」
「おはよう、洞木さん」
「アスカから聞いたんだけど、今まで色々と大変だったんでしょ? でも二人とも
元気そうで安心したわ。本当に良かった」
「ありがとう。委員長も元気そうで良かったよ。みんなバラバラになっちゃって連絡
がつかないから心配してたんだ」
「ごめんなさい洞木さん。私が街をこんなにしちゃったから……」
「それは違うよ、綾波」
「そうよ綾波さん。みんな命懸けで私たちのために戦ってくれてたんだもの。これは
仕方のない事よ。それに、けが人こそ出たものの、あれだけの爆発でも死者がいな
かったんだから。綾波さんもそんなに自分を責めないで、ね」
「ありがとう、洞木さん、ありがとう……」
レイは、シンジ達以外にも自分の事を認めてくれる人がいる事がとても嬉しく、少し
涙目になっている。そんなレイを見て、さすがのヒカリも少し驚いていた。
「それじゃあ私、アスカと話があるから」
そう言ってヒカリはアスカのもとに行き、少し声を低くしてアスカに話しかける。
「ねぇアスカ、話には聞いてたけど、ほんと綾波さんって雰囲気変わったわね。
私、あんなに嬉しそうに笑っている綾波さん、初めて見たわ」
「まあね。前より付き合いやすくなったのはいいんだけど……」
「だけど?」
ヒカリはアスカの言いたい事が分からなかったので、アスカの視線を追ってみた。
そこには、シンジの横に寄り添うように立ち、シンジと楽しそうに話しているレイ
がいた。
『あ、そういう事か』
ヒカリはアスカの言いたい事が分かったようだ。
「大丈夫よアスカ、何と言ってもアスカは碇君と一緒に暮らしてるんだから、
その分有利じゃない」
「あー、それが、ね。ヒカリにはまだ言ってなかったんだけど……」
「?」
「実は……レイも今、私たちと一緒に住んでるのよ」
「え? 綾波さんも一緒にって……碇君と一緒に暮らしてるって事?」
「そうなのよ……」
「そんな……綾波さんまで碇君と暮らしてるなんて……。
いや〜碇君! 不潔よ〜! 不潔よ! 不潔よ!
不潔だわ〜!!」
ヒカリは、いつもの『不潔よモード』に突入していた。
「え? な、何、何?」
シンジは、いきなりの事で何が何だかさっぱり分からなかった。
「アスカだけじゃなく、綾波さんとも一緒に暮らしてるだなんて
不潔だわ!!」
「ちょ、ちょっとヒカリ、そんな大きな声で言わないでよ。みんな見てるじゃ
ないの。それに、私とシンジはただ一緒に暮らしてるだけで、何にもないん
だから」
「そ、そうだよ委員長。何か勘違いしてるんじゃないの?」
「え、そ、そうなの? ほんとに?」
「当たり前じゃないの。もぉーヒカリったら一体何考えてんのよ」
「やだ、私ったら……てっきり……。それじゃあ、綾波さんも碇君とは何でも
ないのね?」
「何でもない? ……ああ、そういう事。碇くんとはキスした事があるけど」
「あああ〜〜やっぱり〜〜。不潔よ不潔だわ〜!!」
「ちょ、ちょっとレイ! あんた何言ってんのよ! そういう事は普通、人には
言わないものなのよ」
「そうなの? じゃあアスカが碇くんとキスした事、洞木さんにも言ってないの?」
「な、何言ってんのよあんた!!」
アスカは慌ててレイの口を塞いだ。そして恐る恐るヒカリの方に振り向く。
ヒカリは、全身をふるふると震わせていた。
「…………アスカ、今の話、本当なの? 碇君とキスしたって……」
「え、と、あの、その、何と言ったらいいのか……」
「……ほんとなのね、アスカ? 本当に碇君とキスしたのね……」
「う。キ、キスしたのは本当だけど……。で、でも、これには色々と事情が
あって……」
「デモもストライキもないわよ! やっぱりアスカ、碇君とそういう
関係だったんじゃないの! 碇君も碇君よ! アスカや綾波さんと同棲してるだけ
でも不潔なのに、両方とキスしただなんて、一体何考えてるのよ!!」
「そうよね〜、普通そう思うわよね〜」 うんうん
「ミサトさん〜、面白がってないで委員長止めて下さいよ。僕が何言っても
聞いてくれなさそうだし……」
「ま、シンちゃんがレイとアスカにキスしたのは事実なんだし、同棲してるのも
事実なんだし……洞木さんが言ってる事別に間違ってないでしょ?」
「う……そ、そりゃあそうですけど……」
ミサトは今の状況を徹底的に楽しんでいるようで、ヒカリをなだめる気は全くない
らしかった。
と、その時、後ろから声がした。
「何や? 相変わらず朝っぱらから賑やかやな」
『え? この声……鈴原!?』
ヒカリは一瞬で騒ぐのを止め、声のする方に振り返った。しかし、そんなヒカリ
よりもアスカの動きの方が速かった。素早くトウジの元に行き、ジト目でにらむ。
「あんた、今の話聞いてたの?」
「な、何やいきなり?」
「だから、今の話を聞いてたのかって聞いてんのよ! さっさと答えなさい!」
「ワシは今ここに着いたとこや。そしたらイインチョがいつものように騒いどるん
で、また何ぞシンジがやったんかと思うたんや」
「そう、聞いてないのね。それならいいのよ。じゃあヒカリ、後は任せるわよ」
「え? ま、任せるって言われても……」
いきなり『トウジを任せる』と言われて、ヒカリは慌てていた。
「イ、イインチョ、久し振りやな……その……元気そうで安心したわ」
「鈴原こそ元気そうで良かった。あ、足は大丈夫なの? 荷物持ってあげようか?
どこか痛い所ない?」
「ああ、ワシはこの通り元通りや。何の心配もあらへん」
そう言ってトウジはジャンプして見せた。その姿を見て、ようやくヒカリも安心した
ようだった。
「あ、あの……今日は私まで誘ってくれて……ありがとう」
「い、いや、こういう事は大勢おった方がおもろい思てな。……その、迷惑や
なかったやろか?」
「ううん、そんな事ない。私は嬉しいもの……。あっ」
「イ、イインチョ?」
二人はそのまま真っ赤になって固まってしまった。
『ふー。ヒカリはこれで静かになるわね。それにしてもヒカリって……鈴原なんか
のどこがいいんだろ……謎だわ』
そんな事を思いながら、シンジとレイの元に来た。
「ちょっとレイ、さっきも言ったけど、そういう事は黙ってなさい。ヒカリ一人でも
あれだったのよ。これが学校だったら大騒ぎになってる所よ。ほら、シンジからも
言ってやりなさいよ。それが一番効くんだから」
「う、うん。あのさ綾波、そういう事は普通あんまり人にはしゃべらないものなん
だよ。だから、人には言わない方がいいよ」
「そうなの……。じゃあそうする」
「ええ、そうしてくれると助かるわ」
「碇くんと私だけの秘密ね」
「私もいるわよ!」
「あ、そっか」
「全くも〜。あ、ヒカリ達復活したようね」
トウジとヒカリの硬直も解けたので、トウジはミサトに挨拶に行く。そしてその後ろ
にヒカリも付いていく。
「ミサトさん、今日はワシらの保護者としてついて来てくれるそうで、ほんま、
ありがとうございます」
「あら、いいのよ。気にしないで。それに鈴原君には随分と迷惑掛けてしまった
から、これ位はさせてもらわないとね」
「迷惑やなんて……。ワシはこの通り元通りになったんやから、ミサトさんも
そんな風に言わんとって下さい」
「ありがと、鈴原君。ところで、二人とも随分と仲良しさんね。いつからそんな仲に
なったの? 興味あるわ〜〜」
ミサトに冷やかされた二人は、またしても固まってしまった。
「……ミサトってあれが生き甲斐みたいね」
「でも、からかうだけで、邪魔しようとしてる訳じゃないのよね、ミサトさんって」
「悪意は無いみたいなんだけどね」
「からかわれてる本人は、十分迷惑だけどね」
『これはチャンスかも……。ミサトがヒカリと鈴原をからかってるという事は、
私たちへのからかいが減るっていう事よね。これを利用すれば……。
ふふふふふ。』
アスカは、ミサトの監視が薄くなる事を期待しているようだった。
一方、ミサトにからかわれ、固まっているトウジとヒカリにとって、救いの神
が現れた。
「やあみんな、おはよう」
ケンスケの登場である。そのおかげで、何とかミサトの冷やかしは止まった。
「あ、おはようケンスケ……。ところで何、その格好?」
「ケンスケ、ワシら海行くんやぞ。何やその山に登るような大げさな格好は?」
「ん、変かな?」
そう言うケンスケの格好は、トウジが言ったように、山登りでもするかのような
大きなリュックを背負い、釣りに使うようなポケットのたくさん付いた服を着て、
首にはカメラを複数ぶら下げ、手にはビデオカメラを持っている。そして、腰の
ポーチの中には、フィルムやディスクがぎっしりと詰まっていた。
はっきり言って、あまりそばにいて欲しくない格好である。
「これでも持って行きたい機材の半分にも満たないんだよ。でも、今回は機動性
を考えて、この格好になったんだ」
「どーでもいいけど、あんたあんまり私たちに近づかないでよね」
「分かってるさ。あんまり近づくと、いいアングルが掴めないからね」
アスカのイヤミなど、全く通じていないようだった。
「ミサトさん、本日は僕たちのために保護者を務めて頂けるそうで、お忙しい中、
本当にありがとうございます」
「いいのいいの、気にしないで」
「いえ、そういう訳にはいきません。お礼と言ってはなんですが、この旅行の思い出
の記念作り、つまり写真はこの僕、相田ケンスケ、相田ケンスケにお任せ下さい」
「そう? ならお願いするわ」
「はい、任せて下さい。モデルがいい上、僕の腕は完璧です。どこに出しても
恥ずかしくないような、売れるような写真を撮ってみせます」
「期待してるわよ」
「はい、お任せ下さい!」
『売るんだろうなぁ〜〜〜』 (レイとミサト以外の感想)
「さてミサト、みんな揃ったし、そろそろ駅に入りましょうか」
「あ、待って。もう一人来るのよ」
「え、誰なんですか? ミサトさん」
「何言ってんのよシンジ、加持さんに決まってるじゃないの」
「残念だけど違うわよ、アスカ」
「え、違うの?」
「ええ、加持君も誘ったけど、ちょっと用があるんだって」
「用?」
「ほら、加持君ってこれまであちこちの組識を利用してきたでしょ? だから結構
うらまれてんのよ。で、今度ネルフの役職に就いたから、今までの謝罪を兼ねて、
改めてネルフへの協力要請に走り回ってるのよ」
「大丈夫なんですか?」
「まぁ、ネルフと仲が悪いって言っても、実際に争ってる訳じゃないし、第一、
ネルフと正面からケンカしようなんてバカな組識なんて無いわよ。だから命の心配
は無いわ。せいぜい、イヤミ言われるくらいよ」
「それじゃあ誰なんですか?」
シンジがそう聞いたとき、その人物が現れた。
「お待たせ、ミサト」
「おっそいわよリツコ! 何やってたのよ?」
「あ、赤木博士だったんですか」
「仕方ないでしょ。私にだって仕事があるんだから。いきなり『海行くから用意
しろ』なんて言われても、仕事の調整が大変なのよ。それをやっと片づけて来た
のに、そんな風に言うんだったら私行かないわよ」
「まぁまぁリツコ、そんなに怒らないでよ。毎日毎日、モグラじゃあるまいし、
地面の下に潜ってばかりじゃ体に悪いわよ。たまには太陽の下で騒がなきゃ。
そう思って誘ってあげたんじゃないの。それに、リツコだって本当は楽しみに
してるんじゃないの? 私、その服見た事ないわよ。」
「い、いいじゃないの別に……。それに、そう言うミサトだってその服、私見た
事ないわよ。ミサトの方こそ楽しみにしてたんでしょ?」
「えへへ〜。海なんてほんと久し振りだったもんね。たっぷり楽しまなくちゃね」
「そうね。確かに久し振りね」
「でも、ミサトさんと赤木博士が同時に本部から離れるなんて、良く碇司令が許可
しましたね」
「そうなのよ。私もそれが不思議なのよ。最初はね、せめてあなた達だけでも遊び
に行けるように頼もうと思ってたのよ。『パイロットにも休暇くらい必要だ』
とか何とか言って、強引に押し切ろうと思ってたの。そしたら、
『パイロットにも休暇は必要だ。反対する理由は無い、行ってきたまえ、
葛城三佐』
って、あっさり許可されたの。かえってびっくりしちゃった」
「私もそうなのよ。ミサトが本部から離れるのだから、私は絶対だめだろうと思って
たのよ。そしたら、『問題無い。君も行ってきたまえ』ってな具合なのよ」
「碇司令、最近変じゃない?」
「そうね。何か悪いもんでも食べたのかしら」
