新世紀エヴァンゲリオン-if-

 夜の海編


 「シンジ、立てる? 今から泳げるように特訓するわよ」

 「え? 特訓!?」

 「そ、男子だってプールの授業あるんでしょ。十四にもなって泳げない事ばれたら
 恥ずかしいじゃないの。だから特訓よ」

 ・ ・ ・

 アスカとレイによるシンジの特訓は続いていた。

 やがて、太陽がかなり傾き、周りが赤く染まり始めた頃、シンジは何とか沈まずに
 前に進めるくらいにはなっていた。

 「シンジ、ここまで来れば今日はもう上がっていいわよ」

 アスカは、シンジの元から岸の方に泳ぎ、シンジを手招きしている。

 「碇くん、頑張ってね!」

 「う、うん」

 レイは、シンジがいつ溺れてもいいように、常にそばで泳いでいた。シンジは、
 レイに励まされた事もあるが、一日中泳いでクタクタで、早く海から上がりたかった
 ため、必死になって泳ぎ、アスカの横を通り抜け、浜に上がった。その直後、仰向け
 にひっくり返り、肩で息をしていた。

 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 そんなシンジの左右に、レイとアスカが腰を下ろす。

 「碇くん、だいぶ泳げるようになったね。もう溺れる心配は無いと思うわ」

 「そりゃあ、この私がコーチしてるんだから、泳げるようになるのは当然よね」

 「はぁ……はぁ……ありがとう二人とも。なんとか泳げるようになったみたい
 だよ」

 「特訓は必要だけどね。ま、今の調子なら、それほど厳しくしなくてもいいとは思う
 けどね」

 「ははは。お手柔らかに頼むよ」

 そう言ってシンジは身体を起こした。太平洋に沈もうとしている夕日が、三人を赤く
 染めていた。

 「きれいな夕日ね。空もこんなに赤く染まってる」

 「ほんとだね。海に沈む太陽がこんなにきれいだなんて知らなかったよ」

 「そっか、シンジは海に来るの十年ぶりくらいだって言ってたし、レイは今日が
 初めてだったわね。海も結構楽しいでしょ。これで泳げるようになれば、もっと
 楽しくなるわよ」

 「そうかも知れないね。泳ぐ事以外は今でも十分楽しいんだから、思うように泳げ
 たら気持ちいいだろうな」

 「シンジはやる気になれば色々できるんだから、もっと自信を持てばいいのよ。
 今日だって、溺れてたシンジが今では何とか泳げるようになってるでしょ。
 逃げなきゃ大抵の事は何とかなるもんよ」

 「そ、そうかな」

 「私もそう思う。だって、今までどんなに苦しい戦いでも、碇くんは使徒に打ち
 勝ってきたし、私たちを助けてくれたもの。だから、碇くんはアスカの言うように、
 もっと自分に自信を持てばいいと思うよ。碇くんは、それだけの事をしてきたん
 だから」

 シンジは、レイとアスカにそう言われ、少し自分に自信を持つことができたような
 気がしてきた。しかし、何だか照れくさくてどう言っていいのか分からず、ただ
 夕日を見つめていた。

 「……そう言えばさ、前にもこうやって、三人で星を見た事があったよね」

 「そう言えば、そんな事もあったわね。確か、第三新東京市が停電になった時よね」

 「ええ、そうね。もう随分と昔の事のように思えるわ」

 「あの時、初めて僕たち三人で戦ったんだよね」

 「言われてみれば、確かにそうね。エヴァ三機揃って戦ったのは、あれが最初だった
 わね」

 「零号機が改装された直後だったわね。アスカが使徒の溶解液を防いでいる間に、
 私がパレットガンを碇くんに渡したのよね」

 「まさに、チームワークの勝利といった所ね。考えてみれば、私たちが
 危ない目に遭ったり負けたりしたのは、いつも単独で戦ったり、独断先行したりで、
 全員がバラバラだった時だったわね」

 「ええ、三人で一緒に戦ってた時は、そんなに危ない目には遭わなかったような
 気がする。碇くんがそばにいてくれるだけで安心できたもの」

 「確かに、なんだかんだ言っても、シンジが一番多くの使徒を倒してるもんね。
 やっぱり、心のどこかで頼ってたのかも知れないわね。あの頃の私は、それを認める
 のが一番嫌だったけど……」

 「でも、僕だって二人がそばにいてくれたから、安心して戦えたんだよ。僕一人の
 力じゃないさ。三人で力を合わせて戦ったから勝ってこれたんだよ。……もう
 使徒なんて二度と来て欲しくないけど、僕たち三人で力を合わせれば、どんなに
 使徒が強くても、きっと勝てるよ」

 「そうね、三人でやれば、きっとうまくいくわ」

 「私たち三人はいつも一緒だったものね」

 「うん、そして、これからも……」

 シンジは自分のセリフが恥ずかしかったのか、じっと夕日を見つめる。その顔が赤く
 染まっているのは、夕日のせいだけではないようだった。

 そんなシンジの横顔を見ていた二人は、胸が高鳴るのを感じた。二人の顔が赤いのも
 また、夕日のせいだけではなかった。

 そして、レイとアスカは、そっとシンジに寄り添うように動き出した……


 その時!


 うおっほん!!

 急に後ろから咳払いがしたので、二人は慌ててシンジから離れた。

 シンジは慌てて振り向くと、そこには、ミサト、リツコ、トウジ、ケンスケ、ヒカリ
 ペンペン……全員が揃っていた。

 ミ、ミサトさん!? いつからそこにいたんですか!?」

 「あなた達が海から上がった直後くらいからいたわよ。もう日も沈むし、そろそろ
 上がろうかと思って呼びに来たんだけど、何だか三人の世界ができてて、青春
 してるみたいだったから、声掛けるのも悪いかなと思って、しばらく見てたのよ」

 「ミサト、どうせ声掛けるなら、もう十秒待ってあげれば良かったのに」

 「そうですよミサトさん、もう少しで面白いシーンが撮れたのに……」

 「ま〜いいじゃない。それにしても、あなた達、成長したわね。最初はあんなに
 いがみ合ってたのに……私は嬉しいわ

 「確かに、エヴァがいくら強くても、使徒と一対一で戦うのはかなり危険が伴なう
 わ。でも、私たち人間にはチームワークという最大の力があるのよ。あなた達
 三人が力を合わせれば、どんなに使徒が強くてもきっと勝てるわ。今の気持ちを
 忘れないでね」

 はい!」×3

 「そうだ。あなた達、今の気持ちを忘れないように私がいい話をしてあげるわ」

 「いい話?」

 「そう! 例えるなら、エヴァ一体一体は火よ、火!
 でも、火は集まれば炎となるの、炎!
 炎となったエヴァンゲリオンは無敵よ!!!

 「…………リツコ、その話、どこかで聞いた事があるんだけど……」

 「いーじゃないの。いい話はいつ聞いてもいいもんよ。それに歌にもあるじゃない。

 一人より二人がいいさ。二人より三人がいい〜

 って。これらはみんな、協力の大切さを言っているのよ!」

 リツコは一人、燃え上がっていた。

 「ところでシンジ、お前いつからあんなクサイセリフ言えるようになったんや?
 聞いとる方が恥ずかしかったわ」

 「だったら聞かなきゃいいでしょ」

 「あ、やっぱりクサかった? 自分でもそうじゃないかな、とは思ってたんだ
 けど……」
 
 「シンジ、せっかく夕日の沈む海、というシチュエーションなんだからさ、海に石
 でも投げながらセリフ言えばビシッと決まるかも知れないぞ。まさに青春映画
 そのものだな」

 「べ、別に青春映画やってるわけじゃないんだけど……」

 「本人にそのつもりがのーても、周りのもんにはそう見えるんや」

 「別に、無理に見てくれなくてもいいんだけど」

 「そりゃあ無理ってもんよレイ。今のあなた達の状況は、どっから見ても三角関係
 そのままなんだから。本人たちは大変かも知れないけど、はたから見ても、これほど
 面白い事はないのよ。だから、冷やかされるのは当然なのよ」

 「何無茶苦茶言ってんのよ! で、何の用なの?」

 「あぁ、そうそう。あなた達、今日はもう上がるんでしょ? お風呂にでも入って、
 ゆっくり疲れを取るといいわ」

 風呂!?』

 その言葉を聞き、ケンスケとペンペンの目が輝きだした。片や純粋に風呂好き
 として。片や邪悪な計画を秘めつつ。

 「お風呂ですか?」

 「そう。ここの売りの一つに大浴場があるのよ。この辺りじゃ結構有名で、お風呂
 に入るために泊まりに来る人もいるくらいなのよ。もっちろん、温泉よ。
 特にシンジ君は慣れない筋肉使って疲れてるだろうから、ゆっくりと入るといいわ」

 「はい、そうします」

 「私も一日中シンジの特訓してたから、結構クタクタだわ」

 「私もゆっくりとお風呂に入りたい」

 そして、全員で風呂に向かって歩き出した。ロッカーに預けてある自分の荷物を
 取り出し、それぞれ男湯と女湯に向かう。


 なお、この後、女湯の細かな描写が200行ほど続く予定だったのですが、作者が
 女湯に入った事が無い上、女性たちの検閲があったため、ここから先は各自の想像
 で補って下さい。

 ちなみに、男湯の描写なら幾らでも細かくできるんですが、書いててもつまらない
 し、読んでもつまらないのでカットします。

 ……しかし、このままでは手抜きと勘違いされる恐れがあるので、男湯の中の事を
 少し書きましょう。


 「いやー、しかし、ミサトさんが自慢しとーなる気持ちも分かるわ。ワシはこなに
 立派なフロに入ったのは初めてや」

 「僕もだよ。僕は今まで旅行した記憶があまりないから、ネルフ本部以外でこんなに
 広い風呂に入ったのは初めてだよ」

 「まったくだね。さすがネルフ、いい仕事してるねー

 シンジ達は頭にタオルを乗せ、のんびりと疲れを取っている。そして、その周りを
 ペンペンがうれしそうに泳いでいる。

 「ところで、何でケンスケがここでおるんや?」

 「そうだね。僕はてっきり覗きに行くもんだと思ってたのに」

 『もしそうなら、みんなにそれとなく知らせたけど……』

 「そりゃ、僕だって当然そのつもりだったさ。こんなチャンスそうあるもんじゃ
 ないからね」

 …………どの辺りが当然なんだか……。

 「でも、僕はまだこの建物の構造を把握しきれてないんだ。いくら海の家とはいえ、
 ネルフの関連施設だろ? どんな警備システムがあるか分からないじゃないか。
 だから、万が一の事を考えて、涙を飲んで今回は見送ったのさ」

 ケンスケはかなり悔しそうにしていたが、実はこの判断は正しかった。ここの女湯は
 ミサトとリツコの趣味により、非常識なほどの警備システムが揃っており、特に
 リツコが趣味で実験的に作った迎撃システムの数々のため、世界一覗くのが困難な
 女湯となっていた。下手すれば、日本国の最も警備の厳しい場所より侵入は難し
 かった。

 どんな一流のスパイでも、生きてこの女湯を覗けはしない、と、リツコは絶対の自信
 を持っており、もしケンスケが覗こうとしていれば、ケンスケの出番はもう二度と
 無かったであろう。

 「だからシンジ、綾波や惣流との面白いシーン期待してるぞ。風呂が覗けなかった
 分、そっちで楽しませてもらわないとね」

 「な、なんだよそれ」

 「だいたい、ほんまに惣流とは話しただけやったんか? なんか怪しいな」

 「そうそう。あの惣流がシンジと手を繋いで歩いてんだからな。ちょっと前からは
 信じられない光景だよ。おまけに、綾波まであんなに変わるなんて……。
 シンジ、ほんとに何があったんだ? 男同士、裸の付き合いに隠し事は良くないぞ」

 「別に何も隠してないよ。じゃ、じゃ僕もう出るから」

 そう言って、シンジは慌てて二人の前から逃げ出した。

 「逃げおった。やっぱり何ぞ隠しとるな」

 「そうだね。ま、これからゆっくりと聞けばいいさ。月曜からは学校だし、時間は
 たっぷりとあるからね。じゃ、僕たちも出ようか。風呂から出たらロビーに集まる
 よう、ミサトさんに言われたろ」

 「せやな、ワシらも出るとするか」

 二人はシンジを追って風呂を出る。すると、脱衣所には、備え付けの青い浴衣を着た
 シンジがいた。背中にでかでかとネルフマークが描かれている以外は、上品な感じ
 の浴衣である。

 「ん? シンジ、どしたんや、ワシらを待っててくれたんか?」

 「まぁ、それもあるけど……。あ、出てきた」

 「ん?」

 不思議そうにしているトウジとケンスケの足元を、ペンペンが歩いている。

 シンジはタオルを掛け、ペンペンの体を拭き始めた。ペンペンは気持ち良さそうに
 目を閉じ、クゥ〜〜〜と鳴いていた。

 「他のお客さんもいるから、床とか濡らせないからね。ちゃんと拭いてやらないと
 ね」

 「相変わらずマメやなー」

 「ほんと、すっかり主夫してるね」

 そんなシンジを見ながら二人とも浴衣に着替え、ロビーにやって来る。

 「まだ、ミサトさん達、出てきてないみたいだね」

 「女は風呂が長いんだよ、きっと」

 「お! シンジ、土産もん売場がある。ちょっと見ていかんか? ワシは妹に土産
 買うてやるって約束しとるんや」

 「うん、いいよ。あそこならミサトさん達が来てもすぐ分かるだろうから」

 そう言って、土産物売場を見て回る。そこには、ネルフマーク入りの饅頭、ネルフ
 マーク入りのタオル、ネルフマーク入りのテレホンカードなど、お土産売場には必ず
 ある品物全てにネルフマークが入っていた。また、ネルフ本部が描かれたペナント
 や、エヴァンゲリオンの人形、使徒の人形なども売られていた。

 ネルフって一体……』

 シンジは軽い頭痛に襲われていた。

 その時、ケンスケが

 おおおおおぉーーーっ!!