「ま、融通がきくようになった分、こっちは助かるんだけど……。あ、そうだ、
あなた達、今回の旅行は『パイロットの疲れを癒す』という目的だから、交通費、
食費、宿泊費、その他もろもろ全てネルフ持ちだから、思いっきり楽しんでちょう
だい」
「おっしゃ、さすがネルフ。太っ腹や」
「さすが世界の組識。やる事が違うね」
「あの、ミサトさん。私までそんなのに参加していいんですか?」
「あ〜いいのいいの。気にしないで洞木さん。私のお金じゃないんだから、気にする
事なんてないのよ」
「ミサトさん、ネルフって案外気前がいいんですね」
「ほんと、今までこんな事無かったのに」
「何言ってんのよ二人とも。私たちは修学旅行にも行かせてもらえずに、命懸けで
戦ってんのよ。これくらいするのが当たり前よ。そうだレイ、あんた海の物は食べ
れるの?」
「え、ええ、お肉以外は何でも平気だけど」
「よーし。それなら普段食べられないような、うーんと高いもんを食べさせて貰おう
じゃないの。いいわね、二人とも」
「ははは、そうだね」
「ふふ、そうね」
「ええ、そうしなさい。何たって全てタダなんだから。タダ! うんとおいしい
もん食べなさい」
『うふふふ。シンジ君たちが食べたかったって事で、私も普段食べられないような
もんいっぱい食べちゃおっと。当然ビールだって飲み放題よね〜。ああ、夜の宴会
が楽しみだわ』
ミサトは一人ニヤニヤしていた。
「あの、ミサトさん。僕たち中学生だから、ビールは飲みませんよ」
「え? ど、どうして私の考えてる事が……」
「ミサトの考えてる事なんてすぐ分かるわよ」
「いいですよミサトさん。『私たちが飲みたかった』って事にしておけば」
「あ……あは……あははははは」
「ミサト、すっかり見抜かれてるわね。全くどっちが保護者なんだか……」
「ま、まぁいいじゃない。それじゃあみんな、行くわよ」
そう言って、ミサトは駅に入っていった。シンジ達は笑いながら後に続く。
なお、ゲンドウは『政府専用列車を手配する』と言っていたのだが、『大袈裟に
したくないし、のんびりと景色を眺めるのも旅行のうち』とミサトが主張したため、
一般車両に乗り込む事になった。
もっとも、今、第三新東京市は戻ってきた人たちが引っ越しの後片付けなどに追わ
れているので、外に遊びに行く人は殆どいない。そのため、殆ど貸し切り状態で
ある。
そしてシンジ達は席に座った。それぞれどこに座ったかというと、シンジを中心に
左右をレイとアスカが固め、ミサト達は、そんな三人を見やすい位置に座っていた。
列車が動き出すと、レイは嬉しそうに外の景色を眺めている。殆どこの街から出た
事のないレイにとって、見る物全てが新しく楽しかったので、随分とはしゃいで
いる。シンジがすぐ横にいるというのも大きいようだった。
(何だかレイが幼児化しているような気がする……)
シンジやアスカも、子供の頃に家族とどこかに出掛けたという記憶が殆ど無いため、
嬉しそうにしていた。
と、そんな時、アスカのお腹が小さく鳴った。
「ねえシンジ。お腹すいたからお弁当食べよ」
「え、ここで? 海に着いてからにすれば……」
「私は今食べたいの。ねえいいでしょ、シンジ」
「そりゃ、まぁ、いいけど」
「あらシンジ君。お弁当持ってきたの?」
「ええ、『こういう時にはお弁当持っていくもんだ』ってミサトさんが言うもん
ですから」
そう言って、シンジは持ってきたお弁当箱を取り出した。その弁当箱は、一人一人
分けているのでは無く、おにぎりを入れた箱や、おかずを詰めた箱に分けられて
いた。子供の運動会に親が持ってくる弁当スタイルだった。
「さすがシンジ君、随分とおいしそうね」
「良かったらリツコさんもどうぞ」
「え、私も食べていいの?」
「ええいいですよ。多めに作ってますから一人くらい増えても大丈夫です」
「そうなの? じゃ頂くわ」
「シンジ、僕たちの分は無いのか?」
「え? あ、ごめん。作ってないんだ」
「何や、白状なやっちゃな。シンジはもっと友達思いやと思うとったのにな」
「なーにぜいたく言ってんのよ。あんたはヒカリに貰えばいいでしょ」
「ん? イインチョも何ぞ作っとるんか?」
「う、うん。サンドイッチ作って来たんだけど……食べる?」
「さっすがイインチョやな。もちろん頂くわ。あ、でもそれイインチョの分やろ?
ワシが食べたらイインチョの分がのうなるやんか。やっぱりええわ」
「あ、いいのよ。ちょっと作る量を間違えちゃって、一人じゃとても食べきれない
の。残しても悪くなるだけだから遠慮しないで食べて。相田君もどうぞ」
「え? 僕もいいの?」
「うん。ほら、たくさんあるから。遠慮しないで」
そう言って、ヒカリは持ってきていたバスケットを開いた。中にはサンドイッチが
たっぷりと詰まっていた。
「おお〜、こりゃうまそうや」
「ほんと、さすが委員長」
「どれどれ……。あらほんと、おいしそうね。でも、どう見ても一人分じゃない
わね。……洞木さん、本当に間違えて作ったの?」
「え……あ……あの……その……」
ミサトのニヤニヤしながらのツッコミに、ヒカリは赤くなっている。もちろん、
間違えて作ったのでは無く、最初からトウジに食べてもらいたくて作っているので
ある。ケンスケの分まで作ったのは、ついで……というか照れ隠しである。
……ふびんだな、ケンスケ。
ヒカリが赤くなっている意味にも気が付かないほど鈍感なトウジは、パクパクと
サンドイッチを食べている。
「いやー、しかしイインチョの作るもんは、いつ食べてもうまいなー」
「え? ほんとスズハラ?」
「ああ、ほんまや。なぁケンスケ」
「うん、確かにおいしいね。ところでトウジ、その言い方だと、前にも委員長
の手料理食べた事があるみたいだな」
「え? あ、ああ。ワシが入院しとった頃、イインチョが弁当作ってくれてたんや」
「へえトウジ、いつの間に委員長とそんな仲になってたの?」
「ち、違うのよ碇君。これは、その……鈴原が『病院の料理はおいしくない』って
言うから……その……。」
「ふ〜〜〜ん」
全員が面白そうにトウジとヒカリを見る。レイまで面白そうに見ている。そんな視線
をごまかすようにトウジは口いっぱいにサンドイッチを詰め込み、喉を詰まらせた。
「う!! うぐぐ!!」
「あ、鈴原! はい、お茶」
「す、すまん」
ヒカリは嬉しそうにトウジの世話を焼いている。トウジもまんざらでもない様子
だった。
『ヒカリ……あんなに嬉しそうにして……。手料理を食べてもらうのってそんなに
嬉しいのかな。私も何かシンジに作ってみようかな……。でも、こないだのカレー
失敗したから、もう食べてくれないかも……。でも、あれはミサトが邪魔したから
失敗したんだし、私一人で作ればちゃんとした物になるはずよね。……だけど、
こんなおいしいおにぎり私には作れないし……どうしようかな』
そんな事を思いながら、隣に座っているシンジを見る。
すると、レイが予想外の行動に出ていた。
「碇くん。はい、口開けて」
「え? な、何、綾波?」
「私が食べさせてあげる」
「えっ!?」
「な!!」
「ほー」
「あらま」
「ぬっ!」
「何っ?!」
「綾波さん!?」
レイはシンジの口元までおにぎりを持っていき、シンジに食べてもらおうとして
いた。あまりの突然のレイの行動に、シンジは動揺しまくっていた。
「ちょっとレイ! あんたいきなり何てことすんのよ!?
どうせまたマンガかドラマの中でそんなシーンあったんでしょ?」
「うん」
「あんたねー。いちいちそんなもんに影響されるんじゃないって何回言えば
分かるのよ?」
「え? これっていけない事なの?」
「別にいけない事じゃないわよ、レイ」
「そうね。むしろ殿方は喜ぶんじゃないかしら」
「ほんとですか? 碇くん、うれしい?」
「え? あ、うん」
シンジはこんな事された事が無かったので動揺し、照れまくっていたが、嬉しく
ないはずはないので、素直にそう答えた。もっとも、そのお陰でアスカの機嫌は
すっかり悪くなっていた。
「良かった。じゃあ碇くん、食べて、はい」
そう言っておにぎりを差し出す。
「う、うん。いただくよ」
シンジは照れながらも、レイの手から直接おにぎりを食べる。そして、味わい、飲み
込むまで、レイはじーーーっとシンジを見つめている。もちろん、アスカやミサト達
もシンジを見ている。
「碇くん、おいしい?」
「うん、おいしいよ、綾波。」
「ほんと!? 良かった!」
「ぬぅわぁにが『おいしいよ』よ! シンジが作ったもんならおいしいに
決まってんじゃないの。自分の作ったもん誉めて嬉しいわけ?」
「違うよアスカ、僕は今回、おかずだけを作ったんだ。ごはんを炊いておにぎりを
作ったのは綾波だよ」
「え、うそ、これレイが作ったの?」
「うん。だからおいしく作れたかどうか不安だったの」
「へーこれレイが作ったの? やるじゃない」
「本当ね。なかなか味といい形といい、見事なもんよ。ミサトなんて大学の頃、何度
やっても三角に作れなくてね。『おなかに入れば同じだ』って言って、いびつな形の
もんばっかり作ってたのよ。その度、加持君、複雑な顔してたわね」
「う、うるさいわね……。昔の事じゃないの」
「じゃあ今は作れるの?」
「う……。ほんとおいしいわね、これ」 ぱくぱく
「全く……困ったもんね」
リツコはやれやれといった感じでミサトを見ていた。
一方シンジは、みんなの視線が痛いので、早く食べてしまおうとして、レイの手に
残っていた残り半分のおにぎりを口にした。その時、レイの指がシンジの唇
に触れた。
「あ……」
二人はみるみる赤くなっていく。それを見ていたアスカの怒りも増していき、マンガ
的表現をするなら、髪の毛から『怒り漫符』がポロポロとこぼれ落ちるほど
だった。
「シンジ君、良かったわね。レイに食べさせてもらうなんて。でも、そこまでして
もらったんなら、ちゃんとお返しするのが礼儀ってもんよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ、もちろんよ。ね、ミサト」
「そうよ。それが男ってもんよ。そうだシンちゃん、レイに食べさせてもらったん
だから、今度はシンちゃんがレイに食べさせてあげたら?」
「えっ!? ぼ、僕がですか……」
『う〜ミサトめ、余計な事を〜〜〜』
アスカは恨みがましくミサトを睨んでいたが、ミサトはただ面白そうにしていた。
どうやら、今のはアスカを挑発するためだったらしい。
シンジはどうしようかと思いレイの方を見ると、レイは瞳を輝かせながら、
何かを訴えかけるような目でシンジを見ていた。
「あの……綾波……食べる?」
シンジはそう言って、おにぎりをレイに差し出す。
「うん。いただきます」
レイはとても嬉しそうにそう言い、おにぎりを食べる。恥ずかしそうな、嬉しそうな
表情はとてもかわいらしく、シンジはつい見とれてしまっていた。
そんな二人を見て、ついにアスカが切れた。
「シーンージーーーーーー!!」
「え? ん、んぐっ!?」
アスカは、振り向いたシンジの口に、自分が食べかけていたおにぎり
を、むりやり押し込んだ。
「シンジ、レイに食べさせてもらったんなら、当然、私からも
食べるわよね!」
何がどう当然なのか分からないが、アスカはすごい剣幕でそうまくしたてた。
こうなると、シンジには断れるはずもなかった。(もっとも、最初から断るつもり
などないのだが)
「分かったよ、アスカ。ちゃんと食べるからむりやり押し込まないでよ」
「分かりゃいいのよ、分かりゃ」
それを見ていたミサトは、ニヤニヤしながらアスカを冷やかす。
「ほー、アスカも結構大胆ね」
「え?」
「だって、自分の食べてたおにぎりをシンちゃんの口にムリヤリ押し込むなんて
ねー、リツコ」
「そうね、どう見ても間接キスよね」
「うっ」
「あ」
『や、やだ、私なんて事を……。みんな見てるのに……恥ずかしい……』
アスカとシンジは二人で赤くなる。
すると今度はレイが少しムッとなる。
アスカへのライバル心なのか、シンジへの独占欲なのか分からないが、
シンジの手に残っていたおにぎりをシンジの指ごと口に含む
という荒業に出ていた。
「え!? あ、あや、あや……・」
「おお〜〜〜」
「くおら! レイ!!」
「ふぁに?」 (なに?)
「なに? じゃないわよ! あんた一体何考えてんのよ!
さっさと放しなさい!!」
「ひや」 (いや)
「ぬわあんですってぇ〜〜〜!!」
この時、レイとアスカの間に、肉眼で確認できる程の火花が散っていた。シンジは
二人の殺気にすっかり青くなっていた。まさに一触即発状態である。
シンジは何とか争いを回避しようと、二人をなだめ始める。結果として、シンジが
レイとアスカから交互に食べさせてもらい、シンジが二人に同じように食べさせた
ため、レイもアスカも機嫌が良くなっていた。もちろん、シンジも二人に食べさ
せてもらったのだから、機嫌は良かった。もっとも、緊張のあまり味はほとんど
分からなかったのだが……。
幸せいっぱいで機嫌のいいシンジ達三人と対照的に、すっかり不機嫌な二人がいた。
もちろん、トウジとケンスケである。
『シンジのやつ、自分だけええ目見おってから……焼きそば無しや』
『シンジのやつ、自分だけおいしい思いするなんて……かき氷無しだな』
と思いながらも、ケンスケはカメラやビデオでシンジ達を撮影している。ミサトに
言ったように撮影係に徹するつもりなのか、それとも別に意味があるのか……。
「トウジ、どう思う、あれ?」
「どう思うも何も、ワシらの知らんうちに三人の間に何ぞあったんは間違いないな」
「だね。綾波の激変だけじゃなく、惣流まであんなに変わるなんて……。一体、
シンジのやつ何やったんだ?」
「海では絶対に三人にはでけんな」
「当然だね。これ以上一人だけおいしい目には逢わせられないからね」
トウジとケンスケは、シンジ一人が大人になる事の妨害を心に誓った。
『綾波さんて、おとなしい人だと思ってたのに、あんな事するなんて……。結構
大胆なんだ……。恥ずかしいと思う気持ちが無いのかな? それとも、そんな事
思わないほど碇君の事が好きなのかな? ……これはアスカが苦労するはずね。
でも、アスカも綾波さんに張り合う事で自分の気持ちに素直になってるみたい。
綾波さんがあんな事しなきゃアスカも碇君にあんな事できなかっただろうし……。
アスカと綾波さんって、お互いに刺激しあって変わってくみたい。案外、この二人
はライバルとして、親友になってくんじゃないかな……。ふふ、アスカ、嬉しそう
ね。私も鈴原とあんな事……。や、やだ! 私、何考えてんのよ、もー!』
ヒカリは一人で赤くなっていた。それをミサトとリツコは楽しそうに見ている。
「どう、リツコ。来て良かったでしょ?」
ミサトはリツコに耳打ちするように話しかける。
「そうね。シンジ君たちといい鈴原君たちといい、これは結構面白い事になりそう
ね」
「実はね……アスカ、何か企んでるみたいなのよ」
「アスカが? ひょっとして一線を超えるつもりなんじゃ?」
「さーどうかしら。レイがあの調子でしょ、案外、対抗意識で一気に……
なんて事があるかも……」
「で、どうするのミサト、見過ごす気?」
「う〜ん……それはそれで面白いんだけど、今決着ついちゃうと、この後つまらない
でしょ。だから、今回は目を光らせておくわ」
とりあえず保護者としての立場はわきまえているようだが、それでも、『少しくらい
なら、目をつぶってもいいかな』と考えてしまうミサトとリツコだった。
「でも、さすがに今回はネルフの中じゃないから隠し撮りはできないわね。相田君
が撮影してるからまぁいいとしてもね。さっきのレイの行動なんて、何度見ても
面白いわよ、きっと。アスカもそれに張り合うようにシンちゃんに迫ってるし、
シンちゃんもレイやアスカに迫られてまんざらでもないみたいだし。今回は相田君
のビデオに期待するしかないわね」
「ミサト、心配しなくても大丈夫よ。リニアトレインの中にも車内監視カメラが
あるわ」
「え?」
「私がどうして時間ギリギリに来たと思う? MAGIに車内のカメラを操作させて、
シンジ君たちを撮影する準備をしてたのよ。もちろん、海の家のカメラにも細工
してあるわ」
「さっすがリツコ! ぬかりがないわね」
「ま、さすがに海までは手が回らなかったけど、かなりの部分はフォローできる
はずよ」
「後々の楽しみが増えたわね」
「そうね」
……あくまで覗き趣味の二人だった。
そして、激動のお弁当タイムが終わった頃……。
「ところでミサトさん、さっきから気になってたんですけど、そのクーラーボックス
何が入ってるんですか?」
「やーねーシンジ、あの中にはビールがぎっしり入ってるに決まってるじゃない。
ほんとアル中ってやーねー」
「うるさいわね。ビールじゃないわよ」
「え、違うの?」
「当ったり前じゃない。向こうでタダビール飲み放題なんだから、家から持ってく
必要なんてないでしょ」
「それじゃあ、一体何なんですか?」
「これよ、これ」
そう言って、ミサトはクーラーボックスのふたを開けた。
「クワ?」
中から顔を出したのはペンペンだった。
「あ、ペンペン」
「そ。ペンペンだって、たまには広い海で泳いでみたいだろうと思ってね」
「でも、日本の海大丈夫なんですか?」
「お風呂が平気なんだから大丈夫よきっと。それに、暑くなったらこの中に戻って
くればいいんだし、向こうにだって氷はあるしね」
「でも、こんな中に入ってるなんて、ペンペン窮屈じゃないんですか?」
「大丈夫よレイ、ペンギンの特技は何時間でもじ〜っとしてる事なんだから、
少しくらい大丈夫よ。ね、ペンペン」
「ク〜」
ペンペンはミサトの話が分かってるようにうなづいた。その時、ちょうど車掌が
キップの点検にやって来た。
「お客様、ペットの持ち込みは他のお客様の迷惑になりますので……」
「他のお客様なんて一人もいないじゃない」
確かに、この車両にはミサト達以外に乗客はいなかった。
「それに、ペットなんてどこにいるの?」
「は? ですから、このペンギンの事ですけど」
「ああ、このかき氷機の事?」
「は? かき氷機?」
「そ、レトロなやつ。子供の頃見た事ない?」
ペンペンはミサトの考えてる事が分かるようで、ペンギンの特技、『何時間でも
じ〜っとしている』を使い、かき氷機のフリをしている。
「し、しかし良くできてますな。まるで生きているようだ。それに、かき氷機に
付きもののハンドルが無いようですし……」
「最新型なのよ」
「しかし、先ほど『レトロなやつ』と……」
「だから、外見はレトロでも中身は最新型なのよ」
「それでは、なぜクーラーボックスの中に?」
「かき氷機といえば、氷が付きものでしょ。一緒に入れてるだけよ。何か文句ある
かしら?」
「う……。わ、分かりました。それでは良い旅を」
「ありがとう」
ミサトはにっこりと微笑んだ。車掌は釈然としない表情で、隣の車両に向かった。
「ペンペン、もういいわよ」
ミサトがそう言うと、ペンペンはため息をついて首をクキクキと鳴らしている。
本当に賢いペンギンだ。
「相変わらず強引ね、ミサト。きっと今頃くやしがってるわよ」
「いーじゃない別に。ペンペンは誰にも迷惑かけたりしないんだから。ねー、ペン
ペン」
ペンペンは、当然といった顔でうなずいている。
「じゃあ、またもめるといけないから、向こうに着くまで閉めるわよ。顔引っ込め
て」
そう言って、ミサトはクーラーボックスのふたを閉めた。
「いやー、しかしさすがミサトさんや。ほんま、凛々しいわ」
「全くだね。さすが、その若さで三佐になるだけはありますね」
トウジとケンスケは口々にミサトを褒めた。
「ふふふ。ありがとう、二人とも」
「単に図々しいだけよ」
「何か言ったかしら、アスカ?」
「べーつに、何も」
「あのミサトさん。お弁当食べて軽くなったから、ペンペン僕が持ちますよ」
「あらー、さすがシンちゃん。誰かと違って優しいわね」
「どーいう意味よ、ミサト?」
「べーつに、何も」
ミサトは、先ほどのアスカと同じように言い返した。この二人は、結構似たもの同士
だったりする。
「じゃあ碇くん、私がお弁当箱持つわ」
「それじゃあ、私がシンジの荷物持ってあげるわ」
「ありがとう、二人とも」
「う、嘘や……。惣流がシンジの荷物を持つやなんて……。これはきっと、
悪い夢や。そうに違いない」
「惣流、せっかくいい天気なんだから、大雨が来るような事するなよな」
「ほー、あんた達、随分といい度胸ね。覚悟はできてんでしょうね?」
「二人とも、アスカに謝りなさいよ。二人が知らないだけで、アスカは優しいのよ」
「しかしなーイインチョ。あの惣流が、シンジが頼みもせんのに自分からシンジの
荷物持つ言うたんやで。いくら何でも、今までの惣流とは違いすぎるわ」
「そうだよ。今までの惣流は、シンジに弁当作らせた挙げ句、学校までシンジに持た
せるような事をへーきでやってたのに……。いくら何でも変わり過ぎだよ」
「い、いーじゃないの、別に」
アスカは怒ってるのか照れているのか、かなり赤くなっている。
「まーまー二人とも。アスカも色々とあったのよ、色々とね」
「そうよ、鈴原君、相田君。人間は僅かの間で、すごく変われるものなのよ」
「その、『色々』という部分を具体的に教えて下さい、ミサトさん」
「ぜひ、何があったか聞いてみたいんです」
「ん〜〜〜。どうしようかな〜〜〜」
ミサトは面白そうにアスカを見ている。
「ミーサートー!」
「はいはい、分かってるって。黙っててあげるわよ。二人とも、その辺は自分で
想像してね。」
「いいんですか? 僕たちに想像させたら凄い事になりますよ」
「ほんまや。掲載できんような事、想像するかも知れんな」
「……ヒカリ、その二人、殴っといて」
「分かった」
……てな事をやってるうちに、列車は目的の駅に着いた。
ネルフの経営する海の家、及び砂浜は設備が整っている事もあり、この辺りでは結構
有名で、海水浴客が大勢来るので、駅から直通のバスが出ている。
シンジ達もそのバスに乗る。そのバスには既に多くの客が乗っていて、これから
向かう海の事などを楽しそうに話している。
シンジ達全員が乗り込むと、バスが走り始めた。しばらく走ると、窓から潮風が
入ってくる。そして、視界が開けたかと思うと、青い海が太陽の光を受け、キラキラ
と輝いているのが見えてきた。
「うわー綺麗……。これが海なんだ……」
初めて直に海を見たレイは、嬉しそうに瞳を輝かせている。そして、ミサト達も、
久し振りの海にうきうきしていた。そんな中、シンジは昔溺れた記憶が鮮明に甦り、
少し不安になっていた。
やがて、バスは目的地に着いたので、シンジ達はぞろぞろとバスから降りた。目の前
には、海の家と呼ぶにはあまりにも立派なビルがそびえていた。そして、その壁に
は、大きくネルフのシンボルマークが描かれていた。
「……ねえミサト、ネルフって確か……」
「だから、もうネルフは非公開組織じゃなくなったって何度も言ってるでしょ。
これからは、国民に慕われる組織を目指す事になったのよ」
「……しかし、いきなり凄い変わり様ね。何だかクラクラするわ」
「そのうち慣れるわよ。私だって最初はギャップに悩んだんだから」
「なぁシンジ、ワシは海の家言うから、もっとこう、こじんまりしたもんやと思っ
とったんやけど……。えらい立派な建物やな」
「ほんと。これじゃどう見ても立派なホテルだよ」
「うん、僕もびっくりしてるんだ。まさかこんな大きな建物だとは思わなかった」
「私もびっくりしちゃった」
「何や? シンジらも知らんかったんか?」
「うん。ネルフがこんな施設持ってるなんて知らなかったからね。今までこんな事
無かったし……。ネルフも随分と変わったね、綾波」
「そうね。情報公開に合わせて、体質が変わったのかしら?」
実際には、ゲンドウの性格が大きく変わっているのだった。
「さ、あなた達、とりあえずチェックインするわよ」
そう言って、ミサトはロビーに入っていったので、シンジ達も後ろについていく。
「それじゃあ、部屋分けを説明するわよ。三人部屋を三つ取ったから。
まず、シンジ君と鈴原君と相田君。はい、これがカードキー。
で、次がレイとアスカと洞木さん。はい、カードキー、無くさないようにね。
で、私とリツコとペンペン。じゃあ、それぞれ水着に着替えてビーチに集合ね」
シンジ達は、それぞれ自分達にあてがえられた部屋に入る。
「うわー、めちゃくちゃ豪華な部屋やな。ワシらほんまにこんなとこ泊まってええん
か?」
「ただ……だよな、シンジ?」
「ミサトさんがそう言ったんだから、大丈夫だよきっと。ネルフの施設だし……。
でも、ほんとに凄い部屋だね」
シンジ達が驚くのも無理はなかった。本来この部屋は、ネルフの幹部達が長期の
バカンスを楽しむための部屋なので、普通、海水浴に来た一般客が泊まれるような
部屋ではないのだった。そもそも、この部屋がある最上階は、一般人が入らない
ように、警備の人間が立っているのである。
そんな雰囲気に馴染めないシンジ達は、早く着替えて外に出る事にした。
男の着替えなどあっという間なので、既にシンジとトウジは水着に着替えていた。
そしてケンスケは、その様子をカメラに収めていた。
「何やケンスケ、男まで撮るんか?」
「ケンスケってそういう趣味があったの?」
……シンジ、人の事は言えんぞ。カヲルとの一件を忘れたのか?