 と叫び、ビデオカメラで録画を始めた。

 何だろう? と思い、ケンスケの向いている方向を見ると、

 レイ、アスカ、ヒカリが、シンジ達と同じように、薄いピンク色の浴衣
 着て、歩いて来ていた。もちろん、背中にはネルフマークがしっかりと入っている。

 「あ、碇くん!」

 「あ、シンジ! 見て見て!!

 シンジに気付いた二人は、シンジの所に駆け寄る。

 「ねぇ碇くん。私、浴衣って初めて着たんだけど、どうかな?
 変じゃないかな?」

 レイは、シンジが褒めてくれる事を期待して、目を輝かせていた。

 「どうシンジ? 私も浴衣着るのは初めてだけど、結構似合ってる
 でしょ?」

 そう言って、アスカはクルッと一回転して見せる。シャンプーのいいにおいが、
 シンジの鼻をくすぐった。この段階で、男の思考能力は大きく下がる。まさに、
 シャンプーの香りは女の武器である。

 初めて見る浴衣姿、風呂上がりのためほんのりと明るくなった肌、少し濡れた髪、
 そして、妙に刺激的な首筋あたり……、二人の風呂上がり姿を見慣れている
 (何ぃ〜! 見慣れているだと〜!?) シンジでさえドキドキしてしまい、目が
 離せずにいた。

 「? 碇くん、どうしたの? 似合ってないかな……」

 レイはシンジが何も言わないので、似合っていないのかと不安になっていた。
 もちろん、アスカも同様である。

 「え? い、いや、そんな事ないよ。二人ともほんとに良く似合ってる
 よ。浴衣姿なんて初めて見たけど、良く似合うよ」

 「ほんと!? 良かった!」

 「ありがと、シンジ」

 「ふふ。良かったわね二人とも、碇君に褒めてもらえて」

 「うん!」

 「まぁ私の場合、欠点探す方が難しいんだから当然なんだけどね」

 『アスカって、照れ隠しで強がるのは変わってないのね』

 「あ、委員長も良く似合ってるよ」

 「ふーん。私は『も』か。何か今まで気が付いてなかったみたいね」

 「え……あ、そういう意味で言ったんじゃなくて、あの、その……」

 「ふふふ、冗談よ碇君、ありがとう」

 「ほんとに似合ってるよ、ね、トウジ」

 「お、おう、よう似おとる。やっぱり浴衣や和服が似おうてこそ日本人やさかいな」

 「ほんとに!? 良かったー! 鈴原も良く似合ってるわよ」

 「そ、そうかー? 何か照れるな」

 ヒカリはとても嬉しそうにしている。シンジに褒められた時とはやはり比べ物に
 ならないくらいに。

 「シンジも良く似合ってるわよ」

 「うん。やっぱり碇くんは青い色が良く似合うと思う」

 「あ、ありがとう、二人とも」

 『…………ふっ……ここでも僕は一人浮いてる存在か……。いいんだ、僕は写真や
 ビデオに生きると決めたんだ。浴衣姿なんて滅多に見れないからこれは高く売れる
 に違いない! この悔しさをバネにいい写真を撮ってやるー!!』

 ……将来、一流のカメラマンになるかも知れない発想だな、ケンスケ。

 「あれ? ミサトまだ来てないの? 私たちより先にリツコと出たのに。まったく、
 ロビーに集まれって自分で言っといて何やってんのかしら?」

 「あ、そうだ碇くん。ミサトさんと言えば、さっき私に、『こういう服を着る時は
 下着を付けないもんだ』って教えてくれたけど、そうなの?」

 「え!?」

 「レイ、あんたさっきミサトから何か耳打ちされてたと思ったら、そんな事言われ
 てたの?」

 「うん。違うの?」

 「あのね、綾波さん。それはもう随分と昔の話よ。今でもそんな事してる人は殆ど
 いないと思うわ」

 「そうなんだ。じゃあ二人とも付けてるんだ」

 「え? 綾波さん……ひょっとして…………付けてないの?」

 「うん」

 「ちょっとレイ、こっちに来なさい」

 「え?」

 「綾波さん、いいから早くこっち来て」

 「え? え?」

 「こら相田! 撮影してんじゃない!!

 レイが下着を付けてないと分かっても、いや、分かったからこそケンスケは撮影を
 止めなかった。そのケンスケを、アスカが攻撃するより早く、シンジがケンスケの
 カメラの前に立ち、撮影の妨害をする。そんなシンジを見て、アスカとヒカリは
 良く分かっていない表情のレイを引きずるように女湯まで連れて行った。

 その様子を、三人はア然と見ていた。

 「……シンジ、お前んち、いつもこんなんか?」

 「いや……いつもはもう少しマシなんだけど……」

 「マシって……お前、家でどんな暮らししてるんだ?」

 そんな事を話しているうちに、三人が再び戻ってきた。

 「まったく……ミサトって何考えてるのかしら? レイにあんな事教えるなんて」

 「アスカ、ミサトさんって案外無茶な事するのね。綾波さんの事からかってるの
 かしら?」

 「分かったでしょヒカリ、ミサトがどういう性格してるかが」

 「ええ、何となく」

 「いい事レイ、ミサトから何か聞いたら、必ず私に確認取りなさい。ミサトの言う
 事は100%信じちゃダメよ、いいわね。ミサトは自分が楽しけりゃ後はどうでもいい
 と思って生きてるんだから」

 「いーじゃないの。深刻に生きるより楽しく生きた方が得よ」

 「あ、ミサトさん」

 「ミサト! 何でレイにあんな事教えるのよ!!」

 「まぁまぁ、別に何も問題無かったでしょ?」

 「問題があってからじゃぁ遅いのよ!!」

 「そんなに怒らなくてもいいじゃないの。あ、そうだレイ、あなたにプレゼント
 があるのよ」

 「え、私にプレゼントですか?」

 「そ、初めて海に来た記念になればと思ってね。昼間、アスカの水着を羨ましそう
 に見てたでしょ? だから>水着をプレゼントしようと思ってね。これよ」

 そう言って、ミサトはふところから一着を水着を取り出し、レイに手渡した。

 「あの……これ、水着なんですか?」

 「ミサト、これは水着とは言わないわよ。ヒモっていうのよヒモって。身体隠す
 所が殆ど無いじゃないのよ」

 ミサトが取り出した水着は、アスカの言うように殆どヒモだった。この水着を
 デザインした本人も、本当にこの水着を付ける人がいるとは思わないであろう。
 それほどすさまじいものだった。

 「いーじゃないのこれくらい。わーかいんだから!

 「いくら若いからって、物には限度があるのよ!!

 「でもレイ、この水着だったら、シンちゃんにた〜っぷりと日焼け止め
 クリーム塗ってもらえるわよ」

 「え? あ、そうですね。ありがとうございます、ミサトさん」

 「ちょ! ちょっとレイ、待ちなさい! さっきも言ったでしょ、ミサトの
 やる事は100%疑えって。今日そんな水着着てた人いた? いなかったでしょ」

 「そう言えば……いなかった」

 「でしょ。つまり、その水着は普通の神経してる人間が身に付けるようなもんじゃ
 ないのよ。下手したらデジタルもんよ。それに見なさいよ、シンジなんてその
 水着を見ただけで鼻血出してんのよ。レイがこの水着を着たらシンジ倒れちゃう
 わよ」

 「え、い、いや、違うんだ。この鼻血はその……風呂にのぼせただけであって、別
 にそういうつもりじゃ……」

 「説得力がまるで無いぞ、シンジ」

 「ほんま、正直なやっちゃな、シンジは」

 「だ、だから違うって……」

 「碇君、はい、ティッシュ」

 「あ、ありがとう委員長」

 「碇くん、大丈夫?」

 「う、うん。僕は平気だから」

 「そう、良かった。あの、ミサトさん。せっかくのプレゼントですけど、碇くんが
 具合が悪くなるみたいなので、これは遠慮しておきます」

 「あらそう、残念ね……。似合うと思ったんだけど……

 「似合うとか似合わないとは以前の問題よ! だいたい、ロビーに
 集合させておいて、今まで何してたのよ?」

 「ちょっち準備をね」

 「準備? 何のですか?」

 「もちろん、花火大会の準備よ」

 「花火大会?」

 「そう、夏の海といえば、昼間はスイカ割り、そして夜は花火。これはもう、
 紀元前から決まってる事なのよ」

 「相変わらずお祭り女ね、ミサトは」

 「いーじゃないの、せっかくの海なんだから。めいっぱい楽しまなくちゃね。
 ……ところでリツコ、あんた花火におかしな細工してないでしょうね?」

 「あ、あら、何の事かしら?」

 「とぼけるんじゃないわよ。リツコが何かするとシャレじゃ済まないんだから。
 ちょっとその袋の中見せなさい!

 そう言って、ミサトはリツコが持っている、花火を入れた袋を奪い、中をチェック
 し始めた。すると、ラベルも何も張られていない、怪しさ大爆発の花火が
 いくつか出てきた。

 「リツコ、これは何かしら? 説明してもらいましょうか」

 「お店の人がサービスで入れてくれたんじゃないかしら?」

 「こんな何も書かれていない怪しげな花火をサービスで付ける店なんてあるわけ
 ないでしょ。とにかく、これは破棄します!

 「大丈夫よミサト、絶対綺麗だから」

 「実験もしてないようなもんは危なくて使えないの! とにかく破棄します」

 ミサトはきっぱりとそう言った。

 「ちぇー」

 「ちぇー、じゃない!」

 そう言って、ミサトは恐らくリツコが作ったであろう花火をまとめてごみ箱に捨てて
 しまった。トウジ達は、なぜミサトがこれほどリツコの作った花火を恐れているのか
 分からなかったが、リツコの性格と能力を知っているシンジ達は、ミサトの判断が
 正しいと心から思っていた。

 「それじゃあ、外もいい感じに暗くなってきたし、浜に出るわよ」

 「はーい!」

 「ん? どうしたの綾波、随分と嬉しそうだね」

 「だって、私、花火するのって初めてだもの。それに、碇くんと
 一緒に花火ができると思うと嬉しくって!」 ぱ〜っ!

 そう言って、レイはにっこりと微笑んだ。そのレイのバックには、色とりどり
 の花が咲いているように見えた

 『え、!?』 (シンジ)

 「ちょ、ちょっとリツコ、今レイの後ろに……」

 「ひ、非科学的だわ、こんな事。でも、確かに花が見えたような……」

 『うーん、さすがはレイ。少女マンガを人生の教科書にしてる
 だけの事はあるわね。いつの間にあんな技を覚えたのかしら……。
 やはり侮れないわね』 (アスカ)

 レイの特技を見た後、一行は砂浜に来た。

 時代の進歩と共に花火の性能も格段に上がり、個人で買えるものとは思えないほど
 の立派な打ち上げ花火も売られていた。

 しかし、いくら花火の性能が上がっても、遊んでいる人間の方はそうは変わらない。

 初めて花火を手にして、瞳を輝かせているレイ。
 ねずみ花火でレイをからかうアスカ。
 びっくりしてシンジに抱きつくレイ。
 照れるシンジ。
 怒るアスカ。
 冷やかすミサト達。
 撮影するケンスケ。

 といった風に、お約束が展開されていた。

 『ふふふ、盛り上がってるわね。ここらで私が開発した花火でみんなを
 びっくりさせてあげようかしらね。あんまり綺麗なんで驚くわよ』

 そう思い、リツコはふところから怪しげな花火を取り出し、こっそりと
 火を付け、アスカの後ろ辺りに転がした。

 『あら、思ったより遠くに行っちゃったわね。ま、いいか』

 「あれ? もう花火おしまいなの? たくさん買ったと思ったんだけど……」

 「あ、ミサトさん、私の後ろにまだあります」

 そう言って、レイが振り返った瞬間、目の前で

 すさまじい光を伴った爆発

 が起きた。

 全員、何が起こったのか分からず、一瞬パニックに陥りかけた。

 アスカは、演技ではなく、本気でシンジに抱きついていた。これは、シンジを頼って
 いる証拠とも言える。また、シンジも、とっさに抱きついたアスカをかばうような
 姿勢をとった。

 トウジ達三人は、何が起こったのか分からず、茫然としていた。この爆発の元凶で
 あるリツコも、ただ茫然としていた。ミサトは、訓練を受けた事があるのか、誰より
 も早く自分を取り戻していた。

 『何、テロ!? ……にしては規模が小さいし……まさか!?