「まさか、僕にそんな趣味は無いよ。本当は男なんて一枚だって撮りたくないよ」
「じゃあ、どうして僕たちを撮るんだよ?」
「カメラの動作チェックだよ。ちゃんと写らないと困るだろ」
「そうやったんか。せやけど、リニアトレインの中でも撮影しとったやないか」
「ああ、あれはどちらかというと失敗しても問題の無いタイプの写真だからね。
しかし、今からは違う。一枚の失敗も許されない、真剣勝負なんだ」
ケンスケの背後に炎が燃えていた。
「おお、ケンスケが、ケンスケが燃えている!」
「まあ、毎度のこっちゃけど、ケンスケお前、泳ぎに来たんか、写真撮りに来たんか
どっちや?」
「もちろん、写真を撮りに来たんだよ。こんなチャンス滅多にないからね。この日
のために、全てのカメラには防水加工してあるし、塩や砂にも耐えられるよう加工
してあるのさ」
「……トウジ、最初から分かってた事じゃないか」
「そうやな。ほなケンスケ、ワシら先行くからな」
「ちょ、ちょっと待ってよ。今着替えるからさ」
そう言ってケンスケは慌てて着替え始めた。シンジ達はそれをただ呆れて見ていた。
そして、シンジ達はミサトに言われたように、ビーチに来た。焼けた砂が心地よい。
青い空、白い雲、輝く太陽、光を反射する青い海、爽やかな潮風、海水浴客の歓声。
まるで、景色全てが、今が夏である事を主張しているかのようだった。
「やっぱ海はええな〜」
「そうだね、プールじゃこうはいかないね。な、シンジ」
「え? う、うん。そうだね」
「? どうしたんやシンジ、顔色悪いぞ。気分でも悪いんか?」
「え、いや、そうじゃないよ。僕は大丈夫だよ。ほんと、大丈夫だから」
「そうか? それやったらええんやけどな」
シンジは、海に近づくにつれ、幼い日の恐怖が甦ってきていた。この爽やかな風景
も、シンジの目には暗黒の世界に映っていた。
『だ、大丈夫さ。きっと泳げるようになってるさ。うん、そうに違いない』
そう自分に言い聞かせ、何とか落ち着こうと努力している時、後ろから声がした。
「お待たせーシンジ!」
「来た〜〜〜!!」×2
トウジとケンスケはそう叫び、慌てて振り向いた。シンジも、アスカの声を聞き、
ゆっくりと振り向いた。
そこには、一時期やつれていたが、順調に回復し、以前よりさらに女らしくなった、
ダイナマイトバディ(アスカ本人談)を誇らしげにシンジに見せる
アスカ、シンジの視線を気にして恥ずかしそうにしているレイ (裸でシンジの前に
出て、押し倒され胸を触られても平然としていた頃に比べると、格段の進歩(?)
と言える) そして、トウジの視線を気にして恥ずかしそうにしているヒカリの
三人が立っていた。
[Hirokiさん提供、アスカ様の水着イラストはここをクリック!]
「おおおおおーーー!!」
トウジとケンスケは目をウルウルさせていた。もちろん、ケンスケはしっかり撮影
している。
シンジも海への恐怖を忘れてしまうほど見とれていた。以前、ネルフのプールで
レイとアスカの水着姿は見ているのだが、やはり照明の光と太陽の光では違って
見えるのか、今日はやけに眩しく見え、目を逸らせずにいた。
『ふふふ。シンジったら見とれてるわ。ま、無理もないわね。何たってこの私が
水着姿になってるんだから。……あーあ、これでシンジと二人っきりだったら
もっと良かったのに……』
「あ、あの碇くん、この水着どうかな? 変じゃない?」
「そ、そんな事無いよ、良く似合ってるよ。ほんと、みんな良く似合ってるよ」
「ほんとに?良かったー!」
シンジの言葉を聞き、レイも安心したようで、とびっきりの笑顔を見せた。
[あ〜るさん提供、レイちゃんの水着イラストはここをクリック!]
「ありがと、碇くん」
「ま、当然よね」
『みんな……か。まぁ、私一人誉めちゃ二人が傷つくから仕方ないか』
あくまで強気なアスカだった。
『それにしても、鈴原のヤツ鈍感ね。せっかくヒカリが水着着てんだから、誉めて
やりゃいいのに』
「あれ? ミサトさん達一緒じゃなかったの?」
「え? ミサトさんまだ来てないの?」
「私たちが最後だと思ったんだけど……」
「分かった! きっと海に来たのはいいけど、人前に出れるようなスタイルじゃない
んで、水着姿になれないでいるのよ。歳とると大変ね。ほんと、かわいそうねー」
ポカ! ポカ!
「いったーーーい!」
「だ〜れ〜が〜 人前に出れないスタイルですって〜〜〜!?」
「まったく……陰で何言われてるか分かったもんじゃないわね」
「見なさい、アスカ。このパーフェクトなプロポーションのどこが人前に
出せないって言うのよ?」
そう言って、ミサトはセクシーボーズをとる。
「おおおおおおーーーっ!!!」
トウジとケンスケは思わず感動の声をあげる。それに気を良くしたミサトは、さらに
色々なポーズをとる。ケンスケは、こんなシャッターチャンスを見逃すわけはなく、
ひたすら写真を撮っている。
いくらアスカが十四歳にしては見事なスタイルといっても、さすがにミサトには
負けてしまう。それがアスカには面白くなく、ついミサトに突っかかってしまう。
「フンだ! ビールばっかり飲んでるミサトがそのスタイルを維持できるのも、持っ
て後二〜三年じゃないの? ひょっとしたら、海に来れるのは今年で最後かも知れ
ないんだから、せいぜい最後にいい思い出作る事ね」
「……随分とキツい言い方ね、アスカ」
「あら? そうだった? 私はほんとの事言ったつもりだけど」
「ふっ……そう言う事。つまりアスカは、自分がお子様スタイルなもんだから、
私のスタイルの良さにやきもち焼いてるんでしょ」
「だ、誰がお子様スタイルよ、誰が!? シンジ、私がお子様スタイル
じゃない事をミサトに説明してやりなさいよ」
「ア、アスカ! どうしてそう、誤解を招くような事を……グエ! ほ、ほら、
こういう事になるんだから」
シンジは、トウジとケンスケに首を絞められていた。
「シンジ、今のはどういうこっちゃ?」
「お前、惣流のハダカ見た事あるのか? どうなんだ、シンジ?」
「く、くるし〜〜〜」
「あ、碇くん! 鈴原君、相田君やめて。碇くんが苦しがってる。それに、
碇くんが見たのは私の……むぐむぐ……」
アスカは慌ててレイの口を塞ぎ、レイの耳元でささやく。
「だから、そういう事は黙ってなさいって言ったでしょ、分かった?」
レイがうなずいたので、アスカはレイの口から手を離した。
「あんた達、シンジを離しなさいよ。私が言いたいのは、水着の上からでも私が
お子様スタイルじゃ無いって分かるでしょ、って事よ。あんたらだって、私の身体
をジロジロ見てたじゃないの」
「ワ、ワシはそないな事しとらん」
「も、もちろん僕もだよ」
「ふ〜〜〜ん」
アスカは思いっきり疑わしそうな目で、トウジとケンスケを見ている。
「水着の上からでもアスカがお子様スタイルだって事は十分分かるわ。ま、私のよう
に大人の色気が出るには、十年は早いわね」
ミサトは、年寄り扱いされたのがよっぽど気に入らなかったのか、やけにしつこい。
「うるさいわね。十年たったら私はミサトなんて比べものにならないくらいの美人
になってるわよ。その頃ミサトはいくつかしらね〜。私と勝負できるのは、今年が
最後でしょ、きっと」
アスカも負けてはいない。この二人は本当に性格が似ている。まさに、ケンカ友達
と言ったところである。
シンジ達は、この二人の言い争いを、やや呆れて見ていた。
すると、そんなアスカとミサトのやりとりを見ていた、周りの海水浴客達の話し声が
聞こえてきた。
「なーなー、あの子、かわいいな」
「俺、声掛けてみようか」
などと、口々に言っている。
「ふっ……聞いたかしら、ミサト。今のが私に対する正当な評価よ」
「何言ってんのよ。あれは全て私に向けられているのよ。勘違いするんじゃないわ
よ」
「なによー!」
「やるってーのー?」
二人は既にファイティングスタイルをとっている。放っておくと、本当に
ケンカをするかもしれない状況である。
「ミサト、いい加減にしなさい。見物客ができ始めているわよ」
「アスカもやめなよ。せっかく海まで来てケンカする事ないだろ」
確かに、周りに見物客ができ始めていた。さすがに二人とも恥ずかしくなってくる。
「運がいいわね、アスカ。今日は見逃してあげるわ」
「それはこっちのセリフよ。今日の所はシンジに免じて許してあげるわ」
二人とも、なんとかケンカだけはやめたようだった。
「あの……赤木博士、どうして白衣なんか着てるんですか?」
レイが指摘したように、リツコは水着の上から白衣をまとっている。
ケンスケは、『新鮮だ』と思い、ひたすら撮影していた。
「ほら見なさいリツコ。やっぱり指摘されたじゃない。だから、そんなもん脱げって
言ったのよ。だいたい、何で海に来てまで白衣なんて着なきゃいけないのよ?」
「甘いわね、ミサト。これはただの白衣じゃないのよ。私が開発した、特殊機能
付き白衣なのよ」
「特殊機能?」
「そう。この白衣には、対ショック対閃光防御機能……じゃなかった、対紫外線
防止機能が付いてるのよ」
「紫外線防止機能?」
「そう。夏の海はお肌の大敵、紫外線であふれているのよ。それを防ぐための白衣
よ。紫外線の99.89%を遮断、しかも通気性にも優れているから、長時間着用しても
むれない、まさに夏の海のために作られた白衣なのよ。今、特許申請中だけど、数年
後の海は、この白衣を着た人達で埋めつくされるのよ。ああ、なんて素敵なの
かしら」
リツコは数年後を想像して、ウットリとしている。
「……あんた、白衣フェチだったの。どうりでいつも身に付けてると思ったわ。
ま、数年後はどうだか知らないけど、今、そんな格好してるのはリツコだけよ。
はっきり言って危ないやつにしか見えないわよ。見物客ができてるのはリツコのせい
よ、きっと」
「ま、確かに。しようがないわね。今回は日焼け止めクリームでも塗るとするか」
そう言って白衣を脱ぐ。白衣の下は、ミサトと同じく、年令からは想像できない、
見事なスタイルだった。
(ま、アニメだからな)
ケンスケは、『いい物が撮れた』と満足そうにしている。
シンジ達の目の前には、同い年の美女と、年上の美女が勢揃いしていた。
「生きてて良かった。ワシは今、心底そう思う」
「まったくだね。男なら涙を流すべき状況だね」
実際、二人は涙を流している。シンジは、涙こそ流していないが、それでも思わず
見とれていたりする。三人とも健全な男の子だった。
「いやーしかし、ほんまシンジを誘うて良かったわ。こんな美人がもれなく五人も
ついてくるんやもんな」
「ほんと、持つべきものは友達だね。シンジも来て良かったと思うだろ?」
「うん、そうだね」
「ふふふふふ。正直ね、あなた達」
「鈴原君、後で加速装置付けてあげるわ」
「別に、あんたのために来たわけじゃないわよ」
『良かった。碇くんも来て良かったと思ってるんだ』
『五人? アスカ、綾波さん、ミサトさん、リツコさん……私? 鈴原、私も美人
の数に入ってるんだ……。良かった』
「よっしゃ、みんな揃うたようやし、早速泳ごか」
「待ちなさい鈴原!」
「な、何やイインチョ?」
「準備体操しなきゃダメでしょ!」
「何や、そんなもんせんでもええがな」
「だめです。特に鈴原は体が完全じゃないんだから、念入りにやってもらいます」
『ネルフの技術に限って、そんな事は無い』とリツコは言いかけたが、準備体操
をするに越した事はないので、あえて何も言わなかった。
「まぁまぁトウジ、委員長はトウジの事心配してくれてるんだから、素直に準備
体操しようよ、ね」
「ま、しゃあないな」
そして、全員で、2015年にもしぶとく生き残っているラジオ体操を行った。
足元ではペンペンも何やらやっている。どうやら、ペンペンも準備運動をしている
ようだ。
「これでええやろ、イインチョ」
「ええ、いいわよ。でも、無理しちゃだめよ」
「ああ分かっとる。それじゃあ今度こそ泳ぐぞ!」
「あ、シンジちょっと待って」
「え?」
「何や、まだ何ぞあるんか?」
「私が用があるのはシンジだけだから、あんた達は水平線の彼方でも
海の底でも好きな所に行けばいいじゃない」
「な、何や!? えらい露骨な言い方やな?」
「で、何、アスカ?」
「あ、あの、だからね、えーと……」
「ん?」
『アスカ、行くわよ!』
アスカは自分に気合を入れ、勇気を出してシンジに言った。
「日焼け止めクリーム塗ってくれない?」
「えっ!!」
「なぁにぃ〜!?」
「ほぉ〜」
「?」
「何そんなに驚いてんのよ。たかがクリーム塗るだけじゃないの」
「だ、だって……」
「別に前塗ってくれなんて言ってないわよ。うまく塗れない背中、それも上半身
限定。これなら別に問題無いでしょ」
「う、うん。まぁ、それなら……」
「じゃあ、お願いね」
『シンジ攻略計画、その1。まず肌に触れ合い親密度を増す。ちょっと
恥ずかしいけど、シンジにはこれくらいしなくちゃね。でも良かった。断られ
なくて』
「アスカ、それ何?」
「え? ああ、そうか、これはレイに教えてなかったわね。肌が焼け過ぎないよう
にするためのクリームよ。あんた、色白いんだから、塗っとかないと後で真っ赤に
なって大変よ。貸したげるから塗っときなさい」
「そうなの。ありがとう、アスカ……。それで、あの……」
「ん、何? レイもシンジに塗って欲しいの?」
「……うん」
「ま、しょうがないわね。その代わり、これは私のなんだから、私の後にしなさい
よ。いいわね」
「うん、分かってる」
この時点で、既にシンジの意志は存在していなかった。
『……僕の立場って一体……』
「あら、アスカ、余裕ね」
「ほんと。『これは私のクリームだから貸さない』とでも言うのかと思ったのに」
「ふっ。私はそんな心の狭い女じゃありませんからね」
『ここでレイがこういう行動に出るのは予想できたし、こんな事でレイを出し抜こう
なんて思ってないわよ。まずはレイの警戒心を解くための先行投資よ。シンジにも
いい印象を与えるだろうし。ふふふ、完璧ね』
「じゃあシンちゃん、ついでに私も塗ってもらおうかしら」
「それじゃあ私もお願いするわね、シンジ君」
「え? ミサトさんとリツコさんもですか?」
『ぬっ! これは予想外の展開。ミサトめ、やっぱり邪魔する気ね』
「で、でも……」
「あら、嫌なわけ?」
「レイやアスカじゃなきゃダメって事かしら、シンジ君?」
「い、いえ、別にそういうわけでは……」
「じゃあ、お願いね」
「もちろん、レイやアスカの後でいいから」
「当ったり前じゃないの、そんな事。これは私が先に言い出したんだから。じゃあ
シンジ、お願いするわね」
「う、うん」
シンジは、アスカから日焼け止めクリームを受け取る。
「あ、あのさ、アスカ、本当にいいの?」
「いいも何も、私が頼んでんじゃないの」
「そ、そりゃそうだけど……」
「シンちゃ〜ん、男ならビシッと決めなさい、ビシッと!」
「じゃ、じゃあ塗るよ、アスカ」
「え、ええ……」
アスカは、自分から言い出した事とは言え、やはりかなり恥ずかしいのか、身体は
赤くなり、緊張のため、カチカチに固まっている。もちろん、シンジはアスカとは
比べ物にならないほどに固まっている。それでも、ぎこちない手つきで、何とか
クリームを塗り始めた。
そんな様子を見ていたトウジ達は……。
「ケンスケ、何でや? 何でシンジだけこないにええ目に逢うんや。ワシは納得
いかん。絶対に納得いかへん!」
「泣くなよ、トウジ。僕だって泣きたいくらいなんだから……」
「あ、あの、鈴原……」
「ん、なんや? イインチョ?」
「だから……あの……私もクリーム……持ってるんだけど……。塗ってくれる……
かな?」
「ワ、ワシがか!?」
トウジは、いきなりの展開に慌てていた。
『ふ〜ん。ヒカリ、今日は随分と積極的なんだ。久し振りに鈴原に会って浮かれて
るのかな。それとも、私に影響されたのかな。まぁ、鈍感な鈴原に気付いてもらう
には、それくらいしないとね』
『あら、洞木さんなかなかやるわね。これは楽しみが一つ増えたわね』
「い、嫌ならいいんだけど……」
「べ、別に嫌っちゅう事はない。ま、まぁしゃあないな。イインチョにはサンド
イッチの礼があるし。ワシで役に立てるんやったら手伝うわ」
「あ、ありがとう鈴原。それじゃあお願い」
「お、おう」
トウジはクリームを受け取ると、シンジ同様、ガチガチになりながら、ヒカリに
クリームを塗り始めた。
ちょうどその頃、シンジの方はクリームを塗り終えた。
「あの、アスカ、これでいいのかな?」
「あ、ありがとう、シンジ」
二人ともかなり恥ずかしいらしく、目を合わせる事ができないようだった。
『う〜ん、初々しいわねぇ〜』
『まさに青春ね』
そして、シンジはレイの方へ向かう。レイの肌は、今さら日焼け止めクリームを
塗っても遅いのではないかと思えるほど赤くなっている。もちろん、日に焼けた
わけではなく、照れているのだった。まさしく、めざましい進歩と言える。
「じゃ、じゃあ、綾波、塗るよ」
「う、うん。お願い」
シンジは、レイの肌に触るのはこれで二度目となる。ふと、最初にレイの胸に触った
時の記憶が頭の隅をよぎる。
『へ、平常心、平常心、平常心……』
シンジは、呪文のように、そう唱えていた。
アスカは、そんな二人を、予想していた事とは言え、やはり面白くなさそうに見て
いる。
『うーん……。まぁ、これは仕方ないか。問題はこれからね。ミサトの監視から
何とか逃れないといけないわね……。ヒカリには悪いけど、ミサトの注意を引き
付けといてもらおうかしら。ミサトもヒカリと鈴原の事、面白そうに見てるし……。
何とかシンジと二人っきりにならなくちゃね。そのために色々と計画立ててるんだ
から』
アスカは様々な計画を思い浮かべ、シンジが自分のモノになる事を想像し、ニコニコ
していた。
そんなアスカの思惑も知らず、レイはシンジに日焼け止めクリームを塗ってもらって
嬉しそうにしていた。しかし、その時ふと、アスカの水着が気になった。
明らかに、自分の水着と比べると、身体を覆っている率が違う。
『いいな、アスカの水着、あんなに背中が出てる。その分、碇くんにたくさん塗って
もらってたし……。私の水着、首の後ろくらいしか開いてない……。
そうだ! 水着を脱いで塗ってもらえばいいんだ!
……あ、でも、人前でハダカになっちゃいけないってアスカ言ってたし……。
周りの人たちも、みんな水着着てるから、脱いじゃいけないのかな』
このようにして、レイは一般常識を学んでいった。
『今度水着を買うときは、アスカのようなやつにしよう』
とりあえず、レイは水着を脱ぐ事を諦め、そう誓っていた。もっとも、脱ごうと
しても、レイの動きを監視しているアスカが止めるのは目に見えているのだが。
なお、この時ヒカリも、『次はアスカのような水着にしようかな』と考えていた。
と、こんな様子を見ていたケンスケは、ある事に気が付いた。
『ハッ!? この構図はっ!? 綾波と惣流はシンジにラブラブだし、トウジの
やつはいつの間にか委員長とあんな仲になってる! ミサトさんとリツコさんは、
シンジやトウジをからかう事に生き甲斐を感じてるようだし、僕なんて相手に
しないだろうから……。僕一人、浮いてる!?』
そう気付いた時、ケンスケの心の中は、日本では消滅した『秋風』が吹いていた。
『ふ、ふふふ、ふははははは!! そうか、そういう事か、作者!