 「ちょっとリツコ、まさかあんたの仕業じゃないでしょうね?

 「え? な、なに、ミサト?」

 「この爆発、あんたの仕業でしょ」

 「おかしいわね……。こんなに火薬入れた覚えはないのに……」

 「何言ってんのよ。見なさい、砂浜にクレーターができてるじゃないの。
 リツコの作るもんは下手したらケガ人程度じゃ済まないかも知れないんだから、
 実験もしてないようなもんは使わない事! いいわね!!

 「わ、分かったわよ……」

 「まったくもー、人騒がせなんだから」

 そんなミサトの前に、慌ててネルフの保安部の人間が数名駆け寄って来た。いくら
 休暇中とはいえ、シンジ達は常に警備が付いているのである。

 「何事です?」

 「無事ですか?」

 男達は服の中に手を入れ、いつでも銃を抜ける体勢をとり、周りの気配を探って
 いる。しっかりと訓練された動きで、見えない敵の攻撃に備えているようだった。

 「あーごめんなさい、あなた達。どうやらリツコが暴走したようなの。何でもない
 から警備に戻ってちょうだい」

 「赤木博士が……分かりました。それでは気を付けて」

 そう言って、男達は闇に溶け込むように姿を隠した。

 『リツコの暴走』その一言で全てを理解するという事は、リツコは普段からこんな
 事を繰り返しているのかも知れない……。困ったもんだ。

 保安部の人間が消えた頃、ようやくシンジ達も何が起きたのか理解できるように
 なっていた。トウジ達は、なぜミサトがあれほどリツコの花火を警戒していたのか
 をようやく理解する事ができた。

 「あなた達、大丈夫? どこもケガしてない?」

 「え、ええ、平気みたいです」

 「ワシもケガはないようですけど」

 「良かった。誰もケガしてなくて……。ん? ところで、シンちゃ〜ん、
 いつまでそうやってアスカと抱き合ってるつもりなのかな〜?」

 「え? あ、い、いや……これは、その……」

 ちょ、ちょっとシンジ、いつまでくっついてんのよ!?
 早く離れなさいよ!

 アスカは、自分から抱きついたのだが、赤くなりながらシンジに抗議した。

 「わ、分かってるよ。……あ、あれ?

 「ん、どうしたの?」

 「か、身体が動かないんです……」

 「シンジ、露骨だぞ! そうまでして惣流に抱きついていたいのか?
 どうせ嘘つくならもっとマシな嘘を考えるんだな」

 「シンジ、お前かなり性格変わったんとちゃうか?」

 不潔よ! 不潔だわ!! 碇君ってそんな人だったの!?」

 「ち、違うよ委員長。ほんとなんだ、ほんとに身体が動かないんだよ」

 「ちょっとミサト、どうなってんのよ! 私も身体が動かないのよ!」

 「え? アスカも!?」

 「あなた達、ほんとなの? ほんとに身体が動かないの? ちょっとリツコ、どう
 いう事よ?」

 「ん〜そうね〜、人間は強い光や音、衝撃波などを急に受けると一時的に筋肉が硬直
 する事があるのよ。その症状に似てるわね」

 「確か、閃光弾が目の前で爆発しても、同じような効果がありますよね」

 ケンスケが、ミニタリーマニアらしい事を言う。

 「閃光弾? やっぱり花火じゃなくて兵器なんじゃないの」

 「そ、そんな事よりミサト、シンジ君とアスカが抱き合ってるのに、レイが何もしない
 なんておかしいと思わない?」

 「言われてみればそうね。ちょっとレイ、どうしたの? レイ?

 しかし、レイから返事はない。不審に思ったミサトとリツコは、レイの正面に回る。
 すると、レイは渦巻き状の目をして、しっかり気絶していた。

 「あら、気絶してるわ」

 「そういえば、綾波さんが振り向いた瞬間に爆発が起きたから、真正面から光を見た
 のかも……」

 「ミサトさん、綾波、大丈夫なんですか?」

 「ええ、気絶してるだけみたいだから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」

 「とにかく、私たちを何とかしてよ!

 「そうね、レイが目を覚ますと何かもめそうだから、シンジ君とアスカを先に離す
 事にしましょう」

 「え〜、もめた方が面白いのに……」

 「ミサトさ〜〜〜ん!」

 「はいはい、分かったわよ」

 そう言って、ミサトも渋々シンジとアスカを引き離した。

 「どう? まだ動かない?」

 「少しずつ動くようになってます」

 「私も何とか動くようになったわ」

 「さて、それじゃあレイを起こすとしますか。レイ、しっかりしなさい、レイ!

 「綾波! 綾波!!

 「ん……んーん……あ、碇くん……。ミサトさん、私どうしたの? 目の前が
 真っ白になって……。私、また自爆したんですか?

 「違うのよレイ、リツコの花火の爆発よ」

 「そうだったんですか」

 レイもリツコの花火であっさりと納得したようである。まったくリツコは普段どんな
 実験を繰り返してるんだか……。

 「まったくリツコも人騒がせよね。怪しい実験に私たちを巻き込まないでもらいたい
 わね」

 「そんなに怒る事ないじゃないの。それに、アスカには感謝してもらいたい
 くらいだわ」

 「何で私がリツコに感謝しなくちゃいけないのよ!?」

 「あら、だってシンジ君とあんなに長く抱き合っていたじゃないの。私のおかげで
 しょ」

 「な!? な……な……

 アスカとシンジはたちまち真っ赤に染まる。

 「アスカ、碇くんに抱き付いたの?」

 「な、何よ! レイだってさっきシンジに抱き付いてたじゃないのよ」

 「あれはアスカが私を驚かすから……」

 「私もリツコに驚かされたのよ、仕方のない事よ」

 「じゃあ、私も仕方のない事だったの」

 「…………引き分けのようね」

 「そうね」

 何がどう引き分けなのかは分からないが、その後は何の問題も無く、花火大会は終了
 した。もちろん、ミサトがリツコのボディチェックをして、爆発物を隠し持ってない
 かを厳重に調べた事は言うまでもない。

 なお、最初にミサトがリツコの花火をごみ箱に捨てたが、そのごみ箱のゴミを焼いて
 いた焼却炉が謎の大爆発を起こすのだが、それは本編には何の関係もなかった。

 「ねーミサト、そろそろお腹すいてきたんだけど、ご飯まだなの?」

 「んーそうね、あと三十分くらいね」

 「えー!? まだそんなに掛かるの?」

 「我慢しなさい。あなた達がびっくりするような豪華な料理を用意してるから、
 少し時間が掛かるのよ」

 「じゃあ三十分、何しろって言うのよ?」

 「だーいじょうぶよ、ここのホテルは宿泊者のための娯楽設備が整ってるから、
 三十分なんてあっと言う間よ。そうだ! あれなんていいかな」

 「あれ?」

 「んふふふふふ。あなた達に、コスプレ大会してもらおうかしら」

 「コスプレ大会!?」×2

 「そ、ここには世界中の民族衣装や昔の服装、パーティードレスなんかを着て、記念
 写真が撮れるサービスがあるの。それやってみましょ」

 「ああ、温泉街の大きなホテルなんかで良くあるやつですね」

 「まぁ、そうね。あれの規模を大きくしたものだと思ってくれて間違いないわね」

 「ふ〜ん。ま、結構面白そうね。いいわ、それ行きましょ」

 こうして、ミサトに案内され、色んな服装が載ったカタログを渡された。それは、
 カタログというより、一冊の本といっていいほど分厚く、服装の種類も数百種類に
 及んでいた。

 「すごいですね、こんなにあるんですか」

 「確かにすごいわね。これは選びがいがあるわね」

 おおおおおぉーーーっ!!」

 「ど、どうしたの、ケンスケ?」

 「見ろよシンジ! 世界中の軍服が揃ってる。こんなものまであるなんて、
 さすがネルフだなー」

 「……相変わらず危ないヤツね。目の輝きがいつもに増して合ってないわ」

 おおおおおーーー!!」

 「今度は何よ?」

 「プ、プラグスーツがある! ミサトさん、僕これにしたいです!」

 「ええ、いいわよ。相田君はプラグスーツね」

 ミサトはそう言って、備え付けの申込用紙にプラグスーツの番号を書き込み、ケン
 スケに渡した。この用紙を受付に持って行くと、係の人が着付けてくれるシステム
 になっている。

 「ちょっとミサト、プラグスーツって直接肌に付けるもんでしょ。衛生面大丈夫
 なの?」

 「もちろんよ。実際にエヴァに乗るわけじゃないから、簡易タイプなの。だから
 下着は付けててもいいのよ」

 「ふーん。ま、私には関係ないからいいけどね。こんな所まで来てプラグスーツを
 着ようなんて思わないから」

 「ケンスケはプラグスーツか。ワシはどれにしよかいな」

 「トウジは日本的な格好が似合うと思うよ」

 「そうだね。トウジにドイツの軍服や西洋の騎士の格好は似合わないよな。この
 水戸黄門の格好なんてどうだ?」

 「あのな、もうちょっとカッコええもん選んでくれんか?」

 「じゃあ、この宮本武蔵の格好なんてどうかな? 結構いいと思うけど」

 「ま、水戸黄門に比べたら遥かにマシやな。よっしゃ、ミサトさん、ワシはこれに
 します」

 「宮本武蔵ね。はい、これ」

 ケンスケの時と同じように、ミサトは数字を書いた用紙をトウジに渡した。

 「ねーねーヒカリ、鈴原がああいう格好するんだからさ、時代を合わせて
 ペアルックにしてみたら?」

 「え? で、でも……」

 「いーじゃない。こういう事でさりげなく自分の存在をアピールするのも一つの手
 よ。この着物なんかいいんじゃないの?」

 「そ、そうかな……。でもアスカ、この服は『十二単』と言って、ちょっと
 時代が古すぎるんだけど……」

 「ふーん……と言う事は、時代を合わせる事に異存はないわけねー」

 「う、うん」

 「じゃあ、このお姫様の格好なんてどうかな? 髪飾りが奇麗だし、時代も合ってる
 でしょ。これで決まりね。ミサトー! ヒカリはこれだからちゃんと付けといてよ。
 さーて、私は何にしようかなー」

 アスカはヒカリの服を強引に決めてしまったが、ヒカリ自身は、アスカにこうでも
 してもらわないと、トウジとペアルックなどできない性格なので、口には出さない
 が、アスカに感謝していた。もちろん、アスカもヒカリの気持ちを分かっての事
 である。

 「ねえ、レイはどれにしたの?」

 「こんなに多いと迷っちゃって……まだ決めてないの」

 「それじゃあレイ、私が選んであげましょうか」

 「ミサト! またレイに無茶な服を着せる気なんでしょ!?」

 「だーいじょうぶよ。このカタログの中にはそんなに無茶な服装はないから。
 これなんかどうかな? 良く似合うと思うわよ」

 そう言ってミサトが指差した服は、純白のウェディングドレスだった。

 「え? この服って……」

 「ちょ、ちょっとミサト、何考えてんのよ!?」

 「いーじゃない別に。ウェディングドレスなんて、普通一生に一度しか着ないでしょ。
 いい機会じゃないの。それに、将来の予行練習と思えばいいのよ」

 「だ、だけど……」

 「大丈夫よアスカ、ウェディングドレスは人気商品だから、結構種類があるのよ。
 ほら、この真紅のウェディングドレスなんて、アスカに似合うんじゃない
 かしら?」

 「まぁ、確かに、綺麗ね」

 「じゃあアスカはこれでいいわね?」

 「べ、別にいいわよ」

 「レイもこれでいいかしら?」

 「はい、構いません」

 「となると、残るはシンジ君一人ね。どれがいいかしらね〜」

 「ミサト、レイとアスカがウェディングドレスを着るんだから、シンジ君が何を着
 るかなんて決まってるじゃない」

 「あ、やっぱりリツコもそう思う?」

 「当然じゃない。ミサトだって最初からそのつもりなんでしょ」

 「そ〜よね〜、やっぱりそうなるわよね〜」

 「……あの、ミサトさん……やっぱり着なきゃいけませんか?」

 「んーそうね。別に無理にとは言わないわよ。シンジ君にだって選択権はあるんだ
 から。この白いタキシードウェディングドレス各種の中から、
 好きな服を選んでちょうだい」

 「……それって、ほとんど強制してるようなもんだと思うんですけど……」

 「あらシンジ君、ウェディングドレスを着たがる男の人って結構多いらしいわよ。
 普通じゃまず着れないから、こういう機会にチャンスとばかりに着てみるらしいわ」

 「確かに、シンちゃんならウェディングドレス姿が似合うかも知れないわね〜。
 どうする、着てみる?」

 「……タキシードでいいです」

 「じゃあ決まりね。隣の部屋へ行って係の人にさっき渡した紙を見せるといいわ。
 着替えたらまたここに集まってね。撮影してもらうから」

 ミサトに促され、シンジ達は隣の部屋へ入っていった。

 「さーて、どんな風になるのか楽しみね」

 「確かに見物ね」

 ミサト達は、おもちゃで遊ぶ子供のように、無邪気に微笑んでいた。

 ちなみに、作者は会社の旅行や忘年会の度に、なぜか女装させられるので、
 ウェディングドレスも二〜三回着た事がある。男が着るもんじゃありません。


 数分後、シンジ達はそれぞれの服装に着替えていた。

 『ああ、今日は何て素晴らしい一日なんだ! まさかプラグスーツを着れる日が来る
 なんて! おまけに、水着や浴衣の他に、ウェディングドレス姿の綾波と惣流、お姫
 様の格好の委員長……これはマニアにはたまらない写真になるぞ! 利益
 を大幅に上方修正しなくちゃ』

 ケンスケは一人、舞い上がっていた。

 「何か、こないな格好、照れるなー」

 「そ、そうね。普段じゃこんな格好できないし……」

 『鈴原と時代を合わせたから、まるで二人でこの格好を選んだみたい……。恋人
 同士に見えるかな……。ありがと、アスカ』

 トウジとヒカリの時代劇ペアは、照れていたが、結構いい雰囲気になっていた。
 そして、純白のウェディングドレスを着たレイと、真紅のウェディングドレスを着た
 アスカは、嬉しそうな、恥ずかしそうな、緊張しているような、複雑な表情をして、
 しきりにシンジの方を気にしていた。

 「ふふ、二人ともシンジ君の視線を随分と意識しているみたいね」

 「そうね。でも、レイはともかく、アスカまであんなにしおらしくなっちゃうなんて
 やっぱりウェディングドレスの力は偉大ね」

 「そりゃあね、やっぱり女の子だもの。今すぐ本当に結婚するってわけじゃない
 けど、ウェディングドレスを着たら、やっぱりしおらしくなるんでしょうね。二人
 とも、シンジ君に感想を求めに行かないのは、相当意識してるからでしょうね」

 「シンジ君も、かなり意識してるみたいね」

 「ほんとね。すっかり緊張しちゃって」

 シンジは初めてタキシードを着て、照れていた。しかも、白いタキシードがどんな
 時に着る服かも知っている。おまけに、レイとアスカがウェディングドレス姿で
 自分の方を気にしているので、シンジも二人の方が気になり、チラチラと見ている。

 しばらくしてカメラマンがやって来て、一人一人撮影していく。もちろん、その間
 にも、ケンスケは写真を撮りまくっていた。

 個人の撮影が終わると、全員でまとめて撮影する。そしてその後は、特定の組合せで
 撮影が行われた。

 シンジとレイ。

 シンジとアスカ。

 シンジとレイとアスカ。

 トウジとヒカリ。

 シンジとトウジとケンスケ。

 レイとアスカとヒカリ。

 そして、一人なのを不憫に思い、ミサトとリツコとペンペンが、ケンスケと一緒に
 撮影していた。

 その後、お互いの服装について色々話していると、あっと言う間に三十分が過ぎ、
 宴会の準備が整ったと連絡が入った。

 「あなた達、食事の用意ができたみたいだから、着替えてらっしゃい」

 「えーもうー? もうちょっと色々着てみたいなー」

 「アスカ、さっきと言ってる事が全然違うわね。ま、お色直しは自分の結婚式の
 時に取っておきなさい。今、色んな格好を見せちゃうと、後の楽しみが減るわよ。
 さ、料理が冷めちゃうから早く着替えてらっしゃい」

 ミサトの説得で納得したのか、アスカはそれ以後、文句も言わず、再び隣の部屋に
 入っていった。そして、シンジ達も同じく部屋に入っていった。

 そのシンジ達と入れ替わるように、先ほどの写真がミサトのもとに届けられた。

 「あら、早いわね。もう現像できたの?」

 「うーん。なかなか良く写ってるわね」

 「見て見てリツコ。レイもアスカもほんと嬉しそうな顔しちゃって。絶対に将来の
 事を意識したでしょうね」

 「そりゃあね。シンジ君が白いタキシード着て、自分がウェディングドレス着てるん
 だから、意識して当然よ」

 「この写真なんか、結婚写真そのままよね」

 「ね、ミサト。この写真、碇司令に見せたら、どんな顔するかしらね?」

 「ん、どう言う事?」

 「前にも言ったけど、碇司令ってあれで結構、親バカなのよ」

 「マジ?」

 「きっと、この写真見せたら、顔が土砂崩れ起こすでしょうね」

 「うーん……想像出来ないわね。ところでリツコ、この写真とこの写真、将来、
 どっちが現実のものになると思う? MAGIはどう言ってるの?」

 「それがね、最近また、この写真の確率が上がったのよ」

 そう言ってリツコは、シンジの左右にレイとアスカが写っている写真を手に取った。

 「また? ……まずいわね、このままだと碇司令の一人勝ちになってしまうわね。
 でも、法改正でもしなきゃ、それはないんじゃないの?」

 「あら、籍を入れず、他人としてずーっと三人で暮らすっていう可能性もあるわよ」

 「夫婦より近い、他人ってやつ?」

 「そ。今のミサトと加持君の関係みたいなもんね」

 「な!? 何でそこであいつの名前が出てくるのよ!?」

 「何? 加持さん来てるの?」

 でーっ!! ア、アスカいつの間に!?」

 「何よ、早くしろって言ったのミサトじゃないの」

 「ところでミサトさん、何ですか、それ?」

 「え? あ、ああこれ。さっきの写真よ」

 「えー! 見せて見せて!!」

 「はいはい。慌てなくてもちゃんと全員分あるわよ」

 ミサトから写真を受け取り、それぞれ眺めてみる。

 『クーッ!! 僕のブラグスーツ姿、決まってるなぁー! しかも、リツコさんと
 ミサトさんと一緒に写ってるなんて、まるでネルフの一員だな。家に帰ったら、
 パネルに入れて飾らないといけないな』

 ケンスケは、憧れのプラグスーツを着て、ミサトやリツコと共に写真が撮れたので、
 涙を流して喜んでいた。

 「おー! なかなか良う撮れとる。やっぱり日本人はこうでないとな」

 『イインチョもなかなか似合とるな』

 (……声を出して言ってやれよ、トウジ)

 「お姉ちゃんやノゾミに見せたら、羨ましがるだろな」

 『鈴原と二人で写った写真なんて今まで無かったし……来て良かった』

 それぞれ口には出さないが、やはり時代を揃え二人で写した写真は、恋人同士の
 ように見えると思っていた。

 また、それより一歩進んだ写真になっているレイとアスカも、嬉しそうに写真を見て
 いる。後日、この写真はそれぞれの部屋に大切に飾られたという。シンジは、性格的
 に飾る事は無かったが、いつでも見れる場所に大切にしまっていた。

 「ほらほら、写真は逃げたりしないから、後でゆっくりと見なさい。今は食事に行
 きましょう。それは汚れるといけないから、フロントに預かってもらうわね」

 そう言って、ミサトは写真を集め、係の人に預けていた。

 ちなみに、立派なレストランもあるのになぜ宴会場なのかというと、浴衣を着た
 以上、日本人なら畳の上で食事するのが筋、それに、貸切りなら他の客の事を気に
 せず、思いっきりシンジ達をからかう事ができる。というミサトの企みがあった
 からである。

 どうやら、徹底的にからかうつもりのようだ。


 そして、シンジ達はミサトに連れられて、宴会場へと入る。その部屋は、八人と一匹
 が使うにしてはかなり広く、立派な部屋だった。

 それぞれの膳の上には、カニ、伊勢エビ、サザエ、アワビ、ウニなど、一目で豪華
 と分かる料理が並んでおり、それとは別に、舟盛りまで用意されていた。また、
 ミサトが用意したのか、大量のビールやジュースも置かれていた。

 「す、凄い料理やなー。ワシ、こないなもん見た事もないわ」

 「確かに凄いね。一体、幾らくらいするんだろう」

 「あの……ミサトさん、いいんですか? こんな高価そうな料理注文して……」

 「子供がそんな事気にするんじゃないの。あなた達は、お腹一杯食べればいいのよ。
 もちろん、おかわりも自由よ。さ、中に入りましょ」

 そしてシンジ達は、それぞれ、思い思いの席に着いた。もちろん、シンジの左右は
 レイとアスカが押さえている。

 「それじゃあ、今回の旅行がみんなにとって楽しい旅行である事を
 願って、かんぱ〜〜〜い!!

 かんぱーーい!!

 ミサトとリツコはビール、シンジ達はジュースで乾杯をし、早速食べ始めた。

 「こ、これはっ……うーまーいーぞーー!!

 トウジは口から怪しい光を放ち、巨大化しながら、うまさを全身で表していた。

 「ぬう……。このまったりとしてそれでいて少しもしつこくない
 口当たりと言ったら……」

 ケンスケも、どこかで聞いたような事を言い、料理を堪能していた。

 「ほんとにおいしい。私もこんな風な料理を作れるようになりたいな……」

 『そうすれば鈴原ももっと喜んでくれるかな……』

 「ぷはーーーっ! くぅーーーっ! やっぱりビールには海の幸が
 良く合うわね〜。何杯でもいけるわ」

 「そうね。でもさすがネルフね。いい料理人を揃えてるわ。なかなかこの味は出ない
 わよ」

 「碇くん、ほんとにおいしいね」

 「うん。スーパーとかで売ってる物とは全然違うね」

 「ドイツでもここまでおいしい物はなかなかないわね。でも、ミサトん家では見ない
 もんばかりね」

 「仕方ないよ。この料理は高いんだよ。そう気軽に家で食べられるようなもんじゃ
 ないからね」

 「ま、ここまでおいしいんだから、高いのも無理ないわね」

 「そうね」

 シンジ達は、口々に料理の感想を延べ、食事を続ける。だが、あまりにおいしい
 食事は、人を無口にさせる。その後、シンジ達は「ムウ」とか「これは」とか
 言いながら、黙々と食事を続けていた。

 そんな時、アスカは横目でシンジを見る。

 『……どうしようかなー。シンジに食べさせてあげようかな……。でも、おにぎり
 と違って、私のお箸で食べさせてあげるって事は……か、間接キス前提って事に
 なっちゃうし……。でも、私がやらなくても、絶対にレイがシンジに食べさそうと
 するだろうし……。リニアトレインでは出し抜かれちゃったから、今度は私が
 主導権取りたいし……。べ、別にいいわよね。シンジとはもう二度もキスしたん
 だし、今さら間接キスの一つや二つ……うん、何の問題も無いわよ』

 アスカは色々と悩んでいたが、ついに決心したようだった。

 「ほら、シンジ。私が食べさせてあげるから、こっち向きなさいよ」

 「え? あ、ありがとう、アスカ」

 「碇くん、私のも食べてね」

 「う、うん。ありがとう、綾波」

 「何やシンジ、リニアトレインの続きをここで始めるんか?」

 「第二ラウンド開始って奴か?」

 「ち、違うよ。僕は別にそんなつもりじゃ……」

 「ほらシンジ! 外野は放っときなさいよ、はい」

 「あ、い、いただきます」 ぱく

 「どう?」

 「うん、おいしいよ、アスカ」

 シンジは、食べさせてもらうのは二度目なので、少しはゆとりもでき、料理を味わう
 事ができた。

 『んふふふふふ。なんかいいわね、こういうのって。恋人同士って感じ……。
 新婚旅行ってこんな感じなのかな?