僕にはこんな役しか充てないつもりだな! いいだろう、そっちがその気ならこっち
にも考えがある。僕の青春はカメラだ。撮って撮って、撮りまくってやる。そして、
利益は全て僕一人のものだ! トウジやシンジには何一つおごってやらん。欲しかっ
たカメラや、自分のためだけに使ってやる!』
……すまん、ケンスケ。このキャスティングでは、どうしてもケンスケはこういう
役になってしまう。ケンスケ用に新キャラを作ろうかとも思ったのだが、それやると
自分の首を絞める事になるんで、今回は我慢してくれ。だが、心配するな。ケンスケ
が主役の話を作るかも知れないという予定がある。その時まで耐えてくれ。
ケンスケが暗い情熱を燃やしている間に、シンジやトウジはクリームを塗り終わって
いた。ミサトやリツコは、シンジにクリームを塗ってもらっている間、散々シンジを
からかっていたので、シンジは更に真っ赤になっている。
「ありがとうシンジ君、助かったわ。そうだ、お礼に今度は、私がシンジ君に
塗ってあげるわ。」
「え!? い、いいですよリツコさん。自分で塗れますから」
「あ〜らシンちゃん、遠慮しなくてもいいのよ」
「ほ、ほんと、大丈夫ですから……」
シンジはジリジリと後退するが、ミサトとリツコがシンジを追いつめていく。
「シンちゃん、上司の命令は聞かなきゃだめよ。リツコ、取り押さえるわよ!」
「任せなさい!」
「それ〜!!」
「わー!? ちょ、ちょっとミサトさん、やめて下さい!」
「いまさらジタバタするんじゃない!」
「そ、おとなしくしなさい。別に取って食おうってわけじゃないんだから」
結局、シンジは二人に取り押さえられてしまった。はた目には、いたいけな
少年を襲っている独身女二人組に見えなくもない。
下手すりゃ犯罪である。実際、アスカの目には、犯罪行為に見えた。
「くぉら!! 二人とも何やってんのよ! それは私がやる予定
なの!!」
「じゃあ私も」
アスカとレイが加わったため、さらに大騒ぎとなった。この時、ケンスケのメガネに
黒いイナズマが走った……。
結局、シンジは四人掛かりでクリームを塗られ、鼻血を吹き出し、倒れてしまった。
「あ、碇くん、どうしたの? しっかりして」
「ちょっとミサト、どさくさに紛れてシンジに何か妙な事したんじゃないで
しょうね?」
「別に、私は何もしてないわよ、ねえ、リツコ」
「そうね。別に犯罪行為は何一つしてないはずよ」
「自分の年令の半分以下の男に触るのは犯罪なの!」
「何よそれ? そんなの誰が決めたのよ?」
「今、私が決めたのよ。とにかく、これ以上シンジに触るんじゃないわよ、いいわ
ね」
「やーねー独占欲丸出しで……」
「心が広い女じゃ無かったのかしら?」
「う、うるさいわね。あ、こらレイ! あんたもシンジに触るんじゃないわよ」
「どうして? 私、碇くんと同じ十四歳だから問題ないわ」
「だーかーらーーー」
・
・
・
「いやーしかし、シンジ達見てると飽きんわ。よくあんなんで使徒が倒せたもんや
な。ほんま、信じられんわ」
「何言ってんのよ。アスカ達があんなに楽しそうにはしゃげるのは、世界が平和に
なったからよ。そのためにアスカ達がどれだけ辛い思いをしてきたか、鈴原も知って
るでしょ。だから、今までの分も楽しみたいのよ。……まぁ、アスカは随分と
変わっちゃったけど、いい事よ、きっと」
「まぁ、言われてみたらそうやな。シンジも前より元気になったようやしな。
ん? ケンスケ、どうしたんや、そんなとこに突っ立って?」
「……うるさい。トウジも敵だ」
「はぁ? ……まぁとにかく、泳ぐとするか。おーいシンジ、大丈夫か? 泳げる
か?」
「う、うん。大丈夫だよ」
「よーし、せっかく海まで来たんや。さっそく泳ぐとするか。惣流もええな?」
「そうね。ミサト達と言い合ってても話が進まないし、私も日本の海で泳ぐのは
初めてだし、そろそろ泳ぐとしましょうか!」
「よっしゃ! 決まりや! それー!!」
そう言って、全員海に向かって走り、飛び込む。そして、しばらく沖に向かい、
泳いだ後、顔を上げる。
「ぷはーっ! 海なんて何年ぶりかしらねー」
「ほんと、大学出てから一度も来てないから、随分と経つわね」
「海の水ってこんなにしょっぱいんだ……知らなかった」
「当ったり前じゃないの、海水なんだから。LCLじゃないんだから飲むんじゃない
わよ」
「鈴原、足、大丈夫? 苦しくなったらすぐに言うのよ」
「ああ、大丈夫や。ちゃんと動いとる。心配あらへん」
「やっぱり海はいいねー。水中カメラも買うべきだったかな」
それぞれに久し振りの海を楽しんでいる周りを、ペンペンが嬉しそうに泳ぎ回って
いる。
「……あれ? 碇くんは?」
「え? そう言えばシンジの姿が見えないわね。どこ行ったのかしら?」
「きっと僕たちを驚かそうと思って潜ってるんだよ」
「シンちゃんが? そんな事を?」
「シンジ君の性格じゃないわね」
「あ、あの泡が出てるの、碇君じゃないかな?」
ヒカリが指差したのは岸から少し離れた場所で、泡がブクブクと水面で弾けている。
「シンジもアホやなー。息止めとかんと自分の居場所教えるようなもんやのに」
しかし、皆が見ている間に、どんどん泡は少なくなっていき、そしてついには、泡
が出なくなってしまった。
「お、おい、シンジ!!」
「ちょっと、シンジ!!」
「シンジ君!!」
全員、慌てて泡が消えた場所に向かい、潜ってみる。すると、そこには目を回して
いるシンジが沈んでいた。
全員でシンジを何とか砂浜まで連れて行く事に成功したが、シンジは気を失って
いた。
「碇くん、しっかりして! 碇くん!!」
「ちょっとシンジ! 目を開けなさいよ!!」
二人とも涙目になっている。
しかし、誰が呼び掛けても、シンジは目を覚まさなかった。
「ちょっとリツコ! どうしよう、どうしよう……」
ミサトはただオロオロしている。もちろん、トウジ達も殆どパニック状態だった。
「落ち着きなさいミサト。発見が早かったし、水も殆ど飲んでないようだから、
水さえ吐かせればすぐ気が付くはずよ」
そんな時、横たわるシンジの腹に、ペンペンがふざけて飛び乗った。
「グエ!」
カエルを踏み潰したような声と共に、シンジは水を吐き出し、意識を取り戻した。
「ペンペン偉い! 良くやったわ。今夜はお刺身フルコースよ!」
「?」
ペンペンは良く分かってないようにミサトを見ていた。
「う……ん。あれ? 僕は……?」
「碇くん! 良かった、良かった! もう目を開けないのかと思った。ほんとに
良かった」
「全くもう! 心配かけんじゃないわよ、バカシンジ」
アスカは、口調こそ厳しいものの、レイと同じように嬉し涙を浮かべていた。
「……そうか、僕は溺れたのか……」
「シンジ、泳げんのやったらそう言えばええやないか。別に海でのうても良かったん
やから」
「でも、せっかくみんな楽しみにしてたんだし。それに、泳げるようになってるかも
知れないって思ったから……。ごめん、みんなに心配かけちゃって」
「まぁ、とにかくシンジ君が無事で良かったわ。一時はどうなるかと思ったわよ」
『ふ〜。相変わらずシンジは人騒がせね。でも、ま、無事で何よりだわ。シンジを
失うわけにはいかないもんね。……あ、ちょっと待って。これってシンジ攻略計画
2-1『溺れたシンジを人工呼吸で助ける』の絶好のチャンスだった
じゃない!? どーして気付かなかったのかしら。こういう時のためにあんなに計画
立てたのに〜。こんな千載一遇のチャンスを逃すなんて〜』
とアスカは悔しがっていたが、もしシンジが溺れているのに冷静にそんな事を考えて
いられるのなら、シンジの事を本当に好きではない、とミサト辺りからツッコミが
入ったであろうから、アスカにとってはこれで良かったのであった。
「シンジ、立てる? 今から泳げるように特訓するわよ」
「え? 特訓!?」
「そ、男子だってプールの授業あるんでしょ。十四にもなって泳げない事ばれたら
恥ずかしいじゃないの。だから特訓よ」
「? どうして碇くんが泳げないとアスカが恥ずかしいの?」
レイは素朴な疑問をアスカに投げる。
「い、いいじゃないの、別に」
「?」
「レイ、女心とは微妙なものなのよ。好きな人が泳げないと自分も恥ずかしいもの
なのよ」
「そういうものなんですか、赤木博士?」
「そういうものなのよ、レイ」
「じゃ、じゃあシンジ、行くわよ」
アスカはリツコに指摘されたのが恥ずかしいのか、シンジの手を引き、さっさと海に
向かった。
「ちょ、ちょっとアスカ。そんなに引っ張らないでよ」
「あ、私も特訓手伝う」
レイもそう言って後を追う。
「ほな、ワシはちょっと体焼かせてもらうわ」
「僕もそうする事にするよ」
「あ、じゃあ私もそうする」
「ミサト、私たちどうする?」
「そうね。一応保護者なんだからシンジ君が溺れないように監視する事にするわ」
「ビールでも飲みながら、でしょ?」
「ま、ね。太陽の下で飲むビールは格別よ。シンジ君たち見てると面白いだろうし」
「そうね、じゃあ私も付き合うわ。パラソルでも借りて来ましょう。ミサトはビール
持って来て」
「OK、任せて」
そう言って、二人は酒盛りの準備を始めた。
その頃、シンジはレイとアスカに両手を持ってもらい、バタ足の練習をしていた。
既に三人とも足の立たない所まで来ている。
「ふ、二人とも、絶対に手を離さないでよ」
シンジは今溺れたばかりなので、相当水に対して恐怖心を持っているようで、真っ青
な顔で、二人の手をしっかりと握っている。
そして、しばらく沖に出た頃……。
「じゃあレイ、そろそろ行くわよ」
「ほんとにいいの、アスカ?」
「大丈夫よ、二人もいるんだから」
「え? 何、何の話?」
シンジが不安そうにそう聞くと、レイとアスカは一斉にシンジの手を離した。
「うわ! ちょ、ちょっと何を!?」がぼがぼ
「いいシンジ。シンジが泳げないのは、昔溺れた恐怖が体に染み付いていて、筋肉が
ガチガチになってるからよ。だから水の中に入ると体が思うように動かなくなって、
また溺れるのよ。でも今は、私やレイがそばにいるんだから安心しなさい。溺れそう
になったらすぐに助けてあげるからリラックスすればいいのよ。だいたい、人間の
体はもともと浮かぶようにできてるんだから、そうやってもがいているうちに、自然
と泳げるように……ならないわね」
二人の目の前で、シンジはブクブクと沈んでいった。
「い、碇くん!?」
レイは慌ててシンジを助けようとする。しかし、シンジは無我夢中で、『溺れる者
は藁をも掴む』のたとえ通り、手直にあったもの−この場合レイ−にすがりついた。
「ちょ、ちょっと碇くん!? そ、そんなにくっついたら私も泳げない!」
いきなりシンジに抱きつかれた動揺と、体の動きを封じられたため、レイも溺れ
かける。
「こら、シンジ! どさくさに紛れて何やってんのよ!!」
「え? え? ……うわ!? ご、ごめん綾波!」
水への恐怖よりアスカの方が恐いのか、シンジは自分を取り戻した。
そして、レイに抱きついている事に気付いて慌てて離れる。そしてまた溺れる。
そして今、一番手直にある藁−この場合アスカ−にすがりつく。
「こ、こらちょっとシンジ!? な、何すんのよ!?」
レイ同様、アスカもいきなり抱きつかれ動揺する。おまけに体の自由を奪われた上、
運悪く波を被り、海水を一気に飲み込んでしまった。
「ガボガボ! ゲホゲホッ! ゴホゴホッ!!」
シンジとアスカは二人仲良く沈んでいく。
「碇くん! アスカ! しっかりして!!」
レイは溺れかけた二人を、今度は後ろから助け、何とか砂浜まで連れてきた。
「ゲホッゲホッ!」
「ゴホッゴホッ。あ〜死ぬかと思ったわ」
「ねぇアスカ、こういう事はやっぱり足が付く所から始めた方が良くない?」
「そ、そうね。こっちまで溺れる所だったし。でもレイ、あんた海初めての割には
泳ぐのうまいわね。溺れている人間を一度に二人も助けれるなんて。あ、そっか、
ネルフのプールで良く泳いでたんだ」
「うん。それに、水中生活長かったし」
「へ?」
「あ、ううん、何でもないの。それより、碇くん大丈夫?」
「ゴホ、ゴホ。う、うん。ゲホ。僕は大丈夫だよ。ありがと、綾波」
・
・
・
「しかし、ほんまあの三人見とったら飽きんわ」
「全くだね。被写体には事欠かないね」
「ちょっと二人とも、アスカや碇君が溺れてるんだから、助けようとくらいしなさい
よ」
「あー大丈夫大丈夫、綾波も惣流もそばにおるし、ミサトさん達もちゃんと見とる
ようやし。それに、ヘタにワシらが手ぇ出したら、かえって惣流に恨まれかねん」
「大丈夫だよ委員長、ほんとにやばそうな時はちゃんと助けるからさ」
「まぁ、それならいいんだけど……」
そんな事を話していると、ミサトから声が掛かる。
「はーい! みんな、私の所に集まって」
「ん? 何や、ミサトさんが呼んどる」
「何だろう?」
「行ってみましょ」
「ミサトさんが何か呼んでるみたい」
「碇くん、アスカ、大丈夫? 歩ける?」
「うん、大丈夫」
「何かしら、ミサトのやつ」
こうして六人は、ゾロゾロとミサトの所に集まってきた。
「何ですか、ミサトさん?」
「うふふふふ。夏の海と言ったら、これしかないでしょ。スイカ割りよスイカ割り」
そう言って、ミサトは見事なスイカを取り出した。
「スイカ割り?」
「ああ、レイには教えてなかったわね。スイカ割りっていうのはね、砂浜に置いた
スイカを目隠しして割るというゲームよ」
「随分とあっさりした説明だね、アスカ」
「じゃあ、どう詳しく説明しろって言うのよ?」
「ふ。甘いわねアスカ。そもそも、スイカ割りの起源は、古代中国まで遡るのよ」
「ちゅーごくぅー? なんかいきなりうさん臭いわね」