 アスカは、先ほどウェディングドレスを着たせいか、妄想が一気に飛び、赤くなって
 いた。

 つんつん

 「え、何、綾波?」

 「碇くん、これ、食べてね、はい」

 「うん、ありがとう綾波、いただくよ」 ぱく

 自分の箸から料理を食べるシンジを、レイは嬉しそうに見つめている。

 つんつん

 「え、何、アスカ?」

 「シンジ、あ〜ん

 アスカは口を開けて待っていた

 「え、と。どれがいいかな?」

 「どれでもいいわよ。シンジが選んで」

 「う、うん」

 シンジは戸惑いながらも、アスカの口に料理を運ぶ。アスカは極上の笑み
 をシンジに向ける。

 つんつん

 「え?」

 「碇くん、私も」

 レイも口を開けて、シンジに食べさせてもらうのを待っていた。

 「こ、これでいいかな?」

 「うん。碇くんの選んでくれた物ならどれでもいい。お肉でも我慢するから」

 「大丈夫だよ綾波、この料理に肉は入ってないよ。それに、綾波が嫌いな物を
 選んだりしないよ」

 「碇くん……ありがとう

 シンジ達三人は、その後も食べさせたり、食べさせてもらったりを繰り返し、
 三人だけの世界を作り上げていた。

 そんなシンジ達の方から流れてくる、ハートマークを手で叩き落とし
 ながら、トウジ達は黙々と食事を続けていた。

 「……なぁケンスケ、ワシはあの三人の事からかうんが、なんかアホらしゅうなって
 きたわ」

 「確かに……。あれだけ堂々と三人だけの世界を作られると、冷やかすのが
 かえって虚しくなるよ。シンジの奴、一体何があったんだ?」

 「ワシはもう知らん。あの三人の事より、今は腹一杯食うんが先や」

 「同感だね。この先、こんなに豪華なもん、いつ食えるか分からないからね。今は
 食事を優先させるべきだね」

 そう言って、二人はヤケ食いに突入した。

 『アスカや綾波さん、とっても嬉しそうね。碇君もあんなに嬉しそうにして……。
 鈴原も私があんな風にしたら喜ぶかな……。でも、やっぱり私にはまだ、あぁは
 できないわね。今はお弁当食べてくれるようになっただけで十分。月曜からまた
 食べてくれるかな?』

 そう思い、ヒカリはトウジを見る。トウジは、ケンスケと二人でヤケ食いモードに
 突入しているので、ヒカリの視線にも気付かずにいた。

 その時、ヒカリはトウジのコップが空になっているのを見つけた。

 「あ、鈴原、ジュースついであげる」

 「お、スマンなーイインチョ」

 トウジは少し照れながらも、コップを差し出し、ヒカリについでもらっていた。

 「何だ、こっちでもラブラブか?」
 
 ケンスケがうんざりしたようにつぶやく。

 「な、何やケンスケ、その言い方は?」

 「そ、そうよ相田君! 私はただ、ジュースをついであげただけじゃないの」

 「あ、僕の事なら別に気にしなくていいよ。邪魔なら邪魔とはっきり言ってくれ
 れば、ヨソに行くからさ。二人に怨まれたくないし……」

 「せやから、違う言うとるやろ」

 「相田君、絶対誤解してる。そんなんじゃないんだから。ほ、ほら、相田君
 もコップ出して。そんな風に言わないで、ね」

 『……そんなにムキになって否定する事も無いのに。一目見りゃ分かるよ……。
 でも、トウジと委員長はまだ、シンジ達のようにはいかないか。かえって二人っきり
 だと緊張して何も喋れなくなるタイプだな。……しょうがない、僕がいる事で二人が
 普通に話せるのなら、ここにいるとするか。少し居心地は悪いけど……』

 三バカの中で、一番大人びた考え方をするケンスケなりに気を使っているようで
 ある。おお、ケンスケ、見直したぞ

 『おおおーーっ!! こんな役は嫌だーーっ!! 書き直し
 要求するーーーっ!!

 ええーいっ! お前はダークシュナイダーか!? 誉めるとすぐこれだ。
 今回はプラグスーツも着れた事だし、我慢しろ。大体、普段目立たんキャラが
 いきなり目立つとロクな事がないのは歴史が証明している。


 ……おおっと。話がずれた。元に戻そう。


 シンジやトウジ達の様子を見ながら、ミサトは嬉しそうにビールを飲む。

 「いやー、海の幸もいいけど、やっぱりビールの肴にはこれが一番ね」

 と、面白そうにシンジ達を見ているミサトと違って、リツコは、信じられない物を
 見るような目でシンジ達を見ていた。

 「……ねぇミサト、お弁当の時も驚いたけど、あの子達、家でもいつもこうなの?」

 「さすがに、家ではここまではしてないわよ。三人とも、ネルフを離れて海に来てる
 から、開放的になってるんでしょうね。大体、家で毎日こんなの見せつけられたら、
 こっちがたまらないわよ」

 「ま、確かに……。それにしてもまぁ、アスカってすっかりかわいくなっちゃって。
 初めて日本に来た時と比べると、殆ど別人ね。好きな人ができただけで、ここまで
 変わるものなのかしらねー。ドイツの両親が見たら、さぞ驚くでしょうね」

 「そりゃあね、どうしてあぁなったかを知ってる私たちですら驚いてるんだから、
 腰抜かすんじゃないかしら」

 「アスカがここまで変わった原因がシンジ君にあると分かったら、絶対に何か
 あったと誤解するわね」

 「まぁ、実際に色々あったのは確かだけど、間違いなく誤解するわね」

 「『娘をここまで変えたんだから、責任取れっ!!』とか言って、ドイツ
 まで無理矢理シンジ君を連れてったりしてね」

 「今のアスカなら反対しないかも知れないわね」

 「でも、その場合、レイはどうするのかしらね。黙って見てるって事は無いだろう
 し……」

 「そうね、レイはあれで結構行動力あるし。一途で世間知らずな分、怖いもの知らず
 で突っ走る所があるから……。シンジ君と既成事実を作っちゃうかもね。
 最低でも、ドイツまで追いかけて行くでしょうね」

 「だけど、ネルフにとってあの子達はなくてはならない存在だから、ドイツに行く
 っていうのはないわね。それに……」

 「それに、シンジ君争奪戦は、私たちの目の前でやってもらわないと、でしょ?」

 「そういう事」

 「ああー! しかし、ああいうのを見ると無性に冷やかしたくなるわね。
 ちょっと冷やかして来る

 「馬に蹴られないようにしなさいよ」

 注意はするが、止めようとはしないリツコだった。

 「大丈夫よ、私は国際A級冷やかしライセンスを持ってるんだから」

 「便利なライセンスだ事……」

 「じゃ、行ってくる」

 そう言うと、ミサトは、SSF”(三人だけの世界フィールド)
 を軽々と浸食し、シンジ達の元にやって来た。

 「んふふふふー。あなた達、ほんっ…………とに仲がいいわね〜」

 「な、何よミサト、悪いって言うの?」

 「あら、悪いなんて一言も言ってないでしょ。仲良き事は美しきかな、よ。
 どんどんやりなさい。で〜〜〜も、おにぎりと違って、自分のお箸で食べさせて
 あげるって事は、間接キス前提って事よね〜〜〜」

 ミサトはニヤニヤしながらシンジ達を見る。

 

 

 シンジとレイは、ミサトに言われ初めて気が付いたようで、真っ赤になっていく。
 アスカも、知ってはいたがやはり指摘されると恥ずかしいのか、真っ赤になる。

 予想通りの反応に、ミサトはすっかり気を良くしていた。

 『ふふふ。シンジ君とレイはともかく、アスカは絶対に分かってやってたはずよ
 ね〜。まぁ、レイに負けたくないという気持ちと、今さら間接キスくらい
 いいかなという気持ち、半々でしょうね』

 結構鋭いミサトだった。

 『う〜、やっぱりミサトは気付いてたか〜。分かってて冷やかすなんて、ほんと人が
 悪いんだから』

 「それにしても、好きな人に自分のお箸で料理を食べさせてあげる。これはまさに、
 古来より伝わる女の子の必殺技の一つよね。これをされたら、男の子はもう
 メロメロね、シンちゃん」

 「あ、あのー、『ね』と言われても……どう答えていいのやら……」

 「嬉しくないの?」

 「そ、そんな事ないですよ。僕は嬉しいですよ」

 「碇くん、もっと食べたら、もっと嬉しくなる? たくさん食べてね」

 「うん、ありがとう、綾波」

 「そりゃあ、シンジが嬉しいのは当然よね。この私から料理を食べさせてもらえる
 男なんて、世界中でシンジだけなんだから、光栄に思いなさいよ」

 「ははは。そうだね、ありがと、アスカ」

 「あの、ミサトさん。古来より伝わる女の子の必殺技って他にどんな物があるんです
 か? 良かったら教えて下さい」

 「んー、そうね。やっぱり、まず大事なのは二人の出会いね」

 「二人の出会い?」

 「そう。どれだけ衝撃的な出会いをするかによって、その後の展開がまるで変わって
 くるものなのよ。ま、一番オーソドックスなのは、街角でいきなりぶつかる
 ってやつね。でも、あなた達はもうとっくに出会ってるから、今さらこれは意味ない
 わね。それに、あなた達の出会い、あれも結構衝撃的な出会いよね。シンジ君が
 初めてレイに会ったのは、使徒が攻めてくる中、数年振りにお父さんに呼ばれて、
 第三新東京市、ネルフにやって来て、いきなり初号機に乗って戦えって言われてる
 時に、移動ベッドに乗った、包帯グルグル巻きのレイに会ったんだもの。あれは
 かなりインパクトがあったでしょう?」

 「はい、あの時の事は今でもはっきりと覚えてますよ」

 「あの時、碇くん、一度も訓練受けてなかったのに、私のために戦ってくれたのよ
 ね。ありがとう、碇くん」 ぽっ

 「だ、だって、あんなにケガしてる綾波に戦わせるわけにはいかないよ。さすがに、
 あの時、逃げるわけにはいかなかった」

 「うんうん、偉い偉い。それでこそ男の子ね。そういやー、アスカとの出会い、
 あれも結構衝撃的よね。なんたって、初めて会って、いきなり下着を見せる
 サービスだものねー。で、その後、強力な張り手」

 「あ、あれは風が悪いのよ」

 「そして、初めてパイロット二人による同時操縦、及び、初の水中戦。シンジ君
 なんかアスカのプラグスーツ着てたものねー。あれも思い出として、ずっと残るわ
 よね」

 「そうですね。ずっと覚えてるでしょうね」

 「だから、レイもアスカも、出会いは問題なし。と、なると、やっぱりアレが最強
 かな?」

 「アレ?」

 「例えば、雪山で遭難するとか、南の海で遭難して無人島に流れ着く
 とかして、シンジ君と二人っきりになったとするでしょ。で、そういう時は、
 服はビショビショに濡れてるものなのよ。そして、シンジ君が意識を
 失ってて、ガタガタ震えるとする。濡れた服は体力を奪っちゃうから、まず
 シンジ君の着てる服を全て脱がすの。いい、全てよ!
 そして、自分も全ての服を脱ぎ、シンジ君を抱きしめ、自分の体温
 で温めてあげるの。これが究極奥義よねー。まさに一撃必殺
 ここまでされて、落ちない男は絶対にいないわ!!

 「……はだかで……抱き合う……」 ボッ! プシュ〜〜〜

 レイは、その状態を想像しようとしたが、顔が沸騰し、頭からは湯気が出て、
 思考が止まってしまった。かつて、裸で押し倒され、胸を触られても動じなかった
 頃と比べると、ほとんど別人である。ごく普通の、十四歳の女の子の反応と言っても
 問題は無いだろう。

 レイがこういう反応ができるようになるまでには、アスカの涙ぐましい教育があっ
 た。ミサトは、酔っぱらうとすぐにレイをからかい、無茶苦茶な事を言い始める。
 そして、レイはすぐにそれを実行しようとするので、慌ててアスカがレイを止め、
 正しい知識を教え込んでいた。ミサトが酔っぱらうのは毎日の事なので、アスカの
 教育も毎日の事だった。

 『恥ずかしい』という感情をほとんど持っていなかったレイに、それを教え込むのは
 並大抵の苦労ではなかったが、ミサトの言った事を実行に移されても困るし、裸や
 下着姿でシンジの前に出られても困るので、アスカも必死だった。

 その甲斐あってか、レイはほとんどの常識を覚え、とんでもない勘違いは、日に日に
 減っていった。今のレイがあるのはアスカのお蔭と言っても過言ではなかった。

 だが、いくら恥ずかしいという感情を覚えても、レイがシンジに対し、一切無防備
 で、一切の警戒心を持っていないというのは、全く変わっていなかった。
 もし仮に、シンジがレイにキスを迫っても、レイは拒まないだろう。むしろ、喜んで
 受ける可能性が高い。アスカは、自分がシンジとキスした所をレイに見られている
 ので、”キスしてはいけない”と教育する事ができずにいた。

 アスカにとって、最も頭の痛い問題は、レイのこの無防備さだった。もっとも、
 シンジに自分からキスを迫る度胸など無いので、これはアスカの取り越し苦労なの
 だが。ちなみに、アスカも、恐らくシンジに迫られたら、拒まないであろうという
 事を書き加えておく。