「そして、スイカ割りとは、暗殺者が自らの技術を磨くための修行の一つだった
のよ」
「はあ?」
「考えてもみなさい。目隠しをする事によって暗闇と同じ状況を作り、スイカの
微かな気配を感じ、一撃で破壊する。これらは全て、暗殺者に必要な事でしょ。
時の権力者の目をごまかすために、一見遊びに見えるようなやり方で修行してたって
事ね。それが時が経つにつれ、一般人の娯楽として定着していったのよ。だから、
あなた達パイロットにはうってつけの遊びと言えるわね」
「そうだったんですか。随分と歴史があるんですね。……分かりました、一生懸命
やります」
「綾波、今の話は信じない方がいいと思うよ」
「え? そうなの碇くん?」
「そうよレイ、ミサトの言う事は四割が嘘で六割が口からでまかせなんだから。
下手に信じるととんでもない目にあうわよ」
「ま、ま、楽しけりゃ何でもいいじゃないの」
「それにしてもミサトさん、見事なスイカですね、これ」
「でしょー。これ、加持君が届けてくれたのよ」
「え? 加持君が作ったスイカなの? へー、加持君こんな趣味があったのね」
「前に食べさせてもらったけど、結構おいしいのよ」
「あら、それは楽しみね」
「ミサト、私食べた事ないわよ。一体いつ食べたのよ?」
「僕も」
「私も食べてない」
「え? そ、そうだったかしら? まぁいいじゃない別に。今から食べられるんだ
し……」
「ミサト、シンジ君たちに隠れて、こっそり加持君と会ってるわけ?」
「べ、別に隠れてるってわけじゃ……」
「隠さなきゃいけないような事してるって事よねーミサト」
「う。さ、さー始めるわよー。誰がやる? あ、そーだレイ、スイカ割りした事ない
んでしょ。やってみなさいよ」
「え? あ、はい。やってみます」
『逃げたわね、ミサト』 (リツコ、アスカの感想)
「それじゃあレイ、始めるわよ」
「はい」
「まず目隠しして、その場で三回まわって」
「はい」 くるくるくる
「それじゃあ、今から私たちが誘導するから、指示に従って動いてね」
「はい、分かりました」
「じゃあ行くわよー。前! 前! もー、ずーっと前!」
「そこで右や!」
「ちがうわ、左よ!」
「そこでさらに三回転!」
「そこで素振り三回!」
「え? え? え?」
全員、口々に勝手な事を言うため、レイはすっかりこんがらがってしまった。
『えーと、私はこういう時、どうすれば……』
「綾波、そっちじゃないよ。ちょっと左向いて」
「碇くん? 左ね」
「そうそう。そこからまっすぐ前に歩いて」
「前に歩くのね」
「違うわレイ、そっちじゃないわよ。そこで右90度ターンよ」
「まっすぐ歩いて行くわね、ミサト」
「うーん……。レイったら作戦部長の私の指示より、シンちゃんの指示を優先
するとは……。これは作戦行動に重大な影響が出るわね。問題だわ!」
「ふふふ。妬かない妬かない」
「そう、そこでストップ。ちょっと右向いて……そう、そこで振り下ろして」
レイはシンジの指示通り、棒をまっすぐ振り下ろした。すると、手に鈍い感覚が
伝わってくる。
「やったー! 綾波、やったよ!」
「ま、初めてにしちゃ、上出来ね」
「綾波さんおめでとー!」
みんなが自分を誉めているので、レイは目隠しを外してみた。すると、綺麗に真ん中
から割られたスイカが目の前にあった。
「私、成功したの?」
「そうだよ、一発できれいに割れたよ。良かったね、綾波」
「うん、ありがとう! 碇くんのおかげね!!」
レイはよほど嬉しいのか、ピョンピョン跳ねている。初めてのスイカ割りに成功
した事もあるが、シンジが協力してくれた、というのが大きいらしい。
「ミサト、次、私がやるわよ。文句ないわよね」
「いいわよ、別に。どーせダメって言ってもやるんでしょ」
「とーぜんよ。シンジ、しっかり指示しなさいよ!」
「分かってるよ、アスカ」
「じゃあ、アスカはスイカ割り慣れてるみたいだから、十回まわってね」
「えー!? 十回も? 目が回るじゃないのよ」
「だーいじょうぶよ。シンちゃんがちゃんと教えてくれるわよ」
「まぁ、それもそうね。じゃあいくわよ」 ぐるぐるぐるぐる……
『うう。さすがに目が回る』
「で、どっち行けばいいの?」
「そこで逆立ち!」
「いーや、その場でホームラン打つんや」
「棒高跳びも捨てがたい」
「アスカ、とりあえずちょっと右向いてからまっすぐ歩いて」
「右ね」
「そう、それから……うぐっ!?」
シンジが次の指示を出そうとした時、ミサトがシンジの口を両手で塞ぐ。
「んーんーんーー!」
「ちょっとシンジ、これからどうするのよ?」
「まっすぐやー」
「違うわアスカ、そっちは海よ」
「その場で砂に潜る!」
「あースイカがテレポートした」
「私はシンジに聞いてんのよ! どっちよシンジ!?」
しかし、シンジはミサトによって口をふさがれているので、『んーんー』と
しか言えなかった。
『何よ、シンジったらレイには教えたくせに私には教えないつもりなの……』
ヤケになったアスカは、その場で棒を振りかざす。
「あー違うよアスカ、まだ振っちゃだめだ!」
ミサトはようやくシンジから手を離した。
「え、シンジ?」
「右だよ。前向いたまま右に四歩。そう、そこで振って」
「とりゃーっ!!」
アスカもレイと同じく、一発でスイカをしとめる事に成功した。
「ふっ……この私にかかればスイカなんて一発よ。ほーほほほほ!」
「ミサトさん、恐ろしい事やめてくださいよ。もし今のでアスカが外してたら、
スイカじゃなくて僕の頭が割られてますよ」
「あり得る話ね」
「うーん、アスカならやりかねないわね。ま、いーじゃないの。アスカも成功したん
だし」
「……いつか、ミサトさんに冗談で殺されそうな気がします……」
「まーまー、そんな事より早く食べましょう。せっかく冷えてるんだから」
そう言ってスイカを適当な大きさに切り、全員に手渡す。
「私が割ったスイカなんだ……。おいしい」
「私が割ったやつもおいしいわよ」
「確かにうまいけど、惣流の割ったスイカは、かなり飛び散ったな」
「ほんと。敷いてあるビニールからはみ出したのもかなりあるね」
「何よ? 私が馬鹿力だって言いたいわけ?」
「いやーうまいスイカやなーケンスケ」
「まったくだね」
そう言って、二人は慌ててスイカを食べる。
「……根性なしね。突っ張る度胸も無いのに絡んでくるんじゃないわよ」
「どうリツコ、加持君のスイカは?」
「おいしいわね。そこらで売ってるやつよりよっぽどいいわね」
「ほんとですね。私もこんなにおいしいスイカなんて久し振りです」
「でしょー」
ミサトは自分の事のように嬉しがっていた。
「あれ? 碇くん、スイカ食べないの? おいしいよ」
「何? シンジ、あんたスイカ嫌いだったの?」
「いや、そんな事ないよ。スイカは大好きだよ」
「じゃあ、何で食べないのよ?」
「それが……なぜだか分からないけど、スイカ見てると体が震えるんだ……。
何か良く分からないげと、スイカが恐いって言うか……」
「スイカが恐い? 変わったやっちゃなー」
「あ、もしかして」
「何か心当たりでもあるの?リツコ」
「ひょっとしてシンジ君、十二使徒の事思い出してるんじゃないのかしら?」
「え? 十二使徒ですか?」
「ああ、シンジが飲み込まれたやつ」
「そう言えば、アレって丸くて縞々だったわね」
「中、赤かったですし」
「え、そうなの? 僕、あの時の事良く覚えてなくて……」
「ま、確かにスイカと十二使徒、似てなくはないわね。でもシンジ君、そういう事
は早めに克服した方がいいわよ。勇気を出して食べてみなさい」
「は、はい」
そしてシンジはスイカを手に取り、じーっと見つめる。
『逃げちゃだめだ……逃げちゃだめだ……逃げちゃだめだ……』
……大げさだな。
ぱく。
シンジが食べるのを全員が見つめる。
「うん、おいしいや」
「克服できたようね」
「良かったわね、碇くん!」
「うん、ありがと、綾波」
「何や、単純やな、シンジは」
「何よ、そー言うあんただって、ネバネバ糸引くものが嫌いになったんでしょ」
「あー、あれ以来ワシは納豆がますます嫌いになったわ。あれは人間の食いもんや
ない」
「トウジも納豆食べれば克服できるかもね」
「あんなもん食うくらいなら、ネバネバ嫌いでおる方がマシや」
その言葉で、全員が明るく笑った。もう、誰の心にもわだかまりはなかった。
「さーてシンジ、スイカも食べた事だし、特訓を再開するわよ」
「え、もう?」
「当たり前じゃない。シンジだって早く泳げるようになりたいでしょ?」
「それはそうだけど……。もう少し休まない? ほら、僕、まともに泳いだ事
なかったから体がだるくて……」
「そうやって甘えてるから、いつまでたっても泳げるようにならないのよ。ほら、
行くわよ!」
「アスカ、碇くん疲れてるみたいだし、少し休んだら。今日はここに泊まるんだし、
時間もたくさんあるんだし」
「まったく、レイはそうやってすぐシンジを甘やかすんだから……。でも、ま、
レイの言うように時間はたっぷりあるし、泳ぐだけが海の楽しみじゃないのも確か
ね。……そうだシンジ、この辺り結構景色いいし、散歩してみない?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、私も」
「そうね、確かにこの辺りの海岸線は景色がいいし、散歩には最適ね。私たちも行き
ましょうか、リツコ」
「いいわね。アスカの言うように、泳ぐだけが海じゃないものね」
「せっかく来たんや。ワシらも散歩に付き合うか。な、ケンスケ、イインチョ」
「別に構わないよ」
「私もそれでいいわよ」
「じゃあ私たちはこっちに行くから」
そう言って、アスカはシンジを引っ張って行く。
「あ、待って! 私も行く!」
当然レイもついてくる。
「アスカ、せっかくなんだし、みんなで散歩しましょうよ」
「えー!? これだけ大勢でゾロゾロ歩くのー?」
「別にいいじゃないの、賑やかで。それともアスカ、私たちがジャマなの?
シンちゃんと二人っきりになりたいとか思ってるわけ〜?」
「べ、別に……それなら好きにすればいいじゃない」
「ええ、そうするわ」
『ミサトめ〜、さっそく妨害してきたわね〜。何とかしてミサトの気をそらさないと
いけないわね』
『ふふふふふ。アスカ、何かやるんなら私の目の前でやってもらわないとね。目の
届かない所で何かされたら面白くないものね』
その後、シンジ達は周りの景色を楽しんだり、色々な事を話したりしながら歩き、
今は松林の中を歩いている。セミの声がうるさいくらいに響いて、自分の足音も
分からないくらいだった。
なお、この時ペンペンは、楽しそうに海で泳いでいた。子供達がペンペンを見つけて
捕まえようとするが、海の中で人間がペンギンに勝てるはずもなく、ペンペンに
からかわれるだけだった。
「……すごいセミの声ね。少し恐いくらいだわ」
「え? イインチョ、何ぞ言うたか?」
「うん、セミの声がすごいねって言ったの」
「ほんまやなー。こないにすごいんはワシも初めて聞いたわ」
「……あれ? 碇くんは?」
「え? あれ、シンジのやつ、どこに行ったんだ? 今までいたのに……」
「あ、アスカもいない。どこに行ったのかしら? 今までここにいたのに」
「いかんなー。団体行動をとっている時に二人だけいなくなるとは。これは問題
だな」
「案外、シンジのやつ、どっかその辺で惣流に押し倒されとるんとちゃうか?」
「え!?」
「もー鈴原、何バカな事言ってんのよ!?」
「いえ、アスカならやりかねないわね」
「そうね、可能性は否定できないわね」
「わ、私、碇くん探して来ます!」
「よっしゃ、ワシらも行こか。手分けして探すんや」
「そうだな」
「ええ」
「リツコ、私たちも行くわよ」
「もちろんよ」
そう言って、全員でシンジとアスカを探し始めた。
『良かった。みんな碇くんの事、心配してくれてるんだ……』
レイは、みんながシンジを探すのを手伝ってくれるのでそう思ったが、もちろん
それぞれの思惑は全く違っていた。
『くそー、シンジのやつ、一人だけ大人にはさせへん』
『こんなシャッターチャンス逃してなるものか』
『不潔よアスカ!! 不潔よ不潔だわ! 私たちはまだ十四歳なのよ』
『う〜ん……アスカにしてやられたわね〜。このセミしぐれを利用してシンジ君を
拉致するとは……。私たちが気を抜く一瞬を狙っていたのね』
『やっぱりアスカは強行手段に出たわね。シンジ君の身に何か起きる前に見つけない
と面白くないわね。シンジ君、私たちが行くまで無事でいてね……』
その頃、シンジはアスカに手で口を塞がれて、木の陰にいた。
「んー、んー!」
『……もうみんな行ったかしら。……そろそろいいか』
そう思い、アスカは手を離す。
「何だよアスカ!? いきなり口を塞ぐなんて。みんな先に行っちゃった
じゃないか!」
「ちょっとシンジに聞きたい事があってね」
「僕に聞きたい事……って何、アスカ?」
「うん……あのね……」
アスカはシンジに背を向け、少し歩く。シンジは、アスカがなぜこんな事をするのか
まるで分からなかった。
「アスカ?」
「シンジ……。私の事、『好きだ』って、あの時そう言ってくれたわよね」
アスカはシンジに背を向けたまま、そう言った。
「え? あ、あの、その……だから……あれは……」
いきなりの展開に、シンジはすっかりうろたえてしまった。
「言ってくれたわよね?」
アスカはもう一度そう聞く。
「う、うん」
シンジの返事を聞くと、アスカは更に数歩歩き、木の向こう側に回る。
そして再びシンジの前に現れた時、目に涙を浮かべていた。
「ア、アスカ!?」
「私の事『好きだ』って言ってくれたのに、どうして私の事だけを見てくれないの?