 ミサトの例え話を聞き、レイとシンジはすっかり赤くなっている。

 「ちょっと、ミサト。どうしていつもいつも、そうやってレイに無茶な事
 を教えるのよ。いい加減にしなさいよ、まったくもー!」

 「そんなに怒る事ないじゃない。別に、今しろって言ってるわけじゃないし、ただの
 例え話なんだから。ほんと、アスカってレイの母親よね

 「保護者が全く役に立たないから仕方ないでしょ! ほんとロクな事
 言わないんだから」

 「ふーんだ! それに、今の日本には雪山なんて存在しないし、海で遭難する事も
 まずないでしょ。だから、今言った事が起こる確率なんて、ほとんどないわよ。
 あるとしたら、溺れたシンジ君を人工呼吸で助けるっていうシチュエーションくらい
 ね。でも、ま、シンジ君もだいぶ泳げるようになったみたいだし、これももうない
 わね」

 『ううー、やっぱりさっきのが最後のチャンスだったのね。失敗したなー』

 『あと、どんなシチュエーションがあったかしら……バレンタインとかホワイトデー
 とか、夏だというのにクリスマスに手編みのマフラーやセーターを贈るっていうのも
 あるけど、これは別の所でやったし……』

 「まぁ、古来より伝わる必殺技を使うのもいいけど、特定の相手だけに効果がある
 自分だけのオリジナル必殺技を開発するのも一つの手ね。レイが読んでる
 少女マンガにも、結構ヒントが載ってると思うから、研究してみなさい」

 「はい、頑張ります」

 レイは本気で研究するつもりで、そう答えた。

 『オリジナル必殺技か……。やっぱり、レイはさっきのバックに花を咲かせる
 笑顔が必殺技よね。あれは凶悪なほどの破壊力があったわね。
 あんなの真正面から見せられたら、ほとんどの男は一撃で沈むわね。しかも、
 シンジ君にだけ向けられてるってのもポイント高いわね。……そう言えば、
 アスカがシンジ君に見せる笑顔……あれもかなりの破壊力ね。やっぱり女の子に
 とって、笑顔は最強の武器ね。裏技としてのもあるけど……』

 「でも良かったわね。二人ともシンジ君に食べてもらって。これはもう、シンジ君の
 中の好感度パラメータピロピロピロリン♪って音を立てて上がったのは
 確実ね」

 「……あのね、ミサト。私は別にゲームをしてるわけじゃないのよ」

 「そーよねー。人生はセーブもリセットもコンティニューも効かない一発勝負
 ま、だからこそ、面白いんだけどね。そーだ! シンジ君、私にも食べさせて
 くれないかしら?

 「え!? ミ、ミサトさんもですか?」

 「だめ!」

 「そーよ。ミサトには加持さんがいるんだから、シンジにまでちょっかい出さないで
 もらいたいわね」

 「ここにいないやつの事言ったってしょうがないじゃないのよ」

 「とにかく、昼間も言ったでしょ。自分の年齢の半分以下の男に手を出す
 のは犯罪なの!」

 「食べさせてもらうくらいで犯罪になるわけないじゃないの。だいいち、ばれなきゃ
 罪じゃないのよ」

 「だめなものはだめ!」

 「……何よ、アスカったら独占欲丸出しにして……。別に、シンジ君は
 アスカのものってわけじゃないでしょ。

 「私のよ!!」

 「……え?」

 「………………」

 「ほーーー。随分とはっきりと言ったわね〜」 ニヤニヤ

 「あ……い、いや、だから……今のは……言葉のあやで……」

 アスカは、つい口に出してしまい、オロオロしている。トウジやリツコ達は、興味
 深そうに見守っている。レイは、じーーーっとアスカを見、シンジは赤くなっている。

 「……アスカ」

 「な、何よレイ、何か文句あるってーの?」

 「アスカが碇くんの事好きなのは知ってる。でも、私も碇くんの事が好き
 なの。だから、『私の』じゃなくて、『私たちの』って言って欲しいんだけど」

 「あ」

 「ほー、レイもまたはっきりと言ったわね〜。やるわねシンちゃん

 か、からかわないで下さいよ! 真っ赤

 『……そっか。レイは別に、今すぐシンジを独り占めしようなんて考えてないん
 だ……。今はまだ、好きな人のそばにいられれば、それで幸せっていう、小学生
 レベルなのか……。私一人、焦ってたのかな……。そーよね、私たちはまだ十四歳
 だし、シンジはずっとそばにいるんだし、そんなに慌てる事もないか。もちろん、
 チャンスがあれば狙うけど……。

 私もレイも、シンジが好き。お互いこれ以上、ライバルや邪魔者が増えるのは望ま
 ないはずよね。同じ人を好きになったんだから、協力できる所は協力しなきゃね。
 ……今はまず、この酔っぱらいを何とかしなきゃ』

 「ミサト、今の聞いたでしょ? シンジは私たちのなんだから、手ぇ出すんじゃない
 わよ。いいわね!

 「あら、いきなり同盟結んじゃったの? 同じ人を好きになった者同士の連帯感って
 やつかしら」

 「う、うるさいわね。とにかく、アル中はシンジに近づかないで」

 「何よ、私は別にアル中ってわけじゃないわよ」

 「朝から晩まで、ずーっとビール飲んでて良く言うわね」

 「私はお酒を飲んでも、お酒に飲まれたりはしないわ。だから、アル中じゃないの
 よ」

 「でもミサトさん、やっぱり飲み過ぎは身体に良くないですよ。少しは量を減らして
 下さい」

 「聞いた、アスカ? 今みたいに優しく言えないかしらね」

 「言ってる事は同じよ。だいいち、ミサトに優しく言ったって、ちっともこたえない
 じゃないのよ。だから、私みたいにきつく言うのがミサトのためなのよ。感謝して
 欲しいくらいだわ」

 「あの、ミサトさん。一つ聞いていいですか?」

 「ん、何、レイ?」

 「飲んだビール、どこに入ってるんですか? お風呂で見た時、とっても綺麗な身体
 してましたけど……」

 「んふふふふふ。それはね、ネルフの最高機密なのよ〜〜〜」

 綺麗な身体と言われたのが余程嬉しいのか、ミサトはニコニコしている。

 「言われてみれば、確かにそうね。ミサトは大学の頃からひたすらビールを飲んでる
 のに、そんなにプロポーション崩れてないわね。これは調べてみる必要があるわね」

 「調べる必要なんてないわよ。ミサトが飲んだビールは、全部あのに詰まってる
 のよ」

 「あ、なるほどね」

 「そうだったんですか」

 「ちょっと、そこ二人! 何信じてるのよ。そんなわけないでしょ」

 「あ、すいません」

 「でも、妙に説得力があるわね

 「でしょ〜」

 「アスカもアスカよ。自分のが小さいからって、ひがまないで欲しいわね」

 「な、何ですって〜〜〜!! 私のどこが小さいって言うのよ!?
 見なさいよ! 立派なもんじゃないの!」

 そう言って、アスカは浴衣の前をはだけて、ミサトに見せる。

 「ふ〜んだ。やっぱり小さいじゃないの。胸って言うのは、こういうのを言うのよ」

 そう言って、ミサトも浴衣の前をはだけて、アスカに見せる。

 シンジは真っ赤になり、うつむいてしまう。トウジとケンスケは瞳を輝かせたが、
 ヒカリが二人の前に回り込み、視界を防ぎ、ケンスケのカメラも取り上げていた。

 「でかけりゃいいってもんじゃないのよ。要はバランスの問題なのよ」

 「私のは大きい上に、バランスもいいのよ。どう、まいったかしら?」

 「うう〜」

 二人が睨み合ってる所に、レイが声を掛ける。

 「アスカ、碇くんの前で裸や下着姿になっちゃいけないって言ってるのに、アスカ
 だってやってるじゃない」

 「え? ……あ、キャッ!!

 アスカは、ようやくシンジがいる事を思い出し、慌てて浴衣を着直す。

 「シンジ、見てないでしょうね?」

 「み、見てないよ」

 「本当に?」

 「ほんとだよ。ずっと下向いてたから、見てないよ」

 「アスカ、本当よ。碇くんはずっと下向いてたもの」

 「そ、そう。ならいいのよ。ヒカリ、そっちの二人は大丈夫?」

 「ええ、大丈夫よ。カメラも取り上げてるから」

 「さっすがヒカリ、頼りになるわね」

 「ミサト、あなたもいい加減にしまいなさい。子供達の前よ」

 リツコにそう言われ、ミサトも浴衣を着直した。

 「えーと、今のはその……つまり、物事には何事においても例外ってもんがある
 のよ。今のがそう。私は、傷付けられたプライドは十倍返し。それが私の生き方
 なのよ。だから、今のは真似しなくていいのよ、分かった?」

 「そう、分かったわ」

 「なら、ビールを飲むのが私の生き方よ。あれこれ言って欲しくないわね。だいたい
 胸の中にビールが詰まってるなんて発想自体、どうかしてるわよ。そんなに言うん
 だったら、アスカもビール飲んでみる? 少しは大きくなるかも知れないわよ。
 ……あ、無理か。アスカまだ子供だもんね〜〜〜。

 「誰が子供よ誰が! ビールくらい飲めるわよ、つぎなさいよ!」

 そう言って、アスカはコップを突き出す。

 「あーら、無理しちゃって」

 『そういう所が子供だっていうのよ』

 「無理なんかしてないわよ。ドイツ育ちをなめんじゃないわよ。

 「アスカ、止めなよ。ミサトさんの挑発に乗っちゃダメだよ」

 「シンジは黙ってて! ここまで言われて引き下がれるわけないじゃないの」

 「アスカ、だめよ。私たちはまだ十四歳なのよ。ビールなんか飲んじゃいけません」

 「あら洞木さん、大丈夫よ。保護者が許可すれば、アルコール分10%までなら
 OKなのよ」

 です。お酒は二十歳になってから)

 「それやったらミサトさん、ワシもええですか?」

 「じゃあ僕も」

 「ちょ、ちょっと、二人とも……」

 「よーし、それでこそ男の子。コップ持ってらっしゃい、ついであげるわ」

 「はーい」×2

 「ほらほら洞木さん、何事も経験よ。あなたもコップ持っていらっしゃい」

 「は、はい。……それじゃあ、その、一杯だけ……」

 ヒカリは真面目だが、決して堅物というわけではなかった。ミサトがあれほど美味
 そうに飲んでいるので、どんな味なのか興味があったのである。

 そして、四人ともまんまとミサトに乗せられ、ミサトのおもちゃと化した。

 『うえー、にがー! 何でミサトはこんなもんうまそうに飲んでんのよ?』

 『これがビールちゅうもんかー』

 『うーん、この苦さが大人の味なんだな、きっと』

 『…………ヒック』

 「アスカったら苦そうな顔しちゃって。やっぱり子供には早かったかしらね〜」

 「うるさいわね。どーってことないわよ、こんなもん」

 「じゃあ、もう一杯行く〜?

 「う。あ、当たり前じゃないの」

 「ミサトさん、ワシもお願いします」

 「僕も」

 「……私も、ヒック」

 「んふふふふふふ」

 ミサトは、さも面白そうにアスカ達を見ていた。そんなミサトの挑発に乗らなかった
 シンジとレイはと言うと……。


 「碇くん、これ、とってもおいしいよ、はい」

 「うん、とってもおいしい」

 「良かった」


 という風に、すっかり二人だけの世界が出来上がっていた。しかし、この状況下
 で、そんな事が許されるはずもなかった。

 「いーーーかーーーりーーーくーーーん!
 あーーーやーーーなーーーみーーーさーーーん!」

 「え? 何、いいんちょ……

 振り向いたシンジが見たものは、すっかり目が座っているヒカリだった。

 「何? じゃありません。どうして二人は飲まないの? みんなが飲んでるんだか
 ら、団体行動を乱しちゃいけません。ヒック」

 「あの……洞木さん、酔ってない?」

 「どーしてお酒を飲んでない私が酔わなきゃいけないの? ヒック」

 「……酔ってるみたいだね」

 「でも洞木さん、お酒は二十歳になってからじゃ……」

 「へーきよ、へーき。さっきミサトさんが言ってたでしょ。保護者が許可すれば、
 アルコール分10%未満は大丈夫だって。ほら見て、ここ、アルコール分4.5%
 半分以下よ。何も問題もないわ。ヒック。それにほら、ペンペンだって飲んでる
 んだから、だいじょーぶよ。さー二人とも飲んで、私がついであげるから。それ
 とも何、私のビールは飲めないとでも?

 ヒカリは二人を睨み付ける。

 「綾波、ここは逆らわない方がいいみたいだね」 ヒソヒソ

 「そうみたいね」 ヒソヒソ

 二人とも酔っぱらいに逆らうとどういう目に遭うかは身に染みて知っているため、
 素直に従う事にして、ヒカリにビールをついでもらった。

 「さー飲んで飲んで」

 二人とも、さっきのアスカの様子からして苦いものだろうと思い、味わう前に飲み
 干してしまおうと、一気に飲んだ。そして、二人仲良く目を回して、
 寝てしまった。


 お酒は二十歳になってから。一気飲みは止めましょう


 「なーによ、二人とももう寝ちゃったのー!? ヒック」

 ヒカリはつまらなさそうにシンジとレイを見ていた。

 そして、その頃アスカはと言うと……。

 『は! シンジが酔いつぶれて倒れた! ……チャーンス!
 ここで私がシンジを介抱すれば、シンジの好感度が上がるってもんよね。
 ついでだからレイも介抱してやるか。……あ、でも、もしシンジが寒さで震えて
 たら、さっきミサトが言ってた究極奥義使っちゃおうかな……』

 アスカもかなり酔ってるようで、かなり無茶な事を考えている。しかし、シンジの
 元に向かおうとしたアスカの前に、ヒカリが立ち塞がった。

 「ねぇアスカ、碇君も綾波さんも寝ちゃってつまらないの。アスカは私と一緒
 に飲んでくれるわよね?

 「え? で、でも、シンジの介抱しないと……」

 アスカがそう言うと、ヒカリはいきなり涙を浮かべた。

 「あ、あの、ヒカリ? どうしたの?」

 「そう……アスカ……私と一緒に飲むの嫌なのね……」

 「え?」

 「私なんかと飲むより碇君の方がいいのね。……いいわよ、碇君の所に行けばいい
 じゃないの。所詮、女の友情なんてもろいものなのね……。ああ、悲しいわ。飲ま
 なきゃいられない」

 「ちょ、ちょっとヒカリ! そんな事言ってないでしょ。うん、一緒に
 飲も。だから、そんな事言わないで、ね、ね!」

 「うん、やっぱりアスカは友達よね。さ、飲んで」

 ヒカリはにっこりと微笑む。

 「あ、あは、あははははは……」

 『うーん……ヒカリってこんなに酒癖悪かったのかー、意外だわ。でも、このまま
 じゃ、シンジの介抱できないし、私も酔っぱらってきてるし……。ヒカリには悪い
 けど、酔い潰れてもらうわよ』

 「ね、ヒカリ。いつもお世話になってるから、私につがせて、ね」

 「え? アスカが私についでくれるの? ありがとうアスカ、頂くわ」

 アスカは、ヒカリのコップにギリギリまでビールをついだ。

 『お願い、ヒカリ。早く酔い潰れて!』

 しかし、アスカの願いも虚しく、ヒカリは潰れなかった。
 そして、アスカは知らなかった。酔っぱらいとは、ビールをつがれると必ず
 つぎ返すものだという事を……。

 「さ、次はアスカの番ね」

 「う……」

 そう言って、ヒカリもギリギリまでビールをついだ。

 そんな二人を見ていたトウジとケンスケは……。

 「なぁトウジ、委員長って泣き上戸なのか?」

 「何でワシがイインチョの酒癖知っとるんや!? しかし、あれは
 絡み上戸も入っとるなー。あまりええ酒とちゃうな」

 「だね」

 「そこ二人! 何か言ったかしら?」

 「い、いや別に何も。なぁ、ケンスケ?」

 「も、もちろんだよ」

 「じゃあこっち来なさいよ鈴原。私がついであげるから」

 「お、おう! ほらケンスケ、行くぞ」

 「呼ばれたのはトウジだろ。邪魔しちゃ悪いから僕はここでいいよ」

 「まぁそう言わんと。な、な」

 「引っ張るなよトウジ。……分かったよ、行けばいいんだろ、行けば」

 そう言って、二人ともやって来る。

 「鈴原、あんたがちゃんとヒカリを抑えとかないからこんな事になるんじゃないのよ。
 しっかりしなさいよ」 ヒソヒソ

 「しゃーないやろ。イインチョがこない酒癖悪いとは思わんかったんやから」

 「惣流、委員長と仲いいんだろ? もう飲まないように言ってやれよ」

 「…………もう手遅れよ」

 「ほら〜! 三人とも、飲んで飲んで!」

 「はぁ〜〜〜」×3

 その後、ペンペンも巻き込み、ヒカリが暴走した結果、四人と一匹は酔い潰れて
 寝てしまった。


 「うーん……なかなか面白かったわねー」

 「洞木さんがあんなに酒癖悪いとは意外だったわね」

 「ところでリツコ、今更言うのも何なんだけど、この子達は大丈夫よね?」

 「あれだけ食べた後だし、実際、それ程飲んでるわけでもないし、急性アルコール
 中毒の心配は無いと思うわよ。念の為に薬は飲ませておくけどね」

 「薬?」

 「そ。どうせミサトの事だから、この子達にビールを飲ませるだろうと思ってね。
 アルコールを分解する薬を作っておいたのよ」

 「さっすがリツコ! 用意がいいわね」

 「科学者たる者、あらゆる状況に対応できるように、常に準備はしてるものなのよ」

 「ふーん……でも、寝てる相手に薬飲ますのって難しいんじゃないの?」

 「心配いらないわ。口の中ですぐ溶けるように作ってあるから」

 そう言って、リツコは子供達の口の中に、薬を入れて回っていた。

 「ミサト、私達も早めに寝た方がいいんじゃないの?」

 「んーそうねー……じゃあ、ここにあるだけ飲んだら、私達も寝るとしますか」

 「そうね」

 しかし、『ここにあるだけ』のビールは、まだ二十本以上あった。結局、ミサトも
 リツコも、酔い潰れるまで飲み続けたのであった。


 それから、どれ位の時間が経ったのか……。

 窓から差し込む月の光で、シンジは目を覚ました。

 「ん…………月?」

 シンジは、寝ぼけた目でぼんやりと月を見ていた。そして、上半身を起こし、周りを
 見回してみる。部屋の中は、月の光や照り返しで十分明るく、誰がどこでいるかが
 すぐ分かった。

 アスカやトウジ達が寝転っている。そして、部屋の電気のスイッチの所でミサトが
 寝ている。どうやら、最後まで飲んでいて、電気を消したのはミサトのようだった。

 みんな部屋には戻らず、ここで寝るつもりのようなので、シンジも部屋に戻らず、
 その場で寝る事にし、横になり、目を閉じた。しかし、月の光が明る過ぎるので、
 寝返りを打つ。

 その時、ふと誰かの寝息を感じ、目を開ける。すると、息が掛かるほど目の
 前に、レイの寝顔があった。ユニゾン訓練の時に、アスカが寝ぼけて隣に
 来た時のように、シンジは目が飛び出るほど驚いた。

 な!? な、何で綾波が……』

 シンジはあっさりと酔い潰れたため、レイも自分と同じように酔い潰れ、その側で
 眠っていた事など知りはしなかった。あまりに驚いたため、すっかり目が冴えて
 しまった。

 シンジは、しばらく寝れずにいたが、あまりに月が綺麗だったので、寝るのを諦め、
 少し風に当たる事にした。

 『ここまで目が冷めちゃしょうがないな。ちょっと散歩でもしてくるかな』

 そう思い、他の人を起こさないように、さっと部屋から出ていった。

 しかし、シンジが閉めたふすまの音で、目を覚ました人物がいた。そして、周りを
 見て、シンジがいない事に気付く。

 『……碇くん? ……どこかに行くのかな?』

 レイは、シンジがこんな時間にどこに行ったのかと思い、シンジの後を追った。
 部屋から出て左右を見てみると、シンジはどこにもおらず、近くのエレベーターが
 下に向かって動いているだけだった。

 『下? ……碇くん、外に行くのかな?』

 そう思い、もう一台のエレベーターを呼び寄せる。

 ロビーまで降り、見回してみると、シンジが外を歩いているのが見えたので、そっと
 ついて行く事にした。


 シンジはホテルから出ると、空を見上げた。そこには見事な星座が広がっており、
 まさに降るような星空だった。そして、夜空の星全てを集めたより明るく、圧倒的な
 存在感を持って浮かんでいる真円の月。その穏やかで優しい月の光は、それでも
 シンジの影をはっきりと付け、世界を青白く染め、昼間とさほど変わらなく、周りが
 見えるほどに強力だった。

 昼間とまるで同じ景色のはずなのに、まるで違う場所に来てしまったような錯覚を
 覚え、シンジは何だか嬉しくなった。

 しばらく歩き、砂浜まで下りてみる。そして、波打ち際までやって来ると、何かが
 光っているのを見つけた。最初は、月の光が反射してるんだな、と思っていたが、
 どうやらそうではなかった。海水の中での反射ではなく、何かが光を放っていた。

 「あ、これって理科の時間に習った『夜光虫』ってやつなのかな? 綺麗だなー」

 シンジは、初めて見る夜光虫の光のダンスを見ながら、波打ち際を歩いていた。
 そして、腰掛けるのにちょうどいい大きさの石に腰掛け、飽きる事なく、波打ち際の
 青白い光のダンスを見ていた。

 すると、誰かが歩いてくる足音に気付き、そちらを見る。月明かりは、それが誰かが
 すぐ分かるほど明るかった。

 綾波!? どうしたの、こんな時間に?」

 「碇くんがどこに行くのか気になって……。ごめんなさい、勝手に
 ついて来て……」

 「別に構わないよ。目がさえちゃったから、少し散歩しようと思ったんだ。それより
 ごめんね。綾波まで起こしちゃったみたいで……」

 「ううん、私はいいの。……ねぇ、碇くん、そっち行っていい?」

 「もちろん、いいよ」

 レイは、シンジの元までやって来て、シンジのすぐ横に腰掛けた。

 その時、サーッと潮風が吹き、レイの髪をなびかせた。月の光を浴び、髪の毛の
 一本一本がまるで輝いているように見えた。そして、白い肌はまるで透き通って
 いるかのように見え、自分を見つめる赤い瞳が、さらにレイを神秘的に見せていた。

 シンジは、まるで月の女神が目の前でいるのではないかと思い、まばたき
 する事も忘れ、見とれ、目が離せずにいた。月の光の元でこそ、レイの
 魅力が全て発揮されているかのようだった。

 「? 碇くん、どうかしたの?」

 レイは、自分を見つめるシンジの様子がおかしいので、声を掛けてみる。

 「いや……綾波があんまり綺麗だから……

 え!? ……な、な、なにを……言うのよ……

 レイは、それだけ言うのがやっとで、真っ赤になり、うつむいてしまった。が、それ
 すらとても可愛く見えた。

 「ほんとに……綺麗だ……」

 やだ……もう……

 レイはさらに赤くなり、うつむく。しかし、言葉とは裏腹に、ほころぶ顔を
 緩める事ができないレイだった。

 月の光には魔力がある。

 シンジは、普段なら絶対に言えないようなセリフを、ごく自然に口にしていた。
 それほどまでに、レイは綺麗だった。

 しかし、シンジは自分が何を言ったのかやっと分かってきて、真っ赤になる。

 『ど、どうして僕はあんな事言ったんだろ……。どうしよう……綾波、あんなに
 赤くなってる。多分、僕も赤いんだろうな……。でも、綾波、何だか嬉しそうだ
 な……。ほんとに可愛いな……じゃなくて、えーと、えーと……』

 『……何か話題、話題…………あ、そうだ』

 「あ、あのさ、綾波」

 「え? は、はい! 何、碇くん?」

 「えー、えーと、だから、その……綾波、海初めてだったよね、どうかな? 楽し
 いかな?」

 「う、うん。とっても楽しい。スイカ割りやビーチバレーも楽しかったし、お風呂は
 広くて気持ち良かったし、花火は綺麗だったし、ウェディングドレスも着れたし、
 お料理もとっても美味しかったし、それに……

 「ん? それに?」

 「……碇くんに綺麗だって言ってもらえたし……ほんとに来て良かっ
 た」 ぽっ

 「そ、そう。そんなに喜んでくれるなんて、誘った甲斐があったよ。綾波が喜んで
 くれて、僕も嬉しいよ」 ぽっ

 「碇くん……ありがとう」

 「う、うん。また休みがあったら、みんなでどこかに出掛けられたらいいね」

 「うん。私は碇くんが誘ってくれるのなら、どこでも行くから。楽しみにしてるね」

 「そ、そうだね。今度は山に行ってみたいね。山なら溺れる事もないから……」

 「ふふふ……。そうね、でも、碇くんが泳げなかったなんて全然知らなかった。
 ほんとにびっくりしちゃった。あのまま碇くんが目を開けなかったらどうしようと
 思ったもの」

 「ほんとにごめん。心配掛けちゃって……。僕は子供の頃に溺れた事があってね。
 それ以来、どうも水が苦手になったんだよ。だから、初めてエヴァに乗った時、
 使徒も怖かったけど、まずLCLが怖かったんだ」