どうしてレイにばかり優しくするの?」
「ぼ、僕は別に、綾波にだけ優しくしてるわけじゃ……」
いきなりアスカが泣いているので、シンジはどうしてていいか分からなかった。
『……これまでの経験から、シンジは泣いてる私に弱いはず。この状態で迫れば、
シンジは逃げられないはずよね』
『ど、どうしよう、アスカが泣いてるなんて……。僕は泣いてる女の人に弱いから
な……。どうすればいいんだろう……』
アスカはゆっくりとシンジの方に歩いてくる。
「シンジ……私の気持ち知ってるんでしょ? ……私は……きゃっ!?」
アスカはシンジの顔だけを見ていたので、木の根につまずき、転びかける。
「あ、アスカ、危ない!!」
シンジは慌ててアスカを助けようとした。結果として、シンジとアスカは抱き合う
ような形になってしまった。
お互いの体温が熱く感じられる……。
「ア……ア……アスカ……」
「シ……シンジ……」
二人は思わず見つめ合う。
『ど、どうしよう。これはちょっと予定外の展開だわ。で、でも今さら後には退け
ないし……。作戦4-2……いや5-3の変形パターンで何とかなるかな。ちょっと予定
より早いけど、これはチャンスだわ』
この時、シンジは『ヘビに睨まれたカエル』状態で、完全にアスカの術中に
はまっていた。
二人は少しずつ顔を近づける。
『あああ〜体が勝手に〜〜〜』
『これでシンジは私のものに……』
ポト。
その時、アスカは何かを落とした。シンジは、ふっとそっちを見る。すると、そこ
には、もはやお約束だが、目薬が落ちていた。
「こ、これは……」
「あ、い、いや……だから……これは……その……」
アスカが必死に言い訳をしようとした時、
「碇くーん! どこ行ったのー!」
「シンジー! どこやー!」
「おーい! シンジー! 出てこーい!」
「アスカー! どこー!」
と、シンジ達を探す声が聞こえてきた。
シンジはレイの声を聞き、我に返り、慌ててアスカから離れた。
「み、みんな心配してるみたいだから、ぼ、僕、先に行くね!」
そう言って、シンジは逃げるように歩き出す。
「あ! ちょ、ちょっと待ってよシンジ!!」
だが、シンジはもうかなり先に行ってしまっている。
「……あ〜あ、もう少しだったのにぃ〜」
アスカはしきりに悔しがっていた。すると、すぐ後ろから声がした。
「ほんと惜しかったわね〜、もう少しでシンちゃんの唇を奪えたのに……」
「今一つ、詰めが甘かったわね。シンジ君が逃げられないような状況へ持っていく
までは良かったのに……。これは今後の作戦に影響が出そうね、アスカ」
「な!? な、何でミサトとリツコがここにいるのよ!?」
「そりゃあ、アスカがシンジ君を連れてどこかに行っちゃったんだから、みんなで
探してたのよ。私は保護者としてここに来てるんだから、不純異性行為は見逃せない
でしょ。だから、何か間違いが起きないうちに二人を見つけるために走り回ってた
のよ」
「そしたら、何だか二人とも盛り上がってるみたいだったから、キスくらいは大目に
見ようかなと思って、ミサトと二人で温かく見守ってたのよ」
「……『覗いてた』って素直に言ったらどうなのよ」
アスカは恥ずかしさと怒りで真っ赤になりながら抗議をする。しかし、ミサト達は
それすら面白そうに見つめている。
「いーじゃないの別に、減るもんじゃないし。それに、私たちは何一つ邪魔なんて
してないわよ。ねーリツコ」
「そうね、今のは間違いなくアスカの作戦ミスね。あんな所で目薬なんか落とさな
ければ、今頃キスより先に進んでたかも知れなかったのに……ほんと、惜しかった
わね、アスカ」
「う、うるさいわね。べ、別に私はそんな事……」
「あらそうなの? 少しも考えなかったって言える? それとも、今の段階では、
キスで止めるつもりだったのかしら?」
「…………」
アスカはうつむき、更に赤くなる。
「ふふふ、アスカも随分とかわいくなったわね。それよりいいの? シンジ君、行っ
ちゃったわよ」
「え? あ! こらーシンジ! 女の子置いて先に行くんじゃないー!」
アスカは慌ててシンジを追いかける。
「……何とか今回は防げたわね。何か企むのは自由だけど、私たちの目の前でやって
もらわないとね。でもリツコ、よくアスカの居場所が分かったわね。いったいどう
やったの?」
「簡単よミサト。アスカがいつも付けてる、『インターフェイスヘッドセット』
あれはエヴァとのシンクロ率を上げるため以外にも、色々と機能が付いてるのよ。
こんな事もあろうかと思って、アスカのインターフェイスヘッドセットの場所が
すぐ分かるように、探知機作っておいたのよ。ちなみに、盗聴もできるわよ。
やはり科学者としては、一生のうちに何回『こんな事もあろうかと思って』という
セリフが言えるかが全てだものね」
「さっすがリツコ、それなら見失う事もないわね。じゃあ、私たちも行きますか」
「ええ」
そう言って、二人はアスカの後を追った。
・
・
・
「あ、碇くん」
「や、やぁ、綾波」
「シンジ、お前どこ行っとったんや? 惣流と何ぞあったんとちゃうやろな?」
「そうなの、碇くん?」
レイは不安げにシンジを見る。
「ち、違うよ、何もないよ。ほんとだよ綾波、ほんとだから」
「そう、良かった!」
「な、何や、えらいあっさり信用するんやな。もっと修羅場が見れると思うたのに」
「ほんとだね。弁当の事で惣流と張り合ってたから、もっと嫉妬深いのかと思った
のに、意外だったね」
「だって、碇くんは私に一度も嘘をついた事がないもの。だから私は碇くんの事を
信じるの」
「綾波さんて、ほんとに碇君の事を信用してるのね。それで碇君、アスカはどうした
の?」
レイに『信用している』と言われ、自分の行動を思い出して自己嫌悪に陥っている
シンジにヒカリが聞く。
「え? ああ、アスカなら後から来ると思うよ。僕だけ先に来たから」
そう言ってシンジが振り向くと、アスカが走って来ていた。
「ちょっとシンジ! 何も逃げる事ないじゃないのよ!」
「べ、別に僕は逃げたわけじゃないよ。みんなが探してるみたいだったから……。
って……綾波!?」
「ちょっとレイ! 何シンジと手なんか繋いでんのよ!? 離れな
さいよ!」
「いや。だってこうしてないとアスカが碇くんをどこかに連れてっちゃうもの」
「う……」
実際、レイの言う通りなので、アスカは反論できない。レイはシンジの事を信用は
しているが、やはり自分のそばにいてもらいたいらしい。
「じゃあ碇くん、行こ」
「う、うん」
「あ! こら待ちなさいよ! それじゃあ、私もレイがシンジをどっかに連れて
いかないように見張る事にするわ」
そう言い、アスカもシンジの手を取る。シンジは二人に引きずられるかのように
歩いていった。
「……どう思う、トウジ?」
「どう思う、言うたかて、三人で仲良う手ぇ繋いで歩いとるようには見えんなー。
シンジの奴、笑顔が引きつっとったようやし……」
「そうだね、どちらかと言うとシンジの奴、綾波と惣流に連行されてるっていう
イメージだね」
「全く、その通りやな」
「でも、碇君も大変そうね」
『それにしても、アスカってほんと変わっちゃったなー。前は碇君の事で冷やかされ
たら本気で怒ってたのに、今では自分から手を繋ぐようになっちゃうんだもの……。
鈴原たちに冷やかされると今でも怒るけど、どこか嬉しそうにさえしてる……。
いきなり強力なライバルが現れたからなのかな? 綾波さんも随分と変わったけど、
碇君もかなり変わったみたいね。相変わらずアスカに振り回されてるけど、何だか
ゆとりが出てきたようにも見えるし……。そんな所にアスカや綾波さんはひかれて
るのかな?』
「いや〜、もてる男は辛いわね〜」
「そうね。はたから見てる分には、これほど面白いイベントは無いけどね」
「あ、ミサトさん、リツコさん」
いつの間にか、二人ともトウジ達のもとに来ていた。
「アスカも色々とやってるようね。やっぱり、どうやって意中の男の子を落とそうか
と、あれこれ作戦を考えたり実行したりするのが恋愛の醍醐味ってやつよね。次は
どんな手で来るのかしら」
「でもミサト、シンジ君にはそんな回りくどいやり方より、レイのように素直に
自分の気持ちをぶつけた方が効くんじゃないかしら」
「うーん……。でも、さっきだってアスカがあんなミスを犯さなければ、シンジ君
だってどうなってた事やら……。シンジ君だって年頃の男の子なんだしね。あんな
風に迫られるのも嫌じゃないわよ、きっと」
「そりゃあそうだろうけど……。でも、今の事でレイの監視が厳しくなるのは
確実ね。アスカもやりにくくなるわね、きっと」
「当然、私の監視だって厳しくなるわよ。二度と見失ったりしないわよ」
「……あの、ミサトさん。アスカ、碇君と何かあったんですか?」
ヒカリはかなり興味あるのか、何があったのかを聞きたがっている。もちろん、
トウジやケンスケも聞きたそうにしている。
「うーん……今の段階じゃ特に何もないわね。問題は、むしろこれからね。あなた
達もあの三人を見失わないようにしててね。あ、そうだ相田君、フィルム代はネルフ
で出すから、徹底的に撮影してやってね」
「はい! そういう事なら、この相田ケンスケ、命にかけても、ミサトさんの喜ぶ
ような映像を撮ってみせます! お任せ下さい!!」
「期待してるわよ。じゃあ、私たちも行きましょうか。早く行かないとまた見失っ
ちゃうわ」
そう言って、覗き魔の集団と化した一向は、シンジ達の後を追った。なお、
ヒカリもかなり興味があるらしく、特に反対はしなかった。
その後、シンジ達は身体を焼いたり、ビーチバレーをしたり、かき氷、焼きそば等
を食べたりしながら、それぞれ、思い思いの方法で海を楽しんでいた。もっとも、
シンジにとっては、水の中にいる時は楽しむゆとりなど無かったのだが……。
なお、この間、アスカは様々な計画を発動させようとしたのだが、ミサトやトウジ達
の妨害、特にレイが警戒してシンジから離れようとしなかったため、今までの計画は
全て失敗に終わっていた。
『……うー、こうなったらもう、『シンジ攻略計画−お泊まり編−』に全てを
懸けるしかないわね!』
波乱はまだ、終わりそうにない。