 「そうね、泳げないんじゃ、あれは怖いでしょうね」

 「うん。でも、何とか慣れてきたから。水への恐怖心もなくなってきてたんだ。
 でも、変に慣れたために、普通の水の中では息ができない事をすっかり忘れて
 たんだ」

 「そうだったの。変に慣れるのも危険ね。でも碇くん、随分と泳げるようになってる
 から、もう溺れる事はないと思うよ」

 「綾波とアスカが特訓してくれたおかげだね」

 「ううん、そんな事ない。碇くんが自分で泳げるようになりたいと思って努力した
 からよ。私たちは手伝っただけ」

 「でも、僕一人じゃここまで訓練しようなんて思わないから、やっぱり二人のおかげ
 だよ。ありがとう」

 「そうなのかな……。碇くんはアスカが言ってたように、努力すれば何でもできる
 と思うよ。明日になれば、もっと泳げるようになってると思う」

 「だといいんだけどね。早く泳げるようにならないと、特訓で殺されちゃう
 からね

 「そうね。アスカの特訓ってちょっと厳しいから」

 「ま、おかげで泳げるようになったんだけどね」

 二人はそんな風に、今日の出来事、これからの事などを時の経つのも忘れ、話し合っ
 ていた。シンジは、こんな風に、何気ない会話で、何気なく過ぎていく平和な時間
 を持てるようになった事が、ただ嬉しかった。

 しかし、そんな時ふと、ある事に気が付いた。

 降るような星空に浮かんだ見事な満月、幻想的に染められた銀色の世界、静かに
 聞こえる波の音、波打ち際の光のダンス、頬を撫でる優しい潮風、そして、こんな
 時間に二人っきり、おまけに、はっきり綺麗だと告げている……。

 いくらシンジが鈍くても、さすがにここまで揃うと意識してしまう。すると、今まで
 あれほど自然に会話ができていたのに、急に何を喋ったらいいのか
 分からなくなってしまった。

 レイも何か感じるものがあったのか、急に無口になってしまった。

 『ど、どうしよう……。こんな時、僕はどんな事を言えばいいんだろう? こんな
 事になるんだったら、加持さんにもっと色々聞いておくんだった……』

 シンジは、以前加持から恋愛のイロハを教えてもらった事があるのだが、その内容は
 キスから先に進んだ話だったので、とりあえず今のシンジには役に立たなかった。

 シンジがどうしていいか分からず悩んでいると、レイがそっとシンジの肩に
 もたれかかってきた。

 シンジは口から心臓が飛び出すほど驚いていた。もちろん、レイのこの派手な
 行動の裏には、ドラマやマンガの影響があるのは言うまでもなかった。

 『こ、こ、こういう時は……や、やっぱり肩を抱いたりするものなのかな……。
 よ、よーし行くぞ! せ、せーの……

 碇くん

 わーーーっ!! ご、ごめんなさい!」

 「? どうしたの、碇くん?」

 「い、いや別に……何でもないよ。で、な、何? 綾波?」

 「うん、あのね………………アスカの事、好き?

 「…………そうか、あの時、綾波も見てたんだったね」

 「うん」

 シンジは、自分でも不思議なほど冷静でいられた。

 「確かに、僕はあの時、アスカの事を好きだと言った。その思いは今も
 変わらない。

 「………………」

 「でも、その好きというのが、一人の女性として好きなのか、家族として、友達と
 して、パイロットの仲間として、一人の人間として好きなのか、自分でも良く分から
 ないんだ」

 「私の……事は?」

 「綾波の事も……その……好きだよ

 「ほんとに? 碇くん、ほんと?」

 「う、うん、ほんとだよ。でも、その好きというのも、アスカと同じように、一人の
 女性として好きなのか、一人の人間として好きなのかが良く分からないんだ。
 ……でも、一つだけはっきりと分かる事がある

 「何?」

 「それは、綾波もアスカも、僕にとって、とてもかけがいのない、大切な
 人たちだっていう事。二度と失いたくない、ずっとずっと一緒にいたい人たち
 だっていう事。これは間違いなく、僕の本心だと思う」

 「ずっと……一緒にいたい人たち……」

 「僕はね、子供の頃からずっと一人だった。父さんに捨てられた、誰にも必要と
 されない、いらない子だと思ってたんだ」

 「そんな事ない。だって、私にとって碇くんは絶対に必要な人だもの。決して
 いらない人間なんかじゃない。決して、碇くんはいらない人間なんかじゃない
 から……」

 「……ありがとう……だからね、僕は人から嫌われないように、ただそれだけを
 願って生きて来たんだ。人の言う事には素直に従い、自分の主張なんて一切しな
 かったんだ、嫌われたくなかったからね。でも、そのくせ、人と係わり合うのも
 苦手だった。

 もし、親しい人ができても、いつか裏切られてしまう。そうすれば、自分が深く
 傷ついてしまう。それが怖かったんだ。だから、いつも僕は一人だった。だから、
 友達もなく、好きな人もできなかったんだ。僕は、人を好きになるという気持ちが
 良く分からないんだよ。

 でも、この気持ちが、ずっと一緒にいたいというこの気持ちが好きという気持ち
 なんだとしたら、僕は綾波の事もアスカの事も好きなんだと思う。

 もし、どちらが好きなんだ、と聞かれても、きっと僕には答えられないと思う。
 だって、僕にとって、綾波もアスカも同じように大事な、好きな人
 だから。僕にとって、大切な人たちだから……。

 ごめんね、綾波、こんないい加減な返事で。……怒ったろ?」

 「ううん、そんな事ない、碇くんらしいもの。私は、碇くんが私の事を好きでいて
 くれるのなら、それでいいの。私も碇くんの事が好きだから……」

 「ありがとう、綾波」

 「ね……碇くん」

 「ん? 何、綾波?」

 「うん、あ、あのね……碇くんがアスカの事を好きでもいいの。でも、
 私の事を好きでいてくれるのなら……今だけ……今だけでいい
 の、私だけを見て欲しいの……

 そう言って、レイはそっと目を閉じた

 そのレイの仕草を見て、シンジは凍り付く。

 『こ、これは……や、やっぱり、そ、そういう事なのかな……。
 ど、どうしよう。僕は一体どうすれば…………』

 シンジがパニックに陥りかけた時、シンジの目の前に、『悪魔の羽根と尻尾』
 を持ったシンジが現れた。

 ボン!

 なーに悩んでんだよ! キスしてくれって言ってんだから、すりゃあいい
 じゃないか』

 『で、でもこんな状況に流されるままキスしていいものかどうか……。
 アスカの事もあるし……』

 『ほー。じゃあ昼間のアレは何だ? 状況に流されてたんじゃないのか?』

 『

 『大体、今の言葉聞いただろ? 『アスカを好きでもいいの、でも私の事も好きなら
 キスして』と言ってんだぞ。そもそも、二人ともお前がそれぞれとキスしたのを知っ
 てんだ。それでもいいってんだから何の問題もないじゃないか。だーいじょうぶ、
 黙ってりゃ分かりゃしないって』

 『そ、そういうものなのかな…………』

 と、その時、今度は『天使の羽根とリング』を持ったシンジが現れた。

 ボン!

 『お待ちなさい。いくら相手がキスを求めているからと言って、誰それ構わず
 キスしていいというものではありません

 『そ、そうですよね、やっぱり……』

 『しかし、彼女は君の事を好きだと言ってくれている。そして君も彼女の事が
 好き。何の問題もありません。さあ、おやりなさい

 『ほー! おめぇ、良心にしちゃ、なかなかいい事言うじゃねぇか』

 『私の事も好きならキスしてと言ったのです。ここでキスしないという事は、
 彼女の気持ちを受け入れないという事になります。女性を悲しませては
 いけません』

 『うう、僕は一体どうすればいいんだ……』

 『さっさとやれ!』

 『女性を待たせてはいけません』

 『そ、そういうものなのかな…………』

 こうして、シンジは様々な葛藤(とすら呼べない物)の果て、ゆっくりとレイの
 唇に近づいていった。 そして、月明かりの中、二人の影は一つに
 なった。

 そして、しばらくして、どちらからともなく二人は離れた。それは一瞬だったのか、
 かなり長かったのか、本人達にも分からなかった。

 ただ、唇に相手の温もりが残り、顔が耳まで真っ赤になっている二人が見つめ合って
 いるだけだった。

 「えへへへ。初めて碇くんからキスしてもらえた

 「え?」

 「これでやっとアスカと同じね」

 「え?」

 「ううん、何でもないの」

 「そ、そう?」

 実は、レイはこれまでアスカに対して、ある種のコンプレックスを持っていた。

 その壱) アスカは自分より長くシンジと一緒に暮らしている。

 しかし、それは仕方のない事だし、シンジと会ったのは自分の方が先。という事で
 納得している。

 その弐) シンジはアスカに綺麗だと言っていたのに、自分には言ってくれなかった。

 ついさっき、自分にも言ってくれた。

 その参) シンジはアスカに好きだと言っていたのに、自分には言ってくれなかった。

 ついさっき、自分にも言ってくれた。

 その四) 最も重要な事。

 シンジはアスカと二度キスした事があるらしい。しかも、二度目はアスカがお願い
 したとは言え、シンジの方からキスした。

 なのに、自分は一回だけ。しかも自分からしている。自分ももう一度、シンジ
 の方からキスしてもらいたい

 この最大のコンプレックスも、ついさっき解消した。これによって、決してアスカに
 負けているわけではないんだ。やっと同じ立場に立てたんだと思い、嬉しかった。

 もっとも、本人が気付いてないだけで、レイの方が一歩進んでいるのだが……。

 しかし、今、レイが機嫌がいいのは、そんな事が原因ではなかった。ただ単に、
 シンジの気持ちをはっきりと聞けた、そしてキスしてもらえたという事で、すっかり
 舞い上がっていた。

 「あ、あの、綾波」

 「え、は、はい。何、碇くん?」

 「え、と、だから、その……そろそろ帰らない? みんなまだ寝てるとは思うけど、
 ひょっとしたら誰か目を覚ましてて、僕たちがいないのに気付くと心配するだろう
 から……」

 『もしミサトさんやリツコさんに知られたら、ネルフの総力を挙げて探しに
 来るだろうな……』

 「だから、帰ろう」

 シンジはそう言って立ち上がり、レイに手を差し出した。

 「うん」

 レイはそう言ってシンジの手を取り、立ち上がった。そして、そのままシンジと
 腕を組む。

 「え、あの、綾波?」

 「どうしたの? 好きな人同士はこういう風に腕を組むものなんでしょ?」

 「あ、そ、そうだね」

 「碇くん、嫌? ……嫌なら止めるけど……」

 レイは悲しそうにそう聞いてくる。

 「そんな事ないよ。ただ、腕なんて組んだ事ないから、ちょっと驚いただけだよ」

 「うん。私もこんな事するの初めてだから……ちょっと恥ずかしい

 「う、うん。確かに照れるね

 「碇くんが恥ずかしいの嫌なら、人のいる所ではしないから……でも二人の時は
 いいでしょ。だから今はこうさせて」

 「……うん」

 そうして月明かりの中、二人は腕を組み、歩き始めた。ぎごちなく、嬉しそうに
 しながら。

 そんな二人を、月だけが見下ろしていた。


 シンジとレイは、腕を組んだまま、みんなが寝ている部屋まで戻って来ていた。

 シンジはそーっと中を伺ってみる。どうやら、まだみんな寝ているようだったので、
 ほっと胸を撫で下ろし、静かに部屋の中に入った。

 「ねぇ碇くん、みんなこのまま、ここで寝るつもりなのかな?」

 「そうみたいだね。でもこのままじゃあ風邪ひいちゃうかも知れないし……。
 でも起こすのもかわいそうだし……。どうしようか?」

 「困ったわね……。じゃあ、私たちの部屋から布団を持ってくる?」

 「布団……あ、そうだ。こういう大きな部屋って、団体客とか合宿とかに使ったり
 するだろ。だからきっと布団がしまってる部屋がそばにあると思うから探してみる
 よ」

 「あ、私も手伝う」

 二人は布団部屋を探し始めた。すると、ご都合主義丸出しだが、一発で見つかった
 ので、二人はみんなに布団を掛けていった。

 そして、全員に布団を掛けたので、自分達も布団を敷いて寝る事にした。さすがに
 並べて敷くわけにはいかなかったが、それほど離れているわけでもない所に布団を
 敷いた。

 「じゃあ綾波、おやすみ」

 「おやすみなさい、碇くん」

 そして二人は目を閉じた。

 しかし、シンジは眠れない。眠れるはずがなかった。つい先ほどまでキスを交わした
 少女が、すぐ隣で眠っているのだ。気にするなという方が無理である。

 しかし、シンジが寝られずにいると、レイの寝息が聞こえてきた。シンジは、その
 寝息の方を見てみる。すると、レイが穏やかな表情で眠っていた。その表情を見ると
 シンジは自分が少しでもやましい事を思った事を恥ずかしく思った。そして、なぜか
 安心していた。

 「おやすみ、綾波」

 シンジはそうつぶやくと、昼間の疲れからか、今度は深い眠りに落ちていった。


 長かった一日目がようやく終わった……。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 夜の海編(第七部) 


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